2006年03月07日 必要性の水増しから正しい姿へ (カテゴリー: 法律・制度 )
このリンクはすぐに切れてしまうかもしれないけれど、ついに、来るべきニュースが熊本から飛び込んできた。熊本県が、川辺川ダムではない方法で農業用水を取水をする計画を発表したというニュース。
国営川辺川利水裁判で、同意に死者が含まれているなどの捏造が発覚し、国が敗訴したときから、これは実に当然。違法な行政手続によって始まった事業が国営川辺川利水事業。その利水事業を重要な目的として、川辺川ダム事業が成り立っていた。
その目的の一角が、違法に始まった事業であることが分かり、その“違法”の「公益性」ために漁業権の収用を巡り行っていた収用委員会が、これも当然のことながら、2005年8月、取下げ勧告を出し、9月15日、国交省がこの勧告に従って申請自体を取り下げた。こちらでお伝え済み。
もともと、農業用水の必要性は小さかったけれど、国営にすれば小さな負担で済むという構図も手伝って、利水を必要としている人を国営の規模までに“偽造”水増した。
それは、それを目的の二本柱の一つにしていた川辺川ダム事業の姿そのものでもある。必要性の水増しによって出来たダム計画。
国は、収用申請を取り下げた段階で、本来は、国の方から、ダム計画そのものを、「費用対効果」の側面から見直すべきだったのだ。ようやく、そちらへ一歩近づいてきた。
この水増しアクターは熊本県と国の両方なわけで、まずは、その違法な「捏造」行政手続きの失態の尻拭いを、ようやく潮谷知事を先頭に、熊本県が始めたというだけの話だが、ようやく、あるべき姿に戻っていくというのは、とても喜ばしいことだ。
過去の先輩行政マン達がやったことをドンドン正す行政マンが、今、最も必要とされているのだ。
まさのあつこ atsukom@mrj.biglobe.ne.jp
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2006年01月29日 根っこ、答え (カテゴリー: 遊び , 法律・制度 )
重なるときには重なるもので、前身「ダム日記」との関係についての質問と同様、2004年以降に知り合った方からは、最近こんなメールもいただきました。
<ダム日記2がスタートした時、「河川法を改正しようヨ」というタイトルの意味がよくわかりませんでした。もしかして、殆どの人には、チンプンカンプンだと思います。>
わはは、すみません。
そこで、「チンプンカンプンなのは、多分、私がチンプンカンプンなまま、走りながら考えているからだと思います(笑)」とお答えし、こちらでそれを補足することにしました。
そもそもこのブログの発端は、不妊治療を終えてそろそろ社会復帰するかなぁ、とボ~~っと立ち上がったばかりの頃、「市民参加が公共事業の関連法の中で初めて入った河川法が今どうなっているか現状について話してくれないか」と、友人・後藤隆に、オーフスネットの勉強会として誘われ、「う~ん、ちょっと時間をもらえれば話せないこともないけれど」と引き受けてしまったことが始まり。
丁度、水源開発問題全国連絡会(水源連)という市民団体が議員(前回の参議院選挙で落選してしまった中村敦夫さん)を通して入手した国交省の資料「河川整備基本方針と河川整備計画に関する国土交通省への照会事項について」(2003年11月)がありました。それをいただいて、私なりに「知らせなければ」と思ったことをまとめてお話をしました。以下がそのときのレジメと資料です。
レジメ
「日本における市民参加の現状と課題ー河川法を題材としてー」(2004年7月29日)
参考資料1
河川事業でオーフス条約の求める「早い段階での市民参画」の実態は?
参考資料2
治水事業はどう変わったか?(ダムの素)
参考資料3
河川法、河川整備基本方針その他
レジメの訂正
ご面倒かと思いますが、これらをダウンロードして見ていただけると、04年7月時点での私の問題意識がご理解いただけるかと思います。(自分の問題意識を復習する必要も感じていますが)
その意味で、Viva!の後藤隆という友人がいなければ、そもそも何も始まらなかったかもしれません。(その感謝とルーツをこめて、毎回日記の最後に「ViVa!(ビバ!)はこちら」と書いています。)
そのとき、「水源連の人に話をしてもらえば?私はブランクが大きいから」と言ったら、「かえってプロ級の水源連ではなく、初心者でも分かるようにあなたが噛み砕いてくれたほうがいい」と言われたことを覚えています。今思えば、後藤隆は、私の社会復帰のタイミングを見て、「引っ張り出してやらねば」と考えてくれてのことだったかもしれません。
資料1は水源連が入手した数十頁にわたる資料をバサバサと切り捨てて、素人を対象にたった1枚にまとめてみたものです。
資料2と資料3は、政策秘書として身につけた説明資料(問題が生じた歴史的経緯、現状の法律の枠組み、根拠法令)の作成力をフルに発揮したものです。問題解決には、噴出している問題そのもの(資料1)の指摘だけでは不十分で、その意味付けや背景となる仕組みと解説(資料2と3)が重要です。
これがきっかけで、いくつかのことが起きました。
一つがこのブログです。改正河川法の運用実態を把握した時点で、後藤隆に、「97年の改正後フォローできてこなかったのが痛い。97年の改正前から温存されている問題をもう一度自分の勉強を含めて盛り返すために、「続ダム日記」とか、「帰って来たダム日記」とかなんとか、できるところからやりたいと思う」とか言ったら、「じゃぁブログって知ってる?」と、Viva!の中にこのスペースを設け、タイトルを一緒に考え、あとは私が自分で好きなときに好きなようにコンテンツを放り込めるよう、電話でコーチングしてくれたのが始まりです。(さんきゅ~後藤隆)。
もう一つは、研究者たちとの結びつき。オーフスネットの勉強会に来ていた東大演習林の蔵治光一郎先生に声がけされ、青の革命と水のガバナンスの研究会に巻き込まれる(PDFです)ことになったこと。
また、NGOに台湾へ飛ばされたり、東工大の原科幸彦教授の授業に呼ばれたのも、そんなことがきっかけです。
勉強会には、遠く大阪からも弁護士の方が(ついでだったと思いますが)参加されていて、彼らも淀川流域委員会をきっかけに、河川法における市民参加についてこれから改めてフォローしていくのだと伺っていました。その一つの現れが昨年末に行われたシンポジウムでもあります。
97年以来、河川法はどうなったのかと人々が注目する時期とシンクロした。私の関心を含めて、皆の関心は、突き詰めて言えば、「河川事業や政策における市民参加」という未到達地点にどうたどり着こうかということです。
これは一種の権利獲得の闘いであり、ここ1ヶ月、マニアックに発信しているのは、その細かなバトルの一端でございました(笑)。
「河川事業や政策における市民参加」と言っても、具体的にでは河川法をどう直せば、今、噴出している問題を解決できるのか、それがジワジワと皆さん(私も含め)の頭の中にイメージが一人でに出来ていくために書いているのが、このブログの役割でもあります。
それは単に河川法を直せば解決という問題ではないということはもう、お分かりいただけたかと思います。
どこでどんなふうに市民参加が出来ていないのか、誰が、どんな制度が、それを妨げているか、「河川整備基本方針」策定という局面で見てきたこと、市民団体の戦い、私自身のいきあたりばったりな試みを、少し時差がありますが、実況中継しております。
だから、答えは、現実の中に(笑)。そして皆さんの頭の中に、自然と「こうすべきではないか」と浮かんできたときが、河川法改正市民原案ができあがるときです。法律案は決して国会の中で作られるものではない。個人の頭の中に出来上がるものでもない。
現場にある。そうでなければ現実に則したものにならない。そういう信念がこの10年でできました(笑)。
まさのあつこ atsukom@mrj.biglobe.ne.jp
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2006年01月27日 お座敷デジャブー (カテゴリー: 法律・制度 )
昨日、国交省河川局のある部署への取材帰りに河川計画課へ寄ってみた。議事録の発言者名の公開の件は、どうなったか様子を聞きにいこうと。でもアポなし。担当課長は打ち合わせ中で忙しそうだったので、私も次の取材先へ。歩きながらコーヒーを飲んで、シャツにこぼしてシミがつき、次の取材先からちょっと少し恥ずかしかった。
それはさておき、本日、気合が入ったときに電話で確かめて、発言者名の公開の動きがなければじょじょに次なるステップへと移ろうと思う。
そう思えたのは、「お座敷」のおかげである。昨日の取材では「会議室がとれなくて」と、和室へ案内され、そこで取材させてもらったのだが、その和室は、昔、当時の運輸省港湾局によって軟禁されてしまったことがある「お座敷」だった。
その頃はまだ、公共事業関係の「審議会」は市民には完全に閉ざされ、傍聴を許していなかった(いや、ほんの数年前である)。私が新米政策秘書だったころで、エネルギー満タン、妥協を知らなかった。和歌山の港湾事業に推進の結論が出されてしまうかもしれない審議が行われる港湾審議会が行われたときで、雑賀崎(さいかざき)という万葉の時代からある風景を壊して欲しくないと、地元住民が慎重審議とその公開を求めて、前々から門戸をたたき続けていた。
前夜になり、「どうしても傍聴させてくれない」という最後の悲鳴の電話が鳴り、ここまで来たら、最後の手段、そろそろ時効だろうから白状するが、「では議員たちからもプッシュしてもらいましょう!」と遅ればせながら(私は私で議員たちが動こうとしないのが実は内心、不満だった)「住民に傍聴をさせよ」という案文を書いて自分のボスをギリギリで説得し、参議院会館から衆議院第一、第二議員会館を駆けずり回って、その時間でもつかまる議員たちや秘書たちに回し、名前を連ねてくれる議員を探し、返事がもらえそうな議員へは次の朝一で回って了承をもらい(合計たしか6人になった)、コピーを審議委員の人数分とって、タクシーをすっ飛ばして、港湾審議会開始10分前にギリギリセーフで部屋に飛び込み、担当課長補佐は誰かと聞いてズカズカと寄っていって「住民に傍聴をさせるよう、議員6名からの要請文を代理でもって来ました。審議委員に配ってください」と差し出した。その担当者がブルブル震えていたのを今でも覚えている。(私、顔が怖かったかな?)
ひと悶着して私は部屋を押し出され、他にも記者が「公開したらいいじゃないですか!」と声をあらげていた。
和歌山から駆けつけた住民の方が1階のエレベータの前で守衛に足止めを食っていたので(私は審議会に間に合うべく、そ知らぬ振りをして、横をすり抜けてエレベータに乗って審議会室へもぐりこんだ)、様子を見に行ったら、一人がポツンといて、「今、地下の和室に皆、連れて行かれた」と言う。そこで地下の和室とやらに行ってみた。すると、通せ、通さぬ、とわぁわぁと10人ぐらいが団子になっていて、「どうしたんですか?え?どうして?」と言っているうちに、二三人の官僚やら守衛やらに、住民もろとも一緒くたにその部屋に押し込まれ、「こちらでお待ちください」と言われて守衛がドアの前でとうせんぼう。「なんのつもりだ~」「わぁわぁ」と軟禁かつ緊張状態に。
「ありゃ」私はその数分後には次の会議の裏方準備で帰らねばならず、どうしたら良いものか、「警察に電話?」「他の秘書に応援を頼む?」「通しなさい!と抗議?」と思いながら、ピッチ電話を手に情けなく呆然と立ち尽くしてしまった。守衛たちはまずいと思ったか、軟禁をすぐに解き、開放^^;されたけれど、おかしかったなぁ。
結局、住民が徹底して理論的に問題を訴え続けたことが功を奏して、この議題は地元の和歌山県に差し戻され、結果的に事業は中止となった。そして、その後、審議会は、公開されていくように時代が流れていった。
その時点での失敗や成功はあまり重要ではない。どんな小さなことでも信じることをもれなくやっていれば、いつか結果は出てくる。失敗の山を築けば築くほど、その屍をわけなく乗り越えて成功してくれる人が必ず現れる。
議事録の発言者名公開は、時間ときっかけと世論の問題でしかない。数年ぶりに偶然訪れたデジャブーお座敷でそう思えた。失敗なんか、怖くない。失敗は重ねることに意味がある。
まさのあつこ atsukom@mrj.biglobe.ne.jp
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2006年01月26日 アンケート結果 (カテゴリー: 法律・制度 )
社会資本整備審議会・河川分科会委員への公開アンケートを実施してみた。
しかし、先日カナダ取材(17~23日)から帰ってきて一番にFAXの周りを見てみると、一通たりとも回答が戻ってきていなかった。ある程度予想はしていたが、一、二通は何かしらの反応(文句とか意見とか)があるかなと期待していた。ショックである。というわけで、以下、アンケート結果の発表です。
以下すべての河川分科会委員から【無回答】
分科会長 西谷 剛 (横浜国立大学 大学院 教授)
委 員 池淵 周一 (京都大学 防災研究所 教授)
〃 伊藤 和明 (防災情報機構 会長)
〃 岡島 成行 ((社)日本環境教育フォーラム 専務理事)
〃 岸 由二 (慶応義塾大学 教授)
〃 越澤 明 (北海道大学 大学院 教授)
〃 近藤 徹 (独立行政法人水資源機構 理事長)
〃 櫻井 敬子 (学習院大学 教授)
〃 残間 里江子 ((株)キャンディッド・コミュニケーションズ代表取締役会長)
〃 津田 和明 (サントリー(株) 相談役)
〃 福岡 捷二 (広島大学 大学院 教授)
〃 マリ・クリスティーヌ (異文化コミュニケーター)
〃 水戸部 浩子 (荘内日報社 論説委員)
〃 虫明 功臣 (福島大学 教授)
〃 山岸 哲 ((財)山階鳥類研究所 所長)
とても残念です。
しかし、河川整備基本方針の重大さと策定に関わることの重責について、また、その役割を委員が果たしてくれているのだろうかと疑問に思っている人間がいることには、最低でも気づいてもらえたのではないか。まずはそれで十分な効果だと考えます。一歩、一歩。世の中は一歩づつしか失敗も成功もないもんね。
まさのあつこ atsukom@mrj.biglobe.ne.jp
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2006年01月11日 ほんとうは要らなかった河川分科会? (カテゴリー: 法律・制度 , 八ッ場(やんば)ダム )
ここ最近、半ば半狂乱で書きまくっていました(短時間で一気に書きなぐっているので拙文でたいへんすみません。いずれ時間ができたら、もう少し分かりやすく書き直したいですがその時間はとれそうもありません)。
昨年秋から傍聴を続けた社会資本整備審議会河川分科会と河川整備基本方針検討小委員が、単なる、国交省案のお墨付き機関となっていることに危機感を抱いて、公開アンケートだ、要請書だと出しまくっているわけですが、要請書を書くために「審議会等の整理合理化に関する基本的計画」とその「審議会等の設置に関する指針」を読んでいて、重要な点を再認識しました。
=== === ===
別紙1 審議会等の設置に関する指針
1. 国民や有識者の意見を聴くに当たっては、可能な限り、意見提出手続の活用、公聴会や聴聞の活用、関係団体の意見の聴取等によることとし、いたずらに審議会等を設置することを避けることとする。
~~略~~
別紙3 審議会等の設置に関する指針
利害関係者の意見聴取等
① 審議会等は、その調査審議に当たり、特に必要があると認めるときは、当該調査審議事項と密接に関連する利益を有する個人又は団体から意見を聴取する機会を設けるよう努めるものとする。この場合において、他の関係者の利益との公正な均衡の保持に留意するものとする。
なお、公聴会の開催等、法令に別段の定めのあるときは、それによるものとする。
② 審議会等に対して、①の意見聴取に係る申出又は審議会等に関する苦情があったときは、各府省は、庶務担当当局としてこれらの整理等をした上で、その結果を適時に審議会等に報告するよう努めるものとする。
=== 下線はまさの加筆 ===
とあります。
★ 社会資本整備審議会は、河川法第16条でその役割を位置づけてしまってあるので、開かないわけに行きませんが(別紙1の方はどうしようもないにしても)、その精神をくめば、
★ 河川分科会や河川整備基本方針検討小委員会の方はいたずらに設置せずに、直接、意見提出手続の活用、公聴会や聴聞の活用、関係団体の意見の聴取等を行なって、関係市民団体や八ツ場ダムの住民訴訟を起こしている原告(納税者)からの意見聴取をすべきではないか。
★また、と別紙3の②に該当することとして
2005年11月15日に提出された「利根川水系河川整備基本方針の策定」に関する意見書では、首都圏のダム問題を考える市民と議員の会(代表 藤原信)や、水源開発問題全国連絡会(共同代表 嶋津暉之 遠藤保男)から
利根川は1都5県におけるさまざまな立場や利害、関心が絡む大河川でありますので、実際のデータに基づいて科学的な議論を、時間をかけて行い、事務局案の抜本的な見直しをされることを強く要望します。また、広く意見を聴取する機会を設けられることも強く要望いたします。
また、2005年12月16日に提出された「利根川水系河川整備基本方針の策定」に関する再意見書」では、首都圏のダム問題を考える市民と議員の会(代表 藤原信)、八ッ場ダムを考える会(代表 樽谷修)、水源開発問題全国連絡会(共同代表 嶋津暉之 遠藤保男)から、
委員会におかれましては拙速に事務局案を承認することなく、利根川水系の専門部会を設けて、委員自らが専門的な検討を行い、さらにパブリックコメントを求めて、その意見提出者と河川管理者が議論できる場を提供することを強く要望します。
一般市民の意見にも耳を傾け、根本に立ち返って利根川水系河川整備基本方針について真っ当な審議を行うことを求めます。
と求められていた(他に苦情も)。
これらの市民団体が出した「意見書」と「再意見書」の対象となっている利根川水系の河川整備基本方針について河川分科会が審議するのは、これからなので、まだ間に合うはず。
別紙3の②にあるように、意見を整理し、意見聴取の機会を設けるべきではないかと思います。
まさのあつこ atsukom@mrj.biglobe.ne.jp
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2006年01月11日 要請書なるもの (カテゴリー: 法律・制度 )
日付が変わってしまいましたが、昨日、以下の要請書を書いて、河川計画課の布村明彦課長宛てで郵送しました。これを書くにあたって参照したのは、審議会等の整理合理化に関する基本的計画(平成11年4月27日閣議決定)です。
==============
社会資本整備審議会河川分科会長 西谷剛 様
河川分科会河川整備基本方針検討小委員会長 近藤徹 様
要請書
社会資本整備審議会河川分科会および河川整備基本方針検討小委員会の議事録を公開する際、発言者の氏名を含めての公開をお願いしたく、要請します。
現在、同分科会および同小委員会の議事録は、「発言者の氏名を除いて」「一般に公開する」こととなっています。
しかし、両会とも、一般傍聴および記者取材を認めておられます。
また、現在公開されている議事録では、会長および委員長の発言については、それぞれ「会長」「委員長」と明記されております。
一方、平成11年4月27日に中央省庁等改革の一環で閣議決定された「審議会等の整理合理化に関する基本的計画」で定めた「審議会等の運営に関する指針」によれば、会議又は議事録を非公開にする場合は、「その理由を明示」しなければならないとあります。
以上の点を鑑みれば、傍聴が可能な分科会および小委員会の議事録で委員の氏名のみを非公開とする理由は見当たりません。
よって、次回の分科会および小委員会において、議事録の公開には全発言者の氏名も含むことをお諮りくださり、公開を開始してくださいますよう要請致します。
2006年1月10日
ジャーナリスト まさのあつこ
参考
審議会等の整理合理化に関する基本的計画(平成11年4月27日閣議決定)
別紙3 審議会等の運営に関する指針より
(4) 公開
① 審議会等の委員の氏名等については、あらかじめ又は事後速やかに公表する。
② 会議又は議事録を速やかに公開することを原則とし、議事内容の透明性を確保する。なお、特段の理由により会議及び議事録を非公開とする場合には、その理由を明示するとともに、議事要旨を公開するものとする。 ただし、行政処分、不服審査、試験等に関する事務を行う審議会等で、会議、議事録又は議事要旨を公開することにより当事者又は第三者の権利、利益や公共の利益を害するおそれがある場合は会議、議事録又は議事要旨の全部又は一部を非公開とすることができる。
===================
ところで、我が家の相棒はこの三連休中、ずっとダウンしていて、昨日からようやく回復し、看病が終わってなんだか気が抜けました。皆様もご自愛を!
まさのあつこ atsukom@mrj.biglobe.ne.jp
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2006年01月08日 だからやってしまった (カテゴリー: 法律・制度 )
あまりエキセントリックなことはしたくないのだが、物事、何かを変えようと思ったらば、恥を忍んで挑まねばならないことが。。。以下の公開アンケート、郵送やFAXなどで送りました。回答をいただけようといただけまいと、結果は今月23日以降にこちらで公開致します。
委員によっては、「何をいまさら」という質問事項で、回答には「はい」ばかりが並ぶことになるのかもしれませんが、意識喚起を目的とし、同時に「余談」としてアンケートお願いの最後にいれたように、議事録の名前入り公開を要請するための布石でもあるので、このような内容にしました。
★なお、「社会資本整備審議会河川分科会」は、「社会資本整備審議会河川分科会・河川整備基本方針検討小委員会」で審議したことを承認し、それをもって「社会資本整備審議会」の最終結論とみなしているという関係です。
社会資本整備審議会・河川分科会委員への
公開アンケートお願い
突然、不躾なアンケートをお送りすることをお許しください。
97年河川法改正以来、今年で9年目になります。新法に基づいて「河川整備基本方針」が策定された水系は、昨年度までに109水系中で30水系。昨年になり、今年度末までに50%以上、2007年度までに全水系で策定するとの方針が国交省から示され、現在、河川法16条に基づき「社会資本整備審議会の意見を聴」く手続きが猛スピードで進められていることはご承知の通りです。
さて、私は個人またジャーナリストとして昨年、河川分科会および河川整備基本方針検討小委員会をたびたび傍聴しました。その際、国交省原案を右から左へと通していくご審議の模様から、審議委員の皆様と、個別の川に関心を寄せて審議を見守っている地域住民との「意識の乖離」を実感し、ある種の危機感を感じました。
現行法では、国交省が定める河川整備基本方針に「意見」する権限が法的に担保されているのは審議会だけです。真摯な議論が期待されているにも関わらず、その意味の重大さが委員の皆様によって理解されていないのではないかという危機感を持ったのです。
時代の変化とともに、いずれは、国交省や審議会だけではなく、地域住民が参加した形で河川整備基本方針策定が行われる河川法再改正が行われる日が来ることと信じます。しかし、現時点においては、現行法における審議委員の役割を再認識していただきたくことが肝要と思い、失礼かとは存じますが、別紙、基本的な事項についてお尋ね致します。意味を考えつつご回答いただければ幸甚です。
いただきました回答につきましては、インターネット上の発信媒体「ダム日記2~河川法を改正しようよ」http://www.viva.ne.jp/blog/wonwonatsuko/にて公開致したく、あらかじめご了承くださいませ。
なお、余談ではございますが、現在、河川分科会および河川整備基本方針検討小委員会の議事録は、「発言者の氏名を除いて」「一般に公開する」こととなっています。この件につきまして、氏名とともに一般公開をしてくださるよう分科会および小委員会委員長宛で要請を致します。 審議会において、委員の皆様にご意向が諮られました際には、公開にご賛同くださいますよう、よろしくお願い致します。
2006年1月8日
まさのあつこ ジャーナリスト
(私の住所電話FAX携帯:ここでは省略)
社会資本整備審議会・河川分科会 委員への 公開アンケート
(質問・回答用紙)
2006年1月23日までに
FAX:XXX(ここでは略)までご回答のほどお願い致します。
1.河川整備基本方針の肝は基本高水であると、知っていますか?
