ViVa!のホームへびばろぐ

ダム日記2 河川法を改正しようヨ by まさのあつこ

提供=ViVa!(ビバ!) http://www.viva.ne.jp/

2004年09月25日 治水のイロハ「堤防」 (カテゴリー: 法律・制度 , 住民参加

世の中には人知れず「スゴイ」人というのはたくさんいるもので、ナギの会の渡辺寛さんは、その一人。今日は、彼が8月19日に提供してくれたたくさんの情報の中から、「堤防の緊急点検」の動きを、私自身が消化してその意味を考えるための日記です。

その一つは、「堤防の緊急点検」の動きを伝える情報でした。
7月23日に国土交通省河川局治水課が出した通知で、「堤防等の河川管理施設の緊急点検について」というもの。

内容は、04年7月に「新潟」「福島」「福井」で豪雨で堤防が破堤して大きな被害が起きたので、台風シーズン前に堤防などを「緊急点検」しましょう、ということ。通知先は、各地方整備局と都道府県の河川事業担当部長など。

石川県にお住まいの渡辺さんは、さっそく、石川県に確認をいれたようです。ところが、「そんな通達、どこで見たんですか?」という反応だったそうです。

しかし、そんな調子でも、なんとか全国の緊急点検の結果がまとまったようです。結果として、国交省が管理する区間で約1万3千kmで「70箇所」、都道府県が管理する区間で約3万9千kmで「905箇所」、両方で合計「975個所」も、修繕工事などが必要な箇所が見つかったとあります。

その中でも圧倒的に異常に多いのが、新潟県で「417カ所」。約半分ですね。その後、多い順では、山口県、富山県、岐阜県と続いています。都道府県別に「堤防等の河川管理施設の緊急点検状況(都道府県管理河川)」がまとまっています。「ウチの県はどうかしら?」という確認はこちらで。

ただし、当初の通知の不徹底ぶりから判断すれば、各都道府県での調べ方や熱心さに誤差がある可能性もあるので、各自治体の危険箇所の「数」の比較には意味はないかもしれません。

またひねくれた見方をすると、この時期の彼らの業務内容(8月は自治体にとって概算要求の季節。これから年末にかけては、予算ぶんどり合戦を繰り広げる時期です)と重ね合わせると、ひょっとすると、と考えてしまうことがあります。

国交省が自治体の声をまとめた形で「38自治体のうち、約8割にあたる30の自治体が、予算制約があり十分な対策ができないと回答している」とまとめたことが気になってしまうのです。これまで「ダム」の新設に力を入れて、治水のイロハのイである堤防整備をないがしろにしてきた国の河川行政を反省もせず、自治体の予算不足をアピールするのは、ちょっとどうだろうか、と。

さらには、河川事業の予算が減ってきているからだと言わんばかりのグラフを示して、「予算の制約が河川管理に支障をきたしていると考えられる」と、これまたアピールしています。しかし、これまでさんざん毎年毎年つけられていた予算を有効に活用していなかったのではないか、予算配分のメカニズムに問題があったのではないかと省みて、その構造を変えようという提案を出してくるべき時ではないでしょうか。

★何はともあれ、堤防が切れるかもしれないという危機管理意識を住民に持たせてこなかった河川行政を反省してそれを転換することが、本当は最も重要かもしれない、と私は思います。

★そう考えた場合、この点検で得た結果に関してやらなければならないことは、次のようなことではないでしょうか。

1)どこが危ないところなのかという975カ所を公開すべき(数ではなくて)、
2)1)によって都道府県の点検に漏れがないか、住民の目でも確かめてもらうべき
3)限られた予算でどこの堤防を優先して修理していくか、地域住民の声を反映させる機会を作るべき

それが、本来、河川法16条で定めることになっている「河川整備基本方針」の基本とならなければならない作業なのだと思います。具体的には16条2項 「河川整備基本方針は、水害発生の状況、水資源の利用の現況及び開発並びに河川環境の状況を考慮し、かつ、国土総合開発計画及び環境基本計画との調整を図つて、政令で定めるところにより、水系ごとに、その水系に係る河川の総合的管理が確保できるように定められなければならない」で、ざっくりと触れられているだけです。

そして、これが、現在、住民への情報公開がない段階で、住民参加なしで、国交省が一方的に定めることになっています。それはおかしい。「堤防」つまりは、「治水」という河川法の本来の目的から言っても、河川法は改正をすべきだと思うわけです。

河川整備基本方針の策定段階からの住民参加が必要だと。
そう思いませんか?国土交通省さん?


まさのあつこ
ちゃっかりオマケ「日本で不妊治療を受けるということ」アマゾンに登場!

2004年09月20日 行政計画学会 (カテゴリー: 住民参加

行政計画学会なるものに行ってきました。10分間づつ話題提供をして1時間討論という形のシンポジウムに出ました。「都市と環境の合意形成―市民参加の新展開」というテーマで、司会の朝倉暁生・江戸川大学教授から「参加の保障」というキーワードでお話をと注文あり。

この学会で、「合意形成手法研究専門部会長」をしている原科幸彦・東京工業大学教授から、参加のレベルは5段階ある、というお話など。(5段階とは、1)情報提供、2)意見聴取、3)形だけの応答、4)意味ある応答、5)パートナーシップ。)

小泉秀樹・東京大学助教授から、都市計画・まちつくりという分野での市民参加の話。「フォーラム、アリーナ、コート」での市民参加がなされなければならないという話です。「フォーラム」とは住民が直接参加できる場。「アリーナ」とは議会(たとえば都市計画の場合、「都市計画審議会」が決定するが、審議会とは、専門家なのか、住民なのか、行政なのかウヤムヤ。決定の場は「議会」であるべきではないかという提起)。「コート」とは司法によるチェック。

