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国際青年環境NGOのA SEED JAPANは、発足14年目で会員は全国に約1,400名。年間の事業規模はなんと5,800万円。ここで活動しているほとんどが10~20代のボランティアたちだ。みな、「ボランティアは楽しい!」というが、いったいどんな団体なんだろう(環境goo「Let's!環境ボランティア」)。
<目次>
・環境問題の根本を見据えた活動
・会員は全国に広がる
・ボランティアへの手厚いケア
・人材育成も手がける
・つねに進化する団体
(「Let's!環境ボランティア」は、ViVa!が取材、執筆し、環境gooに提供したコラボレーション・コンテンツです)
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街が少しずつ変わるということ~散歩でふと気づいたら
<フォトレポート・2005年2月26日UP>

あるとき、どこかのビルが取り壊されているのに気づきました。でも、それはありきたりな工事中の風景。でも、ふっと、それがあっちでもこっちでも起こっている、すべて関連あることがらだと気づいたときは、ちょっとぞくっとしました。着々と街全体が様子を変えつつあります。幸いなことに、それでも、新しく建つ建物があるので、週末に遊びに来る人たちには、近い将来、この街がすっかり様子を変える予定があるとは、気がつかれずにいるのかもしれません。

道路予定地近辺のお店(上)と、その隣の有機野菜を食べさせてくれるお店(下)
この建物は、将来、でっぱった部分を斜めに切り取れるように、そこだけ違う構造で造られています道路予定地にかかったところは、建築規制があって、堅牢な建物を建てることができません。でも、たとえ簡易建物であっても若者の街、シモキタだからこその今風な良い雰囲気。知らずのうちに自然体でおしゃれに存在しているお店もあります。道路予定地そのものではなくとも、将来の変化に備えて建物を建てていないという様子もまま見られます。
道路予定地が、現在の道から見ると斜めに走っているので、お店の前が斜めに切られていたり、やけに広いスペースがとられていたり、よくよく見ると変形した建物もいくつもあります。でも、それもまた、シモキタの雑多な雰囲気に溶け込んでしまっているのか、言われないと気がつきませんでした。

左手前が「ザ・スズナリ」劇場。並びが飲み屋の「すずなり横丁」。その奥には、カトリックの世田谷教会道路がどんなところにできるのか、シモキタ唯一の高層ビル、12階建ての北沢タウンホールから街を見てみました。東側(やや北より)を見てみると意外なことに古い教会がすぐに目に入ります。
下北沢の駅のすぐそばに、こんな教会があることを知らない人も多いと思います。戦前にフランスから送られ、戦争中に組み立てられずに置いてあった聖堂の建材をもらい受けて建築したとのこと。豊かな緑に囲まれた静寂な空間に、どこか外国にでも旅をしているような気分になります。様々な雰囲気が、ごく近い場所に一緒にあるのが下北沢の面白さでしょうか。

歴史的建築物の「かまぼこ兵舎」が現役で使用されている隣にはいかにも取り壊される前提で建てられた建築が。教会の庭の手前、付属の建物もそうした簡易建築です。終戦直後には焼け野原だったという歴史の名残として、敷地内には、なんと、米軍から払い下げられたかまぼこ兵舎が今でも使用されています。
奥の空き地には「小田急電鉄」所有の立て札が立っていました。それから先にずっと道路は延びるのですが、密集した住宅地で、皆さん、ほんとうに立ち退きをされるでしょうか。土地の値段が高い地域ですから、買収費はそうとうな金額になると想像されます。

手前では小田急線複々線化の工事ということで、すでに立ち退きをされています。線路に沿った「一番街」では、お店がいくつか移動。左手建築中の建物には、右手線路沿いの石蔵のある質屋さんが移りますさらに道路が延びる西の方向を見るとさらなる住宅密集地が広がっています。道路工事は、3期に分かれていて、駅周辺の茶沢通りまでとピーコックの裏くらいまでが第1期工区ということで、先日、説明会があった場所。
教会のあたりは第2期工区、西側は第3期工区ですが、こちらの道路予定地近隣の方たちには、まだ何も話を聞いていないという人も多いようです。地図の確認はこちらでどうぞ(クリックすると大きな地図が中にあります)。
世田谷教会の端正な佇まい。クリックすると美しい教会音楽が聞こえます
そして、教会を出るとすぐに目に入るのが「鈴なり横丁」の看板たち。道をはさんで隣り合っているというわけです。このあたりは、茶沢通りが拡幅されて交差点となることになっています。教会は、大きな道路に面することになりますね。

ステンドグラスがきれいな木造建築。直輸入の建材です
お庭にはルルドとマリア像もありますが、ここも道路予定地
「鈴なり横丁」の看板たち

そのすぐ先に小田急線の開かずの踏切が。このおかげで小田急線連続立体交差事業は望まれていたことでした
2月は、下北沢演劇祭が開催されていました
横隣にある 「ザ・スズナリ」。ここも道路計画を前提に建てられている建築物です。
映画館「ARTONE」も併設。

