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「森が怖い」、「虫は嫌い」―私たち現代人は、いつしか自然との付き合い方や楽しみ方を忘れてしまったようだ。房総の森と自然を再現した千葉県立中央博物館の生態園では、公募による「生態園パートナー」が、身近なボランティアとして来園者の自然観察と体験を手助けしている。
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(「Let's!環境ボランティア」は、ViVa!が取材、執筆し、環境gooに提供したコラボレーション・コンテンツです)
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NPO法人足元から地球温暖化を考える市民ネットえどがわ(足温ネット)の「足元」とは、地域のこと。「ものぐさ」を信条に、市民主体のユニークな地球温暖化対策を考え、地域のなかで実践していく。「楽しいプロジェクトをどんどん考えて、立ち上げていきたい」というかれらの活動には目を見張るものがあり、そのなかには、自分たちの地域のなかで動くことから生まれるフットワークの軽さと、市民が持つパワーそのものが隠されている。
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どうして道路をつくるのか~海外の研究者からも注目
都市計画系研究者たちからも要望書提出
7月16日にシンポ「シモキタらしさの発見~歩くことが楽しい街」が北沢タウンホールで。ハーバード大学で地域に即した都市再生を研究しているピーター・ロウ教授が来日。下北沢を視察して「どうして、ここに道路を造るのか?」と首をかしげました。一方、東京大学都市工学の西村幸夫教授、大方潤一郎教授をはじめ現代の都市計画を担っている研究者たち20名が、世田谷区長と世田谷区都市計画審議会委員あてに地区計画と補助54号線の問題について見直す要望書を提出。
■シンポ「シモキタらしさの発見~歩くことが楽しい街」7月16日に開催
道路予定地に立つ、ピーター・ロウさんと小林さん、石川さん7月10日、ハーバード大学のピーター・ロウ教授が下北沢を訪れました。「下北沢フォーラム」代表の小林正美明治大学教授がハーバード大学客員教授として共に、これまでも赤坂、京島、六本木、日本橋でのスタディを重ねてきています。今回は、慶応大学の石川幹子教授、小林博人助教授らと共に新たなプロジェクトとして事例研究に取り上げることになったもの。
初めて下北沢を訪れたロウ先生は、まずは、北沢タウンホールの打ち合わせ会場から街を眺めます。道路予定地が記された地図に、「なぜ、どうして?」「どんな補助金があって?」と質問を連打。いやはや、説明のしにくい「連続立体交差事業」・・・英語で説明しようとすると、この計画のおかしさがいやまして明らかになるようです。「税金の無駄遣いなんじゃないの?」というご意見。同感です。
蓑原さんの基調講演タイトルは
「街の原型~ユートピア的下北沢」街に出たロウ教授は、路地の写真を撮り続けます。路地とコミュニティをテーマに本も書かれており、「町」「丁」の区割りにも大きな関心があるとのこと。地域の自然地形や歴史にも着目をして、その地域らしい都市再生をしようという基本姿勢です。だからこそ、「シモキタらしさ」から再考を始めることが大事だと、7月16日に北沢タウンホールで行われるシンポジウム「シモキタらしさの発見~歩くことが楽しい街」(pdfファイル)に賛同してくださります。
9月には、小林教授、石川教授がハーバード大生の指導にボストンに向かい、10月には、ハーバード大生が来日。交互に授業をしながら、下北沢についても地元の人たちと連携して政策提言案まで作っていきたいとのことです。
■学者や都市計画プランナーらが要望書提出
一方、7月4日には、都市計画プランナーの蓑原敬さんを代表に「下北沢駅周辺地区 地区計画素案の取り扱いに付いての要望書」が、世田谷区長と世田谷区の都市計画審議会委員あてに提出されました。東京大学都市工学の西村幸夫教授、大方潤一郎教授をはじめ、法政大学の陣内秀信教授早稲田大学の佐藤滋教授ら現在の都市計画を担う立場にある研究者が20名も連名していることには極めて大きな意義があるでしょう。
道路計画は、楽しい界隈のこの近く
「下北沢」という賑わいがあり多くの人が好んでいる街を壊してまで道路を造るということを改めて考えたときに、「街づくり」や「道路」行政への本質的な問題がこめられているからこその要望書だと思えます。代表を引き受け「街は要る」(学芸出版)などの著書がある蓑原敬さんも、「全国で、商店街が崩壊し、街が壊されていく現場をいくつも見てきた。今こそ、下北沢をきっかけに、真剣にこれまでのやり方を見なおすべき」と、語ります。要望書には、下記のことが明確に書かれました。全文はこちら(pdfファイル)。
「下北沢地区には、長い時間をかけて築いてきたアイデンティテーとブランド、ユニークな文化性があります。それらを支える都市の構造は、現代都市計画上高く評価されるべきものだと考えられます。しかしながら、この点については十分な考慮が欠落し、計画に反映されておりません。」として、
(1)素案が意図する「下北沢地区の魅力である、歩いて生活できる中層建物主体の活気ある街並みづくり」が、地区計画素案には正確に反映されていません。高さに関する緩和条項を持ち、土地の集約による高層建物群が建つことを意図しているように見えます。
(2)地区計画に盛り込まれた道路からの壁面後退は、確実に現在の下北沢の街並みが持つ「下北沢らしさ」を破壊させ、消失させることが予想されます。不必要な壁面後退は、下北沢の優れた空間スケールを破壊するだけです。壁面後退の根拠に防災性の向上が挙げられていますが、それによらない防災性の向上についての検討が比較考量されていません。
(3)この地区計画の基礎にある幅26mの補助54号線道路および車を主役とする駅前広場の実現は、せっかく築き上げてきた下北沢の景観・スケールを壊すものです。地区計画素案の前提条件についても再考が望まれます。
ともかく60年も前に国(戦災復興院)が計画した(都市計画法の変更で東京都に権限が委譲され、地方分権になって今は世田谷区が事業主体)都市計画道路が、今も造られていないとしたら、当時と街の状況も道路需要も変わってしまったのは当然です。2年前に東京都は全般的な計画の見直しをしたとしていますが、とりやめになった都市計画道路は4つにすぎませんでした。
東京都のパンフレットには、都市計画道路整備方針の理念を具体化するための『4つの基本目標』を掲げています。
1)活力~都市再生と国際競争力の向上 2)安全~安全で安心できるまちの実現。 3)環境~快適な環境の創出 4)暮らし~生活の質の向上
下北沢に補助54号線道路を造るということは、この4つの目的にかなっているのでしょうか。「東京」という都市がどのような街になっていくのか、価値観転換の時期を迎えています。ある意味では、これまで研究者の方たちはどうしていたのだろうかと不思議でさえあるのですが、東京大学の大方教授は、「60年も前の道路計画は、見直さないといけない」と強調。この問題が下北沢に限ったことではないことを指摘されています。シモキタをきっかけに、今こそ研究者の皆さんが発言していくべき時期にきたということなのではないでしょうか。
■駅前広場はロータリーでなくてもいい
また区のプランでは、駅前広場がタクシーやバスが乗り入れる、いわゆる「交通ロータリー」になっています。そのことについて、世田谷区の説明は、「一般的な様式に則っただけ」というもの。ところが、その様式のひとつ小浪式」を建設省勤務時にご自身がつくった東京女学館大学教授で、先の研究者の要望書に連名された小浪博英さんは、「地方分権の時代になり、国で決めた基準に則る必要はない。地域の実情に合わせてシモキタらしい、人々が安心・安全に暮らせる街づくりができればいいと思う」と、いいます。国交省の担当者も、「駅前広場の補助金採択に、広さなどの基準はない」と明言。時代は、変わったのです。
■補助54号線がなければ小田急の地下化はできないということはなかった
事業の採択申請には補助26号線ひとつでよかったところで、わかりにくい公共事業「連続立体交差事業」ですが、「サステイナブル☆下北沢 その2」では、「小田急線の地下化工事と補助54号線がセット」だと記述しましたが、少々、違うことが国交省の取材でわかりましたので、訂正させていただきます。
従来の採択基準では、幹線道路(都市計画道路)が線路と二本交差していることが要件に挙げられていました。ところが、01年に基準が変更され、1時間に40分以上が開かずの踏み切りとなるボトルネック踏み切りが2カ所以上含まれるときは、交差道路は一カ所でいいことになったのです。
「03年に採択申請・決定された下北沢駅を含む連続立体交差事業としては、「東北沢駅そばで交差する補助26号線のみでも採択基準は満たしており、補助54号線の建設は、必ずしもセットである必要はなかった」と、国交省街路課の担当者。東京都の担当者は、「都市計画道路の予定があるのだから、採択申請書に入れたまで」という言い方をしています。つまりは、どうしても「補助54号線がなければ小田急の地下化もできなかった」という説明は違う、ということになるわけです。
小田急電鉄担当者は、「和泉多摩川から梅が丘まで高架化が完成して、39カ所のうち30カ所のボトルネック踏切が解消された。残るは、下北沢近辺の9カ所のみ。1時間に29本という極限のタイムテーブルでも、朝の混雑率が200%近い。残されたこの地域の工事は火急」と、補助54号線があるかなしかは、地下化工事には関係ないという口ぶり。地元としては、踏み切り問題の解消こそ望んだものの、道路望んでいません。地下化工事のみを急いでいただきたいところです。
こうした動きの中で、今後は、道路の必要性をも含めて、下北沢をどんな街にしていくのか、「ラウンドテーブル」に行政や、また、跡地利用の課題からも小田急にも参加していただき、多くの市民と研究者と協働しながらの検証や代替案づくりが期待されます。(「Yomiuri Weekly」7・16日発売号にも記事を書いています。「シモキタの街を壊すな! 60年前の道路計画にNO」)
。(文・写真=高橋ユリカ・フリージャーナリスト、ViVa!コンテンツサポーター)
「サステイナブル☆下北沢」 by 高橋ユリカ
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銀座の「銀座らしさ」とは~ ヒューマンスケールな街の魅力
シモキタから「銀座」~。あれっ、と思われるかもしれませんが、ともに歩くことを楽しむ街です。実は、昔からのヒューマンスケールな路地が残る街という共通点があります。しかも、銀座通りでの超高層ビル計画をきっかけに、銀座らしさを壊したくないと「銀座街づくり会議」が活発に活動中。超高層ビルができれば、道路と同じく、街の姿を大きく変えてしまいます。銀座の人たちが、「銀座らしさ」をだいじにする姿をご紹介します。
■日本の「ショーウインドー」として新しいものを発信

新しいブランド店でも、昔の街区や個店のサイズを意識してショーウインドーを設けている日本で最初の「歩行者天国」は、今も休日に継続中です。この銀座通りで、明治7年に煉瓦街の建設が始まりました。当時の表玄関、新橋ステーションの目抜き通りとして整備されたのです。
江戸時代、お隣の日本橋が問屋街、銀座は職人町として形成されていましたが、政府の意向で、いきなり煉瓦街になって、集まったのはハイカラな人たち。まさに日本のショーウインドーとして、全国に新しいものを発信し続ける街として成長したのは、ご存知のとおり。最近は、海外ブランド店の進出が多く、華やかな内外の高級店が店を連ねます。
ところが、「銀座」という街を、詳細に調べてみると、街の区割りは江戸時代からのままなのだとか。建築的な視点から「銀座 土地と建物が語る街の歴史」(法政大学出版研究)を著した岡本哲志さんが、関東大震災や戦災などの転機を経ても、銀座では街区と街並みが守られてきたと指摘します。
「街区の区割りには、人が歩いていて心地よいサイズというものがあります。銀座では、60間×60間を基本に、分割されている区割りが江戸時代から変わりませんでした」
言われてみると、銀座通りでさえ案外に小さな区割りの店が並んでいることに気づきます。または、大きな建物が建ったとしても、ショーウインドーの大きさが、小さな区割りを再現しています。いわゆる「ヒューマンスケール」の街には、建築的な根拠があるのですね。
■カフェの中を路地が通り抜ける

昔からのお店の門構えは小さく、奥行きがある。煉瓦街ができたころからの服飾店「ギンザ・サヱグサ」。そして、銀座の人たちは、生活路としての路地をだいじに残してきました。華やかな表通りから、ふとそれてみると、たくさんの路地があります。裏口が連なる道として役立っている路地もあれば、お稲荷さんが祭ってあったり、飲み屋が軒を連ねていたり、路地には路地の賑わいもあります。

銀座5丁目の「あづま稲荷」のあたり
銀座では、なるほど、ビルの軒下が路地の面影を残して新しいビルにしたものもありますね。路地を残すべく、それぞれ独特に工夫された建物も目に付きます。4丁目の大きなビル、「銀座コアビル」も通り抜けができて、その左先には、あづま稲荷の路地がありました。
銀座の街の研究家で「ギンザ・サヱグサ」社長の三枝進さんは、こんなことを語っておられました。

「銀芽会」制作 1982年月刊「angle」より 銀座7~6丁目あたりの路地マップ(緑が路地)。7丁目の小さな間口の店が並ぶスケールに比して超高層ビル計画の大きさがわかる。現在の「グリーンビル」の中に路地も「あるとき、毎日通っているところなのに、会社の裏口から路地にでたら、ふっとそこがまったく違う空間のように感じられた。南か北か、どちらに抜けられるのか瞬間わからなくなったんですね。
そんな経験をして、路地空間というものに興味をもつようになりました。路地は私有地ですから、左右の所有者が理解をもたないと継続できない空間です。路地をつぶして大きなビルにすればいいところに造るのですから・・・銀座の表通りというのは、華やかな、いわばカッコをつけて歩くところです。でも、それだけでは疲れてしまう。ふっと横にそれると、肩書きをはずして一人になることができる場所がある。ある意味、お母さんの胎内にいるような安心感がある場所なんじゃないでしょうか」
三枝さんは、新しくできた7丁目の「グリーンビル」(トップの写真の中、左手)の中に、路地を残すことをお願いして実現させました。二つのビルをつなげて再開発されたビルでは、銀座通りから東西には通り抜けができる路地が真ん中に入り、南北に抜けていく長い路地を通すために、24時間オープンにする自動ドアまでそなえられました。

「グリーンビル」の中、カフェの間を路地が抜ける。自動ドアがあいたところ。奥に続く路地が見える新しいものと伝統のものの両方がある街。また、「銀ブラ」を楽しむ家族で賑わうのは、こうした裏道には意外と値段の高くない飲食店があるなど、銀座が多面的であるからかもしれません。
■地域のことは、地域を愛する人たちが決めるべき
「路地」があることで、奥行きのある懐深い街となっている銀座ですが、なんといっても表玄関としての銀座通りに風格があるのは、実は、すっと壁面が揃えられ、高さもおおむね揃っているところにあります。歩くことが楽しい街の秘訣は、建物が揃った高さの上に広がる空にもあるのかもしれません。
明治大学の小林正美教授(「下北沢フォーラム代表」のアーバンラボでは、大学院生たちがCGでその様子を現してみました(図)。市民がわかりにく容積率の問題などを考えることができるように、CGにしています。小林教授は、「下北沢フォーラム」の代表ですが、銀座の街並み研究もしています。

明治大学小林研究室アーバンインターベンション「銀座」
「銀座ストリート・スクーリング・プログラム」発表パワポより
銀座通りに178mの超高層ビルが建つと、街はどうなるのか・・・一昨年、松坂屋と森ビルがつくった合弁会社による「銀座6丁目街づくり協議会」から超高層ビル案が提示されました。超高層ビルは、都市再生法案による「特区」で可能になる高さでした。しかし、地域のことは、地域で決めたいと、銀座通り商店街の方たちが中心となって、「銀座街づくり会議」を発足させて「銀座」と超高層ビルの関係を考え始めました。「特区」の申請の受諾を決めるのは中央区です。
そして、勉強会を重ねるなど活動を続けてきた「銀座街づくり会議」は、この4月より、中央区と一緒に別の協議会を作って新たな「銀座ルール」(地区計画)を真剣に考えることになりました。(詳細は、 「Yomuri Wreekly」6月5日号に掲載) 現在、銀座の人たちと中央区が決めた「銀座ルール」(地区計画)では、56mの高さが定められており、「資生堂ビル」や「グリーンビル」「シャネルビル」がその先陣を切っていますが、おおむね揃っているのは31mの高さにプラス広告塔です。この銀座通りは、ちょうど26mくらいの幅でしょうか。
下北沢に、計画された補助54号線は幅26m。そこに造ることが可能なビルの高さも56mほど。下北沢に「銀座通り」ができると想像すればいいということなのですね。どう考えても大きすぎるような・・・(^-^;
地域のことは、地域を愛する人たちが決めるべきと立ち上がった銀座の皆さんの心意気を、下北沢でも分かち合わせていただきたいものです。(文・写真=高橋ユリカ・フリージャーナリスト、ViVa!コンテンツサポーター)
「サステイナブル☆下北沢」 by 高橋ユリカ
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「荒川は、少し気をつければ決して危険な場所ではありません。そこは自然の宝庫であり 子どもたちにとっては遊びの楽園となるところです」(「荒川遊学ガイド」より)。荒川でのゴミ拾いと、干潟での調査を通した生き物との触れ合いを続けているNPO法人荒川クリーンエイド・フォーラム(代表理事=野村圭佑氏)の活動は、子ども、大人の別なく、地域の豊かさを再発見することにつながっている。
目次
・荒川流域で河川清掃に取り組む
なぜ「クリーンエイド」なの?
・葦原再生し自然本来の姿へ
・ガイドブック活用し地域に根ざした活動めざす
・環境ボランティアで身近な自然に親しむ
(「Let's!環境ボランティア」は、ViVa!が取材、執筆し、環境gooに提供したコラボレーション・コンテンツです)
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待ちに待った京都議定書発効。地球温暖化を防止するために自分も何かしたいと思っても、「CDM」や「6%減」、「森林吸収」など難しい言葉が多く、何にどう取り組めばよいかよく分からない。NPO法人気候ネットワーク(代表=浅岡美恵弁護士)は、地球温暖化防止のための活動の傍ら、温暖化や気候変動問題などの普及啓発に取り組んでいる。そして、その活動には、ボランティアの力が欠かせない。
目次
・ボランティアを信頼して活動をまかせる
・ボランティアとともに歩んできた活動の歴史
・国際会議など海外での活動も
・環境教育ワークショップで自信得た学生も
・ボランティアやNPOは成長できる場
(「Let's!環境ボランティア」は、ViVa!が取材、執筆し、環境gooに提供したコラボレーション・コンテンツです)
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「北沢川緑道」の桜と代沢の住宅街。「世田谷百景」にみる下北沢の魅力
日本のあっちこっちで桜が満開。桜自慢の街はたくさんあると思いますが、下北沢にも素晴らしい桜並木があります。もともと江戸時代に玉川用水から分水した農業用水路だった北沢川沿いに植えられた約380本の桜です。川は昭和40年代に暗渠にされましたが、数年前から暗渠をビオトープとして水辺に戻す工事が始まり、「北沢川緑道」はさらに気持ちのいい遊歩道になりました。
■年寄りにも、障害者にもやさしい街の姿

茶沢通りと交差する地点。交差点の向こうに見えるのは創立125周年という名門・代沢小学校。校舎の前も、北沢川緑道の桜とせせらぎが続いている下北沢というと、「若者の街・庶民の街」とキャッチコピーがつけられることが多いのですが、実は、商店街エリアからちょっと離れると静かな住宅街が広がっています。「世田谷百景」にも選ばれた、桜並木がみごとな「北沢川緑道」は、淡島通りから環状7号線まで、そんな住宅街を通って約1.6キロ続いています。下北沢駅南口から茶沢通りが緑道と交差する地点までは、歩いてちょうど10分です。
北沢川緑道そのものは、淡島通りを超えた池尻近くで、芦花公園から続く烏山川緑道との合流点として始まり、環状7号線を越えて、赤堤のほうまで4.2キロほども続いています(詳細はコチラ)。
暗渠をはがして下水道を地下に通し、表層を人工的な「せせらぎ」に換える工事は、北沢川緑道の東側から始まり、順に西にすすんでいます。
こちらでは、まだ暗渠のまま。遊具があり、それなりに利用されてきています。「北沢川緑道桜並木」に沿って、素敵な住宅が立ち並んでいます「せせらぎ」は東京都落合浄水場で浄化した下水をさらに浄化して流され、ビオトープは子どもたちを含めた住民参加によるワークショップなどをしながら設計図が決められました。
みごとな桜トンネルとなるこの場所は、歩くのも自転車で走るのも最高~(^。^v ことに散り始めた日の朝、桜吹雪をあびながら自転車でくぐりぬけるのは、毎年のひそかな楽しみ。シモキタに暮らす幸せのひとつに数えることができると思っています。(とはいえ、今年は週末の最盛期を終えて、雨の月曜日で散っています)桜の日々に限らず、車椅子の方たちや、老人デイケアセンターからのグループ散歩などを見かけることも多く、地域に根ざした憩いの場として利用されている様子が好もしい散歩道。まさに、年寄りにも、障害者にもやさしい街の姿です。

