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ムービーレビュー

ボランティアや市民活動に関する映画やビデオ作品などの映像とともに、自主上映情報なども紹介します。

ウィスキー

並んで立つ男女の写真セリフも表情も押さえられているのに、伝わってくる人物の気持ち――南米ウルグアイの小さな街を舞台に、中年の男性二人、女性一人が織りなす風変わりなコメディ。
なぜ、「ウィスキー」なのか? タイトルに込められた意味は、映画を観てのお楽しみ。

■監督:ウアン・パブロ・レベージャ、パブロ・ストール
■出演:アンドレス・パソス、ミレージャ・パスクアル、ホルヘ・ボラーニ、他
■2004年/ウルグアイ、アルゼンチン、ドイツ、スペイン/94分
■配給:ビターズ・エンド/宣伝:ムヴィオラ 
■2004年カンヌ映画祭 オリジナル視点賞・国際批評家連盟賞
 2004年東京国際映画祭 グランプリ、最優秀女優賞
■2005年4月29日から渋谷シネ・アミューズにて上映中、5月中旬より大阪テアトル梅田ほか全国順次公開
詳細はオフィシャルサイト


南米ウルグアイで、小さな靴下工場を営む初老の男性ハコボと、その片腕となって黙々と働く中年女性マルタ。長年一緒に働きながら、二人は親しい会話を交わすこともなく、単調な日々を送っていた。ところがある日、ハコボの母の墓石建立式に出るため、ブラジルで靴下工場を経営する弟エルマンが久しぶりに訪ねてくることになり、ハコボはマルタに妻の振りをしてほしいと頼む。ほとんど他人同士の3人が、数日間、一緒に暮らすことになって・・・。

エアホッケーをする大人たち靴下工場と海辺のリゾート地を舞台に、中年の男性二人と女性一人が織りなす、風変わりなコメディ。セリフも表情も抑えられているのに、次第に登場人物たちの人物像や心のうちが見えてくる。また、寄せられたベッドと離されたベッド、机の上に飾られた写真といつの間にか片付けられている机の上など、部屋の中の描写が、人物の心の動きを想像させる。こうして、はじめは似たもの同士のように見えたハコボとマルタの違いが、いつの間にか鮮明になる。また、ハコボとエルマンが贈りものを交換するシーンは滑稽で、それだけで兄弟の性格の似たところや違い、二人の間にあるわだかまりが表れてくる。街中を走る車のシートから見えるウルグアイの町並みもどこかしんみりとして、人物の気持ちが投影されているようである。

背の高いハコボの頭の上の部分やマルタの口から下が画面から切れていたりして、不思議な構図も多いが、全編、固定したカメラで撮影されているためであるという。それが独特の雰囲気をかもし出し、何ともいえないユーモアとともに観る者を惹きつける。

乾杯する三人靴下工場での単調な一日は次のように始まる。工場入り口のシャッターの前で、イヤホンで音楽を聴きながら雇い主のハコボを待つマルタ。古びたカフェで朝食をとったハコボが工場に来て、シャッターを開ける。電源スイッチを入れ、古びた機械がブーンとうなりながらまわりはじめる。マルタはハコボにお茶をいれ、細々とした用事を片付け、二人の従業員の女性と靴下製造の仕事をこなす。勤務時間終了時には、タイムカードを押した従業員二人の鞄の中身をチェックする。電気を消して、マルタが工場を出ると、ハコボがシャッターを閉め、「また明日」と別れを告げる。ハコボに隠れて、たまにラジオを聴きながら仕事をすることも、煙草を吸う時もあるが、平凡で退屈な日々が繰り返される。
エルマンが訪ねてこなければ、長い間そうしてきたように、同じような日々が続いていったのだろう。だが、ハコボの見栄か、弟を心配させないためか、夫婦を演じるという小さな嘘から、彼らの人生が少しずつ変わり始める。

結婚しているように見せかけるために、一緒に撮った写真が一枚もないのはおかしいと、カメラの前で作り笑いをする二人。それまで無表情だっただけに、二人のぎこちない笑顔はとても印象的である。
結末は、偽の夫婦を演じていくうちに互いに惹かれあって結ばれるという、ありきたりのものではない。観客に解釈の余地を残しつつも想像させるラストは、観客を驚かせながら納得させるだろう。別れ際に、マルタがエルマンに「飛行機で読んで」と渡したメモの中身を、観終わった後にあれこれ想像するのも楽しい。

そして、なぜ、タイトルが「ウィスキー」なのか? その意味がわかる場面で、観客は可笑しくなって思わず声を出してしまうに違いない。
多くの人が本作品を気に入って、「はい、ウィスキー」と笑顔を見せることが流行るのではないかと期待する。
(Saiko/ViVa!コンテンツサポーター、2005年5月)

投稿者: Saiko  2005年05月04日

村の写真集

写真を撮りに山道を歩く父子(C)2004「村の写真集」製作委員会美しい自然が豊かに残る徳島県の山間部。ダムに沈む予定の村を舞台に、父と息子の葛藤、絆を描く。
 
 

■監督・脚本:三原光尋/写真監修:立木義浩/音楽:小椋佳(主題歌「村里へ」)
■出演:藤竜也、海東健、宮地真緒、桜むつこ、大杉漣、原田知世、ぺース・ウーほか
■2004年/日本/111分/配給:ビデオプランニング=ワコー/宣伝:グアパ・グアポ
■2005年4月23日~東京都写真美術館ホール、5月7日~梅田OS劇場C.A.P、神戸OS・シネフェニックスほか全国順次公開
■詳細はオフィシャルサイト


徳島の山村で古びた写真館を営む研一。彼の家族の想いは、すれ違っていた。妻はすでに亡く、中学生の次女・香夏が研一を支えてくれているが、長女・紀子は数年前に家を出たまま消息不明。長男・孝も父に反発して、東京で見習いカメラマンとして修行中。
ところがダムに沈む予定の村の写真集を、研一と孝とでつくることになったことから、親子の関係に変化が生まれてゆく。そんなある日、大変なことになって・・・。

たたずむ父と息子(C)2004「村の写真集」製作委員会
 
写真を撮りに山道を歩く父・研一の出で立ちは、帽子をかぶり背広にネクタイ、背中には旧式の大型カメラを入れたリュックサック。何もそんな格好で山道を歩かなくてもと、少し滑稽なのだが、職人気質の昔ながらの写真館主という雰囲気がでている。撮り終えると「ありがとうございました」と言って深々とおじぎをするところも、その人柄をよく表わす。
そんな父親を演じた藤竜也がいい味を出しているのはもちろんだが、葛藤のすえ成長してゆく孝役の海東健がなかなか好演している。

台湾人の恋人に後押しされていやいや徳島に戻ってきた孝。父とは会話がなく、故郷にも愛着を感じていない。その気持ちが次第に変化してゆくのが、孝の表情や行動に表れる。
昔の同級生たちと飲んで口論になった翌朝、川で子どもたちと魚釣りをして遊び、村に帰ってきて初めて自分からカメラを向けたいと思うものができた時の孝の表情。村の悪口をいうよそ者に、思わずなぐりかかってしまう。そして、はじめは父の後ろを何歩も離れて歩いていた孝が、次第にその距離を縮めて父のそばを歩き、最後には汗びっしょりになって父を背負って歩く。こうしたいくつものシーンが印象に残る。

子どもたちの写真を撮る息子(C)2004「村の写真集」製作委員会孝からも観客からも頑固親父としか思えない研一。だがやがて、父の姿から、人の気持ちを写真に映し出すのには何が大切なのかを、孝は学んでゆく。同様に観客も、人に向き合う姿勢とはどういうものかを、あらためて気づかされるのではないか。
川沿いの山の斜面に家々や畑が立ち並び、幾重にも重なる山々の上には雲が流れてゆく。美しい景色の中を、観る者も父子とともに歩いて回っているような気分になる。