(はい いいえ)
その他:(なんでも思うところをご記入ください)
2.基本高水の算定方法をソラでいえますか?
(はい いいえ)
その他:
3.住民参加は、河川整備計画の策定段階で、必要とあらばという条件つきでしかできず、そこでは基本高水の議論ができないとされていることは知っていますか?
(はい いいえ)
その他:
4.国土交通省が提案する基本高水の是非を議論し、その是非がチェックできるのは、唯一、社会整備資本審議会でしかないと、お気づきでしたか?
(はい いいえ)
その他:
5.基本高水が足かせとなって、川のあり方をゼロから地域住民が決められないことに苛立っている住民がいることに、お気づきですか?
(はい いいえ)
その他:
回答者お名前
回答日
以上、アンケート内容でした。
まさのあつこ atsukom@mrj.biglobe.ne.jp
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2006年01月08日 やらずに後悔するよりは (カテゴリー: 法律・制度 )
やらずに後悔するよりは失敗して後悔したほうがよいと、友達がよく言って(慰めて)くれます。今週末中に以下のようなアンケートを発信したいと思います。まずは思いついたが吉日で、明日、体裁を整えて実行するつもりです。
社会資本整備審議会・河川分科会 委員への 公開アンケート
1.河川整備基本方針の肝は基本高水であると、知っていますか?
2.基本高水の計算の仕方をソラでいえますか?
3.住民参加は河川整備計画の段階でしかできず、そこでは基本高水の議論ができないとされていることは知っていますか?
4.国土交通省が提案する基本高水の是非を議論し、その是非がチェックできるのは、唯一、社会整備資本審議会でしかないと、知っていますか?
5.基本高水が足かせとなって、川のあり方をゼロから地域住民が決められないことに苛立っている住民がいることを、知っていますか?
まさのあつこ atsukom@mrj.biglobe.ne.jp
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2006年01月04日 基本方針と整備計画の関係の「確認」(その2) (カテゴリー: 法律・制度 )
基本方針と整備計画の関係の「確認」については、審議会の中ですら行われました。11月9日の審議会です。議事録がやっと出ているので引用します。
このやり取り自体が、
1)方針と計画の関係(審議委員すら理解していない)、
2)審議委員と国交省の関係(質問する人と答えを牛耳る人)、
3)審議会の性質(実質的な議論にならない。当たり障りがないやり取りで終わる)
そのすべてをよく表していると思うからです。
11月9日の利根川水系・河川基本方針検討小委員会より引用
委員 「整備基本方針と整備計画の関係についてちょっと教えてほしいんですが、河川法あるいは政令でいろいろ定めなければならない事項。これが整備基本方針という形で書かれると思うんですが、この整備計画という話も出ていまして、整備基本方針に沿ってとか則してという形で整備計画を考えていくというときの期間の設定という形のものは、整備基本方針はどちらかというと長期というような意味合いなのか、期間設定という概念は一向に見ないものですので、整備計画の方はより具体的になってくると、期間設定がそれよりも短い形で到達可能という形で、整備基本方針と整備計画のかかわりの中で、そういう達成するスパンの期間設定という形のものは余り描かないのか、描いているのか、その辺りがちょっと我々の整備計画を策定する委員会等々で結構ある中で、整備基本方針に向けてとか沿ってとか則してというあれですが、その目標というのは規模とかそういうものは従来もあるんですけれども、それをどういうふうにやっていく期間という形の概念は、どういうふうに見ておったらいいのか、描いたらいいのか、法令とか期間の話がないという形でしかちょっと読めないものですので、その辺り法律の解釈として整備計画をつくっているときには、えらい具体的かつ設定期間があるような印象を持って議論をするところもございますので、その辺りを質問的なことで大変恐縮なんですけれども、法解釈として少し教えていただければということをちょっとお願いしたいと思います。」
事務局 「基本方針でどんなふうな川の整備方針かということでありますが、整備計画の方は具体的な事業計画といいますか、どういうものをつくるかということを明らかにするというのが役目なわけでございますので、期間の話も非常に強くリンクしている部分があって、具体的にどういうものをやるかということを想定しない限り、いつぐらいまでにものができていくかということも非常に想定しづらい。例えば、漠然としてはよくございますけれども、四半世紀後にはこうしたいとか、そういう行政上の目標というのは一般にあることはあるんですが、かなりこういう現実のものとしていつまでどうだというものについて、予算の話もあれば、それから、地元のいろいろな事業振興上の話もあれば、それをいたずらに何かやっても余り意味はない。看板だけは立てることはあるかもしれない。そういう意味では、元へ戻りますと、具体のものを書くというのが整備計画だと。そうすれば、具体のものというものが出ると、それに合わせて期間というものもイメージできるというところが、当初の河川法改正のときのいろいろなやりとりの中でも、整備計画で今後20年か30年ぐらいと言ってきたのがちょっと誤解を受けていることがございまして、今後20年計画や30年計画を立てるというふうに誤解されている面があるんですが、そうではなくて具体のものを書く役目なんだと。そうすれば、それは普通は河川事業、ダムなども含めまして20~30年というのはレンジの中に想定しないといけないというところで来ておるということかと思います。
そういうことなので、今後ある程度具体的にやるものを明らかにするのが整備計画だということで今後もやっていけばいいのかなと思うんですが」
さて、この質問をした「委員」とは誰かが問題です。
【この委員は何をやっていたのだろう?】
私は利根川水系の審議を傍聴するたびに、メモを取ったので、当然、誰がどの発言をしたか分かるわけですが、この質問をしたのは池淵周一(京都大学防災研究所教授)委員です。この方は、「整備基本方針」と「整備計画」の関係について、「第24回」の河川整備基本方針検討小委員会の場で、やっと、質問をしています。
この人は、また、これまで何十回とやってきている淀川流域委員会(整備計画の原案を審議する委員会)の委員(学識経験者)でもあった方ですので、私はびっくりしました。何をいまさら、そんなことをここで確認しているのだろう?びっくりした理由は、もう一つあります。この方は、淀川流域委員会に委員として出席している間、「一度も発言しない」委員だということを聞いていたのです。
河川法の法律の解釈も確認せずに、じっと黙って流域委員会を過ごし、24回も基本方針検討を重ねてきていて、今になって質問????なんだそりゃ?とびっくりしたわけです。
12月19日、利根川水系についての最後の審議の日、この方はいつものように(上記引用でも分かる通り)一文がやたら長く、切れ目がなく喋って、何を言っているのか分かりにくかった。そしていつものように近藤委員長は、その発言を良心的に「解釈」「通訳」をしてから次の発言者に発言を回していた。
そこで、私はついにこの池淵という委員と言葉を交わしてみたくなり、審議会終了後に近寄り、ジャーナリストの名刺を差し出して、「一つだけ質問があるのですが、淀川流域委員会に出席している間、一度も発言されなかったですね?」と聞いてみました。噂の確認でもあります。すると
「それぞれで判断しますから。別に発言しなきゃいけないってことはないでしょ」
「はい。何かご判断があって流域委員会で発言されなかったんですか?」
「発言は強制されるもんじゃないでしょ?」
「はい。一言も発言されなかったとのことなので、何か理由があるのかと思いまして」
と、しつこい私をギロリと睨んで、苛立っておられました。
「方針と計画の関係がわからずに、流域委員会に座っておられたのか」と聞いたほうが良かっただろうか・・・。
この日も、実は、この池淵委員のびっくり確認発言と事務局の回答の直後に、近藤委員長(元河川局長)は、次のように尻拭いしている。鋭い人だな、とは思う。
(委員長) 今の事務局の答弁どおりだと思うんですが、あえて今○○委員のような質問が出たというのも、やはり現場で担当している人と河川局の幹部との間に認識差があるのではないかと思います。全国の河川を見て歩いていると、ここでけんけんがくがく100年や200年に1回の計画をつくったにもかかわらず、あれは御破算でこれから30年に一遍の計画をつくりますとか、50年に一遍の計画をつくりますという話になると、ここで議論したのは何だったんだろうかと思わざるを得ないケースにぶつかります。
それで、ここで決められた中で、とにかくまず最低の安全度を確保するために、向こう30年間何をやるんだというならいいですけれども、また御破算で30年か50年に一遍の流量計画でまた作り直しているかのごとく印象を受ける説明を聞きました。したがって、ここで議論しているのが土台であり、柱であり、骨組みなんだとよく徹底していただいて、それにどう肉付けするのが整備計画なんだということを徹底していただきたいと思います。
この委員長の発言は、池淵委員が出ていた淀川流域委員会との関係を言っているのだとしか思えなかった。スタンスがばらばらだから、池淵委員は今になってそんな確認をしているのだといわんばかりに繕ってあげていたというか。
また、同時に、あくまで、審議会で「けんけんがくがく」することの方が、現場の議論よりも尊重されると主張したい気持ちが見え見えだが、審議会で本質的な中身について「けんけんがくがく」なんてしていないことは、傍聴者にはバレバレであり、なんとも苦しい発言でもあります。
【傍聴させるのに名前を公表しないのはオマヌケ】
さて、「委員」とは誰かについて、もう一つの問題です。審議会の最後に、毎回、議長役の委員長が、一言一句違わずに、国交省が書いたシナリオをこう読み上げます。
「本日の議事録につきましては、内容について各委員の御確認を得た後、発言者の氏名を除いて国土交通省大臣官房広報課及びインターネットにおいて一般に公開することとします。」
ところが、報道機関や傍聴した人が、委員の名前を明かしてしまえば、名前を伏せる意味はありません。これは審議会を非公開で行っていた頃の遺物。
これについては、布村課長が「傍聴させているのに委員の名前を伏せるのは確かに今はもう意味はないですね」と認める。
しかし、「じゃ、委員にはかって名前も出します、ということにすればいいじゃないですか」と言うと、「今調べています」と言う。何を調べているんだか知らないが、調べるよりも、「名前を記入のうえ公開しますがご異議ありませんね」と委員長の台本に書けばいいだけのことではないか。
いずれにせよ、傍聴者が見張っていることで、さまざまなボロがでてくるというのは、傍聴を重ねていて見えてきます。
まさのあつこ atsukom@mrj.biglobe.ne.jp
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2006年01月04日 八ツ場ダムは最後のダム? (カテゴリー: 法律・制度 , 八ッ場(やんば)ダム )
次に、「八ツ場ダムは最後のダム」と河川計画課長の口から飛び出たことについてです。12月6日の審議会で、審議会の事務局(シナリオライターと言ってもよろしいでしょう)である国交省河川局の布村河川計画課長が、「利根川本川上流部」の説明で、「洪水調整施設は八ッ場ダムが最後」という言葉を差し挟んだのです。
そこで傍聴後、確認のために、河川計画課に立ち寄りました。
布村課長には日弁連のシンポジウム直後に会場でお話を聞かせてもらったので、おかげさまで顔なじみとなり、取材がしやすくなりました。
「今日、八ッ場ダムが最後と言いましたね?」と私。布村課長「言いました」までは良かったのですが「あそこではね」と言うので、「むむっ」と思いました。
そのとき、ピンと思ったこと。「はは~ん、市民団体から出た意見書で審議委員たちから、あれこれ聞かれ、説明が面倒になって、『八ツ場ダムを最後にしますから』(目をつぶってください)くらいのことを言ったんではないか?その延長で、審議会の中でもそう言わざるをえなかったが、22000トンという基本高水を維持する限り、計算上そうはいかない、そこで、『あそこではね』となったのでは?」ということ。勘ぐりすぎでしょうか?しかし、それ以外に「あそこではね」とその後の説明がつきません。
そこで「あと3900トンどうするんですか?」と突っ込みを入れてみました。
すると、「ほらあの、再開発とか遊水池とか振り替えとか」と苦しい答え。
私「そんなもので3900トンも対処できないでしょ」
課長「(ダムは)利根川本川で作らないってことですよ」
私「八斗島より上流には作らないってことですか」
課長「いやいや神流川とか烏川は入りませんよ。あっちにはダムが下久保しかありませんから」
と読んでも分からないと思いますが、利根川には、八斗島という基準点から上流に、北から「奥利根流域」「吾妻川」「神流川・烏川」などの支流の流域があります。課長のこのときの返答は、その位置関係から言って支離滅裂でした。
この日の審議に対して、市民団体から再び意見書が出されました(文末に転載)。
そこで、その次の審議(12月19日)で、さすがにこの件で、審議委員からも質問が出て、どういうことなのかを布村課長が再度説明しました。
しかし、さらに、その説明があいまいでした。同じ審議会の中で、同じ課長が、二つの違う説明を行ったのです。
一度目は、「下久保ダムだけでは足りないので、他のダムを考えていたが、遊水地で対応することにした」と「八ツ場ダムが最後」の発言について説明を行った。ところが、それでは納得しなかったか、聞き逃したかして、近藤委員長が再度「八ツ場ダムが最後」について確認すると、「ダムの再編で行うが、作るダムはひとつか二つか検討する。八ツ場ダムが最後という意味ではない」と言い直したので、ますます分からなくなった。
同じ質問に対して、「遊水地で対応することにした」と、「ダムはひとつか二つか検討する」はまったく違う。
ところがその矛盾を突く人が審議会ではいない。利根川水系についての最終日だというのに、困ったことです。
いったい、どっちなのか、作るのか、作らないのか、どこに作るというのか、またまた、傍聴後に確認に行きました。すると「あなたには3回ぐらい説明したじゃないか」と(ウソこけ)、完全に苛立っているご様子。
国交省が配布した資料と、この時、布村課長が言った結論から言うと、新久保ダムという神流川にあるダムのかさ上げと、奥利根流域に新しく作る新設ダム(一体、どこにかはまったく不明)で対処することになっている。「ん?じゃ、審議会で発言された遊水地というのは?」と突っ込みを入れるのはもう止めました。
どう考えても、現実味がない。聞けば聞くほど、ほころびが出てくる。それをこちらが真面目に突っ込んでいって、課長発言として言質をとってしまうと、とんでもない幻の計画が生まれてしまいかねない。発言が二転三転しているところは、ほとんど「幻」の計画だと思っていいと思います。(それにしても、どんな議事録が出てくるんだろう?議事録を作る人がかわいそうだ)
そんなわけで、国交省説明やそれに疑問を持たない審議会に苛立って出された市民団体からの再意見書を転載します。さきほど私が整理した旧法→新法への3つの大きな変化以外についても、詳細に論じています。
~~~~転載~~~
社会資本整備審議会河川分科会
会長 西谷 剛 様 委員 各位
河川整備基本方針検討小委員会
委員長 近藤 徹 様 委員 各位
「利根川水系河川整備基本方針の策定」に関する再意見書
2005年12月16日
首都圏のダム問題を考える市民と議員の会
代表 藤原 信
八ッ場ダムを考える会
代表 樽谷 修
水源開発問題全国連絡会
共同代表 嶋津暉之
遠藤保男
12月19日の社会資本整備審議会河川分科会河川整備基本方針検討小委員会において「利根川水系河川整備基本方針」に関する5回目の審議が行われます。前回の12月6日の小委員会における事務局の説明には基本的な誤りがあり、さらに、基本方針事務局案は、数字の辻褄合わせをしただけの現実性のない案であると判断されますので、意見書を再度提出します。私たちの主な意見は下記の4点です。
委員会におかれましては拙速に事務局案を承認することなく、利根川水系の専門部会を設けて、委員自らが専門的な検討を行い、さらにパブリックコメントを求めて、その意見提出者と河川管理者が議論できる場を提供することを強く要望します。
一般市民の意見にも耳を傾け、根本に立ち返って利根川水系河川整備基本方針について真っ当な審議を行うことを求めます。
1 「八ッ場ダムが最後」という事務局説明の誤りを問題にすべきである。
12月6日の小委員会では資料2の3ページ「1-1-2 河川ごとの方針 (1)利根川本川上流部」の説明において、事務局は「洪水調節施設の整備は八ッ場ダムが最後である。」と言明しました。しかし、基本方針案の数字を見れば明らかなように、基本方針案の内容は八ッ場ダムだけで洪水調節施設が完了するというには程遠いものです。基本方針案では八斗島地点上流の洪水調節必要量は毎秒5,500m3となっています。河川局の計算によれば、利根川上流部にある既設6ダム+八ッ場ダムによる八斗島地点の洪水調節効果は平均で毎秒1,600m3ですから、残り3,900m3はダム等によって調節する必要があります。2で述べるように、烏川水系の下久保ダムの治水機能増強や河道内調節池の設置はさほど大きな効果はありませんので、3,900m3のほとんどは新規ダムに依存することになります。1,600m3と3,900m3から、必要な新規ダムの基数を求めると、(烏川水系も含めて)17基にもなります。
利根川上流では治水目的を含む多目的ダム計画が次々と中止されてきています。中止になったダム計画は4基で、その合計貯水容量は約2億m3にもなります。治水ダムがどうしても必要ならば、中止した4ダムを治水専用にしてダム計画を再構築し、利根川上流のダム治水容量の大幅増強を図るはずですが、国土交通省はそのような検討もすることなく、4基のダム計画をあっさりと中止しました。このことは、ダム治水容量の増強には緊急の必要性がなく、これから治水ダムを新たに計画して建設することがきわめて困難であること、事実上不可能になっていることを物語っています。
今回の基本方針案はこのように事実上不可能な多数の新規ダムの建設を前提としているのです。このことをカモフラージュするために、事務局は「利根川本川上流部では八ッ場ダムが最後である。」と説明したのでしょうが、それは方針案の内容と全く異なる説明です。委員会はこの事務局の説明における基本的な誤りをなぜ問題にしないのでしょうか。委員会は現実性が全くない基本方針案を承認しようとしていることの責任を自覚すべきです。
なお、基本方針案が現実性を全く失っているのは、3で述べるように基本高水流量がきわめて過大に設定されているからであって、基本高水流量を科学的な手法で求めれば、八ッ場ダムを含め、新たなダム建設が不要となる基本方針に改めることができます。
2 基本方針案の記述のまやかしを問題にすべきである。
基本方針案では下久保ダムの治水機能増強や烏川の河道内調節池の設置が強調され、それらが八斗島地点に対してあたかも大きな洪水調節効果を持つかのように書かれていますが、それらの効果はさほど大きなものではありません。現在の下久保ダムはダム地点において最大洪水流入量毎秒2,000m3のうち、その3/4の1,500m3をカットすることになっていますから、ダムの嵩上げや貯水容量の用途振替で下久保ダムの洪水調節容量をいくら増やしても、最大であと500m3しかカットすることができません。それによる八斗島地点への効果はせいぜい100m3前後ではないでしょうか。また、河道内調節池の効果も小さなものです。たとえば小貝川に最近設置された母子島遊水池(面積1.6平方km、洪水調節容量500万m3)の洪水調節効果はすぐ下流の黒子地点で毎秒100m3ですから、仮に同規模の遊水池を烏川の河道内に設置しても八斗島地点に対する効果は数十m3です。このように、下久保ダムの治水機能増強や烏川の河道内調節池設置の効果は小さなものなのです。
そして、不可解であるのは、基本方針案は下久保ダムの治水機能増強や烏川の河道内調節池設置が大きな効果があるように記述しておきながら、一方で、烏川が利根川に合流する洪水流量(計画高水流量)を従前の計画と同様、毎秒8,800m3にしていることです。これらがもし大きな治水効果を持つならば、計画高水流量が従前の値よりも小さくなるはずです。同じ計画高水流量が踏襲されているということはそれらがさほどの治水機能を持たないこと、単に目くらましのために、すなわち、非現実的な新規ダム建設の必要性が前面に出ないように、下久保ダムの治水機能増強や烏川の河道内調節池の設置が記述されたことを意味しています。委員会はこのような記述のまやかしをなぜ問題にしないのでしょうか。委員会はもっと真剣に基本方針案の内容を吟味すべきです。
3 従前からの過大な基本高水流量を再検証すべきである。
基本方針案が八ッ場ダムも含め、非現実的な数多くの新規ダム建設を必要するものになっているのは、従前からの基本高水流量毎秒22,000m3(八斗島地点)が過大であることにあります。この数字は、200年に1回の洪水とされる昭和22年のカスリーン台風が再来した場合の流量を洪水流出モデルで計算したものですが、その計算値には二つの面で大きな疑問があります。第一は、カスリーン台風の実績洪水流量は毎秒17,000m3であって(それも観測流量ではなく、実際値よりも過大だと指摘されている)、当時の上流部の氾濫面積から見て、氾濫流量を加算しても、22,000m3にまで膨れ上がるはずがないことです。第二は、森林の保水力の向上が全く考慮されていないことです。当時は戦後間もないころで、戦時中の森林乱伐により、利根川流域の山の保水力が著しく低下していた時代でした。その後、植林が盛んに行われ、森林が生長してきましたから、現在は当時と比べれば山の保水力が大きく向上しています。このことを指摘する意見は委員会においても出されています。
この二点を踏まえて、すなわち、カスリーン台風時の氾濫流量を正しく把握し、さらに森林の成長による山の保水力の向上を前提として科学的な計算を行えば、カスリーン台風の再来による最大洪水流量は毎秒22,000m3よりはるかに小さい値になるはずです。
12月6日の委員会資料では、使用した洪水流出モデルの妥当性を最近の洪水で検証した結果だけが示されましたが、その計算結果は最初の土壌湿潤状態などの設定条件によって大きく変わりますから、単に計算結果だけを示しても意味がありません。
委員会には河川工学の専門家が何人も入っているのですから、基本高水流量の計算を事務局まかせにするのではなく、委員自らが基本高水流量の科学的な検証を行うべきです。河川工学が専門の委員はなぜ自分の専門知識を使って基本高水流量の検証を行わないのでしょうか。
科学的な検証を行えば、基本高水流量は毎秒22,000m3よりはるかに小さい値になり、現実性がある基本方針を策定することができるようになります。
4 数字の辻褄合わせをしている基本方針を策定すべではない。
基本方針案は、基本高水流量(八斗島地点)をきわめて過大な毎秒22,000m3にしたため、数字の苦しい辻褄合わせをしているところが随所にみられます。たとえば、中川から江戸川に入る洪水流量はゼロになっていますが、それは両河川の洪水ピーク時刻が大きくずれた場合です。実際には、当然のことながら、雨の降り方によって両河川の洪水ピーク時刻が一致することがありますから、その場合は中川の洪水ピーク流量毎秒500m3が江戸川の洪水ピーク流量に加算されます。また、小貝川については毎秒1,300m3の洪水が利根川に合流したにもかかわらず、利根川への影響がゼロになっていますが、これも理解しがたい話です。
とにかく、非現実的な毎秒22,000m3からはじまって、数字を割り振っていくから、随所に説明に苦しいところが出て、辻褄合わせをしなければならなくなっているのです。
このように、辻褄合わせをしなければならないような基本方針を策定して何の意味があるのでしょうか。委員会は、事務局案を根本から見直し、現実的で意味のある基本方針の策定を事務局に求めるべきです。
~~~転載終わり~~~
まさのあつこ atsukom@mrj.biglobe.ne.jp
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2006年01月04日 旧法と新法に基づく治水計画の違い (カテゴリー: 法律・制度 , 八ッ場(やんば)ダム )
先に、旧河川法に基づいた治水計画と新河川法に基づいた治水計画でどんな違いが出たのかを整理しておきます。
以前、八ッ場ダム・ファクトシート で書いたように、
旧法に基づく治水計画(工事実施基本計画と言いました)は、
利根川の基本高水(ダムなどがない場合に流れる洪水の流量)は、22,000トン
●そのうち、16,000トンを河川改修と利根川放水路
●残りの6,000トンを上流ダム群で対処することになっていました。
そこで次のように批判をしました。
●戦前からの「利根川放水路」=計画は影も形もなし(=土地利用上は不可能)
●現在、既存のダム6つと八ツ場ダムができたとして1600トンしか手当てできないのに、6,000トンを上流ダム群で手当てするとしたら、あと4,400トンはどうするのか?単純計算であと12の上流ダム群必要になる。不可能、非現実的ではないか?
