2004年10月29日 湖山水庫(ダム) (カテゴリー: International )

台湾二日目の10月16日(土)、宿泊先の華僑会館からバスでRWESAメンバーと共に南へ出発。写真は車窓から見える台北。

途中の休憩で、韓国から参加したチョイさんに写真を撮らせてもらう。チョイさんはガンウォン県の県会議員。ダム反対運動が生んだ議員で、国が公開した過大な治水計画のウソを徹底的に叩き、下方修正させた実力派だ。彼の韓国語のTシャツには「ダムを壊そう!川を生かそう!」と書いてある。
【石門水庫(中国語ではダムは「水庫」と書く)】
台北から約1時間半、桃園にある石門ダムに到着。9月26日発行の台北タイムズによれば、石門ダムは、台湾北部の主要なダムの一つで、全国で三番目に大きい。9月から10月にかけて吹き荒れた台風Aereによる豪雨で2000万立米の土砂がダムに流入した。(おびただしい量だ!東京ドームの16杯分だ!)通常の年間堆砂量の14倍、過去41年で堆積した土砂の35.8%に相当するそうだ。
取水口がふさがり、桃園の都市用水は断水に見舞われた。洪水なのに断水という皮肉な現実がここにもある。台湾政府の経済部水利署(日本で言えば国土交通省河川局のようなものだろう)の最優先課題は、このダムの堆砂を取り除き、寿命を延ばすことだそうだ。現在は、ダム上流から水をくみ上げ大きなパイプで水を運んでいる。さらに上流にダムを造り直す計画も持ち上がっているとMPAメンバーから聞かされた。
15日に台北で会議が行われた時には、経済部水利署の陳伸賢署長も出席し、「部下がペーパーを用意してくれたが、今日は私の言葉で話します」と、ここ10年における台湾でのダムに対する人々の意識の変化、そして政府としてもダムを作ることによる環境への影響、つまりは「将来の結果」を無視してきたことを自己批判していた。

ダムの写真は世界全国どこでも同じで退屈なので、石門ダムを背景に、インターナショナル・リバーズ・ネットワーク(IRN)のアビバに登場してもらおう。IRNはアメリカのサンフランシスコに本部を持つNPOで、彼女とは97年に一度会っている。オーストラリア出身で、その時にあったオーストラリア・アクセントが「ほとんど消えちゃってる!IRNはもう何年になる?」と聞くと「7年半。ほんの1年のつもりだったのに。終身刑になるとは思っていなかったわ」と冗談を飛ばしていた。

その対面、蒋介石の像がダムを見下ろす。国民党政権を民進党が取って代わってから、台湾は劇的な変化の真っ最中だ。
【湖山水庫】
お腹が減り、無言になり、皆がウトウトし始めた頃、到着したのが緑に囲まれたレストランだった。予期せず、雲林(ユンリン)野鳥の会や湖山ダム反対全国連盟の人々たちが拍手で迎えてくれた。迎えられた側は皆、寝ぼけ眼でビックリ。お腹が満たされた後、野鳥の会の呉世郷さんが、ダム計画、目的、影響などをパワーポイントで説明してくれた。
「では次に、学生たちが劇をお見せしますので外へ!」と呉さん(呉さんは環球技術學院の先生だ)が言うのを聞いて、聞き間違えたかと思ったらそうではなかった。学生たちは、海外から訪れた私たちのために、八色鳥を主役にした劇を準備してくれていたのだ。

湖山ダムの予定地は、八色鳥(Fairy Pitta)の生息地だ。台湾に夏、南から渡ってくる渡り鳥で、野生生物保護法で絶滅危惧種に指定されている。それだけではない。台湾政府の農業委員会が雲林野鳥の会に委託して行った調査により、湖山ダム予定地は、世界で最も八色鳥の生息密度の高い地域だと分かったというのだ。
劇は中国語で行われたので、最初はワケが分からなかったのだが、どうやら、ダム計画が持ち上がって、大変だ、大変だ、と騒ぎになり、森の動物たちが集まって、「どうしたものか?」と相談するという筋だ。

やがて、相談かまとまって、八色鳥が、12月の国会議員選挙に立候補することになる(実際に12月には台湾の国会議員選挙があるのだ)。八色鳥は大声で選挙運動を展開する。「私が議員になったら、湖山ダム建設を中止して、ダムに代わる代替案を提案します!」公約を読み上げる八色鳥、「え~い」と回りで盛り上がる動物たち。

最後に「八色鳥に清き一票を!」と呼びかける。台湾の選挙では実際に文字が読めない人でも投票しやすいようにと、写真が投票表紙に載るのだそうで、ちゃんと八色鳥の写真が載っている。おしまい。拍手。
あとでだんだんに分かっていったのだが、台湾の先生たちは、小学校から大学まで、実に、自分の信じるところを生徒たちも巻き込んで、社会運動をするのですね。いや、スゴイ。これぞ、教育です。

「さぁ、じゃあ、ダム予定地へ出発!トラックと車を数台用意しています。女性は優先で乗用車へどうぞ!」と呉さんは叫んだのだが、外国から来た私たちはちょっとした冒険気分で「わ~い!」と男も女も皆、雪崩れをうって、我先にとトラックの荷台へダッシュ。写真を撮ったあと、私も(笑)。

