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市民活動スクランブル

このコーナーでは、さまざまな分野で活躍するNGO・NPOなどの 市民団体・非営利団体の活動やイベント、最新動向をお伝えするコーナーです。 専門家、ジャーナリスト・ライターによるレポートや、団体・活動家自身による 報告をもとにお届けします(現在データ移行中です。全コンテンツはこちらから)。

2005年03月09日

「貧困ゼロ」への挑戦/MDGsから貧困問題を考える

<連載> 「貧困ゼロ」への挑戦
       ――ミレニアム開発目標は誰を幸せにするのか

ミレニアム開発目標(MDGs)から貧困問題を考える

ポベ・キャンペーンのPR風景世界から貧困をなくそうとする取り組みが、国際機関や、NGOなど世界の市民により進められています。これを受けて、日本でも大がかりなキャンペーンが始まりました。今なぜ貧困が問題とされていて、その解決のためにどのような取り組みが行われ、何が課題とされているのでしょうか。

■先進国の開発プロジェクトが途上国の財政を圧迫

2月11日(金)、世界の貧困を根絶するための課題を明らかにし、解決策を考える公開セミナー「ミレニアム開発目標(MDGs)は貧困解決のゴールなのか?」(主催=国際青年環境NGO A SEED JAPAN )が、東京の国立オリンピック記念青少年総合センターで開催されました。


普川容子さん
普川容子さん
このセミナーは、ミレニアム開発目標(MDGs)とはそもそもどういった目標で、貧困が解決されるために先進国は何をなすべきかについて、アジア太平洋資料センター(PARC)の普川容子さん、オックスファム ジャパンの山田太雲さんを講師に迎えて行われたものです。

山田太雲さん
山田太雲さん
普川さんは、債務の視点から見た貧困問題に対する先進国の責任について話し、先進国が途上国への援助の名目で行う大規模開発プロジェクトが、逆に途上国の財政を圧迫している問題などを中心に講演しました。
また、山田さんは、MDGsの概要や意義、そして今後の課題について話しました。
 
 
■自身の力だけでは貧困からは脱出できない

セミナーのタイトルにもなっている「貧困」とは、そもそもどのような状態なのでしょうか。世界で1日1ドル以下の生活をしている人々は、約12億人もいて、この人たちは所得からみて明らかに貧しい生活を送っています。また、妊娠や出産時に死亡する母親は約50万人、小学校に通えない子どもは1億人以上に達していますし、医療や教育を満足に受けることができない人々も、また貧しい状態にあると言えるでしょう。

公開セミナーの様子
公開セミナーの様子

つまり、自分の人生を自分自身の力で設計したり、夢を描いたりすることができず、外的な要因(それも自分の力では解決できないもの)に圧迫されている人々の状態を貧困と捉えることができます。
こうした、貧困などの状況を生み出している原因は複雑で、自身の力だけで脱出できるものではありません。そのため、2000年9月、189ヵ国が国連サミットに集い、世界の貧困の実態について考えました。そして、極度の貧困を根絶することなどをめざして、明確な達成期限を持つ8つの具体的な目標を採択しました。それがMDGsです。

MDGsが掲げる8つの目標は、貧困、飢餓、病気、非識字、環境悪化、女性差別に立ち向かうことを謳っており、なかでも2015年までに世界全体の貧困者数を半減させることを最優先目標の一つに掲げています。

MDGsセンター発行の冊子
MDGsセンターが発行している冊子
そして、この目標の達成を手助けする役目を担うこととなった国連開発計画(UNDP)は、開発途上国への直接的な援助に加えて、2015年とそれ以降までをも見据えた地球的規模の取り組みに着手するとともに、個人、各種機関、公的組織それぞれに対して行動を起こし、役割を果たすよう呼びかけています。

■各国でG-CAP展開、日本でもキャンペーン始動

MDGsに対しては、市民社会や専門家から、「目標の内容が不完全であるのでは」、「セクターごとのこれまでに交わされた国際約束よりも後退している」など、多くの批判や指摘が寄せられています。しかし、内容に不十分な部分はあっても、「貧困削減」という方向に世界を向かわせるためのツールとしては大枠で支持されています。

体の一部に白いバンドを巻く「White Band」キャンペーン
体の一部に白いバンドを巻く「White Band」キャンペーン
そして、MDGsをきっかけに、貧困問題の解消を目指す「グローバルな貧困根絶キャンペーン(G-CAP、The Global Call to Action Against Poverty)」が地球規模で行われています。G-CAPは、草の根やコミュニティベースの組織から、国際的な労働組合、何百もの人権・開発団体、メディアやスポーツ選手等グローバルなネットワークまでが集った連合となっています。

各国の取り組みを見ると、イギリスでは「貧困を過去のものにしよう(the Make Poverty History )」キャンペーン、アメリカでは「ONE」キャンペーン、またG-CAPの共同アクションとして、体の一部に白いバンドを巻く「White Band」キャンペーンなどが始動しています。

日本では、アフリカ日本協議会(AJF)、オックスファム・ジャパン、オルタモンド、CSOネットワーク、日本国際ボランティアセンター(JVC)が中心となり「ポベ。ほっとけない世界のまずしさ」キャンペーンを、2005年から本格的に開始。具体的な行動として、2月3日に東京の渋谷駅前と財務省前で、対G7蔵相会議に向けた「アドカーアクション」を行いました。