写真は徳島県出身の写真家・立木義浩が監修。分校に通う腕白な小学生たち、30名もの大家族、仲良く農作業する夫婦、牛も家族の一員の一家、山奥に一人暮らす90過ぎのおばあさん・・・。エンドロールで次々と映し出される村人たちの写真に重なって、小椋佳が歌う主題歌「村里へ」のどこか懐かしいメロディが余韻に残る。
(Saiko/ViVa!コンテンツサポーター、2005年4月)

投稿者: Saiko  2005年04月21日

1リットルの涙

亜矢と母(C)オールアウト難病に向き合って力強く生きた少女の実話を映画化。自由に動かせなくなっていく手で、亜也は日記を書き続ける・・・。
 
 

■監督:岡村 力/原作:木藤亜也 著『1リットルの涙(難病と闘い続ける少女亜也の日記)』(エフエー出版、1986年)
■出演:大西麻恵、かとうかずこ、浜田光夫、芦川よしみ、他
■2004年/98分/日本/製作:株式会社オールアウト
■配給:1リットルの涙上映委員会
■テアトル池袋、浅草・KURAWOODほか全国各地で上映中(2005年2月現在)、全国順次公開予定、上映情報他詳細はこちら


15歳の木藤亜也は、通学途中に転んで下あごを強く打ち、二針も縫う怪我をする。最近歩き方がおかしいと、亜也を心配する母に連れて行かれた病院で、脊髄小脳変性症だと診断される。「文章にすると考えがはっきりする」と、主治医に勧められて、亜也は日記を付け始める。病に負けずがんばって生きる亜也だが、確実に病気は進行していき…。

本作品は実話で、モデルとなったのは、中学3年生の時に脊髄小脳変性症を発病し、1988年に25歳の若さで一生を閉じた木藤亜也さん。彼女が日々の想いを綴った日記をまとめた『1リットルの涙』と、その母・潮香さんの手記『いのちのハードル』(ともにエフエー出版)を原作に映画化したもの。進行していく病気に苦しみ葛藤しながらも、前向きに明るく生きようとする少女の姿を描いている。

脊髄小脳変性症とは、運動を円滑に行い身体の平衡を保つのに必要な、小脳や脳幹から脊髄にかけての神経細胞が変性していく(=壊されていく)病気。病気はゆっくりと進行し、すぐに死に至るわけではないが、発症の原因は不明で、今の医学では有効な治療法はない。

母とリハビリに励む亜矢(C)オールアウト発症するまでは普通に生きていた少女が、突然治る見込みのない病気だと宣告される。常に死を意識して生きねばならない。はじめは歩行がふらつく程度だが、次第に体を思うように動かせなくなり、一人では何もできなくなっていく。話す言葉も、不明瞭で舌足らずのような発音しかできなくなる。手足は不自然にねじれ、歩けなくなり、最後には寝たきり状態になる。

亜也はどんな想いで、病気であることを受け止め、病と向き合っていったのか――映画初出演の大西麻恵が、主人公・亜也の精神的な葛藤も身体的な痛みも見事に表現している。この役者さん自身が実際に病気を患ってしまったのではと思うくらい、表情もしぐさも真に迫った演技である。大西は、亜也さんの日記を読み込み、亜也さんの主治医であった山本紘子医師に話を聞き、養護学校で授業を受けたり、ビデオで脊髄小脳変性症患者の動きや話し方などを研究したりして、役にのぞんだという。

タイトルの『1リットルの涙』は、亜也さんが日記に書いていた言葉である。それまで通っていた高校から養護学校へ転校せざるを得なくなった時に、彼女はこう記した。
「わたしは東高を去ります。そして、身障者という重い荷物をひとりで背負って生きてゆきます。なんてかっこいいことが言えるようになるには、少なくとも1リットルの涙が必要だったし、これからももっといるとおもいます。耐えておくれ、わたしの涙腺よ!」と。
健常者の同級生らと過ごす高校生活は、亜也にとって楽なものではなく、悔しい思いをすることもあるが、大好きな友だちもいて去りがたいものであるのに・・・。

窓の外を見る亜矢(C)オールアウト亜也の心中を思うと、観ているほうも涙があふれてくるが、この物語は決して悲しいだけの作品ではない。亜也の明るさやひたむきさ、一生懸命に生きようとする姿は清々しく、勇気を与えてくれる。
頭の中を「輪切り」にして見る脳のCT検査をした時のこと、CTの機械が頭にかぶさったのは「宇宙船の中にいるみたいで面白かった」と、亜也は母に話す。病院の屋上で入院中の洗濯物を干す時に、母と妹に、医師や看護師さんらに注目されて「アイドルになった気分」と冗談を言う亜也。心配させまいとしてか、つとめて明るくふるまう亜也の姿がいとおしい。一生懸命リハビリをする亜也の姿は、他の患者たちの励みにもなっていく。

また、亜也は入院中に、読書の好きな亜也に本の話をしてくれ、励ましてくれる研修医に淡い恋心を抱く。亜也が主治医の山本医師に「先生…私…、結婚できる?」と聞くシーンの切なさ。亜也が「私、どういう病気ですか?」と尋ねた時と同様に、山本医師はその場限りの気休めではなく、正直に亜也に答える。亜也は医師の答えに対していずれも「本当のことを教えてくれて、ありがとう」と言うのだ。どんなにか辛く悔しいだろうに、亜也はなんと強い人なのだろうと思う。

「不幸じゃない、不便なだけ」「自分で決めたら、しまったと思ってもやり直せる」「人の役にたつことをしたい」「胸に手をあててみる。どきっと音がする。うれしいな、私は生きている」。こんなにも一生懸命に生きている彼女の姿を見て、観客は自分も前向きに強く生きようという気持ちを新たにすることだろう。(Saiko/ViVa!コンテンツサポーター、2005年2月)

投稿者: Saiko  2005年02月12日

エメラルド・カウボーイ

エメラルドに夢を求めて、コロンビアへ移住。「エメラルド王」と呼ばれるまでになった日本人,早田英志の半生を描く。作り物のアクション映画よりも緊迫感あふれる、異色のドキュメンタリー(原題:ESMERALDERO/EMERALD COWBOY)。
 
 

■製作総指揮・監督・脚本:早田英志
■制作・監督・編集:アンドリュー・モレナ
■出演:早田英志、ルイス・ベラスコ、カロリーナ・リサラソ、パトリシア・ハヤタ、リカルド・ウイルキー、他
■2002年/コロンビア/123分/配給:アップリンク、アンデス・アート・フィルムス
■2005年お正月第2弾として2月5日~シネセゾン渋谷(東京)にて公開、春、テアトル梅田(大阪)にて公開、他全国順次公開予定
※上映情報他詳細は作品公式ホームページ


南米コロンビアの首都ボゴタの北方には、ムッソー、チボール、コスクエスなどのエメラルド鉱山が広がる。これらは世界有数のエメラルドの産出地である。ここでエメラルド原石を売買する者たちは、泣く子も黙る「エスメラルデーロ(Esmeraldero)」と呼ばれる。カウボーイハットを被り、銃を腰に挿し、馬の代わりにジープを乗り回し、時には西部劇のような銃撃戦を繰り広げる荒くれ者、鉱山のカウボーイたち。

エスメラルデーロ同士の抗争は日常茶飯事で、命を落とす者も多い。だが、深く鮮やかな美しいグリーンの石に夢を求めて、集まってくる者は後をたたなかった。30代の日本人青年、早田英志もそのうちの一人だった…。

