2005年06月30日 当初予算を使い果たした八ッ場ダム (カテゴリー: 八ッ場(やんば)ダム )
『八ッ場ダムは止まるか』(岩波ブックレット)の取材以来、久しぶりに国土交通省関東地方整備局河川部に電話しました。八ッ場ダムの工事進捗率の正確な数字をもらうためです。
すると、担当者である広域水管理官は昨年12月に異動。後任は出張中ということで、補佐の方に、工事進捗率を聞きました。
「予算ベースで4割ちょっと」が回答。事業総額4600億円なので、その4割強と言えば1900億円ってところですね。04年度、事業総額は倍増。元は2110億円でした。
つまり、当初予算のほとんどを使い果たしたところ。
ほんらい、そこで、止めるべきですよね。
ちなみに工事の進捗率は何をもって言うかで違うので言えないそうです。「本体工事は全然ですね?鉄道は?道路は?」と聞いても、そんな数字はないとのこと。
まさのあつこ atsukom@mrj.biglobe.ne.jp
ViVa!(ビバ!) はこちら
2005年06月26日 八ッ場ダムの進捗 (カテゴリー: 八ッ場(やんば)ダム )
読んでくださっている方から、八ツ場(やんば)ダムの工事進捗はどのくらいかというご質問をいただいていました(気づくのが遅れて失礼しました)。
昨年の資料がどこかにあると思うのですが、さっと出てきませんので、「数字」は今週、国土交通省から新たに仕入れることにして、数字にはよらない物言いをさせていただきます。「まだ、全然」です。
八ッ場ダム事業は、「国」が新しい代替地を物理的に準備してそこに移住するなり他へ移住するなりしてもらって、そこに住んでおられる方を追い出して、はじめて成立します。
本来、「同意」がなくては開始できないはずのものです。
ところが、八ッ場ダム事業の場合、新しい町づくりに必要な代替地をお持ちの方々の中に、同意されていない方がいらっしゃいます。その意味で、事業全体として、まだ、全然、進捗していないと言えます。
その代わり、進捗しているのは、他のダム事業地域で起きたこととまったく同じ。
地域破壊です。
同意した人は、同意していない人のせいで、苦渋の選択をしたのにいつまでも新しい生活に移れないという心境になってしまう。もちろん、同意していない人にはなんの罪も責任もない。もちろん、思い込まされている人でもそれも分かっている。
権利関係が曖昧で、信頼の上に築かれていた地域社会で、突然、権利がお金、つまり将来の生活保障を意味するようになり、地面を持っている人と借りていた人の間の関係が崩れる。
国はこうして地域社会の崩壊を待って、事業を進めていきます。
人が破壊されたあとに、ダムができるので、私は心からダムが嫌いです。
八ッ場ダム予定地では、見切りをつけて出ていった人が多くいます。
でも、諦めて反対の旗を降ろした人でも、ダムができるまでは動かない人も多い。もし事業が止まるのであれば、そのまま住み続けたいと考えている人もいます。
私は何ができるのか。八ッ場ダムの犠牲になる人々が何を考えているのか、何を望むのかを伝える役割を担うべきなのか(しかし、それでその人々を少しでも幸せにできるのか?)、八ッ場ダムはムダな事業であると証明していくべきなのか。前者と後者は違うエネルギーと違う思考を必要とすると考え、動きが取れずにいました。
誰が、不要なもののために、一生を翻弄されたと宣告されたいでしょうか。
そこに暮らす人の気持ちに寄り添うと、私は八ッ場ダムが不要だということが言えなくなりました。しかし、ゴメンなさい。言わなくてはいけない。この事業はつじつまが合わない。ゴメンなさい。この事業はムダです。
半世紀を経てもなお、進まない事業は、自動的に終了すべきです。
社会も、必要性も、50年前とは全然違います。
国の公共事業の見直し基準を、見直すときがきたと思います。
まさのあつこ atsukom@mrj.biglobe.ne.jp
ViVa!(ビバ!) はこちら
2005年06月25日 コンセンサス会議の国へ (カテゴリー: 遊び )

「風力発電」と「コンセンサス会議」の国へ行って来ました。
デンマークです。とは言っても、今回の目的は、不妊患者団体の国際会議の取材です(笑)。
その記事の締め切りが間近で、本当は、これを書いている場合ではないのだが…。
「友だちの友だちはみな友だちだ」とばかりに、友だちが紹介してくれたデンマーク人に会いにクリスチャニアという「ヒッピー自治区」とでもいうべき地区で国際会議前後はのんびりさせてもらい、命の洗濯をしてきました。