「ポベ。ほっとけない世界のまずしさ」キャンペーン
「ポベ。ほっとけない世界のまずしさ」キャンペーンのホームページ
同キャンペーンではこれから、さまざまなイベントやメディアの活用を通じて、「貧困」、「格差」に対する問題意識を一人でも多くの人に持ってもらうための普及啓発とともに、市民運動により積極的に参加してもらうきっかけとなるような活動を行っていくとしています。

多くの日本人にとって、貧困は身近には感じられない問題かもしれません。しかし、こうしたキャンペーンを通じて世界の貧困の現状を「見たり」、「聞いたり」した時に、不公平感や不条理などを感じたとしたら、その人は貧困問題を解決するための第一歩を踏み出していると言えるのではないでしょうか。
そして、そうした思いが集まってキャンペーンの原動力となり、市民発の「貧困ゼロ」への挑戦が始まることを期待します(続く)

(文=渡辺圭子、ViVa!コンテンツサポーター、写真=各キャンペーンのホームページ、渡辺圭子)

※ViVa!では、同キャンペーンを始めとする内外の貧困解決のための活動を取り上げていく予定です。ご期待ください

【関連ページ等】
国際青年環境NGO A SEED JAPAN
ポベ。ほっとけない世界のまずしさ キャンペーン
G-CAP:GlobalCitizen.jp フォーラム・サイト
(特活)オックスファム・ジャパン
(特活)アジア太平洋資料センター(PARC)
オルタモンド

【ViVa!関連ニュース】
貧困根絶する解決策考えるセミナー、11日に東京で(終了)
貧困問題の解消めざすキャンペーン始動へ/関連リンク集

「貧困ゼロ」への挑戦
<MDGsから貧困問題を考える><Live 8 Japanコンサート

投稿者: http://www.viva.ne.jp/  2005年03月09日 00時59分 | Comments (0)

2005年02月14日

TVACの「ボランタリーフォーラムTOKYO2005」に参加しました!

多種多様、目移りするほどの充実企画

全体会の様子
全体会の様子
ViVa News Flashで紹介された、東京ボランティア・市民活動センター(TVAC)主催によるボランティアとNPOなど市民活動の一大イベント、「市民社会をつくるボランタリーフォーラムTOKYO2005」が、2005年2月10日(木)から13日(日)までの4日間、飯田橋セントラルプラザを中心に開催されました。このフォーラムは先進的な事例を取り上げるイベントとして東京以外にも有名です。そのフォーラムに2日ほど参加してきました。

■匿名座談会では本音が

私が参加したのは、「NPO中間支援センターって一体・・・?!~支援センター現役職員が語る、覆面座談会~」をはじめとした4プログラムです。
この座談会では覆面をした人こそ出ませんでしたが、匿名を条件に参加された職員の方がセンター運営の苦労話や連絡のやりとりでの不都合などを話してくれました。

昨今ではブームと言われる「公設民営」のNPOセンター、しかしその運営には色々と苦労話があります。寄り合い所帯の運営委員会では事業の決裁を通すのに何度も理事会に図るなどの手間が複雑であることや、既存のボランティア団体との意識の違いのすり合わせなど、やはりさまざまな立場の人が介在しているところに起きる問題の解決が大変なようです。

午後は、同じ会場で「協働事業から協定事業へ~従来の協働事業とは違う、協定事業をバーチャルする」というテーマでのワークショップが行われ、3グループに分かれて、実際に協定事業の問題点などを列挙した事業計画書を作成しました。

分科会の様子
分科会の様子
コメンテーターの(財)富士福祉事業団の枝見氏、多摩市くらしと文化部市民活動推進課の川和氏からは鋭い講評をいただきました。特に川和氏は行政マンとして「この事業は補助なのか受託なのかで意味合いが異なる、補助なら使途は決められるが受託なら経営努力で剰余金も残せる、そこを忘れないように」という発注者としての貴重な意見をいただけました。

■全体会では市民を再確認

その後行われた全体会では、実行委員長の鹿住貴之氏(JUON NETWORK)をファシリテーターにパネルディカッションが行われました。
聴衆も参加するワークショップ形式のパネルディスカッションで3名のパネラー(下山浩一氏(NPOコミュニティーアート・ふなばし)、浜本由里子氏(NPO市民社会創造ファンド)山崎美貴子氏(TVAC所長、神奈川県立保健福祉大学 保健福祉学部長))がおのおのファシリテーターの出す問いかけに自分の意見を述べ、聴衆は賛同したパネラーに投票するスタイルで行われました。
「市民とは」「市民社会とは」という「市民」をキーワードにパネラー独自の意見発表がなされました。

■調布では最先端ITツールの紹介

13日は2つのプログラムが実施されました。私は、「ITがつなぐ インターネットによるあらたなつながりの可能性」に参加しました。ここでは最先端のネットコミュニティーSNS(ソーシャルネットワーキングシステム)の事例紹介を中心に国内のSNSサービス「mixi」の解説が、ジャーナリストの神田敏晶氏から発表されました。

また、コミュニティツールとしてのポータルサイトの使い方を、国内最大手のYahooJAPANの網島理砂氏より解説後、実際にパソコンの前に座って体験してもらう内容でした。
事例そのものは先進的なので参加者には若干難しいとも思われましたが、インターネットの歴史(とはいえ10年程度)から見た現在のツールとしてのSNSを体験できたことは、大きな収穫であったと思います。

■半歩進んだ良いフォーラム

参加しての感想ですが、やはり先進的なプログラムが多かったということを特筆したいと思います。市民セクターが今抱えている問題解決、もちろんそのことも大切ですが、これから先のことを予測していきながら事業計画、方向性を出していくことが求められている市民像ではないでしょうか?