何ももたないエスメラルデーロから、今やエメラルドの鉱山、輸出会社、警備会社を経営し、「エメラルド王」とまで呼ばれるようになった男、早田英志。本作品は、1940年埼玉県生まれの早田が、遠く離れたコロンビアの地で夢をつかんだ自分の半生を、本人の監督・脚本・出演により再現したドキュメンタリー映画である(監督はアンドリュー・モレナと共同)。

作品は、冒頭で現在の早田のエメラルド・ビジネスの様子を映し出し、25年前の回想にうつる。1975年、エメラルドに魅せられて鉱山に一人やってきた青年、早田。女エスメラルデーロ、スサーナに原石の品定めや交渉の仕方を習い、アメリカ人エスメラルデーロのデイブとソシオ(パートナー)を組んで原石を取引する。
偽モノを掴まされそうになったり、命を狙われたり、身代金目当ての誘拐犯に美しい妻や可愛い娘たちが狙われたり、身に覚えのない殺人容疑をかけられたり、数々の危険にあいながら、エメラルド・ビジネスで成功していく様が描かれる。

冒頭と終わりの現在の早田を早田本人が演じ、メインの若き早田役をコロンビア人俳優ルイス・ベラスコが演じている。当初は、ハリウッドから監督と主演に日系アメリカ人俳優の起用を予定していたというが、ゲリラや誘拐・強盗事件の頻発する現地での撮影に恐れをなし、監督も俳優も辞退してしまったという。そのため、早田本人が監督をつとめ、現在の早田役も本人がドキュメンタリー的手法で演じ、その間に若き日の早田役の俳優をキャスティング。

ベラスコは日本人には見えず、話す言葉(英語)もコロンビア人のイントネーション(と思われる)で違和感があるが、出演する度胸のある日本人または日系人俳優は一人もいなかったということか。もっとも、ベラスコはなかなか魅力的であるし、すぐに話の面白さに引き込まれて、違和感などはどうでもよくなる。それに、本作品を見れば、出演しようという勇気ある俳優がなかなか見つからなかったのも納得がいく。

コロンビアは、政府軍、左翼ゲリラ、右翼非合法武装集団が衝突を繰り返し、テロや武力抗争などが絶えない。本作の現在のドキュメンタリー部分では、撮影中に実際にゲリラに襲われて応戦するシーンも含まれている。治安の悪いコロンビアの、それも部外者を寄せ付けない鉱山地帯にあって、まさに危険と隣り合わせの撮影だったであろうことは想像がつく。

原石を光にかざして色や傷の具合を確かめ、研磨後の販売価格を想定して仕入れ値の交渉をする。想定価格を高回る石も下回る石もあってギャンブル性が高い。原石を見極める確かな目と交渉力、そして何よりも度胸が必要だ。
そうした一介のエスメラルデーロからはじめた早田。多数のボディーガードを引きつれ、防弾チョッキを着け、拳銃で武装して身を守る現在の彼の姿は、ギャングの親玉のようにも見えなくもないが、有能な実業家で情熱をもった冒険家である。原石買付、加工、輸出、鉱山開発などのエメラルド・ビジネスの実態も垣間見ることができて、興味深い。

日系人の早田がどうやって現地で信頼を得て成功したのか。こんな日本人がいたのか、こんな世界があるのかと、うならされる。アメリカのある新聞では、「今までで最もエゴの強い映画」と評されたというが、ここまで強烈で魅力的なエネルギーあふれる人物、多少自己主張の強い作品をつくったとしても逆に当然だとも思わされる。
  作り物のアクション映画よりも緊迫感にあふれている。こんなにもスリルのある豪快なドキュメンタリーが他にあるだろうか。(Saiko/ViVa!コンテンツサポーター、2005年1月)

投稿者: Saiko  2005年01月01日

酔画仙(すいがせん)

貧民街で殴られていた物乞いの少年を、通りがかった学者が助ける。殴られた理由を描いたスンオプの絵を見たキムは、彼の画才を見抜き・・・。19世紀後半の朝鮮王朝時代末期、貧民に生まれ筆一本で宮廷画家にまでのぼりつめたチャン・スンオプの生涯を描く。

■監督:イム・グォンテク(『風の丘を超えて~西便制』『春香伝』)
■出演:チェ・ミンシク(『パイラン』『オールド・ボーイ』)、アン・ソンギ(『祝祭』『眠る男』)、ソン・イェジン(『ラブストーリー』)、ユ・ホジョン、キム・ヨジン、ハン・ミョング、チョン・テウ、チェ・ジョンソン、他
■韓国/2002年/119分/配給:エスパース・サロウ
■12月18日より岩波ホール(東京)にて公開、ほか全国順次公開
■第55回(2002)カンヌ国際映画祭監督賞受賞、第23回(2002)青龍賞最優秀作品賞監督賞、撮影賞、ほか
作品公式HP

貧民街で殴られていた物乞いの少年チャン・スンオプを、通りがかった学者キム・ビョンムンが助ける。殴られた理由を描いたスンオプの絵を見たキムは、彼の画才を見抜き・・・。


19世紀後半、腐敗政治や外国の侵入に揺れた朝鮮王朝末期の激動の時代を生きた、実在の天才画家、張承業(チャン・スンオプ 雅号:吾園 1843~1897)の生涯を描いた作品。身分の低い家系に生まれ孤児同様に育ち、やがて絵の才能を認められて宮廷画家にまでのぼりつめた男。

酒と女性なしには筆をとらなかったといわれるが、その神業のような筆の運びは人々を感嘆させる作品を数多く生み出した。伝統的画風にこだわらず、自由な作風で、韓国近代絵画の土台を築き上げ、申潤福(シン・ユンボク 雅号:恵園)、金弘道(キム・ホンド 雅号:檀園)とともに“朝鮮時代三大画家”と称される。54歳で姿を消し、最期は仙人になったとも言い伝えられている。

本作は、チャン・スンオプにまつわるわずかな記録を豊かな創造力で膨らまして味付けし、その一生を力強く描き上げる。スンオプの絵の才能と型にはまらない性格を表すいくつもの印象的なエピソードが綴られる。若い頃、住み込みで働いていた通訳官の家で、貴重な画帳を夜中にこっそり盗み見て、自分の部屋に戻り本物同様に再現する。その驚くべき観察力と記憶力。

また、通訳官の妹に淡い恋心を抱くも、彼女は貴族に嫁いでいく。淋しい片想いの気持ちが表れているような、梅の木にとまるつがいの雀と、その画の端に独りぼっちの雀の絵。

画家として名が知られはじめた頃、没落貴族の妓生(娼妓)メヒャンの笙演奏に魅了される。初めて出会ったその夜に彼が着物に描いた梅花の絵を一生涯大切にもち、彼のよき理解者となったメヒャン。しかし、当時迫害を受けていたカトリック信者であった彼女は行方をくらまし、二人は再会と別れをくり返す。

自棄酒に泥酔して指に墨をつけて描きなぐった、酒瓶を抱えて拳を振り上げる猿の絵に、スンオプはみずからの姿をみて、流浪の旅に出る。
  やがて彼の作品を所有していなければ出世できないとまで言われるほど有名になり、誰もが彼の絵を所望するが彼自身は満たされない。人々がもったいないと止めても、納得できない作品はずたずたにやぶりすてる。宮廷画家として召されても、宮廷から逃げだしてしまう。

もって生まれた才能もあるが、名声に甘んじることなく、今の作品を乗り越えて常に新しいものを目指していったからこそ、すばらしい作品を生み出していくことができたのだろう。
  憑かれたように筆をとる彼の横顔。全身の気を集中させ、握る筆がすっと美しい絵を生み出していく様。チェ・ミンシクが圧倒的な存在感で主人公を熱演している。

しかし、彼自身は自分の作品に真に満足することがあったのだろうか。本作品中の映像は、スンオプが描く山水画と同様に美しく、華やかであると同時に、どこか荒涼としていて淋しげでもあり、スンオプの心のうちを想像させる。(Saiko/ViVa!コンテンツサポーター