それが新法に基づく治水計画(河川整備基本方針と言います)でどうなったかと言うと、
●案の定、誰が見ても非現実的な利根川方水路は、消滅しました。
●そして「16,000トンを河川改修と利根川放水路」だったのが、今度は「16.500トンを河川改修と利根川方水路の代替」となりました。代替とは、印旛沼を洪水調整池として活用することです。また、河川改修と印旛沼活用で500トン増やした分、上流ダム群への依存度が500トン減りました。
つまり、基本高水22,000トンを変えずに、旧法→新法 で、
●河道で治水する量が、16,000トン→16.500トン
●利根川方水路建設→印旛沼の活用
●上流ダム群6000トン→「洪水調節施設」という表現になって5500トン
と3つの大きな変化があったわけです。
審議委員たちはこの変化に対し
・「幻の利根川方水路が消えた」ことを幾分楽しそうに評し
・下流で手当てする500トン分の増加分を「堤防に負担をかけることになる」と顔をしかめて見せ
・印旛沼の水質にとって良いのではないかと述べました
つまり、すべて単なるコメント、感想です。
専門家でなくても言える程度の、しかし専門家らしく聞こえるコメントでした。
その他は、自分の専門分野から単に「発言のための発言」を委員長から指名された際に、仕方なく一言づつ行ったという印象です。(中学生を持つお子さんのいるある傍聴者は、 「あれくらいならウチの子でも言えるなぁ」と呆れていました)
ところが、責任ある専門家であれば、当然沸き起こってくるであろう、以下のような不思議な点については、当初、質問すら出てきませんでした。
・500トンの上流・下流の不思議な突然の増減(数字の操作)の根拠
・上流(ダム群)で対処する500トン減りはしたけれど、5500トンという依然として膨大な「洪水調節施設」をどうやって上流で確保するのかという重要な点(私自身、八ツ場ダムの大きさで換算したら、それはあと12基のダムが必要という膨大な数でした)に対するシンプルな疑問
・治水安全度を大きく保ちたいという気持ちは分かるが、12基分のダムを作るということが(もうダム適地など残っていないから)、非現実的だということを考えれば、そもそも22000トンという基本高水が(たとえどういう計算で出てきたにしても、100歩譲って計算が正しいにしても)非現実的ではないかというシンプルな疑問
これらの疑問については、あまりにも審議がなかったために、市民団体からは2回目の意見書が出されていきました。あとで転載します。
まさのあつこ atsukom@mrj.biglobe.ne.jp
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2006年01月04日 審議会と市民の関係(審議の回数) (カテゴリー: 法律・制度 , 八ッ場(やんば)ダム )
まずは、市民団体からの意見書に審議会(「河川整備基本方針検討小委員会」という名が長いので、ここではこう呼びます)が反応したことについてです。
利根川水系については、計5回、審議が行われました。
河川整備基本方針検討小委員会 <利根川水系>
●第三十回河川整備基本方針検討小委員会 (平成17年12月19日)
●第二十八回河川整備基本方針検討小委員会 (平成17年12月6日)
●第二十四回河川整備基本方針検討小委員会 (平成17年11月9日)
●第二十二回河川整備基本方針検討小委員会 (平成17年10月12日)
●第二十一回河川整備基本方針検討小委員会 (平成17年10月3日)
これは、淀川3回、吉野川2回に対して、多い。この審議回数の差は、利根川の審議の度に、傍聴人がたくさん来ていたことと、意見書が何度も出されたせいではないかと思います。その中身は追って触れることにしますが、審議委員たちに宛てられた市民団体による最初の意見書の中身は以下の通りです。
転載します。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~
社会資本整備審議会河川分科会
分科会長 西谷 剛 様
委員各位
河川整備基本方針検討小委員会
委員長 近藤 徹 様
委員各位
「利根川水系河川整備基本方針の策定」に関する意見書
2005年11月15日
首都圏のダム問題を考える市民と議員の会
代表 藤原 信
水源開発問題全国連絡会
共同代表 嶋津暉之 遠藤保男
今般、河川整備基本方針検討小委員会において行われた「利根川水系河川整備基本方針の策定」に関する議論を傍聴しました。11月9日の小委員会における近藤徹委員長による「方針を書くための議論は全うした」との発言に対し異議を申し立てたく、意見書を提出します。
1 拙速な審議を改めるべきである
利根川水系河川整備基本方針案に関する審議は次回の小委員会で終わりというスピードで進んでいます。利根川水系に関しては、10月3日の第1回で1時間、10月12日の第2回で1時間、今回11月9日の第3回で2時間の審議を行っただけです。それも、その大半の時間は事務局からの説明に使われており、審議といっても、各委員が1回程度発言するだけです。利根川水系のように巨大な河川についてなぜ、このように短い時間で、議論らしい議論もしないまま、審議を終わらせようとするのでしょうか。2、3で述べるように、事務局が示した基本方針案には基本的な問題があるにもかかわらず、それがほとんどそのまま、小委員会で承認されようとしているのは、議論すべきことを議論していないからです。河川法が改正されてから早くも8年が経過しました。本来はもっと前から利根川水系の河川整備のあり方について着実な議論を積み上げてくるべきであったにもかかわらず、8年間は何もせず、この場になって急に猛スピードで審議を終わらせ、事務局案をほとんどそのまま承認しようとするのは理解しがたいことです。小委員会においては、利根川水系等の水系ごとに専門部会を設け、事務局案だけに依拠するのではなく、委員自らが専門的な検討を行い、さらにパブリックコメントを求めて、時間をかけて議論し、しっかりした審議を行うべきです。
2 過大な基本高水流量を見直すべきである
利根川水系河川整備基本方針案の大前提である毎秒22,000m3の基本高水流量(八斗島地点)はきわめて過大な値です。この数字は、200年に1回の洪水とされる昭和22年のカスリーン台風が再来した場合の計算流量ですが、その計算に用いた流出モデルは現在の流域の状態に適合させたものではありませんから、非常に過大な値が算出されています。カスリーン台風の実績洪水流量は毎秒17,000m3であって(それも観測流量ではなく、実際値よりも過大だと指摘されている)、当時の上流部の氾濫流量を加算しても22,000m3にまで膨れ上がるはずがありません。当時の氾濫面積からの検証を行えば22,000m3が架空のものであることが明らかになります。しかも、当時は戦後間もないころで、戦時中の森林乱伐により、利根川流域の山の保水力が著しく低下していた時代でした。その後、植林が盛んに行われ、森林が生長してきましたから、現在は当時と比べれば山の保水力が大きく向上しています。流域の状態の変化を踏まえた科学的な検討を行えば、カスリーン台風が再来した場合の洪水流量は22,000m3よりはるかに小さい値になるはずです。科学的な検討を何ら行うことなく、工事実施基本計画の基本高水流量の数字をそのまま踏襲したのが、今回の基本方針案です。
事務局の資料では、流量確率法と既往洪水流量によって22,000m3の妥当性を検証したことになっていますが、その検証に使った計算モデルは上記と同様に現在の流域の状態に適合させたものではなく、過大な値を算出するモデルですから、検証したことには全くなりません。
利根川水系工事実施基本計画の基本高水流量は、今から約25年前に定められたものです。その後、流量等の観測データがかなり蓄積され、解析手法も進歩してきました。工事実施基本計画の数字に固執することなく、蓄積された観測データを用いて最新の解析手法で、さらに、現在の流域の状態を踏まえて、合理的な基本高水流量を求めるべきです。
3 現実性のない基本方針を定めるべきではない
今回の河川整備基本方針案は毎秒22,000m3という過大な基本高水流量を踏襲したため、従前の工事実施基本計画と同様に、現実性のないものになっています。今回の方針案では幻の放水路といわれ、実現が不可能とされていた従来の利根川放水路はなくなりましたが、まだ、実現不可能なものが多く含まれています。その端的な例は、利根川上流ダム群の建設です。今回の方針案では利根川のダム依存分(八斗島上流)が毎秒500m3減ったとはいえ、まだ5,500m3もあります。国土交通省の計算では既設6ダムと八ッ場ダムの効果は毎秒1,600m3ですから、残りの3,900m3への対応が必要となります。今回の案では下久保ダム等の再編成や烏川での遊水池建設も行うことになっていますが、それらの治水効果はさほど大きなものではありませんので、やはり利根川水系にこれから大規模ダムを十基以上つくらなければなりません。この点は従前の計画と基本的に変わりません
ご承知のように、利根川上流では治水目的を含む多目的ダム計画が次々と中止されてきています。中止になったダム計画は4基で、その合計貯水容量は約2億m3にもなります。治水ダムがどうしても必要ならば、中止した4ダムを治水専用にしてダム計画を再構築し、利根川上流のダム治水容量の大幅増強を図るはずですが、国土交通省はそのような検討もすることなく、4基のダム計画をあっさりと中止しました。この事実は、ダム治水容量の増強には緊急の必要性がなく、これから治水ダムを新たに計画して建設することがきわめて困難であること、事実上不可能になっていることを物語っています。以上のように今回の基本方針案は実現不可能なことを含む、現実性のない内容になっているのです。そのように現実性のない基本方針を策定して何の意味があるのでしょうか。
以上、述べたように、利根川水系河川整備基本方針に関する小委員会の審議は、最低限、議論すべき点を欠如したまま、次回で終わろうとしています。利根川は1都5県におけるさまざまな立場や利害、関心が絡む大河川でありますので、実際のデータに基づいて科学的な議論を、時間をかけて行い、事務局案の抜本的な見直しをされることを強く要望します。また、広く意見を聴取する機会を設けられることも強く要望いたします。
~~~転載終わり~~
まさのあつこ atsukom@mrj.biglobe.ne.jp
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2006年01月04日 利根川の河川整備基本方針 (カテゴリー: 法律・制度 , 八ッ場(やんば)ダム )
旧年中に整理しようと思ったことが今年になってしまいました。昨年、傍聴した社会資本整備審議会の河川分科会の河川整備基本方針検討小委員会で審議された「利根川水系」についてです。
以下、私なりの論点ですが、いくつかのことを整理していきたいと思います。
●「八ツ場ダムは最後のダム」ということが河川計画課長の口から飛び出たことと、「ダム再編」という概念。
●幻の「利根川方水路」の計画がついに消滅したこと。
●市民団体からの意見書に審議会が反応したこと。
●最後の最後に群馬県知事代理が河川計画課長に確認をした河川整備基本方針と河川整備基本計画の関係(議論の過程で、審議委員や委員長が確認しようとした一般論としての河川整備基本方針と河川整備基本計画の関係)
●利根川に限らず、小委員会内外での議論から感じざるを得ない現行の「河川法」の無理
順不同になるかもしれませんが、整理します。
まさのあつこ atsukom@mrj.biglobe.ne.jp
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2005年12月28日 人口減少 (カテゴリー: 法律・制度 )
始まりましたね。人口減少。少子化を政府が騒ぐのは、「税収」が減るからですが、エネルギーや環境面から言えば、決して悪いことではない。問題は、人口が減り、税収が減ることが分かっていたのに、財政支出を絞ってこなかったことだ。
これ以上のハコモノへの投資は、未来世代へツケを残す犯罪だと思う。
特別会計の規模412兆円のうち、会計間のやり取り(207兆円)を差し引いた205兆円が本来の特別会計予算の規模。
そして、国債償還や利払い(89兆円)、財政融資資金への繰入れ(31兆円)などを差し引いて、たったの「17兆円」が予算精査の出発点だと財務省の審議会は結論(特別会計の見直しについて-制度の再点検と改革の方向性(PDF))を出している。
一般会計予算80兆円のうち、半分が借金(国債)。
特別会計予算、実質205兆円のうち、半分(89兆円)が借金(国債)返済。しかも、第二の国家予算とも言われる「財政投融資」を資金に貸す「財投債」の発行額が31兆円。
これも借金だから、一般会計で40兆、特別会計で31兆円、合計71兆円の借金を、せっせと平成17年度でこしらえた計算だ。
予算要求している側の各省庁や出先機関や、特別会計予算が流れている先の自治体、そして、たとえば、河川整備基本方針検討小委員会のような審議会も、「特別会計」改革にはまったく無頓着だ。だが、頓着して現実に目を見開いてもらわないと、改革にはならない。
先日、「ダム予算は治水特別会計から出ていますよね」というと、「さぁ、ちょっとその辺は分かりません」と言った人が国交省の出先機関にいた。強いメマイを覚えた。政策と税収が長い間、乖離し続けていることを、予算執行している現場の人間がまだ気づいていない。さぁ、どうします?
まさのあつこ atsukom@mrj.biglobe.ne.jp
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2005年12月14日 元河川局長が公にした裏話 (カテゴリー: 法律・制度 )
背骨で発作的に後先を考えず書いているので、「研究者の役割」について書いたときに、「全研究者を敵に回すような書き方にならないよう慎重に」と忠告をいただいた。そのつもりはなく、それどころか、研究者は世の中をよい方向へ変えていく上で、必要不可欠だと考えている。ただ、審議会の御用学者(「サイレント・マジョリティ」の反対で「サイレント・メイジャー」とでも言おうか)のようにはならないで欲しい、という意味で、全研究者に対する挑戦と取ってもらっても構わないかなと思う。
だって、政策形成過程に組み込まれていることの幸運を駆使しないなんて、組み込まれていない人から見たら、どれだけ口惜しいことか。
さて、12月3日に行われた日弁連、近弁連、大弁連主催の「河川管理と住民参加」のシンポジウムの報告の最後です。自分にとって意味があったと思う論点だけを自分のためにまとめてメモしただけなので、これがシンポジウムの全容だとは受け取らないようお願いします。
大熊孝・新潟大学工学部教授の論点
・俯瞰して基本高水を考えるのではなく、虫の目で今ある川はどうなのかと考えるべき。一般論でなく個々の川の話であるべき。
・97年河川法改正で、第3条の河川管理施設に「樹林帯」という言葉が入ったときに僕は河川行政は変わったなと思った。人口密集値で破壊的な被害を出してはいけない。堤防を低くしてオーバーフローさせる治水を考えるべきだ。
元河川局長・竹村公太郎氏の論点
・(基本高水などを)住民が決定していいと言うが、被害が出た場合、訴訟はどこへいくか?法的な責任はどこが負うか。多摩川水害訴訟で国は負けた。敗訴の理由は固定堰を放置したということだった。
(ここで私まさのは思いました。な~んだ、吉野川第十堰の撤去・可動堰建築という念願も、すべての川で基本高水を過大なままにしておくことも、「放置をしているわけではない、計画の途中である、意図はあるのである」と訴えられたときに責任逃れをするためなのか、と。)
・97年の河川法改正で「住民参加」を入れようとしたときに、各省から反対があるならわかるが、法の番人である(内閣)法制局がもっとも強く反対した。反対の理由は、今まで、住民参加を認めたのは、私権を制限するときだけで、関係住民に意見を聞くのはスタンダードな手続きではない、と言われた。
・河川局は孤立無援だった。それをどうクリアしたのかは言わない。無理してでもクリアしたわけだが、無理な業務を後輩たちにやらせているが、少しづつ歩んでいくのかなと。
・
(ここで私まさのは考える。竹村さんは「これまでに関係住民の意見を求めたのは、3つの法律しかない」とパワーポイントで以下を指し示したけれど・・・・
===============
河川法(河川整備計画)第十六条の二
河川管理者は、前項に規定する場合において必要があると認めるときは、公聴会の開催等関係住民の意見を反映させるために必要な措置を講じなければならない。
都市計画法(公聴会の開催等)第十六条
都道府県又は市町村は、次項の規定による場合を除くのほか、都市計画の案を作成しようとする場合において必要があると認めるときは、公聴会の開催等住民の意見を反映させるために必要な措置を講ずるものとする。
土地収用法(公聴会)第二十三条
国土交通大臣又は都道府県知事は、事業の認定に関する処分を行おうとする場合において、当該事業の認定について利害関係を有する者から次条第二項の縦覧期間内に国土交通省令で定めるところにより公聴会を開催すべき旨の請求があつたときその他必要があると認めるときは、公聴会を開いて一般の意見を求めなければならない。
===============
・・・・実際には、この同じ97年(前年の96年から)に、同じ内閣法制局で、環境影響評価法の策定作業が行われていた。そこには、生身の人間の参加とは若干違うけれど、私権を持つものや関係住民どころか、「環境の保全の見地からの意見を有する者」(第8条)が意見書を提出できることになった。
全世界の誰もが意見を言えるとする法律が、日本で同時期に成立したことを忘れてもらっては困るなぁと思った。
===============
環境影響評価法 (方法書についての意見書の提出) 第八条
方法書について環境の保全の見地からの意見を有する者は、前条の公告の日から、同条の縦覧期間満了の日の翌日から起算して二週間を経過する日までの間に、事業者に対し、意見書の提出により、これを述べることができる。
==============
シンポジウム終了後、竹村元局長のところへ、ススススと行って「あと、1、2分、内閣法制局の話を聞かせてください」と言ったら、「オフレコです」という。
「もう今日、言ってしまったではないですか」
「まさのさんには言わない」
「え。私のこと知っているんですか」(ま、そうか)
「まさのさんに余計なことしゃべったら、後輩たちに何言ったんだってしかられる。国交省研修では言っているんだけどね」
「じゃ、いいじゃないですか」
「オフレコ」
というわけで、国交省研修を受けた若者官僚からのチクリを募集します(笑)。
それにしても、住民参加のことを「無理な業務」と言い、「無理な業務を後輩たちにやらせている」という発想はなんとも、いやはや、な発想だ。元河川局長が気にしているのは国交省の後輩たちのことであって、先陣を切って「住民参加」を導入した河川行政で、日本国民がどう日本の川を考えるようになったかではないのだ。
他にも、多くの面白い論点がありましたが、また、機会と時間があるときに!
