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2005年11月18日、チュニスにおいて開催されていたWSISは、アジェンダやコミットメントなどを議決して終わりました。すべてが終わった今、ホテルに帰ってきて、この原稿を書いています。この短期連載も今日で終わりです。現地で追跡し報告するタスクを担って来たわけですが、極めていろいろなことがおこって、残念ながら今を持っても、その全体像を把握できませんでした。JCAFEから参加したメンバーの間では、帰国後落ち着いたら報告会を開催しようと話しているところで、詳細は追ってアナウンスがあると思います。ここでは、結局WSISはなんだったのかということについて、私個人が感じたことを整理して、まとめとしたいと思います。
■WSISが生み出したもの
そもそも文書だけでも、WSISは多くのものを生み出しました。 WSISの本会議で議決されたアジェンダやコミットメントなどだけでなく、Civil Society(CS=市民社会)は独自のデクラレーション(宣言)を出しました。コーカスによっては、独自のデクラレーションやステートメント(声明)を出したところもあるようで、プレスリリースを含め、さまざまな文書が飛び交う一日でした。
ホテルに帰ってからも読み続けているのですが、すべてに目を通すことはとても無理です。ですので、きちんと確認しているわけではないのですが、前の報告(第3回)のとおり、具体性に欠けていて続きはこれから、という結果だったように思います。つまり、インターネット・ガバナンスで言うと、Internet Governance Forum(IGF=インターネット・ガバナンス・フォーラム)を作ってこれから考える、というものです。
ただし、だからといってすべてがIGFが決めるのかというとそういうわけではなく、技術的な問題や、すでに他で運営されている問題には踏み込まない、ということになってるようです。例えばドメインネーム管理などを担うICANNなどはそのまま作業をし続けることになるのではないかと思われます。ということは、IGFはより広くインターネット・ガバナンスを考える機関になるということなのでしょうが、それで何を出すのか、範囲もあまりに広すぎはしないかと、疑問が次々出てきそうな結果だともいえるでしょう。
他の点では、例えば原田先生が大活躍されたCultural diversity(文化の多様性)や、私もよく参加していたPersons with disabilities(障害を持った人)などは、具体的な言及もされており、非常に成果が出たのではないかと思います。他にもジェンダー・コーカスなんかも比較的意見が反映されていたのではないでしょうか。WSISの本会議では浜田代表がスピーチもしていました。一方で、人権の尊重をうたいつつもサイバー犯罪とテロリズムとを一括りにして、セキュリティの重要性をたびたび指摘するなど、問題点が残りそうな部分も多々見られました。
あくまで実感で言わせてもらえば、CSの中でずいぶんと差がついたような気がします。インタビューでも所属しているコーカスごとに「ジェノバより良かった」という人と「ジェノバから進展がない」という人に完全に二分されました。なぜそうなったのか、ちょっと考えてみたいと思いました。
■情報社会の“守護者”は誰か?
このように、あいまいな結果といえるWSISでしたが、多くの議論に参加してみて思ったのは、現在の論争は詰まるところ、今後の情報社会の“守護者”は誰で、何をどう守るのか、ということを論じていたのではないかということです。例えば、ガバナンスの話でいえば、アメリカなどは今でもインターネットの“守護者”のつもりで、今後も永遠にその立場すなわち特権を維持するつもりのようです。
それに対して南北格差に苦しむ途上国は、一国独裁では「途上国の利益」を守れないとし、自らを新しい“守護者”にできるような組織を望むわけです。その“守護者”は国に限りません。自由な市場としての情報社会の“守護者”たろうとする大企業、情報社会内でも国際課題の“守護者”として振舞おうとする国際機関、さらには今までインターネットの運用を守護してきた技術者も“守護者”としての自負があるでしょう。
こう考えるとCSも、ある意味で“守護者”たろうとした、と言えるのではないでしょうか。文化的マイノリティーの守護者、情報アクセシビリティの守護者、女性の権利の守護者...。ヒューマン・ライツで言えば、まさに表現の自由を守護するために、サイバー犯罪への安易な言及に反対してきたわけです。このようにWSISは、情報社会の中で、誰が、何を、どのように守護するのか、ということが議論されてきたのではないかと思いました。代弁者というよりも守護者を巡る論争として捉えれば、現在のWSISの論点が、ある一点でデッドロックする理由がわかります。
つまり、「なぜあなたが守護者なのか・・・守護者としての正統性」です。このように、情報社会という空気のように必要不可欠なものを、誰が保障するのかという守護者をめぐる争いが、今回のWSISの経過だったのではないかと感じました。
■では私達は?
