2006年01月29日 根っこ、答え (カテゴリー: 遊び , 法律・制度 )
重なるときには重なるもので、前身「ダム日記」との関係についての質問と同様、2004年以降に知り合った方からは、最近こんなメールもいただきました。
<ダム日記2がスタートした時、「河川法を改正しようヨ」というタイトルの意味がよくわかりませんでした。もしかして、殆どの人には、チンプンカンプンだと思います。>
わはは、すみません。
そこで、「チンプンカンプンなのは、多分、私がチンプンカンプンなまま、走りながら考えているからだと思います(笑)」とお答えし、こちらでそれを補足することにしました。
そもそもこのブログの発端は、不妊治療を終えてそろそろ社会復帰するかなぁ、とボ~~っと立ち上がったばかりの頃、「市民参加が公共事業の関連法の中で初めて入った河川法が今どうなっているか現状について話してくれないか」と、友人・後藤隆に、オーフスネットの勉強会として誘われ、「う~ん、ちょっと時間をもらえれば話せないこともないけれど」と引き受けてしまったことが始まり。
丁度、水源開発問題全国連絡会(水源連)という市民団体が議員(前回の参議院選挙で落選してしまった中村敦夫さん)を通して入手した国交省の資料「河川整備基本方針と河川整備計画に関する国土交通省への照会事項について」(2003年11月)がありました。それをいただいて、私なりに「知らせなければ」と思ったことをまとめてお話をしました。以下がそのときのレジメと資料です。
レジメ
「日本における市民参加の現状と課題ー河川法を題材としてー」(2004年7月29日)
参考資料1
河川事業でオーフス条約の求める「早い段階での市民参画」の実態は?
参考資料2
治水事業はどう変わったか?(ダムの素)
参考資料3
河川法、河川整備基本方針その他
レジメの訂正
ご面倒かと思いますが、これらをダウンロードして見ていただけると、04年7月時点での私の問題意識がご理解いただけるかと思います。(自分の問題意識を復習する必要も感じていますが)
その意味で、Viva!の後藤隆という友人がいなければ、そもそも何も始まらなかったかもしれません。(その感謝とルーツをこめて、毎回日記の最後に「ViVa!(ビバ!)はこちら」と書いています。)
そのとき、「水源連の人に話をしてもらえば?私はブランクが大きいから」と言ったら、「かえってプロ級の水源連ではなく、初心者でも分かるようにあなたが噛み砕いてくれたほうがいい」と言われたことを覚えています。今思えば、後藤隆は、私の社会復帰のタイミングを見て、「引っ張り出してやらねば」と考えてくれてのことだったかもしれません。
資料1は水源連が入手した数十頁にわたる資料をバサバサと切り捨てて、素人を対象にたった1枚にまとめてみたものです。
資料2と資料3は、政策秘書として身につけた説明資料(問題が生じた歴史的経緯、現状の法律の枠組み、根拠法令)の作成力をフルに発揮したものです。問題解決には、噴出している問題そのもの(資料1)の指摘だけでは不十分で、その意味付けや背景となる仕組みと解説(資料2と3)が重要です。
これがきっかけで、いくつかのことが起きました。
一つがこのブログです。改正河川法の運用実態を把握した時点で、後藤隆に、「97年の改正後フォローできてこなかったのが痛い。97年の改正前から温存されている問題をもう一度自分の勉強を含めて盛り返すために、「続ダム日記」とか、「帰って来たダム日記」とかなんとか、できるところからやりたいと思う」とか言ったら、「じゃぁブログって知ってる?」と、Viva!の中にこのスペースを設け、タイトルを一緒に考え、あとは私が自分で好きなときに好きなようにコンテンツを放り込めるよう、電話でコーチングしてくれたのが始まりです。(さんきゅ~後藤隆)。
もう一つは、研究者たちとの結びつき。オーフスネットの勉強会に来ていた東大演習林の蔵治光一郎先生に声がけされ、青の革命と水のガバナンスの研究会に巻き込まれる(PDFです)ことになったこと。
また、NGOに台湾へ飛ばされたり、東工大の原科幸彦教授の授業に呼ばれたのも、そんなことがきっかけです。
勉強会には、遠く大阪からも弁護士の方が(ついでだったと思いますが)参加されていて、彼らも淀川流域委員会をきっかけに、河川法における市民参加についてこれから改めてフォローしていくのだと伺っていました。その一つの現れが昨年末に行われたシンポジウムでもあります。
97年以来、河川法はどうなったのかと人々が注目する時期とシンクロした。私の関心を含めて、皆の関心は、突き詰めて言えば、「河川事業や政策における市民参加」という未到達地点にどうたどり着こうかということです。
これは一種の権利獲得の闘いであり、ここ1ヶ月、マニアックに発信しているのは、その細かなバトルの一端でございました(笑)。
「河川事業や政策における市民参加」と言っても、具体的にでは河川法をどう直せば、今、噴出している問題を解決できるのか、それがジワジワと皆さん(私も含め)の頭の中にイメージが一人でに出来ていくために書いているのが、このブログの役割でもあります。
それは単に河川法を直せば解決という問題ではないということはもう、お分かりいただけたかと思います。
どこでどんなふうに市民参加が出来ていないのか、誰が、どんな制度が、それを妨げているか、「河川整備基本方針」策定という局面で見てきたこと、市民団体の戦い、私自身のいきあたりばったりな試みを、少し時差がありますが、実況中継しております。
だから、答えは、現実の中に(笑)。そして皆さんの頭の中に、自然と「こうすべきではないか」と浮かんできたときが、河川法改正市民原案ができあがるときです。法律案は決して国会の中で作られるものではない。個人の頭の中に出来上がるものでもない。
現場にある。そうでなければ現実に則したものにならない。そういう信念がこの10年でできました(笑)。
まさのあつこ atsukom@mrj.biglobe.ne.jp
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2006年01月29日 「再々意見書」や「公開質問書」と加藤登紀子さん (カテゴリー: 八ッ場(やんば)ダム )
多くの人が、「もうダム問題は終わった」と考えています。ダム計画が止まり始め、長野県知事から「脱ダム宣言」が出た頃から。勝負あり、市民は勝ったと。でも取り残されたダムがあります。取り残された人々も生きています。意味のないダムは、未来世代のことを考えれば止めるべき。意味のないダムの維持管理や撤去というムダな仕事を残して死んでいくべきではありません。
地元の人を踏みにじって進められる事業、社会・環境・経済的に持続可能でない事業は、公共事業ではない。そんな事業にしないための法改正が必要で、そんな事業が継続されているとすれば直ちに政治決断によって止めるべき。二つは表裏一体です。
法改正と政治決断、その両方の方向転換が国という「巨大タンカー」で起きるときには、一つの方向に継続的にうねりがぶつかっていかねければならない。小さくてもいい、継続的かつ理に適ったものであればまともな為政者は動く。
八ツ場ダムの場合、国交大臣、東京都知事、千葉県知事、群馬県知事、埼玉県知事、茨城県知事、栃木県知事のうち誰かが、「このダムはもう理に適わない」と気づき、行動を起こせば止まる。
半世紀にわたって未だに推進されている八ツ場ダム建設計画に異論を唱える面々が、1月20日、「利根川水系河川整備基本方針の策定」に関する再々意見書を提出。意見書と再意見書に続く、第三弾、再々意見書の中身は4点。
1 現実性のない利根川水系河川整備基本方針を策定して何の意味があるのか。
2 矛盾だらけの基本方針案をつくるべきではない。
3 来るはずがない過大な基本高水流量を見直すべきである。
4 河川分科会または検討小委員会は「審議会等の運営に関する指針」(閣議決定)を踏まえて関係者の意見聴取を行うべきである。
一方、八ツ場ダムを考える会では、八ッ場ダム水没地住民の生活再建問題に関する公開質問書を出し、その回答を遅らせている国交省に対し、催促状を出しています。
質問書の主旨について、同会の渡邊洋子さんは、「住民の生活再建といっても、具体的に今の川原湯の住民を助けなければ、ということではありません。それは、ある意味、僭越な好意の押し付けになってしまいます。生活再建の当事者ではない市民団体が、納税者の立場からできることは、ダム計画の中で進められている生活再建事業の”公共”性を問うことです」と説明。
また、会そのものが目指しているところを改めて聞いてみると、「私達はダム中止を何より望んでいます。ただ、ダムが中止になっただけでは、問題は解決しません。ダム事業が進められている地域では、それまで人々の生業であったものが失われ、いわゆる公共事業として中央から与えられた土木事業が地域の生活基盤を支えています。八ッ場ダム問題をきっかけに、首都圏の人々が都市と地方のあり方、農山村の再生を改めて考えるような問題提起をしていくのが課題です」と渡邊洋子さん。
ダムの問題に関わると、それだけでは終わらないんですよね。
私自身は、「森のニンシン」というメルマガをやっていますが、それはダムに関わったがためにその延長線上に出てきてしまったライフワークです。
さて、この八ツ場ダムを考える会には、最近、歌手の加藤登紀子さんが特別顧問に就任されました!