例えば、私が参加した「協働から協定へ」では、「指定管理者制度」についての解説、質問がたくさん出ました。現時点で指定管理者制度が市民にどの程度理解されているか、また理解させる努力を行政がしているかというとまだまだという感があります。この問題を大きく取り上げたのはプログラム企画者、参加者とも大変感度が優れているものと思います。

同様に、アートコミュニティやインターンシップなど旬になりつつある課題、自己責任というまさに旬な話題と多種多様で目移りするほどの充実度でした。参加者層も老若男女豊かで特に学生(高校生も!)の参加が多かったというのは、いかに時代にあったプログラムであったかを物語っているものと感じました。

(文=佐藤成臣、トラベルライター、ViVa!コンテンツサポーター、写真も)

投稿者: http://www.viva.ne.jp/  2005年02月14日 06時12分 | Comments (0)

2004年04月07日

「World Report“Volunteering in Canada!"――カナダ・ボランティア事情 その1 ボランティア説明会「Volunteering in Canada」体験記」

スタンレーパーク全景
スタンレーパーク全景/ハーバーセンター・タワーより
 私は2003年9月からワーキングホリデーでカナダに来ていて、現在(2004年3月)は、西海岸の代表的な都市バンクーバーに滞在している。先日、主に移民を対象として開催されているボランティア講座”Volunteering in Canada”に参加してきたので、その様子を紹介したい。

■移民向けにボランティア活動をコーディネート

 3月25日(木)、雨の降る中、ボランティアバンクーバーの会議室に到着すると、既に10名ほどの参加者が大きなテーブルを囲んで座っていた。参加者の過半数が中国からの移民のようで、そのほかにイラン、ポーランド、韓国などからの参加者が少数といった感じ。講師は、移民向けに各種サービスを提供しているNPO”MOSAIC”のボランティアコーディネーターを務めるローリーさんだ。

 説明会はまず、ローリーさんが参加者にボランティアの応募用紙を配り、それに記入することから始まった。この用紙はMOSAICに保管され、もしボランティアを探すのに更なる手助けが必要であれば、後日ローリーさんと個別に話す時間を取ってもらうことができるとのこと。

 質問項目は、名前や住所などの一般的な個人情報から始まり、自分が持っているスキル、どうしてボランティアをしたいのか、どんなボランティアに興味があるのか、いつボランティアできるのか、など、ボランティアを探すにあたっての必要事項を記入するようになっている。

 全ての質問事項について、どうやって記入するのかをローリーさんは詳細に説明してくれる。例えば自分のスキルについては、「コンピューターができます。」ではなくて、「Webサイトが作れます、Word、Excelが使えます。」のように、できるだけ具体的に書くようになどのアドバイスがある。

 また、どの程度の頻度でボランティアできるかという項目に関しては、今後の自分のスケジュールを考えて、あくまでも無理の無い範囲にするようにとの注意も。例えば、これから仕事を始めようとしているなら、ボランティアをする時間も限られてくることを考慮して書くようにとのことだった。

■「めげずに何度もトライして!」

カナダのボランティア人口と時間
カナダのボランティア人口と時間
 続いて、カナダにおけるボランティア事情が簡単に説明された。

 2000年に行われた調査によると、カナダの全人口約2,400万人に対してボランティアをしているのは約650万人(26.7%)で、1年間に1人あたり平均162時間のボランティアをしているとのこと(図)。

 この数字にブリティッシュ・コロンビア州(以下B.C.)の最低賃金8$/hをかけてみると相当な額になり、カナダにおいてボランティアがかなり大きな役割を果たしていることが説明された(ちなみに日本では、2001年に行われた調査によると、約3,200万人(28.9%)がボランティアをしているとのこと)。

 その後、参加者に、何故ボランティアをするのかという質問がローリーさんから投げかけられ、それに対して「英語を上達させたい」、「誰かを助けたい」、「自分のスキルを活かしたい」などさまざまな意見が出た。

 次にどんなボランティアの機会があるのかということが説明され、ボランティア検索サイトの紹介と、活動内容で分類された団体一覧が渡され、それを見て自分の興味のあるものに直接コンタクトを取るようにと言われる。「もしかしたら、ボランティアの機会がなかなか見つからないかもしれないけれども、めげずに何度もトライして!」と、強調しているのが印象的だった。

 また、ボランティアによっては一人で行う作業になって、英語を使う機会があまりないかもしれないけれども、それでも周りで誰かが会話しているのを聞くのも勉強になるし、自分から話しかける努力も必要とのアドバイスもあるなど、ボランティアの目的に「英語の上達」をあげている人が多いことを意識して話していることがよくわかった。