同じ場所も休日には大賑わいでご覧の通り。反対から見たところです平日の朝の静寂とは裏腹に、お花見日和のお休みともなると、老若男女が集まっての大花見大会。なかには、飲み屋さんがそのまま繰り出したようなグループも。桜の下では、誰もが幸せいっぱいのいい気持ち。若者が奏でる沖縄の三線(サンシン)の調べやギターが聞こえ、子連れのママたち、外国人が多いグループ、おじいさんたちのグループなど、地元の人も、外からの人も、様々に交じり合ってずらりと連なる雰囲気がいかにも下北沢です。
■「世田谷百景」には下北沢周辺の風景が9つも
「世田谷百景」には、「若者と下北沢の街」を含めて、下北沢周辺にある項目が9つも入っています。(→「7-北沢緑道桜並木・代沢の桜祭」はコチラ)
「代沢の住宅街」も、そのひとつです。「庶民の街・シモキタ」とは、少々イメージが違いますが、実は、代沢2丁目には、かつては佐藤栄作・元首相邸、のちに竹下登・元首相邸になる建物もありました。数年前に、マンションになってしまいましたが、関東大震災後に区画整理をして住宅街になったという当時のままの木造2階建て住宅でした。

大きな区画の住宅街。井の頭線・池の上からも徒歩10分くらい大きな区画で、あたりはどんどんマンションに建て替えが進んでいますが、かつてをしのぶことができる木造住宅も、まだまだたくさんあります。代沢2丁目は駅近くの雑然としたところから始まり、世田谷区で最も地価が高いところまで範囲がそうとうに広いことに驚かされます。さまざまな住宅が、渾然と近接して一緒にあるというのも下北沢の特色かもしれません。
下北沢の魅力は、雑多な路地から沸き起こるような面白さや発信力であり、そして、一方では、こうした住宅街を控えもっている、そんな多層性にもあるのではないでしょうか。さまざまな異文化がしなやかに同居し、それをエネルギーに換える力が東京の底力だとしたら、「下北沢」が東京を代表する街である理由もわかるような気がします。

北沢川緑道の近所にある「世田谷百景」の阿川家の赤門。8年くらい前までは、かつての名主屋敷の遺構を残し江戸時代の面影さえあったが、今は、敷地内に木々を残すように設計された大きな賃貸住宅が建っている。オンライン「世田谷百景」に、それまでの写真がある。ほかの百景も季節に沿ってご紹介していきます下北沢駅前周辺地区計画を考える際には、若者の街というイメージだけではなく、こうした住宅街が広がる街であることも、考慮する必要があるかもしれません。代沢の住宅街に暮らす人たちの多くは、自宅が駅前地区計画にかかる地域にはなく、商店街の人たちほど街づくりに関心を寄せてはいないと思われます。しかし、下北沢の駅周辺がどうなっていくかは、住環境にも大いに影響をおよぼすことであり、子どもにも老人にも「安心・安全の街づくり」という視点から無関心ではいられないのではないでしょうか。
「下北沢駅前周辺地区・地区計画」の原案策定に向けて、商店街と住宅街の方たちが一緒に街づくりを考えようという勉強会や住民参加を求める場が、近々立ち上がっていく予定です。
※「Save the 下北沢」では、「下北沢の魅力を破壊する道路計画を見直して下さい」というWEB署名を始めています。詳細はホームページで。
(文・写真=高橋ユリカ・フリージャーナリスト、
ViVa!コンテンツサポーター)
「サステイナブル☆下北沢」 by 高橋ユリカ
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市民参加の街づくりは世界の潮流
~日EU市民交流年記念シンポと世田谷区の説明会
<2005年4月3日UP>
大変に興味深いタイトルの国際シンポが、国際交流基金と千葉大学21世紀COEプログラム「持続可能な福祉社会のための公共研究拠点」との共催で、2005年3月29日に開催されました。そのタイトルとは、 「ひとは市民となり、まちのにぎわいを創り出す~豊かさを共有するしくみとしての文化」。
■「下北沢」での課題は、世界で共有される課題~
シンポの参加者は、フィンランドのユッシ・ヤウヒアイネンさん(オウル大学教授・都市計画・EU-欧州関係、創造都市)、スペインのエンリック・テリョさん(バルセロナ大学教授・環境経済学、歴史経済学、持続可能な環境と社会の発展連鎖)、スペインのヴィクトール・ウガルテさん(バルセロナ カサ・アジアのプログラムプランナー)、ハンガリーのエリザベス・ヴィシーさん(地域開発・タウンプランニング公社、地域開発・市民参加型空間計画)、英国スコットランドのスチュワート・ノーブルさん(レッツリンク=地域通貨・コミュニティビジネス)、日本からは、千葉大学の岡部明子さん(工学部助教授、「サステイナブル・シティ」の専門家。バルセロナの磯崎新事務所にいた経験もある建築家)、倉阪秀史さん(法経学部助教授で『エコロジカルな経済学』などの著者で環境政策専門家)、村山和彦さん(西千葉の地域通貨「ビーナッツクラブ」(株)みんなのまち代表)、渡辺俊一さん(東京理科大学工学部教授、都市計画なかでも住民参加を研究)という豪華な取り合わせでした。
どうなるかと思うほど、幅広い課題と、広い地域からのゲストでしたが、「ひとは市民となり~」というタイトルのままに、それが、確かに各国で共通な課題であるということがわかるシンポだったことに、ちょっと感銘。いまや、わたしたち自身の「下北沢」の課題は、これほどにも世界で共有されることだったのかと、改めて感じることになりました。
■人々が帰属していると思える場所を創り出す
ヨーロッパ全体が、国境というものとは違う地域性で再編成され始めた広域圏について、千葉大の岡部さんがざっくりと説明。日本人にはあまりぴんとこない話ですが、著書「サステイナブルシティ~EUの地域環境戦略」学芸出版に詳しく記述されています。各地のシンポジスとの話を聞きながら、次第に欧州のなかの地理的結びつきというものが浮かび上がってくるように感じられました。
EUの成立で、ヨーロッパ市民という帰属意識をもつことになった時代に、フィンランドの論客、ヤウフアイネンさんは、「市民が自分たちは、皆よく似ているが、他の国の人々は違っている、と為政者に信じ込まされてきた」と語ります。ヘルシンキからバルト海を挟んで目の前はエストニアのタリン。エストニアがロシアからの独立、EU加盟を経て、頻繁に行き来する関係になり、かつては、「国による違いの大きさが強調されてきたがそうではなかった」と、気づくことになったといいます。

ヘルシンキ船乗り場の広場
実は、数年前にフィンランドに行ったときに、ヘルシンキの湾内遊覧をする船乗り場から、タリン行きの船が発着していることに気づきました。フィンランドを旅すると、隣国に大国ロシアがあること、反対には強国スウェーデンがあることを嫌が応でも感じないわけにはいきません。そして、海を渡った国との関係。ヤウフアイネンさんが紡ぐ言葉には、人々の帰属性についての考察が感じられました。「都市のプランニングとは、人々が、自分が帰属していると思える場所を創り出すこと・・・それが、故郷というものだから」という言葉には、深く共感します。そして、彼は「地域に社会的意義を与え、経済的にも持続可能な成功に導くのは市民である」と結びました。
■「市民参加」は世界共通の近道

左がヤウフアイネンさん、右がテリョさん北欧の代表的都市、ヘルシンキに対して、南ヨーロッパの代表的都市、バルセロナのテリョさんは、
19世紀のスペイン・カタルーニャの都市プランナーもすでに街路について考えていると言い、その言葉「街路は単なる二つの点を結ぶためのものではない」、「街路の役割は太陽と涼風を受ける場であり、人々が出会う場である」を引用します。そして、テリョさんは「自動車優先の街路や広場は都市や広場の機能を失わせてしまう交通用道路にしてしまう」と、断じます。歩くことの心地よさを感じることが多いヨーロッパの街並みには、こうした理念が広く生きているのでしょう。「街とは、歩ける範囲の場所です」と、テリョさん。
一方、バルセロナでは、貧富の格差の拡大、それによる、街の拡散なども現在進行形で進んでおり、
「だからこそ、持続可能な都市に向かうためには、市民参加がいかに重要か。市民参加のあるところでは、サステイナビリティの輪は壊れない」と、強調します。ノーベル賞経済学者のアルマティア・セン博士の言葉を引用しながら、「貧困とは、お金がないだけではなく、家族も公共の支援もない状態で、それは、サステイナビリティの輪が壊れてしまってこそ起こるもの」と、しています。
住民参加は、一部の権力者が大きな決定権を持ってしまうという状況を打破する、大きな力でもありえるというわけです。
ハンガリーからいらしたヴィシーさんの発表は、社会主義国家をやめて間もない国でも、よい都市計画を立てていくには、住民参加が欠かせないという話でした。「社会主義国だったときには、『住民参加』が強制的なボランティアというかたちでされていたので、1988年まで、多くの人にとって『住民参加』には否定的な印象しかなかったのですよ」という話には、なるほど。「参加しなくていいと市民は幸せに思ったのですから」と。しかし、状況は変化して、「荒廃したかつての工業地区を再開発するということになったときに、自治体と地元住民が話し合いを繰り返しました。はじめに行政からの提案に反対され、対話が生まれました。そして、ミーティングを繰り返し、互いに譲歩し、コンセンサスに到達しました。一緒にお祭りをやりながら、結局は、新しいかたちでの住民参加を進めたのですが、このやり方の中にこそ、ベストな道があるということがわかったからです」とのこと。
左は渡辺さん、右はヴィシーさん「市民参加」という方法は、遠回りだけれど、つまりは、世界共通の近道であると、社会主義を経た国でも同じ流れにあるようです。「もちろん、参加しない権利もあるのですよ」と、フィンランドのヤウフアイネンさん。「参加が強制的であってはいけない。さまざまなかたちの参加がありえると思います」と、まさに、「ひとは市民になる」ということを指すのでしょうか。
会場の行政マンから、「行政の役割とは」という質問。それに対し、岡部さんから「行政の役割は、無意識でいる人たちが自覚的に参加できるような場をつくること。情報を提供すること」と。「反対することがひいては提案することに変化し、パートナーシップを組むことにつながっていくという意味で、異なる人々がコミュニケーションをとることが重要である」と、スペインのエリョさんからはご意見がありました。
■財源をともなった地方分権が必要

左は村山さん、右がノーブルさん地域通貨は、西千葉の「ピーナッツ」が利用金額では、世界でも10指に入る成長を遂げていることも初めて知りました。スコットランドの小さな村から来たノーブルさんと村山さんは、グローバライゼーションの中で、「お金が、自分たちと関係のないところで廻っていく」ということに気づいて地域通貨を立ち上げたと、まったく同じことを語り、世界が共通の課題を抱えていることを示唆してくださりました。そして、その昔、徒歩で知り合える範囲の中で人間関係と経済が成立していたような、いわば、「ムラ」を作り出しながら、ポンドのかわりに「レット」を、円のかわりに「ピーナッツ」という通貨を利用してみるというお話。「アーティストのような人には地域通貨は有効」だと、ノーブルさん。お金は稼げなくても豊かで幸せな生活はあるのだと。地域通貨は都市と地方を結ぶ可能性もありそうです。
東京理科大学工学部教授の渡辺さんは、「わが国は『国主導・事業中心の都市計画』から『市町村主導・住民参加・計画中心の都市計画』へ、という大きな歴史的転換期にある」ということで市民講座も開かれた専門家です。「持続性ある市民参加には、アメリカのワシントン州シアトルで制度化されているどんな課題の市民参加にも使える『マッチングファンド』の制度が必要だ」とお話されました。市民参加が進んでいると思われるヨーロッパの皆さんも頷いておられ、やはり、どの国でも市民参加が強調されるものの、市民の負担が大きいことには変わらないようです。

倉阪さん倉阪さんが提起したのは、「補完性原理」という言葉。個人ができないことは、地域の自治体がやり、地域の自治体ができないことは政府がやる。地域の人たちのニーズが、その出発です。財源のともなった地方分権がいかに必要かは、各国の出席者全体の合意でした。
たった一日の討論でしたが、彼らは、10日間ほど日本に滞在して「街づくり」の関係者に会いながら議論を繰り返し、そのまとめとしてのシンポだったとのこと。どんな社会にあっても、行政が唯一正しい計画をたてられるわけではなく、住民が反対することから始まって、対話を重ねながら参加をしていくプロセスが大事であるという結論が、自然に導かれたものになりました。
■下北沢で望まれる「市民参加」の場づくり
ところで、この数日前の3月24日、下北沢にある北沢タウンホールでは、「下北沢駅周辺地区地区計画『素案』説明会」が開催されました。1月に4回にわたって開催された骨子案説明会に継いで、市民からの意見をとりいれて調整されたはずの素案説明会でしたが、あいかわらず、地区計画全体像の理念の説明はありませんでした。「下北沢」に、なぜ、このような計画が必要なのか・・・。
(「街づくり通信11号」に素案が説明されています)
会場からは、一方的な説明会ではなく、市民が計画づくりに参加できる場をつくるべきだという意見が続出。現在の活気ある街の真ん中に、道路をどうしても作らなければならない理由は説明されずじまいです。土地利用が有効になされていないという不満は、ほとんど行政からしか聞かれません。
前回お伝えしたように、これまで市民の意見を代表してきたと言われる「街づくり懇談会」の皆さまとも話し合い、計画について再考する場を市民が提起しなければいけない時期にきているようです。「下北沢フォーラム」 は、区長あてに要望書もだしていますが、「原案」策定に向かって、世田谷区は十分に住民参加ができる場を設定すべきではないでしょうか。
東京でも、住みたい街ベスト2であると、「散歩の達人」3月号で発表された下北沢。どのような街づくりをするのか、全国から、そして世界からも注目が集まっています。
(文・写真=高橋ユリカ・フリージャーナリスト、ViVa!コンテンツサポーター、シンポジウム写真提供=国際文化交流基金)
「サステイナブル☆下北沢」 by 高橋ユリカ
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自然保護やボランティア活動に関心のある大学生は多いが、どこで何をすればよいかはなかなかわからない。一方、地域で活動する自然保護団体の多くは、慢性的な人手不足や財政難に悩んでいる。Field Assistant Network(F.A.Network、小日向勇哉(おびなた・ゆうや)代表)は、大学生のマンパワーとネットワークを活かして、自然保護の現場で必要な支援を提供することを目的に活動している、ボランティアネットワークだ。(環境goo「Let's!環境ボランティア」)。
<目次>
(「Let's!環境ボランティア」は、ViVa!が取材、執筆し、環境gooに提供したコラボレーション・コンテンツです)
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元祖「まちづくり協議会」は隣町が発祥の地
~協議会に向けて勉強会「下北沢フォーラム」
<2005年3月14日UP>
「下北沢フォーラム」では、昨年末から勉強会を始めました。立体模型を見ながら、新しい街を考えることも。行政と市民が協力しながら、地域のことを考えていく協議会が望まれます。最近では、そんな「街づくり協議会」は全国各地で設立されていますが、元祖といわれているのが、なんと下北沢のお隣り、太子堂2・3丁目で今に続く「まちづくり協議会」です。その当時を知る木下勇さんがお話をしました。
■道は通るだけのものではない
05年3月2日、北沢タウンホールにて。木下勇さんは、今では千葉大学園芸学部の教授木下勇さんは、20数年前の「太子堂街づくり協議会」発足当時、大学院生として「太子堂プレイパーク」設立のために調査・活動をしていました。「まちづくり協議会」発足の発端は、太子堂界隈で、防災のために道路の拡幅工事をするという基本計画に納得できない住民が、白紙から考えたいと言いだしたことでした。まずは、1980年に行政主導で「街づくり懇談会」が発足しましたが、住民間でも様々な意見がでてまとまりません。区のほうから、「住民参加のためには地区の問題を定時的に話し合う場が必要」との提案があり、住民がもっと自主的に運営する場作りへと、「まちづくり協議会設立準備会」を経て、1982年当時、全国でも例をみない「太子堂地区まちづくり協議会」へと発展しました。これをきっかけに世田谷区では、同年、全国に先駆けて「街づくり条例」を制定し、区長に対して街づくりの提案を行うことができるようになりました。
どうして住民の方たちは、4mにも満たない道路を6mにすることを嫌がったのでしょうか。そのヒントは、道路が、通るための道なだけではなく、生活空間として機能しているところにあったようです。木下さんが、「下北沢フォーラム」を発足させた街づくり専門家の荻原礼子さんたちと「子どもの遊びと街研究会」で調査をしたのが、子どもたちの遊び空間でした。それも、3世代にわたる、そのときどきの子どもたち。当時の小学生の親たちは、昭和30年頃に小学生でした。その上の世代は、昭和の初め頃の子どもです。

本の詳細・購入はこちらから その昔、家のまわりには、今よりもずっと公共の空間が広がり、ゆるやかに外に向かって開かれた庭でした。道といっても、庭の延長のような気配で、子どもたちは目いっぱい遊び場にしてきました。
4m以下の道は、そんな時代の名残がありますが、6mにしたとき、それはきっと変わってしまうでしょう。そんなことが予測されて続けられた調査は、イラストがたくさん入った本にもなりました。
そして、下北沢については、「公共交通が便利なところで、なぜ、ロータリーが必要なのかわからないですよね。むしろ、小田急線の地下化された跡地を遊歩道にして商業振興をはかったりするほうがいいのではないかと思うのですが」というご提案。
木下勇さんは、梅が丘で、道路の幅を広げようとした計画に反対した住民たちと行政が一緒にワークショップをやりながら、歩道だけを広げるというプランに変更するというプロジェクトに携わったこともあります。「そんな積み重ねから、世田谷区の土木課には都市デザイン室もできましたし、先駆的な自治体になっていきました」。
■「世田谷区は30年前に戻ったのでしょうか…」

懇談会に任せておいたら、情報が公開されなかったと地域の建築家の方。協議会を立ち上げて、行政と一緒に代替案を検討すべきだったと振り返る(梅ヶ丘駅前けやきを守る会)
と、ところが、ちょうどこの日の前日のこと、梅が丘駅前では、住民の人たちが40年前に植えたケヤキをバスロータリーにするために伐採するというプランに反対する住民たちが抗議行動をするという騒ぎになりました。「いやあ、世田谷区は30年前に戻ったのでしょうか・・」と、絶句の木下勇さんでした。
都市計画専門家の司波寛さんからは、歩行者優先の街づくりが、世界の先端である事例がいろいろ紹介されました。「いまや、自動車王国のアメリカでさえ、その流れの中にあります。地域社会にこの道路が必要かどうか真剣に考えてみるべき」と、これまでたくさんの道路作りに携わってきた立場から強調されます。
本の詳細・購入はこちらから 「下北沢フォーラム」代表の明治大学・小林正美教授は、都市再生における、「その地域らしさ」の重要性に着眼するなど、これまでの画一的な高層化を機軸とする都市計画に警鐘を鳴らす未来的な研究をしています。そんな視点から、数年前から下北沢をフィールドにすでに研究を始めており、勉強会では街の模型を使った説明もありました。
会場からも、さまざまな意見が出ました。車椅子で来て下さった方もあり、「下北沢は道が狭くて歩行者優先になっているので、車が来たときでも、堂々と車椅子でゆっくり行けるのでありがたい」とのこと。なるほど、狭い道路は、かえって、障害者の方も安心して通行できるやさしい道なのですね。
車椅子の方の感想は貴重ですね。さまざまな立場の方の意見を聞いていただきたいものです補助54号線道路を作ることに賛成! という老夫婦もいらっしゃりました。「自宅前が細い二間道路なのに渋谷からの通り抜け道になっている。これまで建築規制も受けてきたこともあり、早く道路が出来て欲しい」との希望を述べられました。このことについて、木下さんからは、「大きな道を作らなくても車を抑制することができるやり方もあります。抜け道対策も地域住民でやっていくこともできます。現場を皆で見に行くということも必要ですね」とのこと。
司波さんからは、「実は、大きな道路ができると、その周辺の道路でさらに車が増えるというデータもあります。なるべく、付きあがりにして抜けられないとか、いろいろな仕掛けをドイツではやっています。通過交通は遠回りしなければならないという仕組みもつくっています。今のようなやり方では、ますます車は増えてしまう」との、話も。道路を作れば問題が解決されるというものでもなさそうです。
はじめは憤然と話しておられた質問者の方も、いろいろなアドバイスを聞いてご納得。つまりは、こうした住民のさまざまな悩みを解決に変えていくという話し合いの場も設けられていなかったということです。
市民が望むことこそが、行政にしていただきたいことです。これまでのように商店街に限られた市民ではなく、「さまざまな立場の方たちと意見交換をして、街づくりを再考していただく場が必要。区にもそのバックアップをして欲しい」と、下北沢フォーラムでは、世田谷区に対して3月9日に正式に要望書を提出しました。
※ ※ ※
梅が丘にある羽根木公園の梅林。これも市民がボランティアで植えたのですが、見事な梅園になりました街づくり部の担当者、辻裕光さんとの話し合いでは、「世田谷区では、街づくりに積極的に参加したい方たちの意見を広く伺うことはやぶさかではない。区が決めたことではなく、これまでの経緯の中で、懇談会が閉鎖的なものになっていた。すべてを白紙に戻すということはできかねるが、住民同士で話し合っていただくべきことなので、懇談会の方たちと相談をして欲しい」との言葉をいただきました。
「素案は3月24日に説明会ですが、それをすぐさま原案にするということはしません」と。
さあ、いよいよ、第二ラウンドに進むことになりそうです。どれだけ本気で「シモキタ」のことを考える協議会、あるいは拡大懇談会を作っていくことができるでしょうか・・・。
地域で新しく参加していただく方も必要ですし、懇談会の皆さんとの話し合いも必要です。さて、どうなっていくことやら~~(^-^
(文、写真=高橋ユリカ・フリージャーナリスト、ViVa!コンテンツサポーター)
「サステイナブル☆下北沢」 by 高橋ユリカ
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国際青年環境NGOのA SEED JAPANは、発足14年目で会員は全国に約1,400名。年間の事業規模はなんと5,800万円。ここで活動しているほとんどが10~20代のボランティアたちだ。みな、「ボランティアは楽しい!」というが、いったいどんな団体なんだろう(環境goo「Let's!環境ボランティア」)。
<目次>
・環境問題の根本を見据えた活動
・会員は全国に広がる
・ボランティアへの手厚いケア
・人材育成も手がける
・つねに進化する団体
(「Let's!環境ボランティア」は、ViVa!が取材、執筆し、環境gooに提供したコラボレーション・コンテンツです)
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街が少しずつ変わるということ~散歩でふと気づいたら
<フォトレポート・2005年2月26日UP>

