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市民活動スクランブル

このコーナーでは、さまざまな分野で活躍するNGO・NPOなどの 市民団体・非営利団体の活動やイベント、最新動向をお伝えするコーナーです。 専門家、ジャーナリスト・ライターによるレポートや、団体・活動家自身による 報告をもとにお届けします(現在データ移行中です。全コンテンツはこちらから)。

2005年11月21日

情報社会の“守護者”は誰か?/WSIS Tunis現地レポート最終回

<短期集中連載>WSIS Tunis現地レポート

第5回(最終回) 情報社会の“守護者”は誰か?

WSISの様子2005年11月18日、チュニスにおいて開催されていたWSISは、アジェンダやコミットメントなどを議決して終わりました。すべてが終わった今、ホテルに帰ってきて、この原稿を書いています。この短期連載も今日で終わりです。現地で追跡し報告するタスクを担って来たわけですが、極めていろいろなことがおこって、残念ながら今を持っても、その全体像を把握できませんでした。JCAFEから参加したメンバーの間では、帰国後落ち着いたら報告会を開催しようと話しているところで、詳細は追ってアナウンスがあると思います。ここでは、結局WSISはなんだったのかということについて、私個人が感じたことを整理して、まとめとしたいと思います。

■WSISが生み出したもの

チュニスから掲載記事をチェックそもそも文書だけでも、WSISは多くのものを生み出しました。 WSISの本会議で議決されたアジェンダやコミットメントなどだけでなく、Civil Society(CS=市民社会)は独自のデクラレーション(宣言)を出しました。コーカスによっては、独自のデクラレーションやステートメント(声明)を出したところもあるようで、プレスリリースを含め、さまざまな文書が飛び交う一日でした。

ホテルに帰ってからも読み続けているのですが、すべてに目を通すことはとても無理です。ですので、きちんと確認しているわけではないのですが、前の報告(第3回)のとおり、具体性に欠けていて続きはこれから、という結果だったように思います。つまり、インターネット・ガバナンスで言うと、Internet Governance Forum(IGF=インターネット・ガバナンス・フォーラム)を作ってこれから考える、というものです。

ただし、だからといってすべてがIGFが決めるのかというとそういうわけではなく、技術的な問題や、すでに他で運営されている問題には踏み込まない、ということになってるようです。例えばドメインネーム管理などを担うICANNなどはそのまま作業をし続けることになるのではないかと思われます。ということは、IGFはより広くインターネット・ガバナンスを考える機関になるということなのでしょうが、それで何を出すのか、範囲もあまりに広すぎはしないかと、疑問が次々出てきそうな結果だともいえるでしょう。

他の点では、例えば原田先生が大活躍されたCultural diversity(文化の多様性)や、私もよく参加していたPersons with disabilities(障害を持った人)などは、具体的な言及もされており、非常に成果が出たのではないかと思います。他にもジェンダー・コーカスなんかも比較的意見が反映されていたのではないでしょうか。WSISの本会議では浜田代表がスピーチもしていました。一方で、人権の尊重をうたいつつもサイバー犯罪とテロリズムとを一括りにして、セキュリティの重要性をたびたび指摘するなど、問題点が残りそうな部分も多々見られました。

あくまで実感で言わせてもらえば、CSの中でずいぶんと差がついたような気がします。インタビューでも所属しているコーカスごとに「ジェノバより良かった」という人と「ジェノバから進展がない」という人に完全に二分されました。なぜそうなったのか、ちょっと考えてみたいと思いました。

■情報社会の“守護者”は誰か?