 そのほか、「責任」や「長期間」がキーワードであることや、その団体で働きが認められれば仕事を探す際に「推薦状」を書いてもらうことができ、履歴書に添付することができるなど、いろいろな情報を入手できた。日本と違ってカナダでは、ボランティアも仕事と同程度の経験とみなされるとのことである。

 こうして一連の説明が終了し、最後にボランティアフォームを提出して説明会は終わった。

 説明会終了後、2年前にイランから移民してきたという女性と話す機会があった。彼女はイランでCAD(コンピュータ設計)を扱う仕事をしていたのだけれども、カナダではカナダで認定される資格以外は全く効力を持たず、仕事が見つからないという話だった。そのため、もう一度学校に行って学ぼうと思っているとのこと。入学試験も受けたそうなのだが、英語の点数が足りずに入学できなかったそうだ。ここで、暮らしていく際に一番の問題となるのは言語であることを実感させられる話だった。

MOSAICのWebサイト
MOSAICのWebサイト
■MOSAICについて

 最後に、今回のセミナーを主催しているMOSAICという団体について簡単に説明したい。

 MOSAICは、移民・難民がカナダでより良く生活できるように各種サービスを提供している非営利団体で、1972年に始まった2つの団体-Multilingual Social Services、Language Aid for Ethnic Groups-が1976年に合併して誕生した。現在、120人以上のスタッフを抱え、通訳・翻訳、英語クラス、就職サポート、各種カウンセリングなどの事業を行うまでになっている。

カナダの風景
カナダの風景
 移民の国といわれるカナダの中でも、バンクーバーは移民の率がかなり高い。2001年に行われた調査によると、24万7千人以上の移民がバンクーバーに住んでおり、これは人口の45.9%を占めるという。また、ブリティッシュ・コロンビア州(BC)の人口の14%がバンクーバーに住んでいるのだが、BCの移民の24.5%がバンクーバーに住んでいるという結果が明らかになっている。

 こうした状況を見ると、移民してきた人々がカナダでの生活を快適に送ることができるようにサポートすることは、移民だけでなく、バンクーバー全体の生活の質に関わってくる大きな問題のようだ。MOSAICのような団体の活動が評価される所以であろう。

(野口朋子/インフォメーション・プランナー)


関連サイト
MOSAIC

ボランティアに関する調査(カナダ)

ボランティアに関する調査(日本)

バンクーバー市の移民に関する調査
http://www.city.vancouver.bc.ca/commsvcs/socialplanning/initiatives/multicult/index.htm
http://www.city.vancouver.bc.ca/commsvcs/socialplanning/info/PDF/socialindicators.pdf


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投稿者: staff  2004年04月07日 14時07分

2003年06月22日

特定非営利活動法人日本ボランティアコーディネーター協会

JVCA=Japan Volunteer Coordinators Association

協会編の入門書「ボランティアコーディネーター」
協会編の入門書「ボランティアコーディネーター」
「ボランティアとして活動したい!」という人がいれば、ボランティアの力を必要とするNPOなどの団体がある。でも、両者がいつも幸運な出合いをするとは限らない。活動できる場所や助っ人が結局見つからなかったり、あっても「求めていた人と、場と違う」という結果になったりすることも。そうしたすれ違いやミスマッチを防ぎ、市民と市民、組織のパイプ役となって、ボランティアが現場で力を発揮できるようサポートする専門職が「ボランティアコーディネーター」だ。NPO法人日本ボランティアコーディネーター協会(JVCA)は、市民社会の創造に向けて、ボランティアコーディネーターをネットワーク化し、専門職としての確立と社会的な認知度を向上することを目的とする全国組織だ。

■自発的な取り組みから全国組織へ

 「ボランティアコーディネーター」といっても、耳慣れない人が多いかもしれない。それもそのはず。言葉自体が一般に普及してきてまださほど歴史が経っていない。ただ、組織でボランティアを受け入れたり、ボランティアスタッフを求める組織とボランティア希望者のマッチングをする取り組みは、それ以前からに全国で自発的に行われていた。

 「以前は『需給調整』という言葉で呼ばれることもあって、ボランティア活動をしたい人と望む人の調整をする、いわば仲介者としての役割が中心でした」 JVCA事務局長の後藤麻理子さんはこう話す。自身、東京都北区社協でコーディネーターを行ってきた中でその重要性を実感。現在は、福祉関係の仕事を本業とする傍ら、事務局長を務めている。

 「1983年に、大阪ボランティア協会の呼びかけで関係者が懇談会が開いたのが最初のきっかけです。各地で取り組みはありましたが、ニーズの把握や紹介がうまくいかないことが多く、特に福祉の分野では、今のように介護保険もなくお年寄りや障害者を支えるサービスが十分にある状況ではなかったので、在宅でのニーズに応えるため必要性が高まっていました」

 そこで、「どうすればうまくいくのか」「手配師のような役割でいいのか」という問題意識を出発点に懇談会を続け、92年の「近畿ボランティアコーディネーター研究集会」で初めてこの呼称に。