まさのあつこ atsukom@mrj.biglobe.ne.jp
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2006年01月29日 前身「ダム日記」との関係 (カテゴリー: 遊び )
この「ダム日記2~河川法を改正しようョ」には、「2」というからには元祖「ダム日記」があるのですが、それは「現在のブログとはどういった関係になりますか?」「河川法を変えたいと考えたきっかけは?」などの質問が来ました。確かに、私を古くからご存知の方でなければ、分からないと思うので、その方にお返事したことをこちらに自己転載します。
==
「80円で川を救おう」は1995年2月からです。徳島県木頭村(現在は市町村合併により那賀町)に計画されていた細川内ダムに反対する村民の運動を応援するために始めたのが「ダム日記」です。友人がこちらにそのほとんどを載せてくれています。(最後の方に100~200回分ぐらい欠番がありますが)村のダム反対運動は成功し、1997年に一時休止、2000年8月に完全中止となり、ダム日記も外側からの応援の役割を終えたと判断し、一度は終わりました。(以上、ふり仮名は「きとうそん」「なかちょう」「ほそごうち」ダム)
ダム計画を止めるためには、法律自体を変えなければいけないと思い、(潜りで大学院で)法律の変え方を勉強しているうちに、ちょうど運よく、政府から、河川法改正の動きが始まりました。1996年暮れです。
そこで、政府側から出てきた法案に対する「対案」を1997年、野党側から議員立法で出してもらうことになりました。
それが一つのきっかけになり、1998年から国会議員の秘書→政策秘書になって他の分野の法律作り(市民立法のお手伝い)にも関わるようなっていったのですが、それはさておき。
長くなりすみません。政策秘書となってからは「河川法」のことだけをやっていればいいわけにはいかなくなり、限られた時間の中となって、改正されたあとのフォローができなくなりました。
しかし、1997年の河川法改正では、政府案がそのまま通りましたので、改正以前からあった問題はそのまま温存されていることが、ずっと気になっていました。その後、国会のお仕事を退き(一度、退いて再び別の法律の改正のために、もう一度乗り込んだので、1998~2003年の間に計2人の議員のもとで、合計4年間、秘書でした)、個人的に不妊治療に約1年を費やし(失敗談を本にもし)、やるだけやって気がすんだので、1997年からの宿題といいますか、ライフワークの一つである河川法の再改正を目指し始めました。
しかし、今度は、国会の外から、政治的にではなく、一般の人々に問題を訴えて世の中を動かしてみるという試みです。(うまくいくかどうかは分かりませんが、何事もやってみなくては^^;と)
そんなわけで、正式タイトルは「ダム日記2~河川法を改正しようヨ」としました。
前回は何度も何度も、「この日記は細川内ダムの反対運動をやっている木頭村の応援のために書いています」と日記の中で繰り返しましたので、その手間をはぶき、サブタイトル的に「河川法を改正しようヨ」とつけて、なんのための日記なのかを表しています。
それと、ありがたいことに1995年以来のダム日記読者との関係も続いていましたので、「遠回りをしたけれど、帰ってきたよ!」の意味も込めています。
「河川法を変えたいと考えたきっかけは」について。
簡単に言うと、川のあり方や川との付き合い方を、地元住民の話を聞かずに国が頭ごなしに決めてしまうやり方が許せない、と思ったこと。ダムの必要性や川との付き合い方が、客観的に議論される場もなく決められる現在の河川法は改められるべきだと考えました。
「NPO 等の団体でなく、個人で活動されているのでしょうか」ということについて。
NPOや市民団体、住民団体ともちろん密に連携・協力はしますが、むしろ、取材者という立場で、その「拡声器」の役割を果たしたいと思っています。
==自己転載ここまで==
(ここからはつけたし)
ただし、「取材者であること」は「目的」ではなく、「世の中を変える手段」ですので、取材者=第三者というスタンスにとどまらず、当事者として行動する人でありたいと思います。それが元祖「ダム日記」だったことを、最近、思い出したばかりです。自分ではなく議員が動くように仕組んだり見せかけたりする邪悪な政策秘書時代(笑)が濃密すぎて、思い出すのに時間がかかりました。その後遺症からようやく回復した今日この頃です。
今となっては、妊娠、出産、結婚、不妊から社会復帰した女性(男性)たちよ、頑張ろうぜ、とも言いたい(笑)。やっぱり、社会に戻って、身の処し方を取り戻すまでに、エネルギーが相当かかりますj(笑)。 くじける自分に負けずに頑張りましょう。
まさのあつこ atsukom@mrj.biglobe.ne.jp
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2006年01月27日 お座敷デジャブー (カテゴリー: 法律・制度 )
昨日、国交省河川局のある部署への取材帰りに河川計画課へ寄ってみた。議事録の発言者名の公開の件は、どうなったか様子を聞きにいこうと。でもアポなし。担当課長は打ち合わせ中で忙しそうだったので、私も次の取材先へ。歩きながらコーヒーを飲んで、シャツにこぼしてシミがつき、次の取材先からちょっと少し恥ずかしかった。
それはさておき、本日、気合が入ったときに電話で確かめて、発言者名の公開の動きがなければじょじょに次なるステップへと移ろうと思う。
そう思えたのは、「お座敷」のおかげである。昨日の取材では「会議室がとれなくて」と、和室へ案内され、そこで取材させてもらったのだが、その和室は、昔、当時の運輸省港湾局によって軟禁されてしまったことがある「お座敷」だった。
その頃はまだ、公共事業関係の「審議会」は市民には完全に閉ざされ、傍聴を許していなかった(いや、ほんの数年前である)。私が新米政策秘書だったころで、エネルギー満タン、妥協を知らなかった。和歌山の港湾事業に推進の結論が出されてしまうかもしれない審議が行われる港湾審議会が行われたときで、雑賀崎(さいかざき)という万葉の時代からある風景を壊して欲しくないと、地元住民が慎重審議とその公開を求めて、前々から門戸をたたき続けていた。
前夜になり、「どうしても傍聴させてくれない」という最後の悲鳴の電話が鳴り、ここまで来たら、最後の手段、そろそろ時効だろうから白状するが、「では議員たちからもプッシュしてもらいましょう!」と遅ればせながら(私は私で議員たちが動こうとしないのが実は内心、不満だった)「住民に傍聴をさせよ」という案文を書いて自分のボスをギリギリで説得し、参議院会館から衆議院第一、第二議員会館を駆けずり回って、その時間でもつかまる議員たちや秘書たちに回し、名前を連ねてくれる議員を探し、返事がもらえそうな議員へは次の朝一で回って了承をもらい(合計たしか6人になった)、コピーを審議委員の人数分とって、タクシーをすっ飛ばして、港湾審議会開始10分前にギリギリセーフで部屋に飛び込み、担当課長補佐は誰かと聞いてズカズカと寄っていって「住民に傍聴をさせるよう、議員6名からの要請文を代理でもって来ました。審議委員に配ってください」と差し出した。その担当者がブルブル震えていたのを今でも覚えている。(私、顔が怖かったかな?)