議論の経過は良いとしても、WSISの成果は結局あいまいなだったと言えるのではないでしょうか。最後に、WSISが確かに残したものを2つ上げて、終わりにしたいと思います。まず、WSISが長いプロセスを経て成果を出そうとし、それに多くの人々が真剣に関与し続けた事実そのことが、情報社会が地球環境や経済同様、いやそれ以上に必要不可欠であり、あらゆる努力を払ってもその守られるべき何かを含んでいることを、明確に証明しました。
ジュネーブとチュニス、2度のフェーズにわたった長い議論の積み重ねは、文書に反映されても反映されなかったとしても、誰しもが情報社会の中で必ず守らなければならない何かを持っていて、それを守り続けることがなにより重要であることを、それぞれ確認した過程であったことは、確実に評価できるでしょう。
もうひとつ、それらの“守護者”を巡る論争の中で、利用者である私たち市民が、その中の“守護者”の一人でないわけがない、ということもわかりました。私たちがネットの利用者で(この文書をお読みの中でそうでない人はいないはずです)、情報社会を構成する一部であるならば、必ず守らなければならない何かをもっていて、その“守護者”でなければならないのではないか、ということです。WSISはそのことを私達に実感させる機会でした。では、私達は何を、どのように守るのでしょうか。
最終日の夜、APC(Association for progressive communications)の打ち上げコンパでも、「WSISははじまりにすぎない」という声を多く聞きました。そのとおりだとおもいます。WSISは終わりましたが、情報社会は終わりません。むしろこれからも私達は、この情報社会で生きていかなければなりません。WSISの最大の成果は、私達が今までこれらの問題をどれくらい考えながら、ICTを使ってきたのか、今後どのように利用するつもりなのかを、明確に突きつけるはじめての場だったことにあるのではないでしょうか(シリーズ終わり)。
(レポート=柴田邦臣/大妻女子大学社会情報学部、ViVa!コンテンツサポーター、写真も)。
<短期連載>WSIS Tunis現地レポート <第1回> <第2回> <第3回> <第4回> <第5回>
<関連HP>
■国内のサイト
・市民コンピュータコミュニケーション研究会(JCAFE)
・市民のための情報とIT技術のサイト(JCAFE運営)
・障害保健福祉研究情報システム
・国連のサイト
・総務省
■海外のサイト
・世界情報社会サミット公式ページ(英語)
・進歩的コミュニケーション協会(APC)「市民社会と情報社会サミット」
・World Summit on Information Society
・World Wide Volunteer
今日はいよいよ、WSISの最終日です。いろいろなことがありそうですが、ご報告しなければならないこともたくさん残っています。みなさんの大半は、Final Agenda(ファイナル アジェンダ)やFinal Commitment(ファイナル コミットメント)はどうなったんだ、サイバー犯罪条約やネットガバナンスは?とやきもきなさっていることでしょう。でも、WSISで行われているのはそれらの議論だけではありません。そこで、今日は方向性を変えて、併催されている展示会、ICT4ALLについてもお伝えしたいと思います。
■日本の展示ブース「Japan Pavilion」を見る
ICT4ALLは、WSISに併催されて、情報系の企業などが出展している展示会です。最初の写真(上)は、日本の展示ブース、「Japan Pavilion」の風景で、多くの人でにぎわっていることがわかると思います。展示を見ている人に感想を聞いてみると、「とても興味深い」、「全ての展示の中で一番いいのではないか」という話をしてくれました。カメラとパソコンを背負った英語ブロークンなこちらが、日本人であることがばればれであったとしても、リップサービスであったとしても、うれしいものです。
このような日本の展示の統一テーマは、「Ubiquitous」(ユビキタス)です。誰でもいつでもどこでもネットワークという細かな内容は調べていただければわかると思いますおきます。WSISにおいても、日本というとユビキタスという感じで、広報に力を入れている分野です。竹中大臣もスピーチで言及する力の入れようでした。
■ユビキタスは世界の未来にもなりうるか?