この話は、後々、フロアとの討論の中で、司法が機能しないから、住民参加をおざなりにして計画が進むのが日本。だが司法が機能すれば、参加や合意が不十分であとで訴えられてコストや時間がかかって事業が止まるより、最初に情報とお金と時間をしっかり出して住民を参加させ、できるだけ合意レベルをあげて事業を進める方が経済的という話へと集約されていきました。

私からは、河川法改正で、「住民の意見を反映」させなければならないと、遅い段階(二段階目)ではあるが「参加の保障」がなされたはずが、問題あり、という話。1)一段階目での「参加の保障」がされるべく河川法を改正すべき。2)計画の基本となる「河川砂防技術基準」を、行政手続法の改正により官僚の裁量だけで決定されている現状を改善しなければならない。3)法はできたが、裁量の範囲で住民参加をさせないという「脱法行為」もある。例が木曽川水系。新河川法に基づく(環境と住民参加という視点をいれた)新しい計画づくりの前に、ダムが3つ消滅するような変更があった。「脱ダム」をしたければ情報を明らかにして民主的手続を踏むべき。

最後に行われた1時間の討論で、フロアからでた「情報の非対称」というキーワードなどから、参加の「場」が保障された後の話へと移っていきました。

参加のための「情報」と「コスト」の話です。小泉氏からは、例えば圏央道の例。「圏央道の是非をめぐり訴訟がありましたが、一般に交通関係のデータは市民が入手困難で、対案を提示したりすることも難しい」など情報提供不足の実態の話。

私は川辺川の例。熊本県の呼びかけで始まった県民討論集会では、住民が国交省の資料を開示させるのにわざわざ何十万ものおカネを払わなければ必要な情報が得られなかったという話。情報は最初から提供すべきもの、情報なしに参加はできないという話。

たとえば環境アセスでも、行政とは意見が対立する住民側がコンサルタントを雇うお金を、行政が出すくらいまでやらなければならないなど、情報とコストの非対称を埋める手だてが必要という話に自然とまとまっていきました。

会場には100人くらい学者の方々がいらっしゃったと思います。分かり切った話を単に整理しただけだったような気もして、帰り道で一緒になった初対面の参加者に「釈迦に説法だったと思うんですけど」と言うと、「大学の先生たちは現場を知らないから良かったですよ」と言われ、なるほどそうなのか、と思いました。

私は情報の「媒介者」でしかありません。百聞は一見に如かずで、ドンドン地域を飛び歩いて、理想と現実のギャップを知る学者さん達が増えて欲しい。(もし、まだそうでないならば)「それじゃぁ、おかしい」という健全な第三者の声をいっしょに太くしていって欲しい。「学会としても何ができるか」を考えているという声も聞かれ、今後に多いに期待したい!と思った日曜日の午後でした。

下記は、私が出したA4一枚のレジメです。(オマケ)


河川法での住民参加における課題
Issues of Public Participation prescribed in the River Law

ジャーナリスト 政野淳子

【住民意見反映の規定】 
 1997年河川法改正により、旧法では国土交通省(建設省)が決定していた「工事実施基本計画」を二段階に分け、1)河川管理者が「河川整備基本方針」を定める、2)河川管理者が河川整備基本方針に沿つて「河川整備計画」を定めるとなった。後者の河川整備計画では、「必要があると認めるときは、公聴会の開催等関係住民の意見を反映させるために必要な措置を講じなければならない」(第16条の2)とされた。「必要があると認める」かどうかは、国土交通省の裁量や世論に委ねられることなどをはじめ、解決しなければならない課題がある。

【住民参加前に実質決定】
 第一の問題は、ダム建設や河川改修工事の根拠である「基本高水」「計画高水」などの事項が、河川整備基本方針の段階で、河川法施行令に基づいて決まってしまうことである。これにより、第二段階目で住民が意見を言えたとしても、あらゆる選択肢が有効で、住民意見の反映が実質的に可能かつ効果的な段階での住民参加を行うことは不可能である。

【経過措置】
 第二の問題は、新法に設けられた「経過措置」が続行している(新法で河川整備基本方針と河川整備計画が定められるまでは、工事実施基本計画をそれと見なす)ことである。一級河川だけをとっても、全109水系のうち新法によって改訂された河川はたった27水系(20003年11月)にとどまる。つまり、1997年以来、現在(2004年)に至るまで、未だに旧法に基づく河川事業が延々と行われ、新法で新たに加わった河川法の目的である「環境」保全の視点が抜け落ちている。同様に、ほとんどの河川で、住民意見の反映の機会が到来していないことを意味する。

【流域委員会の位置づけ】
 「河川整備基本方針」が未策定な段階で、各地の河川で、「流域委員会」が設置されているが、これは国土交通省によれば「河川法で規定されているものではございませんが、河川に関し学識経験を有する者の意見を聴く方法として○○流域委員会などの名称を用いて委員会形式により、効果的・効率的に意見を聴く場を設けている河川があります」(2004年7月参議院議員中村敦夫(当時)への提出資料)というものだ。
 実際には住民が参加している場合があるにも関わらず、それらが「住民の意見反映」の場でないとするならば、住民意見の反映とは何か、確固たる形が未だないことになる。一方で、こうした場で、本来、河川整備基本方針の段階で国交省が定める「基本高水」などの事項が議論されているケースもある。これは、ダム事業や河川改修事業などについて、事業の根幹に関わるデータに基づいた議論や、そこでの住民意見の反映が必要とされていることを証明するものである。

【課題】
 河川法の再改正により、河川整備基本方針策定の際、根拠データ・計算方法を検証可能な形で公開し、住民参加の上、その意見を反映させた上で決定していくことが必要である。