後で、イーティンが、ボソっとつぶやきました。「乗用車の方がいいと思ったのに、誰も乗らず、皆がトラックに乗ったので、『なぜ~???』と台湾人はショックを受けてイマス。」爆笑。
「さぁ、出発~」と皆はトラックが動き出すのを待ちますが…、「ん?動かない?」皆で、エンジンの押しがけを始めました。「それ~!」動かない。「それ~!」まだ動かない。どんどん遠くへ行ってしまいます。ところが諦めた途端。ブブ~ンとエンジン音が。

そんなワケで、山の中へと入っていきました。着いてびっくり、どんな川かと思ったら、足でまたいで渡れる程度です。伏流しているところは見ての通り、水がほとんどありません(左写真参照:皆は河床の上に立っている)。乾期だとはいえ、歩いて二歩で渡れる川にダムを作ることの非効率を考えると、八色鳥でなくたって首を傾げます。草の生え具合から見ても、雨期でも大して水がないことを物語っています。
経済部水利署長が「台湾の降雨は四季を通じて平均していない」と言ってはいたが、それなら、ダム以外の手段で水資源を確保した方がより経済的ではないかと、一見して思わざるを得ませんでした。

呉さんからは地盤が悪いという説明がありました。海外から来た面々は皆、それぞれ、自国でどんな場所がダムに狙われるのかを思い出して息混じりです。しかし、だからこそ、「国境を越えて知恵を集めていっしょに連携しよう」とRWESAのファシリテーターのジョアンが呉さんにエールを送り、

最後は皆で、「ダムにNO~」と腕をバッテンのポーズで決めました。
報告は続きます(To be contitued)
まさのあつこ atsukom@mrj.biglobe.ne.jp
2004年10月29日 破堤 (カテゴリー: 住民参加 )

地震や台風のたびに台湾の人々から「無事?」とメールが届くようになった。高雄市でプレゼンをやったときに、日本の山や川での台風被害を写真で見てもらったのだが、「台湾かと思った」という感想をもらったほど、その被害が似ているらしい。(写真は上から、植林が山崩れを起こした徳島県木沢村の山、豪雨で徳島県那賀川に流入し、川面を埋め尽くす木々、那賀川にかかる長安口ダムに流入した木 撮影は木頭村の田村好さん) 人間同じようなことを考えるもので、姫野雅義さんも、やはり講演の中で、同様に台風の写真を見せていた。そうそう、姫野さんも姫野雅義の吉野川日記を始めたので、ぜひ、ご覧あれ。

兵庫県の豊岡市がまるで熱帯の国が見舞われる洪水のようなコーヒー色の一面の水に被われているのを見て、気になっていたことがある。9月に国と都道府県とで行った堤防点検を行って「要対策箇所」とされた場所と、今回の破堤場所は、一致しているのかということだ。そろそろ、パニックを脱したころかと思い、問い合わせてみた。

すると、近畿地方整備局河川管理課は、今回破堤したのは2箇所で、それは9月に点検で「要対策箇所」とした14箇所とは別のところだったという。ただし、県が管理している区間については把握していないと言う。
そこで、兵庫県の県土整備部土木局河川整備課にも聞いてみた。県が9月の時点で「要対策箇所」としたのは24箇所。それらは「従来から弱かったところ」だそうで、今回の破堤箇所とはやはりずれている。破堤は豊岡の地域だけで9箇所。うち8箇所は全く別の場所、1箇所は区間名は一致しているが同じ箇所かどうかは未確認だという。
9月の点検は、7月に新潟と福島で豪雨によって破堤して「甚大な被害」が発生したから『これから本格的な台風期を迎えるにあたり、堤防等の河川管理施設の状態を再度確認する』と指示を出して行ったものだ。それが意味をなさなかったことになる。(他の都道府県も、再点検が必要だ、ということも言えるだろう)
「基本高水(洪水が起きたときの最大流量)」という数字をはじいて上流にダムを作ることで「治水対策」だと胸を張るのがこれまでの国のやり方だった。しかし、それとは別に、堤防がもたないというオソマツな結果を、残念ながら私たちは目にしている。
新潟大学の大熊孝教授は以前からよく言っていた。「溢れさせる」「切れない堤防を作ることがもっと大事なのだ」と。実は、私がこの言葉を理解できるようになったのは、つい最近のことだ。破堤すると被害が一極集中するから、堤防を補強してジワジワと広範囲に溢れさせてリスクと被害を分散させるという考え方だ。その代わり、何十年かに一度、地域全体が床下浸水ぐらいを覚悟する住民側の意識改革も必要だと。破堤で一極集中被害が出たのを見て、「溢れさせる」の意味が分かってきた。
「ダム神話」は崩れ去った。「堤防神話」も捨てなければならない。人工物で自然を押し込めることの限界、という欧米が経験したことを、犠牲を払って日本も学んだということになるのだろうか。
大熊先生の言うように、「溢れても切れない堤防」による治水方法も、今よりはずっといい。でも、長い目で見れば、現在、めちゃくちゃなことになっている都市計画を、今後100年かけて見直していかなければならないのだと思う。何をすればそうなるのだろうか。少なくとも、住民の参加、なしにはこれもできない。
まさのあつこ atsukom@mrj.biglobe.ne.jp
2004年10月27日 黄蝶の誘い (カテゴリー: International )