総務省を中心に、ユビキタスのセッションも開催されました。多くの人々が参加していて、100部刷ってきた資料があっという間に無くなり、「日本人の人は資料を取らないで譲ってください」ということになっているほどでした。司会のNHKの道傳さんをはじめ、松下、NTTコムウェアなど、そうそうたるメンバーがパネラーとして報告していて、全般的に健闘が目立つ今回のWSISでも、特に注目を浴びた分野であったことは、疑う余地がなさそうです。まさに日本渾身の企画といえるでしょう。
このレポートでは結構シニカルなことも書いてきたのですが、このユビキタスは上手くいってくれるといいと思っています。日本の情報通信企業が総力を挙げようとしているこのユビキタスこそが、今後の日本経済の命運を握っているといっても過言ではないからです。
少し引っかかるのは、ユビキタスという用語を使っているのがまだ日本のみ、というところです。それがまた端緒、つまり日本が世界の先端を走っているのか、それとも世界の流れから浮いてしまっているのか、まだわからないところもあるかもしれません。ただ、これが駄目なら日本経済の未来に濃い暗雲が垂れ込めるもの事実です。オーバーなことを言えば、私達はこの情報社会において、経済大国としての「最後の賭け」をしているのかもしれません。
世界は、その技術力には確かに注目していました。次には理念が共有されなければなりません。ユビキタスは写真のように「Ubiquitous Network Society」になってはじめて意味を持ちます。WSISがその契機なるのか、注目していきたいと思っています(つづく)。
(レポート=柴田邦臣/大妻女子大学社会情報学部、ViVa!コンテンツサポーター、写真も)。
<短期連載>WSIS Tunis現地レポート <第1回> <第2回> <第3回> <第4回> <第5回>
<関連HP>
■国内のサイト
・市民コンピュータコミュニケーション研究会(JCAFE)
・市民のための情報とIT技術のサイト(JCAFE運営)
・障害保健福祉研究情報システム
・国連のサイト
・総務省
■海外のサイト
・世界情報社会サミット公式ページ(英語)
・進歩的コミュニケーション協会(APC)「市民社会と情報社会サミット」
・World Summit on Information Society
・World Wide Volunteer
今日は11月17日。私は今、WSISの本会議(WSIS Plenary)の会場にいます。我らが竹中平蔵総務相のスピーチ中なのですが、発音は良いのですけれど内容はそれなりみたいなので、暇をもてあまして原稿を書いています。本会議場にはOverpass(参加証)が必要ですが、会議の状況を伝えるという仕事の理由ができて、時間も取れたので、いろいろな意味でこのレポートを書くことができました。
■いよいよ本会議、事務総長の言葉に関心高く
WSISの本会議は11月16日に始まりました。ですので、このレポートは一日遅れになっています。その理由は後述しますが、昨日はいろいろなミーティングに参加したり、インタビューしたり、お酒を飲んだりと大変だったのです。
本会議ではアナン事務総長のスピーチがありました。今は比較的空いている本会議場のホールも、そのときばかりは大変な混雑でした。参加証を持っていない人は食い入るように外のモニターを見つめ、中には入り口に詰め掛けて騒ぎになったりもしていて、彼の言葉への関心の高さを伺わせました。終わった後で周りの人にインタビューしたのですが、評価は二分されました。「重みのあるよい内容だった」という人もいれば、「踏み込みが弱くがっかりした」という人もいました。ただ、全体的には後者の方が多く、私もせっかく彼の地元アフリカでの開催なのですから、もっともっとそのあたりに分量を割いてもよかったのではと思いました。人や団体による立場の違いもあるのでしょうが。
■CSに対する態度の厳しさを実感
さて、昨日大変なことになっていたのは、もちろんWSIS、特にCivil Society(CS)で、私はそれに引きづられて右往左往していただけです。そもそも、昨日のCSPlenary(CS総会)もおかしなことになっていたようでした。浜田さんや原田先生によると、外で聞こえていた拍手や歓声は、実はチュニジア関係のNPOなどの発言に向けたもので、しかも、同じようなことを交代で何度も発言して議事を止め、それに対して一部から拍手が起こる、というようなものだったようです。チュニジア政府の差し金とは思いたくありませんが、議事妨害に近いものといわざるを得ません。
CSに対する態度の厳しさは、あらゆる方面で感じることができます。例えば、ネットが自由に使えるサイバーカフェがあるのですが、プリントが一人10枚までと決まっています。それでは自分達の資料はおろか、WSISのアジェンダも全部印刷することができません。常に係りの人が見張っているのでどうして駄目なのか聞くと、「CSのスペースで印刷しろ」ということになります。何か資料をもらおうとしても、すぐ「CSで聞け」と言われたりして、がんばってやっともらえる有様です。
一方のCSのスペースはというと、事務局と会議室が4つ、小会議室が3つ、あとは机が数個、パソコンと紙切れのプリンタが5台ぐらいで、そこをみんな交代で使っているのが実態です。私もよく床に座り込んで、パソコンの電源を奪い合っています。
以前の国連のサミットに比べ、NGO、NPOはCSとして、より正式に認知されるようになり、会議での発言権を獲得したり、環境を提供されたりと、扱いが良くなっていると言われたりします。しかし、その一方でWSISでは、発言しても意見が反映されなかったり、実際の決定段階で参加できなかったり、狭い場所に押し込められたりします。いつも込んで混乱しているCSスペースを見ていると、会場の隅っこに飛び出すかたちであることもあって、まるでガス抜きの弁であるかのように感じるのは、うがちすぎでしょうか?