2004年09月19日 川ガキの歌と写真 (カテゴリー: 遊び

マジメな「川ネタ」が毎日書いても終わらないほどに押し寄せるので、ちょっと一呼吸。今日は、連休にふさわしい?話題にします。

困ったときに「助けて~~」とつい電話してしまうチハルさんという友だちがいまして。チハルさんは市民運動応援型(お笑い?)ロックバンド「石井ヘンドリクス」の柱、とも言える、なんでもできる人でありまして、先日、相棒と私がパンクで困っていたゆきづりの若者たちに、「タイヤ交換を手伝って」と何故か頼まれてしまった時も、チハルさんに電話して、遠隔操作でタイヤ交換までしてしまったくらいです。

それはさておき、そこから発展して、「川ガキ楽団」というのが、最近できました。「川ガキソング」という歌を歌う時だけのユニットなのですが、この歌は、チハルさんがカメラマン村山嘉昭の川ガキ写真展に触発されて書いた詩で、胸キュンです。(村山君は9月25日(土)~10月3日(日)に熊本県人吉のひとよし森のホールで写真展「ココニシカナイモノ …川辺川という流れの上に」を開きます)

チハルさんは、新しく「ハルユキ」というユニットも作って爆発中なのですが、これらのバンドが出る「ライブコンサート」が、9月20日(月) ラパン・エ・アロ (東京・表参道)であります。

そのコンサートには徳島出身の野木啓太も出るのですが、彼も川つながりの友だちです。
NHK「青春メッセージ」で四国代表として「吉野川」を歌って全国放送された若者。このページの下の真ん中へんで「Play」を押すと流れてきます。すがすがしい歌で、涙でます~。

歌や写真や、感情や遊びで、私たちは、不思議につながっています。
その輪は、ドンドン、広がっていまして、知らない間に、昨日でた私の初めての自書『日本で不妊治療を受けるということ』(岩波書店1700円)の宣伝が、岩波書店へのリンクまでつけて載っていました(笑)。

私たちは、別に幼少時代から一緒だったわけでもないのですが、チハルさんが作った「川ガキ楽団」の「川ガキの頃」を聞いていると、なぜか、少年少女の村山君やチハルさんや野木君やみんなが子どもの姿で、川へ駆けていく姿が見えるんですよね。(トシですかね。)


川ガキの頃  
  作詞 ・ちはる 作曲 ・梶原秀剛
--------------------------------------------------------------------------------
長い梅雨が過ぎて 山の香りが強くなる
やがて 君と出逢ったあの川に 暑い夏が来ます
曲がりくねった山道を みんなで自転車こいで行く
細い林の小道を抜けた河原  お気に入りの場所さ
ヨモギの葉っぱで曇り止め 水中眼鏡で潜ったよ
川の底から見上げた 蒼い空は きらきら光って 揺れていた

Oh! thanks Oh~~ 遠く離れても
あの夏が来て あの川に行き  君にまた逢えるかな?
OH! thanks Oh~~ 時が流 れても
あの空の下 せせらぎの音 今も覚えてるよ

クワガタ カミキリ カブトムシ 山に入って捕まえた
そして 蝉の幼虫見つけて帰り 羽が出るまで見てたよ
夏休みには河原でキャンプ 飯盒(はんごう)炊さん 夜には花火
みんな並んだ写真は なぜだか少しだけ 男子と女子が離れてる
泳ぎに飽きたら川エビ捕って たき火を起こして食べたよね
かわいいあの娘が見てると 格好つけて  橋の上から飛び込んだ
(1 2 3 4 5!)

OH! thanks Oh~~ 空が高くなり
あの秋が来て 山が色づき 夏休みにさようなら
OH! thanks Oh~~  今も忘れない
あの夏が 来てあの川に行き 君にまた会いたい
あの夏が来て あの川にゆき  君にまた会いたい

2004年09月13日 嶋津暉之さん (カテゴリー: , 八ッ場(やんば)ダム

 今日は、「八ッ場ダムをストップさせよう 東京集会――住民監査請求報告大集会」に行ってきました(参加者400名)。内容については主催者たちがどこかのホームページで報告するでしょうから、私は、この機会に、「嶋津暉之さん」のことを書きます。

 田中康夫さんが使った「脱ダム」という言葉は、今でこそ、誰でも知る言葉となりました。でも、高度成長期に立てられたダム計画が、その受益を受ける都会人たちの知らぬ間に、目に見えない山奥で人々の心を翻弄し、コミュニティを壊していたことを、その頃、私たちのほとんどは気づいていませんでした。

 嶋津さんが、それに気づいて衝撃を受けたのは、彼がまだ学生時代。1960年代でした。今日はそれから彼が辿った道(人生)の一面を書きます。 
嶋津.JPG
 なぜなら、嶋津さんがダム水没予定地の人々の心に遭遇した場所の一つは、まぎれもなく、今日の集会のテーマであった「八ッ場ダム」だったからです。

 嶋津暉之さんは、1993年にできた市民団体「水源開発問題全国連絡会」(通称:水源連)の創設メンバーの一人で、現在、共同代表です。水源連は、その名の通り。ダム開発計画に翻弄され、地域ごとにバラバラだったダム反対運動が互いに連携・連絡を取り合う組織です。

 1993年とはダムを巡る時代の変換がまだまったく見えていなかった頃です。
 当時、水源開発予定地に指定された地域の多くでは、ダム事業を推進しようとあの手この手の攻勢を駆けてくる事業者との長期にわたる闘いで身も心も疲れ果てる一歩手前。あるいは、人生のほとんどをダム闘争に費やしたあげく高齢者となり、二代目、三代目へと引き継いでなお、頑張る地域や、疲れ果てて諦める地域が現れた、そんな時代です。