 その後、東西持ち回りでほぼ毎年研究集会を開催。コーディネーターの役割や社会的な位置づけなどについて活発な交流が行われ、参加者も年々増加した。しかし、実行委員や運営委員には「研究集会での成果を積み上げなくていいのか」という共通した問題意識が生まれていた。年に一回集まって議論はそこで盛り上がるが、次の活動へはつながりにくい。単発ではなく、継続的に議論や研究、発表する場を設けて、現場の活動に生かす拠点が必要なのでは――

 協会設立の気運は一気に高まり、2000年に準備会を設置して、約1年かけて全国組織のあり方などを共有し、2001年1月に任意団体として設立。半年後には東京都からNPO法人の認証を受けた。現在正会員が約250人いるほか、準会員や賛助(個人・団体)会員もいる。

■多様なボランティアコーディネーターの"要役"に

研修会の様子
全国ボランティアコーディネーター研究集会2003の分科会の様子
 では、そもそもボランティアコーディネーターとはどのような立場で、どんな仕事をする人たちなのだろうか。後藤さんに聞いた。 「一番多いのが、全国各地の社協で相談業務をしている人が職名として使っているもので、歴史も長いですね。最近は文部科学省が管轄する生涯学習センターに置かれているケースがあるほか、まちづくりや芸術文化活動の分野でも活躍しています。国際交流の分野では『プログラムコーディネーター』などの名称を使って類似の仕事をしていたり、ボランティア活動の情報を提供している企業や大学の担当者の場合もありますね」つまり、「ボランティアコーディネーター」という確たる資格や制度的な背景があるわけではなく、コーディネートを行う人を総称してこう呼ぶわけだ。

 JVCAはそのネットワークの「要役」として、ボランティアコーディネートを行う人を支援するほか、そう名乗っていなくてもボランティアの応援を行っている人たちを応援し、専門性を高め、認知を高めるための活動を続けている。

 具体的な事業としては、まず、専門性を高めるためのボランティアマネジメントなどの研修を各地で開催している。講師派遣の依頼も多く、JVCAの活動財源基盤になっている。また、ニュースレターやブックレット発行など、情報の収集や提供も大事な仕事。ホームページによる情報発信に加えて、ボランティアコーディネーションに関する情報を収集しデータベース化する計画もある。

 こうした仕事を事務局専従スタッフとして担っている高島紗綾さんは宮城県出身。大学時代からボランティア活動に興味を持ち、NPO支援センターのスタッフなどを経て、現在の職場に。

 「『一人職場』、兼務で講座の企画を立てたり、受け入れプログラムを創ったりしているボランティアコーディネーターと電話で話す機会もありますが、私自身通常一人事務局なので、一人の大変さというのにはいつも共感します。しかし、共感するだけではなくその先に何を提供できるかが問われているように思います。色々な意味でこれからだと思っています」

 一方、全国ボランティアコーディネーター研究集会は、今年は3月に宮城県で開催。550人が参加した。地元で実践している人たちが企画、運営する手法もすっかり定着した。 来年2004年は2月20日~22日に、京都で開催する予定だ。

■スタンダードづくりに注力

協会スタッフ
後藤麻理子事務局長(右)と高島紗綾さん(左、当時)。
 JVCAが今一番力を入れているのが、ボランティアコーディネーターの専門性の追求だ。 「ボランティアコーディネーターのミニマムスタンダードを明確化して、中期的な戦略プランをつくっていきます。具体的には、キャリアやニーズに合わせた研修体系をつくる必要があります。そうして協会としての考えを共有、確認することで、外部への発信などにも生かせます」(後藤さん) 。

 現在運営委員や理事などを中心に意見をまとめていて、近く集約し会員に投げかけるという。また、倫理綱領の作成も検討中だ。ボランティアコーディネーターとしての価値観や意識を明文化した、いわば社会に対する誓約書のようなイメージという。

 JVCAがこうしたスタンダードづくりを重視するのは、ボランティアコーディネーターに期待される役割が広がっていることが大きい。ボランティア希望者が増えればコーディネーターの出番も増えるが、相談に来る人やその動機は多様化し、市民活動を支援する主体には幅広いセンター機能が求められている。ボランティアコーディネーターには社協をベースで活動してきた人が多く、福祉分野でのノウハウや人脈は豊富でも、環境など他の分野については今ひとつという人たちも少なくない。情報収集・発信のツールやネットワークの広がりなどの点で体質転換を迫られているという。

 「市民が主役になって働く社会にしていくためにも、コーディネーターはもちろん、JVCA自身がレベルアップ、スキルアップの努力をしていかなくては。また、行政との付き合い方は大事なポイント。とりこまれず、巻き込まれず、かつ自身の活動評価をしていくかが、ボランティアコーディネーター一人ひとりに求められています」と後藤さん。

 JVCAでは、できるだけ多くの相談や問い合わせに応えられるよう、会員やボランティアコーディネーターが活躍する団体へのアンケートによる実情調査とニーズ把握を行い、活動に反映させていく予定だ。

<聞き手:野口朋子(インフォメーション・プランナー)、まとめ:後藤隆(NETS=環境NPOネットワーク)>

関連サイト
日本ボランティアコーディネーター協会(JVCA)

東京ボランティア・市民活動センター

大阪ボランティア協会

筒井書房(「ボランティアコーディネーター」出版元)


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投稿者: staff  2003年06月22日 15時18分

2003年04月27日

星野智子さんに聞く 自然体で続ける市民活動・2

星野智子さん様々なボランティア、NPO/NGO活動で活躍する星野智子さん。環境に限らず広範な分野で精力的に活動を続ける星野さんのエネルギーの秘密は、「好きなこと」に「自然体」で取り組むこと。これからこの世界に入る人には、「積極性」と「バランス感覚」が必要と話す。

地元での芸術支援活動と課題

―― 環境、農業とお聞きしてきましたが、他にどんな取り組みをなさっていますか?