あるとき、どこかのビルが取り壊されているのに気づきました。でも、それはありきたりな工事中の風景。でも、ふっと、それがあっちでもこっちでも起こっている、すべて関連あることがらだと気づいたときは、ちょっとぞくっとしました。着々と街全体が様子を変えつつあります。幸いなことに、それでも、新しく建つ建物があるので、週末に遊びに来る人たちには、近い将来、この街がすっかり様子を変える予定があるとは、気がつかれずにいるのかもしれません。

道路予定地近辺のお店(上)と、その隣の有機野菜を食べさせてくれるお店(下)
この建物は、将来、でっぱった部分を斜めに切り取れるように、そこだけ違う構造で造られています道路予定地にかかったところは、建築規制があって、堅牢な建物を建てることができません。でも、たとえ簡易建物であっても若者の街、シモキタだからこその今風な良い雰囲気。知らずのうちに自然体でおしゃれに存在しているお店もあります。道路予定地そのものではなくとも、将来の変化に備えて建物を建てていないという様子もまま見られます。
道路予定地が、現在の道から見ると斜めに走っているので、お店の前が斜めに切られていたり、やけに広いスペースがとられていたり、よくよく見ると変形した建物もいくつもあります。でも、それもまた、シモキタの雑多な雰囲気に溶け込んでしまっているのか、言われないと気がつきませんでした。

左手前が「ザ・スズナリ」劇場。並びが飲み屋の「すずなり横丁」。その奥には、カトリックの世田谷教会道路がどんなところにできるのか、シモキタ唯一の高層ビル、12階建ての北沢タウンホールから街を見てみました。東側(やや北より)を見てみると意外なことに古い教会がすぐに目に入ります。
下北沢の駅のすぐそばに、こんな教会があることを知らない人も多いと思います。戦前にフランスから送られ、戦争中に組み立てられずに置いてあった聖堂の建材をもらい受けて建築したとのこと。豊かな緑に囲まれた静寂な空間に、どこか外国にでも旅をしているような気分になります。様々な雰囲気が、ごく近い場所に一緒にあるのが下北沢の面白さでしょうか。

歴史的建築物の「かまぼこ兵舎」が現役で使用されている隣にはいかにも取り壊される前提で建てられた建築が。教会の庭の手前、付属の建物もそうした簡易建築です。終戦直後には焼け野原だったという歴史の名残として、敷地内には、なんと、米軍から払い下げられたかまぼこ兵舎が今でも使用されています。
奥の空き地には「小田急電鉄」所有の立て札が立っていました。それから先にずっと道路は延びるのですが、密集した住宅地で、皆さん、ほんとうに立ち退きをされるでしょうか。土地の値段が高い地域ですから、買収費はそうとうな金額になると想像されます。

手前では小田急線複々線化の工事ということで、すでに立ち退きをされています。線路に沿った「一番街」では、お店がいくつか移動。左手建築中の建物には、右手線路沿いの石蔵のある質屋さんが移りますさらに道路が延びる西の方向を見るとさらなる住宅密集地が広がっています。道路工事は、3期に分かれていて、駅周辺の茶沢通りまでとピーコックの裏くらいまでが第1期工区ということで、先日、説明会があった場所。
教会のあたりは第2期工区、西側は第3期工区ですが、こちらの道路予定地近隣の方たちには、まだ何も話を聞いていないという人も多いようです。地図の確認はこちらでどうぞ(クリックすると大きな地図が中にあります)。
世田谷教会の端正な佇まい。クリックすると美しい教会音楽が聞こえます
そして、教会を出るとすぐに目に入るのが「鈴なり横丁」の看板たち。道をはさんで隣り合っているというわけです。このあたりは、茶沢通りが拡幅されて交差点となることになっています。教会は、大きな道路に面することになりますね。

ステンドグラスがきれいな木造建築。直輸入の建材です
お庭にはルルドとマリア像もありますが、ここも道路予定地
「鈴なり横丁」の看板たち

そのすぐ先に小田急線の開かずの踏切が。このおかげで小田急線連続立体交差事業は望まれていたことでした
2月は、下北沢演劇祭が開催されていました
横隣にある 「ザ・スズナリ」。ここも道路計画を前提に建てられている建築物です。
映画館「ARTONE」も併設。

街唯一の高層建築「北沢タウンホール」12階建て。「ザ・スズナリ」と道路をはさんで斜めに向かいあっています
タウンホールから見た西側の駅北口周辺。奥は「ピーコック」西側(やや北より)には、駅をはさんでピーコックのほうが見えます。手前の工事中のところはそのまま残りますが、その先、駅をはさんでピーコックまでが駅前広場になる予定。ピーコックの建物付近も広い敷地になって、高層ビルに建て替えられる予定があるとか。
古い屋根群が見えますが、戦後すぐの闇市からの「駅前食品市場」です。昔は、全国で、少し大きな街にはよくあったものですがこうした市場が、ここでは地権者が複雑で奇跡的に残ったといわれています。

ピーコック前から見た「駅前食品市場」。「駅」が旧漢字です。新しい薬屋や電気屋なども
ちゃんと乾物屋や魚屋などいいものをおく食品店も健在で、長年ひいきにしているお客さんもたくさんいます
うーん、ベトナムで見た市場にそっくり~(^-^

こちらは、世田谷教会の真向かいにあったかわいい雑貨屋さん。手作りがモットーの「JAMCOVER」
JAMCOVER日本にも、こんな時代があったなあと、わたしはぎりぎり子供の頃に見た覚えがあるという風景。そんな姿がそのままであることに感慨を覚える方もいますし、早く、何とかして欲しいという方もいます。磨きこまれたように使い続けられた石の床がぴかぴかなのが誇らしいような市場です。
こんな懐かしいような風景と、最先端のおしゃれな店がいっぱいあるところがシモキタの魅力でしょうか。でも、素朴な手作りが今風というのも、時代が一巡りという感じがします。
(文、写真=高橋ユリカ・フリージャーナリスト、ViVa!コンテンツサポーター)
「サステイナブル☆下北沢」 by 高橋ユリカ
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シモキタが高いビルの街になるの~?
駅前周辺地区計画の説明会がありました~
<2005年2月15日UP>

どこかわくわくするような楽しい街、「シモキタ」。小田急線「下北沢」駅が地下化することが決定して、連続立体交差事業とセットといわれてふってわいてきた道路計画。それに伴う、駅前周辺地区計画では、「新しい街の顔」は高層ビルになるかもしれないという・・・(写真は下北沢の古道具屋・月天)。
■新しい街の顔は高層建築物が主体?

どこかわくわくするような楽しい街。下北沢へようこそ~駅は、そのすぐそばに住んでいる人たちだけのものではないですよね。出かけるときの起点がその駅である人、そこに勤め先がある人、なじみのお店があって通う人、多くの人にとって、ふと気がつくと「自分の駅」です。今の下北沢駅前は、大きくない階段をとんとんと下りるとすぐに商店街が広がる街です。ちょっと狭すぎるかなとは思う道ですが、人がひとの大きさでいることができるヒューマンスケールとでもいうのでしょうか。おかげで車がほとんど入ってきません。
下北沢を利用する乗降客は、一日に乗り換え客を含めて13万人。実際に乗降する人だけでも6万人もいます。
1月19日から28日にかけて世田谷区が4回開いた「下北沢駅周辺地区 地区計画骨子案説明会」は、下北沢の駅周辺、およそ24ヘクタールの範囲内(下の地図参照)に住んでいる人、地権者のみを対象に4つのブロックに分けて行われました。範囲外の人の参加も拒まれはしませんでしたが、お知らせはなく、4回の総参加者は100人ちょっとでした。
地区の現況については、1)4m未満の道路や行き止まりが多いこと 2)歩行者が主体で地区全体を回遊する。商業地区では休日の7時から21時の時間帯には、4mの道路に延べ1万人以上の歩行者が、6mの道路には延べ4万人が歩いており混雑している 3)容積率200~500%が指定されているが、道路が狭いなどの原因により、地区全体では160%、商業地区の500%の地区では190%の利用に留まっている。つまり、低層の建物が立ち並ぶとても賑わっている街で、たくさんの人が路地歩きを楽しんでいる、と世田谷区でも把握しているということです。
そして、これからの課題として、1)新しい街の顔づくり~補助54号線や駅前広場沿道で無秩序にならないように、「顔」となるような統一感をもった街並みづくり 2)歩行者主体の魅力ある回遊軸の形成で快適に歩ける街づくり 3)住宅と店舗が共存して住み続けられる街づくり 4)災害に強い住環境づくり 5)土地の有効利用・・・ を、あげています。
現在の道幅が狭すぎることの解消策としては、「壁面後退」のルールで道を広げる代わりに「斜面制限」「前面道路幅員」の2つの建築制限をなくして高い建物を建てやすくすることが具体的施策として挙げられました。
駅前広場と補助54号線沿いでは、高層建築物主体で街の拠点づくり、街の顔作りを行っていくというものです。
■「500%の容積率」をいかした街?地区説明会では意見さまざま
現在の下北沢には、10階以上の建物はたった2つしかありません。説明会が開かれた世田谷区の施設である「北沢タウンホール」が52mで最も高く、あとは42mの本多劇場があるビルだけです。8、9階の建物でさえ、いくつかしかなく、7階まででも数えるほど。商業地区でも5階まで、住宅地区では、3階までの建物がほとんどなのです。

駅の周り、ぐるりと赤く囲んでいるところが(~17階程度;駅前の顔づくり)と位置づけられています。
グレーの道路の周りのピンクのところも(~17階程度;沿道の街並みづくり)とされています。駅周辺、グレーのところが5,300㎡の駅前広場なるべく500%の容積率をいかした街にしましょうということは、広く敷地をとれば、高さ60mにもなる17階建てビルまで建てられることになりますから、ずいぶんと街の雰囲気は変わります。世田谷区の方は、「これは、駅前地区再開発では決してありません」とおっしゃるのですが、どう見ても、これまであっちこっちで行われてきた「駅前再開発計画」そのものだと感じられます。地区説明会では、さまざまな意見がでました。地域住民の方たちと担当者のやりとりをまとめてメモしてみます。
「知らないことばかりでてきた。こんなことはいつ決まったのか?」
「街づくり通信を配って知らせたというが見たことがない」
⇒(担当者の答え)区域内の方にはポスティングしている。2004年5月に世田谷区街づくり条例で基本方針が決まっている。
「補助54号線は決まってしまったものなのか?」
「もう話し合えないのか?」
「昭和21年の計画は見直してもいいのではないか」
「空気がかわってしまう心配」
「道路は地元には百害あって一利なし」
「区が都のいいなりではないか」
「なぜ、見直せないのか」(など道路関係の意見多数)
⇒大きな行政課題として都市計画事業で決定した。この駅前地区計画を事業化しないと、道路ができない。
「放射線、環状線はほぼできあがってきたのですが、それを結ぶ補助幹線というものがまだ、できていない。都心部のほうで52% 区部においては、42%しかできていない。非常に遅れている。それを円滑に実施していかなければならない。10年以内にやっていくということで、54号線の位置づけというものは、東京都と世田谷区のマスタープラン。この場で延々と議論すべきことではありません」(と、担当者強調)富ヶ谷から上祖師谷まで通る道路で、調布へと抜ける道なのでここだけやめることはできない。区域内の方たちは、長年、建築規制も受けてきている。防災的要素も大きい。
「もとは立体交差道路にするためにふくらんでいる道路部分が、そうではなくなったのに修正もされていないが、長年、住んでいる人がどかなければならない。納得ができない」
⇒事業認定後には、いくらでもアイデアを出していただければ対応できる。
「街づくりといわれても、道路で商店街が分断されてしまう問題がとても大きい。それをどうしていくのかプランが説明されなければ、賛成も反対もできない」
⇒道路が新たな分断要素にならないようにと肝に銘じている。区が完璧だとはいえない。どうすればいいかは、いずれ区民参加のかたちで知恵を出し合っていただきたい。
「将来像が駅前の高層ビルというのは、おかしい。今の若い人は大きなビルに来たいのではなく、横丁歩きを楽しんでいるのではないか」
⇒区は決して、高いビルにすることを誘導しているわけではない
「広い道路を作ってもあっという間にバイクや自転車置き場になってしまうのではないか。公的資金で生み出された小田急の土地は、自転車置き場を含めいろいろ利用させてもらいたい」
⇒これまでの問題である自転車置き場対策は十分に考えたい。
「駅前周辺地区計画については、住民にとって初めての話あいなのではないか?」
⇒「街づくり懇談会」で昭和59年から年月をかけて検討してもらい、区長あてに答申をだしている

世田谷区が考える未来の「下北沢駅前広場」を立体的な絵におこしてみるとこんな感じになります。小田急線が地下化し、見えている電車は井の頭線です。一昔前なら憧れの駅前かもしれませんが、今じゃ、ありがちな「駅前」風景・・・・。 「それは商店街の人だけの参加で、傍聴もできなかった・・・」
「シモキタの顔づくりとはどのようにするのか?」
⇒駅舎については、コンペをやることなども考えていくことができる。
「緑地帯ができるとかいろいろ噂があるが、どのあたりが、どうなるのか具体的に教えてほしい」
⇒「緑ある街並み」という言葉は決まっているが、具体的には決まっていない。駅前広場の計画は今後つくっていく。
「テナントが多くなっていて、実際に自分の店ではないところが多いと思う。どれくらいの割合になっているのか?」
「外からの資本がさらに入ってくるのではないか」
⇒下北沢は、テナント率が8割くらい。大きな資本を呼び込むようなことをしてはいけないとは思っている。住み続けることができる環境づくりのためのルールは必要。搬入のための車の時間帯規制なども考えていくべき。
「大資本が入ってもいいから、ダイナミックなことを考えてもらいたい。駅近くも、以前は普通に住宅だったが、今では、いつの間にか隣にも店ができて深夜まで騒ぐというような状況。どうにもならないので、むしろ、再開発をやってほしい」(この意見には、地区住民からぱちぱちと拍手もあり)
「家を建てようと計画して建築士に相談をしていたら、この計画のことを知った。うちは、大きなビルが建つようになるかもしれない道路の裏にあたる。今後、日陰になってしまうのではないか。いっそのこと、立ち退ける人はいいが、うちのように不利になってしまう人たちはどうすればいいのか。立ち退きになる人には、すでに説明があったようだが、うちにはなかった」
⇒もともと、容積率は500%のところ。しかも、広い敷地がないと高い建物は立てられないので、そうそういっぱい建つとは思えない。ある程度敷地がまとまれば17階建ても可能になるが。
「シモキタは、いまだにバブルがつぶれていない稀有な街。高層化することで、若者をひきつけている魅力を失い、街がつぶれるのではないか。それを行政が誘導するのはいかがなものか」
⇒行政が誘導しているわけではない。むしろ、100mタワーを建てたいということを規制している。
「魅力がある街と気に入って引っ越してくる予定だが、シモキタの未来像をどう考えているのか」
⇒下北沢は住民の定着率が高い街。(未来像についての区からの答えはない)
「下北沢の魅力は大きなきれいな店があることではなく、小さな店のひとつひとつが努力し、工夫をしてきたことではないか。小さな店を締め出すようなことをしないでほしい」
「駅前広場計画のために跡形もなくどこかにいかなくてはならないところで店をやっている。その補償にどんなことをしてくれるかの代替地の提示もない段階。何もそういうことが盛り込まれていない。日陰になって残る方も困る。今、厳しい時代になって、そういう状況におかれて、ここで前向きの意見を出せといわれても無理がある。残る場所にあっても、魅力あった店が将来の見通しが立たなくてやめていってしまうんですね。この街は、戦前から、ずっと小さなお店一軒一軒が努力してできた街。修復型の街づくりとはいいながら、その修復すべきものがどんどん減っていっている。やめた人たちに戻ってきて店をやってくださいと声をかけてほしい。もう戻せないところまでいっているのでは。長いものには巻かれろという気持ちに正直なっている」
⇒今は、補償金額の話ができる段階ではないのでご容赦いただきたい。
「小田急の駅が地下化され、どんな街になるのかを見極めてからでも遅くないのではないか。やっぱり狭いところは地上げにあったり、空き地が増えたり、つまりはシモキタの魅力がなくなるのではないか。もっと街の皆さんの総意を聞いて考えてほしい。この計画は行政が街をこわす」(会場からぱちぱちと拍手)
「いや、わしは、ダイエーのところに25階建てを建てようと要望をだしている!17階でも低い」(会場騒然・・・)
「普通の人が暮らしにくい街になってしまうのではないか。メリット、デメリットを考えてほしい」
「骨子案が、そのまま素案になってしまうのではないかと心配だ。拙速に進めてもらっては困る。工事期間の10年間で街が変わってしまうだろう。それらを含めて考えるべきではないか」
■下北沢の魅力を維持するプランがみえてこない