 さて、嶋津さんの話に戻ります。
 嶋津さんは、1972年に東京都に就職します。何をやったと思います?
 工業用水(地下水)使用の合理化です。当時は、地下水のくみ上げすぎで、地盤沈下問題が起きていました。そこで、合理化を指導するという仕事をしたのです。これは効果を上げました。この時、嶋津さんが確信したこと。
 
 節水技術を確立すれば、ダムをこれ以上必要としない社会が来る。
 遠く離れた山村に住む人々が、都市住民のために苦しむ必要がなくなるのではないか。
 
 ところがそうはいきませんでした。
 節水で成果を上げても、一度立てられた行政の計画や事業は止まらない。
 嶋津さんは失望しました。

 でも、そこで諦める人ではありませんでした。
 学生時代に八ッ場ダム予定地である長野原町で受けた衝撃は、そんなものではなかったようです。

 嶋津さんは、この時から、考え方と手法を変えました。
 行政マンとして仕事を通してではなく、心ある一人の人間としての活動を始めたのです。

 建設省(現在は国土交通省)や水資源開発公団(現在は水資源機構)の抱える計画、データ、人口統計、水需要実績データなどを入手し、その情報の整理と、詳細な分析を開始したのです。それにより、現実の水需要と計画のズレを見事に証明し始めました。
 「ダムは要らない」という活動をする住民運動に、嶋津さんは、惜しげもなく自分の時間とエネルギーを割きました。整理した情報(何よりの武器)を与え、支援する行動に出たのです。

 嶋津さんのこの新しい支援に最初に飛びついたのは、1976年に始まった琵琶湖総合開発工事の差止訴訟の原告団でした。
 これをきっかけに、嶋津さんは、全国のダム反対運動から支援を求められるようになりました。
 東京都職員という本職のかたわら、休日を使い果たして現場を歩き、ダム計画と水需要の実績データの乖離の証明のために、夜の睡眠時間を削りに削りました。
 細川内ダム、渡瀬遊水池第二貯水池、清津川ダム、足羽川ダム、新月ダム、倉淵ダムなど、これまでに中止・休止となった多くのダム事業の反対運動の影には、常に(常に、です)、嶋津さんによるデータ分析がありました。
 そのこと最もよく知っているのは、むしろ、事業者達です。
 中止・休止にはなっていませんが、長良川河口堰、徳山ダム、苫田ダム、川辺川ダム、宮が瀬ダム、相模大堰、宇奈月ダムなどに対し、住民運動側が、「無駄なダムだ」と自信を持って言えるようになったのも、その土台に、嶋津さんの力(時間でありエネルギーであり心であり)がありました。
 住民運動に根拠と説得力を与え続けた嶋津さんの情報は、ボディ・ブローとして、行政のみならず、無関心な世論までを動かしていきました。

 ただ、「情報」とは常にそうであるように、いったん、それが説得力をもって伝わり始めると、誰がその情報を最初に整理し、準備をしたのかは、消えていきます。そんな具合で、嶋津さんが整理し、コツコツと準備した情報を、現在の日本国民のほとんどが知っていても、「嶋津暉之」という人を知っている人はほとんどいません。

 知ってもらいたくて、今日は書いています。

 こうした嶋津さんの手法やフットワークの回りに、首都圏でも「東京の水を考える会」が発足しました。その後、全国の反対運動を結ぶ、水源連が発足することになったのは、自然な流れだったのです。
 
 水源連の設立以降の嶋津さんの活動は、新たな展開を見せました。

 住民運動への支援だけにとどまらず、国交省(建設省)との論戦、対決、対話へも乗り出します。また、国会議員に対し、公共事業の中止・休止・継続を判断する中立的な「チェック機構」の創設を提言する活動も中心となって開始しました。

 長良川河口堰が本格運用された1995年初夏、建設省は、ダム事業等審議委員会を始めましたが、その「発想」は嶋津さんたちが提言し続けた「チェック機構」とピッタリ符合します。
 
 私がダム問題に遭遇したのは1995年の1月。
 「嶋津先生」と各地の人によばれる嶋津さんに初めて出会ったのは、この年の春頃だったと思います。
 
 時は流れ、世論の高まりを背景に、環境保全と住民参加を新しい概念に加えて、河川法が改正されたのは、1997年でした。この時、政府案に対し、民主党・共産党などが対案を提出しましたが、その骨子を練った中心人物がこれまた嶋津さんだったことは、今だから明かせる事実です。
 
 私は門前の小僧のように、この対案づくりを、嶋津さんを、見ていました。 

 この頃から、少しづつ、嶋津さんの役割は増えていっていました。
 というのも、「利水計画」の破綻が嶋津さんの努力によって証明され勝負がつくようになっていったのと交代で、今度は「治水」という名目で、ダム事業は生き残るようになってきたのです。
 ところが、日本の河川工学者、土木関係者は、自分の立場や職(我が身ですね)優先で、「治水計画」の破綻や矛盾や現実との乖離について、あばいてはきませんでした。
 
 住民運動に頼られるまま、嶋津さんは、「治水計画」の根拠となる基本高水(ダムがない場合の最大流量)の設定が、実は、部外者による実証がまったく不可能なままに、国交省の密室で行われていることに気づき、その証明に力を注ぐことになっていったのです。
 1997年の河川法対案作成のなかで、本当に嶋津さんが最も強調していれたかった新しい仕組みとは、この基本高水を設定していく段階で、情報をすべて公開し、住民が参加していく仕組みでした。
 しかし、当時、このことが、社会にはうまく伝わっていきませんでした。
 
 門前の小僧だった私は、この頃、まだまだ理解力が低く、97年1月にジャーナリスト宣言をしたばかりで、情報発信者としても力になることができませんでした。そばにいて、すべてを見ていることに精一杯でした。