投稿者: Saiko  2004年11月01日

ホストタウン エイブル2

2003年初夏、エイミーの町は、ダブリンで開催される障がい者のスポーツの祭典「スペシャルオリンピックス夏期世界大会」に参加する日本選手団のホストタウンとなった……。障がいがあってもなくても、誰もが可能性をもっている。小さな町の大家族の、愛と勇気の物語。
 
 
 
 

■監督・製作:小栗謙一/製作総指揮:細川佳代子
■出演:エイミー・パーセル、リンジー・パーセル、他
■日本/2004年/101分/配給:ableの会/宣伝:ムヴィオラ
■全国で順次公開中(自主上映も含む)
■リンク
 ・ableの会
 ・NPO法人スペシャルオリンピックス日本


アイルランドの小さな田舎町、ニューブリッジに暮らす14人の大家族。18歳のエイミーは12人兄弟の9番目、知的障がいを伴うダウン症である。2歳年下の妹リンジーは脳性マヒで下肢が不自由。そんな2人を支えるのは、優しい父と気丈な母、そして兄弟たち。

2003年初夏、エイミーの町は、ダブリンで開催される障がい者のスポーツの祭典「スペシャルオリンピックス夏期世界大会」に参加する日本選手団のホストタウンとなった……。

「エイミーはいつも家族の中心にいる。」映画は、彼女の父親のナレーションで綴られる。家族ははじめ、障がいに対して、不安や怒り、失望を感じていた。でも、今は違う。エイミーとリンジーのおかげで優しさ、幸せを知ったと語る。

エイミーは明るい。自ら希望して養護学校から普通の学校に転入し、クラスメートと学校生活を楽しんでいる。また、電話受付秘書を目指して勉強する。思うようにできず落ち込み悲しくなる時もあるが、あきらめずにやりたいことに挑戦していく。障がい者は、健常者と同じようにはできないと人は普通思っている。しかし、社会ができないと決めつけて、可能性を窒息させているだけなのだ。カメラはエイミーとその家族の日常を追いながら、障がいに対して人が無意識に抱いている心のバリアを取り払うことを訴えかける。

妹のリンジーも印象的だ。悩みをぶつけながらも、人と違うことを幸運だと思える、と自分を肯定する。

障がいという重いテーマを描いているが、暗さはない。やさしいユーモアで、笑いを誘いさえする。観ながら、エイミーやその家族がいとおしくなる。あたたかい気持ちになれる作品である。

なお、本作品は、知的障がいをもつ少年2人の米国でのホームステイ生活を記録し、反響をよんだ『エイブル』(2001年)の続編。また、2005年にはアジアで初めてのスペシャルオリンピックス冬季世界大会が長野で開催される。『エイブル3』が製作されることを、期待したい。(Saiko/ViVa!コンテンツサポーター

(本文=「映画でみる生老病死」欄、『病院』63(4),p321,2004より、許諾を得て転載)

投稿者: Saiko  2004年10月01日

春夏秋冬そして春

春のシーンを表した写真幼年から老年にいたるまでの一人の男の人生を四季の移ろいに重ね合わせて……。息をのむほど美しい映像で綴るキム・ギドク監督作品。
 
 

■監督・脚本・編集:キム・ギドク(『魚と寝る女』『悪い男』)
■音楽:パク・ジウン/挿入歌:キム・ヨンイム「旌善(チョンソン)アリラン」
■出演:オ・ヨンス、キム・ジョンホ、ソ・ジェギョン、キム・ヨンミン、キム・ギドク、ハ・ヨジン
■2003年/102分/ドイツ=韓国/配給:エスピーオー/宣伝:アニープラネット
■10月30日よりBunkamuraル・シネマ(東京)にて公開、ほか全国順次公開、作品公式HP URL:http://www.kimki-duk.jp/spring/
■2003年ロカルノ国際映画祭コンペティション 青年批評家賞ほか3部門受賞、2003年サンセバスチャン国際映画祭観客賞受賞、2003年青龍賞最優秀作品賞受賞、2004年大鐘賞最優秀作品賞受賞、ほか


夏のシーンを表した写真 世間から隔絶されたような山奥の美しい湖。その湖上に浮かぶ小さな寺に暮らす老僧と幼い童僧の二人の物語から始まり、童僧が成長し老いてゆくまでの人生の四つの時期を、季節の移ろいになぞらえた作品。
 
 生命の息吹が感じられる「春」、小動物をいじめて無邪気に楽しむ童僧に、老僧は命の重みを教える。幼かった子どもが成長し17歳となった「夏」、同い年の少女が養生のために寺を訪れ、彼は恋を知る。つのる恋の執着に、老僧の教えも聞かず、少年は少女を追いかけて山寺を後にする。それから10数年の時が過ぎた紅葉の美しい「秋」、裏切った妻を殺して男は寺に戻ってくる。怒りと苦痛に堪えきれず自害を図る男に、老僧は心を静めるようにと諭す。月日が流れて湖面を氷が覆う「冬」。服役を終えて寺に戻ってきた男は、老僧の遺骨を拾い、氷に仏像を彫る。顔を隠した女が寺に置き去りにした赤ん坊を預かる。
 そしてまた「春」。赤ん坊は大きくなり、いつぞやの春のように、生き物をいじめては笑い声をあげる。それを見守る男……。

秋のシーンを表した写真 幼年期、思春期、成人、そして壮年期と、それぞれ別の俳優が演じており(壮年期の男の役はキム・ギドク監督自身が出演)、いずれも鮮烈な印象を残す。
  蛙、蛇、魚の背に石をくくりつけて、天使のようにあどけない顔で笑う幼子。「春」の童僧役のキム・ジョンホはあまりに愛らしく、いたずらの残酷さとのギャップに背筋を一瞬冷たいものが走る。

 「夏」の少年を演じるのはソ・ジェギョン。湖でボートに乗る時によろめいた少女を支える時のどぎまぎした表情。はじめての恋に喜びを感じ、一方でおさえられない恋心と仏の教えの間で葛藤し、震えながら読経する様子など、思春期の少年を好演している。
 「彼女を愛していたんです。それが罪ですか?」と「秋」で妻を殺した男を演じるのはキム・ヨンミン。わきたつ怒りと苦しみを制御できず、湖でボートを力任せにこぐ。床一面に書いた般若心経の文字を、ナイフで一つひとつ彫っていくなかで心が静まっていく。感情がよく表れる目がとても印象的だ。

冬のシーンを表した写真 「冬」、心の平安をもとめて修行にはげむ壮年期の男を演じるキム・ギドク監督。心にのしかかる人生の重しのような石を背負って雪山を歩く男の様子に、幼き童僧の姿を思い出す。男の映像に、国民的民謡歌手キム・ヨンイムが歌う民謡「アリラン」の美しくももの哀しい歌声が重なって涙を誘う。そしてエピローグの「春」で、幼い少年を育てる男。監督はどんな思い入れでこの役を演じたのだろう。
 春夏秋冬、ため息がでるほどの美しい景色のなか、彼らそれぞれの表情が、眼差しが、観る者の心につきささる。

 季節が何度でも巡り変わるように、人は生まれては老いてゆき、そしてまた新しい世代の命が誕生し成長していく。人生で経験する、喜びや悲しみ、苦しみ。愛情や欲望、怒り、葛藤、そして安らぎ……。本作品は、水を閉じこめた湖の面がボートにゆれるように観る者の心をゆさぶり落ち着かなくさせながら、同時に、水晶のように透き通る水に、様々な感情に押しつぶされて疲れた心が洗われていく、そんな不思議な魔力をもつ。(Saiko/ViVa!コンテンツサポーター