街唯一の高層建築「北沢タウンホール」12階建て。「ザ・スズナリ」と道路をはさんで斜めに向かいあっています
タウンホールから見た西側の駅北口周辺。奥は「ピーコック」西側(やや北より)には、駅をはさんでピーコックのほうが見えます。手前の工事中のところはそのまま残りますが、その先、駅をはさんでピーコックまでが駅前広場になる予定。ピーコックの建物付近も広い敷地になって、高層ビルに建て替えられる予定があるとか。
古い屋根群が見えますが、戦後すぐの闇市からの「駅前食品市場」です。昔は、全国で、少し大きな街にはよくあったものですがこうした市場が、ここでは地権者が複雑で奇跡的に残ったといわれています。

ピーコック前から見た「駅前食品市場」。「駅」が旧漢字です。新しい薬屋や電気屋なども
ちゃんと乾物屋や魚屋などいいものをおく食品店も健在で、長年ひいきにしているお客さんもたくさんいます
うーん、ベトナムで見た市場にそっくり~(^-^

こちらは、世田谷教会の真向かいにあったかわいい雑貨屋さん。手作りがモットーの「JAMCOVER」
JAMCOVER日本にも、こんな時代があったなあと、わたしはぎりぎり子供の頃に見た覚えがあるという風景。そんな姿がそのままであることに感慨を覚える方もいますし、早く、何とかして欲しいという方もいます。磨きこまれたように使い続けられた石の床がぴかぴかなのが誇らしいような市場です。
こんな懐かしいような風景と、最先端のおしゃれな店がいっぱいあるところがシモキタの魅力でしょうか。でも、素朴な手作りが今風というのも、時代が一巡りという感じがします。
(文、写真=高橋ユリカ・フリージャーナリスト、ViVa!コンテンツサポーター)
「サステイナブル☆下北沢」 by 高橋ユリカ
<その1> <その2> <その3> <その4> <その5> <その6> <その7> <その8> <その9>
シモキタが高いビルの街になるの~?
駅前周辺地区計画の説明会がありました~
<2005年2月15日UP>

どこかわくわくするような楽しい街、「シモキタ」。小田急線「下北沢」駅が地下化することが決定して、連続立体交差事業とセットといわれてふってわいてきた道路計画。それに伴う、駅前周辺地区計画では、「新しい街の顔」は高層ビルになるかもしれないという・・・(写真は下北沢の古道具屋・月天)。
■新しい街の顔は高層建築物が主体?

どこかわくわくするような楽しい街。下北沢へようこそ~駅は、そのすぐそばに住んでいる人たちだけのものではないですよね。出かけるときの起点がその駅である人、そこに勤め先がある人、なじみのお店があって通う人、多くの人にとって、ふと気がつくと「自分の駅」です。今の下北沢駅前は、大きくない階段をとんとんと下りるとすぐに商店街が広がる街です。ちょっと狭すぎるかなとは思う道ですが、人がひとの大きさでいることができるヒューマンスケールとでもいうのでしょうか。おかげで車がほとんど入ってきません。
下北沢を利用する乗降客は、一日に乗り換え客を含めて13万人。実際に乗降する人だけでも6万人もいます。
1月19日から28日にかけて世田谷区が4回開いた「下北沢駅周辺地区 地区計画骨子案説明会」は、下北沢の駅周辺、およそ24ヘクタールの範囲内(下の地図参照)に住んでいる人、地権者のみを対象に4つのブロックに分けて行われました。範囲外の人の参加も拒まれはしませんでしたが、お知らせはなく、4回の総参加者は100人ちょっとでした。
地区の現況については、1)4m未満の道路や行き止まりが多いこと 2)歩行者が主体で地区全体を回遊する。商業地区では休日の7時から21時の時間帯には、4mの道路に延べ1万人以上の歩行者が、6mの道路には延べ4万人が歩いており混雑している 3)容積率200~500%が指定されているが、道路が狭いなどの原因により、地区全体では160%、商業地区の500%の地区では190%の利用に留まっている。つまり、低層の建物が立ち並ぶとても賑わっている街で、たくさんの人が路地歩きを楽しんでいる、と世田谷区でも把握しているということです。
そして、これからの課題として、1)新しい街の顔づくり~補助54号線や駅前広場沿道で無秩序にならないように、「顔」となるような統一感をもった街並みづくり 2)歩行者主体の魅力ある回遊軸の形成で快適に歩ける街づくり 3)住宅と店舗が共存して住み続けられる街づくり 4)災害に強い住環境づくり 5)土地の有効利用・・・ を、あげています。
現在の道幅が狭すぎることの解消策としては、「壁面後退」のルールで道を広げる代わりに「斜面制限」「前面道路幅員」の2つの建築制限をなくして高い建物を建てやすくすることが具体的施策として挙げられました。
駅前広場と補助54号線沿いでは、高層建築物主体で街の拠点づくり、街の顔作りを行っていくというものです。
■「500%の容積率」をいかした街?地区説明会では意見さまざま
現在の下北沢には、10階以上の建物はたった2つしかありません。説明会が開かれた世田谷区の施設である「北沢タウンホール」が52mで最も高く、あとは42mの本多劇場があるビルだけです。8、9階の建物でさえ、いくつかしかなく、7階まででも数えるほど。商業地区でも5階まで、住宅地区では、3階までの建物がほとんどなのです。