 そして、2004年、現在、嶋津さんが最も力を注いでいるのが、最後まで残った首都圏の巨大ダム「八ッ場ダム」です。嶋津さんの人生行路を決めたとも言える最初の出会いから約40年。八ッ場ダム計画の始まりから今年で52年です。

 今から数年前、嶋津さんは、「首都圏のダム問題を考える市民と議員の会」結成のために走り回り始めていました。一都五県の住民運動の間を、目まぐるしく飛び回り始めたのです。

 東京都環境科学研究所を退任したのは、今年、2004年3月31日です。ほんとうは、「まだやり残した仕事がある」と研究所への再任用を希望されていました。普通なら、このような希望が退けられることはないそうです。
 ところが、嶋津さんの希望は退けられ、そのまま退任されました。
 
 実は、このことも、本人の口からは出ませんが、八ッ場ダムと運命的に絡んでいます。再任用のちょうどこの時期に、あることが重なったのです。

 あることとは、八ッ場ダム計画の事業費が、2210億円から4600億円へと増額され、一都五県の議会が、自治体分の負担増額を承認するかどうか、という時期です。

 今、批判せずにいつするか、八ッ場ダムを止めることができるなら、今しかない。嶋津さんは、そんな気持ちで、TV番組「ニュースステーション」や朝日新聞の「私の視点」などで、八ツ場ダム計画に対し、精一杯、批判的なコメントや論点を展開しました。

 東京都は、八ッ場ダムの受益者、推進者でした。
 都から嶋津さんの再任用が退けられた時、同僚たちの間で、(八ッ場ダム批判を)「やりすぎたからではないか」とささやかれたのは、実に、もっともなことでした。

 一都五県は増額を承認しました。
 嶋津さんの公務員生活も終わりました。
 でも、このとき、嶋津さんが我が身をかけた叫びは、ムダに闇に消えていったわけではありませんでした。
 一人の弁護士が、それを見事に受けとめていたのです。
 彼は、全国市民オンブズマン連絡会議の弁護士です。

 「一都五県、一斉に、住民監査請求をしよう!」

 この呼びかけで、嶋津さんの人生は新しい展開を遂げました。
 9月10日、一都五県に対して行われた住民監査請求に、5000人以上が名を連ねました。嶋津さんには、その主柱の一人としての新しい一歩がまた始まりました。

 5000人余の一人ひとり、それぞれにきっと、嶋津さんとは違う、けれども意味のあるいきさつがあって、今回の住民監査請求に参加をされたのだと思います。私の役割は、おそらく、そんなお一人おひとりの、貴重なドラマを、できるだけ多く、「元気の素」として記録し、書き残していくことなんだろうな、と思っています。
 
 嶋津さんに都職員という「立場」がある間は、私も、嶋津さんという人物をくっきりと人々に対して描くことを遠慮していました。でも、その歯止めは、今では、まったくなくなりました。
 
 ――東京都もバカだね。嶋津さんを再任用しておけば、こんなことにならなかったのに(笑)、自由の身にさせなかった方が、彼らにとってはきっとよかったのにね。嶋津さんのエネルギーが全開になって困るのは、彼らでしょ――というのが、最近、私の周辺で聞かれる笑い話です。

 私もそう思います。

 長くなったけれど、いつか、なんらかの形で、嶋津さんのことを多くの人に知ってもらいたいと思っていました。さきほど、嶋津さんに「いいですか?」と、ご了解をいただいて、載せさせていただくことにしました。
 「過分な評価を」と本人はおっしゃいました。
 けれども、私は書き足りた気がしません。そして、私が知っているのは、嶋津暉之さんの一面でしかありません。

 5000人余のエネルギーがすべて、このような一人ひとりの集まりであり、八ッ場ダム事業は、きっと(道は険しいけれども)止まるんだろう、と、私は今、思っています。

 まさのあつこ atsukom@mrj.biglobe.ne.jp

2004年09月10日 ダム事業の決定権 (カテゴリー: 法律・制度 , 八ッ場(やんば)ダム

【住民に手の届かないダム事業の決定権】
 一つ前の日記でお伝えした「行政手続法」の改正がなぜ「ダム」と関係するか?
 ダムは「行政手続」だけで決定するからです。
 行政の手続には(もの凄く大雑把に言うと)二つあります。
 一つは法律に基づいてやること。一つは、行政の裁量でやること。
 日本政府の最大の問題点は、「行政の裁量」の幅が広すぎることです。
 ダムもご多分にもれず、「行政の裁量」で作られます。

 たとえば、国土交通省のダムは、“隠れ箕“と言われる審議会のことを脇へおいて、どう決まるかと言えば…、
1) 基本高水(ダムが無い状態で川に流れる流量)の想定
2) 計画高水(ダムができた場合に川に流れる流量)の想定
この二つが、国土交通省内の裁量で決められます。
これに基づいてダム何個などと決めます。その決定が、水没予定地域に上からガンと下されてしまう仕組みです。

 この1)がそもそも過大な想定になっているケースが多く、そのために不要なダムまでできてしまう仕組みです。(大雑把に言うとですね)
 この想定さえ正しくやれば、ダムは要らなくなるところがたくさんあります。徳島の吉野川は、堤防に残った過去最大の洪水の痕で、想定のウソがバレましたね。
 また、例えば脱ダム・長野県の砥川では、この1)2)の決定権が現在、国土交通省にしかないために、簡単に脱ダムへと移行ができず、四苦八苦しています。過去にどれだけの雨が降ったか(川にどれだけの水が流れたか)という実績や土地に住む人の記憶ではなく、机上の計算で決定されてしまっていて、管理を任せている川ですら、その決定権を県に渡さない。
 住民には当然、その決定権はありませんし、意見を言う場も、反映される場もありません。そういう仕組み(法律)になっています。
 
