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ダム日記2 河川法を改正しようヨ by まさのあつこ

提供=ViVa!(ビバ!) http://www.viva.ne.jp/

2005年03月24日 改正の提案その1 (カテゴリー: 法律・制度

 風邪をひいて一週間も寝込んでしまいました。さて、2月20日にヨソで語るで書いた通り、「河川法を改正しようョ」と呼びかけ初めて半年以上が過ぎました。以下は12月4日に環境行政改革フォーラムの総会(05年2月5日)でお話するために書いた原稿です。人々と意見を交換しつつ、また、現場を踏みつつ、勉強しつつ、少しづつバージョンアップしていますので、日々の精進の結果、以下の内容からは、すでに私の脳みそもバージョンアップしています。

 しかし、途中経過として、提案その1をこちらにも提示しておきます。一段階でもバージョンアップしてしまうと、過去バージョンが実に初歩的なものに思えて恥ずかしいのではありますが。あくまで、旧バージョンとしてご参考まで。

「いま、なせ河川法再改正か」

 1997年河川法改正で、河川行政の目的に「環境保全」が、政策決定のプロセスに「住民参加」の理念が導入された。その後、どこまでこれらは実現されているのか。量的、質的に整理、分析し、およびその結果を踏まえて提案を試みる。

量的な分析結果

 97年法の新理念「環境の保全」が実現されたかどうかは、ひとえに、一本一本の水系の大枠の方針である「河川整備基本方針」が新報の枠組みで策定されたかどうかということでしか測れない。その結果は【表1】で示すようにさんさんたるものだ。
 一級河川では4分の1強、二級河川に至っては10分の1も進んでいない。7年間でこの調子では、計算上、一級河川で30年近く、二級河川では70年もかかることになる。

【表1】河川整備基本方針および河川整備計画の策定状況

 水系の数    河川整備基本方針 河川整備計画
                策定済み    策定済み
一級河川 109水系   29水系    11水系
二級河川 2700水系   225水系  107水系

*一級河川は04年9月現在、二級河川は03年11月現在の数字

 97年法のもう一つの新理念である「住民参加」度を測るには、それが可能となる「河川整備計画」の策定がどれだけ進んだかということになる。しかし、こちらも、【表1】で見る通り、さらに遅れている。
 残りの大半の水系で、河川法の附則で認めた「経過措置」という合法的なやり方で、事実上、環境保全も住民参加も許さない、脱法行為が続行中なのだ。

質的な分析結果(国交省の手中にある河川整備基本方針) 

 97年法では、それまで旧法で国土交通省が決定していた工事実施基本計画が、「河川整備基本方針」と「河川整備計画」の二段階に分けられた。後者で必要と河川管理者(例えば一級河川は国土交通省、二級河川は自治体)が認める場合は、住民参加が可能になった。

 しかし、治水計画の鍵となる「基本高水」(ダムがなかった場合に想定される最大の流量)の決定権は、河川整備基本方針を決める段階で、国交省が握ったままだ。その決定過程は、社会資本整備審議会に事務局案として出されるまで、まったくのブラックボックスに入っている。また、同審議会は、単にお墨付きを与えるだけの機能しか果たしていない。

 市民団体「水源開発問題全国連絡会」共同代表の嶋津暉之氏によれば、旧法による「工事実施基本計画は、多くの河川で25年~35年前に策定されたものだ。その後、雨量データと流量データが蓄積され、計算手法の検討もされてきたから、新しいデータと新しい手法に基づいて、基本高水流量の再計算が行われるべき」だという。

 ところが、新しく方針が定められた一級河川29水系のうちほとんどは、工事実施基本計画の基本高水流量を踏襲しているだけだ。変更があったのは4水系。そのすべては以前よりも大きな設定となった。つまり、より大きな治水施設を必要とするわけである。二級河川 225水系でも、工事実施基本計画の基本高水流量がそのまま踏襲されたものがほとんど。雨量データの見直しで2水系小さくなっただけ。