ひと悶着して私は部屋を押し出され、他にも記者が「公開したらいいじゃないですか!」と声をあらげていた。
和歌山から駆けつけた住民の方が1階のエレベータの前で守衛に足止めを食っていたので(私は審議会に間に合うべく、そ知らぬ振りをして、横をすり抜けてエレベータに乗って審議会室へもぐりこんだ)、様子を見に行ったら、一人がポツンといて、「今、地下の和室に皆、連れて行かれた」と言う。そこで地下の和室とやらに行ってみた。すると、通せ、通さぬ、とわぁわぁと10人ぐらいが団子になっていて、「どうしたんですか?え?どうして?」と言っているうちに、二三人の官僚やら守衛やらに、住民もろとも一緒くたにその部屋に押し込まれ、「こちらでお待ちください」と言われて守衛がドアの前でとうせんぼう。「なんのつもりだ~」「わぁわぁ」と軟禁かつ緊張状態に。
「ありゃ」私はその数分後には次の会議の裏方準備で帰らねばならず、どうしたら良いものか、「警察に電話?」「他の秘書に応援を頼む?」「通しなさい!と抗議?」と思いながら、ピッチ電話を手に情けなく呆然と立ち尽くしてしまった。守衛たちはまずいと思ったか、軟禁をすぐに解き、開放^^;されたけれど、おかしかったなぁ。
結局、住民が徹底して理論的に問題を訴え続けたことが功を奏して、この議題は地元の和歌山県に差し戻され、結果的に事業は中止となった。そして、その後、審議会は、公開されていくように時代が流れていった。
その時点での失敗や成功はあまり重要ではない。どんな小さなことでも信じることをもれなくやっていれば、いつか結果は出てくる。失敗の山を築けば築くほど、その屍をわけなく乗り越えて成功してくれる人が必ず現れる。
議事録の発言者名公開は、時間ときっかけと世論の問題でしかない。数年ぶりに偶然訪れたデジャブーお座敷でそう思えた。失敗なんか、怖くない。失敗は重ねることに意味がある。
まさのあつこ atsukom@mrj.biglobe.ne.jp
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2006年01月26日 アンケート結果 (カテゴリー: 法律・制度 )
社会資本整備審議会・河川分科会委員への公開アンケートを実施してみた。
しかし、先日カナダ取材(17~23日)から帰ってきて一番にFAXの周りを見てみると、一通たりとも回答が戻ってきていなかった。ある程度予想はしていたが、一、二通は何かしらの反応(文句とか意見とか)があるかなと期待していた。ショックである。というわけで、以下、アンケート結果の発表です。
以下すべての河川分科会委員から【無回答】
分科会長 西谷 剛 (横浜国立大学 大学院 教授)
委 員 池淵 周一 (京都大学 防災研究所 教授)
〃 伊藤 和明 (防災情報機構 会長)
〃 岡島 成行 ((社)日本環境教育フォーラム 専務理事)
〃 岸 由二 (慶応義塾大学 教授)
〃 越澤 明 (北海道大学 大学院 教授)
〃 近藤 徹 (独立行政法人水資源機構 理事長)
〃 櫻井 敬子 (学習院大学 教授)
〃 残間 里江子 ((株)キャンディッド・コミュニケーションズ代表取締役会長)
〃 津田 和明 (サントリー(株) 相談役)
〃 福岡 捷二 (広島大学 大学院 教授)
〃 マリ・クリスティーヌ (異文化コミュニケーター)
〃 水戸部 浩子 (荘内日報社 論説委員)
〃 虫明 功臣 (福島大学 教授)
〃 山岸 哲 ((財)山階鳥類研究所 所長)
とても残念です。
しかし、河川整備基本方針の重大さと策定に関わることの重責について、また、その役割を委員が果たしてくれているのだろうかと疑問に思っている人間がいることには、最低でも気づいてもらえたのではないか。まずはそれで十分な効果だと考えます。一歩、一歩。世の中は一歩づつしか失敗も成功もないもんね。
まさのあつこ atsukom@mrj.biglobe.ne.jp
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2006年01月11日 ほんとうは要らなかった河川分科会? (カテゴリー: 法律・制度 , 八ッ場(やんば)ダム )
ここ最近、半ば半狂乱で書きまくっていました(短時間で一気に書きなぐっているので拙文でたいへんすみません。いずれ時間ができたら、もう少し分かりやすく書き直したいですがその時間はとれそうもありません)。
昨年秋から傍聴を続けた社会資本整備審議会河川分科会と河川整備基本方針検討小委員が、単なる、国交省案のお墨付き機関となっていることに危機感を抱いて、公開アンケートだ、要請書だと出しまくっているわけですが、要請書を書くために「審議会等の整理合理化に関する基本的計画」とその「審議会等の設置に関する指針」を読んでいて、重要な点を再認識しました。
=== === ===
別紙1 審議会等の設置に関する指針
1. 国民や有識者の意見を聴くに当たっては、可能な限り、意見提出手続の活用、公聴会や聴聞の活用、関係団体の意見の聴取等によることとし、いたずらに審議会等を設置することを避けることとする。
~~略~~
別紙3 審議会等の設置に関する指針
利害関係者の意見聴取等
① 審議会等は、その調査審議に当たり、特に必要があると認めるときは、当該調査審議事項と密接に関連する利益を有する個人又は団体から意見を聴取する機会を設けるよう努めるものとする。この場合において、他の関係者の利益との公正な均衡の保持に留意するものとする。
なお、公聴会の開催等、法令に別段の定めのあるときは、それによるものとする。
② 審議会等に対して、①の意見聴取に係る申出又は審議会等に関する苦情があったときは、各府省は、庶務担当当局としてこれらの整理等をした上で、その結果を適時に審議会等に報告するよう努めるものとする。
=== 下線はまさの加筆 ===
とあります。
★ 社会資本整備審議会は、河川法第16条でその役割を位置づけてしまってあるので、開かないわけに行きませんが(別紙1の方はどうしようもないにしても)、その精神をくめば、
★ 河川分科会や河川整備基本方針検討小委員会の方はいたずらに設置せずに、直接、意見提出手続の活用、公聴会や聴聞の活用、関係団体の意見の聴取等を行なって、関係市民団体や八ツ場ダムの住民訴訟を起こしている原告(納税者)からの意見聴取をすべきではないか。
★また、と別紙3の②に該当することとして
2005年11月15日に提出された「利根川水系河川整備基本方針の策定」に関する意見書では、首都圏のダム問題を考える市民と議員の会(代表 藤原信)や、水源開発問題全国連絡会(共同代表 嶋津暉之 遠藤保男)から
利根川は1都5県におけるさまざまな立場や利害、関心が絡む大河川でありますので、実際のデータに基づいて科学的な議論を、時間をかけて行い、事務局案の抜本的な見直しをされることを強く要望します。また、広く意見を聴取する機会を設けられることも強く要望いたします。
また、2005年12月16日に提出された「利根川水系河川整備基本方針の策定」に関する再意見書」では、首都圏のダム問題を考える市民と議員の会(代表 藤原信)、八ッ場ダムを考える会(代表 樽谷修)、水源開発問題全国連絡会(共同代表 嶋津暉之 遠藤保男)から、
委員会におかれましては拙速に事務局案を承認することなく、利根川水系の専門部会を設けて、委員自らが専門的な検討を行い、さらにパブリックコメントを求めて、その意見提出者と河川管理者が議論できる場を提供することを強く要望します。
一般市民の意見にも耳を傾け、根本に立ち返って利根川水系河川整備基本方針について真っ当な審議を行うことを求めます。
と求められていた(他に苦情も)。
これらの市民団体が出した「意見書」と「再意見書」の対象となっている利根川水系の河川整備基本方針について河川分科会が審議するのは、これからなので、まだ間に合うはず。
別紙3の②にあるように、意見を整理し、意見聴取の機会を設けるべきではないかと思います。
まさのあつこ atsukom@mrj.biglobe.ne.jp
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2006年01月11日 要請書なるもの (カテゴリー: 法律・制度 )
日付が変わってしまいましたが、昨日、以下の要請書を書いて、河川計画課の布村明彦課長宛てで郵送しました。これを書くにあたって参照したのは、審議会等の整理合理化に関する基本的計画(平成11年4月27日閣議決定)です。
==============
社会資本整備審議会河川分科会長 西谷剛 様
河川分科会河川整備基本方針検討小委員会長 近藤徹 様
要請書
社会資本整備審議会河川分科会および河川整備基本方針検討小委員会の議事録を公開する際、発言者の氏名を含めての公開をお願いしたく、要請します。
現在、同分科会および同小委員会の議事録は、「発言者の氏名を除いて」「一般に公開する」こととなっています。
しかし、両会とも、一般傍聴および記者取材を認めておられます。
また、現在公開されている議事録では、会長および委員長の発言については、それぞれ「会長」「委員長」と明記されております。
一方、平成11年4月27日に中央省庁等改革の一環で閣議決定された「審議会等の整理合理化に関する基本的計画」で定めた「審議会等の運営に関する指針」によれば、会議又は議事録を非公開にする場合は、「その理由を明示」しなければならないとあります。
以上の点を鑑みれば、傍聴が可能な分科会および小委員会の議事録で委員の氏名のみを非公開とする理由は見当たりません。
よって、次回の分科会および小委員会において、議事録の公開には全発言者の氏名も含むことをお諮りくださり、公開を開始してくださいますよう要請致します。
2006年1月10日
ジャーナリスト まさのあつこ
参考
審議会等の整理合理化に関する基本的計画(平成11年4月27日閣議決定)
別紙3 審議会等の運営に関する指針より
(4) 公開
① 審議会等の委員の氏名等については、あらかじめ又は事後速やかに公表する。
② 会議又は議事録を速やかに公開することを原則とし、議事内容の透明性を確保する。なお、特段の理由により会議及び議事録を非公開とする場合には、その理由を明示するとともに、議事要旨を公開するものとする。 ただし、行政処分、不服審査、試験等に関する事務を行う審議会等で、会議、議事録又は議事要旨を公開することにより当事者又は第三者の権利、利益や公共の利益を害するおそれがある場合は会議、議事録又は議事要旨の全部又は一部を非公開とすることができる。
===================
ところで、我が家の相棒はこの三連休中、ずっとダウンしていて、昨日からようやく回復し、看病が終わってなんだか気が抜けました。皆様もご自愛を!