どれにしましょう(笑)。そうですね、一番身近な取り組みというと、国際交流でしょうか。現在は直接留学生との交流はないのですが、親が中国からの帰国者支援活動をしているので、間接的には関わっています。あとは、この間数えたら、海外からの留学生が今までトータルで自宅に短長期含めて16人住んだことが判明しました。

―― 音楽活動支援のNPO「セプトニスちば」に参加されていますね。

はい。これは、指揮者の小林研一郎さんのファンクラブ「コバケン友の会」が元です。小林さんの奥様が千葉の方でお知り合いだったこと、母がクラシック好きだったこと、それから、千葉で若手演奏家を育てていこうという方がいらっしゃったことがあって、それなら一人のファンクラブではなく、千葉の音楽・芸術文化を豊かにしていこうということで始まりました。父が理事、母が総務を務めており、自分も事務局を手伝っています。友の会はできてもう3年くらい経っていて、セプトニスちばは昨年NPO法人を取りました。

セプトニスというのは北斗七星のことです。千葉県には北斗七星の伝説があるのですが、千葉で輝く星になりましょうということで名付けられました。活動の基本は若手演奏家の支援で、最終的にはオーケストラが結成できればいいなと思っています。ほんとうは音楽家はいるのですが、東京や欧州に行ってしまって、地元千葉で活動するというチャンスがなかなかないのです。

―― セプトニスの活動はまだ1年経っていませんが、感触は?

セプトニスちばのコンサート
セプトニスちばのコンサート
ぼちぼち軌道に乗っている感じです。大きなコンサートは年に1度で、そのときには小林さんが指揮をされます。今年は4月5日です。あとは3、4人の室内楽などを何度か行っています。公的施設をグランドホールにしているので価格は比較的低く抑えられていますが、ただ、あまりメジャーではない、いわゆる玄人受けするところにどのくらいの方が来てくれるかというと・・。ヨーロッパと違い、育ててやろうという寄付文化が日本にはまだ無くて、払ったんだからそれに見合うものを・・という厳しい目がありますね。甘えていてはいけませんが、そういう意識の変革をしていくような仕組みを何か考えなくてはと思っています。

―― NGOのマネジメントにも取り組んでいるとか。

青年の話に戻りますが、アシードから発生したパワーという団体があります。人材育成や、NGOのマネジメント研修などを行う団体で、そのプログラム開発などに関わっています。一時停止していたのですが、最近復活しました。これからはもうちょっとがんばってやっていこうと思っています。

 それから、去年の10月から日本外国語専門学校の国際ボランティア学科で週2コマの非常勤講師をしています。それが継続になり、今年は地球環境というテーマで全般的に教えることになりました。学者の人が話すというよりは、こういうことがあってNGOにはこんな動きがあって、こういう活動をしています。市民だったら何ができますか?というようなことを教える予定になっています。人様にものを教えるというのは準備だけでも大変で、直前は本当にどたばたですが、とても勉強になります。

積極性とバランス感覚を

―― 今後の活動は?

星野智子さん3月末までは提言フォーラムの事務局で、その後は一応未定です。フルタイムの仕事の話もあったのですが、断りました。講師として週1くらいで教えて、あとはフリーでやってみようかと思っています。ヨハネスを経験して感じたのは、環境・自然が大事と言える人は少数派、やはり途上国では大半が生きることが問題で、南北格差も広がっているということです。何ができるんだろうと考える時間を取りたいと思っています。言わば充電期間ですね。

―― 新しいムーブメントを起こそうとかは考えませんか?

ここ数年の平和問題や紛争問題、環境が悪くなっている根源は戦争だったりしますよね。開発のNGOも非戦を訴えたりして、そのあたりも大事なのだと考えています。自分が率先して何かするまでには至っていませんが、社会の流れではあるなと。自分ができるかなと思っているのは、市民参加や、市民の力で社会を変えられると信じて具現化すること、人がエンパワーされることや、そういう人材を育成することです。あとは、オーフス条約に関するNGOのネットワークも先頃立ち上がりましたが、情報公開、市民参加ができるような後方支援をしていくのも面白いかもしれないと、漠然とですが考えています。

―― これからNGO/NPOやボランティアの世界にチャレンジしようという人や、もっとやりたいのだけれども・・という人にメッセージを。

好きこそものの上手なれではないですが、好きだったら自分で自分の背中を押すようになってほしいと思います。NGO/NPO側が、誘う人、広報へ人員を割ければいいのですが、手一杯でなかなかできていません。こちらも努力はしますが、敷居が高く見えても、それを超えてどんどん入って行ってもらいたいです。何か、例えばチラシなどで興味を持ったらまず行ってみる。知り合いがいなくても、寂しいと思っても、もしかしたら会が楽しくなくても、何かしらの出会いがありますよね。そういう出会いの中で声をかけられることもあるので、まずは人の集まるところにどんどん出ていくことです。インターネットや何かで情報を得るだけでは何も変わらなくて、それを材料にして情報をもらい、活動している人に会いに行くという積極性が重要だと思います。私も最近は、積極的に人と会う時に誰かと一緒に連れて行くなどしていますが、そういう時に連れて行きたいと思わせるような人になってほしいです。

―― まずは、面白そうと思ったら出て行くことが重要だと?