駅の周り、ぐるりと赤く囲んでいるところが(~17階程度;駅前の顔づくり)と位置づけられています。
グレーの道路の周りのピンクのところも(~17階程度;沿道の街並みづくり)とされています。駅周辺、グレーのところが5,300㎡の駅前広場なるべく500%の容積率をいかした街にしましょうということは、広く敷地をとれば、高さ60mにもなる17階建てビルまで建てられることになりますから、ずいぶんと街の雰囲気は変わります。世田谷区の方は、「これは、駅前地区再開発では決してありません」とおっしゃるのですが、どう見ても、これまであっちこっちで行われてきた「駅前再開発計画」そのものだと感じられます。地区説明会では、さまざまな意見がでました。地域住民の方たちと担当者のやりとりをまとめてメモしてみます。
「知らないことばかりでてきた。こんなことはいつ決まったのか?」
「街づくり通信を配って知らせたというが見たことがない」
⇒(担当者の答え)区域内の方にはポスティングしている。2004年5月に世田谷区街づくり条例で基本方針が決まっている。
「補助54号線は決まってしまったものなのか?」
「もう話し合えないのか?」
「昭和21年の計画は見直してもいいのではないか」
「空気がかわってしまう心配」
「道路は地元には百害あって一利なし」
「区が都のいいなりではないか」
「なぜ、見直せないのか」(など道路関係の意見多数)
⇒大きな行政課題として都市計画事業で決定した。この駅前地区計画を事業化しないと、道路ができない。
「放射線、環状線はほぼできあがってきたのですが、それを結ぶ補助幹線というものがまだ、できていない。都心部のほうで52% 区部においては、42%しかできていない。非常に遅れている。それを円滑に実施していかなければならない。10年以内にやっていくということで、54号線の位置づけというものは、東京都と世田谷区のマスタープラン。この場で延々と議論すべきことではありません」(と、担当者強調)富ヶ谷から上祖師谷まで通る道路で、調布へと抜ける道なのでここだけやめることはできない。区域内の方たちは、長年、建築規制も受けてきている。防災的要素も大きい。
「もとは立体交差道路にするためにふくらんでいる道路部分が、そうではなくなったのに修正もされていないが、長年、住んでいる人がどかなければならない。納得ができない」
⇒事業認定後には、いくらでもアイデアを出していただければ対応できる。
「街づくりといわれても、道路で商店街が分断されてしまう問題がとても大きい。それをどうしていくのかプランが説明されなければ、賛成も反対もできない」
⇒道路が新たな分断要素にならないようにと肝に銘じている。区が完璧だとはいえない。どうすればいいかは、いずれ区民参加のかたちで知恵を出し合っていただきたい。
「将来像が駅前の高層ビルというのは、おかしい。今の若い人は大きなビルに来たいのではなく、横丁歩きを楽しんでいるのではないか」
⇒区は決して、高いビルにすることを誘導しているわけではない
「広い道路を作ってもあっという間にバイクや自転車置き場になってしまうのではないか。公的資金で生み出された小田急の土地は、自転車置き場を含めいろいろ利用させてもらいたい」
⇒これまでの問題である自転車置き場対策は十分に考えたい。
「駅前周辺地区計画については、住民にとって初めての話あいなのではないか?」
⇒「街づくり懇談会」で昭和59年から年月をかけて検討してもらい、区長あてに答申をだしている