■アジェンダ(Agenda)とCommitment(コミットメント)
先ほど、最終のアジェンダとコミットメントが発表されました。延長戦を繰り広げて、やっと出たようです。私の周りの人の評価も、また分かれていますが、全般的にすべて納得のいくないようではないようです。さっと見た限りでも、例えば、障害者向けや文化的多様性に関しては大きく言及されている一方で、問題が多いサイバー犯罪条約に関する言及も入りました。関心を持つ方も多いであろうネットガバナンスに関しては、インターネット・ガバナンス・フォーラムが設置され、そこで議論されることになりました。以上については、詳しくわかり次第、お届けしようと思います。
それにしても今日は情報に振り回された一日でした。「アメリカがどうこう」「ホストのチュニジアがどうこう」と。アジェンダとコミットメントにCSの意見が十分反映されていないので、CS独自に宣言(CSdeclaration)を出すということになりそうですが、それもホストカントリーの意向で事務局が認めないのではないか、という噂まで流れています。
このWSISでCSは正規のメンバーとして招かれ、共に情報社会を構成するメンバーであるはずです。誰がサミットを動かし、誰が動かされているのか、考えてしまう出来事が多くなっています。(つづく)
(レポート=柴田邦臣/大妻女子大学社会情報学部、ViVa!コンテンツサポーター、写真も)。
<短期連載>WSIS Tunis現地レポート <第1回> <第2回> <第3回> <第4回> <第5回>
<関連HP>
■国内のサイト
・市民コンピュータコミュニケーション研究会(JCAFE)
・市民のための情報とIT技術のサイト(JCAFE運営)
・障害保健福祉研究情報システム
・国連のサイト
・総務省
■海外のサイト
・世界情報社会サミット公式ページ(英語)
・進歩的コミュニケーション協会(APC)「市民社会と情報社会サミット」
・World Summit on Information Society
・World Wide Volunteer
今日11月15日は、準備会合PrepCom-3の最終日です。JCAFEの浜田代表と原田先生は、それを受けてこの夕方開かれている、Civil Society(CS=市民社会)の全体会議(Plenary)に出席しています。私は入れなかったので、外でこの原稿を書いています。時々激しく拍手も起こっています。中で何か良いことがあったのでしょうか。期待が持てます。
■アジアからの参加
さて、今日はJCAFEのメンバーが参加している、Asia-Pacific caucusのミーティングがありました。フィリピンから参加のAIさん(写真右から2番目)がコーディネーターで、メーリングリストの管理者は浜田さん(写真左から2番目、一番左が筆者)です。WSISの状況に関する情報交換とともに、本会議へのOverpass(参加証)や、今後の活動などについて話し合いました。写真では酔っ払っているようにしか見えませんが、終わったあとのコンパの風景だからで、日本からは会津泉さん、そして慶応義塾大学の森祐介さんも参加して、議論を戦わせていました。
WSISのアクターは、大きく、政府、国際機関とともに、企業(Private Sector)、そして市民社会に分かれています。CSは、地域別と、テーマ別、課題別のグループなどに分かれ、地域での特色や個別テーマでの問題をWSISでの議論に訴え、反映させる活動を続けています。このような地域別、テーマ別での知識の集積こそが、政府・国際機関・企業とは異なった力を、市民社会での活動に与えているわけです。
■WSISの中での“障害者”