ほんとうにNGO/NPOには多様なというか、面白い人がいっぱいいますよね。普通の社会では付き合えない人がたくさんいるので、積極的に出て行ってほしいと思います。でも、そうはいってもまだまだマイナーな世界なので、そうではないいわゆる一般社会といつも見比べていてほしいです。蛸壺化してマイノリティーに入ってしまって、オタク化してしまうと、そこでは増えてもメジャーな世界で友達が減っていきます・・。自分がやっていることは社会的にどうなんだろうとか、やっていない人にどう思われるのだろう、など常にバランス感覚を失わないでほしいです。NGOだけでやっていると、言葉も変わってきます。NGO内では受け入れられるので、つい知っているつもりで話してしまって、例えば「持続可能な開発をやっているんだ」とNGOを知らない友達に言っても、ぽかーんとしていますからね(笑)。「何言ってるの?」みたいな。だから、広げるためにはいつも普通の人の感覚を忘れないで、常にアンテナを張って持っていないといけないなと思います。

―― 「一度入ってしまうと、ああなっちゃうの?」みたいな?

そうそう!全てを捨ててやらなくてはいけないのかな、とか(笑)。お金も捨てて、家族も捨てて、結婚もせずおしゃれもせずというのは、やっぱり世間では受け入れられにくいので、これからは一般化が必要だと思います。

―― ありがとうございました。

<聞き手:後藤隆(NETS=環境NPOネットワーク)、まとめ:野口朋子(インフォメーション・プランナー)>

関連サイト


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投稿者: staff  2003年04月27日 14時27分

2003年04月22日

星野智子さんに聞く 自然体で続ける市民活動・1

星野智子さんボランティアやNGO/NPO活動への関心が高まり、取り組む人も増えている中、そうした市民活動がまだマイナーだった頃から幅広い活動を続けている市民活動コーディネーターの星野智子さんに、活動を始めたきっかけや継続と広がりの秘訣などを聞いた(2回シリーズ)。

星野智子さんプロフィール
獨協大学外国語学部卒業後、環境団体に就職し、環境情報やイベント企画、国際会議運営などに従事する一方、国際青年環境NGO「A SEED JAPAN」でイベント会場のごみゼロ活動、エコリーグ(全国青年環境連盟)の立ち上げなどボランティア活動に常に関わる。近年では「ヨハネスブルグ・サミット」におけるNGO活動のサポートや、「持続可能な開発のための教育の10年」推進運動、専門学校講師、地元では農業や食の運動、文化活動に関わる。現在「環境パートナーシップオフィス」でNPO支援事業担当。

生活の中にボランティアやNPO/NGOがあった

集合写真
A SEED JAPANの仲間と一緒に。
―― NPO/NGO、ボランティア活動に関わったきっかけは?

大卒ですぐに仕事として市民団体に入ったのですが、遡れば中・高校生の頃からの家の影響が大きいですね。もともと父母が住民運動、給食運動や、中国からの帰国者の問題などに関わっていて、自宅が事務所のようになっていたのを小さい時から見ていましたから、生活の中にすでにあった、という感じですね。私は特に国際交流に興味を持って、大学時代には近所の千葉大の留学生と、遊びながらサポートをするという感じで関わってきました。

そういう背景を持ちつつ就職活動しようという時にリオサミットがあって、世界は、環境問題は大変なんだと気付かされました。国際的にも貢献できるような仕事ができたらいいなと思っていたところ、機会があって環境関連の職場に入って・・という感じです。自然にこの世界に入ってきたという感じでしたので、何か「がつん」という事件とかがあって、というわけではないのです。

―― 92年のリオサミットの前後で日本の青年環境活動が活発になりましたが、その時期の活動は?

まずアシードジャパンですが、これはリオのサミットに青年の声を入れようということで国際的なキャンペーンができて始まりました。私が関わり始めたのは、サミット終了後、大学が終わって春休みになってからです。サミット後に、海外の青年を日本に招いて話をしてもらうスピーカーズツアーを全国で行ったのですが、その終着点の広島で青年環境開発会議がありました。その後長野で合宿があり、1年をかけてエコリーグを作ろうという話があって、設立メンバーになりました。勢いに飲まれて、じゃあやりますということで手を上げてしまった感じです(笑)。

―― その頃は仕事をしながら活動していたんですか?