まさのあつこ atsukom@mrj.biglobe.ne.jp
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2005年12月14日 基本方針と整備計画の関係の「確認」 (カテゴリー: 法律・制度 )
今回の12月3日日弁連シンポジウム「河川管理と住民参加」の最大の成果は、以下のやり取りだと思います。シンポジウム実行委員会事務局長の赤津加奈美弁護士が、おっとりした関西弁で、布村明彦・国交省河川局河川計画課長でも竹村公太郎・元河川局長でも「どなたでもよろしいんですが、お答えいただければ」と2度3度と諦めずに同じ質問を繰り返し、逃げられないと観念して、やっと竹村元河川局長が応じた答えです。
∞ ∞ ∞
赤津加奈美弁護士の質問
「97年の河川法改正の国会審議のときに、当時の尾田河川局長が、「基本方針で定めた中ではこの整備計画がどうしてもできないということになれば、またこの基本方針のあり方についても再度検討をする」と答弁をされています。それについてはどうですか? 」
竹村公太郎・元河川局長
「私は当時の課長だった。これはね、なんでもあると思う。ダムがだめなら次の代替案はある」
∞ ∞ ∞
このやり取りは、今、各地で問題になっていることと関係します。
赤津弁護士の質問は、住民参加で整備計画を策定する際に、基本方針に遡って反映されるということがありえる仕組みですね、という確認です。
そして、竹村さんは、当然ながら、当時の尾田栄章河川局長の国会答弁を肯定し、「ダムがだめなら次の代替案はある」と答えた。
つまり、ダムを作る作らないは、河川整備基本方針の中で基本高水を定めると同時に、ほぼ自動的に決まってしまいますが、住民参加で整備計画を作った段階で、それと方針とが会わない場合は、方針のほうを変えることがありえる(=なんでもある)ということ。
シンポジウムの中で、長野県砥川流域協議会座長の宮坂正彦氏は、「住民はダムによらない川づくりをしたいのに、基本高水(基本方針の中でだけで定められる)が住民参加の足かせになっていた。流域の7~8割がダムなしを望んでいたのに最初から国が決めた基本高水をもとにしか提言ができず、基本高水をのまないと、流域住民が必要とする河川整備に着手してもらえず、改修が後回しになった。現在は、基本高水協議会ができた」と報告を行った。
まさに、尾田・元河川局長が答弁したことの現在進行形。
住民参加が方針の再検討をさせる道にたどり着いたことを意味します。
そして、河川整備基本方針は、策定されてしまったけれど、吉野川の流域住民が、整備計画策定においてこれから取り組もうとしている課題そのもの。
それだけではない、全国の河川にとっても意味を持つので、当時の国会質問と答弁、非常に意味深いので、そのまま、議事録から引用します。質問者は、増田敏男議員は、自民党の議員だった人です。
∞∞∞
衆議院 建設委員会 平成09年05月07日
増田敏男
○今回の改正の眼目の一つとして、地域の声を河川行政に反映していこうというようなことが実は掲げてあります。住民の意見聴取手続を義務づけたのは河川整備計画のみであって、河川整備基本方針は従来どおり河川審議会の意見を聞いて策定するということにされております。
各河川の長期かつ基本的な方針は、今後行われる具体の河川整備の出発点であり、基本方針にも地域の意向が十分反映されていかなければならない、このように考えます。担当としてはどう考えておりますか。見解を伺いたい。
尾田栄章・建設省河川局長
○ただいま先生御指摘の河川整備基本方針に関して住民意見の反映をする手続が定めておらないということに関しまして、御批判をいただいておるのは重々承知をいたしておるところでございますが、私どもとしては、この河川整備基本方針と定める事項と申しますのは、全国的なバランスを考えた上で、いわゆる河川の流域が持っております社会環境、自然環境から科学的、技術的に決まってくるような基本高水流量、計画高水流量というような、ある意味では抽象概念でございます、そういうものを定めるという作業が河川整備基本方針でございます。
そして、この河川基本方針というのは、そういう意味合いで、まさに科学的、技術的に決められるべき、水系一貫をして上流から下流まで、上流に降った雨が下流まで、同じような雨の降り方の場合は下流まで安全に流し得る、上流で降った雨を途中で流域の中に入れるというようなことになれば、まさに人工災害という批判も受けるわけでございまして、そういう水系を一貫をして流量計画をつくる、そしてまたその計画自体が全国の同種、同規模の河川は同じような安全度を持つ、そういう視点に立って調整をすべき事項であるという観点について、その手続を定めておるところでございます。
そして、この河川整備基本方針に従いまして、ダムをどこにつくるか、どこに堤防をつくるか、そういう個別の事項につきましては、すべて河川整備計画の中で定めます。この河川整備計画については、まさに住民の皆さんの御意見、地方の御意見が反映できるように、そういう形で整備計画の案の段階でお諮りをして議論をいただくということを考えておるわけでございます。
そういう意味合いで、基本方針で定めた中ではこの整備計画がどうしてもできないということになれば、またこの基本方針のあり方についても再度検討をする、そういう仕組みを考えておるわけでございまして、この河川整備基本方針に住民意見の反映の手続がないということをもって住民意見の反映がされていないという御批判は当たらないと私は考えておるところでございます。
∞ ∞ ∞
まさのあつこ atsukom@mrj.biglobe.ne.jp
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2005年12月09日 判例の積み重ね(米国のお話) (カテゴリー: 法律・制度 )
12月3日に行われた日弁連、近弁連、大弁連主催の「河川管理と住民参加」のシンポは圧巻でした。2つの日本の最新の訴訟に関連づけて、まずは、米国から来日したディビッド・L・ウェグナー氏(以前は内務省開墾局のエンジニアだった方)に聞いた話などを続けてレポートできればと思います。「アメリカにおける環境法の進化とその日本への適用」という題目での特別報告でしたが、ここでは米環境法史についてはすっ飛ばし、私が学んだポイントを3つ整理します。
以下、太字はウェグナー氏の論点、それ以外は私の意見・解釈です。
1.米国では、環境訴訟は二つ面から行われるようになった
プロセス違反(手順や手続)
テクニカル違反(適切な科学にもとづいているかどうか)
日本では、「プロセス違反」については、川辺川利水訴訟や永源寺第二2ダムのように当然の判決が出始めた。が、テクニカルな違法性という側面からは、常に「政策判断の範囲」などとして門前払いを食ってきた歴史が長く、小田急線連続立体交差事業のような「テクニカル違反」の範疇に入るもので勝てたのは、ほとんど初めてではないでしょうか?
2.米国の環境訴訟にとっても重要な意味を持つ法律が2つできた
・NEPA(National Environmental Policy Act 1969)とそれを補足する州法
・種の保存法(Endangered Species Act 1973)
NEPA(国家環境政策法)は、日本で言えば約30年遅れてできた環境アセスメント法を含む法律ですが、大きく違うのは、日本は事業を前提として行うものであるのに対し、米国のNEPAでは、事業をやらない選択肢も入れた環境影響評価が行われます。
「以前は政府だけが、事業の決定に関わることができた。しかし、1969年のNEPAの成立によって、誰もが参加することができるようになった」とウェグナー氏は言いました。
日本でも、環境、社会、経済的な側面も考慮に入れた選択肢を評価できる制度に改正していかねばなりませんね。大きな課題です。
3.次々と成立し、進化した環境法を使って、今次々とLegal Review(法的な精査=つまり環境訴訟)を行っている。例えば、グレンキャニオン保護法ができ、1996年に、それに加えてNEPA、種の保存法によって精査して裁判に持ち込み、政府の意に反して、グレンキャニオンダム撤去につながった。
グレンキャニオン他3つの事例を上げてこのことを説明されました。Legal Review(法的な精査)というのが、イマイチ、講演では理解できなかったので、休憩時間に、さささっと近寄っていって、「法的な精査って誰がどうやってやっているんですか?」と聞きました。
ウェグナー「環境弁護士だよ。彼らが法廷に持ち込むんだ」
まさの「でもどうやったら、彼らは原告適格を得るの?」
ウェグナー「まず、弁護士資格を取る」
まさの「(うっ、と思いつつ)はいはい。それから?原告適格が必要でしょう?どうやって原告適格を確立するの?」
ウェグナー「種の保存法やNEPAとにらめっこ(詳しく読む)するんだよ。何が適用できるかと」
まさの「はぁ。でも、古いプロジェクトに対して、新しい法律が適用されるの?」
ウェグナー「イェース!」
まさの「日本じゃ考えられない!」
ウェグナー「今日も講演した通り、米国だって長い歴史があったのさ。一晩でできたわけじゃないって言ったでしょう?」
まさの「日本では、原告適格を確保したつもりで、裁判に持ち込むことができても、すぐに棄却されたりするけど、米国ではどう?」
ウェグナー「米国でも最初はそうだったよ。判例を重ねて重ねてここまで来たのさ」
まさの「今日は4つの事例を挙げられていたけど、それで全部ですか?」
ウェグナー「もっともっとやっているよ。今日挙げたのは日本の人が関心を持つかと思ったほんの一部さ」
ということで、海外の事例報告は、制度があまりに違い過ぎるので、普通はあまり期待せず、この報告に対しても内心、最初はまったく期待していませんでした。でも、ウェグナー氏が講演した中で、この3つが自分の頭の中で整理できたことによって、日本で今後、こと「環境法」を考えた場合に、何をしなければならないかということが、すっきりと見えてきたので、たいへん、たいへん、有意義でした。
これは、このシンポジウムのほんのさわりです。
さて、本日から週末にかけて時間が取れないので、この続きは来週になるかもしれません。
まさのあつこ atsukom@mrj.biglobe.ne.jp
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2005年12月09日 司法による行政チェック(その2 永源寺第2ダム) (カテゴリー: 法律・制度 )
大阪高等裁判所はまだ、情報提供の質・量・スピードが最高裁には追い付いていませんね。でも、数年前と比べると大進歩。前は、過去の判決文が欲しいとなると、裁判所に電話をしても「分からない」と言われたものです。事件を扱った弁護士さんを見つけて・・とたいへんな遠回りが必要でした。今は、過去のものについては、下級裁主要判決情報の検索ページが出来ています。
頑張れ裁判所!
というわけで、その2は2005年12月8日
農水省が、滋賀県の愛知川で土地改良事業として計画していた「永源寺第2ダム」の事業計画決定の取り消しを求められた訴訟。大阪高裁が、「ダムの規模を誤って設計した重大な瑕疵」として、事業計画の決定の「取消しを免れない」としました。
これは、川辺川の土地改良事業の利水裁判で、死者に同意のハンコを押させて、違法だと判決を受けて、国もぐうの音もでなかったのに続き、農水省の大チョンボですね。問題外というか、特にコメントありません(^^;)。
原告のみなさんが訴えたからこその結果であり、原告と弁護士のみなさんにただただ敬意を表します。
以下、ご参考まで(弁護士さんにいただいたものの転載です)。
=========
裁判要旨(骨子)
1 原判決主文第1,2項は相当であって、これに関する控訴を棄却すべきであり、同第3,4項は基本的に相当であるところ、一部相当でない点があるので、その点を変更し、同第5項は、控訴人目録3の控訴人溝上君江の夫の溝上捨吉、控訴人野田清司及び同野田哲夫宛の異議についての各決定の取消しを求める同控訴人らの請求は理由があるから、同各決定を取り消す。
2 すなわち、本件事業計画決定には、決定の時点で、ダムの規模を誤って設計した重大な瑕疵がある。この瑕疵は、ダムの貯水容量を算定し、また、ダムの規模を設計するために被控訴人側が定めた通達等所定の地形調査の一部やボーリング調査等の地下地質調査の一部を実施せず、事業計画の決定の際に把握すべきであった建設予定地の地形や地質が正確に把握されなかったことにより生じたものである。そのため、少なくとも、通達による投資効率の算定値基準を充足しない可能性が生じる結果となり、結局、経済性の要件についての適正な審査がされずに、その点が看過されたまま本件決定がされたというべきである。その点が看過されると、国や地方自治体の多額の公金を含む多額の費用の投入が予定されている大規模な国営の土地改良事業である本件事業について、法及び令が国民経済的な観点から規定した経済性の基本的な用件が無意味になってしまいかねないというべきである。
3 そして、土地改良法は、本件事業計画の決定が専門的知識を有する技術者の調査・報告に基づいてされなければならないとしているところ、本件事業についての調査・報告は、上記の諸点に基づく瑕疵について調査された形跡がなく、またその旨の報告もなく、不十分であり、土地改良法の趣旨に反するものといわざるを得ず、本件決定は、実質的に専門的知識を有する技術者の調査・報告に基づいたものともいえない。
4 このように、本件事業計画の決定には、極めて重大な瑕疵があり、それは適正手続に反するもので、その決定が専門的知識を有する技術者の調査や報告に基づかなければならないものと定めた土地改良法の趣旨に反し、いずれの観点からも違法であって、本件事業計画の決定は取消しを免れず、控訴人目録3の各控訴人の関係で異議申し立てについての上記の各決定は、取消しを免れない。
==
まさのあつこ atsukom@mrj.biglobe.ne.jp
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2005年12月09日 司法による行政チェック(その1小田急) (カテゴリー: 法律・制度 )
2日立て続けに、司法による行政チェックの機能を広げる判決が出ていて喜ばしい。最高裁も最近、情報提供が進んでいます。このページから見ることができます。 一つは、原告適格の拡大。
2005年12月7日
大法廷判決 小田急線連続立体交差事業認可処分取消,事業認可処分取消請求事件
=============
判決の要旨:(最高裁ウェブサイトよりそのまま)
1 都市計画事業の事業地の周辺に居住する住民のうち事業が実施されることにより騒音,振動等による健康又は生活環境に係る著しい被害を直接的に受けるおそれのある者は同事業の認可の取消しを求める訴訟の原告適格を有する
2 鉄道の連続立体交差化を内容とする都市計画事業認可の取消訴訟において事業地の周辺に居住する住民が原告適格を有するとされた事例
3 鉄道の連続立体交差化に当たり付属街路を設置することを内容とする都市計画事業認可の取消訴訟において事業地の周辺に居住する住民が原告適格を有しないとされた事例
=============
ポイントは、「行政が絡む事業において、裁判を起こすことができる人の幅」が広がったこと。
これまでは、民間の事業であれば、「地権者」がNOと言えば、裁判を起こすまでもなくできなかった。ところが、この小田急線の事業のように行政が絡んだ都市計画事業や、その他のすべての公共事業では、「地権者」や「周辺住民」がNOと言ってもゴリ押しができて、それを誰も止めることができなかった。
ことに、裁判となると、「地権者」つまり、その事業が行われる場所に「私権」を持っていなければ、裁判すら起こせなかった。
それが覆されて、それ以外の「周辺住民」にも、裁判を起こすことができるようになったこと。
この判例によって、まず確かなことは、「東京都の環境影響評価の対象地域内に住む人、37人」にも、その資格が認められたことです。
ということは、国や自治体でできた環境アセスメント制度がようやく、司法の中でも市民権を得たということではないでしょうか?(違っていたらご指摘ください)
ということは、原告適格という資格の幅もさることながら、事業が進んでしまうよりも早い段階で、裁判が起こせるようになったとも言えるのではないでしょうか?
そしてそれこそが、行政をチェックする司法の機能としてより重要なのではないかと考えます。
国のレベルで環境アセス法ができたのは、くしくも河川法改正と同じ1997年です。
真綿で首を絞めるように、地域住民をいじめてきた公共事業ですが、今度はその逆で、司法を使うことができるようになった地域住民が、異論を持つ公共事業の首を絞めることができる足がかりができたということになります。
今後の行方に、行政から司法へ無言のプレッシャーがあるのではないかと思いますが、最高裁判事の方々は、良識にもとづいて歴史の新しいページをめくっていただきたいと考えます。
司法による行政チェック「その2」と、それらに関連して、12月3日の日弁連などのシンポで米国からきたスピーカー・ディビッド・ウェグナー氏に聞いた話などを続けてレポートできればと思います。
まさのあつこ atsukom@mrj.biglobe.ne.jp
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2005年11月24日 河川法改正~押してもダメなら (カテゴリー: 法律・制度 )
このブログは、「理想的な河川法改正は国会の中にいてはできないなと(力量不足はもちろん、種々雑多な仕事や雑事忙しすぎ)」という実感を元に、「押してもダメなら引いてみな」の感覚で、「外でうごめくことで、しかもできるだけ国会に直接アピールする形ではなく『法改正』が可能か?」「しかも、自分にとってストレスのたまらない形で」という私なりの実験であり挑戦です。人間、生きるか死ぬかのどちらかなので、やってみないと何事も分からない。
何かを思いつくことは簡単で、次に簡単なのはそれを始めること、次に簡単なのは「とにかくめちゃくちゃでも、回り道をしながらでも、発作的にでも、断続的にでも、続けること」。私にとって難しいのは「戦略」と「計算」と「計画的」であることで、そうなると絶対に続かない。「やれるところまで、やれるペースでやっていれば、それが社会にとって必要なことならば、誰かも同時に考えているし、行動しているし、継いでくれるし、助けてくれる」と。
改正の理念と背景、結果として目指すところは
・ 国民や納税者に、早い段階で満足のいく形で、行政の持つ情報が示されること
・ その情報と国家予算と政策実現の優先順序や必要性について、国民と納税者が自由に議論でき、それが政策決定に反映される環境が確保されること
・ 行政計画が、司法によるチェックを受けることができるようにすること
の3つです。
具体的にそれらが何を示すのか、どのように分かりやすく伝えていくことができるだろうかと、長い間、思ってきました。
たとえば、このブログに「八ッ場ダム」というカテゴリーがあります。それはブックレットの執筆協力を頼まれたのがきっかけでしたが、直接に河川法改正とどう結びつくのか、正直、実感はありませんでした。結びつけて語るということができるとも思っていませんでした。
しかし、ようやく、この個別ダム事業と、私のライフワークの一つである河川法の再改正が、「審議会」というハブを中心に、つながってきたと感じています。
明日は早朝から出張(不妊がテーマ)なので、今晩どこまで着手できるか分かりませんが、この事例が何故、河川法改正と色濃く結びついているのか、じょじょに書いていきたいと思っています。
まさのあつこ atsukom@mrj.biglobe.ne.jp
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2005年11月07日 形骸化を実感せざるを得ない審議会 (カテゴリー: 法律・制度 )
10月26日1時半、吉野川のことが審議される河川分科会が開かれたので傍聴に行った。各地の複数の河川について、「河川分科会河川整備基本方針検討小委員会」の報告を座長が読み上げる形で進行した。該当資料をめくりながら、言及された箇所にポストイットを貼り付けるだけで精一杯の速度で流れていき、その報告が、そのまま分科会の結論となった。
審議委員からは一言の質問もコメントも意見も出なかった。関係自治体の知事として徳島県知事と、その他の代理出席舎がコメントを述べたのみ。失礼ながら、審議委員についてはそこにマネキン人形でも置いておけば充分な様相。
「河川分科会河川整備基本方針検討小委員会」の報告の部を終えて、審議会の休憩中の審議委員を捕まえて「あれでは審議になりませんよね。ポストイットを貼り付けるだけで精一杯のスピードです」と話を聞くと、以外にも率直に「はい」と審議会のあり方に疑問を呈される方がいた。
「審議委員にも、事前に資料が送られてくるわけでもない。事前に説明があるわけでもない。突然、ああやって聞かされて意見をと言われても意見は出ません。地域の事情は時とともに変化するから、前に一度行ったことがある程度では意見も言えない。あのやり方ではダメだと前に再三言ったんですが変わらない」「あのやり方ではダメだとおっしゃっているんですか?」とびっくりして確認すると、「はい」と言う。
実は、社会資本整備審議会だけではなく、他の審議会の委員に聞いても、審議会の形骸ぶりを吐露する人は多い。
審議委員にも、事の本質が分かっているうるさがた審議委員から、マネキン人形・審議委員までいるから、うるさがたの審議委員には、事前に「ご説明」にいって審議会の開催日までにすべて疑問を解消させて審議会当日に疑問がでないように工作するが、それ以外の人には何の事前説明もない、という差別待遇を行う審議会もあることも分かっている。また、ある法律について、もう時代に合わないから「廃止してしまうべきだ」というこの上なく重要な発言を、審議会の中でははっきり述べたのに、議事録では削除してあげたという審議委員もいる。
【河川法から審議会を取り除く改正が必要】
地方分権という概念と、霞ヶ関の一角で開かれる「審議会」はまったくそぐわない。審議を任された審議委員たちが、審議会が形骸化していることを知っていながら出席している。
河川法の第十六条で、「国土交通大臣は、河川整備基本方針を定めようとするときは、あらかじめ、社会資本整備審議会の意見を聴かなければならない」となってしまっているから、これについても、河川法を改正して、この条文を取り除かない限りは、この形骸化した儀式を止めることは誰もできない。
市民参加が求められる一方で、市民参加の余地がまったくない「審議会」が、「民主的な政策決定の手段」として、また、官僚以外の第三者や専門家の意見を聞く機会として、いまだに、そこにある。これはおかしいと言い続けるしかない。
【第十堰についての徳島県知事の意見】
唯一、知事として本人が参加した徳島知事が、発言の機会を自ら求めて発言した点については、廊下で、あらためて、次のように確認した。
まさの「知事は『可動堰以外のあらゆる方法を検討する』という要望を国交省に昨年出し、その要望を国交省が反映させた形で、今回の原案が作成されたとお考えであるということでいいですね?」
知事「はい。ただその表明の仕方が違うということはありますね。しかし、私が平成16年3月に『可動堰以外のあらゆる方法を検討する』ことを要望し、それを4月に国交省が受けた形で「よりよい吉野川づくりにむけて」を発表した。それが原案の中に取り入れられていることは言えます」
現在の知事は、可動堰以外を公約に掲げて出てきた知事だ(第十堰はだから、よくも悪くも、前回の選挙では争点にならなかった。争点にならないほどに、徳島では、第十堰は可動堰にはしないことが、民意として定まったのがこの10年だった)。それが、97年に改正された「古い」新河川法に基づいて、河川整備基本方針を作るからと、今頃になって霞ヶ関で蒸し返したり、議論したりすることの滑稽さといったらない。
地域で10年をかけて培われた世論であり意思を、形骸化した「審議会」につぶさせるよう愚かな真似を、いまどきの国土交通省がするわけはないと思うが、徳島の人々は当然のことながら、釘を刺しまくっている。
詳しくは、 姫野雅義の吉野川日記 をご参照のこと。
まさのあつこ atsukom@mrj.biglobe.ne.jp
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2005年10月25日 明日の河川整備基本方針検討小委員会 (カテゴリー: 法律・制度 )
河川整備基本方針検討小委員会などで、河川整備基本方針が急ピッチで策定されていることを先日お伝えしましたが、明日、10月26日 午後1時半に国交省11階特別会議室にて、吉野川など5河川の河川整備基本方針がテーマに、小委員会が立つことになったようです。
開催するならするで、常識的な「事前」の範囲に公表すべきではないか?