投稿者: Saiko  2004年10月01日

ミラーを拭く男


©2003「ミラーを拭く男」パートナーズ
小さな交通事故を起こしてしまった定年間近の男が、会社を辞めて自転車で全国のカーブミラーを拭いてまわる旅に出る……。定年前後の心境や、家族・夫婦の絆を描く。
 
 
 

■監督・脚本:梶田征則
■出演:緒形拳、栗原小巻、辺土名一茶(DA PUMP)、国仲涼子、水野久美、 岸部一徳、大滝秀治、長門裕之(特別出演)、津川雅彦、他
■日本/2003年/ 117分
■2003年モントリオール世界映画祭出品、サンダンス・NHK国際映像作家賞2002受賞
■配給:パル企画
■テアトル池袋にて2004年8月21日よりロードショー、他全国公開予定
■リンク/公式サイト

定年間近に交通事故を起こしてしまった皆川勤。うつ状態で何もかも妻の紀子に任せきりの勤に、息子・芳郎と娘・真由美は冷ややかだ。勤は勝手に会社を辞めて、事故現場のカーブミラーをはじめ、市内にあるミラーを磨き始める。そんな夫に気付き、心配しつつもあきれる紀子。その後、勤は家族の前から黙って姿を消す。なんと、自転車で北海道から全国まで、ミラーを拭いてまわる旅に出たのだ…。



©2003「ミラーを拭く男」パートナーズ
 全国にはいったい何本のカーブミラーがあるのだろう。それを1本1本、拭いてまわろうとは…。現実的なことを考えたら、誰がそんな行動をとるだろうか。勤は会社を辞めて、家を出て、憑かれたように自転車を走らせミラーを拭いてまわる。そんな勤の行為を何か無茶していて面白いと取材を始めるテレビ。やがて手伝いを申し出る男がテレビで呼びかけ、全国でミラー拭きが大ブームに。マスコミで取り上げると一過的にブームになる世相を皮肉っているのか、滑稽だ。

 一方で、勤は取材されようがされまいが、ただ黙々とミラーを拭く。脚立に乗り、洗剤をつけた1枚目の雑巾でまず磨き、次に2枚目の雑巾でから拭きする。1本1本その作業を繰り返す。汚れていたミラーが曇り一つなく光るのを見ると清々しい気持ちになるのかもしれないが、果てしない数のミラーを拭きながら、何を考えているのだろう。ミラーを磨くことで、事故後の気持ちの整理をつけているのか、交通安全を訴えるパフォーマンスか、それとも?
 勤は誰にもミラーを拭く理由を語らない。

 勤の行動が理解できずに困惑し、ばらばらになりかけた家族だが、最後に妻は夫を理解したのだろう。ラストシーンで、並んで走る2台の自転車が、夫婦の絆を感じさせる。
 主役を演じるのは緒形拳。約2時間の作品中、ほとんど言葉を発せず、表情と行動だけで好演。妻の紀子を栗原小巻が、息子を辺土名一茶(DA PUMP)、娘を国仲涼子が演じている。

 本作は2002年のサンダンス・NHK国際映像作家賞受賞作品の映画化。脚本を書き自らメガホンをとった梶田征則監督は、本作が劇場用長編映画としてはデビュー作。還暦目前の父が車の接触事故を起こしうつ病になった実体験を、ミラーを拭く男というアイディアに盛り込んだという。定年前後の心境やうつ病など、現代社会が抱えるテーマをユーモアを交えて取り上げながら、家族や夫婦の絆に目を向けさせてくれる作品である。(Saiko/ViVa!コンテンツサポーター

投稿者: Saiko  2004年08月01日

草の乱

秩父事件120周年記念作品。4億5,000万円の製作費のほとんどが市民らの出資・寄付等により集められ、延べ8,000名のエキストラはボランティアという、多くの市民の参加・協力によって草の根的に製作された映画。2004年9月より全国各地で公開予定。

■監督:神山征二郎/製作総指揮:砂村惇/脚本:加藤伸代
■出演:緒形直人、藤谷美紀、杉本哲太、田中実、田中好子、林隆三、他
■2004年/日本/118分
■リンク/上映情報

1884(明治17)年11月、悪政や高利貸しに苦しむ秩父郡などの民衆が、貧民の救済を求めて「困民党」を結成し、武装蜂起した・・・。


映画は1918(大正7)年、北海道野付牛町に暮らす一家の場面から始まる。妻の再三の願いにもかかわらず頑として入籍させなかった男が、死を目前にして、隠してきた半生を妻子に告白する。自分の本当の名は“井上伝蔵”だと。本籍は埼玉県秩父郡・・・。

1884年の秩父事件後、行方がわからず欠席裁判で死刑判決がくだされた井上伝蔵は、北の地で名を変え生きていた。映画は、困民党会計長の井上伝蔵を中心に捉え、長い間“暴動”とされた秩父事件を、近代日本民主主義の源流とする視点から描き出す。

主に養蚕で生計をたてていた秩父地方の民衆は、生糸価格の暴落と、中央集権・軍備増強をはかる明治政府の増税策にあえぎ、借金に頼らざるを得なかった。それにつけ込む高利貸しによって身代限り(破産)となる農民が続出。自由民権運動が秩父でも盛んになるなか、農民たちは困民党を結成し、借金据え置き・諸税軽減などの誓願運動をするが、官側に取り合ってもらえず、ついに蜂起を決意する。

夕刻、かがり火の焚かれた神社の境内に集まった男たちの厳しい面もち。命を捨てる覚悟の夫たちを引き留めたくともできずに、彼らのためにめったに食べられぬ白米のおにぎりを握る女たち。集団交渉に応じない高利貸しの打ち壊しと役所の占拠を目的に、男たちは動き出す。

井上伝蔵や加藤織平(困民党副総理)らを先頭に、竹槍やのぼりを持ち、白い鉢巻きとたすきを付けた困民党約1,000名が荒川を渡る場面や、郡役所へ走っていく場面は圧巻である。必死の想い、熱気が伝わってくる。

また、フランスのDeep Forestが担当し、国指定重要無形文化財である秩父屋台囃子を取り入れた音楽が、各場面を盛り上げる。美しいソプラノのLyricoが歌うエンディングの主題歌が余韻を残す。

井上伝蔵を演じた緒形直人氏は、秩父事件を「土地への愛情、仲間たちへの友情、家族への愛、そういうことが発端となって起きた事件だと解釈した」と語っている(2004年4月27日の完成披露試写会での舞台挨拶で)。愛するものを守るため、よりよい世の中を求めた秩父農民の行動は、単なる暴動ではなく志の高いものであったことを映画は伝えようとする。

不況、高利貸し、増税、軍備増強という当時の時代背景は、デフレ不況、サラ金、消費税や社会保険料の引き上げ、自衛隊のイラク派遣など、今の日本と重なるところが多い。悪政に我慢することなく、秩父の民衆は立ち上がった。世の中が狂った方向に行こうとしている時に、黙って傍観するのではなく、意思表示し、行動しなければいけないと、本作品は訴えかける。

もっとも、やむを得なかったのかもしれないが、秩父事件では武力で立ち向かおうとして失敗した。世界各地でのテロ行為や戦争が結局は理想の実現をより困難なものにしているのと同じこと。武力ではなく、理性や心に訴える形で動かなければならないと、戦闘シーンを見ながら考えた。

秩父事件の映画化は、「ハチ公物語」、「遠き落日」、「月光の夏」などの神山征二郎監督が、30数年も前から構想を温めてきたものである。


今秋(2004年秋)の一般公開に先立ち、本作の完成披露試写会が2004年4月27日に有楽町朝日ホールにて行われた。
当日は上映前に、神山征二郎監督、出演者である緒形直人、藤谷美紀、杉本哲太、田中実の5氏が舞台挨拶を行った(それぞれ井上伝蔵役、伝蔵の昔の妻こま役、加藤織平役、積極的に謝金据え置き誓願の運動を進めた高岸善吉役)。