今は、乗降客は多くてもヒューマンスケールの小さな駅会場からは、このようにさまざまな意見が出ました。実際に、ごく少数の地権者の方や商店街の方には、高層ビルのマンションができれば儲かるし、消費者も増えると考える方もいるようです。しかし、全体的には疑問を呈する意見が多く出されました。下北沢の魅力について、今後どのように維持していくかのプランがない、ということが大きな問題であることも浮き彫りになりました。
担当者がもっとも困っていたのは、道路に質問が言及することで、補助54号線と駅前地区計画を分けて考えてほしいと繰り返されました。また、少々、誘導的に聞こえたのが、建物の高さはこれでいいでしょうか、という司会者からの質問です。あるいは、高さについては、多少、規制ができる目論見もあるのかもしれません。
右肩上がりの時代が終わった今、いわば、少し昔の姿のままに残った街、下北沢。駅の地下化が決定され、新しく生まれ変わらなければならないとしたら、どんな姿が相応しいのでしょうか。もう少し、住民が参加して議論をする場が作られる必要がありそうです。
骨子案のパンフレットは、こちらで詳細を読むことができます。―続く―
(文=高橋ユリカ・フリージャーナリスト、ViVa!コンテンツサポーター、写真も)
「サステイナブル☆下北沢」 by 高橋ユリカ
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小田急線の地下化と道路・駅前地区計画がセットで始まった~
<2005年2月4日UP>
シモキタでは、住民が望んだ通りに「地下化」が実現するものの、いつの間にか都市計画で「補助54号道路」が蘇って、地下化を目指して頑張ってきた方たちにとっては、一難去ってまた一難。まさか、道路計画がゾンビのように生き返るとは思われていませんでした。なぜいきなり道路計画?
■ゾンビのように生き返った道路計画
この1月には、世田谷区が「下北沢駅周辺地区計画」骨子案について、意見交換会を北沢タウンホールで4回開きました。駅のまわり、徒歩5分くらいのところに住んでいる人、地権者のみの限られた方たちが対象で大きい広報はありません。このときの意見を踏まえて「地区計画の素案」を作成して、素案の地元説明会を開いた後、「皆様のご意見を踏まえて『地区計画の原案』を作成するなど、都市計画の手続きに入ります」と資料には書いてありました。
ここでの、ポイントは、「原案を作成する」のあとに、「再び皆さんの意見をきく」という言葉が入っていないことですね。実は、多くの公共事業で手続き的には「住民の声をきく」ことにはなっているものの「素案=原案」になっていることが多いのです。
しかも、「地区計画の策定は、平成17年度を予定しています」とありますから、進み方がかなり早くこれはとっても心配・・・。
しかも、説明会は、地図内囲みの駅から徒歩5分くらいの方たちだけにしか告知されていませんでした。世田谷区の広報誌にさえ載っていないのです。説明会場で、世田谷区街づくり課の担当者が強調したのは、「決まったことについて話し合う場ではない」ということでした。「決まったこと」というのは、補助54号線の道路計画です。
ちょっと複雑なのですが、小田急線を高架にする事業(地下化も含めて「連続立体交差事業」という)と、補助54号線、および駅前広場(世区街10号線)の道路事業はセットだと説明されています。「連続立体交差事業」として事業認可を受け、国の道路整備予算枠(道路特別会計)からの補助を受けて整備するには、「幹線道路が2箇所以上で交差すること」というのがあるのです。これらの基準は、最近少し変わったようですが、「連続立体交差事業」は「道路整備」の一環として行われ、「ガソリン税・自動車重量税」も使われますから、ともかく道路事業との一体感があるのです。
小田急線の高架にするか地下にするかについては、過密ダイヤで開かずの踏み切りになっていたこともあり、数十年の歴史ある課題です。下北沢では、長年の高架反対運動が実を結び、「地下化」することになりましたが、すでに工事が始まっていた地区について、2001年に東京地裁で「建設省の工事認可を取り消す」という画期的な判決があり、全国報道でご存知の方も多いと思います。しかし、その後、高裁では判決が逆転。全国からの注目も続いています(詳細は→コチラで)。
配布された資料では、道路計画がわかりにくいので白くしました。真ん中で鉄道がクロスしているところが下北沢駅です。ずいぶんと駅近くに大きな道路ができることになっています。しかも、膨らんで見えるのは、もともとは小田急線が高架になる予定だったので道路も高架が予定されておりそのループのためだったものをそのまま下ろしたからだといいます。昔の計画が修正されずにまったくそのままだというのですから驚きます。
つまり、シモキタでは、望んだ通りに「地下化」が実現するものの、いつの間にか都市計画で「補助54号道路」が蘇って、地下化を目指して頑張ってきた方たちにとっては、一難去ってまた一難。まさか、道路計画がゾンビのように生き返るとは思われていませんでした。
昭和21年の都市計画道路が、再浮上したのは2001年のことです。そのとき、世田谷区では、小田急線沿線200m街区の住人や補助54号線沿道 街区1,300mの住人にチラシを配布して、3ヶ所の小中学校で説明会を開催。駅ポスターなども貼って広報に努めたといいます。
このとき、小田急線の計画と道路のことが一緒に説明されたようですが、なにしろ、ずうっと話題だった「高架vs地下化」が大きな課題。多くの人は、道路建設が一緒に始まるという意識はもてませんでした。その後、2002年には、都市計画の公告縦覧+説明会、と着々と行政の手続きが重ねられ、10月に「世田谷区審議会」、12月に「東京都審議会」を経て、2003年1月31日に「都市計画」決定がなされた、ということになっています。
総事業費は、小田急が14%、都市負担86%。そのうち、半分が国、残り半分のうち、70%が都、30%が世田谷区で、総事業費は、教えていただけませんでした。高そうですねぇ。区民が相当額を負担するはずなのに、広く伝えられてきていないのではないでしょうか。(しかも、もしかしたら、東京中でゾンビ道路計画があるということ?! これは、東京都にも聞いてみないと・・・)
・・・なんていう経緯を知っているシモキタの住人は、ほとんどいないでしょう~(^、^; わたしも、「世田谷区北沢総合支所街づくり課」の方にうかがってやっとわかりました。
とはいえ、商店街の方たちは小田急線問題から引き続き、話し合いを続けており、2002年には、世田谷区と東京都に道路を地下化するように求める対案を提出してもいます。
その文書には、「下北沢において最も商業集積が高い地域及び優良住宅環境地域を通過することから、長い間『無謀・実現不可能』との認識がされていた」と、書いてあります。まったくですね。でも、現在では、状況も変わるなか、商店街の方たちも一枚岩ではありません。ちょうど道路が通るところに位置する方、その近くの方、立場はさまざまです。これからお話を伺っていきたいと思います。
■まさか世田谷でこんなことが...
実は、わたしは、これまで熊本県にある、球磨川の支流・川辺川という美しい川に計画されている国営「川辺川ダム」計画について、8年ほど取材を続けてきました。地元の方たちは、ダム推進でも反対でも、球磨川・川辺川という熊本にある計画のために、東京・霞ヶ関の国交省に交渉をしに上京されていました。本来は、もっと熊本の地元の方たちが決めればいいことなのではないでしょうか。
そんな思いで国と県、市町村の関係を考えながら熊本に通い続けました。川辺川ダムについては、おいおい、お伝えしたいと思います。
公共事業のことや市民参加について考えてきたわたしが、暮らしている地元「下北沢」が、まったく知らないうちに、時代遅れとも見える計画で変わってしまうのは、残念すぎます。まさか、住民参加の先進自治体「世田谷区」でこんなことが起こるなんて思いもよりませんでした。
どうして、こんなに急いで、ほとんどの住民に知らされずに計画が進んでしまったのでしょうか? 同じように思った方が、すぐ駅前に「『結』まちづくり計画室」をもって、世田谷区をはじめ各地でのワークショップなどのお手伝いをする仕事をしてきた荻原礼子さんでした。そんな仕事をしていた方でも、街がどうなってしまうのかという計画を知ったのは、やはり昨年だったとのこと。普通に行政が行う街づくりのワークショップさえやっていないとびっくりです!
ともかく、どんな計画になるのか市民に知られていないのだから広く知らせなければと、近所に事務所がある建築家で、「街づくり」の研究をしている明治大学建築学科の小林正美教授や在住建築家の二瓶さん、道路問題などの専門家に声をかけて、「下北沢フォーラム」を立ち上げました。
2004年末には、早速、ワークショップを始めて、1月23日には第2回が開催されました。小林先生の教室では、世田谷区が提案している街を立体模型にしてみせました。行政がすべきワークショップを自主的にやってみたのです。ともかく、大きな道路にも、10年も歳月がかかるという工事にも不安がいっぱい。そんな不安についての説明は、世田谷区からはまったくありません。次回以降、「地区説明会」についてと、フォーラムでの様子を併せてお伝えいたします。
商店街は楽しみながら歩く人でいっぱいそれにしても、「普通ならば2年くらいはかける市民参加の手続きを、たった3ヶ月でおしまいにするという急ぎ方は異常です」と専門家の荻原さん。1月の地区説明会が終わって、たった2ヶ月で素案を作成すると言われても、ちゃんと市民の意見を反映させて再び計画が練られるとは思えません。市民としては、腑に落ちないことです。
4つの商店街の代表者からなる「街づくり懇談会」の意見を元に、「下北沢駅前地区計画」は策定されてきたとのことが説明会では繰り返し強調されました。ということは、一般市民の声はまったく反映されてこなかったということですね~。どうも、このまま手続きが進むのではと、とても心配です。―続く―
(文=高橋ユリカ・フリージャーナリスト、ViVa!コンテンツサポーター、写真も)
「サステイナブル☆下北沢」 by 高橋ユリカ
<その1> <その2> <その3> <その4> <その5> <その6> <その7> <その8> <その9>
歩くことが楽しい街「シモキタ」に昭和21年の道路計画が復活?!
<2005年2月1日UP>
都心から近く交通の便も大変によい街、下北沢は、演劇と音楽の街として若者を魅了しつづけてきました。ところが、です!な、なんと、シモキタのこの状態は、昭和21年に造られた道路計画が遅れていただけで、今頃になって、やっと計画を実施します、なんていうのです。地元では早速、このまちシモキタを守ろうと、住民をはじめとする市民グループや、文化人が立ち上がりました。
■さすが「シモキタ」!
「下北沢」という街をご存知でしょうか? 新宿から小田急線で10分、渋谷から井の頭線で5分と、都心から極めて近く、二つの私鉄が交わる交通の便が大変にいいところ。演劇と音楽の街として若者を魅了しつづけてきました。本多劇場、すずなり劇場という有名な劇場から小さな劇場まであり、さらにライブハウスは30ヶ所くらいもあるのではないでしょうか。青空ライブをする若者たちも~。
駅前で三味線を弾いているミュージシャンそして、なにより、歩くことが楽しい街として、「Hanako」をはじめたくさんの雑誌やテレビで紹介されてきました。作家の池波正太郎さんが好まれたというパン屋さんがあったり、小沢昭一さんがお気に入りのお寿司屋にいかれるところに出くわしたり(お休みの札を見て残念そうでした)、どこか街全体が劇場的といいましょうか~。
土日ともなれば、いつもお祭りのよう!縁日を歩くように、ちょっとうきうきした気分の若者たちでにぎやかです。駅を中心に、東西南北に小さい路地がたくさん。線路をまたぐ陸橋を渡ったり、ガードをくぐっての路地めぐりもお楽しみ~。
それらの商店街がおわるあたりから、住宅が増え始め、ふいに横丁を曲がった先からは、緑が豊かで閑静な住宅街になったりもします。もちろん、商店と住宅がまじりあっている地域もあります。歩くことが大好きなわたしは、下北沢という街を楽しみながら暮らしている住人のひとりとして、もしかしたら、「シモキタ」は車より歩行者を優先する、「持続可能な街づくり=サステイナブルシティ」の「自然発生的先進事例」なのではないかと思ってきました。空をさえぎる電線などが整理でき、もう少しのユニバーサルデザインがあれば、お年寄りにも車椅子の人にもやさしい、もっといい街になるだろうなあなんて・・・
毎週土曜日、北口で街頭説明と署名活動を~ところが、です! な、なんと、シモキタのこの状態は、昭和21年に造られた「都市計画」道路の「補助54号線」と「駅前広場」を含む 「区画街路10号線」が遅れていただけで、やっと計画を実施します、なんていうのであります。昭和21年の計画って言われても~(^-^; ということを知ったのは、昨年のある日のこと。道路計画に反対すべく立ち上がっていた市民グループ「save the 下北沢」の皆さんが駅前でチラシを配っていらしたから。
さすが「シモキタ」! 在住建築家の金子さん、ライブハウスが大好きで自分でも演奏しちゃうという歯医者さんの下平さん、ミュージックライターの志田さんらが立ち上がりました。こちらのサイトから、世田谷区がどんな計画をもっているか、そして、下北沢がどんなに魅力的な街か、さまざまなことがわかると思います。文芸評論家で編集者の仲俣暁生さんも、「下北沢再開発を考えるページ」を作って下さっています。
■ともかく、大きな道路なんです
ともかく、大きな道路なんです。今あるたくさんの商店街が幅26mという道路でまっさらにされてしまうというのです。これまでの下北沢のイメージは大幅に変わります。さらに、小田急線の地下化に伴った「駅前地区計画」によると、タクシー乗り場、バス乗り場をセットにして、いわば、あっちこっちで見かける駅前広場のようにします、ということなのです。
え~~。そんなの知らなかった・・・。市民の皆さんも、ほとんど知らないし、びっくり。これまで、「街づくり懇談会」という商店街の方たちが参加する会の意見は聞いてくださっていたようなのですが、ともかく、一般市民の声を聴きますという場が設けられたこともないという、けっこう、今どきとしては珍しい「市民非参加型」の街づくり。
世田谷区といえば、市民が作りあげた魅力的な公園「羽根木プレイパーク」を支援してきたり(下北沢の隣駅新代田から歩いて5分、梅が丘から3分)、そもそも、全国に先駆けて住民参加の街づくりを進めてきたことで有名ですよね。1992年には「(財)世田谷区都市整備公社・まちづくりセンター」が設立され、行政と市民・企業がパートナーシップを組んで街づくりをさまざまに手がけてきてとのこと。HPにはたくさんの事例があります。
そんな自慢できることが多い世田谷区のはずなんですが~(^、^; もしやして、これって過去の話になるのかしら?! わたしも、7年前に下北沢に引っ越してきたときには、先進自治体ブランドの世田谷区というイメージだったのですが。う~ん・・・。
これも下北沢の街。案外、樹木が多い。ともかく、いきなり知ることになった道路と駅前地区計画について、わからないことだらけです。世田谷区や東京都に聞かなければならないこともいっぱいあります。地元の商店街の人たちの意見や、街に暮らす人たち、訪れる若者たち、反対に立ち上がった方たち、色々な意見を伺いたいですね。そして、どんな計画が望ましいのでしょうか・・・
わたしも、これまでも公共事業問題に取材をしてきたジャーナリスト、そして住人のひとりとして、「下北沢」という街や「都市計画」などについて考えたいと思います。
全国に似たような「駅前地区計画」の事例や都市計画があるかもしれません。走りながらのご報告ですが、皆さんと一緒に考えていけたら幸いです。(ご意見は世田谷区役所へ、ぜひ!) ―続く―
(文=高橋ユリカ・フリージャーナリスト、ViVa!コンテンツサポーター、写真も)
「サステイナブル☆下北沢」 by 高橋ユリカ
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東京湾の一番奥に広がる大きな干潟・浅瀬。過去の開発からかろうじて残ったこの「三番瀬」の再生とまちづくりを、市民の力で進めているNPOが「NPO法人三番瀬環境市民センター(NPO三番瀬)」。貝やカニ、魚などさまざまな生物たちに出会うことができ、漁場でもある身近な干潟は、海好きな人にとってまたとない活動の場だ。(環境goo「Let's!環境ボランティア」)。
<目次>
・埋め立ての危機をまぬがれた三番瀬
・いかに保全していくかが大切
・三番瀬案内所をのぞいてみると
・自然再生事業も市民参加で
・ボランティアとしてかかわるには
(「Let's!環境ボランティア」は、ViVa!が取材、執筆し、環境gooに提供したコラボレーション・コンテンツです)
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東京都内でも交通量が多く、渋滞頻発地帯として知られる環状八号線。世田谷区を縦断するこの通りに面した、時代を思わせる赤い煉瓦づくりの壁に囲まれた空間が、世田谷区立桜丘すみれば自然庭園、通称「すみれば」。この貴重な都市の中の「野原」は、住民と市民団体、専門NPO、そして行政など地域のさまざまな主体の連携によって生まれ、育まれている(環境goo「Let's!環境ボランティア」)。
<目次>
・さまざまな主体の連携により生まれた自然庭園
・住民と行政が計画段階から話し合い
・住民や参加者の手作り感覚を大切に
・生態系を維持し、利用しながら守る難しさも実感
・すみればネットへの期待大きく
(「Let's!環境ボランティア」は、ViVa!が取材、執筆し、環境gooに提供したコラボレーション・コンテンツです)
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140人のボランティアスタッフからなる「NPO法人花咲き村」は、東京都の中でも広大な自然を擁する日の出町が活動拠点。都心に近いため、週末だけ田植えを手伝いに来る自然が好きな会社員なども多い。森林再生から田んぼづくり、福祉まで、参加できる活動の間口の広さも魅力の一つだ。都心に近い大自然の中で、今すぐはじめられるボランティア活動を紹介(環境goo「Let's!環境ボランティア」)。
<目次>
(「Let's!環境ボランティア」は、ViVa!が取材、執筆し、環境gooに提供したコラボレーション・コンテンツです)
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話だけでなく歌も飛び出す!持続可能性を体一杯で伝えるアトキソン氏の講演会はまさに「ライブ」。 2004年7月11日(日)、エコ・ネットワーキングの会が主催する「第4回エコ・ネットワーキングの会」に参加してきた。同会を主宰するのは、環境ジャーナリストであり同時通訳者でもある枝廣淳子さん。枝廣さんは、環境コミュニケーションの非営利プラットフォームであるジャパン・フォー・サステナビリティ(JFS)の共同代表として、日本の環境情報を世界に向けて精力的に発信している人だ。これまで3回の「エコ・ネットワーキングの会」では、米国・アースポリシー研究所所長のレスター・ブラウン氏を招いており、今回のアラン・アトキソン氏の講演会は今回が初めてだ。
■講演? ライブ?
話だけでなく歌も飛び出す!持続可能性を体一杯で伝えるアトキソン氏の講演会はまさに「ライブ」。 「想いが伝わる、社会が動く―地球のいまと希望の歌」
こう題したアトキソン氏の講演は、「世界はきっと変えられる」というメッセージにあふれていた。アトキソン氏の専門は「持続可能性」。米国出身の彼はコンサルティング会社を設立し、現在はスウェーデンを拠点に、持続可能な方法での社会発展とイノベーションをテーマに、世界各地で企業や自治体へのコンサルティングを行っているという。
持続可能性という実体のつかみにくいものをどうやって伝えるのか―。彼は歌うのだ。プロのミュージシャンとしての顔も持つアトキソン氏は、講演の合間にもギターを取り出し、
♪How much is enough? How much does anyone require?
(どれだけのモノがあれば、いいんだろ)
と、自ら作詞作曲を手がけた歌を披露する。参加者もただ聴いていればいいのではなく、半ば無理やりコーラスを担当させられ、少々戸惑いつつもアトキソン氏のペースに乗せられているという具合だ。
これで「持続可能な社会をどうつくるか?」がどれだけ正確に伝わるかといえば、難しいかもしれない。しかし、持続可能性というものを考えることが、堅苦しかったり辛かったりすることではない、けっこう楽しいことらしいという気分になれるのは確かだろう。
■世界はきっと変えられる

「アランと話そう」コーナーでは、一人当たりの持ち時間は1分!ボランティアスタッフがストップウォッチ片手に厳しく(?)時間管理 「アランと話そう」コーナーでは、一人当たりの持ち時間は1分!ボランティアスタッフがストップウォッチ片手に厳しく(?)時間管理。もちろん楽しい気分だけでなく戦略も必要。いかに持続可能な社会への変革を促すかを、彼は「文化の変化のアメーバ」を使って説明する。
「今は当たり前だと思っていることも、導入された当初はすべてが『新しいアイディア』です。今みなさんが座っている椅子だって、発明以前には『当たり前』ではなかったはずでしょう? 無数のアイディアの中から一定の人数に受け入れられたものだけが、社会に取り込まれてやがて社会の一部となる。それはちょうど、アメーバが突起を伸ばして体の端で餌(新しいアイディア)を取り込み、次第にアメーバ全体がその方向に動き始めるように。」
一言で言えば、変革のきっかけは小さなことで構わない。世界中を一度に変えようとしなくてもいい。ごく一部にでも変化を起こせれば、その波及効果でさらに大きな変革が生まれることもある、ということだろう。
このアメーバ理論は、社会を変えたくても私一人じゃとても―そんなふうに思ってしまいがちな私たちを大いに励ましてくれる。彼のメッセージ通り「世界はきっと変えられる(少なくとも、その可能性はある)」と思わせてくれるのだ。
最後に、エコ・ネットワーキングの会の運営方法についてもひとこと。この会の企画・準備から当日の運営まで、すべては大阪・東京あわせて60~70人のボランティアによるものだったという(大阪では7月10日に開催)。その上、補助金や助成金もなしで赤字にならずに開催できたそうだ。
実は私も別のプロジェクトにボランティアで加わったことがあるが、作業がたいへんなことがあっても得るものも多く、仲間と一緒に何かをつくりあげていくという充実感を味わうことができた。
JFSでは常時さまざなプロジェクトが動いているので、興味のある方は問い合わせてみるといいだろう。
(小島和子/ViVa!コンテンツサポーター)
<イベント概要>
●日時:2004年7月11日(日) 13:00~17:00
●会場:東京都庭園美術館
●主催:エコ・ネットワーキングの会
●共催:ジャパン・フォー・サステナビリティ(JFS)
有限会社イーズ
●プログラム:
[1部]《アラン・アトキソン氏の講演と歌》
想いを伝えて人々を動かしていくためのアプローチ、ツール、そして世界各地の動きと事例
《トーク》アラン・アトキソン氏×枝廣淳子氏
[2部]《エコ・ネットワーキングの会》
アランと話そう―握手&サイン会
飛び込もう、うねりを作り出そう―活動の展示&参加者との交流
<参考図書>
『カサンドラのジレンマ―地球の危機、希望の歌』
アラン・アトキソン著、枝廣淳子監訳(PHP研究所、2003年)
関連サイト
AtKisson, Inc.(アトキソン氏のコンサルティング会社)
地球温暖化などの環境問題が深刻化の度合いを増していることは、動かしようのない事実である。また、その原因をたどっていくと、私たち自身の生活や産業活動に伴う資源、エネルギーの消費に行き当たる。しかし、目に見えず、実感しにくい地球環境の悪化を食い止めるために自分たちの生活を制限するのはなかなか難しい。東京・江戸川区の環境NPO「足元から地球温暖化を考える市民ネットえどがわ」(足温ネット、奈良由貴代表)は、イメージ先行になりがちだったかつての省エネ手法にこだわらず、データに基づいてライフスタイルを少し変えるだけで、がまんしなくても工夫次第で誰もが普通に暮らしながら環境保全に貢献できるということを、活動を通じて証明し、提案している。
■「省エネは我慢・忍耐がつきもの。」それってホント?
私たちの生活や産業活動に伴って排出されるCO2などの増加が地球の温暖化を招き、世界各地で海面上昇などの深刻な環境問題を引き起こしていることは、多くの人が知識としては知っている。しかし、いざ自分が日々の生活でどれだけの資源やエネルギーを消費し、CO2を排出しているかと問われれば、それに答えられる人はほとんどいないだろう。
では、実際のところ私たちは、日常生活の中でどれだけのエネルギーを、どんな用途に消費しているのだろうか。足温ネットが(財)省エネルギーセンターの調査をもとに試算した結果からは、家庭内で消費される電気の約3分の2が、エアコン、冷蔵庫、照明、テレビの4種類の家電製品によって消費されている事が分かった。 なかでも冷蔵庫は一日中電源オンであるため、家庭全体の消費量に占める割合は多い。
このため、家庭で省エネルギーを達成するには、これら4家電の電力消費量を減らすことが確実で、早道である。しかし、今に至るまで省エネとして励行されている、スイッチをこまめに切るなどの対策は、生活をある程度制限することを求められるためなかなか取り組みにくい。加えて、自分が行っている省エネの効果が目に見えにくい点も長続きしない原因になっている。
工夫次第で省エネは楽しい~省エネ家電買い替え事業の発想法そこで、東京の江戸川区で地域を拠点とした温暖化対策に取り組んでいる足温ネットでは、こうした調査結果などのデータを基に、今使っている大量にエネルギーを食う家電を、新型の省エネ型家電に買い換えれば、普通に生活しながら、無理せずに省エネを実践できるのではないかと考えた。 それが「省エネ家電買い替え事業」である。
同事業について、足温ネット事務局長の山崎求博さんは次のように語る。
「冷蔵庫買い替え運動のきっかけは、まず、省エネルギーに対するイメージを変えることでした。今までの私たちの省エネに対するイメージは、データによる裏づけもなく、極めて非合理的なものでした。そうした省エネに対するイメージの貧困さを払拭し、省エネはもっと可能性のあるものなんだよ、と伝えたいと考えたのです」
足温ネットでは、市民向けにワークショップ型の省エネゲームを開発し、各所で行っているが、そこでの試算の結果、現在の家庭では省エネ型製品の導入によって、少なくとも40%もの省エネが可能であることが分かった。
具体的にどのくらい違うかというと、例えば照明を白熱灯から電球型の蛍光灯に変えると、消費電力は5分の1、寿命は8倍になる。テレビでも実は半分近くまで省エネできるのだとか。
■活動成果をいかに広めていくかが課題

