2004年10月29日 プロローグその2 (カテゴリー: くんくん )
作家森村誠一先生の言われた「ケルンの一石」とは、どんな石なんだろう?芸能人でもなく作家志望でもない私が発信し続ける理由とは?
2002年春に『へこんでも-25歳ナツコの明るいガン闘病記-』を書き下ろし、新潮社から出版したことで、私のがんや医療への意識はかなり変化したと思います。
この本を出版する以前でも私は悪性リンパ腫のこと、甲状腺ガンだったことを訊かれれば、
隠すことなく、正直に話していました。
しかし、“訊かれれば”なのです。
今ではもう少し積極的に自分から話しますし、講演や原稿を求められれば、
できる限り応えたいと思っています。
それは、私の本を読んだ医療スタッフや、友達からの感想の中に、
「治療を受けているとき、こんなことを考えていたの?」
「話には聞いていたけど、どんな風にすごしていたのかは、読むまでわからなかった」
など、実際に“患者”になった人が自分自身の体験を克明に情報発信しなければ、
わからないままですごされてしまうことがたくさんあると気がついたのです。
誰も、自分がもし病気になったら、どんな生活を送るのか?などとシミュレーションしたくないでしょう。
ほとんどの人がそんなこと考えずに、日々忙しく生活していると思います。
病弱だった私でさえ、悪性リンパ腫を告知されたときは、
「まさか、なぜ、私がガンに!?」と思うのだから・・・。
実は闘病記の出版が整った頃は、「これで病気とはおさらばだ!バイバイ☆」
という気持ちでいました。
しかし、いざ出版してみて読者からの感想や、私の本を推薦してくださる人々の思いを受け取るうちに、
「これは、終わりではなく始まりだったんだ」
と思えてきたのです。
若いうちに二度のガンと治療を体験した私が、患者の気持ちを具体的に外に出すことで、
誰かの目にとまり、生とは、死とは、医療とは何かを考えるきっかけを作りたいと
考えるようになりました。
その気持ちを表すいい言葉に先日出会いました。
『爆笑問題のススメ』に出演されていた作家森村誠一先生の言葉で「ケルンの一石」というものです。
ケルンとは、後続の登山者が道に迷わないように石を積み上げて、
築くいわゆる道標のこと。
「この世に生まれてきた限り、どんなに小さくてもいいから、
道標のための一石を置いていきたい」
と森村先生はおっしゃっていました。
私の石がどれほどの人の目に留まるかわからない。
それでも私は、生きてこられた一石を、ちょこちょこ置き続けていきたい。
その一つがこのブログなのかもしれません。
嗅覚に障害をもつ人の世界はどんなものか、その症状にどう対応したらいいか、
という道標として、またいままでにない読み物としてこのブログを楽しみつつ
役立てていただけたらなぁと思います。