 基本高水は、係数をいじるだけで、洪水の想定量を高く設定することが可能である。かねてから、過大な洪水予測、つまりダムや堤防など過大な治水施設への投資の根拠として使われていると批判されてきた。そして、この係数の設定や計算方法ついて、まったく住民参加による検証や意見反映が不可能なために、公正さ、妥当性が疑われてきた。いまや、国土交通省や自治体関係者の間でも、基本高水が過大で非現実的な設定がなされていることを認める発言が、非公式な場所では漏れ聞こえるようになっている。

 こうした中で、公開、公式な場所でも、「基本高水」論争が起きている。

基本高水論争 

 その一つが国営川辺川ダム事業(熊本県)だ。潮谷知事が、「国は説明責任を果たしていない」と、2001年12月から9回にわたって開催した「川辺川ダムを考える住民討論集会」で、誰もが参加できる機会を確保。そこで、国交省と住民グループの双方の主張をぶつけ合った結果、国交省が「雨量確率法」を採用し、基本高水流量は人吉で毎秒7000トンと算出したのに対し、市民グループは、「流量確率法」を採用し、充分な安全度を見た上で、人吉地点5,500トンを採用し、主張をぶつけ合うこととなった。

 単純にこの二つの数字を比較しただけでも、計算方法や前提となる係数の置き方一つで、ダムの必要性を左右するこの基本高水という数字に大きく開きがでることがわかるだろう。これが、今現在も、法律上は、外部検証、クロスチェックなしに国土交通省だけが決定権を握っているわけである。

 基本高水論争が起きたもう一つの例が、長野県営ダムだ。長野の場合は、田中康夫知事の脱ダム宣言を受けて、反発した議会が「長野県治水・利水ダム等検討委員会条例」を制定し2001年6月に設置。「長野県治水・利水ダム等検討委員会」で委員15人が審議。流域ごとに部会を設置(7部会)。その一つである砥川については、検討委では、「ダム無し、基本高水200トン」に下げて答申。基本高水を変更する権限のない知事は「ダム無し、基本高水280トンのまま。220トンを河川改修、60トンを流域対策」という枠組み案=「砥川改修計画原案」を提案。県は、「砥川改修計画原案」では「河道内遊水池5カ所、河道外遊水池1カ所」が必要と説明。「河道内遊水池」とは高さ15~30メートルの川を遮るコンクリート構造物で下部に穴。「脱ダムはどこへ行った?」の批判に、それを一端棚上げし、まずは50年に一度の大雨に対応できる河川改修だけを盛り込んだ20年間の「河川整備計画」を国に申請。実際の既往最大洪水量は、160トンであるため、「何もしない」という選択肢もあると言われている。県は5年をかけて「基本高水」を再検証する。

 その後、流域協議会(「治水・利水対策等の実現に向けて住民と行政がともに考えていくこと」が目的)も設置され、長野県居住者、財産を有する者、通勤・通学している者で、応募者全員を会員として登録し、話し合いを進めている。

 熊本、長野のどちらのケースにおいても、県知事のリーダーシップがもたらした実質的な住民参加が鍵となって、基本高水論争が起きている。ダム事業者(国、自治体)と住民の主張が対等に論じられ比較検討が可能となる場が確保されることが、治水における適正施設が何かを決定するだけではない、危機意識、防災意識を住民が主体的に理解し、考えていくうえでも重要であることは言うまでもない。

