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市民活動スクランブル

このコーナーでは、さまざまな分野で活躍するNGO・NPOなどの 市民団体・非営利団体の活動やイベント、最新動向をお伝えするコーナーです。 専門家、ジャーナリスト・ライターによるレポートや、団体・活動家自身による 報告をもとにお届けします(現在データ移行中です。全コンテンツはこちらから)。

2005年05月26日

「サステイナブル☆下北沢」 by 高橋ユリカ・その8

銀座の「銀座らしさ」とは~ ヒューマンスケールな街の魅力

歩行者天国中の銀座シモキタから「銀座」~。あれっ、と思われるかもしれませんが、ともに歩くことを楽しむ街です。実は、昔からのヒューマンスケールな路地が残る街という共通点があります。しかも、銀座通りでの超高層ビル計画をきっかけに、銀座らしさを壊したくないと「銀座街づくり会議」が活発に活動中。超高層ビルができれば、道路と同じく、街の姿を大きく変えてしまいます。銀座の人たちが、「銀座らしさ」をだいじにする姿をご紹介します。


 
 
 
■日本の「ショーウインドー」として新しいものを発信

昔の街区や個店のサイズを意識したショーウインドー
新しいブランド店でも、昔の街区や個店のサイズを意識してショーウインドーを設けている
日本で最初の「歩行者天国」は、今も休日に継続中です。この銀座通りで、明治7年に煉瓦街の建設が始まりました。当時の表玄関、新橋ステーションの目抜き通りとして整備されたのです。

江戸時代、お隣の日本橋が問屋街、銀座は職人町として形成されていましたが、政府の意向で、いきなり煉瓦街になって、集まったのはハイカラな人たち。まさに日本のショーウインドーとして、全国に新しいものを発信し続ける街として成長したのは、ご存知のとおり。最近は、海外ブランド店の進出が多く、華やかな内外の高級店が店を連ねます。

岡本哲志著「銀座」ところが、「銀座」という街を、詳細に調べてみると、街の区割りは江戸時代からのままなのだとか。建築的な視点から「銀座 土地と建物が語る街の歴史」(法政大学出版研究)を著した岡本哲志さんが、関東大震災や戦災などの転機を経ても、銀座では街区と街並みが守られてきたと指摘します。

「街区の区割りには、人が歩いていて心地よいサイズというものがあります。銀座では、60間×60間を基本に、分割されている区割りが江戸時代から変わりませんでした」

言われてみると、銀座通りでさえ案外に小さな区割りの店が並んでいることに気づきます。または、大きな建物が建ったとしても、ショーウインドーの大きさが、小さな区割りを再現しています。いわゆる「ヒューマンスケール」の街には、建築的な根拠があるのですね。

■カフェの中を路地が通り抜ける

煉瓦街ができたころからの服飾店「ギンザ・サヱグサ」
昔からのお店の門構えは小さく、奥行きがある。煉瓦街ができたころからの服飾店「ギンザ・サヱグサ」。
そして、銀座の人たちは、生活路としての路地をだいじに残してきました。華やかな表通りから、ふとそれてみると、たくさんの路地があります。裏口が連なる道として役立っている路地もあれば、お稲荷さんが祭ってあったり、飲み屋が軒を連ねていたり、路地には路地の賑わいもあります。
 

銀座5丁目の「あづま稲荷」のあたり
銀座5丁目の「あづま稲荷」のあたり

銀座では、なるほど、ビルの軒下が路地の面影を残して新しいビルにしたものもありますね。路地を残すべく、それぞれ独特に工夫された建物も目に付きます。4丁目の大きなビル、「銀座コアビル」も通り抜けができて、その左先には、あづま稲荷の路地がありました。
 