さすらいのフリーランス・ジャーナリストとしては、この「ヒッピー自治区」のことも記事にすべく、不妊患者団体の国際会議の記事書きが済んだらどこかに売り込みたいなと(笑)。この自治区はなんでもコンセンサス、つまり多数決ではなく、合意するまで徹底的に話し合いによって物事を決めていく方式で自治が行われている。
海辺に立っている風力発電の風車へと案内してくれた道すがら、その根元をきくと、なんと、バイキングの時代に遡るという。バイキングたちのルールで、杖を持っている人がたとえそれが誰であれ、話をする権利がある。他の人はそれが誰であれ、その人の言うことを聴かなければならない。遮ってはいけない。言いたいことがあるものは、その杖を手にするだけ。全員の意見が反映されていくまでとことん話をしていくのだと。

杖こそはもたないものの、この話し合いのスタイルは小学校から子どもたちに教えられ、デンマークの伝統として確立しているそうだ。
こうして原発を拒否した国となり、オーフス条約(環境に関する政策決定に対する市民参加、司法・情報へのアクセスを確保するための国際条約)の生まれ故郷(オーフスはデンマークの第2の都市。しかし、「オーフス」と発音してもデンマークでは通じなかった(涙))となったのかと感嘆。
それにしても、どこを切り取っても絵になる国だった。
(写真は普通の町中)
まさのあつこ atsukom@mrj.biglobe.ne.jp
ViVa!(ビバ!) はこちら
2005年06月11日 河川行政での住民参加その5 (カテゴリー: 法律・制度 )
1日1項目づつと思っていたら、いつまでも終わらないので、今日は、残り全部について一気に書きます。一気に書く理由が、もう一つ。発想を転換しようと決めたからです。
先日(6月9日)、「持続可能な開発のための日本評議会(JCSD)」の定例会に顔を出し、久々に「アサザ基金」飯島博さんの話を聞いたのが契機です。「市民参加はもう古い、これからは行政参加だ」というのを聞いて、ストンと、そうだなと思いました。
こうして河川法16条と16条の2の枠の中で問題を並べて理想を述べたところで、所詮、河川法の枠内、国土交通省の土俵の上だけの話にとどまってしまうことが問題だと思っていました。
たとえば農業用水。彼らには越えられない壁がある。
現実社会や時代の流れに対応することはできない。
ならば、河川法という枠組みを現実に合わせようとする試みではなく、現実を主体として、縦割りの箱の中にいる行政の一部署、一部署を、現実世界への参加者として、招きいれ、つなげていけばよい。法律はあとからついてくる。
どう行政を動かすかと考えていた。けれど、行政は一つのアクター(アクションを起こす人)でしかない。「アクターは誰なのか」、それをテーマに、ここから先は動いていこうと思います。
というわけで、長くなって恐縮ですが、以下、河川整備基本方針をもとに作られるはずの河川整備計画についての課題です。
河川法
=====
第16条の2【河川整備計画】
(もとの条文を一部端折ります。)
●第1項
河川管理者は、河川整備基本方針に沿つて計画的に河川の整備を実施すべき区間について、河川整備計画を定めるおかなければならない。
【現在の問題】
1) 方針が未策定(旧法に基づく経過措置)のまま計画策定が先行
2) 方針の根拠が非公表のまま先行
3) 方針とかけ離れた現実路線を行きつつ、方針の非現実性を放置(見て見ぬふり)
4) 住民参加は義務規定ではない
【理想の案】
1) 方針の中身、根拠が公表されていなければならない
2) 住民参加機会の確保を義務とすべき
● 第2項
公害防止計画との調整/河川の総合的な管理の確保/降雨量、地形、地質その他の事情によりしばしば洪水による災害が発生している区域での災害防止、軽減のための必要な措置
【現在の問題】
1) 縦割り
【理想の案】
1) 地域に任せるべき
2) 防災情報、危険情報の公開が前提(リスクコミュニケーション)
3) ハザードマップの公開
4) 都市計画、まちづくり、環境汚染対策との統合を地域レベルで
● 第3項
河川整備計画の案を作成しようとする場合において必要があると認めるときは、河川に関し学識経験を有する者の意見を聴かなければならない。
【現在の問題】
1) 物言わぬ不勉強な”学識経験者”
2) 事務局の言いなり・追従
3) 河川管理者による恣意的な選任が可能