ワークショップで参加者と話す足温ネット代表の奈良由貴さん 今年5月、江戸川区で行われた足温ネットの省エネワークショップに参加した。ゲームは4~6人のグループに分かれて、それぞれが一家族になったつもりで、省エネ家電の買い替えをシミュレーションし、最終的に10~20年間でどれだけCO2を削減できるかを競うというもの。このように地球温暖化などの環境問題を、身近な視点で、かつ楽しみながらもまじめに考えることができる試みは新鮮だった。
足温ネットが行っているさまざまな取り組みを見ると、省エネと言ってもその形は一つではないということが分かる。ほんの少し工夫するだけで、今の生活のスタイルやレベルを維持したまま、無理せずに省エネできる。反対に言えば、形はどうであれ、誰もが自分の身近なところでエネルギーとの付き合い方を変え、暮らしの中で温暖化対策に取り組むことができるということだ。
今後の活動について山崎事務局長は、「これまでもマスコミなどにリリースしてきたのですが、取り上げ方が小さいこともあって、地元江戸川区を始めとして市民側の反応が今ひとつでした。これから、活動の成果をどれだけ世間に広めて行くことができるかが課題です」と話す。
まずは、足温ネットなど専門のNGOによる取り組みを参考にしながら、市民一人ひとりが自宅の家電製品をチェックしたり、買い替えの効果を試算してみたりすることが、身近なところからできる省エネへの第一歩だろう。
(高井彩/ViVa!コンテンツサポーター)
関連サイト
足元から地球温暖化を考える市民ネットえどがわ(足温ネット)
ap bankとは何か?それは、アーティストたちが資金を持ち寄り、環境保護のために活動するNGO/NPOなどの団体に低利で貸し付けることでその活動を支援することをコンセプトにした非営利組織だ。
■「自分のお金を、未来や、必要としている人のために使いたい」
「自分たちはアーティストとして成功し、その結果、自分の想像をはるかに超えるほど多くのお金を稼いでいる。自分はそのお金を誰かの為に使いたいのだけれど、ただ銀行に預金するだけでは、間接的に戦争に使われてしまう。自分は、自分のお金を、未来や、本当に必要としている人のために使いたい。」
人気バンド「MR.CHILDREN」のボーカリストで、ap bank立ち上げ人の一人である櫻井和寿氏は、発足の動機についてこのように語る。
始まりは、2001年に、作曲家の坂本龍一氏がやはり人気バンドである「GLAY」のTAKURO氏とともにスタートさせた「Artists' Power」だった。
アーティストとしての名声と影響力を自然エネルギーの普及に生かそう、というこの取り組みに、櫻井氏や、同じく立ち上げ人の小林武史氏が参加。メーリングリストでの議論や勉強会を経て、2004年5月、環境に関する活動を行うNGO/NPOなどへの融資事業を立ち上げた。
■コンサートなどさまざまなプロジェクトを計画

さまざまなNGO/NPOが資金繰りに苦労しながら活動している ap bankがNGO/NPOへの融資事業を活動の中心に据えたのは、そうした団体やボランティアの多くが慢性的な資金不足に苦しんでいる実情を、こうした勉強会の場で学んだからだ。使命感や目的を持って活動し、良いアイディアもあるのに、それを実現するための資金がなく、活動が広がっていかない場合が多いという事実を、メンバーであるアーティストたちの多くは初めて知った。
ap bankは、さまざまな社会的な取り組みの中でも環境問題に焦点を当て、資金不足で思うように活動ができかったり、すばらしい活動をしているが世間の脚光を浴びていなかったりするNGO/NPOなどの団体を対象に、自らのアーティストとしての知名度や資金力を活かし、融資という形で支援する。それが、櫻井氏の言う「本当に必要としている人のためにお金を使う」ことであり、その結果、未来のために使うことにつながっていく、という考え方が基本にある。
ap bankは、こうした理念を実現するため、有限責任中間法人としての法人格を取得し、貸金業登録もしている。具体的には、5月からネット上で融資先を募集している。金利は1%と低いが、この仕組みの特徴は、単に貸すだけではなく、きちんと回収する仕組みも備えていることだ。
例えば、融資した団体については、その実名をホームページ上で紹介し、活動を広く社会に知ってもらう。これは、NPOなどにとっては大きな宣伝になるが、同時に、もし返済ができなかった場合は、そのこともホームページ上で公開され、一般の人の目に触れる。こうして融資と返済状況を透明にすることで、NPOの返済意識を高める工夫をしている。
また、ap bankの活動を広めるために、2004年1月にはライブイベント「B.G.M」を開催した。今後も、融資だけではなく、さまざまなプロジェクトを計画している。ライブによる収益やグッズ販売による収入は、ap bankの活動を広めるための費用にあて、その収益が活動費を上まった場合は、融資の原資に組み込むことも検討している。
■7月から融資開始、さまざまな取り組み促すきっかけに

ap bankの仕掛け人、田中優氏 ap bankのコンセプトづくりから立ち上げまでに関わった、仕掛け人兼知恵袋的な存在が、未来バンク代表の田中優氏だ。田中氏は、金融や環境、国際問題に関する豊富な経験と知識があり、これまでも同様の融資の仕組みを作った経験がある。また、NGO/NPOに広いネットワークや人脈を持つことから、ap bankには顧問として迎えられ、その理念や活動を陰で支えている。
この全く新しい試みについて、田中氏は次のように語る。「自分たちはap bank自体を全国規模に広げて、大きくしていくつもりはない。むしろ、多くの人がこの活動を知って、興味を持つことによって、さまざまな取り組みが各地で生まれてくれれば、と考えている」
ap bankの融資開始は7月から。本格的な取り組みはこれからだ。アーティストの資金とパワーでNPOを支援するこの事業。これからの彼らの活動と、波及効果に期待したい。
(高井彩/ViVa!コンテンツサポーター)
関連サイト
ap bank
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坂本龍一氏らミュージシャン設立のap bankが融資対象募集

キャンペーンの車体広告 ワーキングホリデーでカナダ・バンクーバー在住の野口朋子さんによるレポート。今回は、環境に配慮した交通システムを実現するために様々な活動を行っている”BEST(BetterEnvironmentally Sound Transportation)”のキャンペーン”Bike Month”とバンクーバー市の自転車事情について紹介してもらう。
■June is Bike Month!
日本では6月というと梅雨で雨ばかりだが、ここバンクーバーでは反対に天気がいい時期になる。日も長くて夜は22時近くまで明るいため、さまざまなアウトドアでのイベントが行われる。

バス停にもBike Monthのポスター ”Bike Month”は、環境に優しい交通手段である自転車利用を推進することを目的としたキャンペーンで、期間中の6月には様々な団体によって企画運営されるサイクリングツアーやフェスティバルや、子供対象のセミナーなど約50もの自転車関連のイベントが行われる予定である。
BESTは、大バンクーバー地域の交通システムを管理するTRANS LINK、銀行の財団であるTDFriends of the Environment Foundation、TV局のCBC、ラジオ局のCBC1、CBC2からの資金提供や、その他さまざまな団体からの協力を得て、ポスターや情報誌の発行、自転車などがあたるクジなどを行ってBike Monthをアピールしている。

トレイルの入り口 BESTによると、昨年Bike Month関連イベントに参加したのは延べ17,000人以上、大バンクーバー地域の16歳以上の住人の42%が6月はBike Monthだと認識しているとのこと。
このBike Monthのキャンペーンを取りまとめるのは、昨年のBike MonthからBESTで働き始めたリチャードさん。Bike Monthコーディネーターの仕事について尋ねたところ、自身もイベントには出来る限り参加するので6月はほとんど休みなく走り回ることになるが、サイクリストでもある彼にとって環境に優しい交通手段である自転車をアピールするこの仕事はやりがいがあるという。
ただ、期間限定なのが問題で、昨年はBike Month終了後にレイオフがあったので、今年はどこかから助成金を獲得して年間を通してBESTで仕事ができるようにしたいとの話だった。
⇒ June is Bike Month!
“Best--Better Environmentally Sound Transportation"

サイクリングロードの看板■バンクーバーのサイクリング事情
坂が多いと言われるバンクーバーだが、サイクリングコースが縦横に整備されていて、特にこの季節にはサイクリストを良く見かける。バンクーバー市では1988年のTheComprehensive Bicycle Plan(自転車に関する包括的な計画)、1992年のThe BicycleNetwork Study(自転車ネットワークに関する調査) によって市内全域の自転車道路の計画が作成された。それに基づき1990年以降16の自転車道路が整備され、その後も新しいルートが計画されている。

サイクリングロードの自転車のサイン サイクリングロードは交通量の多いメインストリートに平行して設定されていることが多く、より安全に、かつあまり遠回りをすることなく自転車で目的地に到達することができるようになっている。ルートには通りの名前の横に自転車のイラストがついた看板が掲げられており、道路にも自転車のイラストがペイントされ、サイクリングルートであることが示されていてわかり易い。また、サイクリストが安全に道路を渡ることができるように信号機ボタンも整備されている。
http://www.city.vancouver.bc.ca/engsvcs/transport/cycling/index.htm
http://www.city.vancouver.bc.ca/engsvcs/transport/cycling/routes.htm
■自転車と一緒に市内を移動

自転車を運ぶバスが走る サイクリングで行くには遠い場所へ自転車と一緒に移動したい場合には、各種公共交通に自転車を載せることができる。バスの前面には自転車を運ぶためのラックが備え付けられているものがあり、1台当たり最大2台の自転車を無料で乗せて運ぶことが出来る。載せ方は、1.閉じられているラックを開き、2.自転車を載せ、3.前輪をロックするためのバーをセット、の3ステップ。
私も実際に利用しているが、ラック自体にも手順が書かれていてわかりやすく、初めてでも特に問題なく利用することができた。ラックに載せるときに自転車を持ち上げるのが少し大変だったが、あとはびっくりするほど簡単。下ろす時は載せる時と反対の手順を踏むことになる。

バスの前のバイクラック。使用方法が書かれている。 全てのバスに備えつけられているわけではないし、1台のバスに2台までしか載せられないので、例えば週末に郊外でサイクリングを楽しみたい、通勤時に運びたいなどの混み合う時には早い者勝ちになるのが問題だが、それでもかなり手軽だと言えるだろう。
また、ダウンタウンと郊外を結んで運行しているSkytrain(無人運行の列車)には、昨年2003年6月からラッシュアワー以外(月~金/9:30~15:00、18:30以降、土日祝祭日/終日)なら無料で自転車を載せることができるようになっている(ただし、一番後ろの車両の一番後ろのドアのところに2台までという制約あり)。
ダウンタウンと対岸のノースバンクーバーを結んで運行しているSea Bus(船)にも自転車を載せることができるので、バンクーバー近郊なら大抵の場所へ公共交通を使って自転車と共に移動することができるようになっていると言えるだろう。
http://www.translink.bc.ca/Transportation_Services/Bikes/Default.asp
■BESTについて
BESTは1991年に数人のサイクリストによって結成され、最初は主に自転車に関連する活動を行っていたが、その後対象を全ての持続可能な交通手段に広げて活動している、「綺麗な空気」、「安全な道路」、「持続可能な交通手段」をテーマに活動している非営利団体である。
1996年には”Bike to Work Week(車に代わる交通手段を促進すると同時に自転車通勤を促進するキャンペーン。現在はBike Month)”、”Commuter Challenge(持続可能な通手段の利用を促進するキャンペーン)”を開始、その後97年には”Go Green Choices program(持続可能な交通手段を促進させるための社員教育プログラム)”、99年には”Off Ramp secondary schools projects(学生を対象とした持続可能な交通手段に関する教育プログラム)”を開始。
その年に行われた州選挙の際には他の団体と協力し、市民に対して持続可能な交通に関する情報提供を行うパンフレットを作成し、州全体に配布するというような活動も行っている。2000年には”Off Ramp program”がOECDの教育/若者のカテゴリーにおいて”Best Practice”に選ばれている。現在はバンクーバーダウンタウンにオフィスを持ち、パート/フルタイムスタッフ合わせて12人を抱えて活動している。
(野口朋子/インフォメーション・プランナー)
関連サイト
BEST

公園入口 『アースデイイベント』の横断幕 私は2003年9月からワーキングホリデーでカナダに来ており、現在(2004年4月)は、西海岸の代表的都市バンクーバーに滞在している。先日、都市に自然を取り戻そうと活動しているNPOのエバーグリーンが主催する植林イベント「Dig in Canada!」にボランティアとして参加してきた。
■ゴミ廃棄場が公園に
今回のイベントは4月22日のアースデイにちなんだもので、バンクーバーで行われるアースデイ関連イベントの中では最も大きなものだという。今年で4回目になるこのイベント、今回は日本でもおなじみのスターバックス・コーヒー、オーガニック食品等のデリバリーを行うSmall Potatoes Urban Delivery、そしてバンクーバー市がスポンサーになっている。
朝9時過ぎ、バンクーバーダウンタウンから電車とバスで約40分の所にある、会場となる公園のEverett Crowley Parkに到着。風は少し冷たく感じるものの青空で、植林日和という感じ。まずは公園入口にあるテントでボランティアのチェックインを行い、Evergreenのロゴの入ったTシャツと公園内の簡単な地図を受け取った後、他のボランティアと合流してテントのセットアップなどに取り掛かった。
1944~1966年にはゴミ廃棄場だったものが、地域住民による強い働きかけにより1987年に公園として認められることになり、現在はバンクーバー市内で4番目に大きな公園になっている。
この公園の植物はほぼ自然発生したものだが、場所によっては本来の生態系にはなかった植物が入ってきているため、生態系修復に向けて植林などの努力が続けられている。今回のイベントで植林されたのは、スギ、ヤナギ、トウヒ、スモモ、水芭蕉などを含む15種類以上の植物で、その総数は約700本とのこと。植林場所は公園内に6ヶ所設定されており、れぞれの場所に適した植物が選定されていた。
■植林作業あれこれ

いきいきと作業する子どもたち 今日の私の仕事はRestoration Station Leaders and Planting Assistants(修復場所でのリーダー兼植林アシスタント)。植林場所で参加者が行う植林を手助けすることになるので、事前にその方法について説明を受ける。どの程度の深さと広さで地面を掘るのか、土をどの程度被せるか、その後には水をやるように、などの実際的な注意から、たくさん植えることよりも適切に植林をすることの方が大事なので丁寧に作業してほしい、などの配慮まで指導を受けた。
また、植林と同時に雑草取りも行うため、どの植物が雑草で、どの植物は残すのかという説明も行われる。その後、植林場所ごとにグループリーダーとボランティアが振り分けられて担当場所に向かった。私の担当は日当たりの良い開けた場所で、そこには5本のPacific hawthorn(サンザシ)とやはり5本のRed-flowering currant(ブドウの1種)が割り当てられている。

植林の合間にパフォーマーが楽しませてくれる 近くに住む女子高生アンジェラをグループリーダーに、台湾からの留学生の姉妹2人と一緒に活動することになった。小さい頃からこの公園で遊んでいたというアンジェラは、ここが大好きで、今日のイベントに参加できてとても嬉しい、楽しみだと話す。
11時に入口付近の広場でオープニングセレモニーが行われた後、いよいよ植林開始。参加者はまず植林のワークショップに参加して基本的な植林方法を学んでから、各植林場所に振り分けられてやってくるという仕組みだ。
参加者は家族連れが多く、その他にガールスカウト、ボーイスカウト、学生の集団などといった感じ。私達の担当する場所でも小さな子供がスコップを持って一生懸命に穴を掘っていたり、植林と同時に雑草の除去作業を学生の集団が行ったり。私達ボランティアも彼らを補助しつつ、一緒になって作業を行う。

空の下で演奏するミュージシャン 私はブラックベリーの除去を主に行っていたのだが、トゲがすごくて軍手をしていても四苦八苦。参加者達も腕や手に切り傷をたくさんつくりつつ作業を続けた。
途中で休憩する際には、スポンサー提供によるコーヒーやスナックでリフレッシュ。また、今日のイベントにはミュージシャンやパフォーマーの参加もあり、彼らは公園内を巡回しては参加者の邪魔をして(?)楽しませている。
■Gets your hands dirty!
最初は寒いくらいだったのが、お昼を過ぎる頃には太陽が眩しく照り付け、みんな汗だくになって15時過ぎまで作業を続けた。最初はブラックベリーが茂り、数年前に植林したという木々の姿も見えなかったのだが、終了時にはかなり見通しが良くなっていて「作業をした!」としみじみ。Evergreenの担当者によると、今日のイベントに参加したのは約1000人以上、ボランティアは約70人にもなるという。

作業後にはブラックベリーの山が 今回、私は、「Gets your hand dirty!(手を汚そう)」をキーワードに植林や雑草の除去活動を体験したのだが、実際に作業することによって身近にある自然により興味を持つきっかけになることを実感した。それに、自分達で植えた植物の成長は気になるもの。機会を見つけてまた公園を訪ねてみよう。
■Evergreenについて
最後に、今回のイベントを企画したエバーグリーンについて簡単に紹介する。エバーグリーンは1991年に設立された非営利団体で、「都市に自然を取り戻そう」という活動を行っている。トロントとバンクーバーに事務所があり、スタッフは20人。主な活動領域として、Learning Grounds(学校)、Common Grounds(公共)、Home Grounds(家)の3つを設定している。Learning Groundsでは学校に自然を取り戻す活動を、Common Groundsでは公園や公共地域の自然を保護したり、修復するような活動をサポートし、一番新しいHomeGroundsでは、家庭でできる環境に配慮したガーデニングをサポートしている。
関連サイト
エバーグリーン(Evergreen)
The Vancouver Board of Parks and Recreation