黄蝶の誘い (Invitation from Yellow Butterflies)
台湾の美濃ダム計画のことを初めて知ったのは、1997年、関東学院大学の宋永こん教授が開いた交流会に呼ばれていったのが最初です。黄蝶が舞う谷を沈めるダム計画の話を初めて聞いて、それが一体どんな谷だろうかと想像し、「いつか、きっと行く」と思いました。その時に出会った黄鴻松(ファン・フンスン)さんと劉孝伸さんと今回は再会を果たすことができました。(お名前に漢字・片仮名・ひら仮名が混じっていてごめんなさい)
It was 1997 when I first heard about anti-dam movement in Meinung, Taiwan. Prof. Sou Eikon from the Kantogakuin University invited me to a meeting between some Taiwanese and Japanese. I listened to Taiwanese visitors to talk about the dam project that was to sink the Yellow-butterfly Valley. I imagined dancing fluffy thousands of butterflies and thought to myself I would visit the valley. Finally again I met two fellows, Mr. Huan and Mr. Liu and visited the place.
これからじょじょに雑誌などでも発信していくつもりです。でも、まずは、取材に協力してくださった方へのお礼状から始めたいと思います。このサイトを覗いてくださる他の皆様にも、美濃ダムの反対運動が、いかに若い世代によってアクティブに盛り立てられているかを見ていただけると思うからです。
This is my open thank-you note to those who gave me great cooperation for interviewing people and visiting places in Meinung. Just looking at pictures the rest of the world would know how younger generation is now activating the Meinung Community and the anti-dam movement there. That’s all for English now. Enjoy people's smiles on photos! Thanks!

●国際会議を取り仕切った美濃愛郷協進会のイーティン!謝謝!写真は、3日の会議の会場である高雄市の大和平校区文大学にて。会議の案内板の前で忙しく携帯電話中のイーティンを捕まえてパチリ。彼女こそが、この国際会議の最初の言い出しっぺです。疲れていても、いつもにこやか。お疲れさま!(You must be tired! Take care!)

● 1997年に会い、今回、日本統治期の1935年に設立された「雙渓熱帯樹木園」に案内してくれた劉孝伸さん。謝謝!彼は、学校で生物の先生をしており、自然を愛する次の世代を育てています。彼の後ろに見えるのは、清の時代に作られた水路。

● 同じく1997年に日本で一度お会いしました。美濃愛郷協進会の理事の黄(ファン・フンスン)さんです。案内してくれた彼の車には、相模川キャンプインシンポジウムのステッカー「川は誰のものか」が張ってありました。この写真は、美濃愛郷協進会の事務所の裏庭です。中国式の建物で、表に向かって人がゆったり椅子に座る構図になっていますが、裏庭は、その椅子にあたる、ゆったりした空間だそうです。彼も小学校の先生。日本語も話せます。
美濃の運動の特徴として、地域振興も活動の一環ですが、その一つで、中央・地方政府からも助成金をもらってコミュニティカレッジが設立されています。その副主任さんや職員の方々も3名が取材に協力してくださいました。

1. 取材の手配を全面的に支援してくれた頼梅屏(メイピン)さん。「日本統治時代のダム計画を覚えている方に会いたい」と事前に無理なお願いをしていたのですが、美濃中に電話をしまくって本当に探し出してくれました。何本も何本も「誰か知らない?」と電話をかけて「あの人なら知っているんじゃない?」と聞くと、また電話してあたっていくという驚くべき作業を通して探し出してくれたという話を聞いて、思わず、「電話何本かけたの!」「ん~、20本くらいかな」「え~ぇ!!ありがとう(泣)。メイピンさん、CIAになれるね!」と言ったら「美濃に秘密なんかないもの!」と。密な地域社会なのだ。面倒だったろうに、嫌な顔ひとつせず、笑顔で答えてくれました。本当に謝謝!
実は、美濃の運動のクライマックスの一つは、前号でも少し触れましたが、4万人近い美濃人口の一軒一軒を、女性たちが戸別訪問をして、反対か賛成かの署名を集め、そして、72%の反対署名を立法院にぶつけるべく大々的なデモを展開したときです。
なるほど、そんな偉業を成し遂げた人々を見てきたMei-pinさんにとっては、日本からやってくる売れないジャーナリストのために電話を20本かけることさえも、いい加減な気持ちではやらない。一つ一つが真剣なのだ。その真剣さに、私も応えなければと、身が引き締まったのです。

2.頼梅屏(メイピン)さんの同僚の邱静慧(チンフイ)さん。彼女は車を運転して、私をあちこちに連れて行ってくれました。彼女の背景は、小学校の廊下に掲示されている黄蝶谷を守ろう、自然を守ろうという環境教育のポスター。謝謝!日本に来たら、私があなたを案内するよ~。
3.張正揚さん。皆さん、お忙しい中、細切れの時間を都合しあって、私の取材につきあったり、案内をしてくれたりしたのですが、張さんは最後の日に、美濃から高雄の空港まで送ってくれました。コミュニティカレッジの副主任です。謝謝!写真を撮りそびれてないのが、残念です。

● さて、今回、中国語しか分からない方の取材のときにお世話になったのは、星純子さんです。星純子さんは、現在、台湾で美濃について詳細に研究中。私が帰国後、「美濃愛郷協進会」のウェブサイトにリンクを張ろうとしてgoogleで検索したら、なんと出てきたのは、星さんが2002年に「全国公害患者の会連合会の視察に参加して」書いた文章でした。彼女のライフワークが「台湾」なのです。謝謝!純子さん!

