なつこのくんくん日記

ViVa!
びばろぐ

提供=ViVa!(ビバ!) http://www.viva.ne.jp/

2005年01月30日 懐かしい神田川の匂い (カテゴリー: くんくん

もう一つ私を悩ます“マボロシくんくん”があります。しかし、それはマボロシなのか本当に匂っているのかビミョーなのです。

================================== 
私が小さかったころ、母方の祖父母は東京の東中野に住んでいました。
そこは、かぐや姫の「神田川」という曲の歌詞に出てきそうなアパートと銭湯が
近くにあり、祖父母の家の前には、神田川が流れていたのでした。
現在は祖父母の家と周辺の神田川は大きな道路になり、あの頃の街並みは
もうないようです。

昭和50年代はまだ整備も不十分だったのでしょう、大きな台風が来ると、
すぐ川が氾濫し、床下浸水に祖父母はヒヤヒヤしていました。
私が遊びに行くと、神田川からプーンと特有のニオイがしました。
平たく言うと下水のドブ川のニオイです。
川沿いを祖母と手をつないで散歩していたので、私にとって神田川の匂いは、
あたたかい思い出の匂いでもあります。

しかし、その匂いが川もないのにいつでもどこでも、長い時間に臭ったら・・・?
やっぱり憂鬱になってしまいます。
しかもそれは完全なマボロシくんくんではなさそうなのです。

郷愁の神田川くんくんは、朝からニオうときもありますが、夕方から夜にかけて
ニオうことが多い気がします。

ある日、妹と久しぶりにショッピングに出かけた夕方、妹からガムを手渡されました。
なんで?と聞くと、私から何かニオうというのです。
何、何!?ショーック!
どんなニオイを発してるのか、具体的に聞いたところ、どうやら
鼻のニオイではないかと言います。それでさわやかなミントの香りでもあれば、
そのニオイが消えるのではないかとガムをくれたのです。
私はそのガムを噛みながら、ニオイがあることを少し納得していました。

以前も触れましたが、私の鼻の中は、鼻毛が抜け落ちて粘膜は
うっすらピンク色のツルツルです。その表面の粘膜はとても乾燥しています。
さらに、悪性リンパ腫の原発部分である右副鼻腔には今でも炎症が残っています。
鼻毛がない分、粘膜の乾燥を補おうとして鼻汁が分泌するのか、
単なる副鼻腔炎の副産物なのか、鼻汁の塊(俗にいう鼻☆ソ)が
ツルツルの粘膜にガッチリ密着し、居座ります。お風呂に入って、
たっぷりの水分が与えられると、ゴロンと出てくることがありますが、
日中はどんなに洟をかんでも出てこないことのほうが多いのです。

もし、その鼻の中の塊が郷愁の神田川くんくんの正体だったら・・・?
これはマボロシではなく、本当のくんくんかもしれません。
妹は神田川のニオイを知らないので、
「うーん、わかんない。たぶん膿のようなニオイだと思う」としか表現しません。

郷愁の神田川くんくんと、人が感じる私のニオイと同じかどうかは、
まだ解明できてはいませんが、芳しい匂いでないことは確かなようです・・・。

恋もおしゃれも楽しみたいオトシゴロですが、時おり発しているかも知れない
ニオイは、他の人にとってかなり不快なのではないかしら。ドキドキすると同時に、
そんな自分をちょっぴり寂しく思うのでした。→つづく


六本木ヒルズから見た東京タワー東京タワー mini.jpg

神田川と東京タワーまったく関係ありませんが、東京つながりということで・・・?
祖母とのお散歩コースには公園が4つほどあり、それらの公園をワクワクしながらはしごしました。横浜の公園は周りが山や木に囲まれてるところが多いのですが、東中野の公園は建物と建物の間にあり、それも子供心に新鮮な風景でした。

2005年01月23日 がんになってよかった・・・わけないじゃろがっ。 (カテゴリー: なつコラム

“なつコラム”始めます。コラムとは短い評論の意味だそうですが、このカテゴリー内でのコラムとは、「こら(こりゃ)・・・むむっ?」っと思ったどうしても譲れないことを綴りたいと思います。(ダジャレかい)そうそう譲れないことはないので更新もきっと遅いですが、よろしくおねがいします。