神山監督は「悔いのない仕事をした」と語り、個人の出資や寄付などによって4億5,000万円という多額の製作資金が集まり映画化できたことに感謝を述べるとともに、出資を返すためにも、今秋からの全国各地での上映を成功させるための協力をお願いした。

加藤織平役の杉本哲太氏は、「延べ8,000人のボランティアのエキストラが参加して、現場はものすごくテンションが高く、そのエネルギーに負けないようにと演技に力が入った」と語る。監督、俳優、スタッフ、ボランティア、出資者など、数多くの人々の熱い思いが込められた映像である。本作品の上映に、さらに多くの人々が足を運ぶことを期待したい。(Saiko/ViVa!コンテンツサポーター

投稿者: Saiko  2004年06月01日

上海家族

上海の旧市街を舞台に、3世代の女性の生き方、母娘の絆を描く。娘役のチョウ・ウェンチンの繊細かつみずみずしい演技が話題に。

■監督:ポン・シャオレン/出演:チョウ・ウェンチン、リュイ・リーピン、チェン・チェンヤオ、他/2002年/中国/96分
■配給:東宝東和
■2003年トリノ国際女性映画祭最優秀作品賞・最優秀監督賞・最優秀助演女優賞、第24回フランス・ナント国際映画祭最優秀主演女優賞、他受賞作品
■岩波ホールにて2004年5月1日より上映中、以後全国で上映の予定
■リンク/上映情報:eigafan

記者会見で作品について語るポン・シャオレン監督。15歳のアーシャと母は、家庭をかえりみない父の元を離れて、祖母の住む実家に戻る。しかし、狭い長屋で新婚の叔父夫婦と暮らす祖母の家に、二人はいつまでも居られるわけではなかった。アーシャのためを思い、母は再婚を決意するが……。


現代っ子の娘と古い感覚をもつ祖母。そして社会の古い価値観を理解し受け入れつつも、その圧力に屈せず、自立の道を歩んでいく母。急速に発展し、伝統と新しい文化が混在する上海の下町を舞台に、社会の変化を象徴している異なる3世代の女性の姿を描き出す。
 母親は、弱さと強さを併せもった女性である。男性中心の社会に、裕福でもない女性が離婚して子どもを抱えて暮らしていくのは容易ではない。生活のため望まない再婚を選んだ母だが、自分を曲げて生きていくことを、母自身も娘も良しとしなかった。
  母と娘は時にはぶつかり合い、傷つきくじけそうになりながらも、相手を思いやり、励まし合う。自分たちの居場所を求めて生きる母娘の絆を、女性監督ポン・シャオレンは温かく描いている。

娘アーシャ役のチョウ・ウェンチンは、これが演技初体験であったという。彼女は、思春期の女の子の内面や、感情の変化を繊細に表現し、フランス・ナント国際映画祭で見事、最優秀主演女優賞を受賞している。また、映画では、中国の住宅事情がかいま見られて興味深い。下町に暮らす人々の息づかいが伝わってくるような、飾り気のない作品である。


「上海家族」を上映している岩波ホール、2004年7月31日からの上映は「父と暮らせば」。井上ひさし原作の同名戯曲を映画化した黒木和雄監督作品。出演:宮沢りえ、原田芳雄、浅野忠信。舞台は、原爆投下から3年後の広島。生き残ったことに負い目を抱き恋はできないという娘の前に、原爆で死んだ父が幽霊となって現れて、彼女の心を開かせようとする……。宮沢りえが心の傷をもった娘役を繊細に演じ、原田芳雄は人間臭さをもったユーモアあふれる幽霊を好演。こちらもお楽しみに。(Saiko/ViVa!コンテンツサポーター

投稿者: Saiko  2004年05月01日

月光の夏

 特攻兵が出撃前に弾いたピアノにまつわる実話を映画化。2004年秋公開予定『草の乱』の神山征二郎監督が描いた約10年前の作品。今年8月15日に、同原作の朗読劇が公演されることでも話題に。

■監督:神山征二郎/原作・脚本:毛利恒之
■出演:渡辺美佐子、仲代達矢、山本圭、若村真由美、永野典勝、田中実、石野真子、他
1993年/日本/112分
■製作:仕事、配給:日本ヘラルド映画、ヘラルド・エース、映画「月光の夏」全国配給委員会

佐賀県鳥栖市。元音楽教師の吉岡公子は、鳥栖小学校にある廃棄寸前の古いグランドピアノの保存を訴える。そのピアノは、約45年前の1945年初夏、若き二人の特攻兵が出撃前に弾いた思い出のピアノであった。その話を聞いたラジオ局の石田りえは、ドキュメンタリー作家の三池安文とともに、生き残った特攻兵を探し出すが……。


生きて帰れぬ出撃の前にもう一度思い切りピアノを弾きたいと、目達原基地からピアノがある鳥栖小まで10数キロの距離を走ってきた二人の特攻兵。一人はベートーベンの「月光」を奏で、もう一人は「海ゆかば」を弾いて、基地に戻った。二人はピアニストや音楽教師になりたいという夢を持っていた学生だった。敗戦が近くなった当時の日本は、二人のように若い学生たちまでを動員し出兵させていた。

作家の三池らは、生き残った特攻兵を捜していくうちに、エンジン不調で特攻の途中引き返したり不時着したりして生き残った兵たちを収容した施設「振武寮」の存在を知る。軍は特攻帰還者の存在が国民の志気を下げることを懸念し、家族には戦死したことにし、帰還者を寮に収容していたという。
  ピアノを弾いた特攻兵のうちの一人、風間森介も生き残り、振武寮に送られた。エンジン不調でむだ死にはすまいと戻ったが、もう一度出撃させてほしいと頼む彼に、軍の幹部は、死ぬのが怖くて戻ったのではないか、「帝国軍人の恥さらし」とののしる。その夜、寮の窓から差し込む月光に照らされた風間の顔をつたう悔し涙。映画は、生き残ったがために辱められ、死んだ仲間に負い目を感じて生きてきた元特攻兵たちの苦しみを伝える。

グランドピアノを目の前にして「私は生き残りました」という風間に、「よう生きとってくださいました」と答える吉岡。映画は少し救われた思いがする場面で終わるが、風間の弾く「月光」のメロディに、特攻で死んでいった者たちの痛々しい最期の映像が重なる。特攻兵の多くは敵の艦隊に体当たりする前に敵に撃墜されたという。神山征二郎監督は、「戦争に行った者は痛みを感じたはず、恐怖を感じただろう」とそれらの映像を加えたと語っている(2004年4月9日の講演にて)。

本作は、2004年秋に『草の乱』(秩父事件120周年記念作品、主演:緒形直人)の公開を控える神山監督が、約10年前に撮った作品である。
  『草の乱』今秋公開を記念して、2004年4月9日に、神山監督の講演と『月光の夏』の特別上映が、「草の乱」出版の会の主催で文京シビック小ホールにて開催された。上映終了時の挨拶で、主催者が「10年前の映画だが、なんと今の世相にあっていることか」と述べられた。自衛隊のイラク派遣がこの先どうなるのかという現実に、「月光の夏」に描かれた当時の日本の状況がオーバーラップして、おそろしい気がする。(Saiko/ViVa!コンテンツサポーター


<関連情報>

創立45周年を迎える劇団東演では、平和への願いをこめて「月光の夏」の舞台化に96年から取り組んでいる。特に、2003年2月にスタートした朗読劇「月光の夏」では、今年8月15日12時00分に全国各地で同時に公演するプロジェクトを広く進めている。
  同時公演プロジェクト参加団体の形態や規模、会場の種類などは問わず、地域のサークルや学校などのクラブ活動、セルフプロデュースによる公演でもOK。5月から8月まで茨城、神奈川、静岡、沖縄各県下で巡演するほか、8月13日から15日までスペースゼロ(新宿)で公演。(13日=19:00、14日=14:00、15日=12:00、全て一般3000円)
  問い合わせは同劇団(TEL:03-3419-2871、E-mail: info@t-toen.com)まで。