形骸的な流域委員会、それでもボトムアップの河川整備計画

 河川管理者は、河川整備基本方針を元により詳細な河川整備計画を策定する際、必要であると判断した場合、学識経験者の意見を聴いたり、「公聴会の開催等関係住民の意見を反映させるために必要な措置」を講じたりしなければならない。しかし、このいずれも、「必要」であるかどうかを判断するのは、河川管理者の裁量による。関係住民の意見を反映させるために必要な「措置」の中身も河川管理者次第だ。その例が、各地で設置された「流域委員会」だ。「流域委員会」に関する国交省の説明は、「河川法で規定されているものではございませんが、河川に関し学識経験を有する者の意見を聴く方法として、○○川流域委員会などの名称を用いて委員会形式により、効果的・効率的に意見を聴く場を設けている河川があります。(03年11月の中村敦夫参議院議員(当時)への文書回答)」というものだ。流域委員会が法定委員会でないという事実には、多くの人が驚く。

 この流域委員がどのようにして決まるかであるが、先述の嶋津暉之氏による分析によれば、流域委員を公募したのは、一級河川で14水系(04年9月現在)。しかもそれは、中部、近畿、九州地方整備局のみに限られる。二級河川では、03年11月現在、公募したところはゼロである。
 
 流域委員会の選定方法は以下の4パターン
1) 関係機関等から学識経験者に関する情報を入手の上、河川管理者が選定、委嘱、
2) 河川管理者が委嘱した委員による懇談会から意見をもらい、河川管理者が選定、委嘱、
3) 河川管理者が委嘱した委員による準備会議から公募による委員も含め意見をもらい、河川管理者が選定、委嘱、
4) 専門委員は必要に応じ関係機関等から学識経験者に関する情報を入手の上、河川管理者が選定、委嘱。公募委員は河川管理者が委嘱した委員による発足会から意見をもらい、河川管理者が選定、委嘱

 国土交通省の文書回答によれば、委員は「河川に関し学識経験を有する者」のはずであるが、実際の流域委員会では、首長、行政担当者、地元大学教授など(河川と必ずしも関係なし)、マスコミがほぼ必須メンバーとして加わっており、その他、受益者(商工会議所、農協、土地改良区、川をフィールドにした活動団体など、自然保護団体、住民などが、お飾りのように据えられているという印象が拭いきれない。

 さて、こうして法定外の枠組みで議論された(このこと自体が異常事態であると言わざるを得ないが)結果、策定された河川整備計画には、ある一つの、注目すべき特徴が現れている。

 一級河川11水系のうち、計画原案という名前が付けられた1水系も含めると12水系での河川整備計画の目標流量を見ると、「基本高水とは別に、それぞれの河川の状況に合わせた数値が採用されている」(先述の嶋津映之氏の指摘)ものがあるというのだ。例えば、「多摩川や由良川の場合、基本方針ではダムを建設することになっているが、その適地がないため、整備計画は現実に合わせてダム建設を前提としない内容になっている」

 つまり、基本高水流量は現実性のない、いわば飾りの数値に過ぎない、というのである。

 一方、旧法に基づく工事実施基本計画と違う治水計画を出して、2つのダム計画を事実上消滅させ、突如、役割を大きくさせられた徳山ダムなどのような例もある。つまり、本来、新報に基づき、河川整備基本方針、河川整備計画を策定すべきところを、それらをすべてすっ飛ばして、まったく別の枠組みで、治水計画を作ってしまったわけである。これまた脱法行為と呼ばざるを得ない。

実態を踏まえた政策オプション【結論】

 以下は、今後の議論のたたき台として、私が提案する政策オプションである。

1. 河川法再改正事項1:事実上、一部、現在行われているように、外部人材が参加可能な場で、すべての情報が公開された上で、より短期の実現可能な範囲での目標をもとに、河川整備計画を策定。次により総合的かつ長期的な河川整備基本方針を策定する。つまり、現在のトップダウン方式からボトムアップ方式による治水計画の策定へと変換を図る。ただし、公募など参加についての改善も必要である。

2. 河川法再改正事項2:トップダウン方式のままにするのであれば、河川整備基本方針段階からの住民参加を必須事項にする。

3. 河川法再改正事項3:参加の必須条件、例えば、参加コスト、情報の公開提供(治水、利水、環境に関する情報を検証可能な形で公開)、公募のやり方、意見反映の保障など、事業者(行政)とそれ以外の参加者との対等な議論を可能とする条件を整える改正。