==================================
「ガンになってよかった」
それは、私が一番恐れている言葉の一つです。患者にその言葉が
投げかけられたとしたら、なんという暴力でしょう。
そして、患者がその言葉を発してしまったら、なんという傷でしょうか。

不治の病とされた病気から生還した患者がこれまで生きてきた道を
表現したいとき、最後の結びをどう描くかは難しいです。
なぜなら、まだ生きている途中だからです。人生の途中で結論はでにくい。

かくいう私も『へこんでも』の結論をこう書いていました。
「コップの中に半分の水が用意されている。それを『もう半分しかない』と思うか、
『まだ半分もある』と思うかはその人の考え方次第だ。
私は、まだ半分もあるという価値観を超えて、
そこに半分の水が用意されていることに、感謝したい」

しかし、その結論は編集担当者に受け入れられませんでした。
「なつこちゃん、そんなお利口さんにならなくていいの。まわりの友達が出産や育児
仕事に忙しくしているときに、あなたは生きることに忙しかった。
普通の20代30代が当たり前と思っていることにあなたは必死だったのよ。
悔しいとは思わない?」
ガンにならなければ、今私は何をしていたかな・・・。
心の奥底にしまいこんだ気持ちが浮かんできます。
私は、新潮社の会議室で、涙を拭きながら最後の文を書き直しました。

ガンになって幸せ、ガンになってよかったと言ってしまうのは、
理由を考えているうちにたどり着かない答えを無理やりしぼりだした結果に
思えてなりません。
ガンになったことも悪くない、そう思えたらつらい治療も病気でしんどくなった身体も
肯定できます。
しかし、命のありがたさや生きかたを見つめなおすきっかけを作ったのは、
果たして、本当にガンなのでしょうか?

私はガン患者を取り巻く環境が、命のありがたさを教えてくれたのだと思います。
できる限りの検査やデータから割り出して、治療方針を決め、最善策を練ったり
サポートをして下さった医療スタッフや、弱る私のそばにいつもいて、
洗濯物を洗って持ってきたり、食欲がなければおいしい料理を提供してくれた母、
一生懸命働いて、莫大な治療費をおしげもなく出してくれた父、
私が治療の不安や再発の恐怖におののくとき、どちらが姉だかわからない勢いで
叱咤激励した当時10代だった妹、
私の幸せを願ってやまなかった祖父母、
いろんな角度から私の精神面を支え続けてくれた友人たち・・・。

そんな人たちが周りにいたことで、私は、生きていることは、
なんと幸せなことなんだと気付かされたのです。
それはガンにならなくても逆境に立たされたとき、
やはり私は同じことを思うでしょう。
ガンになったから幸せなんじゃない。私の周りにいる人たちと出会えたことが
よかったことで、幸せなのです。
私が感謝するべきものは決してガンではなく、人です。

それでも、がんに感謝をしたい人がいたら、どうかこのことを考えて欲しいです。
その言葉をガンで亡くなった患者の墓前で、家族の前で言えるでしょうか。
ガンと同じぐらい、いやそれ以上に重篤かもしれない病に置き換えて
その言葉を言ってみたら、しっくりくるのでしょうか。
私たちの命を奪うものは、ガンです。それをなぜ感謝しなくてはいけないのでしょう。

2005年1月17日、阪神大震災から10年目を迎えました。
各局各誌で、阪神大震災を体験した人たちがあの1.17から
どう立ち上がっていったかを特集しています。
ある特集番組を見ているとき、震災にあわれた人はどんな言葉で震災を
締めくくるのだろう、と私は注目しました。すると、
「震災にあわなければこの職には就かなかっただろう」
と発言されていました。震災というきっかけが進む道を変えたかもしれませんが、
「震災にあって私はよかったと思う」
とは誰も言いませんでした。