●オマケの写真。美濃の朝6時。宿の自転車を借りて、フィリピンのクレメンテさんと日本からの参加者、RWESA(東・東南アジア河川ウォッチ:ルイサ)の氏家雅j仁さんと、朝飯前の散歩を楽しみました。
報告は続けます。(to be continued)
まさのあつこ atsukom@mrj.biglobe.ne.jp
2004年10月21日 ダム代替案会議 (カテゴリー: International )

台湾のNGO「美濃愛郷協進会」が主催したダム代替案国際会議に10月15日~17日まで行ってきました。
「Beyond Dams」(中国語では「国際河流会議」)と名付けられたこの会議に、東アジアから台湾・韓国・日本・香港、東南アジアからベトナム・タイ・ビルマ・タイ・カンボジア、そしてアメリカからダム問題に取り組むNGOが出席。台北(15日)、台中(16日)、高雄(17日)と場所を変えつつの全国行脚会議&現地視察でした。

主催者の「美濃愛郷協進会」(英語名はMeinung People’s Association)は、日本で言えば、川辺川ダムと吉野川の運動を足して二で割ったようなダム反対運動をやっているNGOです。
つまり、約4万人の美濃全域の全世帯を、一軒一軒当たってダムの反対署名を集めていったノリは川辺川の利水裁判の闘いを思わせます。(MPAはそこで72%の反対署名を集めて立法院(日本の国会)に予算削減を要求した)
また、これは吉野川の住民投票のやり方をも思わせます。同時に、MPAが地方や中央政府に予算を出させて、地域振興としてコミュニティカレッジを設立したところなども、「緑のダム」構想という土俵に行政を引き込んだ吉野川の運動と似たところがあります。

さて、この国際会議、日本からは1日目に、徳島県吉野川の運動を盛り上げた姫野雅義さんが、ダムに替わる「緑のダム」の研究 発表を、3日目には「People’s Struggles and Participation」(人々の闘いと参加)というテーマを与えられて、私が日本の脱ダム傾向についてプレゼンをしました。
以下は、私がプレゼンにつかったパワーポイントの元のテキストです。プレゼンをしながら口頭で喋ったことも含め、概要を日本語で書き加えます。
1. Reducing Dam Budget in Japan(減少する日本のダム予算)
3000 dams existing and other 240 dam projects to go, or to stop
(既存ダム3千と新規計画240ダム)
94 dam projects stopped since FY1997
(1997会計年度以来94ダムが止まった)
dam budget reduced by 40% to 380 billion yen from 659 billion after FY1997
(ダム予算は1997年以降年間6590億円だった予算が4割減り3800億円になった)