4. 河川法再改正事項4:経過措置(現行法は無期限)に期限を設ける。

5. 改正までの措置:基本高水策定過程の完全公開(過大な基本高水、過大な治水事業をはじき出す「建設省河川砂防技術基準」を廃止し、議論を通じての基本高水決定手法へと変換する。

 この他、行政手続法や行政事件訴訟法の改正(再改正)により、計画策定手続を行政処分と見なし、また、原告適格の幅をより広げるなど、司法による行政監視能力を高める必要があることは言うまでもない。

まさのあつこ atsukom@mrj.biglobe.ne.jp
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2005年03月12日 未完成の絵 (カテゴリー: 八ッ場(やんば)ダム

川原湯温泉の雪景色.jpg 
 思いをつないでくださる方がいて、先日、「心からのお返事」を宛てた水出さんに、3月7日(月)、お会いすることができました。
 

 川原湯は小春日和。でも雪景色でした。ほとんど押し掛けです。塩をまかれても不思議はないなぁと思っていたのに、実直にお話を聞かせてくださり、「前に向かって進みたい」(最後のチャンスを逃したくない)という気持ちが伝わってきました。

 お聞きした中で、最もドキリとした言葉は、現実への皮肉を込めて出てきた 「絵に描いた餅を見たい」という言葉でした(はずみでおっしゃられた言葉)。

 普通、「絵に描いた餅」とは、実現性がない絵空事を意味します。

 ところが、川原湯には、「描くことすらできない餅」という現実がありました。まち再建の未来図はあるのだが、その未来図が物理的に途中でぷっつり切れている。それゆえに、俗に言う「絵に描いた餅」、としてすら完成していない現実を言い表された。
日常の風景.jpg
 土地を売る人と売らない人。水没予定地と非水没予定地。地主とそうでない人。どこのダム水没予定地にもある、立場や考え方の違う人がいるままで、国家が、事業を見切り発車した結果が、その未完成な絵だ。

 まさのあつこ atsukom@mrj.biglobe.ne.jp
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2005年03月06日 脱ダム後の処理 (カテゴリー: 法律・制度 , 八ッ場(やんば)ダム

 昨年末、「自治創造研究会」代表の横田昌三さんから、「ダムが中止された後、どのようなことになっているのか、会で発行しているニュースレター「地域と政策」に書いてくれないか」と依頼がありました。
 「地域と政策」の宣伝を兼ね、サンプルとしてその原稿を載せさせて欲しいと頼んだところ、了解をいただきました。連絡先など文末に掲載します。

 以下、自治創研レター「地域と政策」(2005.1)掲載の原稿まるごとです。

脱ダムを考える-中止後の処理
            まさのあつこ/ジャーナリスト

 長良川河口堰が閉まった1995年以後、自然破壊と税金のムダ遣いへの批判は燃えさかった。これが97年、環境保全や住民参加という概念を取り入れた河川法改正やダム事業を含めた公共事業見直しにつながった。ダム等事業審議委員会(95年)、ダム総点検 (97年)、公共事業の再評価制度(99年)、与党三党の中止勧告(00年)と見直しは進み、年間予算も97年に6590億円だったダム予算が04年には3800億円と4割減少した。ダム中止はもはや珍事でない(表1参照)。
 ところが、中止後について定めた制度を国は持たない。そのため、各自治体が独自に試行錯誤を重ねている。以下に多くの事例の中から大分、長野、鳥取の例を挙げてみる。

表1 中止ダム事業の数
1997年  3 事業
1999年  4 事業
2001年 32 事業
2002年  3 事業
2003年 12 事業
2004年  6 事業
計 64 事業
生活貯水池(総貯水容量 100万m3未満)を含めると中止は94事業