世田谷区が考える未来の「下北沢駅前広場」を立体的な絵におこしてみるとこんな感じになります。小田急線が地下化し、見えている電車は井の頭線です。一昔前なら憧れの駅前かもしれませんが、今じゃ、ありがちな「駅前」風景・・・・。 「それは商店街の人だけの参加で、傍聴もできなかった・・・」
「シモキタの顔づくりとはどのようにするのか?」
⇒駅舎については、コンペをやることなども考えていくことができる。
「緑地帯ができるとかいろいろ噂があるが、どのあたりが、どうなるのか具体的に教えてほしい」
⇒「緑ある街並み」という言葉は決まっているが、具体的には決まっていない。駅前広場の計画は今後つくっていく。
「テナントが多くなっていて、実際に自分の店ではないところが多いと思う。どれくらいの割合になっているのか?」
「外からの資本がさらに入ってくるのではないか」
⇒下北沢は、テナント率が8割くらい。大きな資本を呼び込むようなことをしてはいけないとは思っている。住み続けることができる環境づくりのためのルールは必要。搬入のための車の時間帯規制なども考えていくべき。
「大資本が入ってもいいから、ダイナミックなことを考えてもらいたい。駅近くも、以前は普通に住宅だったが、今では、いつの間にか隣にも店ができて深夜まで騒ぐというような状況。どうにもならないので、むしろ、再開発をやってほしい」(この意見には、地区住民からぱちぱちと拍手もあり)
「家を建てようと計画して建築士に相談をしていたら、この計画のことを知った。うちは、大きなビルが建つようになるかもしれない道路の裏にあたる。今後、日陰になってしまうのではないか。いっそのこと、立ち退ける人はいいが、うちのように不利になってしまう人たちはどうすればいいのか。立ち退きになる人には、すでに説明があったようだが、うちにはなかった」
⇒もともと、容積率は500%のところ。しかも、広い敷地がないと高い建物は立てられないので、そうそういっぱい建つとは思えない。ある程度敷地がまとまれば17階建ても可能になるが。
「シモキタは、いまだにバブルがつぶれていない稀有な街。高層化することで、若者をひきつけている魅力を失い、街がつぶれるのではないか。それを行政が誘導するのはいかがなものか」
⇒行政が誘導しているわけではない。むしろ、100mタワーを建てたいということを規制している。
「魅力がある街と気に入って引っ越してくる予定だが、シモキタの未来像をどう考えているのか」
⇒下北沢は住民の定着率が高い街。(未来像についての区からの答えはない)
「下北沢の魅力は大きなきれいな店があることではなく、小さな店のひとつひとつが努力し、工夫をしてきたことではないか。小さな店を締め出すようなことをしないでほしい」
「駅前広場計画のために跡形もなくどこかにいかなくてはならないところで店をやっている。その補償にどんなことをしてくれるかの代替地の提示もない段階。何もそういうことが盛り込まれていない。日陰になって残る方も困る。今、厳しい時代になって、そういう状況におかれて、ここで前向きの意見を出せといわれても無理がある。残る場所にあっても、魅力あった店が将来の見通しが立たなくてやめていってしまうんですね。この街は、戦前から、ずっと小さなお店一軒一軒が努力してできた街。修復型の街づくりとはいいながら、その修復すべきものがどんどん減っていっている。やめた人たちに戻ってきて店をやってくださいと声をかけてほしい。もう戻せないところまでいっているのでは。長いものには巻かれろという気持ちに正直なっている」
⇒今は、補償金額の話ができる段階ではないのでご容赦いただきたい。
「小田急の駅が地下化され、どんな街になるのかを見極めてからでも遅くないのではないか。やっぱり狭いところは地上げにあったり、空き地が増えたり、つまりはシモキタの魅力がなくなるのではないか。もっと街の皆さんの総意を聞いて考えてほしい。この計画は行政が街をこわす」(会場からぱちぱちと拍手)
「いや、わしは、ダイエーのところに25階建てを建てようと要望をだしている!17階でも低い」(会場騒然・・・)
「普通の人が暮らしにくい街になってしまうのではないか。メリット、デメリットを考えてほしい」
「骨子案が、そのまま素案になってしまうのではないかと心配だ。拙速に進めてもらっては困る。工事期間の10年間で街が変わってしまうだろう。それらを含めて考えるべきではないか」
■下北沢の魅力を維持するプランがみえてこない