Background(背景)
National debt 700 trillion yen(国の赤字 700兆円)
87,5 times of the Japanese annual General Account Budget, 6 million yen per capita
(一般会計予算の87,5杯、国民一人600万円の借金。この借金を返そうと思えば国は87.5年間一円も使えない)
Dam Project Reviewing Council applied for 14 dam projects in 1995 (1995年に14のダム事業にダム審議委員会設置)
For nation wide criticism against The Nagaragawa River Estuary Barrage (dam), Ministry of Construction (Now Ministry of Land, Infrastructure and Transport) finally took measures..(長良川河口堰を初めとして全国規模のダム反対の機運が高まり建設省は動かざるを得なくなった)
Lessons learned about(政府と反対運動側双方が得た教訓)
1) council members (審議会メンバーは大事である)
2) public participation (市民参加は大事である。参加が増えれば増えるほど批判は高まる)
3) epoch-making event (out of 14 projects, Hosogouchi Dam in Tokushima Pref. suspended due to strong opposition by the community, Kito village mayor Megumi Fujita and the village assembly, that lead to the first large scale dam stopping in Japan in 2001.(木頭村では住民、議会、村長の強力な反対で一時休止となったが、こうした画期的な出来事は、反ダム運動を盛り上げる意味で重要である。やがてこのダムは中止となった)
Comprehensive Inventory for Dam Project in 1997(1997年に建設省がダム総点検)
All the dams checked but no public participation, only internal procedure in the Ministry.
(教訓を元に、建設省は市民参加をさせずに内部でダムの棚卸しを行った)
Public Works Reviewing System started by Prime Ministry Ryutaro Hashimoto in 1998. (1998年に当時の橋本龍太郎首相が公共事業評価制度を開始)以下は評価を行う事業の条件
Prolonging projects as follows were reviewed.
1) 5-year-budgeted project at the construction stage, if no agreement reached on compensation or if construction not started
2) 10-year-ongoing projects, after construction started
3) 5-year-passed project after planed
4) drastic social and economic change
1)~4) picked up by and reviewed by the Ministry
Ruling parties recommended the government and the prefectures to stop 233 projects including dams, roads airport, etc. in 2000. (2000年に与党は233の公共事業について政府に中止勧告)
1) 5 years passed and not started
2) 20 years passed after planned completion date
3) suspended projects by the government Reviewing System
4) 10 years passed after planed but no adopted yet
*The most of the recommendation accepted and some not”
Dam Cancellation(ダム事業の見直しの結果、中止になった数)
Year Number of Dam Cancel
1997 4
1998 3
1999 4
2001 32
2002 3
2003 12
2004 6
Total 64
*94 including reservoirs smaller than 1-million-m3(100万立米以下を含めれば94ダム)
と、政府の見直しによってダムが止まってきたように見えるが、実は1993年に結成された「水源開発問題全国連絡会」が、ダムの見直しをする仕組みを提案したのが先にあり、2年がかりでその提案が(政府は認めはしないだろうが)認められたとも言える。ダム反対運動と同時に市民側が提案を行うということが重要なのだ。
Reformers in local governments (改革派知事の登場も脱ダムの流れを加速させた)
Tottori Governor, Yoshihiro Katayama, stopped Chubu Dam in 2000(2000年に鳥取知事が中部ダムを止める)
Nagano Governor, Yasuo Tanaka, "No Dam Proclamation" in 2001(2001年に長野県知事が脱ダム宣言をする)
Kumamoto Governor , Yoshiko Shiotani, made decision on dismantling the Arase Dam in 2002(2002年に熊本県知事が荒瀬ダム撤去を決定する)
Strong backlash (強い反発もある)
vested interests / iron triangle among politicians, bureaucrats and industries(既得権益、鉄のトライアングルは健在)
needs for regional development depending on public works due to failure of policies for agriculture, forestry and fishery(第一次産業政策の失敗から地域振興策としての公共事業を求める地域もある)
2. People’s Struggles (人々の七転八倒)
The River Law reformed in 1997(1997年、河川法が改正されるが)
Issue 1: Inappropriate Timing for public participation, too late, too little -----Article 16-2 requires public participation for detail planning if necessary. However, prior to planning, the Ministry decides Basic Policy according to Article 16. And the Basic Policy determines concrete plans.(問題その1は住民参加のタイミングが遅く機会が少ないこと。ダムを作る作らないの大枠を国土交通省が決めてしまったあとで住民参加が必要とあらばという程度で、決定権はいまだに国交省が握っている)
Issue 2: Article 16 and 16-2 have loopholes -----should-be-introduced procedure are not yet enforced, for interim measures without expiration. Out of 109 first-grade River Systems, only 27 Rivers introduced and 82 untouched as of July 2004.(問題その2は経過措置という抜け穴があり、今年7月現在で109水系中27水系でしか「環境配慮」をいれた新河川法による枠組みの見直しがなされていない。)
Some case present issues ”Who decides members?” “Who pays participation cost?” “No use without technical data and no argument for high water level in flood design”(参加メンバーを誰が選ぶか、参加のコストは誰が払うか、計算上の洪水レベルが正しいかどうかを検証する根拠データなしに参加などしても意味がないなどの問題が、「参加」が行われたケースでも、すでに提示されている。)