大野町が主導した大分(矢田ダム)
 00年11月、大分県大野町に予定されていた矢田ダムが中止。その際、大野町は、水没予定地域から上がった県道の拡幅など68項目を、県と国に要望した。総務課によれば、その後、国からは行政事業費として72年の計画以来にダム対策に費やした職員などの給与分2億6千万円が、県からは「矢田ダム対策費」として2億1千万円が支払われた。前者と後者の1億円を足し、3億6千万円の基金で、町が主体で68項目達成を目指している。

ハードランディングの長野(下諏訪ダム、浅川ダム)
 政争の具になってしまったケースが長野だ。脱ダム宣言に伴う下諏訪ダムの中止に際し、知事はダムを止めても予定通りに土地買収を行うことを一人の地権者に確約し、その約9600万円の予算案を議会に提出。ところが議会は、予算案からその全額を削除。地権者は、買収費で買う予定だった代替地の購入契約の違約金(約680万円)と手付け金分を県に損害賠償。県がそれに応じて決着した。一方、議会は浅川ダムの請負業者への損害賠償費は、00年度に約3300万円、01年度に約1400万円を認めた。

リーディングケースの鳥取(中部ダム)
  「ダム建設140億円、河川改修147億円、だからダムの方がお得」と説明した県職員に「今正直に言えば過去は問わない」と迫り、結局、河川改修78億円という本音を吐かせて中部ダムを中止した鳥取県知事。この止めっぷりにも増して見事なのは、ダム中止後の影響住民への配慮だ。自らを会長として「旧中部ダム予定地域振興協議会」を00年8月から現在まで11回にわたり開催。三朝町長、県土整備部長、三朝町助役をメンバーとしたトップ会談だが、職員が県と当該地域を行き来しながら、住民の意見を吸い上げ振興計画を作成。注目を集めたのは、186億円を投入した振興計画に、住宅の新改築に上限300万円、バリアフリー化に80万円、新築時の利子補給に60万円など(06年までに40戸が利用の予定)、日本で初めての個人に対する補償も含まれていたことだ。

補助金返還を巡るデマ 
 県営事業については、国への補助金返還で県財政がつぶれるとデマが飛んだ自治体もある。03年4月に国交省が「公共事業再評価など手続を踏んで中断した場合は返還を求めることはない」と通知してこの問題は決着。しかし、影響住民への補償や迷惑料、生活再建については、地域の実状に合わせ、自治体(及び議会)が主導で動かなければ対応が不可能だ。ダムは止まっても見返りなど要らないとする地域や住民もいる。また、「ダム計画中止後の生活再建支援法案」(PDFファイル)が市民立法の形で、市民団体「水源開発問題全国連絡会」からは提案されている。
 ダムに限らず、大型公共事業の見直しの時代、自治体と国の補助金返還を巡るルールしかないのはなんとも心許ない。地域インフラから個人生活に及んだ犠牲に対し、後処理をどうするか、議論を活発化させ、早急に政策判断を行わねばならないのが、これからの自治体であり国であり、議会である。

参照:鳥取県「旧中部ダム予定地域振興課ホームページ」
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 この記事の後、「参考」として、文中に出てくる水源開発問題全国連絡会の「ダム計画中止後の生活再建支援法案」(PDFファイル)が編集部により紹介されています。
 というわけで、ニューズレター「地域と政策」(年間購読料1000円(送料込))は、自治体関係者を対象としたニューズレターです。お問い合せは、03-3592-8345社民党政策審議会気付、自治創研、横田昌三さんへ。
 ちなみに、上記の市民立法案は、清津川ダム計画(すでに中止決定済み)の水没予定地だった住民により参考にされ、自治体への要望として提出されています。

まさのあつこ atsukom@mrj.biglobe.ne.jp

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2005年03月01日 ダムは岩の上にできるのではない (カテゴリー: 八ッ場(やんば)ダム