今どき、どちらにしても、傍聴はさせるのが標準にはなったわけだし。
開かれた行政への次なる一歩を踏んで欲しい。
まさのあつこ atsukom@mrj.biglobe.ne.jp
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2005年10月23日 利根川・淀川・吉野川と、河川整備基本方針 (カテゴリー: 法律・制度 )
昨年7月~12月にかけ何カ所かで、たとえば、「青の革命と水のガバナンス」研究会で、「いま何故、河川法再改正か」 (パワーポイントファイル)などを発表してから1年が過ぎた。97年の改正以来、いまだに109水系のうち29水系(04年9月時点)しか、新河川法に基づいた河川整備基本方針が策定されていないなどの批判を行った。どちらの会場にも国交省の方が現れ、議論もしたので、この批判はやがて担当者のところへ届くだろうとは思った。
周辺取材で、今年になって国土交通大臣が「早く策定せよ」という命令を出したことが分かった。一定の成果が出たと考えたいところだった。しかし、「質」が悪すぎた。
たとえば、徳島県の吉野川。
住民投票、徳島市長や徳島県知事の意思表明などをはじめとして、川に対する考え方が、この地域ではこの10年でまったく変わったことが明らかであるにもかかわらず、その「質」の変化をまったく反映しない形で、河川整備基本方針の策定手続が進んでいるのだ。
オソマツな手続がうまく説明されている報告を見つけたので、以下、水源開発問題全国連絡会の共同代表嶋津暉之さんの許可をいただき転載します。
利根川水系や淀川水系などの
河川整備基本方針を急ピッチで策定する動き
水源開発問題全国連絡会事務局
社会資本整備審議会河川分科会河川整備基本方針検討小委員会
全国の一級水系109水系のうち、今までに策定された河川整備基本方針は10月14日現在で32水系ですが、国土交通省は2007年度までに基本的にすべての水系について河川整備基本方針を策定する方針を打ち出し、利根川水系や淀川水系などの河川整備基本方針を急ピッチで策定する動きをはじめました。
といっても、河川整備基本方針の内容は旧河川法時代につくられた工事実施基本計画をほとんどそのまま踏襲するものですから、大変なエネルギーをかけないと出来上がらないというような代物ではありません。社会資本整備審議会にかけるという手続きを経なければならないだけのことです。本来は新河川法の理念に基づいて、すなわち、環境のことにも配慮して治水計画などを根本から再構築することに河川整備基本方針策定の意義があったはずですが、そのような意義などはどこかに飛んでいってしまいました。
各水系の河川整備基本方針を審議するのは、長ったらしい名の「社会資本整備審議会河川分科会河川整備基本方針検討小委員会」です。
10月3日、12日には利根川水系と淀川水系についての小委員会が開かれました。その前の9月26日に開かれた小委員会は吉野川水系と常願寺川水系(富山)が議題で、基本方針案をそのまま了承しました。吉野川と常願寺川の委員会はたった2回開かれただけでした。利根川水系と淀川水系も似たようなもので、10月3日は治水、12日は利水と環境をテーマとし、あと1~2回で終わるような雰囲気で進んでいます。
10月3日、12日の小委員会は利根川、淀川についてそれぞれ1時間、計2時間という委員会でした。3日、12日とも、40分程度、事務局(布村河川計画課長)が説明し、残りの時間は委員のうち、地元委員(知事代理や一部の市長等)が要望のような意見を述べ、あとは専門家としての委員数人が意見を述べて終わりでした。意見に対する事務局の答えは3回目にまとめて行うということでした。とくかく急ピッチの委員会であって、利根川と淀川という日本で有数の大河川を本当に短い時間で、おそらく全部で3~4回の委員会で審議したことにしてしまおうというのですから、無茶苦茶なやり方です。
この委員会は一応傍聴可能となっているのですが、そのスペースが確保されていないので、3日の委員会では6人の傍聴を強引に認めさせたものの、そのうち、3人は立ち見となりました。
従前の数字と変わらない、河川整備基本方針の基本高水流量
河川整備基本方針において最も重要な点は、基本高水流量(○○○年に1回の最大洪水流量)の設定にあります。工事実施基本計画では基本高水流量を現実性のない過大な値に設定し、それによってダム建設の必要性をつくりあげてきました。工事実施基本計画の多くは30~40年前に策定されたもので、観測データ数が少なく、計算手法として相応しくないものも含まれていました。その後、観測データがかなり蓄積されてきたのですから、河川整備基本方針の策定にあたっては科学的に基本高水流量を計算し直すことが期待されていました。そうすれば、多くの河川では基本高水流量はぐっと小さな値になるはずです。
ところが、国土交通省は、30~40年前に決めた工事実施基本計画の基本高水流量をそのまま踏襲するという方針をひそかにきめ、従前の基本高水流量は妥当であるという一応の根拠を出して、基本高水問題を終わらせるようになりました。国土交通省が示した根拠とは、流量確率法と既往最大流量による検証です。
流量確率法とは、毎年の最大実績流量から統計手法で直接、○○○年に1回の最大洪水流量を求める方法です。それに対して、従来の手法は、まず○○○年に1回の最大雨量を求めてその雨量から流出モデルを使って○○○年に1回洪水流量を求めるやり方で、雨量確率法といわれているものですが、この計算手法は計算者の判断要素がいくつも入るところがあるため、恣意的に数字を大きくすることが可能でした。それに対して、流量確率法はもっぱら統計計算ですから、本来は客観性のあるものです。しかし、国土交通省の○○知恵というべきでしょうが、実績流量として観測流量を使わずに、別の数字を使って流量確率計算を行うというテクニックを弄するようになりました。すなわち、観測流量には氾濫流量やダム調節量が入っていないということで、それらを加算したものなどを使うようになったのです。氾濫流量などは適当に膨らませることができますから、実績流量を大きくすることができます。その他に統計手法として大きな値が算出されることが最初から分かっている、相応しくない手法もわざわざ入れるようにしています。また、既往最大流量の方は随分昔のことですから、適当に数字を膨らませることができます。
利根川と淀川については基本方針の案そのものはまだ提案されていませんが、3日の会議資料には次の計算結果が示されていました。
利根川の八斗島地点の基本高水流量 22,000m3/秒について
流量確率法による検証 20,200~30,300m3/秒
既往洪水による検証 1947年洪水 22,000m3/秒
検証の結果 基本高水流量は妥当
淀川の枚方地点の基本高水流量 17,000m3/秒について
流量確率法による検証 13,200~17,600m3/秒
既往洪水による検証 1885年洪水 17,000m3/秒 1802年洪水 22,000m3/秒
検証の結果 基本高水流量は妥当
流量確率法と既往最大流量による検証を行った結果、従前の基本高水流量は妥当だという結論です。しかし。利根川については八ッ場ダム裁判の関係で住民側は同様な検証を行っていて、22,000m3/秒が非常に過大であることを明らかにしてきています。ところが、国土交通省の検証では同様の手法を使いながら、22,000m3/秒が妥当だということになってしまうのです。数字の操作によるものです。
セレモニーとしての社会資本整備審議会の小委員会
基本的な数字は工事実施基本計画とほとんど何も変わらないのですから、河川整備基本方針を策定するといっても、従前の工事実施基本計画のうち、河川整備計画に書くべきことを抜いて、その表紙を取り替え、「河川整備基本方針」という表紙をあらたにつけるだけのものです。
そして、たいそうに社会資本整備審議会の小委員会で審議するといっても、短時間の会議を数回開いておしまいというものです。小委員会の構成は、専門家としての委員が約20名、地元代表的な委員(市長等)が数名、あとは各都道府県知事ということで合わせて30名強というところですが、専門家の意見は理解の浅いものが多く、科学的な審議など、とても期待できるような構成ではありません。セレモニーとしての委員会なのです。
河川整備の基本となるべきものが全く形式的な手続きを踏むだけで、セレモニーとしての委員会を通過するだけで、決定されていくのは本当に腹立たしい限りです。
セレモニーだけの審議に終わらせないようにするためには、大勢の市民が押しかけて審議の様子を監視するとともに、市民からの意見書を委員会にどしどし出していく必要があります。現実の委員会は傍聴可能になっているとはいえ、傍聴席がほんの少ししか用意されておらず、また、意見書を出しても受け付けるかどうかも分からない状況です。そのような状況に風穴をあけるためにも、委員会の傍聴に大勢の市民が押しかけて、真に開かれた委員会にすることを求め続けていくことが必要です。是非、皆様も委員会の傍聴にご参加ください。
また、上述のように、国土交通省は数字の操作で「従前の基本高水流量は妥当である」という根拠を出してきています。その計算のカラクリが明らかにするため、事務局では情報公開法により、各地方整備局に対して計算の元データの開示を求めました。
なお、河川整備基本方針は長期的な方向を示すものであって、ダム等の具体的なものに踏み込むものではありません。ダム等の具体的な内容を記す河川整備計画の段階で私たちは何としてもダム等の記載に対抗していかなければなりませんが、その前哨戦として、河川整備基本方針の策定に対しても私たちはできるだけの対抗措置をとっていかなければなりません。
以上、水源連だより(2005年10月20日発行)から転載終わり。
まさのあつこ atsukom@mrj.biglobe.ne.jp
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2005年10月15日 改正行政手続法 (カテゴリー: 法律・制度 )

あ~、すごく忙しかった。今月は誕生月で近所に住む友だちがバースデーケーキを持ってきてくれたのだけど、玄関で「ありがとう!」と受け取って終わる始末で、翌週末にはご飯を食べに来てもらって久しぶりにくつろぐことができた。
しかしその後も連夜4時くらいまでお仕事と格闘で、一つの仕事の休憩に他の仕事をして頭の一定箇所を順々に休めるという、まぁ、火事場のバカ力って出るもんだなという感想。
まだ火事は続いているけれど、先日、運営委員としてお世話した学習会の報告をやっとさっき書き上げたので、報告だけさせていただきます。
こちらです→報告【改正行政手続法で「意思決定における市民参加」はどうなるか】
実は、このサイトの重要なテーマである河川法改正とたいへん重複するテーマです。いかに計画段階から住民その他に情報を明らかにして、納税者にとって、あるいは未来世代にとって適切な政策や事業を決定していくかという問題です。
行政手続法が制定された平成5年の時にも落ちてしまい、今回の改正でも落ちてしまった行政計画の計画段階でその内容を明らかにして住民の意見を聞くと言う一般手続が、またまた課題として残りました。
まさのあつこ atsukom@mrj.biglobe.ne.jp
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2005年06月11日 河川行政での住民参加その5 (カテゴリー: 法律・制度 )
1日1項目づつと思っていたら、いつまでも終わらないので、今日は、残り全部について一気に書きます。一気に書く理由が、もう一つ。発想を転換しようと決めたからです。
先日(6月9日)、「持続可能な開発のための日本評議会(JCSD)」の定例会に顔を出し、久々に「アサザ基金」飯島博さんの話を聞いたのが契機です。「市民参加はもう古い、これからは行政参加だ」というのを聞いて、ストンと、そうだなと思いました。
こうして河川法16条と16条の2の枠の中で問題を並べて理想を述べたところで、所詮、河川法の枠内、国土交通省の土俵の上だけの話にとどまってしまうことが問題だと思っていました。
たとえば農業用水。彼らには越えられない壁がある。
現実社会や時代の流れに対応することはできない。
ならば、河川法という枠組みを現実に合わせようとする試みではなく、現実を主体として、縦割りの箱の中にいる行政の一部署、一部署を、現実世界への参加者として、招きいれ、つなげていけばよい。法律はあとからついてくる。
どう行政を動かすかと考えていた。けれど、行政は一つのアクター(アクションを起こす人)でしかない。「アクターは誰なのか」、それをテーマに、ここから先は動いていこうと思います。
というわけで、長くなって恐縮ですが、以下、河川整備基本方針をもとに作られるはずの河川整備計画についての課題です。
河川法
=====
第16条の2【河川整備計画】
(もとの条文を一部端折ります。)
●第1項
河川管理者は、河川整備基本方針に沿つて計画的に河川の整備を実施すべき区間について、河川整備計画を定めるおかなければならない。
【現在の問題】
1) 方針が未策定(旧法に基づく経過措置)のまま計画策定が先行
2) 方針の根拠が非公表のまま先行
3) 方針とかけ離れた現実路線を行きつつ、方針の非現実性を放置(見て見ぬふり)
4) 住民参加は義務規定ではない
【理想の案】
1) 方針の中身、根拠が公表されていなければならない
2) 住民参加機会の確保を義務とすべき
● 第2項
公害防止計画との調整/河川の総合的な管理の確保/降雨量、地形、地質その他の事情によりしばしば洪水による災害が発生している区域での災害防止、軽減のための必要な措置
【現在の問題】
1) 縦割り
【理想の案】
1) 地域に任せるべき
2) 防災情報、危険情報の公開が前提(リスクコミュニケーション)
3) ハザードマップの公開
4) 都市計画、まちづくり、環境汚染対策との統合を地域レベルで
● 第3項
河川整備計画の案を作成しようとする場合において必要があると認めるときは、河川に関し学識経験を有する者の意見を聴かなければならない。
【現在の問題】
1) 物言わぬ不勉強な”学識経験者”
2) 事務局の言いなり・追従
3) 河川管理者による恣意的な選任が可能
【理想の案】
1) 学識経験者は、科学的検証、データの正当性の確認のためにいるべき存在にとどまり、情報提供、選択肢の提示をする立場であるべき
2) 意思諮問機関や、河川管理者の意見のお墨付きを与える立場や隠れ蓑になってはならない。
3) 科学的検証、データの正当性の確認ができない学識経験者は、「学識経験者」ではない。「評論家」は要らない。
●第4項
必要があると認めるときは、公聴会の開催等関係住民の意見を反映させるために必要な措置を講じなければならない。
【現在の問題】
1) 必要かどうかの判断は河川管理者
2) ガス抜き
3) 反映の義務なし
4) 必要な措置をとればよし、聞き置くことが可能
【理想の案】
1) 聞き置くだけの公聴会ではなく、応答義務、反映義務を課す
2) 応答できない、反映できない場合はその正当な理由を示さなければならない。
3) 不服申立制度(計画決定を行政処分とみなす)
● 第5項
河川管理者は、河川整備計画を定めようとするときは、関係都道府県知事又は関係市町村長の意見を聴かなければならない。
【現在の問題】
照会内容、意見内容は公表されない
【理想の案】
公表すべき
● 第6項
河川管理者は、河川整備計画を定めたときは、遅滞なく、これを公表しなければならない。
========
というわけで、机上の頭の体操は終わり。
昨年8月末に、Vivaの後藤隆さんに、このコーナーをもらって以来、約10ヶ月。社会復帰を目指す私にとって、ここは、インキュベーター(孵卵器)でした。「河川法、もう一回、変えさせなくちゃ」という思いで、何ができるか分からないままに、書き始めたけれど、ようやく、自分自身の中での準備が整いました。
あとは、行動あるのみです。
まさのあつこ atsukom@mrj.biglobe.ne.jp
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2005年06月02日 河川行政での住民参加その4 (カテゴリー: 法律・制度 )
口では言えない恥ずかしい間違いを犯してしまった。ううう~~。言いたくない。でも馬鹿をさらして等身大でいくのが私の流儀。だから馬鹿をさらしてしまう。(さらに補足6月8日)
昨年の夏、1年ちょいぶりの社会復帰をしたとき、オーフスネットの勉強会で「日本における市民参加の現状と課題― 河川法を題材として ―」と発表をすることになり(04年7月29日)その前後にだったと思うが、淀川のことを調べるために、淀川の河川整備基本方針ください(重要な点を補足します。実際には旧法に基づく「工事実施基本計画」というもので、1997年の河川法改正以来、旧法に基づく、「経過措置」のまま、「みなし河川整備基本方針」として使っているものです。補足6月8日)、と国交省の出先である近畿地方整備局に電話したことがあった。
いったんは「はい」とお返事があったものの、結論として「公表しているものではないので差し上げられない。開示請求をしてください」と。
もちろん食い下がった。
「あの~、河川整備基本方針を決めた上で整備計画を立てるわけですよね。流域委員会で議論もしていると。流域委員会では、計画の前提となる方針を情報として提供しなかったんですか?」
「はい、そういうことは特になかったと思います」と担当者。
憮然としてしまった。
「当然、公表されているべき資料でしょう。いまどき、ホームページにさえ載せるべき情報ではありませんか?開示の判断なんか要らない提供すべき情報でしょう?」
河川整備基本方針には、河川整備にとって決定的に影響力を持つ数字が載ってはいるのだが、たった数ページで結論しか載っておらず、なんの根拠データもなく、開示請求というのも馬鹿らしい内容だ。
「取りに来てくれるならこっそりあげます」とも言われたが(なんだそりゃ?)、「遠方ですから無理です。結構です」と言って開示請求手続を取るだけとり、東京の別の正式ルートを使って、翌日には手に入れた。(1ヶ月後にもちろん全部開示の知らせが近畿地方整備局から届いたが、その通知を知らせる封筒を見ても「何これ?」と思い出せないほどだった。)
それで、冒頭に書いた「口では言えない恥ずかしい間違い」とは…
私だけの話ではない。
近畿地方整備局担当者ご一堂様および、国交省本省の担当者の話でもある。
河川法をその後よく見ると、 おいこら! 河川法第16条5項に「河川管理者は、河川整備基本方針を定めたときは、遅滞なく、これを公表しなければならない」とはっきり書いてあるじゃないかぁ~!
当時、本省に「地方整備局で開示請求をしてくれと言われたが提供してくれるべき資料ではないか」と電話をすると「地整局でそういわれたならそうしてください」と開示請求を勧められたのだ。
というわけで、それに気づかず、単に直感的に「公表すべきもの」と思って交渉していた私も大馬鹿だが(法的根拠を言えば事足りていたのに)、河川法を読んでいない現場の担当官から本省担当官まで、みんな、みんな、そろって大馬鹿だった。
国交省の皆さん、法律遵守たのみますよ。
というわけで、本当にあったこんなアホな話を含めて、河川法の住民参加に特化した問題点の第4段です。担当官僚が法令遵守していないのは、問題外なので、あえて下記には書き入れませんが、ほんと、よろしく頼みますよ。
河川法
=====
第16条5項【河川整備基本方針】
河川管理者は、河川整備基本方針を定めたときは、遅滞なく、これを公表しなければならない。(原文のまま)
【現在の問題】
河川整備事業にとって決定的な影響力があるが、その根拠が示されていない。(「方針」というわりに、それだけを見ても、なんの意味も見いだせない)
【理想の案】その根拠データを一緒に公表すべき。
=====
ただし、なぜ、河川整備基本方針を、河川整備計画のための話し合いのテーブルに出したくないか、知れば知るほど、推察できるようになってきたのが、この半年です。それもまたおいおいに。
まさのあつこ atsukom@mrj.biglobe.ne.jp
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2005年06月01日 河川行政での住民参加その3 (カテゴリー: 法律・制度 )
この時代、審議会のようないわゆる「第三者」による委員会というものの意味や意義を考え直した方がいい。「当事者」委員会でなければならないものの方が増えているのではないかと思う今日この頃です。
というわけで、ものすごく飛び飛びで恐縮ですが、ようやく第三弾。
河川法
(条文のままだと分かりにくいので( )で解説したり、端折ったりします。)
=====
第16条3項【河川整備基本方針】
国土交通大臣は、河川整備基本方針を定めようとするときは、あらかじめ、社会資本整備審議会の意見を聴かなければならない。 (都道府県知事の場合は、都道府県河川審議会の意見を)
【現在の問題】
(一級河川の場合)1) 109水系の事情を審議委員が知るわけがない。2)基本高水の検証などできるわけのない学識経験者(マスコミ、専門外の学者、御用学者など )もいる。例にあげてすみませんけど、たとえばこの方々を皆さん、どう思われます?3)事務局である河川局のシナリオ通りに進むだけ。4)議事録を見てもなんの議論もなし。5)専門家たるものが専門家の役割を全く果たしていない。
【理想の案】
1) 審議会を廃止し、公募も含めた形の住民参加により、情報公開を前提に決定。
=====
第三者が他人事として話しをするよりも、せめて、「公聴会」で、徹底的にちまたにある意見や考えが、公開・公式の場でたたかわされることが重要だろう、それに対する河川管理者としての説明責任が果たされる必要もあるでしょうと、思うわけです。
109の地域の事情を、第三者が客観的に見ると言っても、見られないのではないでしょうか?