ジェームズ・F・ジョンソン氏 2004年3月25日、日本初の「ダム撤去」となる球磨川流域の八代市でシンポジウムが開催されました。上流の川辺川では長年にわたって議論されている川辺川ダムの中止が決まらないなか、下流では荒瀬ダム撤去があっさりと決まっているという、なんともいえない微妙な状況です。そんな参加をしてみての感想。同月26日にはさらに詳しく専門家向けに勉強会があり、双方に参加しました。
■アメリカの撤去費用は一桁安い
アメリカでダムが撤去されるようになったのは10年前からで、200箇所がすでに撤去され、290箇所が予定されています。まだ巨大ダム撤去は行われたことがありませんし、予定もされていません。これまで撤去された最大は高さが29mのもの。30mくらいのものが6つほど調査中。
つまり、高さ25mの荒瀬ダムは、大きさとしては中の小くらいですが、撤去されたもののなかでは大きい方に分類されます。すごいですねぇ~熊本県も!で、しかも、撤去費用が、荒瀬ダムは約60億円といわれていますが、アメリカでは一桁安い・・・それはなぜ?という質問に「たぶん、民家が廻りにないから」とのこと。うひゃ。もしかしたら、これほど民家が隣接している事例はアメリカにもなさそうです。
また、ウェグナーさんが雑談のなかで話しておられましたが、「日本の技術は世界に誇る力があるのだから、むしろ、これからは日本が発信することになるのではないか」と。ほんとうに、そうですね。アメリカよりも、ともかくその気になってやり始めたらきっと早い!
アメリカでは、すでにダム撤去工事が「利権」がらみになっているようで、ジョンソンさんいわく、「力のある政治家がいるところでは早く撤去ができる」と、撤去工事の取り合いになっているとか。日本も早くそうなって欲しいと言ってよいもんだか、悪いもんだか~(^、^;
■ダム撤去が日本の公共事業を救う?!
実はアメリカでも、大きな問題は、撤去費用を誰が負担するかということのようです。撤去したほうがいいとわかっているダムでも、費用負担者間での合意をするのが難しい事例があるとか。うーむ。もしかしたら、日本では、急がれている産業構造の変革ですが、じり貧の土建業界、息絶える前に、がんがんダム撤去をやって日本でのアンバランスな大規模公共事業費をともかくそちらに廻すという考え方もありえますね。
ダム撤去最大の課題は、堆積物をどうするかということ。なにしろ、有害物質と化しているヘドロなどを含め、膨大な量になるわけです。このあたりが海への影響を含めて最も心配なところ。アメリカでも苦労をしているようです。
ということで、お二人のとても明快な理念とお話に感動しつつ、なんと、熊本では、川辺川ダム問題を通して、ちゃんと合意形成などのやり方を学んでいると実感しました。アメリカでも苦労は絶えないわけで、熊本県は、ほんと、すごい・・・。
日本でも、アメリカでダムを造らないという理念が広く伝わるきっかけとなった「世界ダム委員会」(世界銀行(世銀)と環境NGOの世界自然保護連合が主導的な役割を果たしました。直接の契機となったのは、世銀の業務評価局が1996年9月に実施したダム事業に関する事後評価である。詳しくはhttp://www.dams.org/news_events/outline_jp.htmで)がもっと広まるといいなと思いました。こちらの報告書が流通すれば、「住民討論集会」の環境討論集会で議論されていることが、すでに世界的に当然のことだったりするわけですから・・・。
(全文は膨大ですが、簡潔にまとめたものが翻訳されています。
【世界ダム委員会(WCD)市民ガイド日本語版】
500円(送料別)で入手できます。ご連絡はE-mail: rwesa@foejapan.orgへ)
■川辺川ダムめぐり蓄積された力の大きさを痛感
今回のシンポジウムは、川辺川ダムをめぐって皆さんが蓄積された力の大きさを改めて痛感することができる機会ともなりました。
イラクへの自衛隊派兵など、アメリカのやることには、なんでも追随しがちな日本社会。環境と経済のバランスからダムをやめるということこそ、ぜひとも、追随していただきたいですね。ただし、環境政策では、次々と失策をしている面もあるアメリカですから、なんでもかんでも追随というわけにはいきませんよね。念のため。 また、国交省は、「日本は川の傾斜があるので、ダムが必要」という言い方をしていますが、これについては、大熊先生が、「だからこそ、堆砂しやすく、後からの堆積物の問題が大きくなる」と指摘しておられました。 大熊先生のお話が素晴らしかったです。むしろ、アメリカの方たちも大熊先生がおっしゃる日本の伝統的な治水法について学ばれるといいのかもしれません。美しい石積み工法など日本独特のものもあるのですから・・・。
また、裁判で農水省が敗訴して、2003年6月から着手されていた新利水計画の策定は、頓挫中です。あれほど、中立公平なということで農家の意向調査を行ったはずなのに、「川辺川ダムからの利水が最も安価(=ダムそのものの費用はまったく考えず、農家にとって安価という意味)」という調査結果を出してくるので、とても原告団は受け入れることができないといっているところです。このまま膠着状態を続けてもどうなるのかさっぱり予想がつきません・・・
奥歯にものがはさまったように「川辺川ダム」が宙ぶらりんな状態。やっぱり、本来なら、何もかも含めて流域を調査すること、市民がどんな流域の河川計画を求めているのかから話し合っていただきたいものですね。それができたらどれだけ素晴らしい球磨川になることでしょう~(^。^
球磨川沿いに八代から人吉に向かう肥薩線の旅は、列車から荒瀬ダムを見ることができます。のんびりと球磨川下りをする船などをみながらお勧めのコースです。
皆さまも、ぜひ、撤去される荒瀬ダムを見に行ってみませんか?
(高橋ユリカ:ジャーナリスト/川辺川・東京の会)
| ジャーナリスト。東京生まれ。早稲田大学第一文学部在学中に、米オレゴン州立大学へ交換留学生として留学。卒業後、文化出版局に就職し雑誌編集に携わった後、フリーの編集者、ライターになる。また、川辺川・東京の会で市民活動に取り組み、著書に、『誰のための公共事業か-熊本・川辺川ダム利水裁判と農民』や、大腸がんの闘病体験を書いた『キャンサー・ギフト/ガンで死ねなかったわたしから元気になりたいあなたへ』、『病院からはなれて自由になる』、『医療はよみがえるか~ホスピス・緩和ケア病棟から』(岩波書店)などがある。環境や公共事業、医療など広範な社会問題について取材、執筆している。 |
関連サイト
川辺川ダム
2004年3月25日、日本初の「ダム撤去」となる球磨川流域の八代市でシンポジウムが開催されました。上流の川辺川では長年にわたって議論されている川辺川ダムの中止が決まらないなか、下流では荒瀬ダム撤去があっさりと決まっているという、なんともいえない微妙な状況です。そんな参加をしてみての感想。同月26日にはさらに詳しく専門家向けに勉強会があり、双方に参加しました。
シンポジウムの概要
■国際シンポジウム 【この日本初の「ダム撤去」がもたらすものは。】
日時 2004年3月25日(木) 開場18:30 開演19:00
主催 美しい球磨川を守る市民の会
リバーポリシーネットワーク
後援 八代市 坂本村 八代漁業協同組合
講演/パネルディスカッション
デビッド・L・ウェグナー氏(元開墾局研究者)
ジェームズ・F・ジョンソン氏(元陸軍工兵隊最高幹部)
村上 哲生氏(名古屋女子大学教授)
大熊 孝氏(新潟大学教授)
■画期的な撤去決定、でも、合意形成は終わっていた…?

パネルディスカッション 荒瀬ダムは、昭和30年に電力供給を目的に造られた県営ダムで、河口から13kmのところにあり、その10km上流には瀬戸石ダムもあります。この2つのダムがなくなれば、球磨川はおよそ100kmにもわたってダムがない、今の日本では、夢のように素晴らしい川になるのですね。
自然の回復力はすごいといいます。ダム撤去が決まって、ゲートを開放し続けたときところ、いくつもの瀬が復活し、川の流れはみごとでした。撤去されたときの川を思い描くと、胸がときめきます。
荒瀬ダムができた当初は、「バラ色の未来」が見えてきたようで、観光客が大勢集まったそうですが、地元坂本村の人たちはじきに予想もしなかったダムの弊害に悩むようになりました。
春になると川が黒く見えるほどたくさんのぼってきた稚鮎が、荒瀬ダムを越えることができなくなり、鮎もほかの魚も激減。堰きとめられた水はにごりました。おまけにすぐに水害が起こるようになり、放流の際には家が震動して壁にひびが入るなどの被害が生じ、村民にとってダムは大きな問題でした。
今回の撤去決定は、50年という水利権更新の時期が迫ったこと、県内での電力供給に占める割合が0.7%にしかならず、電力需要が増えていないこと、ダムの老朽化、などを理由に、潮谷知事が7年後の撤去を提案、県議会で決定されました。
シンポジウムでウェグナー氏とジョンソン氏がくり返し訴えられたことは、次の4点です。
1)合意形成のプロセスが大事
2)流域全体を見ることが大事
3)住民、研究者、行政の協力関係が大事
4)経済と環境の視点、バランスが大事
いかにして、1)~4)を検討するかということに主眼があったのですが、なんと、荒瀬ダムの事例がすごいことは、すでに、1)の「合意形成」はあっさり終わっていた・・・(^-^;
「撤去」について反対をする意見は地元にはほとんどありません。誰の目から見ても、ダムを存続する理由が見当たらなかったというわけです。
そして、できるだけ広い範囲でステイクホルダー(関係者)を参加させて合意形成を行うこと、など具体的にその説明を伺ってみると、熊本では、川辺川ダムをめぐる「住民討論集会」ですでに、こうしたレッスンを積み重ねているように感じました。すでに、「荒瀬ダム撤去委員会」が開催されていますが、市民の代表も参加して、会議はすべて公開されています。
また、3)の協力体制について、「住民討論集会」で培った熊本式民主主義も、まだまだ難点があるものの、アメリカ人にひけをとらないうまいやり方なのだろうと思っています。今後は、具体的に検討されていく撤去方法など、広く市民からの意見なども反映されていくことが期待されます。全国初の撤去事例が、全国のラストランナーのひとつになりそうな「川辺川ダム」でのプロセスから学んでいるというのも、だからこそ市民が苦労をして積み重ねてきた甲斐があるともいえますが、なんだか皮肉なことですね~(^-^;
■ダム・マフィアとの闘い~アメリカも大変だった

デビッド・L・ウェグナー氏 ただし、どうやら、現状2)の「流域全体を見る視点」がまったく不足しているようです。環境調査を「瀬戸石ダムから下流」について予定しているそうで、いくらなんでも、よろしくなさそう。現在、河口も八代海までということで変更するようなので、ぜひとも、これを機会に流域全体を調査するといいですよね。もちろん、現状、このような半端なことになっているのは、上流に計画されている川辺川ダムに触れたくないということも大きいと思います。
アメリカでは、費用対効果など「環境と経済のバランス」を考え、だんだんに、環境に対する価値が高まり、「持続可能な環境政策」を社会全体が共有するなかで、30年前からダムは造らなくなったそうです。
具体的には、1969年に「全米環境政策法」が実施され、環境の質と経済発展の位置づけが同等になったことが大きかったとのこと。しかし、レーガン大統領のときに「議会の人たちがこういう概念が好きじゃなくて(通訳の方の言葉です)」しばらく元に戻ってしまいましたと・・・(^、^; アメリカでも決して、スムーズにことが運んだというわけではなさそう。
「ダム・マフィア=ダムの利権屋さん~」との闘いという政治的苦労は大きかったようです。ブッシュ大統領も色々と都合が悪いことには反対するようですが、なんのことはなく、某建設会社の社長もされているそうですね~(^0^;
ダムが造られなくなったのは30年前ですが、それからも、まだまだ、政策転換がすぐに直角に行われたということではなく、理念を詰めていくためには何年もかかっているようで、2000年になって、ジョンソンさんがリーダーシップをとってまとめたのがPlaningGuidanceです。(700ページを70ページにしたというもの。700p全文がアップ可能です↓)
http://www.usace.army.mil/inet/usace-docs/eng-regs/er1105-2-100/basdoc.pdf
(つづく)
(高橋ユリカ:ジャーナリスト/川辺川・東京の会)
| ジャーナリスト。東京生まれ。早稲田大学第一文学部在学中に、米オレゴン州立大学へ交換留学生として留学。卒業後、文化出版局に就職し雑誌編集に携わった後、フリーの編集者、ライターになる。また、川辺川・東京の会で市民活動に取り組み、著書に、『誰のための公共事業か-熊本・川辺川ダム利水裁判と農民』や、大腸がんの闘病体験を書いた『キャンサー・ギフト/ガンで死ねなかったわたしから元気になりたいあなたへ』、『病院からはなれて自由になる』、『医療はよみがえるか~ホスピス・緩和ケア病棟から』(岩波書店)などがある。環境や公共事業、医療など広範な社会問題について取材、執筆している。 |
関連サイト
川辺川ダム

CATの総合案内。まさに環境のテーマパーク。 イギリス・ウェールズにある CAT(Centre for Alternative Technology, Machynlleth, Wales, UK)は、NPOが運営する環境テーマパークとして世界的に有名です。その取り組みについて、3年前にCATを訪れた国田真紀子さんに、CATのホームページからの最新情報を交えて紹介してもらいます。
■生活変える代替システムを展示・提供

乗客の重さと水力で動くケーブルカー CATは1974年に設立された、NPOが運営する環境のテーマパークです。名前の通り、代替システムを探求し、公開することによって、人々が生活の中で前向きな行動を起こせる選択肢を提供していて、自然エネルギー、建築、緑、農業、リサイクル、アート、遊び、物品販売など、多種多様な展示やコーナーがあります。そして、その工夫やユニークさは施設の至る所で感じられます。
まず、CATはマキンレスという駅から5kmほどの所にあるのですが、駅にはレンタルサイクルがあり、車でなく自転車で来場した人は入場料が半額になる特典があります。
また、入場券を買った後は、急斜面をケーブルカーに乗って上がっていくのですが、そのケーブルカーは乗客の重力と水力だけで上がる仕組みになっています。つまり、使用する水力も、その時の乗客数によって自動的にバランスを取って変わる仕組みになっているのです。そしてこの水は川の水を使用しているため、移動のためのエネルギーを投入することはなく、費用もかかりません。

風力発電
太陽光電話ボックス ケーブルカーで上がっていくと、右手に山にある素材だけを使った家があります。ここでは雨水がトイレの水として利用され、排泄物はし尿と便に自動的に分別され、コンポスト化され、花など食用以外の植物を育てるための肥料として使われる仕組みになっています。このほか、ソーラーパネルや風力発電などもあり、常にメンテナンスが行われています。
■生産から消費のサイクル通じ食の大切さを実感
CATが提案している仕組みの中で私が一番関心を持ったのは、“FOOD SOCIETY”のコーナーです。「食は日々必要なもので、持続可能性という意味では大切な位置を占めている」とCATの方々は考えているそうです。

CATでとれた有機野菜 そこでは、まず紙や葉、新聞紙やダンボールが堆肥になる様子を三段階位に分けて見せたり、ミミズを入れることでの変化を見せます。その後に、その近くで実際にできた堆肥を使って野菜を作っている様子や、近くのレストランでできた野菜を使って料理を提供していること、そして最後に、残飯を鳥が食べるまでの過程を伝えます。
「食べ物を残さず食べなさい」と言葉で教えたり、「食べ物の大切さや物の循環」について何時間もかけて話したりすることも大事ですが、CATの“FOOD SOCIETY”で、私は食の大切さをより明確に感じ取れる瞬間を味わうことができました。
「環境の大切さ」が騒がれて久しくなりましたが、「では実際にどうすれば良いのか」、「何ができるのか」がまだ明確に伝わっていないように感じます。そして、生活者である私達も、どんな方法があるのか分かっていないことが多いのではないでしょうか。
イギリスと日本では制度面等を含めて違う部分も多いかと思いますが、CATの先進的な取り組みは参考になります。ご関心をお持ちの方は、是非 CATのホームページを訪れてみてください。
(国田真紀子/NETS=環境NPOネットワーク)
関連サイト
CAT

エコステーション・フライブルクの外観 2003年10月1日、国際環境NGOのFoE Japanの主催により、武蔵野公会堂で行われた講演会「ドイツに学ぶ環境教育~エコステーション・フライブルクの実践」に参加してきました。
■エコステーション・フライブルク誕生の背景と現状
「FoE」は、世界70ヶ国にネットワークを持つ国際環境NGOで、日本では1980年から活動しています。今回お話しを聴いたハイデ・ベルクマンさんが所属する「BUND」(ドイツ環境自然保護連盟)は、その同国のネットワーク団体で、ハイデさんは現在BUNDの職員として「エコステーション・フライブルク」の共同館長を務めています。
エコステーション・フライブルクは、フライブルク市が所有し、運営をBUNDが行っている体験型環境教育施設で、毎年1万2000名近い来訪者があります。常勤はハイデさんを含めて2名で、あとはパート、研修生、ボランティアなどです。
エコステーション・フライブルクは、1986年に同市で「ガーデンショー」が行われたのを機に公の予算で作られ、半年の開催で100万人が訪れました。当時のドイツは、チェルノブイリ原発事故による放射能の影響や、大気汚染による森林被害、化学工場によるライン川の汚染、ごみ問題..など、さまざまな環境問題を抱えていて、「環境を良くしよう」という市民の動きが盛んになっていました。「緑の党」ができたのもこの頃です。
そのため、ドイツは環境省を設置し、各行政にも環境関連部署を設置。環境関連のセンターもたくさん作られたのです。
エコステーション・フライブルクに使われている建材は全てが自然のもので、壁は土や石を使用し、屋根は草を使って屋上緑化になっています。部屋の中心に八角形のホールがあり、それを取り囲むように小さい部屋がいくつもあるつくりで、北側は土壁を多く、南側は窓ガラスを多くし、できるだけ暖かい雰囲気を出す工夫をしています。また、ドイツで一番日照時間が長いフライブルクの特性を活かして、太陽光発電を導入しています。
5000㎡ある庭は、できるだけ自然に近い形で保たれていて、都会の中でも鳥や虫、昆虫が来ることや、自然を再現できることを来館者に知ってもらえるようになっています。
また、全植物の名前を記載した花畑や、農薬や合成肥料を使わない野菜畑や堆肥場もあります。特に家庭から出るごみの3~4割は生ごみだと言われているので、家庭ごみを減らす方法として、堆肥作りの話は受け入れられやすいのです。
■「緑の教室」/ごみを減らす努力を実感/太陽光エネルギーのプログラムも

ハイデ・ベルクマンさん エコステーション・フライブルクでは、主に幼稚園児や小学生をターゲットとした「緑の教室」というプログラムを行っています。
幼稚園児や小学生は、好奇心が旺盛で感動できる年齢なので、この時期に自然を身近に感じられるようにしてあげたい、という思いがあるそうです。そのため、ハイデさんは毎年プログラムを作って学校に配る宣伝活動を行っていて、その結果、年200回程度、クラス単位で訪れてくるそうです。
ドイツでも、フライブルクなどの都会の子どもたちは、日本同様に、テレビやビデオ、ゲームに費やす時間が増え、日常生活はスケジュールが決まっていて忙しく、ファーストフードで食事を済ませる子も多いとか。ハイデさんは、「子どもたちに自然がどんなに美しいかを見せることで、自然を大切にしようという気持ちが生まれてきます。そして、子どもの頃に自然と触れ合った経験はその子のその後の人生や生活を勇気づけてくれるでしょう」と話します。
そのため、知識ではなく、頭や心、手など五感の全てに語りかけることで、子どもが自ら何かの感覚や感情を抱き、行動を起こせるようにしていきたいと考えていて 学校単位でやって来る子ども達に小さなグループに分かれてもらい、課題を与えて「何かをやってみて→できた」という経験をさせているそうです。
例えば、池の中の生物を顕微鏡で観察することで、池の中という別の世界を発見したり、人間によっていかに影響を受ける世界があることを学んだり。例えば、有機栽培の食品に、どんな表示がされているかスーパーへ行って見たり、目隠しして、どのハーブにどんな香りがするかをあてるゲームをすることで、神経を研ぎ澄ましたり。まさに、「百聞は一見に如かず」を地でいく体験学習です。
一方、ごみを減らす運動については、同市の清掃局と協力しています。ごみに関することだけで、毎年60程度のクラスが緑の教室にくるので、子どもたちにまず、どうやってごみを出さないように努力するかを教えます。そして、それでも出てしまうごみを分別した上で、リサイクルしたり、埋没や焼却処分したりしていることを教えています。
例えば、子どもたちに実際にスーパーへ買い物に行ってもらい、できるだけ包装していない商品を買ってきてもらいます。その後で子どもたちと、昼食のサンドイッチをラップでなく容器に入れることや、ペットボトルでなく水筒を持ってくることで、ごみ減量につながることなどについて話します。
また、小学校高学年向けに、太陽光エネルギーに関するプログラムが用意されています。太陽の熱だけでどれだけのエネルギーを集められるか実感してもらうために、ソーラー調理器でお湯を沸かしたり、実際に調理をしてもらったりしています。
■次世代もより良い社会を築いていけるために

子どもたちの五感に語りかける「緑の教室」 エコステーションのプログラムに参加した子どもは、フライブルクの小学校の約40%にも上ります。こうした協力関係に一役買っているのが、1990年から続いている、「環境にやさしい低エネルギー学校」キャンペーンです。学校がこのキャンペーンに認可されると、州政府や市町村から助成金をもらえる制度で、実際に、電力や水の消費量を学校全体で協力して20%程度の節約になったところもあるそうです。
エコステーション側の協力としては、教職員向け研修を行っているほか、学校の校庭に自然を身近に感じられる場所を作りたい時や何かのイベントを行いたい時に、アドバイスしています。
エコステーションを運営していく上で最大の課題は、財政基盤が脆弱で長期的な計画が立てにくいことです。収入を見ると、市や州政府からの支援が全体の半分以上(約7万ユーロ)で、個別のプロジェクトについてはプロジェクト予算制を取り、そのほかに友の会による財政支援や、セミナー参加費などあります。
また、スタッフ不足も大きな悩みで、プログラムをこなすことに時間やエネルギーの大半を取られてしまい、なかなか活動の評価にまで至っていないのが現状です。それでもハイデさんは、「良い仕事をすることで世間に認められ、やがて世論の声で変えていけると思っています」と語ります。
ハイデさんが今の仕事をするようになったきっかけは、もともと自然の中で育ち、外で遊ぶことが好きで関心があったためと、学生時代に教師になる教育と、主に、造園師の勉強をしていたことが影響しているそうです。
ハイデさんが1987年にリーダー教師として環境教育プログラムを創設した頃は、自然保護や環境保護はまだ新しいテーマで、偏見も多かったそうですが、17年経った今、ハイデさんやスタッフたちは、そうした偏見をなくし、多くのものを変えさせてきたという自負を持っていることが分かります。事実、この10年間でフライブルクのごみの量は半分に減っているそうです。
ハイデさんは、「次世代もより良い社会を築いていけるために『自然との共生』、『社会正義』、そして『責任ある経済界』などについて考えていきたい」と話してくれました。私は以前、「今私たちが住んでいるこの地球は祖先からの『借り物』なので、次世代によりよい形で引き継いでいかなければならない」という話を聞いたことがあります。その時は「でも、実際にどうやって?」と思いましたが、エコステーション・フライブルクの取り組みを知って、自分たちが実践していくためのヒントをもらったような気がします。
(国田真紀子/NETS=環境NPOネットワーク)
関連サイト
FoE Japan