まさのあつこ atsukom@mrj.biglobe.ne.jp
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2006年01月09日 審議会議事録での発言者の公開 (カテゴリー: 住民参加 )
先日の日記で、【傍聴させるのに名前を公表しないのはオマヌケ】と小見出しを打って、議事録を公開するとき、発言者の氏名を伏せるのはオカシイと書きました。また、担当課長が「傍聴させているのに委員の名前を伏せるのは確かに今はもう意味はないですね」と認めたことは書きました。
実は、この件、もともと、12月3日日弁連シンポジウム「河川管理と住民参加」シンポジウムで、フロアからの質問で、ある弁護士が指摘した問いで、課長は、そのときにも同様の回答をして「調べます」と締めくくっていた。この弁護士の訴えはもっともだと思ったので、私なりにチョコチョコと追撃していたのですが、そこでも「傍聴させるのに・・・」「だから、調べます」という同様の回答が繰り返されてきたのでした。
さらに、小委員会の近藤徹委員長にも「発言者名も公開したらいいんじゃないですか」と聞いたところ、「委員長だけは委員長と出るんだよね」という反応がありました。
この二人の回答を聞けば、あとは、他の委員たちに「発言者も公開しようじゃありませんか」と諮るだけの話。「調べます」といった課長はもしかすると年末年始に調べていて、実行に移そうとしている頃かもしれないが、私も、今、調べてみました。
そう。他の審議会がどのようになっているかです。調べるのに5分もかかりませんでした。
議事録で発言者を伏せるのはやっぱりもうナンセンス
たとえば、経済産業省
消費経済審議会製品安全部会
たとえば、環境省
中央環境審議会水環境部会
法務省でさえ
司法制度改革審議会
農水省でさえ
食料・農業・農村政策審議会農村振興分科会農業農村整備部会
財務省でさえ
関税・外国為替等審議会関税分科会
審議会の発言者名を含めて公開しています。
だから、国交省の社会資本整備審議会でも、議事録の発言者名も一緒に公開すべきでしょう。
とはいえ、「変わる」には何か「きっかけ」が必要なのでしょうから、明日は、彼らに対して、議事録中の発言者名も一緒に公開するよう、要請書を書いて出してみます。
まさのあつこ atsukom@mrj.biglobe.ne.jp
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2006年01月08日 だからやってしまった (カテゴリー: 法律・制度 )
あまりエキセントリックなことはしたくないのだが、物事、何かを変えようと思ったらば、恥を忍んで挑まねばならないことが。。。以下の公開アンケート、郵送やFAXなどで送りました。回答をいただけようといただけまいと、結果は今月23日以降にこちらで公開致します。
委員によっては、「何をいまさら」という質問事項で、回答には「はい」ばかりが並ぶことになるのかもしれませんが、意識喚起を目的とし、同時に「余談」としてアンケートお願いの最後にいれたように、議事録の名前入り公開を要請するための布石でもあるので、このような内容にしました。
★なお、「社会資本整備審議会河川分科会」は、「社会資本整備審議会河川分科会・河川整備基本方針検討小委員会」で審議したことを承認し、それをもって「社会資本整備審議会」の最終結論とみなしているという関係です。
社会資本整備審議会・河川分科会委員への
公開アンケートお願い
突然、不躾なアンケートをお送りすることをお許しください。
97年河川法改正以来、今年で9年目になります。新法に基づいて「河川整備基本方針」が策定された水系は、昨年度までに109水系中で30水系。昨年になり、今年度末までに50%以上、2007年度までに全水系で策定するとの方針が国交省から示され、現在、河川法16条に基づき「社会資本整備審議会の意見を聴」く手続きが猛スピードで進められていることはご承知の通りです。
さて、私は個人またジャーナリストとして昨年、河川分科会および河川整備基本方針検討小委員会をたびたび傍聴しました。その際、国交省原案を右から左へと通していくご審議の模様から、審議委員の皆様と、個別の川に関心を寄せて審議を見守っている地域住民との「意識の乖離」を実感し、ある種の危機感を感じました。
現行法では、国交省が定める河川整備基本方針に「意見」する権限が法的に担保されているのは審議会だけです。真摯な議論が期待されているにも関わらず、その意味の重大さが委員の皆様によって理解されていないのではないかという危機感を持ったのです。
時代の変化とともに、いずれは、国交省や審議会だけではなく、地域住民が参加した形で河川整備基本方針策定が行われる河川法再改正が行われる日が来ることと信じます。しかし、現時点においては、現行法における審議委員の役割を再認識していただきたくことが肝要と思い、失礼かとは存じますが、別紙、基本的な事項についてお尋ね致します。意味を考えつつご回答いただければ幸甚です。
いただきました回答につきましては、インターネット上の発信媒体「ダム日記2~河川法を改正しようよ」http://www.viva.ne.jp/blog/wonwonatsuko/にて公開致したく、あらかじめご了承くださいませ。
なお、余談ではございますが、現在、河川分科会および河川整備基本方針検討小委員会の議事録は、「発言者の氏名を除いて」「一般に公開する」こととなっています。この件につきまして、氏名とともに一般公開をしてくださるよう分科会および小委員会委員長宛で要請を致します。 審議会において、委員の皆様にご意向が諮られました際には、公開にご賛同くださいますよう、よろしくお願い致します。
2006年1月8日
まさのあつこ ジャーナリスト
(私の住所電話FAX携帯:ここでは省略)
社会資本整備審議会・河川分科会 委員への 公開アンケート
(質問・回答用紙)
2006年1月23日までに
FAX:XXX(ここでは略)までご回答のほどお願い致します。
1.河川整備基本方針の肝は基本高水であると、知っていますか?
(はい いいえ)
その他:(なんでも思うところをご記入ください)
2.基本高水の算定方法をソラでいえますか?
(はい いいえ)
その他:
3.住民参加は、河川整備計画の策定段階で、必要とあらばという条件つきでしかできず、そこでは基本高水の議論ができないとされていることは知っていますか?
(はい いいえ)
その他:
4.国土交通省が提案する基本高水の是非を議論し、その是非がチェックできるのは、唯一、社会整備資本審議会でしかないと、お気づきでしたか?
(はい いいえ)
その他:
5.基本高水が足かせとなって、川のあり方をゼロから地域住民が決められないことに苛立っている住民がいることに、お気づきですか?
(はい いいえ)
その他:
回答者お名前
回答日
以上、アンケート内容でした。
まさのあつこ atsukom@mrj.biglobe.ne.jp
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2006年01月08日 やらずに後悔するよりは (カテゴリー: 法律・制度 )
やらずに後悔するよりは失敗して後悔したほうがよいと、友達がよく言って(慰めて)くれます。今週末中に以下のようなアンケートを発信したいと思います。まずは思いついたが吉日で、明日、体裁を整えて実行するつもりです。
社会資本整備審議会・河川分科会 委員への 公開アンケート
1.河川整備基本方針の肝は基本高水であると、知っていますか?
2.基本高水の計算の仕方をソラでいえますか?
3.住民参加は河川整備計画の段階でしかできず、そこでは基本高水の議論ができないとされていることは知っていますか?
4.国土交通省が提案する基本高水の是非を議論し、その是非がチェックできるのは、唯一、社会整備資本審議会でしかないと、知っていますか?
5.基本高水が足かせとなって、川のあり方をゼロから地域住民が決められないことに苛立っている住民がいることを、知っていますか?