劇団東演


<関連メディア>
・原作文庫:毛利恒之(著) 講談社 495円
・原作朗読ブック:毛利 恒之(著) サンマーク出版 1,300円

投稿者: Saiko  2004年04月01日

アフガン零年(ぜろねん) OSAMA

タリバン政権下、生きるために、少女は髪を切り少年に姿を変えた……。映画が禁止されていたタリバン政権崩壊後、初のアフガニスタン映画誕生!2003年カンヌ国際映画祭カメラドール特別賞、2003年ロンドン映画祭最優秀作品賞、2004年ゴールデングローブ賞外国語映画賞、他多数賞受賞。2004年3月13日より東京都写真美術館他にて全国順次公開。

■監督・脚本・編集:セディク・バルマク
■出演:マリナ・ゴルバハーリ(少女)、モハマド・アリーフ・ヘラーティ(お香屋の少年)、ゾベイダ・サハール(母)
■2003年/アフガニスタン=日本=アイルランド/35ミリ/カラー/82分
■製作:バルマク・フィルム、NHK、ルブロック・フレイザー・プロダクション
■提供:アップリンク、ムヴィオラ、NHKエンタープライズ21
■配給・広報:アップリンク、ムヴィオラ
上映情報

 「虹をくぐると少年は少女に、少女は少年に変わり、悩みが消える」
 祖母は、昔話を語りながら、涙する少女の髪を切った。

 過激なイスラム原理主義を標榜し、女性が身内の男性を同伴せずに外出することを禁じたタリバン政権下では、一家に男性がいないと仕事にも出かけられない。少女は、戦争で父も兄も失い、祖母と母と3人で暮らしている。看護師である母は、患者の家族の男性を夫と偽って病院と家との送り迎えをしてもらっていたが、病院をくびになってしまった。明日の食事にも困り、祖母と母は、少女を少年の姿に変え、働きに出すことにする。
 女であることがばれないように怯えながらも、なんとかやり過ごす毎日。女みたいだとからかう周りの少年たちに,少女をよく知るお香屋の少年はかばってくれる。しかしやがて……。

 映画は、お香屋の少年が、ビデオカメラを構えた外国人ジャーナリストにお香を勧めている場面から始まる。そこにブルカを被った、仕事を求める女性たちのデモ隊が現れ、タリバン兵たちに蹴散らされる。逃げまどう女たちのなかに、騒ぎに巻き込まれた少女と母親の姿が映し出される。
 カブールの状況を示す、まるでドキュメンタリーのように感じさせる出だし。そこから、観客は一人の少女の物語へと引き込まれていく。少女の正体がばれないよう祈りながら、ハラハラして画面に釘付けになる。怯えた眼差しに心を痛め、少女の泣き顔に涙を誘われる。
 当初、この映画は『虹』という題が付けられ、少女が希望と自由の象徴である虹をくぐるシーンで終わる予定だったという。しかしアフガニスタンの悲劇はまだ終わっていない、自由をつかむシーンはまだ描けない、だから、別のラストシーンにしかなり得なかった。
 檻の中で、少女が真っ直ぐ前を見つめて縄跳びをする。靴音が響く。悲しみをたたえた大きな瞳。その視線の先はどこに向けられているのか。
 これは決して一人の少女の苦難の物語ではない。背後に、抑圧されてきた女性たちの苦しみや痛みがある。アフガニスタンが自由の地になるために、私たちには何ができるのだろうか。(Saiko/ViVa!コンテンツサポーター

2004年5月15日(土)、"生の声で聞くアフガニスタン"トークショー開催!
http://www.uplink.co.jp/afgan/

投稿者: Saiko  2004年03月01日

わが故郷の歌

年老いた音楽家が息子二人とともに、かつての妻を探して、イラン・イラク国境地帯を旅する。デビュー作『酔っぱらった馬の時間』で高い評価を得た、イランのクルド人初の監督バフマン・ゴバディの第2作。2002年カンヌ国際映画祭フランソワ・シャレ賞、サンパウロ国際映画祭最優秀作品賞、他、多数の賞を受賞。

 
■監督・脚本・製作:バフマン・ゴバディ
■出演:シャハブ・エブラヒミ(ミルザ)、アッラモラド・ラシュティアン(アウダ)、ファエグ・モハマディ(バラート)
■2002年/イラン/クルド語/カラー/100分
■原題:Avazhaya Sarzamine Madariyam / Songs of my Motherland
■配給:オフィスサンマルサン、協力:国際交流基金、広報:ムヴィオラ
■劇場:岩波ホール
上映情報

 舞台は、イラン・イラク戦争(1980~1988)後の、両国の国境地帯。老境にあるクルド人の有名歌手ミルザは、人づてに、かつての妻ハナレが苦境にあり自分に会いたがっていると聞く。ハナレは昔、女性が歌うことを禁じたイランを捨てて、イラクに行ってしまっていた。ミルザは、同じく音楽家の息子アウダ(兄)とバラート(弟)の二人を無理やり連れて、イランからイラクへと旅にでる。
 アウダは息子が欲しくて7人も妻を娶っているが、子ども11人は皆、娘。旅先でも、出会う女性にすぐ独身かどうかを尋ねる。そんな中、孤児が集められた難民キャンプで、歌のうまい少年たちに出会い……。旅の途中、バラートはある女性の声に恋をする。彼は声の女性と再びめぐり逢えるだろうか? そして、ミルザはハナレに無事再会できるのだろうか……。
 多少のユーモアと控えめなロマンスを含んで、だが、描かれるテーマは、ずっしりと重たい――戦争に苦しめられ、迫害されてきたクルドの人々の暮らし。日本での映画公開にあわせて今年1月末に来日した際に、ゴバディ監督は言った。「世界のマスコミは、イラン、イラクに関わる沢山のニュース、映像を報道してきた。しかし、当地に暮らす人々の本当の姿は映し出されていない。自分たちが描きたい、世界に伝えたいのは、小さな裏通りに懸命に生きている人たち。ブッシュやフセインは単なるエキストラでしかない。」(2004年1月29日記者会見、於:岩波シネサロン)
 主人公の3人の父子を演じるのは、本職のクルド音楽のミュージシャン。コミカルな演技と、素晴らしいクルド民族音楽を披露する。
 そして、民族音楽とともに、全編にわたって聞こえて止まないのは、戦争の爆撃の音である。印象的なミルザのセリフがある。飛行機の爆音を聞きながら「歌は永遠だ。人々から歌は取り上げられない。この轟音。これも歌だ。イラク軍のね」と言う。爆撃の音はもはや、日常的なものになってしまっているのだ。
 「夜は爆撃の音を聞きながら眠りにつき、朝はやはり爆撃の音で目が覚める。私たちの故郷にこの音が存在する限り、自分たちの映画からこの音は消えない」とゴバディ監督。早く監督が幸せな映画を撮れる日がくることを祈りたい。(Saiko/ViVa!コンテンツサポーター

<物語の背景>
 クルド人は、イラン・イラク・シリア・トルコにまたがる山岳地帯に居住する、国家をもたない民族である。イラン・イラク戦争後、イランに協力したクルド人ゲリラ掃討を名目に、イラク政府はクルド人居住区を攻撃し、多数の死者や難民が出ていた(なお、当時、米国はフセイン政権を援助していた)。映画で描かれるのは、そうした時代にイラン・イラク国境に暮らすクルドの人々。それから月日がたち、イラクへの米国の侵攻後、フセイン体制が倒れた今も、クルド人の苦境は続いている。