ではなぜ、ガン患者はガンになってよかったと思わず言ってしまうのでしょうか。
一つは、ガンは集団でなるものではなく、一人一人発病し、時期も年齢も違います。
周りのものは支えてくれるけれど、まさかそれが自分に降りかかるものだと
思ってはいません。
ガンになる真のつらさは共感しづらいので、その孤独感を
埋めるためではないでしょうか。
もう一つ考えられるのは、ガンの治療を終え、死ぬまでの間、心のケアは
自分自身でするしかありません。また、ガンになった後、社会人復帰したとき、
身体がしんどいのに、(個人的な救済はあっても)
社会的保障はほとんどありません。
その”生きにくさ”の憤りをあきらめに換えるためではないでしょうか。

もし、サポートしてくれる人が周りにいなかったら?
治療費が払えないほど収入が少なかったら?
治療が成功してもどうやって生活していけば良いかわからなかったら?
莫大な費用をかけて治療をしてもすぐに再発を繰り返したら?
・・・死んでしまったら?

そんなシチュエーションにいつでも誰でもなれるほど、
ガンは決定的な治療方法がありません。
そして、晴れて快復しても、あらゆる場面でガン患者に厳しい現実が待っています。
ガンにありがとうを言って片付ける前に私達にはやるべきことがあります。

将来、ガン治療がちょちょいのちょいになって、患者に優しい社会になったら
「ガンになってよかったっ!」
と、私は腰に手をあてて大声で叫ぶ日が来るのでしょうか?
うーん、言わないと思うな・・・。


佐島マリーナ近くの海
佐島透き通る海 ミニ.jpg
前回の富士山を撮ったときは風はビュービュー、波も白波が立ち、荒れ模様でしたが今回は穏やかなポカポカ陽気で海も透き通っていました。自然の美しさに出会えるのは幸せなことですね。葉山近辺の海沿いは80年代の洋楽が似合うと思うのは私だけ?


2005年01月08日 耐久くんくん (カテゴリー: くんくん

前編は焦げ臭い“マボロシくんくん”との出会いをお話しました。後編はいろいろなマボロシくんくん対策と匂っている時間についてお話したいと思います。

==================================
山荘での焦げ臭いマボロシくんくん以来、なんの因果関係もなく
マボロシくんくんは現れては消えます。
鼻呼吸をしているときに空気を吸うと焦げ臭いのです。
空気を吐くときは気になりません。
それが、日によって2時間ぐらいで消えるときもあれば6時間続くこともあります。
時間帯もマチマチで、朝もあれば、夕方の場合もあります。

マボロシくんくんはたいてい、ふと現れて、いつのまにか消えているパターンなので
基本的には気にしません。気にしていたら神経が持たないからです。
しかし、空気を吸うたびに生木が焦げる匂いがするのは、気持ちのいいものでは
ありません。
それが長く続くほど嫌気がさしてきます。

そんなときは母に一言、マボロシくんくんがどれだけ匂っているかを
報告するのです。聞いてもらうことで少し心が和らぎます。

マボロシくんくんを消す対策としては、気分を換えることです。
まったく違う作業をしてみるのは前回も書きましたが、お風呂に入ると
マボロシくんくんは弱まる気がします。
身体や髪を洗うことに集中することで嫌な匂いのことを忘れるのかもしれません。
鼻の粘膜や神経も湯気の湿り気を与えられたり、血の循環がよくなることで、
何らかの作用があるのではと私は期待しながらお風呂に入ります。

その中でもマボロシくんくんを解消するベスト対策は寝てしまうことです。
一晩寝ると昨日のことは忘れます。夢でも見て気分が変わるのが
いいのかもしれません。

しかし!年末のマボロシくんくんは何をしても匂ってくるのです。
お風呂に入ってもダメ。こうなったら眠って治すぞー、とぐっすり寝ても、
翌朝相変わらず焦げ臭いのです。
たいてい6時間続けばフェイドアウトするものなのに、今回はなんと
24時間も続いてしまったのです。