最初の勤務先のらでぃっしゅぼーやで仕事をしながらやっていました。本当に自分でもよくやったなと思います。稲毛の自宅から勤務先の埼玉へ、終わると渋谷のアシードの事務所へ行って、終電ぎりぎりで稲毛に帰るという生活をしていました。その頃の仕事は会員ケアなどで大変だったのですが、同時並行でなんとかこなしていました。

それができたのは、想いを一緒にしている仲間がいたことが大きいでしょうね。みんな勉強やバイトをしながらやっていたし、遠くから会議のために来たりもしていましたし、自分だけが大変だとは思いませんでした。

―― 一人で想って活動するのではなくて、仲間が大事なのですね。

そうですね。楽しい時間を一緒に過ごすというところがあって、言い過ぎかもしれませんが、思いを共にする友達がいなかったらやっていなかったかもしれません。

ヨハネスブルグ・サミット提言フォーラム事務局を務めて

会場内の写真
ヨハネスブルグ・サミット現地会場の写真。
―― 昨年はヨハネスブルグ・サミット提言フォーラム(以下、提言フォーラム)の事務局を務められました。いかがでしたか?

エコリーグでのネットワークをつくるという経験を生かすことができると思っていたのですが、実際には難しかったです。リオの時は漠然と「環境」で集まったところもあったと思うのですが、リオから10年経って専門化してきており、自分の所はそれをやっていればいいよという感じになっているところもあります。

そうでなくてもNGOは小さいので、みんなで一緒にやっていこうということだったのですが、実際は、私の団体は忙しいからとか、あの団体(人)がいるならちょっと、ということもありました。

この仕事をやってよかったと思うのは、NGO/NPOという言葉に社会的認知度が出てきて、NGO活動をすることが前ほど変人扱いされなくなってきたと感じることができたことです。

ヨハネスブルグに行く、と言ったときに、NGO/NPOに関係ない、いわゆる普通の友達からも暖かい励ましをもらったり、偉いことやってるねと言われたりして、先輩達の積み上げが社会的に評価されるようになったのかなと思っています。そこに関われたというのはうれしいですね。

会場内の写真
提言フォーラムのサミット報告会の様子。
―― 政府の提案にも取り入れられた「持続可能な開発のための教育の10年」についてどう思いますか?

これは、難しいですね。教育という軸はあっても、開発問題、ジェンダー問題、人権問題、平和問題など多様な分野があるので、教育というキーワードだけでどうつながっていけるかなと。持続可能な社会というのを皆さん一緒に考えていきましょうというのは、壮大なテーマだと思います。

私のこの動きへの関わりですが、事務局は教育専門家がいいと考えているので、私の出る幕ではないと思っています。ただ、教育問題は非常に大事だと思うので、要所要所で関わることができれば、例えば環境教育などの部分で可能であれば関わっていきたいと思っています。

農との関わり・・土の学校

―― 「土の学校」を主宰されているそうですが、どういう活動ですか。

もともとは、勤務先だったジャパンエコロジーセンターの企画の一つで、環境教育をテーマに始まったものです。他にも、例えばマングローブを植えに行こうという企画をした森の学校、水の学校といって川をテーマにしたものがありました。興味もあったし、自分も担当になったので、最初の1、2年は仕事として関わっていました。その後センターはなくなったのですが、また行きたいという参加者の方からの声があって続けて、もう8年目くらいになります。適正人数は50人程度なのですが、幸か不幸か人気が出て、去年は70名になりました。フィールドは千葉県の山武郡で、地元の有機部会の人にお世話になっています。成田闘争でそのまま残った人などもいて、こだわりの農業をやっている方が多い地域です。

日本の農業、第一次産業をどう考えるか、それがほんとうに人口問題や食糧問題につながると思います。生産者と消費者がつながって、都会にいる人が生産者に出会える場は大切だと思っています。また、私にとっては究極的には癒しの場にもなっています。

集合写真
土の学校で参加者と。
―― 参加者の反応は?

参加者には大きく3パターンあると感じています。子供に自然について教えたいという環境教育の視点を持った人、安全な食べ物を食べたいという食への関心を持っている人、それから、自然体験をしたい、いい環境に触れたいという自然好きの人です。土の学校には、どんなニーズも満たせるという懐の深さがあると思っています。

ただ、もう人数的には一杯という感じで、むしろ、他の地域で同様の取り組みを行ってくれる担い手が育ってくれればと願っています。

実はそういう事例も出てきていて、例えば、女性で埼玉の方の農業学校か何かに行った方が、今度はそちらへ来ませんかというお誘いをくれたり、渋谷に住んでいた方が千葉の田舎に移って農家さんと直接やり取りしたりというような広がりもあります。

―― そういった取り組みを、例えば農業基本法などに入れていくというのは難しいのでしょうか?

新法では「農村」という言葉を大事にしていたと思いますが、それを奨励するように総合学習や地域振興案として取り入れてもらうことと、ただ、こういうものは国が法律に決めたからといっても動かないので、やはり中間組織、NPOが動く必要があると思っています。

それから農家さんとの連携も必要なのですが、ただ、農家さんって難しいんですよ(笑)。自然を対象に、自然と付き合っているので、人づきあいというか、コミュニケーションがちょっと苦手なところがあるようです。素晴らしい知識や技術は持っているのですが、それを引き出して使えるというところまでではないのかなと。改良普及員の方は別ですが、この方は消費者向けではないので、消費者に伝える、農業インタープリター(翻訳者)が必要だなと思っています。私もそうなりたいし、土の学校もそういう人を育てる場になれたらと思っています。(つづく

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投稿者: staff  2003年04月22日 00時00分