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市民活動スクランブル

このコーナーでは、さまざまな分野で活躍するNGO・NPOなどの 市民団体・非営利団体の活動やイベント、最新動向をお伝えするコーナーです。 専門家、ジャーナリスト・ライターによるレポートや、団体・活動家自身による 報告をもとにお届けします(現在データ移行中です。全コンテンツはこちらから)。

2005年04月03日

「サステイナブル☆下北沢」 by 高橋ユリカ・その6

市民参加の街づくりは世界の潮流
~日EU市民交流年記念シンポと世田谷区の説明会

<2005年4月3日UP>

国際シンポジウム「ひとは市民となり、まちのにぎわいを創り出す~豊かさを共有するしくみとしての文化」の様子大変に興味深いタイトルの国際シンポが、国際交流基金と千葉大学21世紀COEプログラム「持続可能な福祉社会のための公共研究拠点」との共催で、2005年3月29日に開催されました。そのタイトルとは、 「ひとは市民となり、まちのにぎわいを創り出す~豊かさを共有するしくみとしての文化」

 
 
 
■「下北沢」での課題は、世界で共有される課題~

シンポの参加者は、フィンランドのユッシ・ヤウヒアイネンさん(オウル大学教授・都市計画・EU-欧州関係、創造都市)、スペインのエンリック・テリョさん(バルセロナ大学教授・環境経済学、歴史経済学、持続可能な環境と社会の発展連鎖)、スペインのヴィクトール・ウガルテさん(バルセロナ カサ・アジアのプログラムプランナー)、ハンガリーのエリザベス・ヴィシーさん(地域開発・タウンプランニング公社、地域開発・市民参加型空間計画)、英国スコットランドのスチュワート・ノーブルさん(レッツリンク=地域通貨・コミュニティビジネス)、日本からは、千葉大学の岡部明子さん(工学部助教授、「サステイナブル・シティ」の専門家。バルセロナの磯崎新事務所にいた経験もある建築家)、倉阪秀史さん(法経学部助教授で『エコロジカルな経済学』などの著者で環境政策専門家)、村山和彦さん(西千葉の地域通貨「ビーナッツクラブ」(株)みんなのまち代表)、渡辺俊一さん(東京理科大学工学部教授、都市計画なかでも住民参加を研究)という豪華な取り合わせでした。

どうなるかと思うほど、幅広い課題と、広い地域からのゲストでしたが、「ひとは市民となり~」というタイトルのままに、それが、確かに各国で共通な課題であるということがわかるシンポだったことに、ちょっと感銘。いまや、わたしたち自身の「下北沢」の課題は、これほどにも世界で共有されることだったのかと、改めて感じることになりました。

■人々が帰属していると思える場所を創り出す

ヨーロッパ全体が、国境というものとは違う地域性で再編成され始めた広域圏について、千葉大の岡部さんがざっくりと説明。日本人にはあまりぴんとこない話ですが、著書「サステイナブルシティ~EUの地域環境戦略」学芸出版に詳しく記述されています。各地のシンポジスとの話を聞きながら、次第に欧州のなかの地理的結びつきというものが浮かび上がってくるように感じられました。

EUの成立で、ヨーロッパ市民という帰属意識をもつことになった時代に、フィンランドの論客、ヤウフアイネンさんは、「市民が自分たちは、皆よく似ているが、他の国の人々は違っている、と為政者に信じ込まされてきた」と語ります。ヘルシンキからバルト海を挟んで目の前はエストニアのタリン。エストニアがロシアからの独立、EU加盟を経て、頻繁に行き来する関係になり、かつては、「国による違いの大きさが強調されてきたがそうではなかった」と、気づくことになったといいます。