まさのあつこ atsukom@mrj.biglobe.ne.jp
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2006年01月04日 群馬県知事の「確認」 (カテゴリー: 八ッ場(やんば)ダム )
以上6回で、2005年11月から12月に行われた利根川水系の河川整備基本方針についての「社会資本整備審議会・河川分科会・河川整備基本方針検討小委員会」(審議会と略しました)について気づいた論点をまとめてきましたが、最後にもっとも重要なまとめです。
12月19日、利根川水系の群馬県知事代理の川西寛理事が、河川計画課長に確認をしたことです。
八ツ場ダム予定地のご当地の委員が、最後の最後に行ったこの確認は、とても意味が深いと思いました。
「利根川の河川整備基本方針の案ができて、これから河川整備計画へと移っていくわけですが、最新の知見で出てきているさまざまなデータが積み重なってきているわけで、計画が策定されていく段階で、今度も社会情勢の変化により、河川整備基本方針が変更されることがあるのか、確認したい」
これに対し、「そのとおりです」という意味のことを布村課長は言いました。
この確認と答弁は、まるで、1997年の国交省の国会答弁「基本方針で定めた中ではこの整備計画がどうしてもできないということになれば、またこの基本方針のあり方についても再度検討をする」を再答弁させたような見事なタイミングでの見事な確認でした。
私、このとき思いました。この間の布村課長の言動を見ていて、この人は、一人で思い切った発言をできる性格でもポジションでもない、普通なら、ここで短くきっぱりした肯定発言すらできないかもしれなかった。ただでさえ、前コマで書いたように審議委員や委員長からは方針と計画について妙なプレッシャーがかかっていた。
でも、この日は12月19日。計画と方針の関係については、ほんの2週間前の12月3日に日弁連のシンポジウムで、改正当事を知る元河川局長が、同様の質問をシンポジウムの実行委員会事務局長に何度も迫られて、ついに「これはね、なんでもあると思う。ダムがだめなら次の代替案はある」と布村課長の目の前で答えたばかりだった。この鮮明な記憶がなければ、群馬県からのこの確認にこうは答えられなかったのではないか。
この確認を行った群馬県の「理事」さんもスゴイと思ったし、ちゃんと答えた布村課長も偉かった。
審議会の傍聴とシンポジウム(その前日の研究会も)と、絶妙なタイミングで、関係者が絡み合うことができた。運命的だったと、傍聴をした会議室を出ながら思った。
まさのあつこ atsukom@mrj.biglobe.ne.jp
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2006年01月04日 基本方針と整備計画の関係の「確認」(その2) (カテゴリー: 法律・制度 )
基本方針と整備計画の関係の「確認」については、審議会の中ですら行われました。11月9日の審議会です。議事録がやっと出ているので引用します。
このやり取り自体が、
1)方針と計画の関係(審議委員すら理解していない)、
2)審議委員と国交省の関係(質問する人と答えを牛耳る人)、
3)審議会の性質(実質的な議論にならない。当たり障りがないやり取りで終わる)
そのすべてをよく表していると思うからです。
11月9日の利根川水系・河川基本方針検討小委員会より引用
委員 「整備基本方針と整備計画の関係についてちょっと教えてほしいんですが、河川法あるいは政令でいろいろ定めなければならない事項。これが整備基本方針という形で書かれると思うんですが、この整備計画という話も出ていまして、整備基本方針に沿ってとか則してという形で整備計画を考えていくというときの期間の設定という形のものは、整備基本方針はどちらかというと長期というような意味合いなのか、期間設定という概念は一向に見ないものですので、整備計画の方はより具体的になってくると、期間設定がそれよりも短い形で到達可能という形で、整備基本方針と整備計画のかかわりの中で、そういう達成するスパンの期間設定という形のものは余り描かないのか、描いているのか、その辺りがちょっと我々の整備計画を策定する委員会等々で結構ある中で、整備基本方針に向けてとか沿ってとか則してというあれですが、その目標というのは規模とかそういうものは従来もあるんですけれども、それをどういうふうにやっていく期間という形の概念は、どういうふうに見ておったらいいのか、描いたらいいのか、法令とか期間の話がないという形でしかちょっと読めないものですので、その辺り法律の解釈として整備計画をつくっているときには、えらい具体的かつ設定期間があるような印象を持って議論をするところもございますので、その辺りを質問的なことで大変恐縮なんですけれども、法解釈として少し教えていただければということをちょっとお願いしたいと思います。」
事務局 「基本方針でどんなふうな川の整備方針かということでありますが、整備計画の方は具体的な事業計画といいますか、どういうものをつくるかということを明らかにするというのが役目なわけでございますので、期間の話も非常に強くリンクしている部分があって、具体的にどういうものをやるかということを想定しない限り、いつぐらいまでにものができていくかということも非常に想定しづらい。例えば、漠然としてはよくございますけれども、四半世紀後にはこうしたいとか、そういう行政上の目標というのは一般にあることはあるんですが、かなりこういう現実のものとしていつまでどうだというものについて、予算の話もあれば、それから、地元のいろいろな事業振興上の話もあれば、それをいたずらに何かやっても余り意味はない。看板だけは立てることはあるかもしれない。そういう意味では、元へ戻りますと、具体のものを書くというのが整備計画だと。そうすれば、具体のものというものが出ると、それに合わせて期間というものもイメージできるというところが、当初の河川法改正のときのいろいろなやりとりの中でも、整備計画で今後20年か30年ぐらいと言ってきたのがちょっと誤解を受けていることがございまして、今後20年計画や30年計画を立てるというふうに誤解されている面があるんですが、そうではなくて具体のものを書く役目なんだと。そうすれば、それは普通は河川事業、ダムなども含めまして20~30年というのはレンジの中に想定しないといけないというところで来ておるということかと思います。
そういうことなので、今後ある程度具体的にやるものを明らかにするのが整備計画だということで今後もやっていけばいいのかなと思うんですが」
さて、この質問をした「委員」とは誰かが問題です。
【この委員は何をやっていたのだろう?】
私は利根川水系の審議を傍聴するたびに、メモを取ったので、当然、誰がどの発言をしたか分かるわけですが、この質問をしたのは池淵周一(京都大学防災研究所教授)委員です。この方は、「整備基本方針」と「整備計画」の関係について、「第24回」の河川整備基本方針検討小委員会の場で、やっと、質問をしています。
この人は、また、これまで何十回とやってきている淀川流域委員会(整備計画の原案を審議する委員会)の委員(学識経験者)でもあった方ですので、私はびっくりしました。何をいまさら、そんなことをここで確認しているのだろう?びっくりした理由は、もう一つあります。この方は、淀川流域委員会に委員として出席している間、「一度も発言しない」委員だということを聞いていたのです。
河川法の法律の解釈も確認せずに、じっと黙って流域委員会を過ごし、24回も基本方針検討を重ねてきていて、今になって質問????なんだそりゃ?とびっくりしたわけです。
12月19日、利根川水系についての最後の審議の日、この方はいつものように(上記引用でも分かる通り)一文がやたら長く、切れ目がなく喋って、何を言っているのか分かりにくかった。そしていつものように近藤委員長は、その発言を良心的に「解釈」「通訳」をしてから次の発言者に発言を回していた。
そこで、私はついにこの池淵という委員と言葉を交わしてみたくなり、審議会終了後に近寄り、ジャーナリストの名刺を差し出して、「一つだけ質問があるのですが、淀川流域委員会に出席している間、一度も発言されなかったですね?」と聞いてみました。噂の確認でもあります。すると
「それぞれで判断しますから。別に発言しなきゃいけないってことはないでしょ」
「はい。何かご判断があって流域委員会で発言されなかったんですか?」
「発言は強制されるもんじゃないでしょ?」
「はい。一言も発言されなかったとのことなので、何か理由があるのかと思いまして」
と、しつこい私をギロリと睨んで、苛立っておられました。
「方針と計画の関係がわからずに、流域委員会に座っておられたのか」と聞いたほうが良かっただろうか・・・。