実は、昨年、秋から、地元神奈川県を流れる相模川の下流の河川整備計画(方針の次に定めるべきもの)の素案づくりの前段階(詳しくは後日)の会合に出席しています。
現場を神奈川県のかたがたと歩いたりもしましたが、やっぱり、百聞は一見にしかずで、責任をもって政策決定に関わることができる、人間的に可能な範囲というのはあるものだと実感があります。
109水系の河川整備基本方針のすべてを、社会資本整備審議会にかけるというだけでは、それがおざなりで形式的な通過儀礼にならざるを得ないでしょう?と言わざるをえません。
まさのあつこ atsukom@mrj.biglobe.ne.jp
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2005年05月20日 河川行政での住民参加その2 (カテゴリー: 法律・制度 )
前回に続く第二弾ですが、河川法16条2項の後半については、本来、丁寧な解説をする必要がありますが、時間の関係上、ちょっと端折ります。
ただし、下記で出てくる「国土形成計画」ってなんだ?と思う方は、「総合的な国土の形成を図るための国土総合開発法等の一部を改正する等の法律案について」をご覧下さい。
とっくに廃止されていなければならない法律、そしてそれに基づく公共事業の長期計画です。この期に及んで、まだ、国は、公共事業利権にしがみつこうをしているわけです。
そして、そんなものとの調整をはかれということが、河川法では求められています。
河川法(条文のままだと分かりにくいので( )で解説したり、端折ったりします。)
第16条2項【河川整備基本方針】
国土総合開発計画(今国会で「国土形成計画」へ改正予定)、環境基本計画との調整
【現在の問題】
1) ほとんど意味なし、2)形式的
【理想の案】
1)国土形成計画を廃止すべき、2)環境基本計画の根拠法である環境基本法を改正し、市民訴訟条項を入れるべき(環境法に照らし、なんぴとも訴えることができるなど)
ところで、気づくと、国の方で、少し、変化が起きてきていました。
2005年03月24日 「改正の提案その1」でも書いたように、河川整備基本方針の策定は、「一級河川では4分の1強、二級河川に至っては10分の1も進んでいない。7年間でこの調子では、計算上、一級河川で30年近く、二級河川では70年もかかることになる」と予告したのですが、その後、大きな変化が起きたていたのです。
なんと、「河川法改正後、約10年目にあたる平成19年度までに基本的にすべての水系について河川整備基本方針を策定」とされています。
そしてなんと、そのために、「河川整備基本方針検討小委員会の委員を増員していただき、円滑な河川整備基本方針の策定を図ることとしたい」とあります。
この半年、つついた成果なのかもしれないが(気のせいか?)、策定方法が向上するならいいが、単に、旧法の「工事実施基本計画」を踏襲するだけになりはしないか(これまでは実際にそう)と、眉間にしわが寄ってしまいます。
旧法に基づく工事実施基本計画(今は経過措置としてそのまま使われています)が、机上の計算で策定された時点よりも、現在は、実際の雨量データが蓄積されています。
実績に応じた適正な整備方針が立てられるべきであり、工事実施基本計画の踏襲は、許されません。
★ちなみに前回【現在の問題】で言い表した 「2)整備計画策定にあたり非公表」は言葉を端折り過ぎですが、「河川整備計画を策定するにあたり、河川整備基本方針の根拠データを非公表」の意味です。あしからず。
まさのあつこ atsukom@mrj.biglobe.ne.jp
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2005年05月18日 河川行政での住民参加 (カテゴリー: 法律・制度 )
最近、学生さんや学者さんとワイワイやることがあって楽しい。
自己紹介代わりに、河川法のある特定の問題点をエクセル表にまとめて持っていって、ササっとお話をしたのですが、表をアップロードする技術が私にはないのと、一つひとつ多くの人に知っていただきたいのと、両方の理由で、1日約1項づつご紹介します。(全部で12,3項目になりそう)
ある特定の問題とは、もちろん、住民参加です。
河川行政において、環境保全、治水、利水の基本である法律の一つが河川法ですが、そこでの住民参加における現状と問題を、河川法第16条と16条の2の一項一項に沿って、30分ほどでサササっと作成し、「言葉が粗いので、このまま使わないでくださいね」と言いつつ、言葉をまるめている時間がどう見てもないので、今回はその作業を端折って、自分でアップしてしまいます。(粗い言葉に、カチンと来るであろう、特に国交省さん、あしからず。ご異論あればコメントください。あくまで叩き台扱いでご参照ください。)
河川法
(条文のままだと分かりにくいので( )で解説したり、端折ったりします。)
第16条1項と2項【河川整備基本方針】
1 河川管理者(おおざっぱに言うと一級河川は国交省、二級河川は都道府県)は、計画高水流量など基本となるべき方針(これを河川整備基本方針と言います)を定めておかなければならない。
2 河川整備基本方針は、水害発生の状況、水資源の利用の現況及び開発並びに河川環境の状況を考慮しなければならない。(このあと「国土総合開発計画及び環境基本計画との調整」と出てきますがこれは後回しにします。)
【現在の問題】
1) 河川管理者により作為的に策定が可能、2)整備計画策定にあたり非公表、3)第三者による検証不可能
【理想の案】
1) 策定の前提となるデータを公開すべき、2)策定後にデータと数値を公開し十分に説明すべき、3)事前事後にデータの正当性が検証可能となるべき、4)住民、市民団体によるクロスチェックの参加コストを行政が負担し、参加機会を設けて、それを反映すべき、5)治水、利水に対する対策を河川行の縦割りの中だけで考えないためにも住民参加
次回に続く
まさのあつこ atsukom@mrj.biglobe.ne.jp
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2005年03月24日 改正の提案その1 (カテゴリー: 法律・制度 )
風邪をひいて一週間も寝込んでしまいました。さて、2月20日にヨソで語るで書いた通り、「河川法を改正しようョ」と呼びかけ初めて半年以上が過ぎました。以下は12月4日に環境行政改革フォーラムの総会(05年2月5日)でお話するために書いた原稿です。人々と意見を交換しつつ、また、現場を踏みつつ、勉強しつつ、少しづつバージョンアップしていますので、日々の精進の結果、以下の内容からは、すでに私の脳みそもバージョンアップしています。
しかし、途中経過として、提案その1をこちらにも提示しておきます。一段階でもバージョンアップしてしまうと、過去バージョンが実に初歩的なものに思えて恥ずかしいのではありますが。あくまで、旧バージョンとしてご参考まで。
「いま、なせ河川法再改正か」
1997年河川法改正で、河川行政の目的に「環境保全」が、政策決定のプロセスに「住民参加」の理念が導入された。その後、どこまでこれらは実現されているのか。量的、質的に整理、分析し、およびその結果を踏まえて提案を試みる。
量的な分析結果
97年法の新理念「環境の保全」が実現されたかどうかは、ひとえに、一本一本の水系の大枠の方針である「河川整備基本方針」が新報の枠組みで策定されたかどうかということでしか測れない。その結果は【表1】で示すようにさんさんたるものだ。
一級河川では4分の1強、二級河川に至っては10分の1も進んでいない。7年間でこの調子では、計算上、一級河川で30年近く、二級河川では70年もかかることになる。
【表1】河川整備基本方針および河川整備計画の策定状況
水系の数 河川整備基本方針 河川整備計画
策定済み 策定済み
一級河川 109水系 29水系 11水系
二級河川 2700水系 225水系 107水系
*一級河川は04年9月現在、二級河川は03年11月現在の数字
97年法のもう一つの新理念である「住民参加」度を測るには、それが可能となる「河川整備計画」の策定がどれだけ進んだかということになる。しかし、こちらも、【表1】で見る通り、さらに遅れている。
残りの大半の水系で、河川法の附則で認めた「経過措置」という合法的なやり方で、事実上、環境保全も住民参加も許さない、脱法行為が続行中なのだ。
質的な分析結果(国交省の手中にある河川整備基本方針)
97年法では、それまで旧法で国土交通省が決定していた工事実施基本計画が、「河川整備基本方針」と「河川整備計画」の二段階に分けられた。後者で必要と河川管理者(例えば一級河川は国土交通省、二級河川は自治体)が認める場合は、住民参加が可能になった。
しかし、治水計画の鍵となる「基本高水」(ダムがなかった場合に想定される最大の流量)の決定権は、河川整備基本方針を決める段階で、国交省が握ったままだ。その決定過程は、社会資本整備審議会に事務局案として出されるまで、まったくのブラックボックスに入っている。また、同審議会は、単にお墨付きを与えるだけの機能しか果たしていない。
市民団体「水源開発問題全国連絡会」共同代表の嶋津暉之氏によれば、旧法による「工事実施基本計画は、多くの河川で25年~35年前に策定されたものだ。その後、雨量データと流量データが蓄積され、計算手法の検討もされてきたから、新しいデータと新しい手法に基づいて、基本高水流量の再計算が行われるべき」だという。
ところが、新しく方針が定められた一級河川29水系のうちほとんどは、工事実施基本計画の基本高水流量を踏襲しているだけだ。変更があったのは4水系。そのすべては以前よりも大きな設定となった。つまり、より大きな治水施設を必要とするわけである。二級河川 225水系でも、工事実施基本計画の基本高水流量がそのまま踏襲されたものがほとんど。雨量データの見直しで2水系小さくなっただけ。
基本高水は、係数をいじるだけで、洪水の想定量を高く設定することが可能である。かねてから、過大な洪水予測、つまりダムや堤防など過大な治水施設への投資の根拠として使われていると批判されてきた。そして、この係数の設定や計算方法ついて、まったく住民参加による検証や意見反映が不可能なために、公正さ、妥当性が疑われてきた。いまや、国土交通省や自治体関係者の間でも、基本高水が過大で非現実的な設定がなされていることを認める発言が、非公式な場所では漏れ聞こえるようになっている。
こうした中で、公開、公式な場所でも、「基本高水」論争が起きている。
基本高水論争
その一つが国営川辺川ダム事業(熊本県)だ。潮谷知事が、「国は説明責任を果たしていない」と、2001年12月から9回にわたって開催した「川辺川ダムを考える住民討論集会」で、誰もが参加できる機会を確保。そこで、国交省と住民グループの双方の主張をぶつけ合った結果、国交省が「雨量確率法」を採用し、基本高水流量は人吉で毎秒7000トンと算出したのに対し、市民グループは、「流量確率法」を採用し、充分な安全度を見た上で、人吉地点5,500トンを採用し、主張をぶつけ合うこととなった。
単純にこの二つの数字を比較しただけでも、計算方法や前提となる係数の置き方一つで、ダムの必要性を左右するこの基本高水という数字に大きく開きがでることがわかるだろう。これが、今現在も、法律上は、外部検証、クロスチェックなしに国土交通省だけが決定権を握っているわけである。
基本高水論争が起きたもう一つの例が、長野県営ダムだ。長野の場合は、田中康夫知事の脱ダム宣言を受けて、反発した議会が「長野県治水・利水ダム等検討委員会条例」を制定し2001年6月に設置。「長野県治水・利水ダム等検討委員会」で委員15人が審議。流域ごとに部会を設置(7部会)。その一つである砥川については、検討委では、「ダム無し、基本高水200トン」に下げて答申。基本高水を変更する権限のない知事は「ダム無し、基本高水280トンのまま。220トンを河川改修、60トンを流域対策」という枠組み案=「砥川改修計画原案」を提案。県は、「砥川改修計画原案」では「河道内遊水池5カ所、河道外遊水池1カ所」が必要と説明。「河道内遊水池」とは高さ15~30メートルの川を遮るコンクリート構造物で下部に穴。「脱ダムはどこへ行った?」の批判に、それを一端棚上げし、まずは50年に一度の大雨に対応できる河川改修だけを盛り込んだ20年間の「河川整備計画」を国に申請。実際の既往最大洪水量は、160トンであるため、「何もしない」という選択肢もあると言われている。県は5年をかけて「基本高水」を再検証する。
その後、流域協議会(「治水・利水対策等の実現に向けて住民と行政がともに考えていくこと」が目的)も設置され、長野県居住者、財産を有する者、通勤・通学している者で、応募者全員を会員として登録し、話し合いを進めている。
熊本、長野のどちらのケースにおいても、県知事のリーダーシップがもたらした実質的な住民参加が鍵となって、基本高水論争が起きている。ダム事業者(国、自治体)と住民の主張が対等に論じられ比較検討が可能となる場が確保されることが、治水における適正施設が何かを決定するだけではない、危機意識、防災意識を住民が主体的に理解し、考えていくうえでも重要であることは言うまでもない。
形骸的な流域委員会、それでもボトムアップの河川整備計画
河川管理者は、河川整備基本方針を元により詳細な河川整備計画を策定する際、必要であると判断した場合、学識経験者の意見を聴いたり、「公聴会の開催等関係住民の意見を反映させるために必要な措置」を講じたりしなければならない。しかし、このいずれも、「必要」であるかどうかを判断するのは、河川管理者の裁量による。関係住民の意見を反映させるために必要な「措置」の中身も河川管理者次第だ。その例が、各地で設置された「流域委員会」だ。「流域委員会」に関する国交省の説明は、「河川法で規定されているものではございませんが、河川に関し学識経験を有する者の意見を聴く方法として、○○川流域委員会などの名称を用いて委員会形式により、効果的・効率的に意見を聴く場を設けている河川があります。(03年11月の中村敦夫参議院議員(当時)への文書回答)」というものだ。流域委員会が法定委員会でないという事実には、多くの人が驚く。
この流域委員がどのようにして決まるかであるが、先述の嶋津暉之氏による分析によれば、流域委員を公募したのは、一級河川で14水系(04年9月現在)。しかもそれは、中部、近畿、九州地方整備局のみに限られる。二級河川では、03年11月現在、公募したところはゼロである。
流域委員会の選定方法は以下の4パターン
1) 関係機関等から学識経験者に関する情報を入手の上、河川管理者が選定、委嘱、
2) 河川管理者が委嘱した委員による懇談会から意見をもらい、河川管理者が選定、委嘱、
3) 河川管理者が委嘱した委員による準備会議から公募による委員も含め意見をもらい、河川管理者が選定、委嘱、
4) 専門委員は必要に応じ関係機関等から学識経験者に関する情報を入手の上、河川管理者が選定、委嘱。公募委員は河川管理者が委嘱した委員による発足会から意見をもらい、河川管理者が選定、委嘱
国土交通省の文書回答によれば、委員は「河川に関し学識経験を有する者」のはずであるが、実際の流域委員会では、首長、行政担当者、地元大学教授など(河川と必ずしも関係なし)、マスコミがほぼ必須メンバーとして加わっており、その他、受益者(商工会議所、農協、土地改良区、川をフィールドにした活動団体など、自然保護団体、住民などが、お飾りのように据えられているという印象が拭いきれない。
さて、こうして法定外の枠組みで議論された(このこと自体が異常事態であると言わざるを得ないが)結果、策定された河川整備計画には、ある一つの、注目すべき特徴が現れている。
一級河川11水系のうち、計画原案という名前が付けられた1水系も含めると12水系での河川整備計画の目標流量を見ると、「基本高水とは別に、それぞれの河川の状況に合わせた数値が採用されている」(先述の嶋津映之氏の指摘)ものがあるというのだ。例えば、「多摩川や由良川の場合、基本方針ではダムを建設することになっているが、その適地がないため、整備計画は現実に合わせてダム建設を前提としない内容になっている」
つまり、基本高水流量は現実性のない、いわば飾りの数値に過ぎない、というのである。
一方、旧法に基づく工事実施基本計画と違う治水計画を出して、2つのダム計画を事実上消滅させ、突如、役割を大きくさせられた徳山ダムなどのような例もある。つまり、本来、新報に基づき、河川整備基本方針、河川整備計画を策定すべきところを、それらをすべてすっ飛ばして、まったく別の枠組みで、治水計画を作ってしまったわけである。これまた脱法行為と呼ばざるを得ない。
実態を踏まえた政策オプション【結論】
以下は、今後の議論のたたき台として、私が提案する政策オプションである。
1. 河川法再改正事項1:事実上、一部、現在行われているように、外部人材が参加可能な場で、すべての情報が公開された上で、より短期の実現可能な範囲での目標をもとに、河川整備計画を策定。次により総合的かつ長期的な河川整備基本方針を策定する。つまり、現在のトップダウン方式からボトムアップ方式による治水計画の策定へと変換を図る。ただし、公募など参加についての改善も必要である。
2. 河川法再改正事項2:トップダウン方式のままにするのであれば、河川整備基本方針段階からの住民参加を必須事項にする。
3. 河川法再改正事項3:参加の必須条件、例えば、参加コスト、情報の公開提供(治水、利水、環境に関する情報を検証可能な形で公開)、公募のやり方、意見反映の保障など、事業者(行政)とそれ以外の参加者との対等な議論を可能とする条件を整える改正。
4. 河川法再改正事項4:経過措置(現行法は無期限)に期限を設ける。
5. 改正までの措置:基本高水策定過程の完全公開(過大な基本高水、過大な治水事業をはじき出す「建設省河川砂防技術基準」を廃止し、議論を通じての基本高水決定手法へと変換する。
この他、行政手続法や行政事件訴訟法の改正(再改正)により、計画策定手続を行政処分と見なし、また、原告適格の幅をより広げるなど、司法による行政監視能力を高める必要があることは言うまでもない。
まさのあつこ atsukom@mrj.biglobe.ne.jp
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2005年03月06日 脱ダム後の処理 (カテゴリー: 法律・制度 , 八ッ場(やんば)ダム )
昨年末、「自治創造研究会」代表の横田昌三さんから、「ダムが中止された後、どのようなことになっているのか、会で発行しているニュースレター「地域と政策」に書いてくれないか」と依頼がありました。
「地域と政策」の宣伝を兼ね、サンプルとしてその原稿を載せさせて欲しいと頼んだところ、了解をいただきました。連絡先など文末に掲載します。
以下、自治創研レター「地域と政策」(2005.1)掲載の原稿まるごとです。
脱ダムを考える-中止後の処理
まさのあつこ/ジャーナリスト
長良川河口堰が閉まった1995年以後、自然破壊と税金のムダ遣いへの批判は燃えさかった。これが97年、環境保全や住民参加という概念を取り入れた河川法改正やダム事業を含めた公共事業見直しにつながった。ダム等事業審議委員会(95年)、ダム総点検 (97年)、公共事業の再評価制度(99年)、与党三党の中止勧告(00年)と見直しは進み、年間予算も97年に6590億円だったダム予算が04年には3800億円と4割減少した。ダム中止はもはや珍事でない(表1参照)。
ところが、中止後について定めた制度を国は持たない。そのため、各自治体が独自に試行錯誤を重ねている。以下に多くの事例の中から大分、長野、鳥取の例を挙げてみる。
表1 中止ダム事業の数
1997年 3 事業
1999年 4 事業
2001年 32 事業
2002年 3 事業
2003年 12 事業
2004年 6 事業
計 64 事業
生活貯水池(総貯水容量 100万m3未満)を含めると中止は94事業
大野町が主導した大分(矢田ダム)
00年11月、大分県大野町に予定されていた矢田ダムが中止。その際、大野町は、水没予定地域から上がった県道の拡幅など68項目を、県と国に要望した。総務課によれば、その後、国からは行政事業費として72年の計画以来にダム対策に費やした職員などの給与分2億6千万円が、県からは「矢田ダム対策費」として2億1千万円が支払われた。前者と後者の1億円を足し、3億6千万円の基金で、町が主体で68項目達成を目指している。
ハードランディングの長野(下諏訪ダム、浅川ダム)
政争の具になってしまったケースが長野だ。脱ダム宣言に伴う下諏訪ダムの中止に際し、知事はダムを止めても予定通りに土地買収を行うことを一人の地権者に確約し、その約9600万円の予算案を議会に提出。ところが議会は、予算案からその全額を削除。地権者は、買収費で買う予定だった代替地の購入契約の違約金(約680万円)と手付け金分を県に損害賠償。県がそれに応じて決着した。一方、議会は浅川ダムの請負業者への損害賠償費は、00年度に約3300万円、01年度に約1400万円を認めた。
リーディングケースの鳥取(中部ダム)
「ダム建設140億円、河川改修147億円、だからダムの方がお得」と説明した県職員に「今正直に言えば過去は問わない」と迫り、結局、河川改修78億円という本音を吐かせて中部ダムを中止した鳥取県知事。この止めっぷりにも増して見事なのは、ダム中止後の影響住民への配慮だ。自らを会長として「旧中部ダム予定地域振興協議会」を00年8月から現在まで11回にわたり開催。三朝町長、県土整備部長、三朝町助役をメンバーとしたトップ会談だが、職員が県と当該地域を行き来しながら、住民の意見を吸い上げ振興計画を作成。注目を集めたのは、186億円を投入した振興計画に、住宅の新改築に上限300万円、バリアフリー化に80万円、新築時の利子補給に60万円など(06年までに40戸が利用の予定)、日本で初めての個人に対する補償も含まれていたことだ。
補助金返還を巡るデマ
県営事業については、国への補助金返還で県財政がつぶれるとデマが飛んだ自治体もある。03年4月に国交省が「公共事業再評価など手続を踏んで中断した場合は返還を求めることはない」と通知してこの問題は決着。しかし、影響住民への補償や迷惑料、生活再建については、地域の実状に合わせ、自治体(及び議会)が主導で動かなければ対応が不可能だ。ダムは止まっても見返りなど要らないとする地域や住民もいる。また、「ダム計画中止後の生活再建支援法案」(PDFファイル)が市民立法の形で、市民団体「水源開発問題全国連絡会」からは提案されている。
ダムに限らず、大型公共事業の見直しの時代、自治体と国の補助金返還を巡るルールしかないのはなんとも心許ない。地域インフラから個人生活に及んだ犠牲に対し、後処理をどうするか、議論を活発化させ、早急に政策判断を行わねばならないのが、これからの自治体であり国であり、議会である。
参照:鳥取県「旧中部ダム予定地域振興課ホームページ」
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この記事の後、「参考」として、文中に出てくる水源開発問題全国連絡会の「ダム計画中止後の生活再建支援法案」(PDFファイル)が編集部により紹介されています。
というわけで、ニューズレター「地域と政策」(年間購読料1000円(送料込))は、自治体関係者を対象としたニューズレターです。お問い合せは、03-3592-8345社民党政策審議会気付、自治創研、横田昌三さんへ。
ちなみに、上記の市民立法案は、清津川ダム計画(すでに中止決定済み)の水没予定地だった住民により参考にされ、自治体への要望として提出されています。
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2005年02月20日 ヨソで語る (カテゴリー: 法律・制度 )
このブログは、その名も「河川法を改正しようョ」なのに、あまり、河川法改正の話題がダイレクトに出てこないと、イライラされている方もおられるかもしれません。すみません。これまでは、むしろヨソでナマの言葉で語ってきました。
延べ300人くらいの人に、話を聞いていただきました。
少しづつバージョンアップをしながら、基本的には、馬鹿の一つ覚えのように、現状はこうである、という説明と、政策オプションの提示という形で、お話をしてきました。(一つの例をPDFファイルで示します。)
「現状分析&政策オプションの提示」というスタイルは、米国議会技術評価局(現在は廃止)が 「公共政策の選択肢」を明らかにするために行っていた、まずは現状(技術)を評価し、議会に対し政策オプションを提示するという手法から取っています。
(不妊問題を調べていて行き当たって以来、この手法を真似ています。)
現状分析も、提示している政策オプションも、発展途上段階ですが、ここ半年の発信とフィードバックのキャッチボールで、「ここだ」という戦略ポイントは見えてきました。
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2004年12月27日 オーフスネットの設立一周年と翻訳完成記念 (カテゴリー: 法律・制度 )
少し前の報告になりますが、「環境に関する、情報へのアクセス、意思決定における 市民参加、司法へのアクセス条約」(デンマークのオーフスで始まったので「オーフス条約」と呼ばれます)を日本でも広めよう、実質的に実現していこうと設立された「オーフス・ネット」の一周年と、その条約の日本語訳完成を記念して、11月27日に設立一周年・翻訳完成記念報告会 が11月27日にありました。
翻訳は、オーフスネットの国際法制度ワーキンググループの翻訳プロジェクトチームが中心となり完成したわけですが、それが、見事正式に2004年9月4日、UNECE(国連欧州経済委員会)のウェブサイトにも掲載されました。
この翻訳を仕上げたお一人お一人、みな逸材です。
逸材のうちお二人に挟まれた形で(裏で何にも働いていないのに、表だけこのように出るのは下品なので、大変、気が引けるのですが)、台湾ダム代替案国際会議・報告を頼まれるまま引き受けました。
しかし、台湾のことは、このサイトで散々報告し、雑誌でもじょじょに報じることができるので、重複してしまうのは芸がない。そこで、4年前に出て日本でまだまだ浸透仕切れていない「世界ダム委員会」の勧告内容について、IRNのアビバ・インホフさんが発表していたのにかこつけて、日本の状況との比較を口頭で交えながら、それを中心に報告しました。
前日、数日間の出張から帰り、次の日にまた数日間の出張へ出かけるという谷間の日、頭の切り替えが大変な週でした。
まさのあつこ atsukom@mrj.biglobe.ne.jp
2004年11月23日 八ッ場ダム住民訴訟スタート集会 (カテゴリー: 法律・制度 , 八ッ場(やんば)ダム )

ここのところ、人前でお話すること多し。
先週18日はあるNGOでのざっくばらんなロビー講座、19日は「青の革命と水のガバナンス」という研究会での河川法についてのお話。前者では、「審議会ってなんとかなりませんかね?」というボヤキを聞かされ、後者では「河川整備基本方針は『密室』で決まり、河川整備計画は『裁量』で決まります」と河川法の構図を単純化してお話したところ(案の定)、「『密室』ではなく、ちゃんと『審議会』という場を通す」と国交省の関係者から反論があって、面白かった。