【河川砂防技術基準】
 川のそばに暮らす住民の意見を聞かないで、何で決めているかというと、あながち「決まり」がないわけでなく、「河川砂防技術基準」なるにものに基づいて、国土交通省はやっています。彼らは一定のルールに基づいてやっているという言い訳が立つわけです。
 では、この基準(ルール)を決めるとき、住民・国民の意見を聞いているかと言えば、これも裁量です。このような基準(ルール)を「行政立法」と言います。
 行政手続法の改正に求められているのは、このような「行政立法」(行政現在は一方的に裁量だけで決めているルール)に、住民の意見を取り入れられるようにすることです。
 ところで、一つの笑い話ですが、この、これまで散々ダムを作ってきた根拠となっている「河川砂防技術基準」には、昨年度末(今年3月末)まで、(案)がついていました。昭和30年代からずっとです。確定しないまま「河川砂防技術基準(案)」の状態で使われてきました。「常に改定をしながら、最善の基準を採用してきた」と担当者は言いますが、それを何故、今、とりはずそうとしているのか、イマイチ聞いてもわかりません。
 興味のある方は、国土交通省河川局河川計画課河川情報対策室のリリースをご覧ください。 

【日米ダム事業決定権比較】
 ちなみに、比較のために持ち出すと、「ダム建設は終わった」とされるアメリカでは、法律の中に個別のダム事業名を書き込んで推進派議員が法案を議会に提出し、多数決で建設するか否かを決めるという仕組みが(他の仕組みもあるかも)あります。
 そこで、ダムに反対する住民・環境保護団体・ロビー団体は、一丸となって、各州の個々の議員をめがけて活発なロビー活動を展開します。こうして、賛否に一人の国民が持つ「政治力」として影響力を行使できるし、その結果が目に見えるわけです。
 こうして止まっているのが、例えばカリフォルニア州のオーバンダムです(99年に現地に行きました)。しばらく目を離していましたが、2001年にもまだドンパチやっていたのですね。「無党派予算ウォッチドッグ」と自称する「Taxpayers for Common Sense」というNPO(ロビー活動や選挙活動ができる501(c)(4)という種類のNPOです)がそのドンパチを伝えています。

【というわけで】
 「行政手続法」の改正によって、最低でも、「河川砂防技術基準」を決めるとき(行政立法)に住民や自治体が異論を差し挟み、反映されるようになれば(あるいは、「河川砂防技術基準」以外のものを重視するという仕組みに変わることでもよいのですが)、ムダなダムに血税を費やされることが避けられるというわけです。

【八ッ場ダムの場合】
 先日お伝えした八ッ場ダムも同様に「過大な想定」がもとになった計画です。
 今日は、一都5県(東京、埼玉、千葉、群馬、栃木、茨城)で合計5000人以上により、一斉住民監査請求が行われています。

 ★60日以内に、各都県の監査委員が監査を行って、知事や水道事業管理者に勧告を行うか否かを決定しますが、監査委員に、この「過大な想定」のもととなっている根拠の「河川砂防技術基準」の話まで、理解できるのだろうかというところが問題です。

 地方自治法に基づく「住民監査請求」という仕組みの限界や問題点まで言い出すと、キリがないので、この辺でやめておきます。以下、私も取材にいく予定の報告集会です。

【八ッ場ダムをストップさせよう 東京集会】
日時: 2004年9月12日(日) 13時30分~16時30分
会場:新宿住友ホール(新宿住友ビル 地下1階)
新宿区西新宿2-6-1TEL:03-3344-6961

講演:田中康夫(長野県知事)   「脱ダム社会への道」
報告:板井 優(川辺川利水訴訟弁護団団長)
   「川辺川ダム利水裁判の勝利」
   嶋津暉之(水源開発問題全国連絡会)
   「八ツ場ダムは何が問題か」
   各都県の市民から
   「八ツ場ダムの住民監査請求の報告」
資料代: 1,000円
主催: 八ツ場ダムをストップさせる市民連絡会
お問い合せ;
八ツ場ダムをストップさせる東京の会Tel: 042-467-2861田中清子/埼玉の会Tel: 048-825-3291藤永知子/千葉の会Tel: 043-486-1363中村春子/群馬の会Tel: 027-224-8567 鈴木庸 /首都圏のダム問題を考える市民と議員の会Tel: 03-5211-5429堀田・柴田

以上
まさのあつこ atsukom@mrj.biglobe.ne.jp

2004年09月06日 行政手続法 (カテゴリー: 法律・制度

たっぷり遊ぶと、天から降りてくるように色々なことが脳みそに押し寄せる。

8月23日で締め切ってしまったが、総務省が「行政手続法」を改正するためのパブリックコメントを求めていた。「行政手続法」は1993年にできた法律で、行政が行うこと(=行政手続)のやり方を定めたもの。欧米に比べ20年近く遅れてできた上に、「計画策定手続」と「行政立法手続」のやり方についてはボッコリと抜け落ちた。いわばザル状態で成立した法律だ。そしてまた、情けないよくある話だが、これは、「日本政府のやり方がわからん」という「外圧」によってできたとも言える法律なのである。

私が参考書にしている『行政手続法』(兼子仁著、岩波新書)によれば、「ギョーセイシドー」があまりに不透明で参入できない、「貿易障壁」だとされて、ついに、1989年から始まった日米構造協議で、日本政府は「透明性及び公正性を確保」しろと報告書が出て、それに従った形だ。尻を叩かれて「行政指導」と「行政処分」という二分野をとにかく定めた。それが1993年。

【国民の参加】
本来、それと同等もしくはそれ以上に重要なのは、行政がやることへの「国民の参加」のための手続だったはずだった。なんせ、他の民主主義国家では、当然のように、ここ40年ほどすでに行われてきている。「参加なくして民主主義なし」なのだ。