この日も、実は、この池淵委員のびっくり確認発言と事務局の回答の直後に、近藤委員長(元河川局長)は、次のように尻拭いしている。鋭い人だな、とは思う。
(委員長) 今の事務局の答弁どおりだと思うんですが、あえて今○○委員のような質問が出たというのも、やはり現場で担当している人と河川局の幹部との間に認識差があるのではないかと思います。全国の河川を見て歩いていると、ここでけんけんがくがく100年や200年に1回の計画をつくったにもかかわらず、あれは御破算でこれから30年に一遍の計画をつくりますとか、50年に一遍の計画をつくりますという話になると、ここで議論したのは何だったんだろうかと思わざるを得ないケースにぶつかります。
それで、ここで決められた中で、とにかくまず最低の安全度を確保するために、向こう30年間何をやるんだというならいいですけれども、また御破算で30年か50年に一遍の流量計画でまた作り直しているかのごとく印象を受ける説明を聞きました。したがって、ここで議論しているのが土台であり、柱であり、骨組みなんだとよく徹底していただいて、それにどう肉付けするのが整備計画なんだということを徹底していただきたいと思います。
この委員長の発言は、池淵委員が出ていた淀川流域委員会との関係を言っているのだとしか思えなかった。スタンスがばらばらだから、池淵委員は今になってそんな確認をしているのだといわんばかりに繕ってあげていたというか。
また、同時に、あくまで、審議会で「けんけんがくがく」することの方が、現場の議論よりも尊重されると主張したい気持ちが見え見えだが、審議会で本質的な中身について「けんけんがくがく」なんてしていないことは、傍聴者にはバレバレであり、なんとも苦しい発言でもあります。
【傍聴させるのに名前を公表しないのはオマヌケ】
さて、「委員」とは誰かについて、もう一つの問題です。審議会の最後に、毎回、議長役の委員長が、一言一句違わずに、国交省が書いたシナリオをこう読み上げます。
「本日の議事録につきましては、内容について各委員の御確認を得た後、発言者の氏名を除いて国土交通省大臣官房広報課及びインターネットにおいて一般に公開することとします。」
ところが、報道機関や傍聴した人が、委員の名前を明かしてしまえば、名前を伏せる意味はありません。これは審議会を非公開で行っていた頃の遺物。
これについては、布村課長が「傍聴させているのに委員の名前を伏せるのは確かに今はもう意味はないですね」と認める。
しかし、「じゃ、委員にはかって名前も出します、ということにすればいいじゃないですか」と言うと、「今調べています」と言う。何を調べているんだか知らないが、調べるよりも、「名前を記入のうえ公開しますがご異議ありませんね」と委員長の台本に書けばいいだけのことではないか。
いずれにせよ、傍聴者が見張っていることで、さまざまなボロがでてくるというのは、傍聴を重ねていて見えてきます。
まさのあつこ atsukom@mrj.biglobe.ne.jp
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2006年01月04日 八ツ場ダムは最後のダム? (カテゴリー: 法律・制度 , 八ッ場(やんば)ダム )
次に、「八ツ場ダムは最後のダム」と河川計画課長の口から飛び出たことについてです。12月6日の審議会で、審議会の事務局(シナリオライターと言ってもよろしいでしょう)である国交省河川局の布村河川計画課長が、「利根川本川上流部」の説明で、「洪水調整施設は八ッ場ダムが最後」という言葉を差し挟んだのです。
そこで傍聴後、確認のために、河川計画課に立ち寄りました。
布村課長には日弁連のシンポジウム直後に会場でお話を聞かせてもらったので、おかげさまで顔なじみとなり、取材がしやすくなりました。
「今日、八ッ場ダムが最後と言いましたね?」と私。布村課長「言いました」までは良かったのですが「あそこではね」と言うので、「むむっ」と思いました。
そのとき、ピンと思ったこと。「はは~ん、市民団体から出た意見書で審議委員たちから、あれこれ聞かれ、説明が面倒になって、『八ツ場ダムを最後にしますから』(目をつぶってください)くらいのことを言ったんではないか?その延長で、審議会の中でもそう言わざるをえなかったが、22000トンという基本高水を維持する限り、計算上そうはいかない、そこで、『あそこではね』となったのでは?」ということ。勘ぐりすぎでしょうか?しかし、それ以外に「あそこではね」とその後の説明がつきません。
そこで「あと3900トンどうするんですか?」と突っ込みを入れてみました。
すると、「ほらあの、再開発とか遊水池とか振り替えとか」と苦しい答え。
私「そんなもので3900トンも対処できないでしょ」
課長「(ダムは)利根川本川で作らないってことですよ」
私「八斗島より上流には作らないってことですか」
課長「いやいや神流川とか烏川は入りませんよ。あっちにはダムが下久保しかありませんから」
と読んでも分からないと思いますが、利根川には、八斗島という基準点から上流に、北から「奥利根流域」「吾妻川」「神流川・烏川」などの支流の流域があります。課長のこのときの返答は、その位置関係から言って支離滅裂でした。
この日の審議に対して、市民団体から再び意見書が出されました(文末に転載)。
そこで、その次の審議(12月19日)で、さすがにこの件で、審議委員からも質問が出て、どういうことなのかを布村課長が再度説明しました。
しかし、さらに、その説明があいまいでした。同じ審議会の中で、同じ課長が、二つの違う説明を行ったのです。
一度目は、「下久保ダムだけでは足りないので、他のダムを考えていたが、遊水地で対応することにした」と「八ツ場ダムが最後」の発言について説明を行った。ところが、それでは納得しなかったか、聞き逃したかして、近藤委員長が再度「八ツ場ダムが最後」について確認すると、「ダムの再編で行うが、作るダムはひとつか二つか検討する。八ツ場ダムが最後という意味ではない」と言い直したので、ますます分からなくなった。
同じ質問に対して、「遊水地で対応することにした」と、「ダムはひとつか二つか検討する」はまったく違う。
ところがその矛盾を突く人が審議会ではいない。利根川水系についての最終日だというのに、困ったことです。
いったい、どっちなのか、作るのか、作らないのか、どこに作るというのか、またまた、傍聴後に確認に行きました。すると「あなたには3回ぐらい説明したじゃないか」と(ウソこけ)、完全に苛立っているご様子。
国交省が配布した資料と、この時、布村課長が言った結論から言うと、新久保ダムという神流川にあるダムのかさ上げと、奥利根流域に新しく作る新設ダム(一体、どこにかはまったく不明)で対処することになっている。「ん?じゃ、審議会で発言された遊水地というのは?」と突っ込みを入れるのはもう止めました。
どう考えても、現実味がない。聞けば聞くほど、ほころびが出てくる。それをこちらが真面目に突っ込んでいって、課長発言として言質をとってしまうと、とんでもない幻の計画が生まれてしまいかねない。発言が二転三転しているところは、ほとんど「幻」の計画だと思っていいと思います。(それにしても、どんな議事録が出てくるんだろう?議事録を作る人がかわいそうだ)
そんなわけで、国交省説明やそれに疑問を持たない審議会に苛立って出された市民団体からの再意見書を転載します。さきほど私が整理した旧法→新法への3つの大きな変化以外についても、詳細に論じています。
~~~~転載~~~
社会資本整備審議会河川分科会
会長 西谷 剛 様 委員 各位
河川整備基本方針検討小委員会
委員長 近藤 徹 様 委員 各位
「利根川水系河川整備基本方針の策定」に関する再意見書
2005年12月16日
首都圏のダム問題を考える市民と議員の会
代表 藤原 信
八ッ場ダムを考える会
代表 樽谷 修
水源開発問題全国連絡会
共同代表 嶋津暉之
遠藤保男
12月19日の社会資本整備審議会河川分科会河川整備基本方針検討小委員会において「利根川水系河川整備基本方針」に関する5回目の審議が行われます。前回の12月6日の小委員会における事務局の説明には基本的な誤りがあり、さらに、基本方針事務局案は、数字の辻褄合わせをしただけの現実性のない案であると判断されますので、意見書を再度提出します。私たちの主な意見は下記の4点です。
委員会におかれましては拙速に事務局案を承認することなく、利根川水系の専門部会を設けて、委員自らが専門的な検討を行い、さらにパブリックコメントを求めて、その意見提出者と河川管理者が議論できる場を提供することを強く要望します。
一般市民の意見にも耳を傾け、根本に立ち返って利根川水系河川整備基本方針について真っ当な審議を行うことを求めます。
1 「八ッ場ダムが最後」という事務局説明の誤りを問題にすべきである。