ヘルシンキ船乗り場の広場
ヘルシンキ船乗り場の広場

 
実は、数年前にフィンランドに行ったときに、ヘルシンキの湾内遊覧をする船乗り場から、タリン行きの船が発着していることに気づきました。フィンランドを旅すると、隣国に大国ロシアがあること、反対には強国スウェーデンがあることを嫌が応でも感じないわけにはいきません。そして、海を渡った国との関係。ヤウフアイネンさんが紡ぐ言葉には、人々の帰属性についての考察が感じられました。「都市のプランニングとは、人々が、自分が帰属していると思える場所を創り出すこと・・・それが、故郷というものだから」という言葉には、深く共感します。そして、彼は「地域に社会的意義を与え、経済的にも持続可能な成功に導くのは市民である」と結びました。
 
 
■「市民参加」は世界共通の近道

左がヤウフアイネンさん、右がテリョさん
左がヤウフアイネンさん、右がテリョさん
北欧の代表的都市、ヘルシンキに対して、南ヨーロッパの代表的都市、バルセロナのテリョさんは、
19世紀のスペイン・カタルーニャの都市プランナーもすでに街路について考えていると言い、その言葉「街路は単なる二つの点を結ぶためのものではない」、「街路の役割は太陽と涼風を受ける場であり、人々が出会う場である」を引用します。そして、テリョさんは「自動車優先の街路や広場は都市や広場の機能を失わせてしまう交通用道路にしてしまう」と、断じます。歩くことの心地よさを感じることが多いヨーロッパの街並みには、こうした理念が広く生きているのでしょう。「街とは、歩ける範囲の場所です」と、テリョさん。

一方、バルセロナでは、貧富の格差の拡大、それによる、街の拡散なども現在進行形で進んでおり、
「だからこそ、持続可能な都市に向かうためには、市民参加がいかに重要か。市民参加のあるところでは、サステイナビリティの輪は壊れない」と、強調します。ノーベル賞経済学者のアルマティア・セン博士の言葉を引用しながら、「貧困とは、お金がないだけではなく、家族も公共の支援もない状態で、それは、サステイナビリティの輪が壊れてしまってこそ起こるもの」と、しています。

住民参加は、一部の権力者が大きな決定権を持ってしまうという状況を打破する、大きな力でもありえるというわけです。

ハンガリーからいらしたヴィシーさんの発表は、社会主義国家をやめて間もない国でも、よい都市計画を立てていくには、住民参加が欠かせないという話でした。「社会主義国だったときには、『住民参加』が強制的なボランティアというかたちでされていたので、1988年まで、多くの人にとって『住民参加』には否定的な印象しかなかったのですよ」という話には、なるほど。「参加しなくていいと市民は幸せに思ったのですから」と。しかし、状況は変化して、「荒廃したかつての工業地区を再開発するということになったときに、自治体と地元住民が話し合いを繰り返しました。はじめに行政からの提案に反対され、対話が生まれました。そして、ミーティングを繰り返し、互いに譲歩し、コンセンサスに到達しました。一緒にお祭りをやりながら、結局は、新しいかたちでの住民参加を進めたのですが、このやり方の中にこそ、ベストな道があるということがわかったからです」とのこと。

左は渡辺さん、右はヴィシーさん
左は渡辺さん、右はヴィシーさん
「市民参加」という方法は、遠回りだけれど、つまりは、世界共通の近道であると、社会主義を経た国でも同じ流れにあるようです。「もちろん、参加しない権利もあるのですよ」と、フィンランドのヤウフアイネンさん。「参加が強制的であってはいけない。さまざまなかたちの参加がありえると思います」と、まさに、「ひとは市民になる」ということを指すのでしょうか。

会場の行政マンから、「行政の役割とは」という質問。それに対し、岡部さんから「行政の役割は、無意識でいる人たちが自覚的に参加できるような場をつくること。情報を提供すること」と。「反対することがひいては提案することに変化し、パートナーシップを組むことにつながっていくという意味で、異なる人々がコミュニケーションをとることが重要である」と、スペインのエリョさんからはご意見がありました。
 