銀座の街の研究家で「ギンザ・サヱグサ」社長の三枝進さんは、こんなことを語っておられました。
 


銀座7~6丁目あたりの路地マップ
「銀芽会」制作 1982年月刊「angle」より 銀座7~6丁目あたりの路地マップ(緑が路地)。7丁目の小さな間口の店が並ぶスケールに比して超高層ビル計画の大きさがわかる。現在の「グリーンビル」の中に路地も
「あるとき、毎日通っているところなのに、会社の裏口から路地にでたら、ふっとそこがまったく違う空間のように感じられた。南か北か、どちらに抜けられるのか瞬間わからなくなったんですね。
そんな経験をして、路地空間というものに興味をもつようになりました。路地は私有地ですから、左右の所有者が理解をもたないと継続できない空間です。路地をつぶして大きなビルにすればいいところに造るのですから・・・銀座の表通りというのは、華やかな、いわばカッコをつけて歩くところです。でも、それだけでは疲れてしまう。ふっと横にそれると、肩書きをはずして一人になることができる場所がある。ある意味、お母さんの胎内にいるような安心感がある場所なんじゃないでしょうか」
 

三枝さんは、新しくできた7丁目の「グリーンビル」(トップの写真の中、左手)の中に、路地を残すことをお願いして実現させました。二つのビルをつなげて再開発されたビルでは、銀座通りから東西には通り抜けができる路地が真ん中に入り、南北に抜けていく長い路地を通すために、24時間オープンにする自動ドアまでそなえられました。

カフェの間を路地が抜ける
「グリーンビル」の中、カフェの間を路地が抜ける。自動ドアがあいたところ。奥に続く路地が見える
新しいものと伝統のものの両方がある街。また、「銀ブラ」を楽しむ家族で賑わうのは、こうした裏道には意外と値段の高くない飲食店があるなど、銀座が多面的であるからかもしれません。
 

■地域のことは、地域を愛する人たちが決めるべき

「路地」があることで、奥行きのある懐深い街となっている銀座ですが、なんといっても表玄関としての銀座通りに風格があるのは、実は、すっと壁面が揃えられ、高さもおおむね揃っているところにあります。歩くことが楽しい街の秘訣は、建物が揃った高さの上に広がる空にもあるのかもしれません。

明治大学の小林正美教授(「下北沢フォーラム代表」のアーバンラボでは、大学院生たちがCGでその様子を現してみました(図)。市民がわかりにく容積率の問題などを考えることができるように、CGにしています。小林教授は、「下北沢フォーラム」の代表ですが、銀座の街並み研究もしています。

明治大学小林研究室が作成したパワーポイント資料
明治大学小林研究室アーバンインターベンション「銀座」
「銀座ストリート・スクーリング・プログラム」発表パワポより

 

銀座通りに178mの超高層ビルが建つと、街はどうなるのか・・・一昨年、松坂屋と森ビルがつくった合弁会社による「銀座6丁目街づくり協議会」から超高層ビル案が提示されました。超高層ビルは、都市再生法案による「特区」で可能になる高さでした。しかし、地域のことは、地域で決めたいと、銀座通り商店街の方たちが中心となって、「銀座街づくり会議」を発足させて「銀座」と超高層ビルの関係を考え始めました。「特区」の申請の受諾を決めるのは中央区です。

そして、勉強会を重ねるなど活動を続けてきた「銀座街づくり会議」は、この4月より、中央区と一緒に別の協議会を作って新たな「銀座ルール」(地区計画)を真剣に考えることになりました。(詳細は、 「Yomuri Wreekly」6月5日号に掲載) 現在、銀座の人たちと中央区が決めた「銀座ルール」(地区計画)では、56mの高さが定められており、「資生堂ビル」や「グリーンビル」「シャネルビル」がその先陣を切っていますが、おおむね揃っているのは31mの高さにプラス広告塔です。この銀座通りは、ちょうど26mくらいの幅でしょうか。

下北沢に、計画された補助54号線は幅26m。そこに造ることが可能なビルの高さも56mほど。下北沢に「銀座通り」ができると想像すればいいということなのですね。どう考えても大きすぎるような・・・(^-^;
地域のことは、地域を愛する人たちが決めるべきと立ち上がった銀座の皆さんの心意気を、下北沢でも分かち合わせていただきたいものです。(文・写真=高橋ユリカ・フリージャーナリスト、ViVa!コンテンツサポーター
 
「サステイナブル☆下北沢」 by 高橋ユリカ
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投稿者: http://www.viva.ne.jp/  2005年05月26日 23時57分
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