今は、乗降客は多くてもヒューマンスケールの小さな駅会場からは、このようにさまざまな意見が出ました。実際に、ごく少数の地権者の方や商店街の方には、高層ビルのマンションができれば儲かるし、消費者も増えると考える方もいるようです。しかし、全体的には疑問を呈する意見が多く出されました。下北沢の魅力について、今後どのように維持していくかのプランがない、ということが大きな問題であることも浮き彫りになりました。
担当者がもっとも困っていたのは、道路に質問が言及することで、補助54号線と駅前地区計画を分けて考えてほしいと繰り返されました。また、少々、誘導的に聞こえたのが、建物の高さはこれでいいでしょうか、という司会者からの質問です。あるいは、高さについては、多少、規制ができる目論見もあるのかもしれません。
右肩上がりの時代が終わった今、いわば、少し昔の姿のままに残った街、下北沢。駅の地下化が決定され、新しく生まれ変わらなければならないとしたら、どんな姿が相応しいのでしょうか。もう少し、住民が参加して議論をする場が作られる必要がありそうです。
骨子案のパンフレットは、こちらで詳細を読むことができます。―続く―
(文=高橋ユリカ・フリージャーナリスト、ViVa!コンテンツサポーター、写真も)
「サステイナブル☆下北沢」 by 高橋ユリカ
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多種多様、目移りするほどの充実企画
全体会の様子ViVa News Flashで紹介された、東京ボランティア・市民活動センター(TVAC)主催によるボランティアとNPOなど市民活動の一大イベント、「市民社会をつくるボランタリーフォーラムTOKYO2005」が、2005年2月10日(木)から13日(日)までの4日間、飯田橋セントラルプラザを中心に開催されました。このフォーラムは先進的な事例を取り上げるイベントとして東京以外にも有名です。そのフォーラムに2日ほど参加してきました。
■匿名座談会では本音が
私が参加したのは、「NPO中間支援センターって一体・・・?!~支援センター現役職員が語る、覆面座談会~」をはじめとした4プログラムです。
この座談会では覆面をした人こそ出ませんでしたが、匿名を条件に参加された職員の方がセンター運営の苦労話や連絡のやりとりでの不都合などを話してくれました。
昨今ではブームと言われる「公設民営」のNPOセンター、しかしその運営には色々と苦労話があります。寄り合い所帯の運営委員会では事業の決裁を通すのに何度も理事会に図るなどの手間が複雑であることや、既存のボランティア団体との意識の違いのすり合わせなど、やはりさまざまな立場の人が介在しているところに起きる問題の解決が大変なようです。
午後は、同じ会場で「協働事業から協定事業へ~従来の協働事業とは違う、協定事業をバーチャルする」というテーマでのワークショップが行われ、3グループに分かれて、実際に協定事業の問題点などを列挙した事業計画書を作成しました。
分科会の様子コメンテーターの(財)富士福祉事業団の枝見氏、多摩市くらしと文化部市民活動推進課の川和氏からは鋭い講評をいただきました。特に川和氏は行政マンとして「この事業は補助なのか受託なのかで意味合いが異なる、補助なら使途は決められるが受託なら経営努力で剰余金も残せる、そこを忘れないように」という発注者としての貴重な意見をいただけました。
■全体会では市民を再確認
その後行われた全体会では、実行委員長の鹿住貴之氏(JUON NETWORK)をファシリテーターにパネルディカッションが行われました。
聴衆も参加するワークショップ形式のパネルディスカッションで3名のパネラー(下山浩一氏(NPOコミュニティーアート・ふなばし)、浜本由里子氏(NPO市民社会創造ファンド)山崎美貴子氏(TVAC所長、神奈川県立保健福祉大学 保健福祉学部長))がおのおのファシリテーターの出す問いかけに自分の意見を述べ、聴衆は賛同したパネラーに投票するスタイルで行われました。
「市民とは」「市民社会とは」という「市民」をキーワードにパネラー独自の意見発表がなされました。
■調布では最先端ITツールの紹介
13日は2つのプログラムが実施されました。私は、「ITがつなぐ インターネットによるあらたなつながりの可能性」に参加しました。ここでは最先端のネットコミュニティーSNS(ソーシャルネットワーキングシステム)の事例紹介を中心に国内のSNSサービス「mixi」の解説が、ジャーナリストの神田敏晶氏から発表されました。
また、コミュニティツールとしてのポータルサイトの使い方を、国内最大手のYahooJAPANの網島理砂氏より解説後、実際にパソコンの前に座って体験してもらう内容でした。
事例そのものは先進的なので参加者には若干難しいとも思われましたが、インターネットの歴史(とはいえ10年程度)から見た現在のツールとしてのSNSを体験できたことは、大きな収穫であったと思います。
■半歩進んだ良いフォーラム
参加しての感想ですが、やはり先進的なプログラムが多かったということを特筆したいと思います。市民セクターが今抱えている問題解決、もちろんそのことも大切ですが、これから先のことを予測していきながら事業計画、方向性を出していくことが求められている市民像ではないでしょうか?
