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銀座の「銀座らしさ」とは~ ヒューマンスケールな街の魅力
シモキタから「銀座」~。あれっ、と思われるかもしれませんが、ともに歩くことを楽しむ街です。実は、昔からのヒューマンスケールな路地が残る街という共通点があります。しかも、銀座通りでの超高層ビル計画をきっかけに、銀座らしさを壊したくないと「銀座街づくり会議」が活発に活動中。超高層ビルができれば、道路と同じく、街の姿を大きく変えてしまいます。銀座の人たちが、「銀座らしさ」をだいじにする姿をご紹介します。
■日本の「ショーウインドー」として新しいものを発信

新しいブランド店でも、昔の街区や個店のサイズを意識してショーウインドーを設けている日本で最初の「歩行者天国」は、今も休日に継続中です。この銀座通りで、明治7年に煉瓦街の建設が始まりました。当時の表玄関、新橋ステーションの目抜き通りとして整備されたのです。
江戸時代、お隣の日本橋が問屋街、銀座は職人町として形成されていましたが、政府の意向で、いきなり煉瓦街になって、集まったのはハイカラな人たち。まさに日本のショーウインドーとして、全国に新しいものを発信し続ける街として成長したのは、ご存知のとおり。最近は、海外ブランド店の進出が多く、華やかな内外の高級店が店を連ねます。
ところが、「銀座」という街を、詳細に調べてみると、街の区割りは江戸時代からのままなのだとか。建築的な視点から「銀座 土地と建物が語る街の歴史」(法政大学出版研究)を著した岡本哲志さんが、関東大震災や戦災などの転機を経ても、銀座では街区と街並みが守られてきたと指摘します。
「街区の区割りには、人が歩いていて心地よいサイズというものがあります。銀座では、60間×60間を基本に、分割されている区割りが江戸時代から変わりませんでした」
言われてみると、銀座通りでさえ案外に小さな区割りの店が並んでいることに気づきます。または、大きな建物が建ったとしても、ショーウインドーの大きさが、小さな区割りを再現しています。いわゆる「ヒューマンスケール」の街には、建築的な根拠があるのですね。
■カフェの中を路地が通り抜ける

昔からのお店の門構えは小さく、奥行きがある。煉瓦街ができたころからの服飾店「ギンザ・サヱグサ」。そして、銀座の人たちは、生活路としての路地をだいじに残してきました。華やかな表通りから、ふとそれてみると、たくさんの路地があります。裏口が連なる道として役立っている路地もあれば、お稲荷さんが祭ってあったり、飲み屋が軒を連ねていたり、路地には路地の賑わいもあります。

銀座5丁目の「あづま稲荷」のあたり
銀座では、なるほど、ビルの軒下が路地の面影を残して新しいビルにしたものもありますね。路地を残すべく、それぞれ独特に工夫された建物も目に付きます。4丁目の大きなビル、「銀座コアビル」も通り抜けができて、その左先には、あづま稲荷の路地がありました。
銀座の街の研究家で「ギンザ・サヱグサ」社長の三枝進さんは、こんなことを語っておられました。

「銀芽会」制作 1982年月刊「angle」より 銀座7~6丁目あたりの路地マップ(緑が路地)。7丁目の小さな間口の店が並ぶスケールに比して超高層ビル計画の大きさがわかる。現在の「グリーンビル」の中に路地も「あるとき、毎日通っているところなのに、会社の裏口から路地にでたら、ふっとそこがまったく違う空間のように感じられた。南か北か、どちらに抜けられるのか瞬間わからなくなったんですね。
そんな経験をして、路地空間というものに興味をもつようになりました。路地は私有地ですから、左右の所有者が理解をもたないと継続できない空間です。路地をつぶして大きなビルにすればいいところに造るのですから・・・銀座の表通りというのは、華やかな、いわばカッコをつけて歩くところです。でも、それだけでは疲れてしまう。ふっと横にそれると、肩書きをはずして一人になることができる場所がある。ある意味、お母さんの胎内にいるような安心感がある場所なんじゃないでしょうか」
三枝さんは、新しくできた7丁目の「グリーンビル」(トップの写真の中、左手)の中に、路地を残すことをお願いして実現させました。二つのビルをつなげて再開発されたビルでは、銀座通りから東西には通り抜けができる路地が真ん中に入り、南北に抜けていく長い路地を通すために、24時間オープンにする自動ドアまでそなえられました。