(右上写真は、群馬県長野原町。八ッ場ダム予定地のご当地は、浅間山が噴火で山が崩れて、吾妻川に雪崩れくだり、泥流が通過していった場所。写真は、2万4年前の噴火で堆積した「応桑岩屑なだれ」。いわば山の残骸が、不安定に重なってようやっと落ち着いているところ。様々な岩や石が無秩序に入り乱れているところが、この写真でよくわかると思います。ダムの水を貯めると、このグチャグチャの地質とその下の土との境目が、すべる(地すべりを起こす)のではないか、と言われている場所です。)
11月27日(土)にはオーフスネットの設立一周年記念(条約の翻訳完成記念)の報告会「環境に関する情報・参加・司法の国際動向」。「台湾ダム代替案会議・報告」というお題で私もお話ししますが、このサイトでは報告しなかった「政府援助」の世界で白熱中(?)の「社会環境配慮」に焦点をあてて、国と、国の法律が届かない「国際間」の関係で果たす「法秩序」ってなにかしらん?ということを考える材料を提示したいと思っています。(うまくいくかしら。これから金曜日まで出張なので昨日徹夜してパワポで仕上げたけれど…)
11月27日、モンベル渋谷で15:00~17:20ですが、よろしかったら、ぜひお越し下さい。お申し込みはこちら。
★ 前置きが長くなりましたが、今日の本題。
「ストップ!八ッ場ダム~住民訴訟スタート集会~」が、これも渋谷であります。
===================================
日時:2004年 12月5日(日)午後1時20分~4時30分
場所:渋谷フォーラム・エイト(FORUM 8)6階 オリオン・ホール
渋谷駅ハチ公口より徒歩7分、道玄坂のぼる
東京都渋谷区道玄坂2-10-7、新大宗ビルTEL 03-3780-0008
資料代:1000円 主催: 八ッ場ダムをストップさせる市民連絡会
===================================
9月10日に6都県(東京、茨城、埼玉、千葉、群馬、栃木)で行われた一斉住民監査請求(請求人は5400名)ですが、すべて却下と棄却という結果だったと、東京では、昨日、東京地裁に対して、さっそく提訴が行われました。(各紙22日の夕刊などに出ています。)
これを受けて、今度は住民訴訟、という区切りのスタート集会です。
▼ オープニング・ミニコンサート~吾妻渓谷のビデオを見ながら~▼ 原告団から「八ッ場ダム住民訴訟の意義と要点」
▼ 講演「八ッ場ダムは利根川治水に役立つか?」
大熊 孝(新潟大学教授・治水研究の第一人者)
▼ パネルディスカッション「治水、利水、地質~史上最悪のダムを総点検!」
大熊 孝(新潟大学教授)/矢部 俊介(土木工学専門家)/
嶋津 暉之(水源開発問題全国連絡会・利水の専門家)
いけないなぁ、という方は、おカネで支援という手もお勧めです。弁護士さんたちは、ほとんど「手弁当」^^;。以下は、八ッ場ダムをストップさせる市民連絡会からのお願い。
~~~~~~~おカネで支援~~~~~~~~~~~~~~
6都県の方は「各都県の八ッ場ダムをストップさせる会」へ。それ以外の方は「東京の会」へご入会ください。年会費一口1,000円/カンパは随時受け付け。振り込みは、下記の郵便局の振替口座へ。「通信欄には、会費・カンパの別、また、連絡経費の軽減のためファックス番号やメールアドレスなどもご記入下さい」とのこと。
八ッ場ダムをストップさせる群馬の会 027-224-8567 鈴木 庸 振替 00150-2-356373
ムダなダムをストップさせる栃木の会 0285-23-8505 伊藤武晴 振替 00140-1-500609
八ッ場ダムをストップさせる茨城の会 0297-72-7506 神原晴美 振替 00160-8-556816
八ッ場ダムをストップさせる埼玉の会 048-825-3291 藤永知子 振替 00180-2-334064
八ッ場ダムをストップさせる千葉の会 043-486-1363 中村春子 振替 00120-5-426489
八ッ場ダムをストップさせる東京の会 042-341-7524 深澤洋子 振替 00120-8-629740
その他問い合わせ:八ッ場ダムをストップさせる市民連絡会 03-3512-3443 谷合周三法律事務所または上記の藤永・深澤へ
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
本日は、民主党の管直人さん(民主党のネクストキャビネットの国交大臣)らが、現地を視察しているようです。52年もの間、都会から打ち捨てられていた問題が、国政の課題へと一歩近づいた日でした。
まさのあつこ atsukom@mrj.biglobe.ne.jp
2004年11月06日 ダム問題ダイジェスト (カテゴリー: 法律・制度 , 住民参加 )
全国各地から小豆島に集まった人々の報告から、ダイジェストを作ってみました。

●川辺川ダム事業(熊本県)
03年5月、川辺川利水訴訟で農家が農水省に勝訴。違法事業であると裁きが下された農水省は、現在、新・利水計画を模索中。「ダム案」と「非ダム案」で農家にアンケートを取ろううとしている。ところが、農水省は「ダム案」については市町村補助で農家の負担を軽くしようとしている。原告側は「非ダム案」を推進し、「どちらの案でも農家の負担は同じにすべきだ」と原告副団長の茂吉隆典さん(ピンぼけすいません)。詳しくは例えばココ

● 山鳥坂ダム事業(愛媛県)
04年3月に閉じた肱川流域委員会で、国交省は住民参加を認めなかった。5月、山鳥坂ダム建設を含む新しい河川整備計画を、河川基本方針の決定からわずか半年でスピード決定。その後も、市民グループは住民討論会を求め、出前講座や説明会などが実現した。しかし「国交省は質問にまともに答えない」と有友正本さん。焦点は基本高水。詳しくは、山鳥坂ダム建設の中止を求めるHP ヒジカワドットコム
★解説★97年の河川法改正で、建設省(当時)は、「ダム事業など大規模な事業を伴う場合は、河川整備計画策定時(第16条の2)に、住民参加をさせる」と繰り返していました。それすら徹底されていない。国交省の時計は、反時計回りしていました。
● 内海(うちのみ)ダム事業(香川県)
「3年前に7人で運動を始め、全国集会を開催できるほど盛り上がってきた」と報告をしたのは、85歳になられる「内海ダム再開発事業と国立公園寒霞渓の自然を考える会」の櫛本いとヱさん。(前々号をご参照ください)

● 苫田(とまた)ダム事業(岡山県)
ダムそのものは完成し、来年から本格運用の予定だが、前倒しで年内に完成式が行われるという。土地収用を巡る裁判がいまだ展開中。「これからも理不尽さを訴えていく闘いをやっていく」と橋本省吾さん。(水没予定地に生まれ育った友人がいるため、私(まさの)にとっても個人的な思い入れがある。)

● 細川内(ほそごうち)ダム事業(徳島県)
「細川内ダムは、前木頭村長・藤田恵氏を先頭に、完全中止になりましたが油断ができない。というのも、五ヵ町村合併により、『ダム建設阻止条例』を破棄することになりかねない。だが、なんとしてもこれだけは確保しておかねばならない」と、「条例」という村の財産を訴えたのは、木頭村の田村好さん。木頭村の公式ウェブサイトはもちろんあるのですが、村長が変わってから、だんだん寂しいサイトに…。頑張れ、脱ダム日本一の村!

● 徳山ダム事業(岐阜県)
木曽川水系は水余り状態で長良川河口堰が建設・運用され、さらに徳山ダムも建設。03年、1010億円増額を水資源機構が打ち出したところ、自治体がさすがに反発。フルプラン改定に至る。しかし、新河川法による河川基本方針も整備計画策定の手続も飛ばして、利水ダムが治水ダムに化けた。「脱法行為だ」と訴えたのは近藤ゆり子さん(ピンぼけ失礼!)。

● 太田川ダム事業(静岡県)
「知らぬ間に流域委員会がつくられた」とグループ太田川水未来の岡本尚さん。参加したいと申し入れたが、委員長からは「固まっている各種の計画の当否を検討する会ではない」「ダムは存在しているものと仮定」して太田川の河川整備計画案について意見をもらう会だと断られてしまったという。17名の委員のうち、河川についての学識経験者は2名、川に関する市民団体の代表が2名。その他の住民参加はなし。
(感想:あえて詳細しませんが、強いエネルギーを感じる報告でした。)
★ 解説★河川法において「住民参加」と言えるものは、その16条の2で、「河川管理者は、(略)必要があると認めるときは、公聴会の開催等関係住民の意見を反映させるために必要な措置を講じなければならない」とされているところのみです。その書き方は漠然としています。ただし、「公聴会の開催等」の「等」には無限大の可能性があり、「関係住民」もまた、岡本さんたちのように関心がある住民すべてを含めることも、行政の裁量の範囲、という意味では無限の可能性を秘めています。太田川の流域委員会の委員長は、法律が読めない人、もしくは読んだことのない人、もしくは、その理念や意味を理解できなかった人、もしくは自分の頭で「民主主義」の意味を考えることができず、行政事務局に従うだけの人だったのでしょう。この意味で、現時点において、法が定めた理念に「最も近い」とされているのは、淀川水系流域委員会の例(問題、課題はありつつも。ここも全国からの注目が必要な、あやうい正念場を迎えています)です。しかし、全国で、「等」や「関係住民」の幅は、「狭く狭く」解釈されているのが実態です。
★ 解説★この日記は河川法を「改正しようヨ」と訴えてはいますが、それ以前に現行法が適切に運用されていないという点にも気に留めておいてください。それこそが現行法の限界であり、だからこそ、97年に(今よりももっと無知なりに私も含め)コツコツと作業をして、市民団体として改正対案骨子を作り、野党から議員立法で国会に提出してもらった所以です(野党案も理想からは少し離れてしまったのですが)。
「やっぱりね」と言いたくはないですが、1,河川管理者(国や都道府県)が基本方針を定め、2,二段階目で、必要だと河川管理者が思えば、住民参加をさせて整備計画を策定、という中途半端な、曖昧な住民参加条項では、ダメでしたね。「解釈」の幅が広すぎて、行政の思いのままになされる河川行政では、以前と何も変わりません。
★感想★
台湾の国際会議に、日本の国土交通大臣か事務次官かという立場の政府高官トップが呼ばれて出席したように、こうした集会に、せめて河川局長が顔を出す力を、日本の市民団体がつけていかなければと思います。
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● 辰巳ダム事業(石川県)
「犀川の基本方針と整備計画は、御用学者によってつくられた」とナギの会の渡辺寛さん。「基本高水を下げさせたり、規模を縮小させたり、辰巳用水取水口を守ったり、成果は上げてきた。だが、一連の豪雨をきっかけに、犀川の堤防・河道整備を行政が40年に渡り怠ってきたことが判明した」と報告。

● 奥胎内ダム事業(新潟県)
「新潟では大水害があったが、ダムを造ってくれという話には結びついていません。逆に、ダムがあったのに大水害が起きたことで、ダムに責任を帰する声が大きい」と「奥胎内ダムを考える会」代表の三橋允子さん(またまたピンぼけごめんなさい)。「奥胎内ダムについては、基本高水が過大に設定されています。ダムの代わりとして、堤防・河道整備を訴えていきたい」と。

● 八ッ場(やんば)ダム事業(群馬県)
「昨年の今ごろまでダムのことを知らなかった」と話す「八ッ場ダムをストップさせる東京の会」の田中清子さんは、「東京都は、事業費の倍増を真っ先に受入れました。住民監査請求を進めてきたが、東京都監査委員会はこれを門前払いし、多くの市民が怒っている。これからも輪を広げてストップさせたい」。
一方、八ッ場ダムのご当地である群馬県から来た「八ッ場ダムを考える会」の真下淑恵さんは、「市民の関心を高めるため、多くの人々に水没地を見てもらう活動や集会などを実施しています。利根川下流の人々とも連携していきたい」と。
04年12月5日は、八ッ場ダム住民訴訟スタート集会(pdf形式)です。
総会では、この3分間報告の後に、マイク奪い合いの、ケンケンガクガクの討議が行われ、その論点は、おおよそ次のように集約されました。
1.想定規模を超えた豪雨に対して、ダムは無力どころか、大きな災害をもたらした。
2.台風や集中豪雨による災害は、ダムに依存し、河道整備を遅らせたことに起因する。
3.森林の荒廃は、保水力の低下をもたらし、流木による被害を拡大した。
4.欠陥のある堤防が各地に存在し、それが破堤を引き起こし、甚大な被害をもたらした。
一見、各地で起きた水害ショックの直後ならではの討論のように見えます。しかし、これらは皆、これまでの河川・森林行政のツケであり、過去の河川・森林行政の結果なのだとも言えるのではないかと思いました。「治山治水」(山を治めるものが水を治める)という先人達の言葉が、妙に重く感じる年ではなかったでしょうか。
次回は、一端、台湾報告に戻りたいと思います。
まさのあつこ atsukom@mrj.biglobe.ne.jp
2004年10月13日 住民監査請求が機能しないのは何故か (カテゴリー: 法律・制度 , 八ッ場(やんば)ダム )
04年9月10日に一都五県(東京、埼玉、千葉、群馬、栃木、茨城)に対して5391人が一斉に行った住民監査請求の結果が、少しづつ出てきています。
計画から52年。03年、国交省が事業費を2110億円から4600億円に倍増を提案。埼玉県では知事をして県議会で、「2000万円で契約をした家の完成が間近に迫ったときに、4600万円だと請求されているような思い」{こうしたことが本当に世の中で通じるのか激しい怒りも感じております」と言わしめた増額を受けての住民監査請求でした。
住民たちが監査委員に求めた内容は、以下の通り。
●知事や水道事業管理者に対する以下の支出差し止め
1) 建設負担金(起債利子を入れると総額約8800億円
2) 水源地域整備事業の経費負担金(総額997億円)
3) (財)利根川・荒川水源地域対策基金の経費負担(総額249億円)
● 知事に対しては、また
4) 一般会計から水道事業特別会計への支出差し止め
5) 昨年1年間の支出(都県総計で104億円)に対する損害賠償請求
ところで、「住民監査請求」とは?不当もしくは違法と思われる公金支出について、住民が、監査委員に監査を求める仕組みです。監査委員は請求から60日以内に監査を行って勧告を行うかどうかを公表するわけです。
では、「監査委員」とはどのような人か?都道府県には4名います。2名は識見者、2名は議会議員。これすべて「地方自治法」に基づいています。監査委員は、年一回以上、自分たちでも監査を行いますが、それを補う制度が住民監査請求なわけです。
ところが、この制度、まったく信頼されていない。「どうぜ門前払い」されると諦めて、訴訟を行うための通過点の一つくらいにしか考えられていない。そこで、いちおう調べてみました。機能していないという点は、まったくもって本当。
一都五県住民監査請求結果(2003年度)
受付 却下 棄却 勧告 その他
東京都 49 37 10 2
栃木県 5 0 3 0 *
埼玉県 8 7 0 0 **
千葉県 16 9 5 0 ***
茨城県 0 0 0 0
群馬県 5 4 1 0
* 「継続中」1件、「一部認容、一部棄却」1件
* *「請求した住民が取り下げ」1件
* **「一部棄却、一部却下」2件
信頼をおけない制度というのは分かった。だからなのか、茨城のように、請求自体がゼロだった県もある。じゃ、機能しなくてもいいのかといえば、違う。茨城では代表監査委員は月66万円、議員ですら給与と別に13万3千円も報酬をもらっているので、ムダを省く仕事をしてもらわねば、それ自体がムダになります。
ところが今日また、1都5県のうち、監査請求を「却下」した自治体が出ました。今度は栃木県。「法第242条に規定する住民監査請求の要件を具備していないものと判断し、却下します」と。
却下の理由を簡単に言えば、今回の請求は、「財務会計行為自体の違法性・不当性」というものにはあたらないということです。
河川法に基づいて、治水・利水という目的をかかげて事業を開始したにもかかわらず、その効果が得られないのであれば、「不当」以外のなにものでもないはずで、そのことが理解(検証)できないのは、監査委員の能力の低さを露呈しているのではないかと、腹が立ってくるわけです。
★また、こうなってくると、地方自治法のおかしさも感じざるを得ない。
監査委員4人はいわば被告である「知事」が選んだ人であること。
議員二人は議会の中で一度、予算に賛否を示した立場であり、内輪の関係者でかばい合っている構図にしか見えないわけです。地方自治法の改正が必要課題として生じていると言えます。
以下は、埼玉ですら却下を行ったことに対し、住民監査請求を行った「八ッ場ダムをストップさせる埼玉の会」の抗議文です。転載させていただきます。
=============
不当な監査結果に抗議する
八ッ場ダム事業に関する住民監査請求の却下について
9月10日、893人の監査請求署名を添えて、埼玉県監査委員に「八ッ場ダム建設事業に対する負担金の支出差止等を求める住民監査請求」を提出しました。その監査結果が10月8日、郵送されてきました。監査結果は、監査請求を却下するというものでした。
請求の内容について全く審理することなく、意見陳述の場すら与えずに、門前払いというべき却下という結果を出した監査委員に対して、強い憤りを覚えます。
八ッ場ダムは治水・利水の両面で建設の必要性が失われ、さらに様々な災いをもたらす事業です。その事業に対して、埼玉県が総額で約800億円(起債利息も含めれば約1,200億円)も負担するのは、公金の無駄遣い以外に何ものでもありません。900名近くの県民が今回監査請求を行ったのは、このように無意味な事業に埼玉県が参加することを何としてもストップさせなければならないという思いが結集したものです。その県民の思いを監査委員は踏みにじりました。
私たちは、地方自治法、地方財政法、河川法等に照らして、必要性が失われた八ッ場ダム事業に対する埼玉県の費用負担は違法であることを指摘しましたが、県監査委員はそのことには耳を傾けず、明白な違法性の提示なしという不当な判断を行いました。必要性の喪失、巨額の公金無駄遣いという重大な事実に目をつむり、実体審理を行うことなく、監査請求人の権利である意見陳述の場すら与えずに、門前払いという結果を出した監査委員は、その責務を放棄したと言わざるをえません。
私たちは、今回の監査結果に対して強く抗議するとともに、八ッ場ダム事業への参加の不当性、違法性を問うために、住民訴訟を起こす意志を表明します。
2004年10月12日
八ッ場ダムをストップさせる埼玉の会
(連絡先などここでは省略)
==
本文とは関係ありませんが、写真は堆砂で埋まったダム。(山梨県奈良田温泉の前で)

以上
まさのあつこ atsukom@mrj.biglobe.ne.jp
2004年10月03日 河川台帳の存在 (カテゴリー: 法律・制度 )
国土交通省および都道府県の河川担当者に是非、読んで欲しいこと。河川法12条で、河川管理者は、管理する河川の台帳を調整し、保管しなければならない、閲覧を求められたら、正当な理由なしに閲覧を拒むことができないとされています。ところが、どうもこの河川台帳を、しっかり調整・保管・公開していないことが、各地からの情報で分かり始めました。
【石川県の場合】
前回の日記で少し紹介した渡邊寛さん、ある日、関心ある犀川(石川県営の辰巳ダム計画があります)の「工事実施基本計画を調べようか」と思いながら河川法を読んでいて「河川台帳」という言葉を見つけたそうです。第12条(河川の台帳)です。
「河川台帳になんでも書いたあるやろう」と思った渡邊さんは、石川県庁に足を運びます。
見せてくれたものはハードカバーの装丁。資料が一杯。ただし内容は、「お粗末なモノ」だったそうです。「犀川では、台帳の図面は昭和48年調整のものが一番新しい!この図面は、その前年につくられた「犀川中小河川改修全体計画」の時の計画図面そのものなんです。本来ならば、7年後の工事が終了した時、実測図面を作り台帳の調整をすべきだったと思うのですが。。。。」
そして、渡邊さんは、今後を予測してこう述べます。
「石川県では、この行政の手抜きのツケが、恐らくこれから出てきます。現在おこなわれている河川整備基本方針や河川整備計画の議論もこの図面を元にしているため、現状とかなり食い違います。流下能力の計算や堤防整備に不可欠な基礎データが30年前のものですからね。肝心の基準点の河道断面が恐らく実測値とかなり違いますし、河床の洗掘も進んでいます。河道の流下能力が行政の計算と大きく違うことになるはずです。」
【新潟県の場合】
新潟県営の奥胎内ダム計画に取り組んでいる「奥胎内ダムを考える会」の高見優さんは、「1年以上前から、奥胎内ダム問題に関して胎内川の河川整備の歴史を調べようと思って、河川法に書かれている河川台帳を情報公開請求をしたら、図面(その地域の地形図のような図面)が1枚あるだけで、何の経緯もわからなかった」と。
そして最近、清津川について国土交通省の北陸地方整備局で調べて、ついに「ほとんどの川の河川台帳が未整備」なのだと気づいたと言います。調べたきっかけの一つは水害を巡る市民間の論争。一つは東京電力の水利権の更新(来年は、東京電力が清津川に持つ80年以上前からの水利権の更新時期にあたる)。ご当地の中里村では、村長・議会・土地改良区・住民がこぞって水返せ運動をしているのだそうです。
高見さんは、河川台帳や水利台帳を「調整」「保管」していないことに憤慨しているだけではありません。「公開」についてもです。法律では「閲覧」を拒むことができない。つまり公開しなければならない。判断の予知は1ミリたりともない。当然、閲覧まではさせてくれたが、その場でコピーを頼むと、地方整備局に情報公開請求の手続をしてくれと言われてしまった。高見さんは食い下がり本省に問い合わせた。それでも、開示請求をしてくれと言われてしまった。法律で閲覧が決まっているなら公開か非公開の判断(行政処分)は不要。その場でコピーが当然。情報公開の理念がまったく分かっていない官僚のレベルの低さに、高見さんご本人ならずも、聞いているだけで辟易します。
インターネット時代、かなりの情報が、情報を持つ側の意図で取捨選択され、掲載されています。一方、河川法で求められている基本的な河川台帳や水利台帳が、整理、調整、保管、そして、あるべき姿で公開されない。何が問題か?行政の担当者一人ひとりが、考えなければならない過渡期にいるのだと、思うのです。
情報の掘り起こし、私も日々、苦労しています。
【参考】
河川法 第十二条 (河川の台帳)河川管理者は、その管理する河川の台帳を調製し、これを保管しなければならない。
2 河川の台帳は、河川現況台帳及び水利台帳とする。
3 河川の台帳の記載事項その他その調製及び保管に関し必要な事項は、政令で定める。
4 河川管理者は、河川の台帳の閲覧を求められた場合においては、正当な理由がなければ、これを拒むことができない。
まさのあつこ atsukom@mrj.biglobe.ne.jp
2004年09月25日 治水のイロハ「堤防」 (カテゴリー: 法律・制度 , 住民参加 )
世の中には人知れず「スゴイ」人というのはたくさんいるもので、ナギの会の渡辺寛さんは、その一人。今日は、彼が8月19日に提供してくれたたくさんの情報の中から、「堤防の緊急点検」の動きを、私自身が消化してその意味を考えるための日記です。
その一つは、「堤防の緊急点検」の動きを伝える情報でした。
7月23日に国土交通省河川局治水課が出した通知で、「堤防等の河川管理施設の緊急点検について」というもの。
内容は、04年7月に「新潟」「福島」「福井」で豪雨で堤防が破堤して大きな被害が起きたので、台風シーズン前に堤防などを「緊急点検」しましょう、ということ。通知先は、各地方整備局と都道府県の河川事業担当部長など。
石川県にお住まいの渡辺さんは、さっそく、石川県に確認をいれたようです。ところが、「そんな通達、どこで見たんですか?」という反応だったそうです。
しかし、そんな調子でも、なんとか全国の緊急点検の結果がまとまったようです。結果として、国交省が管理する区間で約1万3千kmで「70箇所」、都道府県が管理する区間で約3万9千kmで「905箇所」、両方で合計「975個所」も、修繕工事などが必要な箇所が見つかったとあります。
その中でも圧倒的に異常に多いのが、新潟県で「417カ所」。約半分ですね。その後、多い順では、山口県、富山県、岐阜県と続いています。都道府県別に「堤防等の河川管理施設の緊急点検状況(都道府県管理河川)」がまとまっています。「ウチの県はどうかしら?」という確認はこちらで。
ただし、当初の通知の不徹底ぶりから判断すれば、各都道府県での調べ方や熱心さに誤差がある可能性もあるので、各自治体の危険箇所の「数」の比較には意味はないかもしれません。
またひねくれた見方をすると、この時期の彼らの業務内容(8月は自治体にとって概算要求の季節。これから年末にかけては、予算ぶんどり合戦を繰り広げる時期です)と重ね合わせると、ひょっとすると、と考えてしまうことがあります。
国交省が自治体の声をまとめた形で「38自治体のうち、約8割にあたる30の自治体が、予算制約があり十分な対策ができないと回答している」とまとめたことが気になってしまうのです。これまで「ダム」の新設に力を入れて、治水のイロハのイである堤防整備をないがしろにしてきた国の河川行政を反省もせず、自治体の予算不足をアピールするのは、ちょっとどうだろうか、と。
さらには、河川事業の予算が減ってきているからだと言わんばかりのグラフを示して、「予算の制約が河川管理に支障をきたしていると考えられる」と、これまたアピールしています。しかし、これまでさんざん毎年毎年つけられていた予算を有効に活用していなかったのではないか、予算配分のメカニズムに問題があったのではないかと省みて、その構造を変えようという提案を出してくるべき時ではないでしょうか。
★何はともあれ、堤防が切れるかもしれないという危機管理意識を住民に持たせてこなかった河川行政を反省してそれを転換することが、本当は最も重要かもしれない、と私は思います。
★そう考えた場合、この点検で得た結果に関してやらなければならないことは、次のようなことではないでしょうか。
1)どこが危ないところなのかという975カ所を公開すべき(数ではなくて)、
2)1)によって都道府県の点検に漏れがないか、住民の目でも確かめてもらうべき
3)限られた予算でどこの堤防を優先して修理していくか、地域住民の声を反映させる機会を作るべき
それが、本来、河川法16条で定めることになっている「河川整備基本方針」の基本とならなければならない作業なのだと思います。具体的には16条2項 「河川整備基本方針は、水害発生の状況、水資源の利用の現況及び開発並びに河川環境の状況を考慮し、かつ、国土総合開発計画及び環境基本計画との調整を図つて、政令で定めるところにより、水系ごとに、その水系に係る河川の総合的管理が確保できるように定められなければならない」で、ざっくりと触れられているだけです。
そして、これが、現在、住民への情報公開がない段階で、住民参加なしで、国交省が一方的に定めることになっています。それはおかしい。「堤防」つまりは、「治水」という河川法の本来の目的から言っても、河川法は改正をすべきだと思うわけです。
河川整備基本方針の策定段階からの住民参加が必要だと。
そう思いませんか?国土交通省さん?
