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街が少しずつ変わるということ~散歩でふと気づいたら
<フォトレポート・2005年2月26日UP>

あるとき、どこかのビルが取り壊されているのに気づきました。でも、それはありきたりな工事中の風景。でも、ふっと、それがあっちでもこっちでも起こっている、すべて関連あることがらだと気づいたときは、ちょっとぞくっとしました。着々と街全体が様子を変えつつあります。幸いなことに、それでも、新しく建つ建物があるので、週末に遊びに来る人たちには、近い将来、この街がすっかり様子を変える予定があるとは、気がつかれずにいるのかもしれません。

道路予定地近辺のお店(上)と、その隣の有機野菜を食べさせてくれるお店(下)
この建物は、将来、でっぱった部分を斜めに切り取れるように、そこだけ違う構造で造られています道路予定地にかかったところは、建築規制があって、堅牢な建物を建てることができません。でも、たとえ簡易建物であっても若者の街、シモキタだからこその今風な良い雰囲気。知らずのうちに自然体でおしゃれに存在しているお店もあります。道路予定地そのものではなくとも、将来の変化に備えて建物を建てていないという様子もまま見られます。
道路予定地が、現在の道から見ると斜めに走っているので、お店の前が斜めに切られていたり、やけに広いスペースがとられていたり、よくよく見ると変形した建物もいくつもあります。でも、それもまた、シモキタの雑多な雰囲気に溶け込んでしまっているのか、言われないと気がつきませんでした。

左手前が「ザ・スズナリ」劇場。並びが飲み屋の「すずなり横丁」。その奥には、カトリックの世田谷教会道路がどんなところにできるのか、シモキタ唯一の高層ビル、12階建ての北沢タウンホールから街を見てみました。東側(やや北より)を見てみると意外なことに古い教会がすぐに目に入ります。
下北沢の駅のすぐそばに、こんな教会があることを知らない人も多いと思います。戦前にフランスから送られ、戦争中に組み立てられずに置いてあった聖堂の建材をもらい受けて建築したとのこと。豊かな緑に囲まれた静寂な空間に、どこか外国にでも旅をしているような気分になります。様々な雰囲気が、ごく近い場所に一緒にあるのが下北沢の面白さでしょうか。

歴史的建築物の「かまぼこ兵舎」が現役で使用されている隣にはいかにも取り壊される前提で建てられた建築が。教会の庭の手前、付属の建物もそうした簡易建築です。終戦直後には焼け野原だったという歴史の名残として、敷地内には、なんと、米軍から払い下げられたかまぼこ兵舎が今でも使用されています。
奥の空き地には「小田急電鉄」所有の立て札が立っていました。それから先にずっと道路は延びるのですが、密集した住宅地で、皆さん、ほんとうに立ち退きをされるでしょうか。土地の値段が高い地域ですから、買収費はそうとうな金額になると想像されます。

手前では小田急線複々線化の工事ということで、すでに立ち退きをされています。線路に沿った「一番街」では、お店がいくつか移動。左手建築中の建物には、右手線路沿いの石蔵のある質屋さんが移りますさらに道路が延びる西の方向を見るとさらなる住宅密集地が広がっています。道路工事は、3期に分かれていて、駅周辺の茶沢通りまでとピーコックの裏くらいまでが第1期工区ということで、先日、説明会があった場所。
教会のあたりは第2期工区、西側は第3期工区ですが、こちらの道路予定地近隣の方たちには、まだ何も話を聞いていないという人も多いようです。地図の確認はこちらでどうぞ(クリックすると大きな地図が中にあります)。
世田谷教会の端正な佇まい。クリックすると美しい教会音楽が聞こえます
そして、教会を出るとすぐに目に入るのが「鈴なり横丁」の看板たち。道をはさんで隣り合っているというわけです。このあたりは、茶沢通りが拡幅されて交差点となることになっています。教会は、大きな道路に面することになりますね。

ステンドグラスがきれいな木造建築。直輸入の建材です
お庭にはルルドとマリア像もありますが、ここも道路予定地
「鈴なり横丁」の看板たち

そのすぐ先に小田急線の開かずの踏切が。このおかげで小田急線連続立体交差事業は望まれていたことでした
2月は、下北沢演劇祭が開催されていました
横隣にある 「ザ・スズナリ」。ここも道路計画を前提に建てられている建築物です。
映画館「ARTONE」も併設。

街唯一の高層建築「北沢タウンホール」12階建て。「ザ・スズナリ」と道路をはさんで斜めに向かいあっています
タウンホールから見た西側の駅北口周辺。奥は「ピーコック」西側(やや北より)には、駅をはさんでピーコックのほうが見えます。手前の工事中のところはそのまま残りますが、その先、駅をはさんでピーコックまでが駅前広場になる予定。ピーコックの建物付近も広い敷地になって、高層ビルに建て替えられる予定があるとか。
古い屋根群が見えますが、戦後すぐの闇市からの「駅前食品市場」です。昔は、全国で、少し大きな街にはよくあったものですがこうした市場が、ここでは地権者が複雑で奇跡的に残ったといわれています。

ピーコック前から見た「駅前食品市場」。「駅」が旧漢字です。新しい薬屋や電気屋なども
ちゃんと乾物屋や魚屋などいいものをおく食品店も健在で、長年ひいきにしているお客さんもたくさんいます
うーん、ベトナムで見た市場にそっくり~(^-^

こちらは、世田谷教会の真向かいにあったかわいい雑貨屋さん。手作りがモットーの「JAMCOVER」
JAMCOVER日本にも、こんな時代があったなあと、わたしはぎりぎり子供の頃に見た覚えがあるという風景。そんな姿がそのままであることに感慨を覚える方もいますし、早く、何とかして欲しいという方もいます。磨きこまれたように使い続けられた石の床がぴかぴかなのが誇らしいような市場です。
こんな懐かしいような風景と、最先端のおしゃれな店がいっぱいあるところがシモキタの魅力でしょうか。でも、素朴な手作りが今風というのも、時代が一巡りという感じがします。
(文、写真=高橋ユリカ・フリージャーナリスト、ViVa!コンテンツサポーター)
「サステイナブル☆下北沢」 by 高橋ユリカ
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