 八ッ場ダムに関する国会質問が続いています。今度は神風(じんぷう)英男議員が、2月28日の衆議院予算委員会分科会第八分科会で行いました。

 国民負担、完成時期、水余り現象、基本高水流量の非現実性、八ッ場ダムの治水効果のなさについての質問。それに対する河川局長のダラダラ答弁の後、最後は、地元の生活再建についての質問でした。以下、私が聴き取った概要です。
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神風英男議員:
大臣は吾妻渓谷には行かれたことがございますか

国土交通大臣:
まだありません。

神風英男議員:
私は、昨年、11月22日、23日とダムサイト建設予定地等を視察してまいりました。そこで、旅館を経営されている方と何人かでお話しをしてまいりました。

現地の皆さんは、たいへんな思いの中で50年を過ごされてきたのを実感しました。家族も生まれたときから毎日「ダム、ダム、ダム、ダム」で話が二転三転している。人間関係もそれでズタズタにされてきた。皆さん疲れ果てて、とにかく、次の新しい生活を見切りをつけて発車をしたい、そんな思いが一番強い。ダムがどうなろうといい。早く、自分たちの生活を再建したいというのが、一番大きな皆さん方の希望でございまして、私自身は、八ッ場ダムは無用の長物だと思っておりますが、生活再建を皆様方には、ぜひ、きちんとしていただきたい。

旅館のご主人がお話されていた言葉に、「ダムは岩の上にできるのではない。人々の犠牲の上にできる」。だからこういったダム問題にも、心のケアを取り入れてもらいたいということをおっしゃっておられました。八ッ場ダムに限らず、いろいろな面で公共事業の場合は出てくるので、大臣にお願いしたい。

国土交通大臣:
ダムにつきましては、当然、社会情勢や経済情勢が変化しますので、その都度、適正な見直しが必要だと思います。しかし、一方で、治水面から見た場合、滅多に来ないことがやはりやってくるのが災害でございまして、そういったことを想定して、整備をしていく必要がある。それはおそらく過去から日本の歴史が始まって以来(なぜか、ニヤニヤする:まさの感想)、治水というのはそういうもんなんだろうと私は思います。ただ、予算は限られたものしかございません。そういう意味では効率的に使わなくてはいけませんし、またソフトの対策も充実をはかっていきたいと思います。
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国土交通大臣は、答えなかった。生活再建の重大さについて。治水に話をすり替え、逃げました。すり替えるにしても、「利水」については、一言も反論すらできていない。

3月1日の読売新聞群馬版上毛新聞で、水没地に替わる「代替地」の分譲価格を、国交省が提示したというニュースを報じています。4度目の提示。

地権者は、ダムによる移転に対して「補償費」を受け取りますが、そのお金で、国土交通省が用意する代替地を買わなければなりません。その代替地の価格が、もらった補償費と比べて高ければ、高くて買えない。補償費と代替地のお金がイコールならば、新しい旅館やお店を建てることもできない。代替地を買ったからといって、新しい生活ができるわけではない。

代替地の整備が進んでいない。このことを、ある土地所有者が、「代替地を高くすれば誰も買わない。代替地を作らなくても済む。結局、国交省の狙いはそれじゃないか」と言うのをこの耳で聞きました。その時は、まさかと思いました。しかし、これが現地の方々のとらえ方なのだと、納得します。

実際、見通しが立たない中、移転者が相次いていく。追い出した形です。

ダムの第一番の「受益者」は本来、犠牲を強いられる住民でなければならない。ところが、目的を失った八ッ場ダム計画で受益を受けたのは、現在に至るまで、工事受注者と献金を受けた政治家でしかない。

目的を失ったダムは中止すべき。
半世紀に渡る惰性の国策の犠牲者に対しては報いるべき。
この二つは矛盾しません。

まさのあつこ atsukom@mrj.biglobe.ne.jp

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