■財源をともなった地方分権が必要

左は村山さん、右がノーブルさん
左は村山さん、右がノーブルさん
地域通貨は、西千葉の「ピーナッツ」が利用金額では、世界でも10指に入る成長を遂げていることも初めて知りました。スコットランドの小さな村から来たノーブルさんと村山さんは、グローバライゼーションの中で、「お金が、自分たちと関係のないところで廻っていく」ということに気づいて地域通貨を立ち上げたと、まったく同じことを語り、世界が共通の課題を抱えていることを示唆してくださりました。そして、その昔、徒歩で知り合える範囲の中で人間関係と経済が成立していたような、いわば、「ムラ」を作り出しながら、ポンドのかわりに「レット」を、円のかわりに「ピーナッツ」という通貨を利用してみるというお話。「アーティストのような人には地域通貨は有効」だと、ノーブルさん。お金は稼げなくても豊かで幸せな生活はあるのだと。地域通貨は都市と地方を結ぶ可能性もありそうです。

東京理科大学工学部教授の渡辺さんは、「わが国は『国主導・事業中心の都市計画』から『市町村主導・住民参加・計画中心の都市計画』へ、という大きな歴史的転換期にある」ということで市民講座も開かれた専門家です。「持続性ある市民参加には、アメリカのワシントン州シアトルで制度化されているどんな課題の市民参加にも使える『マッチングファンド』の制度が必要だ」とお話されました。市民参加が進んでいると思われるヨーロッパの皆さんも頷いておられ、やはり、どの国でも市民参加が強調されるものの、市民の負担が大きいことには変わらないようです。

倉阪さん
倉阪さん
倉阪さんが提起したのは、「補完性原理」という言葉。個人ができないことは、地域の自治体がやり、地域の自治体ができないことは政府がやる。地域の人たちのニーズが、その出発です。財源のともなった地方分権がいかに必要かは、各国の出席者全体の合意でした。

たった一日の討論でしたが、彼らは、10日間ほど日本に滞在して「街づくり」の関係者に会いながら議論を繰り返し、そのまとめとしてのシンポだったとのこと。どんな社会にあっても、行政が唯一正しい計画をたてられるわけではなく、住民が反対することから始まって、対話を重ねながら参加をしていくプロセスが大事であるという結論が、自然に導かれたものになりました。
 
 
 
■下北沢で望まれる「市民参加」の場づくり

ところで、この数日前の3月24日、下北沢にある北沢タウンホールでは、「下北沢駅周辺地区地区計画『素案』説明会」が開催されました。1月に4回にわたって開催された骨子案説明会に継いで、市民からの意見をとりいれて調整されたはずの素案説明会でしたが、あいかわらず、地区計画全体像の理念の説明はありませんでした。「下北沢」に、なぜ、このような計画が必要なのか・・・。
(「街づくり通信11号」に素案が説明されています)

会場からは、一方的な説明会ではなく、市民が計画づくりに参加できる場をつくるべきだという意見が続出。現在の活気ある街の真ん中に、道路をどうしても作らなければならない理由は説明されずじまいです。土地利用が有効になされていないという不満は、ほとんど行政からしか聞かれません。

前回お伝えしたように、これまで市民の意見を代表してきたと言われる「街づくり懇談会」の皆さまとも話し合い、計画について再考する場を市民が提起しなければいけない時期にきているようです。「下北沢フォーラム」 は、区長あてに要望書もだしていますが、「原案」策定に向かって、世田谷区は十分に住民参加ができる場を設定すべきではないでしょうか。

東京でも、住みたい街ベスト2であると、「散歩の達人」3月号で発表された下北沢。どのような街づくりをするのか、全国から、そして世界からも注目が集まっています。

(文・写真=高橋ユリカ・フリージャーナリスト、ViVa!コンテンツサポーター、シンポジウム写真提供=国際文化交流基金)


 
「サステイナブル☆下北沢」 by 高橋ユリカ
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投稿者: http://www.viva.ne.jp/  2005年04月03日 18時30分
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