【理想の案】
1) 学識経験者は、科学的検証、データの正当性の確認のためにいるべき存在にとどまり、情報提供、選択肢の提示をする立場であるべき
2) 意思諮問機関や、河川管理者の意見のお墨付きを与える立場や隠れ蓑になってはならない。
3) 科学的検証、データの正当性の確認ができない学識経験者は、「学識経験者」ではない。「評論家」は要らない。
●第4項
必要があると認めるときは、公聴会の開催等関係住民の意見を反映させるために必要な措置を講じなければならない。
【現在の問題】
1) 必要かどうかの判断は河川管理者
2) ガス抜き
3) 反映の義務なし
4) 必要な措置をとればよし、聞き置くことが可能
【理想の案】
1) 聞き置くだけの公聴会ではなく、応答義務、反映義務を課す
2) 応答できない、反映できない場合はその正当な理由を示さなければならない。
3) 不服申立制度(計画決定を行政処分とみなす)
● 第5項
河川管理者は、河川整備計画を定めようとするときは、関係都道府県知事又は関係市町村長の意見を聴かなければならない。
【現在の問題】
照会内容、意見内容は公表されない
【理想の案】
公表すべき
● 第6項
河川管理者は、河川整備計画を定めたときは、遅滞なく、これを公表しなければならない。
========
というわけで、机上の頭の体操は終わり。
昨年8月末に、Vivaの後藤隆さんに、このコーナーをもらって以来、約10ヶ月。社会復帰を目指す私にとって、ここは、インキュベーター(孵卵器)でした。「河川法、もう一回、変えさせなくちゃ」という思いで、何ができるか分からないままに、書き始めたけれど、ようやく、自分自身の中での準備が整いました。
あとは、行動あるのみです。
まさのあつこ atsukom@mrj.biglobe.ne.jp
ViVa!(ビバ!) はこちら
2005年06月02日 河川行政での住民参加その4 (カテゴリー: 法律・制度 )
口では言えない恥ずかしい間違いを犯してしまった。ううう~~。言いたくない。でも馬鹿をさらして等身大でいくのが私の流儀。だから馬鹿をさらしてしまう。(さらに補足6月8日)
昨年の夏、1年ちょいぶりの社会復帰をしたとき、オーフスネットの勉強会で「日本における市民参加の現状と課題― 河川法を題材として ―」と発表をすることになり(04年7月29日)その前後にだったと思うが、淀川のことを調べるために、淀川の河川整備基本方針ください(重要な点を補足します。実際には旧法に基づく「工事実施基本計画」というもので、1997年の河川法改正以来、旧法に基づく、「経過措置」のまま、「みなし河川整備基本方針」として使っているものです。補足6月8日)、と国交省の出先である近畿地方整備局に電話したことがあった。
いったんは「はい」とお返事があったものの、結論として「公表しているものではないので差し上げられない。開示請求をしてください」と。
もちろん食い下がった。
「あの~、河川整備基本方針を決めた上で整備計画を立てるわけですよね。流域委員会で議論もしていると。流域委員会では、計画の前提となる方針を情報として提供しなかったんですか?」
「はい、そういうことは特になかったと思います」と担当者。
憮然としてしまった。
「当然、公表されているべき資料でしょう。いまどき、ホームページにさえ載せるべき情報ではありませんか?開示の判断なんか要らない提供すべき情報でしょう?」
河川整備基本方針には、河川整備にとって決定的に影響力を持つ数字が載ってはいるのだが、たった数ページで結論しか載っておらず、なんの根拠データもなく、開示請求というのも馬鹿らしい内容だ。
「取りに来てくれるならこっそりあげます」とも言われたが(なんだそりゃ?)、「遠方ですから無理です。結構です」と言って開示請求手続を取るだけとり、東京の別の正式ルートを使って、翌日には手に入れた。(1ヶ月後にもちろん全部開示の知らせが近畿地方整備局から届いたが、その通知を知らせる封筒を見ても「何これ?」と思い出せないほどだった。)
それで、冒頭に書いた「口では言えない恥ずかしい間違い」とは…
私だけの話ではない。
近畿地方整備局担当者ご一堂様および、国交省本省の担当者の話でもある。
河川法をその後よく見ると、 おいこら! 河川法第16条5項に「河川管理者は、河川整備基本方針を定めたときは、遅滞なく、これを公表しなければならない」とはっきり書いてあるじゃないかぁ~!