12月6日の小委員会では資料2の3ページ「1-1-2 河川ごとの方針 (1)利根川本川上流部」の説明において、事務局は「洪水調節施設の整備は八ッ場ダムが最後である。」と言明しました。しかし、基本方針案の数字を見れば明らかなように、基本方針案の内容は八ッ場ダムだけで洪水調節施設が完了するというには程遠いものです。基本方針案では八斗島地点上流の洪水調節必要量は毎秒5,500m3となっています。河川局の計算によれば、利根川上流部にある既設6ダム+八ッ場ダムによる八斗島地点の洪水調節効果は平均で毎秒1,600m3ですから、残り3,900m3はダム等によって調節する必要があります。2で述べるように、烏川水系の下久保ダムの治水機能増強や河道内調節池の設置はさほど大きな効果はありませんので、3,900m3のほとんどは新規ダムに依存することになります。1,600m3と3,900m3から、必要な新規ダムの基数を求めると、(烏川水系も含めて)17基にもなります。
利根川上流では治水目的を含む多目的ダム計画が次々と中止されてきています。中止になったダム計画は4基で、その合計貯水容量は約2億m3にもなります。治水ダムがどうしても必要ならば、中止した4ダムを治水専用にしてダム計画を再構築し、利根川上流のダム治水容量の大幅増強を図るはずですが、国土交通省はそのような検討もすることなく、4基のダム計画をあっさりと中止しました。このことは、ダム治水容量の増強には緊急の必要性がなく、これから治水ダムを新たに計画して建設することがきわめて困難であること、事実上不可能になっていることを物語っています。
今回の基本方針案はこのように事実上不可能な多数の新規ダムの建設を前提としているのです。このことをカモフラージュするために、事務局は「利根川本川上流部では八ッ場ダムが最後である。」と説明したのでしょうが、それは方針案の内容と全く異なる説明です。委員会はこの事務局の説明における基本的な誤りをなぜ問題にしないのでしょうか。委員会は現実性が全くない基本方針案を承認しようとしていることの責任を自覚すべきです。
なお、基本方針案が現実性を全く失っているのは、3で述べるように基本高水流量がきわめて過大に設定されているからであって、基本高水流量を科学的な手法で求めれば、八ッ場ダムを含め、新たなダム建設が不要となる基本方針に改めることができます。
2 基本方針案の記述のまやかしを問題にすべきである。
基本方針案では下久保ダムの治水機能増強や烏川の河道内調節池の設置が強調され、それらが八斗島地点に対してあたかも大きな洪水調節効果を持つかのように書かれていますが、それらの効果はさほど大きなものではありません。現在の下久保ダムはダム地点において最大洪水流入量毎秒2,000m3のうち、その3/4の1,500m3をカットすることになっていますから、ダムの嵩上げや貯水容量の用途振替で下久保ダムの洪水調節容量をいくら増やしても、最大であと500m3しかカットすることができません。それによる八斗島地点への効果はせいぜい100m3前後ではないでしょうか。また、河道内調節池の効果も小さなものです。たとえば小貝川に最近設置された母子島遊水池(面積1.6平方km、洪水調節容量500万m3)の洪水調節効果はすぐ下流の黒子地点で毎秒100m3ですから、仮に同規模の遊水池を烏川の河道内に設置しても八斗島地点に対する効果は数十m3です。このように、下久保ダムの治水機能増強や烏川の河道内調節池設置の効果は小さなものなのです。
そして、不可解であるのは、基本方針案は下久保ダムの治水機能増強や烏川の河道内調節池設置が大きな効果があるように記述しておきながら、一方で、烏川が利根川に合流する洪水流量(計画高水流量)を従前の計画と同様、毎秒8,800m3にしていることです。これらがもし大きな治水効果を持つならば、計画高水流量が従前の値よりも小さくなるはずです。同じ計画高水流量が踏襲されているということはそれらがさほどの治水機能を持たないこと、単に目くらましのために、すなわち、非現実的な新規ダム建設の必要性が前面に出ないように、下久保ダムの治水機能増強や烏川の河道内調節池の設置が記述されたことを意味しています。委員会はこのような記述のまやかしをなぜ問題にしないのでしょうか。委員会はもっと真剣に基本方針案の内容を吟味すべきです。
3 従前からの過大な基本高水流量を再検証すべきである。
基本方針案が八ッ場ダムも含め、非現実的な数多くの新規ダム建設を必要するものになっているのは、従前からの基本高水流量毎秒22,000m3(八斗島地点)が過大であることにあります。この数字は、200年に1回の洪水とされる昭和22年のカスリーン台風が再来した場合の流量を洪水流出モデルで計算したものですが、その計算値には二つの面で大きな疑問があります。第一は、カスリーン台風の実績洪水流量は毎秒17,000m3であって(それも観測流量ではなく、実際値よりも過大だと指摘されている)、当時の上流部の氾濫面積から見て、氾濫流量を加算しても、22,000m3にまで膨れ上がるはずがないことです。第二は、森林の保水力の向上が全く考慮されていないことです。当時は戦後間もないころで、戦時中の森林乱伐により、利根川流域の山の保水力が著しく低下していた時代でした。その後、植林が盛んに行われ、森林が生長してきましたから、現在は当時と比べれば山の保水力が大きく向上しています。このことを指摘する意見は委員会においても出されています。
この二点を踏まえて、すなわち、カスリーン台風時の氾濫流量を正しく把握し、さらに森林の成長による山の保水力の向上を前提として科学的な計算を行えば、カスリーン台風の再来による最大洪水流量は毎秒22,000m3よりはるかに小さい値になるはずです。
12月6日の委員会資料では、使用した洪水流出モデルの妥当性を最近の洪水で検証した結果だけが示されましたが、その計算結果は最初の土壌湿潤状態などの設定条件によって大きく変わりますから、単に計算結果だけを示しても意味がありません。
委員会には河川工学の専門家が何人も入っているのですから、基本高水流量の計算を事務局まかせにするのではなく、委員自らが基本高水流量の科学的な検証を行うべきです。河川工学が専門の委員はなぜ自分の専門知識を使って基本高水流量の検証を行わないのでしょうか。
科学的な検証を行えば、基本高水流量は毎秒22,000m3よりはるかに小さい値になり、現実性がある基本方針を策定することができるようになります。
4 数字の辻褄合わせをしている基本方針を策定すべではない。
基本方針案は、基本高水流量(八斗島地点)をきわめて過大な毎秒22,000m3にしたため、数字の苦しい辻褄合わせをしているところが随所にみられます。たとえば、中川から江戸川に入る洪水流量はゼロになっていますが、それは両河川の洪水ピーク時刻が大きくずれた場合です。実際には、当然のことながら、雨の降り方によって両河川の洪水ピーク時刻が一致することがありますから、その場合は中川の洪水ピーク流量毎秒500m3が江戸川の洪水ピーク流量に加算されます。また、小貝川については毎秒1,300m3の洪水が利根川に合流したにもかかわらず、利根川への影響がゼロになっていますが、これも理解しがたい話です。
とにかく、非現実的な毎秒22,000m3からはじまって、数字を割り振っていくから、随所に説明に苦しいところが出て、辻褄合わせをしなければならなくなっているのです。
このように、辻褄合わせをしなければならないような基本方針を策定して何の意味があるのでしょうか。委員会は、事務局案を根本から見直し、現実的で意味のある基本方針の策定を事務局に求めるべきです。
~~~転載終わり~~~
まさのあつこ atsukom@mrj.biglobe.ne.jp
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2006年01月04日 旧法と新法に基づく治水計画の違い (カテゴリー: 法律・制度 , 八ッ場(やんば)ダム )
先に、旧河川法に基づいた治水計画と新河川法に基づいた治水計画でどんな違いが出たのかを整理しておきます。
以前、八ッ場ダム・ファクトシート で書いたように、
旧法に基づく治水計画(工事実施基本計画と言いました)は、
利根川の基本高水(ダムなどがない場合に流れる洪水の流量)は、22,000トン
●そのうち、16,000トンを河川改修と利根川放水路
●残りの6,000トンを上流ダム群で対処することになっていました。
そこで次のように批判をしました。
●戦前からの「利根川放水路」=計画は影も形もなし(=土地利用上は不可能)
●現在、既存のダム6つと八ツ場ダムができたとして1600トンしか手当てできないのに、6,000トンを上流ダム群で手当てするとしたら、あと4,400トンはどうするのか?単純計算であと12の上流ダム群必要になる。不可能、非現実的ではないか?
