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市民活動スクランブル

このコーナーでは、さまざまな分野で活躍するNGO・NPOなどの 市民団体・非営利団体の活動やイベント、最新動向をお伝えするコーナーです。 専門家、ジャーナリスト・ライターによるレポートや、団体・活動家自身による 報告をもとにお届けします(現在データ移行中です。全コンテンツはこちらから)。

2004年04月12日

「ダム撤去」国際シンポ@八代市に参加してきました・その1

[ 環境 ]

ダム 2004年3月25日、日本初の「ダム撤去」となる球磨川流域の八代市でシンポジウムが開催されました。上流の川辺川では長年にわたって議論されている川辺川ダムの中止が決まらないなか、下流では荒瀬ダム撤去があっさりと決まっているという、なんともいえない微妙な状況です。そんな参加をしてみての感想。同月26日にはさらに詳しく専門家向けに勉強会があり、双方に参加しました。

シンポジウムの概要
■国際シンポジウム 【この日本初の「ダム撤去」がもたらすものは。】

日時 2004年3月25日(木) 開場18:30 開演19:00
 主催 美しい球磨川を守る市民の会
    リバーポリシーネットワーク
 後援 八代市 坂本村 八代漁業協同組合

講演/パネルディスカッション
デビッド・L・ウェグナー氏(元開墾局研究者)
ジェームズ・F・ジョンソン氏(元陸軍工兵隊最高幹部)
村上 哲生氏(名古屋女子大学教授)
大熊  孝氏(新潟大学教授)

■画期的な撤去決定、でも、合意形成は終わっていた…?

パネルディスカッション
パネルディスカッション
 荒瀬ダムは、昭和30年に電力供給を目的に造られた県営ダムで、河口から13kmのところにあり、その10km上流には瀬戸石ダムもあります。この2つのダムがなくなれば、球磨川はおよそ100kmにもわたってダムがない、今の日本では、夢のように素晴らしい川になるのですね。

 自然の回復力はすごいといいます。ダム撤去が決まって、ゲートを開放し続けたときところ、いくつもの瀬が復活し、川の流れはみごとでした。撤去されたときの川を思い描くと、胸がときめきます。

荒瀬ダムができた当初は、「バラ色の未来」が見えてきたようで、観光客が大勢集まったそうですが、地元坂本村の人たちはじきに予想もしなかったダムの弊害に悩むようになりました。

 春になると川が黒く見えるほどたくさんのぼってきた稚鮎が、荒瀬ダムを越えることができなくなり、鮎もほかの魚も激減。堰きとめられた水はにごりました。おまけにすぐに水害が起こるようになり、放流の際には家が震動して壁にひびが入るなどの被害が生じ、村民にとってダムは大きな問題でした。

 今回の撤去決定は、50年という水利権更新の時期が迫ったこと、県内での電力供給に占める割合が0.7%にしかならず、電力需要が増えていないこと、ダムの老朽化、などを理由に、潮谷知事が7年後の撤去を提案、県議会で決定されました。

 シンポジウムでウェグナー氏とジョンソン氏がくり返し訴えられたことは、次の4点です。
 1)合意形成のプロセスが大事
 2)流域全体を見ることが大事
 3)住民、研究者、行政の協力関係が大事
 4)経済と環境の視点、バランスが大事

 いかにして、1)~4)を検討するかということに主眼があったのですが、なんと、荒瀬ダムの事例がすごいことは、すでに、1)の「合意形成」はあっさり終わっていた・・・(^-^;
 「撤去」について反対をする意見は地元にはほとんどありません。誰の目から見ても、ダムを存続する理由が見当たらなかったというわけです。

 そして、できるだけ広い範囲でステイクホルダー(関係者)を参加させて合意形成を行うこと、など具体的にその説明を伺ってみると、熊本では、川辺川ダムをめぐる「住民討論集会」ですでに、こうしたレッスンを積み重ねているように感じました。すでに、「荒瀬ダム撤去委員会」が開催されていますが、市民の代表も参加して、会議はすべて公開されています。

 また、3)の協力体制について、「住民討論集会」で培った熊本式民主主義も、まだまだ難点があるものの、アメリカ人にひけをとらないうまいやり方なのだろうと思っています。今後は、具体的に検討されていく撤去方法など、広く市民からの意見なども反映されていくことが期待されます。全国初の撤去事例が、全国のラストランナーのひとつになりそうな「川辺川ダム」でのプロセスから学んでいるというのも、だからこそ市民が苦労をして積み重ねてきた甲斐があるともいえますが、なんだか皮肉なことですね~(^-^;

■ダム・マフィアとの闘い~アメリカも大変だった

デビッド・L・ウェグナー氏
デビッド・L・ウェグナー氏
 ただし、どうやら、現状2)の「流域全体を見る視点」がまったく不足しているようです。環境調査を「瀬戸石ダムから下流」について予定しているそうで、いくらなんでも、よろしくなさそう。現在、河口も八代海までということで変更するようなので、ぜひとも、これを機会に流域全体を調査するといいですよね。もちろん、現状、このような半端なことになっているのは、上流に計画されている川辺川ダムに触れたくないということも大きいと思います。

 アメリカでは、費用対効果など「環境と経済のバランス」を考え、だんだんに、環境に対する価値が高まり、「持続可能な環境政策」を社会全体が共有するなかで、30年前からダムは造らなくなったそうです。

 具体的には、1969年に「全米環境政策法」が実施され、環境の質と経済発展の位置づけが同等になったことが大きかったとのこと。しかし、レーガン大統領のときに「議会の人たちがこういう概念が好きじゃなくて(通訳の方の言葉です)」しばらく元に戻ってしまいましたと・・・(^、^; アメリカでも決して、スムーズにことが運んだというわけではなさそう。

 「ダム・マフィア=ダムの利権屋さん~」との闘いという政治的苦労は大きかったようです。ブッシュ大統領も色々と都合が悪いことには反対するようですが、なんのことはなく、某建設会社の社長もされているそうですね~(^0^;

 ダムが造られなくなったのは30年前ですが、それからも、まだまだ、政策転換がすぐに直角に行われたということではなく、理念を詰めていくためには何年もかかっているようで、2000年になって、ジョンソンさんがリーダーシップをとってまとめたのがPlaningGuidanceです。(700ページを70ページにしたというもの。700p全文がアップ可能です↓)
http://www.usace.army.mil/inet/usace-docs/eng-regs/er1105-2-100/basdoc.pdf
(つづく)

(高橋ユリカ:ジャーナリスト/川辺川・東京の会)

高橋ユリカ(たかはし・ゆりか)
ジャーナリスト。東京生まれ。早稲田大学第一文学部在学中に、米オレゴン州立大学へ交換留学生として留学。卒業後、文化出版局に就職し雑誌編集に携わった後、フリーの編集者、ライターになる。また、川辺川・東京の会で市民活動に取り組み、著書に、『誰のための公共事業か-熊本・川辺川ダム利水裁判と農民』や、大腸がんの闘病体験を書いた『キャンサー・ギフト/ガンで死ねなかったわたしから元気になりたいあなたへ』、『病院からはなれて自由になる』、『医療はよみがえるか~ホスピス・緩和ケア病棟から』(岩波書店)などがある。環境や公共事業、医療など広範な社会問題について取材、執筆している。

関連サイト
川辺川ダム

川辺川ダム関係情報のHP

「リバーポリシーネットワーク」


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投稿者: ViVa! 編集部  2004年04月12日 13時42分