当時、本省に「地方整備局で開示請求をしてくれと言われたが提供してくれるべき資料ではないか」と電話をすると「地整局でそういわれたならそうしてください」と開示請求を勧められたのだ。
というわけで、それに気づかず、単に直感的に「公表すべきもの」と思って交渉していた私も大馬鹿だが(法的根拠を言えば事足りていたのに)、河川法を読んでいない現場の担当官から本省担当官まで、みんな、みんな、そろって大馬鹿だった。
国交省の皆さん、法律遵守たのみますよ。
というわけで、本当にあったこんなアホな話を含めて、河川法の住民参加に特化した問題点の第4段です。担当官僚が法令遵守していないのは、問題外なので、あえて下記には書き入れませんが、ほんと、よろしく頼みますよ。
河川法
=====
第16条5項【河川整備基本方針】
河川管理者は、河川整備基本方針を定めたときは、遅滞なく、これを公表しなければならない。(原文のまま)
【現在の問題】
河川整備事業にとって決定的な影響力があるが、その根拠が示されていない。(「方針」というわりに、それだけを見ても、なんの意味も見いだせない)
【理想の案】その根拠データを一緒に公表すべき。
=====
ただし、なぜ、河川整備基本方針を、河川整備計画のための話し合いのテーブルに出したくないか、知れば知るほど、推察できるようになってきたのが、この半年です。それもまたおいおいに。
まさのあつこ atsukom@mrj.biglobe.ne.jp
ViVa!(ビバ!)はこちら
2005年06月01日 河川行政での住民参加その3 (カテゴリー: 法律・制度 )
この時代、審議会のようないわゆる「第三者」による委員会というものの意味や意義を考え直した方がいい。「当事者」委員会でなければならないものの方が増えているのではないかと思う今日この頃です。
というわけで、ものすごく飛び飛びで恐縮ですが、ようやく第三弾。
河川法
(条文のままだと分かりにくいので( )で解説したり、端折ったりします。)
=====
第16条3項【河川整備基本方針】
国土交通大臣は、河川整備基本方針を定めようとするときは、あらかじめ、社会資本整備審議会の意見を聴かなければならない。 (都道府県知事の場合は、都道府県河川審議会の意見を)
【現在の問題】
(一級河川の場合)1) 109水系の事情を審議委員が知るわけがない。2)基本高水の検証などできるわけのない学識経験者(マスコミ、専門外の学者、御用学者など )もいる。例にあげてすみませんけど、たとえばこの方々を皆さん、どう思われます?3)事務局である河川局のシナリオ通りに進むだけ。4)議事録を見てもなんの議論もなし。5)専門家たるものが専門家の役割を全く果たしていない。
【理想の案】
1) 審議会を廃止し、公募も含めた形の住民参加により、情報公開を前提に決定。
=====
第三者が他人事として話しをするよりも、せめて、「公聴会」で、徹底的にちまたにある意見や考えが、公開・公式の場でたたかわされることが重要だろう、それに対する河川管理者としての説明責任が果たされる必要もあるでしょうと、思うわけです。
109の地域の事情を、第三者が客観的に見ると言っても、見られないのではないでしょうか?
実は、昨年、秋から、地元神奈川県を流れる相模川の下流の河川整備計画(方針の次に定めるべきもの)の素案づくりの前段階(詳しくは後日)の会合に出席しています。
現場を神奈川県のかたがたと歩いたりもしましたが、やっぱり、百聞は一見にしかずで、責任をもって政策決定に関わることができる、人間的に可能な範囲というのはあるものだと実感があります。
109水系の河川整備基本方針のすべてを、社会資本整備審議会にかけるというだけでは、それがおざなりで形式的な通過儀礼にならざるを得ないでしょう?と言わざるをえません。
まさのあつこ atsukom@mrj.biglobe.ne.jp
ViVa!(ビバ!) はこちら