「グリーンビル」の中、カフェの間を路地が抜ける。自動ドアがあいたところ。奥に続く路地が見える新しいものと伝統のものの両方がある街。また、「銀ブラ」を楽しむ家族で賑わうのは、こうした裏道には意外と値段の高くない飲食店があるなど、銀座が多面的であるからかもしれません。
■地域のことは、地域を愛する人たちが決めるべき
「路地」があることで、奥行きのある懐深い街となっている銀座ですが、なんといっても表玄関としての銀座通りに風格があるのは、実は、すっと壁面が揃えられ、高さもおおむね揃っているところにあります。歩くことが楽しい街の秘訣は、建物が揃った高さの上に広がる空にもあるのかもしれません。
明治大学の小林正美教授(「下北沢フォーラム代表」のアーバンラボでは、大学院生たちがCGでその様子を現してみました(図)。市民がわかりにく容積率の問題などを考えることができるように、CGにしています。小林教授は、「下北沢フォーラム」の代表ですが、銀座の街並み研究もしています。

明治大学小林研究室アーバンインターベンション「銀座」
「銀座ストリート・スクーリング・プログラム」発表パワポより
銀座通りに178mの超高層ビルが建つと、街はどうなるのか・・・一昨年、松坂屋と森ビルがつくった合弁会社による「銀座6丁目街づくり協議会」から超高層ビル案が提示されました。超高層ビルは、都市再生法案による「特区」で可能になる高さでした。しかし、地域のことは、地域で決めたいと、銀座通り商店街の方たちが中心となって、「銀座街づくり会議」を発足させて「銀座」と超高層ビルの関係を考え始めました。「特区」の申請の受諾を決めるのは中央区です。
そして、勉強会を重ねるなど活動を続けてきた「銀座街づくり会議」は、この4月より、中央区と一緒に別の協議会を作って新たな「銀座ルール」(地区計画)を真剣に考えることになりました。(詳細は、 「Yomuri Wreekly」6月5日号に掲載) 現在、銀座の人たちと中央区が決めた「銀座ルール」(地区計画)では、56mの高さが定められており、「資生堂ビル」や「グリーンビル」「シャネルビル」がその先陣を切っていますが、おおむね揃っているのは31mの高さにプラス広告塔です。この銀座通りは、ちょうど26mくらいの幅でしょうか。
下北沢に、計画された補助54号線は幅26m。そこに造ることが可能なビルの高さも56mほど。下北沢に「銀座通り」ができると想像すればいいということなのですね。どう考えても大きすぎるような・・・(^-^;
地域のことは、地域を愛する人たちが決めるべきと立ち上がった銀座の皆さんの心意気を、下北沢でも分かち合わせていただきたいものです。(文・写真=高橋ユリカ・フリージャーナリスト、ViVa!コンテンツサポーター)
「サステイナブル☆下北沢」 by 高橋ユリカ
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「荒川は、少し気をつければ決して危険な場所ではありません。そこは自然の宝庫であり 子どもたちにとっては遊びの楽園となるところです」(「荒川遊学ガイド」より)。荒川でのゴミ拾いと、干潟での調査を通した生き物との触れ合いを続けているNPO法人荒川クリーンエイド・フォーラム(代表理事=野村圭佑氏)の活動は、子ども、大人の別なく、地域の豊かさを再発見することにつながっている。
目次
・荒川流域で河川清掃に取り組む
なぜ「クリーンエイド」なの?
・葦原再生し自然本来の姿へ
・ガイドブック活用し地域に根ざした活動めざす
・環境ボランティアで身近な自然に親しむ
(「Let's!環境ボランティア」は、ViVa!が取材、執筆し、環境gooに提供したコラボレーション・コンテンツです)
ViVa!「市民活動スクランブル」のトップへ
世界には様々な問題があるのに、視聴率重視の既存のテレビ局では、世界や地域で起きている現実を十分に伝えているとはいえない・・。マスメディアが見落としがちな事柄にも光をあて、インターネット配信している独立系映像メディアであるOurPlanet-TV。同団体は、東京・文京区への事務所移転に伴い、情報発信ができるコミュニティースペース「メディア・カフェ」をオープン。2005年5月21日に一般公開され、交流会が行われた。
■「メディア・カフェ」を情報発信の拠点に
カフェの看板が置かれた建物の入口を入り、薄暗い階段を登って2Fへ。OurPlanet-TVの事務所は奥から2番目だ。中に入ると、本棚で仕切られて半分が事務所スペース、半分には机が置かれ、カフェ・スペースになっていて、思いのほか明るい。
このメディア・カフェは、誰もが気軽に映像制作や編集を学んだり、情報発信を行ったりできるコミュニティースペースで、映像編集に必要な機器や、映像を上映する設備を備えており、ライブ放送も可能だとのこと。カフェ・スペースには、通常のビデオ編集用にパソコンが3台設置されており、編集体験ができるようになっていた。また、部屋の反対側にはプロ使用にも適するパソコンが2台設置されている。