例えば、私が参加した「協働から協定へ」では、「指定管理者制度」についての解説、質問がたくさん出ました。現時点で指定管理者制度が市民にどの程度理解されているか、また理解させる努力を行政がしているかというとまだまだという感があります。この問題を大きく取り上げたのはプログラム企画者、参加者とも大変感度が優れているものと思います。
同様に、アートコミュニティやインターンシップなど旬になりつつある課題、自己責任というまさに旬な話題と多種多様で目移りするほどの充実度でした。参加者層も老若男女豊かで特に学生(高校生も!)の参加が多かったというのは、いかに時代にあったプログラムであったかを物語っているものと感じました。
(文=佐藤成臣、トラベルライター、ViVa!コンテンツサポーター、写真も)
小田急線の地下化と道路・駅前地区計画がセットで始まった~
<2005年2月4日UP>
シモキタでは、住民が望んだ通りに「地下化」が実現するものの、いつの間にか都市計画で「補助54号道路」が蘇って、地下化を目指して頑張ってきた方たちにとっては、一難去ってまた一難。まさか、道路計画がゾンビのように生き返るとは思われていませんでした。なぜいきなり道路計画?
■ゾンビのように生き返った道路計画
この1月には、世田谷区が「下北沢駅周辺地区計画」骨子案について、意見交換会を北沢タウンホールで4回開きました。駅のまわり、徒歩5分くらいのところに住んでいる人、地権者のみの限られた方たちが対象で大きい広報はありません。このときの意見を踏まえて「地区計画の素案」を作成して、素案の地元説明会を開いた後、「皆様のご意見を踏まえて『地区計画の原案』を作成するなど、都市計画の手続きに入ります」と資料には書いてありました。
ここでの、ポイントは、「原案を作成する」のあとに、「再び皆さんの意見をきく」という言葉が入っていないことですね。実は、多くの公共事業で手続き的には「住民の声をきく」ことにはなっているものの「素案=原案」になっていることが多いのです。
しかも、「地区計画の策定は、平成17年度を予定しています」とありますから、進み方がかなり早くこれはとっても心配・・・。
しかも、説明会は、地図内囲みの駅から徒歩5分くらいの方たちだけにしか告知されていませんでした。世田谷区の広報誌にさえ載っていないのです。説明会場で、世田谷区街づくり課の担当者が強調したのは、「決まったことについて話し合う場ではない」ということでした。「決まったこと」というのは、補助54号線の道路計画です。
ちょっと複雑なのですが、小田急線を高架にする事業(地下化も含めて「連続立体交差事業」という)と、補助54号線、および駅前広場(世区街10号線)の道路事業はセットだと説明されています。「連続立体交差事業」として事業認可を受け、国の道路整備予算枠(道路特別会計)からの補助を受けて整備するには、「幹線道路が2箇所以上で交差すること」というのがあるのです。これらの基準は、最近少し変わったようですが、「連続立体交差事業」は「道路整備」の一環として行われ、「ガソリン税・自動車重量税」も使われますから、ともかく道路事業との一体感があるのです。
小田急線の高架にするか地下にするかについては、過密ダイヤで開かずの踏み切りになっていたこともあり、数十年の歴史ある課題です。下北沢では、長年の高架反対運動が実を結び、「地下化」することになりましたが、すでに工事が始まっていた地区について、2001年に東京地裁で「建設省の工事認可を取り消す」という画期的な判決があり、全国報道でご存知の方も多いと思います。しかし、その後、高裁では判決が逆転。全国からの注目も続いています(詳細は→コチラで)。
配布された資料では、道路計画がわかりにくいので白くしました。真ん中で鉄道がクロスしているところが下北沢駅です。ずいぶんと駅近くに大きな道路ができることになっています。しかも、膨らんで見えるのは、もともとは小田急線が高架になる予定だったので道路も高架が予定されておりそのループのためだったものをそのまま下ろしたからだといいます。昔の計画が修正されずにまったくそのままだというのですから驚きます。
つまり、シモキタでは、望んだ通りに「地下化」が実現するものの、いつの間にか都市計画で「補助54号道路」が蘇って、地下化を目指して頑張ってきた方たちにとっては、一難去ってまた一難。まさか、道路計画がゾンビのように生き返るとは思われていませんでした。
昭和21年の都市計画道路が、再浮上したのは2001年のことです。そのとき、世田谷区では、小田急線沿線200m街区の住人や補助54号線沿道 街区1,300mの住人にチラシを配布して、3ヶ所の小中学校で説明会を開催。駅ポスターなども貼って広報に努めたといいます。
このとき、小田急線の計画と道路のことが一緒に説明されたようですが、なにしろ、ずうっと話題だった「高架vs地下化」が大きな課題。多くの人は、道路建設が一緒に始まるという意識はもてませんでした。その後、2002年には、都市計画の公告縦覧+説明会、と着々と行政の手続きが重ねられ、10月に「世田谷区審議会」、12月に「東京都審議会」を経て、2003年1月31日に「都市計画」決定がなされた、ということになっています。