No agreement on compensation: for example 52 year-old Yamba Dam project in Gunma Pref. (群馬県の八ッ場ダムでは52年も経つのに補償を巡る合意がなされていない。)
Lack of information for appropriate timing. Although Information Disclosure Law enforced in 1999, due to lack of understanding and experience for both bureaucrats and the public(1999年に情報公開法ができたが開示されるタイミングが遅い、この法に対する官僚と国民側の理解も経験も足りていない)
The Diet cannot be involved in decision making for individual projects(国会はここのプロジェクトのための判断に関われない)
Budget System has no transparency(予算システムに透明性がない)
Project Reviewing Councils. Not balanced members, not opened to the public(事業評価委員会のメンバーが偏っている)
Environmental Impact Assessment Law without“without project”(環境アセス法に「事業をやらない」というオプションがない。)
Others/ Lack of leadership = Minister–bureaucrats relation / inefficient judiciary system(その他)
3. Lessons from International Standard(日本が国際社会から学ぶこと)
Simple rules, taking effect for international cooperation from April 2004, are not yet applied for our own national dam projects!(2004年4月にJICAが適応を開始するルールさえ国内ダムには適用されていない)
Japan International Cooperation Agency Guidelines for Environmental and Social Consideration, April 2004, JICA. (JICAは環境社会配慮のためのガイドラインを発表した。)
“JICA has been requested to take suitable considerations of environmental and social factors. Democratic decision-making is indispensable for environmental and social considerations, and, in order to achieve an appropriate decision-making process, it is important to ensure stakeholder participation, information transparency, accountability and efficiency in addition to respect for human rights.” (Page 1 Basic Matters )
In collaboration with the recipient governments, JICA conducts EIA-level environmental and social considerations studies including a monitoring plan, an institutional arrangement, and mitigation measures to avoid, minimize or compensate for adverse impacts. JICA analyzes alternatives including a“without project”situation.”(Page 14 Feasibility Study)
The Aarhus Convention (オーフス条約)
Convention on access to information, public participation in decision-making and access to justice in environmental matters, adopted at the Forth Minstrel Conference "Environment for Europe" in Aarhus, Denmark, on 25 June 1998. (デンマークのオーフスでできた3つのアクセス権を確保する条約で、「情報へのアクセス」「意志決定への参加へのアクセス」「訴訟へのアクセス」を意味する)
Japanese NGO Network, ”Aarhus Net Japan” was organized in 2003 to work for better public participation, butter access to information and better judicial system.(日本では03年にこの3つのアクセス権の獲得を目指して市民ネットワークが結成された。
完璧な国はない。頑張ろう。とまぁ、そんなことを20分チョイで話してきました。
東アジアや東南アジア諸国の動き、それに美濃愛郷協進会の感動的な住民運動の道のりについても、おってご報告したいと思っています。
右の写真は、会議後に訪れたダム反対運動の現場である「美濃」の美しい小豆畑。水は山から引いてくる。
まさのあつこ atsukom@mrj.biglobe.ne.jp
2004年10月14日 「そこのけ」は、国際標準を満たさない (カテゴリー: 住民参加 , 八ッ場(やんば)ダム )
「道路代替用地7割『遊休』」という朝日新聞10月11日の記事を見て、さもありなんと思う。
道路建設で移転を余儀なくされる地権者のために548億円を使って用意した「代替地」10万6千m2のうち7万1千m2が「提供の可能性がなく遊休化している」と会計検査院が指摘したそうだ。
「さもありなん」と思ったのは、八ッ場ダム(群馬県長野原町)計画の状況を見聞きするからだ。
日本の公共事業が、いかに移転させられる人々の希望も聴かずに、「そこ退け、その退け、道路が通る」「そこ退け、そこ退けダムが通る」と事業主体でことを進めてきたかを示す。
計画から52年たった八ッ場ダムでは、いまだに、「補償交渉」が終わっていない。これだけを考えても(半世紀のダム闘争でくたびれ果てた現地の方々のお気持ちを私自身が踏みにじるようで申し訳がないが)、実は、ダム建設をこれ以上、一歩も進めるべきではないのだ。
水没四地区(川原畑、川原湯、横壁、林)の住民が「国交省に約束を守らせる会」として、水没地の人々に向けてチラシを織り込み、国交省のやり方に納得がいかないではないかと訴えたのは、ほんのこの夏の出来事だ。
No.1「急告 信じていた補償基準に疑心!!」
・宅地、田、畑の坪当たりの価格に他の地区と差額がある(安い)。
・その理由を聞いても国交省は説明もしない。
No.2「いまだに支払い名目もない第一小の建設用地」
・水没する小学校に替わる小学校を建設するというから(小学校だけはとりもなおさず)善意で土地を提供したのに、(そしてその際、山を切り崩して整地するから周辺の土地も一緒に提供するわけです)、建設が済んだら周辺の土地に関しては「小学校用地ではない」と支払われていない。
No.3「特報「代替地分譲基準連合交渉委員会」開かる」
・ なぜ、チラシを発行するかという説明など
目を転じて、途上国への開発援助の動向をみてみると、八ッ場ダムのケースがいかに、先進国として恥ずかしい事例であるかが分かる。すでにこんなことは、開発援助の分野では許されない、糾弾されるべきことだからだ。
インドのナルマダダム、中国の山峡ダムなど、先進国の支援による途上国の大型ダム建設は、どこにおいても、社会的・環境的な配慮は一切無視して行われてきた。それは現地政府の体制によるものもが大きかったが(国によっては軍隊や警察が強権的に移転させてしまうケースがあると「メコン・ウォッチ」の松本悟さんは言います)、国際社会では、それは援助する側の責任もある、ということになり、技術援助や融資をする場合には、対象となる事業にきちんと環境配慮がなされたか、人々への補償がきちんと行われるかが確認されない限りは、支援を行うべきではない、という流れにつながってきた。
その結果、世界銀行では、1950年代から増加の一途を辿っていたダムへの融資は、1980年代前半を境に、現在、ひたすら下降線を辿る。「移転」という大きな犠牲を払うくらいなら、作るべきではない(適正な住民参加や補償がなされない国には融資できない)、という流れになってきているのだ。
1998年に世界銀行と国際自然保護連合が設立した「世界ダム委員会」が、社会的な影響や環境への影響を配慮するべきという勧告を出したことで、この流れは決定的になった。
【移転は単なる物の移動ではない】
影響を受けるのにもかかわらず、それが過小評価されて補償がされないのは、立ち退きに会う人々の「経済的、社会的な発展」ではなく、単に「物理的移転に主眼を置いているからだ」と結論づけられていったのだ。