「寄付を集めることと使うことは車の両輪」と話す黒岩彰三さん みなさんは「グリーン電力基金」を知っていますか?太陽光や風力などの自然エネルギー(再生可能エネルギー)の普及を進めるため、2000年に電力会社主導で設立された基金です。寄付の受け入れ先及び事務局である財団法人広域関東圏産業活性化センター(GIAC)では、グリーン電力基金のよりよいあり方について、自然エネルギー推進市民フォーラム(REPP)などのNGO・NPOを交えて議論・検討し、助成内容などに反映させています。ここでは、REPPが8月6日に行ったグリーン電力基金セミナーでの、GIACグリーン電力基金事業推進室の黒岩彰三さんのお話を基に、グリーン電力基金をめぐる市民と電力会社の協働や、今後の展望を紹介します。
■NGO・NPOの働きかけ
グリーン電力基金とは、「環境に貢献したい、自分の屋根に太陽光発電を設置するのは無理だけど少しでも貢献したい」という人に、月々一口500円を電力料金に上乗せしてもらい、集まったお金と同額を東京電力が出して、合わせて自然エネルギー設置の助成に使う仕組みです。東京電力管内のグリーン電力基金は自管内で、その他の9電力会社のものは各々の管内で利用されています。
GIACは東京電力管内のグリーン電力基金を運営していて、2000年からスタートし、今回が3回目の助成。現在1万6000人が加入していて、総額は2億3000万円に上ります。
REPPなどのNGO・NPOは、この基金がより市民性のあるものになるよう働きかけてきました。2000年9月から今まで、自然エネルギー・省エネルギーに取り組む各地のNGO・NPOのネットワークである「全国グリーンファンド連絡会」を開催して各地のグリーン電力基金について意見交換し、よりよい形を探ってきました。
また、REPPのメンバーが、基金の運営を審議する「グリーン電力基金委員会」に委員として出席し、同連絡会での議論の内容も含めて、審議に市民の意見が反映されるよう努力してきました。こうしたNGO・NPOなど市民との協働の甲斐もあって、グリーン電力基金のあり方は大きく変わりつつあります。黒岩さんは「最初に比べて使いやすい仕組みになってきています」と言います。
「この3年間いろいろな形の助成を行ってきましたが、今年度と同じ形で来年度からは続けていきたいと思います。今回の締切は9月8日と時間がありませんが、来年に向けて利用を考えていただければと思います」(黒岩さん)。
昨年までは2000キロワット以上の大規模風力への助成と、東電管外の風力発電に適した場所の多い地域の風力発電に対する助成を行ってきましたが、今回はそれらを止めて、全て、大規模風力ではない、関東圏の助成に回すことにしたそうです。そのため、今回急に大規模風力以外の関東圏での助成額が増えたとか。

図の説明:「グリーン電力基金」のしくみ。 「寄付を集めることとそれを使うことは車の両輪ですから、有意義に使うことが重要です」(黒岩さん)。今回、大規模風力以外に助成されることになったのは、太陽光発電だけでなく、風力発電、バイオマス発電、水力発電などで、さらに「普及目的用」と「環境教育目的用」の二つの助成分野に分かれています。
一つ目の「普及目的用」の助成の目的は、自然エネルギーの量的普及を増やすことです。そのため、20万円/キロワットを助成し(1プロジェクトあたり1000万円まで)、規模が大きくなるほど助成額も増します。対象はNPO法人や、法人格を持たなくてもNPOと同等の活動をしている任意団体、さらに学校法人も含む、公益的団体です。ただし、事業用風力発電は、自治体などだけではなかなか難しいことから、事業者でも可能になっています。
一方、「環境教育目的用」は、10キロワットや20キロワットの大規模な太陽光発電を設置するのが大変な小学校や中学校で事業を行いたい場合に、例えば小規模な数百ワットの太陽光発電と風力発電のハイブリッド型を電灯用に導入して、環境教育目的に使う、などといった場合に使います。助成金額は、設置費用の85%か200万円のどちらか少ない額で、対象は「普及目的用」と同じです。

栃木県立足利工業高等学校の太陽光パネル(2001年度助成) グリーン電力基金は、東電管内の一般消費者の人からの寄付を財源としているため、設置場所の条件はそのエリア内です。また、発電される電気が公共的な施設で使われることが条件になります。「環境教育目的用」では小学校、中学校、高校、高専の構内に設置することが条件になります。この場合、教育目的なので発電量の表示などが分かる仕組みが必要です。また、「普及目的用」の場合は、グリーン電力基金からの助成を受けている事業が、他の補助制度も併用していても問題ありません。例えばNEDO(新エネルギー・産業技術総合開発機構)の「新エネルギー・省エネルギー非営利活動促進事業」と併用すれば、そちらで50%を助成してもらうことができます。「環境教育目的用」の場合は他との併用はできません。
採用の決定は、早ければ10月初旬です。普通は単年度予算のために、年度末までに設置を終了しなければならない助成が多いのですが、グリーン電力基金では、2004年度末までとしています。つまり、今応募をして2004年度の計画に組み込むことができるわけです。(記事提供:REPP=自然エネルギー推進市民フォーラム、編集部で一部改稿)
※東電以外の9電力会社の管内でも、グリーン電力基金は実施されています。
関連サイト
グリーン電力基金のホームページ
(平成15年度の助成募集要項、申込書や、平成13年度、14年度の助成先の情報などを見ることができます。また、自然エネルギー推進市民フォーラムも参加している、助成方法や助成規模を審議しているグリーン電力基金委員会のメンバーや議事概要も公開されています。)
自然エネルギー推進市民フォーラム
(全国グリーンファンド連絡会へのリンクもあります)
エコ・リーグ&YEN、「環境」をテーマにした若手交流会
<2003年6月8日、東京・国立オリンピック記念青少年総合センター>

プロジェクト分科会の様子環境に関心のある社会人を対象とした「環境系若手社会人ギャザリング」が、エコ・リーグ主催、YENと「環境」をテーマにした若手交流会の共催で行われた。主催団体らはいずれも環境に関心を持つ若者のネットワークや集まり。ギャザリングには主に20~30代の社会人約60名が参加し、会場は早くからにぎわっていた。
■目指すのは「広く深く」て「次につながる」きっかけづくり
この交流会の実行委員長は、環境コンサルタント会社に勤務して3年目の生田雄一さん。「環境に関心のある若手社会人の交流会はあったけれども、広く浅くの付き合いが多くて次につながらないことを実感していたため、そうではないもう少し深い交流、名刺交換プラスアルファの、広くて深い今後につながる交流のきっかけにしたかった」と今回の企画理由を話す。
今までにも交流会を企画し、いろいろな業界・業種問わず環境意識がある人を集めることには成功してきたものの、その場限りで終わってしまって次につながらないことに悩んできたという。そこで、今回はギャザリングの中心としてプロジェクト分科会を企画、様々な活動を実際に行っている人を囲んで情報共有を行ったり、アイディアを話し合ったりする場を設定した。
分科会は全部で12あり、そのうち5~6の分科会が平行して行われる時間が4回設定され、参加者はそのつど希望プロジェクトを選んで参加できる方式。オフィスで使う新しい環境グッズを考える「エコオフィスグッズ選手権」から、法政策を考える「環境権プロジェクト」「緑の政策プロジェクト21」といったものまで幅広い活動が紹介され、各回ともそれぞれのテーブルで活発な意見交換が行われていた。

出展プロジェクト分科会一覧※出展プロジェクト分科会一覧
エコオフィスグッズ選手権
環境コミュニケーション現場の声プロジェクト
環境権プロジェクト
研究発表・意見交換会
こまめプロジェクト
渋谷Flowerプロジェクト
My Bottle Campaign
CSR(企業の社会的責任)研究会
緑の政策プロジェクト21
時間管理術共有プロジェクト
留学・再就学相談会
地球とコラボ♪プロジェクト
このギャザリングで受付をしていた、YENのメンバーで現在は環境アセスメントなどを行う会社に勤務している女性は、「環境問題には小さい時から関心があり、何かしたいと思い続けていたものの、何をしたらいいのかわからなくて大学時代は特に活動はしていなかった」そうだ。それが、会社に入って同期からYENのことを聞いて参加したのをきっかけに一転したという。
「YENでは、環境問題に関心のある仲間がたくさんいて、大学時代から活動している人も多い。こういうサークルがあることを大学時代に知っていたらやっていたのに・・」と残念そうに話してくれた。
■専門外の人にもわかりやすく・・環境系研究発表会

若手研究者による研究発表会 今回のプロジェクト分科会のうちで異色だったのは、「環境」を切り口とした、分野横断的な若手研究者による研究発表会。
これは、専門を持った学生・研究者が、専門外の人にも分かるように発表を行って意見交換を行うことを目的としたもので、企画したのは農学系大学院修士2年の加藤靖之さん。昨年2002年10月に第1回目を行って50名弱の参加を集めたのに続く2回目の開催。今回の発表者は、MLなどでの参加の呼びかけに応えた文系と理系の大学生、大学院生ら5名だ。
発表を行った1人、気候変動について研究を行っている博士課程2年の原田千夏子さんは「温暖化のことをあまり知らない人に、じゃあ実際どう思っているの?と聞いてみたかった」と参加の動機を話す。「研究を行っても現時点で何%温暖化するというようなことは断言できないし、それが難しいところ。ただ、このままだとこんな風になる、とかいう予測の情報公開が必要であるとは感じている。知られていないことをそのままにしておくのではなくて、もっと知らせるように研究者側も努力していかないといけないと思う」とのこと。
ただ、実際には研究者側に情報発信の大切さを考えている人がどのくらいいるのかという疑問も口にしていた。
■夜になっても話は尽きず
夕食をはさんでプロジェクト分科会は2回ずつ計4回行われ、午後一番に始まったギャザリングが終了したのは21時前。それでも話が尽きないグループがそこかしこに見られ、会話に花が咲いていた。ある参加者は、「人脈ができたので参加して良かった。日本もまだまだ捨てたものじゃないと実感できた」と話してくれた。
生田実行委員長は「具体的なテーマ・アクションなど、既に一つの形としてあるものを提供することで、そこに継続して参加することもできるし、もしくはそれを参考にして他のアクションに展開することでもいい。とにかく、何か次につながることを目指していきたい」と力説した。
「広く深く」を目指したこのギャザリング。各プロジェクトや参加者の今後の動向に注目したい。
(野口朋子/インフォメーション・プランナー)
| 「環境」をテーマにした若手交流会・・・環境に関心のある大学生・社会人を対象としてほぼ半年毎に開催されている。過去4回行われ、毎回100名程度の参加者を集め、幅広い交流ができる企画として成功している。 |
| YEN・・・こちらも環境に関心のある若手社会人中心のグループだが、顔の見える関係の中で活動をしている。2ヶ月に1度の定例会と、YEN内部のプロジェクトごとのミーティングを随時開催している。ちなみに、今回紹介されていたプロジェクトのうちいくつかはYENのプロジェクト。 |
| 1994年8月に発足した環境NGOで、メンバーは10~20代の青年。専門分野、性別、地域、年齢、職業などに関わらず、それぞれが自分にできることを見つけ、環境問題解決に向けて活動している。 |
関連サイト
全国青年環境連盟(エコ・リーグ)
特定非営利活動法人 足元から地球温暖化を考える市民ネット・えどがわ

「冷蔵庫も買いかえちゃおうよ!」すぐゲームになじんだのは子どもたち 2003年6月7日(土)、東京・江戸川区で地球温暖化問題に取り組むNPO法人「足元から地球温暖化を考える市民ネット・えどがわ」(足温ネット)が企画、考案した省エネゲームを使ったワークショップ(WS)に参加しました。
■ゲームを通して省エネ効果を体験
「ECO・エコ省エネゲーム」と題するこのWSは、足温ネットが試行錯誤を重ねて完成したもので、ゲームを通して実際の省エネ効果を体験し、エネルギー問題について学ぶことができるという、画期的な試み。
当日は2回WSが行われ、私は午後の部に参加。会場には、大人から子どもまで30名ほどの人が集まり、用意された4つの机の上には、ゲームキットが置かれていました。私の机のメンバーは、大人の女性3人と小学生の女の子2人、中学生くらいの男子1人という6人。他の机には親子の参加者も多く、環境やエネルギー問題への関心の高さが伺えました。 「250万円を元手に、生活で使う電化製品(冷蔵庫、照明など)を買い換えたり、省エネ機材を導入することで、20年間のCO2排出量とコスト削減をしてください」
足温ネットの人からのルール説明が済んだら、早速ゲームスタートです。
私たちの班は、現在使用中の器具を買い換えようということでみんなの意見が一致して、電卓片手に検討を進めました。買換えを250万円以内にする計算はなかなか大変。CO2排出量とその計算の話になるとちょっと難しかったのですが、小学生の女の子達は電卓片手に一生懸命コスト計算などをしてくれました。
■CO2排出量が20年で半分に!

「電化製品って20年も使うかしら?」家計を預かる主婦の意見はシビア こうして各班が一通り計算した後、各器具のCO2削減量と節約金額が明かされて、今度はトータルの削減量、節約額の計算を行いました。すると、その結果にみんなびっくり!20年間でなんとCO2排出量が約半分に減り、節約金額は約300万円となって投資金額を上回ったのです。
特に長時間使用する冷蔵庫、エアコンなどの効果が大きくて、例えば旧い冷蔵庫を後生大事に長く使っているよりも、消費電力のはるかに少ない新型に買い換えた方が、省エネになるというお話もありました。
でも、「もったいない」という気持ちや、良いものを長く使い続けて、ごみをできるだけ出したくないという思いは誰にもあるはず。また、計算をしている最中に「電化製品って20年も使うかしら?」という声も。技術の急速な進歩が生んだジレンマとも言え、省エネとごみ問題の板ばさみ(?)の気分です。ゲームは、各班の結果に更にCO2排出量や節約料金がプラスされるイベントカードが適用されるなどした後、各班の結果発表が行われ、盛況のうちにWSは終わりました。
このWSでは実際の製品をもとにした数値が提示されるので、ゲームの中で商品を選択する時に考えたり気をつけたりすることで、現実の生活で「無理せず省エネ」するノウハウが学べるところにリアリティや説得力があり、面白いなぁ、と感じました。
家電製品一つ買い換えるにも、目先の値段だけにとらわれず、「20年先」までの省エネ効果や環境負荷を考えることの大切さを再認識させられたWSでした。
(野口朋子/インフォメーション・プランナー)

ECO・エコ省エネゲーム
※このゲームは、キットと合わせて楽しめる書籍として合同出版から発行されています。
・・・B5判並製、128ページ、1,680円。
ゲームキットは1,260円で、本とキットのセット定価は2,730円
申し込み・問い合わせは合同出版(E-mail: jde00514@nifty.com )まで。
関連サイト
合同出版/省エネゲーム公式HP
<2003年4月19日~20日、東京・渋谷、代々木公園他>

花で囲まれた渋谷駅のモヤイ像 毎年4月22日は、地球環境を考えて行動する日「アースデイ」。今年も世界各地でさまざまなイベントが行われた。東京では、直前の土日である4月19日、20日に、渋谷の代々木公園で「アースデイ東京2003」が開催された。
■アースデイ東京2003会場レポート
「アースデイ東京2003」の会場となった代々木公園には、多くのNGOやNPOがブースを出して活動を紹介したほか、エスニック雑貨のマーケットや、オーガニック食品の販売コーナーなども設けられ、たくさんの人でにぎわっていた。
NGO/NPOブースの中庭で、お揃いのTシャツを着て花を配りひときわ目立っていたのが「渋谷Flowerプロジェクト」の面々。若者の街「渋谷」に注目し、渋谷の街に花を植えることをきっかけに、社会に対する想いを行動にしていく、新しいライフスタイルを発信していこうというプロジェクトだ。

渋谷Flowerプロジェクトのメンバー アースデイイベント初日の朝には、三宅村ゆめ農園から協賛を受けた花で、渋谷駅の待ち合わせの定番「モヤイ像」の周りを飾った。この取り組みをメールなどで知った人たちも飛び入り参加して、作業を手伝ったとか。この花は、ディスプレイ後2週間はメンバーが交代で世話を行い、その後撤収するそうだが、発案者の荻窪さんは「花を育てに渋谷に来るようなことになったら面白いと思う。これはあくまでもきっかけ、今後も継続して活動していきたい」と話していた。
また、麻をテーマにしたブース「衣・食・住を体験できるスペース」ヘンプ体験村では、大麻ビールや、新発売の大麻アイスクリームが大人気!ちょっと聞くとドキッとするネーミングだが、天然素材として注目される麻をどれだけ有効活用できるか、にチャレンジしたこだわりの商品ばかり。
一方、「アースデイキッチン」では、A SEED JAPANが運営するディッシュ・リユース・システムで、使い捨て容器のごみを出さない取り組みに参加して環境への配慮を体験することができた。このシステムは、最初にお皿を100円で借り、そのお皿を持って屋台で注文、それに盛り付けてもらい、食べた後は設置されている水道設備を使って自分でお皿を洗って返すと100円が戻ってくる仕組み。
数年前から始まった、環境に配慮した学園祭などを提唱した若者たちの取り組みは、担い手や場所は違ってもすっかり根付いているようだ。
■Be Good Cafeにコマメちゃん登場!

ステージにコマメちゃん登場 ところかわって、原宿は表参道のハナエモリビルでは、「素敵ないいことを始めよう」をテーマに活動するBeGood Cafeが、アースデイ版スペシャルトーク、ライブなどが行われた。
BeGood Cafeは、すさんだ日本の社会や地球環境に対して、自分達の出来る範囲から少しずつピースな輪を広げようという目的で1999年に始まった。東京では毎月1回、「みんなと語るカフェ」としてゲストのトークを参加者全員で聞き、お互いの意見を交換し、「素敵なこと」を考える場づくりをしている。
そのイベントに今回はちょっと異色なキャラクター「コマメちゃん」(写真)が登場した。NPOが活動を紹介する、NPOインフォメーションの時間にステージに現れたのは、ちょこちょこと歩く緑のマメ・・。実はこれ、空豆を模したキャラクターで、環境省がすすめる地球温暖化を防ぐライフスタイル「コマメ生活」の実践者なのだそうだ。
この「コマメちゃん」を紹介していたのが「コマメプロジェクト」というグループで、環境問題に関心を持つ若手社会人、学生の集まり。一見、環境省の仕事の一環かと思われるのだが、そうではなくて、このせっかくある「コマメちゃん」というキャラクターを生かして世間一般に訴えていこうというプロジェクトであるという。
プロジェクトメンバーは「環境に意識を持つ人は、放っておいても行動する。問題なのは、意識を持っていない人やあまり無い人をどうするかということ。その点、キャラクターはきっかけとしてわかりやすい。何だろうと思ってもらってから、次に実は・・と話すと受け入れられやすいのでは」と話す。この日の昼間には、環境にやさしい乗り物として注目されている自転車タクシー「ベロタクシー」にコマメちゃんを乗せ、表参道を走ってアピール活動を行ったとのこと。周囲の反応は上々だったという。
環境省も乗り気で、今回登場したコマメちゃんの着ぐるみを貸し出したり、コマメちゃんのシールを提供するなど協力しているとのこと。同省の職員も加わっているが、あくまでも有志の参加だ。今後も毎月、どこかで何かのアピール活動をしていこうと考えているというから、どこかでコマメちゃんに出会う機会があるかもしれない。
■アースデイ基礎知識