ボッコリ抜け落ちた一つの「計画策定手続」とは、行政が何かを計画するときに、早い段階で、国民に知らせ、意見を募り、その意見を反映した上で、計画を決定する手続。まさしく、すべての公共事業に求められているもの。

もう一つ抜け落ちたのが「行政立法手続」。国会が作る法律(本当の「立法」)とは違い、行政が行政の裁量で細かいルール(政令とか省令などその他多数)を定める手続だ。定める時に、行政の密室で一方的に作って国民に押しつけるのではなく、国民に案を示して意見を募り、反映した上で策定するというやり方。(簡単にいえば、行政の独裁を許さないための手続。)

【ここまでの「計画策定手続」と「行政立法手続」】
「計画策定手続」は、1983年に学者グループ研究会が作った法律案の「一次要綱案」には盛り込まれていたのに、それをバッサリ取り外して成立した。そして、いわんこっちゃない、住民などの意見を踏みにじって進む公共事業に、総スカンを食うようになってきた。

一方、「行政立法手続」については、法律には定められなかったが、ついに、1999年(平成11年)3月23日の閣議決定で一部、形式的には行われるようになった。「パブコメ(パブリック・コメント)」と言われているのがそれだ。

これらを法律に入れて改正させることは、当然の流れなのだ。しかし…・

【そして2004年】
来年の通常国会での「行政手続法」改正を目的に開催されている検討会やその検討会の論点として公開され、パブリックコメントを総務省が求めているのは、「行政立法手続」の方がどうも中心になっている。

なぜかと思って、この動きの出所を探ってみると、外圧ではないのだが、「産業界」という内圧だった。「規制改革・民間開放推進3か年計画(平成16年3月19日閣議決定)」 で「行政手続法施行後10年間の運用状況を踏まえ、速やかに行政立法手続等を含めた行政手続法の見直しを行う」とされたから、検討会を開いて考えましょうという流れだ。2004年4月7日に第一回が開催され、11月までの予定。

【パブコメのパブコメ】
その結果、整理された検討会の論点を整理して、「行政立法手続」にパブコメを求めていた。パブコメのパブコメだ。

担当の総務省窓口に聞いてみると、締め切りまでに寄せられた「パブコメのパブコメ」は100件弱。その中には、本来、総務省に来るべきではない他の省庁が行っているパブコメに関する意見が3割ほど含まれているそうだ。これらを整理して、次回9月22日に開催される「検討会」で、すべて報告するとのこと。ただし非公開。議事録公開に代えるそうだ。(公開してもそんなに人は押し寄せないと思うからオープンにしちゃえばいいのにね)

「計画策定手続」の方は、検討会ではどうも重視されていない。
これは、良心の行政法学者や、市民団体の働きかけがなかった、もしくは、弱かったことを意味する。マスコミも勉強不足で、1993年以来、つついてこなかった。「政府を監視する力」が弱い国民性がもろに出てしまったのだなぁ、と自分を含め反省。

唐突だが、「行政監視能力」は小中学生の段階から身につけるべき能力かもしれない。小中学校で、「行政手続法」はどうあるべきなのか、議論(教育)して欲しいくらい。思考力が凝り固まってしまった大人たちに、キツキツの生活の中で「関心を持って」と声を涸らして叫ぶよりも、その方が早いような気がするから。今の教育改革で最も大切なことって、そんなことではないか。「税金の使われ方をしっかりと監視できる大人になるように」と。

とは言え、気づいた自分が何もしないで、そんなことばかりを言っていても、仕方がないので、私もギリギリ、締め切り日に以下のような意見を書いて、総務省に送った。

【参加のネックは時間?】
寝る前に、えいやっと書いた。意見を書くに要した時間は30分ほどだが、そのために総務省がサイトに出していた論点を読み込んだり参考書を読み返したりするのには、少なくとも5時間はかかっている。約6時間という時間が、法改正に対して意見を言うためにとれるかどうか。「参加」とは「時間」との闘いだ。

私は仕事や市民運動の一貫として、行政資料を読むことに慣れているし、現行法の問題にも遭遇しているから、読めばそれなりに分かるけれど、「一般の人が、さ~っと読んでも、こりゃ、分からないよな」と思う。エネルギーがあった、ある若い頃(苦笑)、ある法案について、こんな法改正がある、と市民団体のリーダー格やマスコミの論説クラス、一人ひとりに説明と喚起に回ったものだが、一生のうちに何度もあんなことできない。疲れが1、2年残ってしまう。。。NGO、行政法学者およびマスコミの方々の間で、来年の法改正までに、関心が広がっていくといいな、と思う。

★さて、自分の意見で締めくくる前に一言。なぜこの「行政手続法」の改正が、「ダム」と関係あるかは、次回以降に書きたいと思います。

【私が総務省に提出した意見】
=================
行政手続法の見直しについて意見

A.中身について

1行政手続法の「目的」について
行政手続への「国民の参加」を加えるべきだと思います。

2行政計画について

1) 行政が策定する計画について、国民の生命、財産、環境、および生態系など、現代社会および未来にわたって影響を及ぼす可能性のあるすべての計画を、国民参加で策定すべきであり、行政手続法の中に新たに、計画策定への国民参加手続を加えるべきです。

2) その際、最低でも、計画に関係するすべての情報、根拠データ、検討材料、代替案などを、早期に公開することが重要でしょう。

3) また、十分な期間(必要に応じて3ヶ月必要な場合もあるでしょう)を取り、意見募集を行い、応答し、反映し、意見対立などが激しい場合は、急いで計画を決定せず、さらに公聴会なども行い、関心をさらに掘り起こして、国民意見を出しきる、という決意が必要でしょう。なぜならば、後になって反対が噴出し、それでもゴリ押しをして進めるような、過去・現在にわたって行われている「ムダな公共事業」と言われるものを二度と繰り返してはならないからです。