日本はそんな流れの中で、最後まで支援側の劣等生として悪名を馳せることになった。フィリピンのサンロケダム、インドネシアのコトパンジャン・ダムなど、働いてきた悪事の数はいくしれない。
そして、ついに、こうした外圧を受けて、JBIC(国際協力銀行)もJICA(独立行政法人国際協力機構)も、それぞれ「環境社会配慮確認のための国際協力銀行ガイドライン」(02年4月)、「JICA環境社会配慮ガイドライン」を2004 年4 月を発行。今後は、それが守られていくかが、国際社会からも監視される段階に移っていく。
さて、改善されるべき点はまだあるものの、後者のJICAについて言えば、日本国内の公共事業のやり方と比べて、いくつもの優れた考え方が盛り込まれている。
一つは、「非自発的」に移転させられる住民に対する考え方です。
人々の移転や生計手段の喪失はできるだけ回避すべき、そして、どうしても回避できないならば最小限に食い止め、どうしても食い止めることができなかった犠牲については、その損失を補償すること、と、「回避、最小化、補償」という優先順序で考えなければならないこと。
そして、それが、移転させられる人との「合意の上で」なされなければならない、ということ。
「つまり、勝手に専門家がやってきて、あなたの補償額はいくらね、と一方的にソロバンをはじくのではなくて、移転する人自身が納得しなければならない」(「メコンウォッチ」の松本悟さんに聞きました。)
「また、補償や支援が「適切な時期に与えられなければならない」ということろが大事なんです。つまり、待たされて疲れちゃったなんていうのは論外で、新しい生活が必要なときに間に合うように早く、でなければならない」
松本悟さん(彼は「JICA環境社会配慮ガイドライン改定委員会」の委員でした。まさに改定に汗をかいた人!)にお話を聞いていて、「もう涙が出そう!」と叫ばずにいられませんでした。
二重の意味でです。今まで、勉強しなければ、と思いつつ、国内のダムで精一杯と、国際スタンダードを勉強せずに来たこと。このことをもっと早く知っていれば(いや、実は、脳みその表層では関知していながら、きちんと理解していなかった)という後悔の涙。そして、海外支援以下のスタンダードで、自国民に向きあっている日本政府に対する情けない気持ちの涙。
「八ッ場の人たちなんて、もう52年も待たされているんですよ~(泣)。そして未だに納得がいかない扱いを受けています(泣)」(まさの)
「日本には『ゴネ得』っていう言葉がありますよね。でも、そんなの当たり前なんです。それだけ背負わされるものが大きいんです。海外支援のあり方では、移転する人こそは、受益者にならなければならない(犠牲ではなく)。移転する人々の生活は改善されなければ、受益者にならなければならない。少なくとも、回復。そういう順序です。回復じゃないですよ。改善が先です!」(松本さん)
そういったことが皆、「JICA環境社会配慮ガイドライン」(2004 年4 月)の22ページ「非自発的住民移転」の項に書いてありますから、行間とともに、じっくり読んでください。
そんなわけで、こんなニワカ勉強をしたのは、明日から台湾で始まる「ダム代替案国際会議」に出席するからです。日本の恥をさらしたり、日本の悪事を謝ったりしなければならないことになるのだろうと、思ったからです。でも、それ以上に、これまで勉強(体得)してこなかった自分を、恥ずかしいと思いました。
帰国後、また、ご報告します。
まさのあつこ atsukom@mrj.biglobe.ne.jp
2004年10月13日 住民監査請求が機能しないのは何故か (カテゴリー: 法律・制度 , 八ッ場(やんば)ダム )
04年9月10日に一都五県(東京、埼玉、千葉、群馬、栃木、茨城)に対して5391人が一斉に行った住民監査請求の結果が、少しづつ出てきています。
計画から52年。03年、国交省が事業費を2110億円から4600億円に倍増を提案。埼玉県では知事をして県議会で、「2000万円で契約をした家の完成が間近に迫ったときに、4600万円だと請求されているような思い」{こうしたことが本当に世の中で通じるのか激しい怒りも感じております」と言わしめた増額を受けての住民監査請求でした。
住民たちが監査委員に求めた内容は、以下の通り。
●知事や水道事業管理者に対する以下の支出差し止め
1) 建設負担金(起債利子を入れると総額約8800億円
2) 水源地域整備事業の経費負担金(総額997億円)
3) (財)利根川・荒川水源地域対策基金の経費負担(総額249億円)
● 知事に対しては、また
4) 一般会計から水道事業特別会計への支出差し止め
5) 昨年1年間の支出(都県総計で104億円)に対する損害賠償請求
ところで、「住民監査請求」とは?不当もしくは違法と思われる公金支出について、住民が、監査委員に監査を求める仕組みです。監査委員は請求から60日以内に監査を行って勧告を行うかどうかを公表するわけです。
では、「監査委員」とはどのような人か?都道府県には4名います。2名は識見者、2名は議会議員。これすべて「地方自治法」に基づいています。監査委員は、年一回以上、自分たちでも監査を行いますが、それを補う制度が住民監査請求なわけです。
ところが、この制度、まったく信頼されていない。「どうぜ門前払い」されると諦めて、訴訟を行うための通過点の一つくらいにしか考えられていない。そこで、いちおう調べてみました。機能していないという点は、まったくもって本当。
一都五県住民監査請求結果(2003年度)
受付 却下 棄却 勧告 その他
東京都 49 37 10 2
栃木県 5 0 3 0 *
埼玉県 8 7 0 0 **
千葉県 16 9 5 0 ***
茨城県 0 0 0 0
群馬県 5 4 1 0
* 「継続中」1件、「一部認容、一部棄却」1件
* *「請求した住民が取り下げ」1件
* **「一部棄却、一部却下」2件
信頼をおけない制度というのは分かった。だからなのか、茨城のように、請求自体がゼロだった県もある。じゃ、機能しなくてもいいのかといえば、違う。茨城では代表監査委員は月66万円、議員ですら給与と別に13万3千円も報酬をもらっているので、ムダを省く仕事をしてもらわねば、それ自体がムダになります。
ところが今日また、1都5県のうち、監査請求を「却下」した自治体が出ました。今度は栃木県。「法第242条に規定する住民監査請求の要件を具備していないものと判断し、却下します」と。
却下の理由を簡単に言えば、今回の請求は、「財務会計行為自体の違法性・不当性」というものにはあたらないということです。
河川法に基づいて、治水・利水という目的をかかげて事業を開始したにもかかわらず、その効果が得られないのであれば、「不当」以外のなにものでもないはずで、そのことが理解(検証)できないのは、監査委員の能力の低さを露呈しているのではないかと、腹が立ってくるわけです。
★また、こうなってくると、地方自治法のおかしさも感じざるを得ない。
監査委員4人はいわば被告である「知事」が選んだ人であること。
議員二人は議会の中で一度、予算に賛否を示した立場であり、内輪の関係者でかばい合っている構図にしか見えないわけです。地方自治法の改正が必要課題として生じていると言えます。
以下は、埼玉ですら却下を行ったことに対し、住民監査請求を行った「八ッ場ダムをストップさせる埼玉の会」の抗議文です。転載させていただきます。
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不当な監査結果に抗議する
八ッ場ダム事業に関する住民監査請求の却下について
9月10日、893人の監査請求署名を添えて、埼玉県監査委員に「八ッ場ダム建設事業に対する負担金の支出差止等を求める住民監査請求」を提出しました。その監査結果が10月8日、郵送されてきました。監査結果は、監査請求を却下するというものでした。
請求の内容について全く審理することなく、意見陳述の場すら与えずに、門前払いというべき却下という結果を出した監査委員に対して、強い憤りを覚えます。
八ッ場ダムは治水・利水の両面で建設の必要性が失われ、さらに様々な災いをもたらす事業です。その事業に対して、埼玉県が総額で約800億円(起債利息も含めれば約1,200億円)も負担するのは、公金の無駄遣い以外に何ものでもありません。900名近くの県民が今回監査請求を行ったのは、このように無意味な事業に埼玉県が参加することを何としてもストップさせなければならないという思いが結集したものです。その県民の思いを監査委員は踏みにじりました。
私たちは、地方自治法、地方財政法、河川法等に照らして、必要性が失われた八ッ場ダム事業に対する埼玉県の費用負担は違法であることを指摘しましたが、県監査委員はそのことには耳を傾けず、明白な違法性の提示なしという不当な判断を行いました。必要性の喪失、巨額の公金無駄遣いという重大な事実に目をつむり、実体審理を行うことなく、監査請求人の権利である意見陳述の場すら与えずに、門前払いという結果を出した監査委員は、その責務を放棄したと言わざるをえません。
私たちは、今回の監査結果に対して強く抗議するとともに、八ッ場ダム事業への参加の不当性、違法性を問うために、住民訴訟を起こす意志を表明します。
2004年10月12日
八ッ場ダムをストップさせる埼玉の会
(連絡先などここでは省略)
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本文とは関係ありませんが、写真は堆砂で埋まったダム。(山梨県奈良田温泉の前で)