ディッシュ・リユース・システムでお皿を洗う人々 ここで「アースデイ」について少しおさらいしてみたい。
アースデイは、1970年、アメリカで環境問題に力を注いだ政治家G・ネルソン上院議員が4月22日を“アースデイ”であると宣言して誕生した。それを受けて、スタンフォード大学の全米学生自治会長をしていたデニス・ヘイズ氏が全米にアースデイを呼びかけてコーディネート。延べ2000万人以上の人が参加する、地球への関心を表現する一大イベントが誕生した。
日本では、須田春海氏(現・市民運動全国センター代表)が日本事務局を引き受けて以来、ほぼ毎年イベントが行われてきた。趣旨やスタイル、主催者やメンバーは変わりながらも現在に至っている。アースデイ東京2003事務局長の安在尚人氏によると、今年は参加団体が昨年より2~3割増えており、初日の土曜日は天気が良いことも手伝って、かなりの人出があったと言うことだ。
2001年から実行委員長を務めるC.W.ニコル氏は「アースデイは面白い」と語る。「日本の自然保護団体は敵同士も多いのに、多様性があっていろいろな人がいるのに仲がいい。来るたびに新発見がある」
また、環境問題や市民団体の実情に詳しい環境NPOネットワーク(NETS)主宰の後藤隆氏は「アースデイは、反目し合うことも多い日本の市民セクターにとって、年に一回しがらみや立場を忘れることのできる『祭り』。新しい連帯につながる通過儀礼的な役割を持っているのでは」と分析する。
世界中の人たちが、国境や文化、思想、政治、宗教などの違いを超えて「地球」「環境」を絆に連帯しようと言うアースデイ。地球のことを考えるきっかけとして、定着しつつあるのではないだろうか。
(野口朋子/インフォメーション・プランナー)
関連サイト
アースデイ東京2003
| ラジオ番組や環境絵本「ブーアの森」の発行、全国各地でのクリーンキャンペーンなど、さまざまな活動を実施している「コスモ アースコンシャス アクト」は、4月22日のアースデーに合わせて日本武道館でコンサートを行った。これは、コスモ石油とJFN(全国FM放送協議会)加盟38局がパートナーシップを組んで、「アースコンシャス~地球を愛し、感じるこころ~」をテーマに地球環境の保護と保全を全世界の人々に呼びかけていく活動。
コンサートに参加したのは、現在放送中のラジオ番組「RADIO FISH」(土曜日 20:00~20:55 JFN8局ネット)内でロック・ミュージックとともに、国内外の環境の動向レポートを発信している佐野元春さん、自転車旅行の中で環境問題を肌で感じ、環境絵本「ブーアの森」 や同キャンペーンのキャンペーンソングを手掛ける忌野清志郎さん。そして、活動の主旨に賛同した、忌野清志郎と親交の深い及川光博さん、クリーン・キャンペーンにも実際に参加したことのある夏川りみさんの4人。 コンサートの中では、参加アーティストそれぞれが環境に関するメッセージを発信したり、また、同キャンペーンが応援して現在4度目のエベレスト清掃登山をしているアルピニストの野口健さんと映像がつながってメッセージが届くなど、アースデイらしい味付けがされたコンサートになっていた。 このコンサートのチケット料金1枚5,250円(税込)の内100円は、アースコンシャス募金を通じてNPO富士山クラブに寄付され、環境保全活動に役立てられることになっているとのこと。より多くのアーティストがこのような取り組みに参加することによって、地球のことを考えるアースデイの輪がより広がることが期待される。 |
「環境保全のための市民・NGOの裁判権を確立するために by オーフス・ネット準備会」
<2003年3月10日、東京・衆議院第一議員会館>
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会議の様子 1992年にブラジルで開かれた地球サミットで採択された「リオ宣言」の第10原則には、「環境問題は、それぞれのレベルで関心のある全ての市民が参加したときに、もっとも適切に扱われる」と書かれている。「オーフス条約」は、その実現のために国連欧州経済委員会がデンマークのオーフス市で1998年6月に採択し、2001年10月に発効した国際条約で、市民が環境保全のために情報を入手したり裁判を起こす権利などを保障している。この条約の精神を受けた制度を日本国内でも作ろうと、2003年3月10日、「オーフス条約を日本で実現するNGOネットワーク(略称:オーフス・ネット)」の発足シンポジウムが行われ、多くの環境NGOや興味をもつ市民が参加した。
■オーフス条約を日本で実現しよう!
オーフス条約は、(1)環境情報へのアクセス、(2)意思決定における市民参画、(3)司法へのアクセス、の三点について国際的な最低基準を定めている。具体的には、環境情報をもっと誰にでもわかりやすいように開示し、ものごとを決めるときに市民やNGOが参加できるようにして、問題があれば市民やNGOが裁判を起こせるようにしよう、という内容が書かれている。

中下裕子さん シンポジウムでは、まずダイオキシン・環境ホルモン対策国民会議の事務局長で、弁護士の中下裕子さんが、「オーフス条約のアジア版を作って、日本だけでなくアジアで市民参画を実現したい」と、オーフス・ネットの発足を力強く提案した。さまざまな分野の環境NGOメンバーで構成されるオーフス・ネット設立準備会では、約2年前から同条約や関係する法律・環境分野についての学習会を重ね、すでにオーフス条約の日本語版を準備している。
今後は、オーフス条約に関する普及・啓発活動、日本での市民・NGO参画の法システムについての政策提言、オーフス条約への加入、またはアジア版オーフス条約の成立をめざして活動していく予定だ。日本では、司法制度改革の動きも正念場であることから、今回のシンポジウムでは、司法へのアクセスの問題も重要なテーマとなった。
■行政訴訟改革を使って環境訴訟をやりやすく

越智敏裕さん 基調講演を行った弁護士の越智敏裕さんは、日本弁護士連合会の司法改革調査室で、司法改革、特に行政訴訟改革に取り組んでいる。越智さんによると、行政訴訟改革は環境訴訟改革だ。
たとえば、今、あなたがクマの保護に取り組んでいるとしよう。クマの棲む地域にある自治体が道路を建設しようとしている。それを阻止するために、行政を相手に裁判を起こそうとしても、おそらく裁判所から、訴える資格(原告適格)がない、あるいは訴訟の対象になりませんと言われ、訴訟を起こせないことがほとんどであろう。今の日本では、直接自分の利害と関わる場合しか裁判を受けられない。クマを守ることは、個人の利害と関わるとは見なされないからだ。また、訴訟の対象や原告適格を審議するだけで何年もかかった後に、ようやく内容の議論に入る。それがなくなるだけでも、行政訴訟制度はずっと使いやすく意味のあるものになるはずだ。
しかも、現状では裁判になっても、「執行不停止」といって事業はそのまま進められてしまう。これも裁判になった場合は、原則として事業を止めること(執行停止の原則化)が実現できれば、裁判を起こしても対象となる建築物などができてしまい意味がなくなる現象を防ぐことができ、効果が大きい。
原告適格を拡大する方法としては、環境保全に取り組むNGOなどの団体が訴訟を起こせるようにする「団体訴訟」と個人でも行政の業務がきちんと行われていない場合に訴訟を起こせる「市民訴訟」がある。ドイツでは、自然保護の分野では法律で「団体訴訟」が認められており、環境NGOが裁判の原告となることができる。また、「執行停止」が原則であるため、行政訴訟の数が50万件と日本の2,000件に比べ圧倒的に多い。
一方、アメリカでは「市民訴訟」が導入され、訴訟の和解金がNGOの活動資金源にもなっているそうだ。行政訴訟改革が実行されれば、環境NGOにとって「使える」制度になる。越智さんは、「行政からの反対が予想される行政訴訟改革を実現するためには、国民の理解と関心が欠かせない」と強調する。
行政訴訟制度が見直されるのは40年ぶりとのこと。日本弁護士連合会では、行政訴訟改革案に対する意見を募集している。このチャンスを見逃さず、積極的に意見を出してほしい。
■ドイツの環境団体訴訟制度に学ぶ

大久保規子さん では、ドイツでは、実際どのような環境団体訴訟制度があるのだろうか。自然保護の分野については、公共性の高い環境NPOが環境行政を監視するという役割を担っている。その現状や団体訴訟制度の仕組みや評価について、甲南大学教授の大久保規子さんが解説してくれた。
ドイツでは、訴訟を起こせるのは行政庁から承認を受けた団体だけで、訴訟の制度と、行政制度への参加権が結びついていることが、ドイツの団体訴訟制度の特徴だ。団体が承認を受けるのは比較的簡単だが、承認団体は連邦レベルで20、州レベルでは各州10以内程度と多くはない。承認団体になると、意見表明権や鑑定書の閲覧権などを有する。つまり、意思決定の過程で意見を表明できなかった、あるいは意見を表明するために十分な情報が与えられなかったとすれば、「参加権が侵害された」ことになり、訴訟を起こせるのだ。
また、承認団体は不特定多数の市民の環境利益を守るための訴訟である公益団体訴訟を起こすこともできる。実際の団体訴訟は年間30件ほどだが、「違法行為の予防効果が高く,また,高速道路の建設反対訴訟でも環境NGOが勝訴している」と大久保さんは評価している。
■オーフス条約実現を望むNGOの声
二人の基調講演に続いて、NGOから、日本の司法制度が抱える問題についての報告やオーフス条約の実現への期待が語られた。発表を行ったのは、市民立法機構、高尾山天狗裁判原告団、全国市民オンブズマン連絡会議、全国消費者団体連合会、WWFジャパン、情報公開クリアリングハウス、メコンウォッチ、廃棄物処分場問題全国ネットワーク、原子力資料情報室、気候ネットワーク、水源開発問題全国連絡会の11団体のメンバー。

伴英幸さん NGOからの報告を聞くと、不十分な裁判制度をなんとか活用して、行政訴訟を行っている現状がよくわかる。そのうち情報公開クリアリングハウスの三木由希子さんは、「日本では『情報公開』と言うが、世界ではそれを『情報へのアクセス』というより積極的な意味で表現するようになってきた。内部告発も、危険や不利益を回避するために必要な情報へのアクセスの一つ。また、情報公開制度では非公開を行政訴訟で争うことで少しずつ公開が進んできたが、まだまだ市民にとって行政訴訟は十分な道具になっていない。ぜひ、オーフス条約を実効性ある制度として実現してほしい」と語った。
また、原子力資料情報室の伴英幸さんは「原告適格の問題が解決するのに加えて、団体として訴えられれば、ある団体が責任をもって継続して取り組むことができる」と期待を述べた。
最後に中下さんが「オーフス条約が日本で実現し、裁判制度が使いやすいものになれば、NGOにとって強力な武器になる」と、オーフス・ネットの設立を呼びかけた。幅広い団体のネットワークへの参加を期待したい。
(橘高真佐美/ダイオキシン・環境ホルモン対策国民会議常任幹事)
「オーフス条約を日本で実現するNGOネットワーク」(オーフス・ネット)
事務局:〒110-0015 台東区東上野1-20-6 丸幸ビル3階
E-mail: aarhus@e-npo.org FAX: 03-3834-2406
関連サイト
日本弁護士連合会/行政訴訟改革案に対する意見募集のページ
第3回世界水フォーラムいよいよ開催へ!
<2003年3月16日~23日、琵琶湖・淀川流域(京都/滋賀/大阪)>
http://www.worldwatercouncil.org/
人間が生きていくのに欠かすことのできない「水」。「青い黄金」と呼ばれる水をめぐっては、世界各地でさまざまな問題があり、紛争のきっかけにもなっている。そうした水に関する問題を議論する「第3回世界水フォーラム」が、今年3月16日~23日に京都、滋賀、大阪を結ぶ琵琶湖・淀川流域で開催される。
■1.水問題の主なポイントと世界水フォーラムの歴史
1970年代以降、環境問題に対する関心は国際的に高まり、広がりを見せ、水問題も全世界的な問題として認識され、取り上げられていくようになった。
蛇口をひねれば飲み水が手に入り、高いお金で「安全な水」を買っている日本では意識することも少ないが、世界のほとんどの地域にとって水問題はまさに緊急課題だ。今後も続く世界の人口増加に伴う水不足や、洪水などによる被害は増大し、危機的な状況に陥る地域が出ることが予想されている。水をめぐる争いが国際紛争に発展して地域もある。
現在の世界における主な水問題は次の七点に集約されると言われる。
水不足
アクセスが困難な状態
水質汚濁
細分化された水管理体制
資金源の減少
政策決定における認識の不足
世界の平和と安全保障の危機
水が潤沢にある日本も他人事ではない。日本は食糧の多くを輸入に頼っているが、海外の生産地では、野菜や果物などの食糧を生産するために、莫大な量の水を使う。そうして育てられた生産物を輸入するわが国は、目には見えないが多くの水を消費している。工業生産品などの日用品もしかりである。
1990年代に入り、水問題の解決に向けてさまざまな水関係の分野の専門家や水の利害関係者が協働する仕組みが必要との認識が出始め、1996年に世界の水問題の専門家、学会、国際機関が中心となって、水に関する国際シンクタンクを目指すべく「世界水会議」(WWC=World Water Council)ができた。
そのWWCが、将来に向けて水問題を解決していくための議論を深め、その重要性を広くアピールすることを目的として提案した会議が「世界水フォーラム」である。3年に一回「世界水の日」である3月22日に合わせて開催され、第1回は1997年にマラケシュ(モロッコ)で、第2回は2000年にハーグ(オランダ)で開かれた。第2回会議では「世界水ビジョン」がまとめられ,閣僚会議における「ハーグ宣言」によって支持された。
アジアで初の開催となる今回のフォーラムは、「オープンな」「一人一人が創る」「具体的な行動を実現」することを理念に、世界水ビジョンで指摘された「水のフルコストプライシング」(水の価格・価値付け)に関する行動計画が発表されるほか、会議の成果は、世界水行動報告書、閣僚宣言、分科会報告書などにまとめられる予定だ。
■2.市民団体の取り組みとさまざまなスタンス
フォーラム開催に先立ち、日本の市民セクターも比較的早くから準備や活動を始めていた。その中心的存在とされるのが、「世界水フォーラム市民ネットワーク」(PFW=People's Forum on Water)である。
PFWは、水に取り組む団体と協働し、「水を知る・水に学ぶ」ためのプロジェクトを推進する活動を行っている。身近な水について、あるいはグローバルな水事情に関する社会や市民一人ひとりの認識を高め、それぞれの立場で何ができるのかを共に考え、行動していくきっかけになることを目指している。
そのために、関連の市民団体のコーディネートや、関係行政機関、産業界との連携を始め、学習会開催、ホームページによる普及啓発を行っているほか、フォーラムに連動した市民シンポジウム、セミナー、交流ワークショップなどのさまざまなイベントを企画している。
また、水の「自由化・商品化」について考える分科会や、地球温暖化と水問題の関係、ユースウォータージャパンによる若者の参画などのプロジェクトも連動している。ユースウォータージャパン福岡では、2月15日(土)~3月11日(火)に福岡市、久留米市、北九州市で、全5回の直前集中講座も行う予定だ。
ただ、水フォーラムに対する日本のNGOやNPOなどの市民セクターは、必ずしも「一枚岩」ではない。
例えば、水のフルコストプライシングについては、水を経済財として扱うことにより企業などによる水の占有が進み、誰でも水にアクセスできることに逆行するという主張がある。また、今回の会議を運営する「第3回世界水フォーラム運営委員会」(橋本龍太郎会長)は、政府と関係機関が作った組織体のため、「官が主導権を握りすぎ」との批判や「参加費が高すぎて市民には手が出ない」など、さまざまな指摘がNGOセクターから出ている。
そうした中、世界水フォーラムを機に市民自身の水問題への関心を高め、提言、活動していこうとしているNGO数団体によるアクションが、開催前日の3月15日から閉幕以降にかけて、京都などで多く行われる。内容は、民営化、商品化、ダム、メガプロジェクトに反対する戦略会議(15日)や、反世銀/IMF/ADBアクション(16日)、公開セミナー「世界銀行、IMF 、ADBに反対するシンポジウム・反ダム、反民営化「水資源開発における国際金融機関の役割」(同)、水の民営化に関する記者会見(19、20日)、 会議場前での反民営化アクション、オープン ディスカッション 、写真展(21日)、ワークショップ(22日)--など。
さまざまなスタンスで水問題に取り組む市民セクターの意見や活動を知る絶好の機会といえよう。
■3.一般市民のIT参加の場も用意
では、NGOなどの市民団体で専門的な活動を続ける人以外のごく普通の市民が、世界水フォーラムになんらかの形でかかわりたい、参加したいと思ったらどうすれば良いのだろうか。会議に参加したいと思っても、実際には時間や費用がかかったり、言語の問題があったり、途中参加者は経緯が分からなくなったりと挫折しがち。
そこで、今回の会議では、データベースやインターネットを使って、一般の人が「メッセージ」を伝えるユニークな取り組みが行われている。水問題に興味がある、世界の水問題に関する議論の中に入ってみたいと思ったら、すぐに参加することができる。
その一つ「水の声プロジェクト」は、世界の様々な地域における草の根レベルでの水の現状や意見、要望(水の声)を集めるもの。フォーラムに世界のあらゆる人々の声を反映させることを目的とし、水に関心がある誰もが「メッセンジャー」になることができる。すでに、「水は命の源であり、水のおかげで生きられる」というようなメッセージから、「養殖池のために農地が奪われている」
といった報告まで、400以上が掲載されている。
また、「ヴァーチャルフォーラム」は、インターネット上に設けたテーマ毎の会議室で、フォーラム開催までに水問題についての議論を盛んにすることを目的としている。議論に参加するにはID登録の必要があるのだが、見るだけなら登録なしでも可。言語の壁は薄くはないが、インターネット上のディスカッションであれば、多少時間がかかっても翻訳したものを発信することができる。自分の意見を発言したいのにできない、という歯がゆい思いも少しは解消されるかもしれない。
ただし、これら2ページとも、メッセージや議論は原則英語で展開されている。それぞれ翻訳機能があり、だいたいの意味を掴むことは可能のようだが、翻訳の精度は今ひとつ。また、ITやインターネットに強くない中高年層はどうするのかなど、まだまだ課題は多い。
インターネットやITを利用するのもいいが、関心を持ったら、まずは水問題にに取り組むNGO・NPOなどの市民団体やネットワークが主催するイベントに参加したり、資金や活動面で応援するなど、自ら「オフライン」の活動を始めてみることが基本だろう。
「水の世紀」になると言われる21世紀。日本で行われる第3回世界水フォーラムを機に、一人でも多くの人が水問題に関心を持ち、行動を起こすことが必要だろう。
(後藤隆/野口朋子)
本文に登場した主な団体等のURL
WWC(World Water Council)
PFW(People's Forum on Water)
ユースウォータージャパン
ユースウォータージャパン福岡
AMネット
第3回世界水フォーラム運営委員会
京都実行委員会
水フォーラムの歴史
開催日程/スケジュール
http://www.water-forum3.com/ta/agenda/agenda_j.htm
http://www.worldwaterforum.org/jpn/wwf03.html
「水の声プロジェクト」
「ヴァーチャルフォーラム」
(参考)第二回世界水フォーラム
さまざまな分野で活躍するNPOやNGOなど市民団体の活動やイベント、最新動向をお伝えするコーナー。一回目は、2002年12月5日~7日、東京・有明の東京ビッグサイトで 「エコ・リーグ」の主宰により行われた「環境就職進路相談会」の模様をお伝えする。
■環境で働きたい学生が多数参加
「環境関連の仕事に就きたい」「就職して社会に出ても環境問題への関心を深めたい」--こうした希望を持つ学生が増えているなか、環境に関心のある若者 のネットワーク「エコ・リーグ」が主催し、エコプロダクツ2002事務局の協力による「環境就職進路相談会」(以下相談会)が、12月7日(土)、東京ビックサイトで5日~7日まで開かれた「エコプロダクツ展」(日本経済新聞社主 催)内イベントとして行われた。
相談会は95年に始まり、エコプロダクツ展での開催は99年以降2回目。主に若手社会人と大学生が実行委員会を組織して企画・運営している。相談会のコンセ プトには大きく次の2つがある。
仕事を通じて環境保全を図っていきたいという進路選択の際に「環境」というテーマでも様々な切り口
分野で直接、間接的な関わりかたができることを知る機会となる。
環境保全と仕事をつなげていくというマインドを持った若い世代が、様々な業界・業種に浸透することで、将来的に環境と結び付けた仕事をしていくムーブメントの素地をつくる。
今年は相談会と、「企業の環境部ってなに?!」と題したシンポジウムの2つが行われ、同展の中でも若い参加者を集めてひときわ目立っていた。
■自分にとっての「環境就職」とは..
相談会の人気の秘密は、すでにいろいろな分野で仕事をしている社会人がカウンセラーとして参加し、参加者が、実際に働いている人の話を聞くことができることだ。メーカー、シンクタンク、ベンチャー、NGO・NPO、公益法人、公務員など多岐に渡る業種から約40名がカウンセラーとして参加。実際に働いている人の生の声を聞ける機会ということで、参加者は興味のある職業の社会人の ブースを回って熱心に話を聞いていた。
一方、カウンセラーの社会人からは、「学生一人ひとりの話を聞くのは大変だが、意識のレベルが高いのに感心した」と言う意見や、「学生と話すことで自分の職業を逆に見つめなおすきっかけになった」などの声が聞けたが、「相談会なのに相談することがない、という受身な人が意外に多かった」などという意見もあった。
また、シンポジウムでは、それぞれの分野で大手と呼ばれる3社(花王、日本IBM、トヨタ自動車)の「環境部」のマネージャークラスをパネリストとして迎え、これから就職活動をするにあたって「環境」と仕事との関わり、求められる人材像、今後の課題などのテーマについてディスカッションが行われた。
入社してすぐに「環境部」に配属されることはない。しかし、現場での環境活動担当部署に配属はありえる。そのため、まずはそちらで経験を積むことは可能であること。そして何より、環境への熱意を持ちつづけて行動していくことが大事であること--など、経験に基づくアドバイスがあった。
そして最後に、環境に携わっていく上で大切なことは?という質問に、3人が3人とも「英語」と答えたのが印象的だった。
環境に配慮することが社会で当たり前になりつつあるからこそ、「自分はどういう形で環境と関わっていくのか」を考えることが重要になっているのだと考えさせられた。(野口朋子・フリーライター)
■データ 「環境就職進路相談会」
・主 催:エコ・リーグ
・当日参加人数
シンポジウム;168名
相 談 会 ;202名
・エコプロダクツ展の入場者数
3日間合計;100,483人(日経目標 10万人)
相談会開催日(12月7日・土);26,629人