<2004年1月29日記者会見より>
 ゴバディ監督はクルド人初の映画監督(1968年生まれ)。彼の生まれ故郷、イランのバネーでは、彼が映画監督になったことに刺激を受けて15人の新人監督が誕生したという。彼らが映画を撮る際に利用しているのは1台のSONYのビデオカメラ。たった1台のカメラを、大切に貸し借りして撮影しているという。
 「日本は世界に誇れる技術や伝統をもっている。日本が自分たちの故郷に入ってくるときには、そうした素晴らしい文化が入ってくることを期待していた。たった1台のビデオカメラでもよかった。しかし、実際に自分たちが目にしたのは、望みもしない、自衛隊の派遣であり、大層がっかりした」とゴバディ監督。
 同監督の作品から、私たちはどんなメッセージを受け止めるべきなのか。(Saiko)

投稿者: Saiko  2004年02月01日

アイ・ラヴ・ピース


日本映画初のアフガニスタンロケ敢行。義肢装具士を目指すろう者の若き女性と、地雷で片足を亡くしたアフガニスタンの少女との交流。

■監督:大澤豊
■2003年日本
■出演:忍足亜希子、アフィファ、林泰文、宍戸開、ベヘゾート、山本圭、酒井和歌子、三船美佳、他
■製作:「アイ・ラヴ・ピース」製作上映委員会/制作会社:有限会社こぶしプロダクション/配給:「アイ・ラヴ・ピース」全国配給委員会、有限会社インディーズ、有限会社こぶしプロダクション、有限会社ハートフル・ウィング/協力:アフガニスタン義肢装具支援の会
上映情報

ろう者の花岡いずみ(忍足亜希子)は、島根県の義肢装具会社で義肢装具士を目指している。先輩装具士の久保学(林泰文)が、アフガニスタンのNGOの診療所で働く大学時代の先輩、日田英夫(宍戸開)の誘いにより、数週間ボランティアとして手伝いにアフガニスタンへ行く。イスラムの国での女性の義足作りには女性が必要なはずだと、いずみも同行することに。首都カブールで2人は、地雷で片足を失った少女パリザット(アフィファ)らに出会い・・・。

 爆撃があってもその音が聞こえないのだから、と心配して、いずみのアフガニスタン行きを危ぶむ母親代わりの会社の先輩もいた。実際、「危ない! そっちに行ってはダメ」と危険を知らせる声がいずみには聞こえないシーンがあり、ハラハラさせられた。しかし、現地で日本語はほとんど通じない。言葉が通じない音声よりも、手話や表情のほうがよりコミュニケーションがはかれることも多い。いずみはパリザットらと言葉でなく心で通じあうなか、自分の生き方を見つけ、成長していく。

 本作品では、他国語も日本語のセリフも、さらにはバックに聞こえる音(例えばコーランの声など)までも日本語の字幕で説明されている。聴覚障害者の観客を考えてのことであろう。また、目が見えない人でも本作品を楽しめるようにとの配慮からなのだろうか、通常ならセリフではなく役者の目の動きや表情などで語らせたほうが味わい深いように思えるシーンでも、セリフとして発せられていた。(このため、逆に深く感情を移入できずに残念な気もする面もあった。)

 ともかく、誰が誰にどんな感情を抱いているか、登場人物たちの気持ちや性格は誰が観てもわかりやすく描かれている。

 主演の忍足亜希子は、1999年、ろう者をテーマにした大澤監督の前々作「アイ・ラヴ・ユー」のヒロインで女優デビュー。彼女自身、生まれつき、聴覚に障害をもつ。パリザットを演じた少女アフィファは、実際に地雷で二人の姉妹を亡くし、自分の右足も失っている。

 ともすると援助を受ける側であることの多い障害者であるが、彼(女)らも自立して社会貢献ができる、そうしたメッセージも込めながら、今なお戦争が続く世界情勢に、平和のために障害者も健常者も関係なく、自分は何ができるだろうかと考えさせる作品である。(Saiko/ViVa!コンテンツサポーター

投稿者: Saiko  2004年01月01日

美しい夏キリシマ

男性と女性が座っている写真(c)2003 ランブルフィッシュ1945年、敗戦色が濃くなってきた夏、九州宮崎県霧島を舞台に15歳の少年の苦悩とそのまわりの人間の生き様を描く。フィクションではあるが、監督の「逃れられない記憶」が投影された作品。エキプ・ド・シネマ発足30周年記念作品第1弾。

■監督:黒木和雄
■2002年日本/118分/シネマスコープ
■出演:柄本佑、小田エリカ、石田えり、香川照之、左時枝、牧瀬里穂、原田芳雄、他
■配給:パンドラ/上映:岩波ホールにて2003年12月6日(土)より上映中。他全国公開予定
公式ページ

 1945年5月。当時15歳の黒木少年は勤労動員先で空襲に遭い、目前で友人が被爆。助けを求めたかのように見えた瀕死の彼を置いて逃げてしまった。そのショックでノイローゼ状態となり休学して祖父母の家で療養、そのまま敗戦をむかえた。――本作品は黒木監督自身の体験をベースに、戦時下の人々の日常が綴られる。

 「ないごて おいの方が 生き残ってしもたとな」

 友人が死に自分が生き残ったことが後ろめたい。主人公・康夫(柄本佑)は、地主である祖父母の家に預けられ、学徒動員にも出ずにうつうつとして暮らす。厳格な祖父・重徳(原田芳雄)は康夫を「意気地なし」といい、住み込みの女中のなつ(小田エリカ)は康夫を頼りないと心配しながらも歳が近いせいか親近感を抱いている。ある日、康夫は、死んだ友人の妹に会いにいくが……。主人公を演じる柄本佑は、俳優・柄本明の息子でこれが演技初体験。ひょろりとして頼りなげな独特の雰囲気で、多感な少年の内面の葛藤や無力感を見事に表現している。原田芳雄の存在感,小田エリカの可憐な表情も印象的だ。

 物語は康夫と彼をとりまく人々の様々なエピソードより成る。なつの母のイネ(石田えり)は小作農で、戦死した夫を思いつつも貧しい暮らしのなか生きるために駐屯兵を床に迎え入れる。そんな母を悲しみ恥じながらも受け入れる息子の稔(倉貫匡弘)。なつの女中仲間のはる(中島ひろ子)は、周囲の段取りに好まずとも戦傷兵のもとに嫁いでいく。はるの結婚式のために嫁ぎ先から一時帰郷した康夫の叔母の美也子(牧瀬里穂)は特攻兵として戦地へ赴く昔の恋人に逢う……。

 この映画には空襲や戦闘の場面はない。霧島山の麓に広がる美しい田園風景のなか、描かれるのは、戦争で傷つき、悩み、心を閉ざしたり、自暴自棄になったり、無力感を感じたりする、不様だが懸命に日々を生きる人々のドラマである。それがかえって、戦争が人々に与えた痛みを観る者により強く伝えてくれる。

 戦争を経験していない私たちの世代では、当時を知る者が感じるであろう郷愁や呼び覚まされる想いなどを共有することは難しいかもしれない。だが、ちょうど今、イラクでのテロに対する戦争が進行している情況下だけに、戦争がもたらすものは何かを考えさせてくれる。もっとも、そんなに難しく重たく感じずに、気楽に映画館に足 を運んでほしい作品である。(Saiko/ViVa!コンテンツサポーター

☆追加情報:黒木監督の新作、井上ひさし原作「父と暮らせば」を映画化した作品は、2004年の夏公開予定。「明日/TOMMOROW」、「美しい夏キリシマ」に続く戦争3部作の3作目。主演は、宮沢りえ、浅野忠信。

投稿者: Saiko  2003年12月01日