以上
まさのあつこ atsukom@mrj.biglobe.ne.jp
2004年10月03日 河川台帳の存在 (カテゴリー: 法律・制度 )
国土交通省および都道府県の河川担当者に是非、読んで欲しいこと。河川法12条で、河川管理者は、管理する河川の台帳を調整し、保管しなければならない、閲覧を求められたら、正当な理由なしに閲覧を拒むことができないとされています。ところが、どうもこの河川台帳を、しっかり調整・保管・公開していないことが、各地からの情報で分かり始めました。
【石川県の場合】
前回の日記で少し紹介した渡邊寛さん、ある日、関心ある犀川(石川県営の辰巳ダム計画があります)の「工事実施基本計画を調べようか」と思いながら河川法を読んでいて「河川台帳」という言葉を見つけたそうです。第12条(河川の台帳)です。
「河川台帳になんでも書いたあるやろう」と思った渡邊さんは、石川県庁に足を運びます。
見せてくれたものはハードカバーの装丁。資料が一杯。ただし内容は、「お粗末なモノ」だったそうです。「犀川では、台帳の図面は昭和48年調整のものが一番新しい!この図面は、その前年につくられた「犀川中小河川改修全体計画」の時の計画図面そのものなんです。本来ならば、7年後の工事が終了した時、実測図面を作り台帳の調整をすべきだったと思うのですが。。。。」
そして、渡邊さんは、今後を予測してこう述べます。
「石川県では、この行政の手抜きのツケが、恐らくこれから出てきます。現在おこなわれている河川整備基本方針や河川整備計画の議論もこの図面を元にしているため、現状とかなり食い違います。流下能力の計算や堤防整備に不可欠な基礎データが30年前のものですからね。肝心の基準点の河道断面が恐らく実測値とかなり違いますし、河床の洗掘も進んでいます。河道の流下能力が行政の計算と大きく違うことになるはずです。」
【新潟県の場合】
新潟県営の奥胎内ダム計画に取り組んでいる「奥胎内ダムを考える会」の高見優さんは、「1年以上前から、奥胎内ダム問題に関して胎内川の河川整備の歴史を調べようと思って、河川法に書かれている河川台帳を情報公開請求をしたら、図面(その地域の地形図のような図面)が1枚あるだけで、何の経緯もわからなかった」と。
そして最近、清津川について国土交通省の北陸地方整備局で調べて、ついに「ほとんどの川の河川台帳が未整備」なのだと気づいたと言います。調べたきっかけの一つは水害を巡る市民間の論争。一つは東京電力の水利権の更新(来年は、東京電力が清津川に持つ80年以上前からの水利権の更新時期にあたる)。ご当地の中里村では、村長・議会・土地改良区・住民がこぞって水返せ運動をしているのだそうです。
高見さんは、河川台帳や水利台帳を「調整」「保管」していないことに憤慨しているだけではありません。「公開」についてもです。法律では「閲覧」を拒むことができない。つまり公開しなければならない。判断の予知は1ミリたりともない。当然、閲覧まではさせてくれたが、その場でコピーを頼むと、地方整備局に情報公開請求の手続をしてくれと言われてしまった。高見さんは食い下がり本省に問い合わせた。それでも、開示請求をしてくれと言われてしまった。法律で閲覧が決まっているなら公開か非公開の判断(行政処分)は不要。その場でコピーが当然。情報公開の理念がまったく分かっていない官僚のレベルの低さに、高見さんご本人ならずも、聞いているだけで辟易します。
インターネット時代、かなりの情報が、情報を持つ側の意図で取捨選択され、掲載されています。一方、河川法で求められている基本的な河川台帳や水利台帳が、整理、調整、保管、そして、あるべき姿で公開されない。何が問題か?行政の担当者一人ひとりが、考えなければならない過渡期にいるのだと、思うのです。
情報の掘り起こし、私も日々、苦労しています。
【参考】
河川法 第十二条 (河川の台帳)河川管理者は、その管理する河川の台帳を調製し、これを保管しなければならない。
2 河川の台帳は、河川現況台帳及び水利台帳とする。
3 河川の台帳の記載事項その他その調製及び保管に関し必要な事項は、政令で定める。
4 河川管理者は、河川の台帳の閲覧を求められた場合においては、正当な理由がなければ、これを拒むことができない。
まさのあつこ atsukom@mrj.biglobe.ne.jp