総事業費は、小田急が14%、都市負担86%。そのうち、半分が国、残り半分のうち、70%が都、30%が世田谷区で、総事業費は、教えていただけませんでした。高そうですねぇ。区民が相当額を負担するはずなのに、広く伝えられてきていないのではないでしょうか。(しかも、もしかしたら、東京中でゾンビ道路計画があるということ?! これは、東京都にも聞いてみないと・・・)
・・・なんていう経緯を知っているシモキタの住人は、ほとんどいないでしょう~(^、^; わたしも、「世田谷区北沢総合支所街づくり課」の方にうかがってやっとわかりました。
とはいえ、商店街の方たちは小田急線問題から引き続き、話し合いを続けており、2002年には、世田谷区と東京都に道路を地下化するように求める対案を提出してもいます。
その文書には、「下北沢において最も商業集積が高い地域及び優良住宅環境地域を通過することから、長い間『無謀・実現不可能』との認識がされていた」と、書いてあります。まったくですね。でも、現在では、状況も変わるなか、商店街の方たちも一枚岩ではありません。ちょうど道路が通るところに位置する方、その近くの方、立場はさまざまです。これからお話を伺っていきたいと思います。
■まさか世田谷でこんなことが...
実は、わたしは、これまで熊本県にある、球磨川の支流・川辺川という美しい川に計画されている国営「川辺川ダム」計画について、8年ほど取材を続けてきました。地元の方たちは、ダム推進でも反対でも、球磨川・川辺川という熊本にある計画のために、東京・霞ヶ関の国交省に交渉をしに上京されていました。本来は、もっと熊本の地元の方たちが決めればいいことなのではないでしょうか。
そんな思いで国と県、市町村の関係を考えながら熊本に通い続けました。川辺川ダムについては、おいおい、お伝えしたいと思います。
公共事業のことや市民参加について考えてきたわたしが、暮らしている地元「下北沢」が、まったく知らないうちに、時代遅れとも見える計画で変わってしまうのは、残念すぎます。まさか、住民参加の先進自治体「世田谷区」でこんなことが起こるなんて思いもよりませんでした。
どうして、こんなに急いで、ほとんどの住民に知らされずに計画が進んでしまったのでしょうか? 同じように思った方が、すぐ駅前に「『結』まちづくり計画室」をもって、世田谷区をはじめ各地でのワークショップなどのお手伝いをする仕事をしてきた荻原礼子さんでした。そんな仕事をしていた方でも、街がどうなってしまうのかという計画を知ったのは、やはり昨年だったとのこと。普通に行政が行う街づくりのワークショップさえやっていないとびっくりです!
ともかく、どんな計画になるのか市民に知られていないのだから広く知らせなければと、近所に事務所がある建築家で、「街づくり」の研究をしている明治大学建築学科の小林正美教授や在住建築家の二瓶さん、道路問題などの専門家に声をかけて、「下北沢フォーラム」を立ち上げました。
2004年末には、早速、ワークショップを始めて、1月23日には第2回が開催されました。小林先生の教室では、世田谷区が提案している街を立体模型にしてみせました。行政がすべきワークショップを自主的にやってみたのです。ともかく、大きな道路にも、10年も歳月がかかるという工事にも不安がいっぱい。そんな不安についての説明は、世田谷区からはまったくありません。次回以降、「地区説明会」についてと、フォーラムでの様子を併せてお伝えいたします。
商店街は楽しみながら歩く人でいっぱいそれにしても、「普通ならば2年くらいはかける市民参加の手続きを、たった3ヶ月でおしまいにするという急ぎ方は異常です」と専門家の荻原さん。1月の地区説明会が終わって、たった2ヶ月で素案を作成すると言われても、ちゃんと市民の意見を反映させて再び計画が練られるとは思えません。市民としては、腑に落ちないことです。
4つの商店街の代表者からなる「街づくり懇談会」の意見を元に、「下北沢駅前地区計画」は策定されてきたとのことが説明会では繰り返し強調されました。ということは、一般市民の声はまったく反映されてこなかったということですね~。どうも、このまま手続きが進むのではと、とても心配です。―続く―
(文=高橋ユリカ・フリージャーナリスト、ViVa!コンテンツサポーター、写真も)
「サステイナブル☆下北沢」 by 高橋ユリカ
<その1> <その2> <その3> <その4> <その5> <その6> <その7> <その8> <その9>
歩くことが楽しい街「シモキタ」に昭和21年の道路計画が復活?!
<2005年2月1日UP>
都心から近く交通の便も大変によい街、下北沢は、演劇と音楽の街として若者を魅了しつづけてきました。ところが、です!な、なんと、シモキタのこの状態は、昭和21年に造られた道路計画が遅れていただけで、今頃になって、やっと計画を実施します、なんていうのです。地元では早速、このまちシモキタを守ろうと、住民をはじめとする市民グループや、文化人が立ち上がりました。
■さすが「シモキタ」!