最近判りはじめた強い香水を嗅いだらリセットされてマボロシは治るかも、
と思い切り嗅いでみました。
香水の匂いはしますが、一緒に焦げ臭い匂いも入ってきます。

結局私は、ひたすら焦げ臭い匂いを耐えるしかありませんでした。
焦げの刺激がどちらか一方に傾いている気がしてきました。試しに片方ずつ、
息を吸ってみました。

すると右の鼻を押さえて息をすると焦げ臭さがあり、左の鼻を押さえて息をすると
何も匂いません。これはもしかしたら、右か左どちらかの匂いのセンサーが
一時的にイカレてしまっているのかもしれません。
このマボロシくんくんの構造もいつか詳しく調べてみたいなぁと思っています。


本日のフンフンミルクティーmini.jpg

職場近くのダイニングバーでロイヤルミルクティーというカクテルをオーダーしたところ、一緒に飲んでいた方々は紅茶のいい匂いがしたそうです。私は少しも紅茶の匂いはわからずになんだかうすいミルクのようで、残念!しかし、デジカメに納まった顔はしっかり真っ赤っかでどこから見ても酔っ払いでした(汗)

2005年01月04日 あけましておめでとうございます。 (カテゴリー: くんくん

明けましておめでとうございます。今年も『なつこのくんくん日記』をどうぞよろしくお願いいたします。今年は土日が正月休みと重なってしまい、年末の気忙しさと正月のゆっくり度が釣り合わないような気がします・・・(汗)

==================================
この年末、“マボロシくんくん”に悩まされました。
長時間に亘って生木が燃えるような焦げ臭い匂いがするのです。
もちろん、周りの人はそんな匂いを感じません。

 私がこの焦げ臭いマボロシくんくんに初めて気がついたのは3年前の秋でした。
信州にある山荘を、冬に備えるため、家族で閉めに行きました。
山荘は携帯電話の電波もかろうじて一本立つだけという、
落葉松以外は何もないようなところにあります。
そこでのシンプルな数日間の生活が、普段気にならないような匂いに対して
嗅覚が集中して働いたのかもしれません。

 部屋が寒いので石油ストーブを出しました。
灯油がよく燃焼しなかったのか、ちょっと臭いね、という会話が耳に入ります。
すると、私もなんだか匂ったような気になったのです。
「このへん焦げ臭い匂いがする?」
と両親に聞いてみると、灯油の独特の匂いはするが、
焦げ臭い感じではないと言います。

 匂いを感じてから数十分経っても、まだその焦げ臭い匂いがします。
また両親に尋ねてみると、もう灯油の匂いは
とうに消えているというではありませんか。気にしすぎのせいだ、
と私は別のことに気持ちを逸らせようと友人宛の手紙を中断し、
めずらしく夕飯を手伝ったり、テレビを見たりしました。
するといつのまにか焦げ臭い匂いが気にならなくなり、元の鼻の状態に戻りました。

 夕食を食べながらあのときの匂いは一体なんだったのだろう!?
と思っていると母が、
「放射線でガンを焼いてやっつけたでしょ。
そのときの焼いた匂いを身体が覚えてるんじゃないかしら」
 と推理しだしました。
しかし、放射線治療の最中は、照射が始まるときに毎回少しだけ水道水のような、
カルキに似た匂いがするだけで、焦げ臭い匂いはありませんでした。
母の説が本当だとすると、時をかけてじわりじわりと照射した部分が
焦げていることになります。
素人ながらにそれはないんじゃないかなー?と思います。

 しかし、本当のところ、なぜ焦げ臭い匂いを突発的にしかも何時間も
感じるのでしょう。
嗅覚は最も早く察知するところであり、それが危険でないことがわかると
最も鈍くなる感覚であるというのを聞いたことがあります。
すぐ匂うが、その匂いに順応するのも早い。それが本当なら、
数時間も焦げ臭さを感じるのはやはり特別なことなのでしょう。
放射線や嗅覚に詳しい専門の方にぜひお聞きしたいところです。

 さて、昨年末に体験した今度の焦げ臭い匂いはどのぐらい続いたのかというとー?
待て後編☆彡


佐島の富士山トリミング.JPG佐島の富士山

モネの色使いのようなこの山は富士山です。湘南国際村のトンネルを抜けて海に出ると、右側にどどーんと見えます。富士山ってときどき遠近法を無視したかのようなど迫力で現れたりしませんか!?空気がきれいな冬の朝は特にはっきり見えるようです。