4) また、行政計画の決定を行政処分とし、司法による行政計画の事前チェックを可能にすべきです。

3. 行政立法について
1) 法律の施行令、政令、省令、および、それらの中あるいはそれに関連して定められる、基準、審査基準など、現在、行政が裁量によって内部で策定しているものすべてを行政立法と見なし、行政手続への国民参加を行うべきです。

2) その際、それらの根拠となる、もしくは関連するすべての資料、データを公開すべきです。

3) 行政立法その策定過程で、国民の意見を募集し、反映し、応答し、意見対立の多いものについては、上記、行政計画について述べたように公聴会や説明会を行うべきです。いずれも、行政による応答義務を伴ったものとすべきです。

B.意見募集の仕方についての意見

・ 実際の意見募集は、「行政手続法の見直し」を目途にしているにもかかわらず、報道向けに書かれた意見募集のタイトルは「行政立法手続に関する意見募集」としており、報道関係者、そしてその先にいる一般国民をミスリードする(=意見の範囲を狭める)ことになりかねず、不適切です。本来であれば、1980年代に検討された際に「要綱案」で検討され、現在の行政手続法には定められなかった行政計画への国民的参加についても、検討材料として、もしくは、情報として掲載をすべきだったと思います。

・ 「事務の効率化」のためとして、「論点項目番号」に対応した形で意見を求めていますが、これもまた、行政側で用意した「論点」に沿った形で意見を述べさせることを誘導し、意見の対象範囲を狭めることになりかねず、意見募集の仕方として不適切です。

・ 行政改革への関心が、これまでに高まっている中、意見募集期間が、たった1ヶ月間というのは、短すぎると思います。

・ 今回の不十分な意見提出機会を補うためにも、説明会、公聴会を行うべきだと思います。

以上、最低限の意見の概略を述べさせていただきました。検討会の皆様にぜひ、ご配布ください。また、機会をいただければ、検討会の皆様に、お話をさせていただきたく思います。

よろしくお願い致します。

2004年8月23日
(住所:ここでは略)
政野淳子

2004年09月01日 キジと目が合う (カテゴリー: 八ッ場(やんば)ダム

脱原発社会をめざして人生を大疾走された高木仁三郎さんが遺稿として残された『鳥たちの舞うとき』(高木仁三郎著、工作舎)を、「八ッ場ダムを考える会」の渡邊洋子さんに勧められて、読みました。

作品の舞台が「八ッ場ダム」だと言うのです。

「鳥」が出てくるからというシャレではないのですが、読んで、鳥肌が立ちました。

実は、先日(8月24日午後)、八ッ場(やんば)ダムの水没予定地付近を歩いていた時に、キジと遭遇したことを思い出したのです。野生のキジです。初めて、野生のキジをみました。雑木林から道(土の道)に(向こうが)飛び出した出会い頭に目が合ってしまいました。

しまった、とばかり、彼はドタバタとコミカルに(見えました)慌てて、地面を駆けて林の中に姿を消しました。

高木さんのご本を読んだのは、その後だったのですが、目が合ってしまったキジを思い出して、それで、鳥肌が立ちました。

まるでキジからメッセージを託されてしまったように思ってしまうじゃないですか(笑)。
八ッ場ダム止めてって。今も、横目で振り返った顔がちらつきます。

みなさんにも、この本、お勧めします。
次に鳥と目が合ったとき、なんか、鳥肌、立ちますよ(笑)。

それにしても、キジって飛ぶんでしょうか。
ドタドタと走った様子はとても重そうで(ちょっと美味しそう)、君は『鳥たちの舞うとき』に出てくる鳥たちのように舞うこともできない。駆け回る生息地を守らないと、君は、死んでしまうね、と本を読みながら思ったことでした。

【必見!】
さて、この本の出版社は、なんとこれを機に、「八ッ場ダム住民監査請求」の応援を開始。「緊急情報」として、この作品の舞台が八ッ場ダムだったこと、そして、高木仁三郎さんのパートナー、久仁子さんが8月17日に現地へ行かれた時の心のこもったレポートを掲載しています。

【八ッ場ダム住民監査請求とは?】
2004年9月10日(金)、やんばダムの受益地域である首都圏(東京、千葉、埼玉、群馬、栃木、茨城)で一斉に、各知事に対して負担金の差し止めを求める「住民監査請求」を申し立てます(地方自治法第242条参照のこと)。オンブズマンが脱ダム戦争に突入というわけです。どなたも賛同・参加できます。我こそはと思う方は、八ッ場ダム住民監査請求関連ダウンロードページで、請求人になるための署名用紙もダウンロードできます。

お問い合せは、以下のいずれかに。(八ツ場ダムをストップさせる東京の会Tel: 042-467-2861田中清子/埼玉の会Tel: 048-825-3291藤永知子/千葉の会Tel: 043-486-1363中村春子/群馬の会Tel: 027-224-8567 鈴木庸 /首都圏のダム問題を考える市民と議員の会Tel: 03-5211-5429堀田・柴田)

【なぜ、監査請求?】
やんばダムの問題点が、うまく整理されているのはここ
やんばダムを建設する側のホームページはここ

【オマケ】
風を起こす運動には勢いがあります。応援「ひやむぎ」だってできています。群馬名産の「小麦」と「桑」で作られたひやむぎ。美味しそうです。

【高木仁三郎さん】
科学者として、そして原子力資料情報室代表として、存分に社会貢献をしてなお、遺稿でダムを提起した高木仁三郎さん。もっとしっかりやらんか、と言われてしまったような気がします。