それが新法に基づく治水計画(河川整備基本方針と言います)でどうなったかと言うと、
●案の定、誰が見ても非現実的な利根川方水路は、消滅しました。
●そして「16,000トンを河川改修と利根川放水路」だったのが、今度は「16.500トンを河川改修と利根川方水路の代替」となりました。代替とは、印旛沼を洪水調整池として活用することです。また、河川改修と印旛沼活用で500トン増やした分、上流ダム群への依存度が500トン減りました。
つまり、基本高水22,000トンを変えずに、旧法→新法 で、
●河道で治水する量が、16,000トン→16.500トン
●利根川方水路建設→印旛沼の活用
●上流ダム群6000トン→「洪水調節施設」という表現になって5500トン
と3つの大きな変化があったわけです。
審議委員たちはこの変化に対し
・「幻の利根川方水路が消えた」ことを幾分楽しそうに評し
・下流で手当てする500トン分の増加分を「堤防に負担をかけることになる」と顔をしかめて見せ
・印旛沼の水質にとって良いのではないかと述べました
つまり、すべて単なるコメント、感想です。
専門家でなくても言える程度の、しかし専門家らしく聞こえるコメントでした。
その他は、自分の専門分野から単に「発言のための発言」を委員長から指名された際に、仕方なく一言づつ行ったという印象です。(中学生を持つお子さんのいるある傍聴者は、 「あれくらいならウチの子でも言えるなぁ」と呆れていました)
ところが、責任ある専門家であれば、当然沸き起こってくるであろう、以下のような不思議な点については、当初、質問すら出てきませんでした。
・500トンの上流・下流の不思議な突然の増減(数字の操作)の根拠
・上流(ダム群)で対処する500トン減りはしたけれど、5500トンという依然として膨大な「洪水調節施設」をどうやって上流で確保するのかという重要な点(私自身、八ツ場ダムの大きさで換算したら、それはあと12基のダムが必要という膨大な数でした)に対するシンプルな疑問
・治水安全度を大きく保ちたいという気持ちは分かるが、12基分のダムを作るということが(もうダム適地など残っていないから)、非現実的だということを考えれば、そもそも22000トンという基本高水が(たとえどういう計算で出てきたにしても、100歩譲って計算が正しいにしても)非現実的ではないかというシンプルな疑問
これらの疑問については、あまりにも審議がなかったために、市民団体からは2回目の意見書が出されていきました。あとで転載します。
まさのあつこ atsukom@mrj.biglobe.ne.jp
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2006年01月04日 審議会と市民の関係(審議の回数) (カテゴリー: 法律・制度 , 八ッ場(やんば)ダム )
まずは、市民団体からの意見書に審議会(「河川整備基本方針検討小委員会」という名が長いので、ここではこう呼びます)が反応したことについてです。
利根川水系については、計5回、審議が行われました。
河川整備基本方針検討小委員会 <利根川水系>
●第三十回河川整備基本方針検討小委員会 (平成17年12月19日)
●第二十八回河川整備基本方針検討小委員会 (平成17年12月6日)
●第二十四回河川整備基本方針検討小委員会 (平成17年11月9日)
●第二十二回河川整備基本方針検討小委員会 (平成17年10月12日)
●第二十一回河川整備基本方針検討小委員会 (平成17年10月3日)
これは、淀川3回、吉野川2回に対して、多い。この審議回数の差は、利根川の審議の度に、傍聴人がたくさん来ていたことと、意見書が何度も出されたせいではないかと思います。その中身は追って触れることにしますが、審議委員たちに宛てられた市民団体による最初の意見書の中身は以下の通りです。
転載します。
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社会資本整備審議会河川分科会
分科会長 西谷 剛 様
委員各位
河川整備基本方針検討小委員会
委員長 近藤 徹 様
委員各位
「利根川水系河川整備基本方針の策定」に関する意見書
2005年11月15日
首都圏のダム問題を考える市民と議員の会
代表 藤原 信
水源開発問題全国連絡会
共同代表 嶋津暉之 遠藤保男
今般、河川整備基本方針検討小委員会において行われた「利根川水系河川整備基本方針の策定」に関する議論を傍聴しました。11月9日の小委員会における近藤徹委員長による「方針を書くための議論は全うした」との発言に対し異議を申し立てたく、意見書を提出します。
1 拙速な審議を改めるべきである
利根川水系河川整備基本方針案に関する審議は次回の小委員会で終わりというスピードで進んでいます。利根川水系に関しては、10月3日の第1回で1時間、10月12日の第2回で1時間、今回11月9日の第3回で2時間の審議を行っただけです。それも、その大半の時間は事務局からの説明に使われており、審議といっても、各委員が1回程度発言するだけです。利根川水系のように巨大な河川についてなぜ、このように短い時間で、議論らしい議論もしないまま、審議を終わらせようとするのでしょうか。2、3で述べるように、事務局が示した基本方針案には基本的な問題があるにもかかわらず、それがほとんどそのまま、小委員会で承認されようとしているのは、議論すべきことを議論していないからです。河川法が改正されてから早くも8年が経過しました。本来はもっと前から利根川水系の河川整備のあり方について着実な議論を積み上げてくるべきであったにもかかわらず、8年間は何もせず、この場になって急に猛スピードで審議を終わらせ、事務局案をほとんどそのまま承認しようとするのは理解しがたいことです。小委員会においては、利根川水系等の水系ごとに専門部会を設け、事務局案だけに依拠するのではなく、委員自らが専門的な検討を行い、さらにパブリックコメントを求めて、時間をかけて議論し、しっかりした審議を行うべきです。
2 過大な基本高水流量を見直すべきである
利根川水系河川整備基本方針案の大前提である毎秒22,000m3の基本高水流量(八斗島地点)はきわめて過大な値です。この数字は、200年に1回の洪水とされる昭和22年のカスリーン台風が再来した場合の計算流量ですが、その計算に用いた流出モデルは現在の流域の状態に適合させたものではありませんから、非常に過大な値が算出されています。カスリーン台風の実績洪水流量は毎秒17,000m3であって(それも観測流量ではなく、実際値よりも過大だと指摘されている)、当時の上流部の氾濫流量を加算しても22,000m3にまで膨れ上がるはずがありません。当時の氾濫面積からの検証を行えば22,000m3が架空のものであることが明らかになります。しかも、当時は戦後間もないころで、戦時中の森林乱伐により、利根川流域の山の保水力が著しく低下していた時代でした。その後、植林が盛んに行われ、森林が生長してきましたから、現在は当時と比べれば山の保水力が大きく向上しています。流域の状態の変化を踏まえた科学的な検討を行えば、カスリーン台風が再来した場合の洪水流量は22,000m3よりはるかに小さい値になるはずです。科学的な検討を何ら行うことなく、工事実施基本計画の基本高水流量の数字をそのまま踏襲したのが、今回の基本方針案です。
事務局の資料では、流量確率法と既往洪水流量によって22,000m3の妥当性を検証したことになっていますが、その検証に使った計算モデルは上記と同様に現在の流域の状態に適合させたものではなく、過大な値を算出するモデルですから、検証したことには全くなりません。
利根川水系工事実施基本計画の基本高水流量は、今から約25年前に定められたものです。その後、流量等の観測データがかなり蓄積され、解析手法も進歩してきました。工事実施基本計画の数字に固執することなく、蓄積された観測データを用いて最新の解析手法で、さらに、現在の流域の状態を踏まえて、合理的な基本高水流量を求めるべきです。
3 現実性のない基本方針を定めるべきではない
今回の河川整備基本方針案は毎秒22,000m3という過大な基本高水流量を踏襲したため、従前の工事実施基本計画と同様に、現実性のないものになっています。今回の方針案では幻の放水路といわれ、実現が不可能とされていた従来の利根川放水路はなくなりましたが、まだ、実現不可能なものが多く含まれています。その端的な例は、利根川上流ダム群の建設です。今回の方針案では利根川のダム依存分(八斗島上流)が毎秒500m3減ったとはいえ、まだ5,500m3もあります。国土交通省の計算では既設6ダムと八ッ場ダムの効果は毎秒1,600m3ですから、残りの3,900m3への対応が必要となります。今回の案では下久保ダム等の再編成や烏川での遊水池建設も行うことになっていますが、それらの治水効果はさほど大きなものではありませんので、やはり利根川水系にこれから大規模ダムを十基以上つくらなければなりません。この点は従前の計画と基本的に変わりません
ご承知のように、利根川上流では治水目的を含む多目的ダム計画が次々と中止されてきています。中止になったダム計画は4基で、その合計貯水容量は約2億m3にもなります。治水ダムがどうしても必要ならば、中止した4ダムを治水専用にしてダム計画を再構築し、利根川上流のダム治水容量の大幅増強を図るはずですが、国土交通省はそのような検討もすることなく、4基のダム計画をあっさりと中止しました。この事実は、ダム治水容量の増強には緊急の必要性がなく、これから治水ダムを新たに計画して建設することがきわめて困難であること、事実上不可能になっていることを物語っています。以上のように今回の基本方針案は実現不可能なことを含む、現実性のない内容になっているのです。そのように現実性のない基本方針を策定して何の意味があるのでしょうか。
以上、述べたように、利根川水系河川整備基本方針に関する小委員会の審議は、最低限、議論すべき点を欠如したまま、次回で終わろうとしています。利根川は1都5県におけるさまざまな立場や利害、関心が絡む大河川でありますので、実際のデータに基づいて科学的な議論を、時間をかけて行い、事務局案の抜本的な見直しをされることを強く要望します。また、広く意見を聴取する機会を設けられることも強く要望いたします。
~~~転載終わり~~
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2006年01月04日 利根川の河川整備基本方針 (カテゴリー: 法律・制度 , 八ッ場(やんば)ダム )
旧年中に整理しようと思ったことが今年になってしまいました。昨年、傍聴した社会資本整備審議会の河川分科会の河川整備基本方針検討小委員会で審議された「利根川水系」についてです。
以下、私なりの論点ですが、いくつかのことを整理していきたいと思います。
●「八ツ場ダムは最後のダム」ということが河川計画課長の口から飛び出たことと、「ダム再編」という概念。
●幻の「利根川方水路」の計画がついに消滅したこと。
●市民団体からの意見書に審議会が反応したこと。
●最後の最後に群馬県知事代理が河川計画課長に確認をした河川整備基本方針と河川整備基本計画の関係(議論の過程で、審議委員や委員長が確認しようとした一般論としての河川整備基本方針と河川整備基本計画の関係)
●利根川に限らず、小委員会内外での議論から感じざるを得ない現行の「河川法」の無理
順不同になるかもしれませんが、整理します。
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