コーヒーや紅茶がセッティングされたスペース 部屋の一画にはコーヒーや紅茶がセッティングされたスペースがあり、本日のコーヒーは、ペルー産と東ティモール産をブレンドしたオーガニックのもの。今後は1杯100円のセルフサービス式になるとのことだが、今日はボランティアの有井嘉奈子さんがサービスしてくれた。
彼女は、OurPlanet-TV代表の白石さんが講師を勤めるフェリス女学院学生で、現在就職活動中の大学3年生。白石さんの授業を受講中で、今日のイベントには「いろいろな団体、会社を見てみようと思って」参加したという。授業を受けてNGO/NPOについて知ったという彼女にボランティアの感想を聞いたところ、「参加者は、何かモノを作っている人が多く、いろいろな人がいて面白い」「いい活動をしているのだから、一般の人にもっと知ってもらえたらいいのに・・」と答えてくれた。
■メディア関連書籍が充実の「メディア・ライブラリー」
メディア・ライブラリー 事務スペースとカフェ・スペースを半分に仕切る本棚は、ジャーナリストで元メディア総合研究所長の故・青木貞伸さんが遺した約1000冊のメディア関係書籍が詰まった「メディア・ライブラリー」(故・青木さんは、テレビ草創期から放送をめぐる問題を中心に批評、提言を続け、「NHKの革命」「メディアの生態学」「次世代メディアを考える」などの著書がある)。
OurPlanet-TVがメディア・カフェを開設するに当たり、メディア関係の書籍を集めたいと周囲に相談したところ、故・青木さんの蔵書が眠っていることを知る人に話しが伝わり、ライブラリー開設の話が実現することになったとのこと。汚れが目立つ書籍を綺麗にして、カフェオープン数日前にどうにか運び込んだという。メディア関連の貴重な蔵書も多いそうだが、まだ整理されておらず、これからデータベース化して活用したいとのことだ(現在は閲覧のみ)。
■交流会は大盛況
交流会が始まる16時に近づくにつれて参加者が次々と集まり、会場は40名以上の人で一杯になって熱気がすごい。あちこちで会話に花が咲いていた。その中の一人、最近ボランティア登録をしたというグラフィック・デザイナーの森田文明さんは、環境や社会貢献の取り組みをしていきたいと思い、最近会社を辞めたという。OurPlanet-TVのことは、環境gooに掲載された代表の小林りかさんのインタビューで知り、興味を持ったとのこと。まだ参加して日が浅いが、今後いろいろと活動していきたいと話してくれた。
事務局長の池田佳代さんによると、常時活動しているボランティアは約40人ほどで、学生が多い。ボランティアは、撮影や編集、イベントの手伝いなどで活躍しているとのこと。また、メディア研究をしている学生をインターンという形で受入れることもあるという。
交流会では、以前募集されたOurPlanet-TVロゴの授賞式も行われた。選ばれたのは、OurPlanet-TVの頭文字であるOとPを組み合わせ、双葉をイメージしたというデザインで、色は緑(図)。2005年にはNPO法人の認証を取得して、新しい事務所に移ったOurPlanet-TVが、このロゴの双葉のように、インターネットにおける市民のメディア発信の中心として、すくすくと育っていくことが期待される。(野口朋子/インフォメーション・プランナー、ViVa!コンテンツサポーター)
<関連HP>
・OurPlanet-TV
・環境goo(エコローグ:OurPlanet-TV 代表理事 小林りかさん)
・メディア総合研究所
・フェリス女学院大学
市民コンピュータコミュニケーション研究会(JCAFE)主催による第5回JCAFEサロンが、JCAFEの浜田忠久代表がスピーカーとなり、世界情報社会サミット(WSIS)をテーマに取り上げ、約20人の市民や研究者が参加しました。
世界会議や情報社会について世界共通ビジョンというと自分には縁遠い話だと思われるかもしれませんが、WSISで話し合われていることはインターネットを介した情報とのつきあいを避けられない私たちにとってはとても身近なものです。
しかし、現実は、WSISに関する報道は決して多いとは言えず、認知されにくい状況にあることは間違いありません。
そのような状況を大所高所から改善していくのは無理がありますが、身近なところから関心を広めて行こうと考え、種を蒔いていくための場としてWSISをテーマとしたサロンを開きました。
→第5回JCAFEサロン「世界情報社会サミット(WSIS)を知る」(JCAFEのホームページ)