「下北沢」という街をご存知でしょうか? 新宿から小田急線で10分、渋谷から井の頭線で5分と、都心から極めて近く、二つの私鉄が交わる交通の便が大変にいいところ。演劇と音楽の街として若者を魅了しつづけてきました。本多劇場、すずなり劇場という有名な劇場から小さな劇場まであり、さらにライブハウスは30ヶ所くらいもあるのではないでしょうか。青空ライブをする若者たちも~。
駅前で三味線を弾いているミュージシャンそして、なにより、歩くことが楽しい街として、「Hanako」をはじめたくさんの雑誌やテレビで紹介されてきました。作家の池波正太郎さんが好まれたというパン屋さんがあったり、小沢昭一さんがお気に入りのお寿司屋にいかれるところに出くわしたり(お休みの札を見て残念そうでした)、どこか街全体が劇場的といいましょうか~。
土日ともなれば、いつもお祭りのよう!縁日を歩くように、ちょっとうきうきした気分の若者たちでにぎやかです。駅を中心に、東西南北に小さい路地がたくさん。線路をまたぐ陸橋を渡ったり、ガードをくぐっての路地めぐりもお楽しみ~。
それらの商店街がおわるあたりから、住宅が増え始め、ふいに横丁を曲がった先からは、緑が豊かで閑静な住宅街になったりもします。もちろん、商店と住宅がまじりあっている地域もあります。歩くことが大好きなわたしは、下北沢という街を楽しみながら暮らしている住人のひとりとして、もしかしたら、「シモキタ」は車より歩行者を優先する、「持続可能な街づくり=サステイナブルシティ」の「自然発生的先進事例」なのではないかと思ってきました。空をさえぎる電線などが整理でき、もう少しのユニバーサルデザインがあれば、お年寄りにも車椅子の人にもやさしい、もっといい街になるだろうなあなんて・・・
毎週土曜日、北口で街頭説明と署名活動を~ところが、です! な、なんと、シモキタのこの状態は、昭和21年に造られた「都市計画」道路の「補助54号線」と「駅前広場」を含む 「区画街路10号線」が遅れていただけで、やっと計画を実施します、なんていうのであります。昭和21年の計画って言われても~(^-^; ということを知ったのは、昨年のある日のこと。道路計画に反対すべく立ち上がっていた市民グループ「save the 下北沢」の皆さんが駅前でチラシを配っていらしたから。
さすが「シモキタ」! 在住建築家の金子さん、ライブハウスが大好きで自分でも演奏しちゃうという歯医者さんの下平さん、ミュージックライターの志田さんらが立ち上がりました。こちらのサイトから、世田谷区がどんな計画をもっているか、そして、下北沢がどんなに魅力的な街か、さまざまなことがわかると思います。文芸評論家で編集者の仲俣暁生さんも、「下北沢再開発を考えるページ」を作って下さっています。
■ともかく、大きな道路なんです
ともかく、大きな道路なんです。今あるたくさんの商店街が幅26mという道路でまっさらにされてしまうというのです。これまでの下北沢のイメージは大幅に変わります。さらに、小田急線の地下化に伴った「駅前地区計画」によると、タクシー乗り場、バス乗り場をセットにして、いわば、あっちこっちで見かける駅前広場のようにします、ということなのです。
え~~。そんなの知らなかった・・・。市民の皆さんも、ほとんど知らないし、びっくり。これまで、「街づくり懇談会」という商店街の方たちが参加する会の意見は聞いてくださっていたようなのですが、ともかく、一般市民の声を聴きますという場が設けられたこともないという、けっこう、今どきとしては珍しい「市民非参加型」の街づくり。
世田谷区といえば、市民が作りあげた魅力的な公園「羽根木プレイパーク」を支援してきたり(下北沢の隣駅新代田から歩いて5分、梅が丘から3分)、そもそも、全国に先駆けて住民参加の街づくりを進めてきたことで有名ですよね。1992年には「(財)世田谷区都市整備公社・まちづくりセンター」が設立され、行政と市民・企業がパートナーシップを組んで街づくりをさまざまに手がけてきてとのこと。HPにはたくさんの事例があります。
そんな自慢できることが多い世田谷区のはずなんですが~(^、^; もしやして、これって過去の話になるのかしら?! わたしも、7年前に下北沢に引っ越してきたときには、先進自治体ブランドの世田谷区というイメージだったのですが。う~ん・・・。
これも下北沢の街。案外、樹木が多い。ともかく、いきなり知ることになった道路と駅前地区計画について、わからないことだらけです。世田谷区や東京都に聞かなければならないこともいっぱいあります。地元の商店街の人たちの意見や、街に暮らす人たち、訪れる若者たち、反対に立ち上がった方たち、色々な意見を伺いたいですね。そして、どんな計画が望ましいのでしょうか・・・
わたしも、これまでも公共事業問題に取材をしてきたジャーナリスト、そして住人のひとりとして、「下北沢」という街や「都市計画」などについて考えたいと思います。
全国に似たような「駅前地区計画」の事例や都市計画があるかもしれません。走りながらのご報告ですが、皆さんと一緒に考えていけたら幸いです。(ご意見は世田谷区役所へ、ぜひ!) ―続く―
(文=高橋ユリカ・フリージャーナリスト、ViVa!コンテンツサポーター、写真も)
「サステイナブル☆下北沢」 by 高橋ユリカ
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