円卓会議の様子このように、あいまいな結果といえるWSISでしたが、多くの議論に参加してみて思ったのは、現在の論争は詰まるところ、今後の情報社会の“守護者”は誰で、何をどう守るのか、ということを論じていたのではないかということです。例えば、ガバナンスの話でいえば、アメリカなどは今でもインターネットの“守護者”のつもりで、今後も永遠にその立場すなわち特権を維持するつもりのようです。

それに対して南北格差に苦しむ途上国は、一国独裁では「途上国の利益」を守れないとし、自らを新しい“守護者”にできるような組織を望むわけです。その“守護者”は国に限りません。自由な市場としての情報社会の“守護者”たろうとする大企業、情報社会内でも国際課題の“守護者”として振舞おうとする国際機関、さらには今までインターネットの運用を守護してきた技術者も“守護者”としての自負があるでしょう。

こう考えるとCSも、ある意味で“守護者”たろうとした、と言えるのではないでしょうか。文化的マイノリティーの守護者、情報アクセシビリティの守護者、女性の権利の守護者...。ヒューマン・ライツで言えば、まさに表現の自由を守護するために、サイバー犯罪への安易な言及に反対してきたわけです。このようにWSISは、情報社会の中で、誰が、何を、どのように守護するのか、ということが議論されてきたのではないかと思いました。代弁者というよりも守護者を巡る論争として捉えれば、現在のWSISの論点が、ある一点でデッドロックする理由がわかります。

つまり、「なぜあなたが守護者なのか・・・守護者としての正統性」です。このように、情報社会という空気のように必要不可欠なものを、誰が保障するのかという守護者をめぐる争いが、今回のWSISの経過だったのではないかと感じました。

■では私達は?

議論の経過は良いとしても、WSISの成果は結局あいまいなだったと言えるのではないでしょうか。最後に、WSISが確かに残したものを2つ上げて、終わりにしたいと思います。まず、WSISが長いプロセスを経て成果を出そうとし、それに多くの人々が真剣に関与し続けた事実そのことが、情報社会が地球環境や経済同様、いやそれ以上に必要不可欠であり、あらゆる努力を払ってもその守られるべき何かを含んでいることを、明確に証明しました。

ジュネーブとチュニス、2度のフェーズにわたった長い議論の積み重ねは、文書に反映されても反映されなかったとしても、誰しもが情報社会の中で必ず守らなければならない何かを持っていて、それを守り続けることがなにより重要であることを、それぞれ確認した過程であったことは、確実に評価できるでしょう。

もうひとつ、それらの“守護者”を巡る論争の中で、利用者である私たち市民が、その中の“守護者”の一人でないわけがない、ということもわかりました。私たちがネットの利用者で(この文書をお読みの中でそうでない人はいないはずです)、情報社会を構成する一部であるならば、必ず守らなければならない何かをもっていて、その“守護者”でなければならないのではないか、ということです。WSISはそのことを私達に実感させる機会でした。では、私達は何を、どのように守るのでしょうか。

APCの打ち上げコンパ最終日の夜、APC(Association for progressive communications)の打ち上げコンパでも、「WSISははじまりにすぎない」という声を多く聞きました。そのとおりだとおもいます。WSISは終わりましたが、情報社会は終わりません。むしろこれからも私達は、この情報社会で生きていかなければなりません。WSISの最大の成果は、私達が今までこれらの問題をどれくらい考えながら、ICTを使ってきたのか、今後どのように利用するつもりなのかを、明確に突きつけるはじめての場だったことにあるのではないでしょうか(シリーズ終わり)。
(レポート=柴田邦臣/大妻女子大学社会情報学部、ViVa!コンテンツサポーター、写真も)。

<短期連載>WSIS Tunis現地レポート <第1回> <第2回> <第3回> <第4回> <第5回>

<関連HP>
■国内のサイト
市民コンピュータコミュニケーション研究会(JCAFE)
市民のための情報とIT技術のサイト(JCAFE運営)
障害保健福祉研究情報システム
国連のサイト
総務省

■海外のサイト
世界情報社会サミット公式ページ(英語)
進歩的コミュニケーション協会(APC)「市民社会と情報社会サミット」
World Summit on Information Society
World Wide Volunteer

投稿者: http://www.viva.ne.jp/  2005年11月21日 00時03分