まさのあつこ
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2004年09月10日 ダム事業の決定権 (カテゴリー: 法律・制度 , 八ッ場(やんば)ダム )
【住民に手の届かないダム事業の決定権】
一つ前の日記でお伝えした「行政手続法」の改正がなぜ「ダム」と関係するか?
ダムは「行政手続」だけで決定するからです。
行政の手続には(もの凄く大雑把に言うと)二つあります。
一つは法律に基づいてやること。一つは、行政の裁量でやること。
日本政府の最大の問題点は、「行政の裁量」の幅が広すぎることです。
ダムもご多分にもれず、「行政の裁量」で作られます。
たとえば、国土交通省のダムは、“隠れ箕“と言われる審議会のことを脇へおいて、どう決まるかと言えば…、
1) 基本高水(ダムが無い状態で川に流れる流量)の想定
2) 計画高水(ダムができた場合に川に流れる流量)の想定
この二つが、国土交通省内の裁量で決められます。
これに基づいてダム何個などと決めます。その決定が、水没予定地域に上からガンと下されてしまう仕組みです。
この1)がそもそも過大な想定になっているケースが多く、そのために不要なダムまでできてしまう仕組みです。(大雑把に言うとですね)
この想定さえ正しくやれば、ダムは要らなくなるところがたくさんあります。徳島の吉野川は、堤防に残った過去最大の洪水の痕で、想定のウソがバレましたね。
また、例えば脱ダム・長野県の砥川では、この1)2)の決定権が現在、国土交通省にしかないために、簡単に脱ダムへと移行ができず、四苦八苦しています。過去にどれだけの雨が降ったか(川にどれだけの水が流れたか)という実績や土地に住む人の記憶ではなく、机上の計算で決定されてしまっていて、管理を任せている川ですら、その決定権を県に渡さない。
住民には当然、その決定権はありませんし、意見を言う場も、反映される場もありません。そういう仕組み(法律)になっています。
【河川砂防技術基準】
川のそばに暮らす住民の意見を聞かないで、何で決めているかというと、あながち「決まり」がないわけでなく、「河川砂防技術基準」なるにものに基づいて、国土交通省はやっています。彼らは一定のルールに基づいてやっているという言い訳が立つわけです。
では、この基準(ルール)を決めるとき、住民・国民の意見を聞いているかと言えば、これも裁量です。このような基準(ルール)を「行政立法」と言います。
行政手続法の改正に求められているのは、このような「行政立法」(行政現在は一方的に裁量だけで決めているルール)に、住民の意見を取り入れられるようにすることです。
ところで、一つの笑い話ですが、この、これまで散々ダムを作ってきた根拠となっている「河川砂防技術基準」には、昨年度末(今年3月末)まで、(案)がついていました。昭和30年代からずっとです。確定しないまま「河川砂防技術基準(案)」の状態で使われてきました。「常に改定をしながら、最善の基準を採用してきた」と担当者は言いますが、それを何故、今、とりはずそうとしているのか、イマイチ聞いてもわかりません。
興味のある方は、国土交通省河川局河川計画課河川情報対策室のリリースをご覧ください。
【日米ダム事業決定権比較】
ちなみに、比較のために持ち出すと、「ダム建設は終わった」とされるアメリカでは、法律の中に個別のダム事業名を書き込んで推進派議員が法案を議会に提出し、多数決で建設するか否かを決めるという仕組みが(他の仕組みもあるかも)あります。
そこで、ダムに反対する住民・環境保護団体・ロビー団体は、一丸となって、各州の個々の議員をめがけて活発なロビー活動を展開します。こうして、賛否に一人の国民が持つ「政治力」として影響力を行使できるし、その結果が目に見えるわけです。
こうして止まっているのが、例えばカリフォルニア州のオーバンダムです(99年に現地に行きました)。しばらく目を離していましたが、2001年にもまだドンパチやっていたのですね。「無党派予算ウォッチドッグ」と自称する「Taxpayers for Common Sense」というNPO(ロビー活動や選挙活動ができる501(c)(4)という種類のNPOです)がそのドンパチを伝えています。
【というわけで】
「行政手続法」の改正によって、最低でも、「河川砂防技術基準」を決めるとき(行政立法)に住民や自治体が異論を差し挟み、反映されるようになれば(あるいは、「河川砂防技術基準」以外のものを重視するという仕組みに変わることでもよいのですが)、ムダなダムに血税を費やされることが避けられるというわけです。
【八ッ場ダムの場合】
先日お伝えした八ッ場ダムも同様に「過大な想定」がもとになった計画です。
今日は、一都5県(東京、埼玉、千葉、群馬、栃木、茨城)で合計5000人以上により、一斉住民監査請求が行われています。
★60日以内に、各都県の監査委員が監査を行って、知事や水道事業管理者に勧告を行うか否かを決定しますが、監査委員に、この「過大な想定」のもととなっている根拠の「河川砂防技術基準」の話まで、理解できるのだろうかというところが問題です。
地方自治法に基づく「住民監査請求」という仕組みの限界や問題点まで言い出すと、キリがないので、この辺でやめておきます。以下、私も取材にいく予定の報告集会です。
【八ッ場ダムをストップさせよう 東京集会】
日時: 2004年9月12日(日) 13時30分~16時30分
会場:新宿住友ホール(新宿住友ビル 地下1階)
新宿区西新宿2-6-1TEL:03-3344-6961
講演:田中康夫(長野県知事) 「脱ダム社会への道」
報告:板井 優(川辺川利水訴訟弁護団団長)
「川辺川ダム利水裁判の勝利」
嶋津暉之(水源開発問題全国連絡会)
「八ツ場ダムは何が問題か」
各都県の市民から
「八ツ場ダムの住民監査請求の報告」
資料代: 1,000円
主催: 八ツ場ダムをストップさせる市民連絡会
お問い合せ;
八ツ場ダムをストップさせる東京の会Tel: 042-467-2861田中清子/埼玉の会Tel: 048-825-3291藤永知子/千葉の会Tel: 043-486-1363中村春子/群馬の会Tel: 027-224-8567 鈴木庸 /首都圏のダム問題を考える市民と議員の会Tel: 03-5211-5429堀田・柴田
以上
まさのあつこ atsukom@mrj.biglobe.ne.jp
2004年09月06日 行政手続法 (カテゴリー: 法律・制度 )
たっぷり遊ぶと、天から降りてくるように色々なことが脳みそに押し寄せる。
8月23日で締め切ってしまったが、総務省が「行政手続法」を改正するためのパブリックコメントを求めていた。「行政手続法」は1993年にできた法律で、行政が行うこと(=行政手続)のやり方を定めたもの。欧米に比べ20年近く遅れてできた上に、「計画策定手続」と「行政立法手続」のやり方についてはボッコリと抜け落ちた。いわばザル状態で成立した法律だ。そしてまた、情けないよくある話だが、これは、「日本政府のやり方がわからん」という「外圧」によってできたとも言える法律なのである。
私が参考書にしている『行政手続法』(兼子仁著、岩波新書)によれば、「ギョーセイシドー」があまりに不透明で参入できない、「貿易障壁」だとされて、ついに、1989年から始まった日米構造協議で、日本政府は「透明性及び公正性を確保」しろと報告書が出て、それに従った形だ。尻を叩かれて「行政指導」と「行政処分」という二分野をとにかく定めた。それが1993年。
【国民の参加】
本来、それと同等もしくはそれ以上に重要なのは、行政がやることへの「国民の参加」のための手続だったはずだった。なんせ、他の民主主義国家では、当然のように、ここ40年ほどすでに行われてきている。「参加なくして民主主義なし」なのだ。
ボッコリ抜け落ちた一つの「計画策定手続」とは、行政が何かを計画するときに、早い段階で、国民に知らせ、意見を募り、その意見を反映した上で、計画を決定する手続。まさしく、すべての公共事業に求められているもの。
もう一つ抜け落ちたのが「行政立法手続」。国会が作る法律(本当の「立法」)とは違い、行政が行政の裁量で細かいルール(政令とか省令などその他多数)を定める手続だ。定める時に、行政の密室で一方的に作って国民に押しつけるのではなく、国民に案を示して意見を募り、反映した上で策定するというやり方。(簡単にいえば、行政の独裁を許さないための手続。)
【ここまでの「計画策定手続」と「行政立法手続」】
「計画策定手続」は、1983年に学者グループ研究会が作った法律案の「一次要綱案」には盛り込まれていたのに、それをバッサリ取り外して成立した。そして、いわんこっちゃない、住民などの意見を踏みにじって進む公共事業に、総スカンを食うようになってきた。
一方、「行政立法手続」については、法律には定められなかったが、ついに、1999年(平成11年)3月23日の閣議決定で一部、形式的には行われるようになった。「パブコメ(パブリック・コメント)」と言われているのがそれだ。
これらを法律に入れて改正させることは、当然の流れなのだ。しかし…・
【そして2004年】
来年の通常国会での「行政手続法」改正を目的に開催されている検討会やその検討会の論点として公開され、パブリックコメントを総務省が求めているのは、「行政立法手続」の方がどうも中心になっている。
なぜかと思って、この動きの出所を探ってみると、外圧ではないのだが、「産業界」という内圧だった。「規制改革・民間開放推進3か年計画(平成16年3月19日閣議決定)」 で「行政手続法施行後10年間の運用状況を踏まえ、速やかに行政立法手続等を含めた行政手続法の見直しを行う」とされたから、検討会を開いて考えましょうという流れだ。2004年4月7日に第一回が開催され、11月までの予定。
【パブコメのパブコメ】
その結果、整理された検討会の論点を整理して、「行政立法手続」にパブコメを求めていた。パブコメのパブコメだ。
担当の総務省窓口に聞いてみると、締め切りまでに寄せられた「パブコメのパブコメ」は100件弱。その中には、本来、総務省に来るべきではない他の省庁が行っているパブコメに関する意見が3割ほど含まれているそうだ。これらを整理して、次回9月22日に開催される「検討会」で、すべて報告するとのこと。ただし非公開。議事録公開に代えるそうだ。(公開してもそんなに人は押し寄せないと思うからオープンにしちゃえばいいのにね)
「計画策定手続」の方は、検討会ではどうも重視されていない。
これは、良心の行政法学者や、市民団体の働きかけがなかった、もしくは、弱かったことを意味する。マスコミも勉強不足で、1993年以来、つついてこなかった。「政府を監視する力」が弱い国民性がもろに出てしまったのだなぁ、と自分を含め反省。
唐突だが、「行政監視能力」は小中学生の段階から身につけるべき能力かもしれない。小中学校で、「行政手続法」はどうあるべきなのか、議論(教育)して欲しいくらい。思考力が凝り固まってしまった大人たちに、キツキツの生活の中で「関心を持って」と声を涸らして叫ぶよりも、その方が早いような気がするから。今の教育改革で最も大切なことって、そんなことではないか。「税金の使われ方をしっかりと監視できる大人になるように」と。
とは言え、気づいた自分が何もしないで、そんなことばかりを言っていても、仕方がないので、私もギリギリ、締め切り日に以下のような意見を書いて、総務省に送った。
【参加のネックは時間?】
寝る前に、えいやっと書いた。意見を書くに要した時間は30分ほどだが、そのために総務省がサイトに出していた論点を読み込んだり参考書を読み返したりするのには、少なくとも5時間はかかっている。約6時間という時間が、法改正に対して意見を言うためにとれるかどうか。「参加」とは「時間」との闘いだ。
私は仕事や市民運動の一貫として、行政資料を読むことに慣れているし、現行法の問題にも遭遇しているから、読めばそれなりに分かるけれど、「一般の人が、さ~っと読んでも、こりゃ、分からないよな」と思う。エネルギーがあった、ある若い頃(苦笑)、ある法案について、こんな法改正がある、と市民団体のリーダー格やマスコミの論説クラス、一人ひとりに説明と喚起に回ったものだが、一生のうちに何度もあんなことできない。疲れが1、2年残ってしまう。。。NGO、行政法学者およびマスコミの方々の間で、来年の法改正までに、関心が広がっていくといいな、と思う。
★さて、自分の意見で締めくくる前に一言。なぜこの「行政手続法」の改正が、「ダム」と関係あるかは、次回以降に書きたいと思います。
【私が総務省に提出した意見】
=================
行政手続法の見直しについて意見
A.中身について
1行政手続法の「目的」について
行政手続への「国民の参加」を加えるべきだと思います。
2行政計画について
1) 行政が策定する計画について、国民の生命、財産、環境、および生態系など、現代社会および未来にわたって影響を及ぼす可能性のあるすべての計画を、国民参加で策定すべきであり、行政手続法の中に新たに、計画策定への国民参加手続を加えるべきです。
2) その際、最低でも、計画に関係するすべての情報、根拠データ、検討材料、代替案などを、早期に公開することが重要でしょう。
3) また、十分な期間(必要に応じて3ヶ月必要な場合もあるでしょう)を取り、意見募集を行い、応答し、反映し、意見対立などが激しい場合は、急いで計画を決定せず、さらに公聴会なども行い、関心をさらに掘り起こして、国民意見を出しきる、という決意が必要でしょう。なぜならば、後になって反対が噴出し、それでもゴリ押しをして進めるような、過去・現在にわたって行われている「ムダな公共事業」と言われるものを二度と繰り返してはならないからです。
4) また、行政計画の決定を行政処分とし、司法による行政計画の事前チェックを可能にすべきです。
3. 行政立法について
1) 法律の施行令、政令、省令、および、それらの中あるいはそれに関連して定められる、基準、審査基準など、現在、行政が裁量によって内部で策定しているものすべてを行政立法と見なし、行政手続への国民参加を行うべきです。
2) その際、それらの根拠となる、もしくは関連するすべての資料、データを公開すべきです。
3) 行政立法その策定過程で、国民の意見を募集し、反映し、応答し、意見対立の多いものについては、上記、行政計画について述べたように公聴会や説明会を行うべきです。いずれも、行政による応答義務を伴ったものとすべきです。
B.意見募集の仕方についての意見
・ 実際の意見募集は、「行政手続法の見直し」を目途にしているにもかかわらず、報道向けに書かれた意見募集のタイトルは「行政立法手続に関する意見募集」としており、報道関係者、そしてその先にいる一般国民をミスリードする(=意見の範囲を狭める)ことになりかねず、不適切です。本来であれば、1980年代に検討された際に「要綱案」で検討され、現在の行政手続法には定められなかった行政計画への国民的参加についても、検討材料として、もしくは、情報として掲載をすべきだったと思います。
・ 「事務の効率化」のためとして、「論点項目番号」に対応した形で意見を求めていますが、これもまた、行政側で用意した「論点」に沿った形で意見を述べさせることを誘導し、意見の対象範囲を狭めることになりかねず、意見募集の仕方として不適切です。
・ 行政改革への関心が、これまでに高まっている中、意見募集期間が、たった1ヶ月間というのは、短すぎると思います。
・ 今回の不十分な意見提出機会を補うためにも、説明会、公聴会を行うべきだと思います。
以上、最低限の意見の概略を述べさせていただきました。検討会の皆様にぜひ、ご配布ください。また、機会をいただければ、検討会の皆様に、お話をさせていただきたく思います。
よろしくお願い致します。
2004年8月23日
(住所:ここでは略)
政野淳子
2004年08月30日 「あの川」というモティベーション (カテゴリー: 遊び , 法律・制度 )
メキシコ・チアパス州、ある町にほど近い山の中の
コミューンに、妙な縁で、居候することになりました。
そこには、シャワーもお風呂も水道もなく、
川がありました。
3日に一度、皆で川を渡り、森を抜け、泉にたどり着き、
水を汲んで帰り、手作りで建てた家のキッチンの大瓶を
満たしました。
おでこから背中にかけて重い物を運ぶコツを覚えました
清流を守りたいと叫ぶ日本の小さな村に出会ったとき、
あの川だ、と思いました。
川は違っても、目の前の川は私の一部!という感覚。
その感覚は、理屈ではない。
私だって、命をかけて守るだろう。
汚い川しか知らずに育った。
でも、この国で、すべてが失われたわけではなかった。
この国には、まだ「あの川」が残っている。
「あの川」を持っている人がまだ、日本にはいる。
だとしたら、私も、それを守らなければならない。
「あの川」だから。そして…、
あの小さな村の大きなダムが中止になってから、
数年が経ちました。
川やダムを巡る状況も、かなり変わってきました。
法律も変わりました。「河川法」だけでなく、
司法制度や行政手続も変化しつつあります。
でもそれらは、誰にでも分かりやすく整理されている
わけではありません。
また、各地の現場ではまだまだドンパチと、
住民と国土交通省の闘いを、繰り広げられています。
そして、
闘いのルールは、圧倒的に計画の推進者に有利なままです。
そこで、かつて、小さな村の動きを、ただただひたすら
「こんな村があるよ」と「ダム日記」で伝えたように、
今度は、「ダム日記2」で、ただただひたすら、
「河川法を改正しようヨ」と、現場情報とルールを
整理しながら呼びかけていきたいと思います。
何かを始めると、「なぜ?」と聞かれることがあります。
だから、聞かれる前に書いておきました。
私の行動の原点は、
メキシコ・チアパス州を流れる、ある名もない川。
「どこ?」と聞かないでください。
誰にも教えません。私の川だから。
でも、あの川が、私を動かしていくのです。