今日はもうひとつ、ぜひご紹介したいCaucusがあります。国立身体障害者リハビリテーションセンターの河村宏先生が中心になっているPersons with disabilities(PWD=障害を持った人)です。私も日々実感してきたのですが、ICTはさまざまな障害のある人たちにとって、価値の高い、不可欠なエンパワーメントツールとなっています。しかしそのような状況は、初期のWSISのプロセスでは十分認知されていませんでした。そこをPWDが中心になって提言し、知らしめて、反映させてきた経過があります。日本障害者リハビリテーション協会の野村美佐子さんなど、DAISYコンソーシアムに関わる多くの方々が携わっており、世界において日本がその一翼を担う、誇れる業績のひとつだといえるでしょう。
11月15日には、DAISYコンソーシアムのグローバル・フォーラムがありました。私も行ったのですが最初はすし詰め状態の盛況ぶりで、中に入って聞けませんでした。静岡県立大学の石川准先生の講演があったとのことで、以前、ジョークを交えた英語のスピーチをお聞きして以来、すっかりファンになった私としては極めて悔やまれるところです。個人的事情はさておき、世界が、これまで特別な問題と思われてきたいわゆる“障害者福祉”とされる分野でのICTに、熱く注目していることをわかっていただけるのではと思います。
■コミュニティが織り成す情報社会
この日はもうひとつのセッションに参加してきました。ご存知マイクロソフト(株)のCommunity Affairsが開催したものです。前述のとおり、浜田さんと私は、日本ではマイクロソフトが行っているUPプログラムをきっかけに知り合いました。このセッションでは、世界各地でのマイクロソフトの支援事業について聞くことができ、世界企業が社会貢献をめざす場合の範囲、そして内容のあまりの幅広さに、いろいろ考えさせられました。
そこでパネラーとして参加していたのがBrosnanさん(写真左下)です。彼はアイルランドのジャーナリストで、NPOの活動家で、詩人でもあります。その自己表現を担うのはWords+というソフトです。彼はパソコンを使って、日常会話、文書作成はおろか、メールやウェブまですべてこなし、著名な活動家としての業績をお持ちでいます。彼がマイクロソフトのパネラーとして講演し、議論にも参加しているという事実もまた、情報社会の重要な成果なのです。
WSISに参加してもっとも強く感じることは、いろいろなコミュニティが、人々が集まって、情報社会を作り上げ、織り成しているということです。その中では、ITUも、国家も、アメリカも、日本政府でさえ、ひとつの参加アクターに過ぎません。今、WSISでも、発言できる組織の正統性が問題になっていると聞いています。国家や企業と異なり、組織としての裏づけが弱いCSの各コーカスは、どうしてもその問題に直面してしまうようです。しかし逆に、さまざまな会合で政府代表が発言し続けるのを聞いていると、その意見がどこまで正当に現在の情報社会を代表したものなのか、疑問が湧き上がっています。
いよいよ明日、本会議がはじまります。もうできることはあまりなく、さじは投げられた状態だといってよいでしょう。WSISの成果が、現在の情報社会のあり方を正しく代表し、そのよさを生かしてくれるものであることを願ってやみません。(つづく)
(レポート=柴田邦臣/大妻女子大学社会情報学部、ViVa!コンテンツサポーター、写真も)。
<短期連載>WSIS Tunis現地レポート <第1回> <第2回> <第3回> <第4回> <第5回>
<関連HP>
■国内のサイト
・市民コンピュータコミュニケーション研究会(JCAFE)
・市民のための情報とIT技術のサイト(JCAFE運営)
・障害保健福祉研究情報システム
・国連のサイト
・総務省
■海外のサイト
・世界情報社会サミット公式ページ(英語)
・進歩的コミュニケーション協会(APC)「市民社会と情報社会サミット」
・World Summit on Information Society
・World Wide Volunteer
世界情報社会サミット(WSIS)の第2フェーズが、チュニジアの首都、チュニスのKram Palexpoではじまりました。JCAFEからは浜田忠久代表理事のほか、会員ら数人が参加しています。この短期連載では、大詰めを迎えたWSISの現地から、JCAFE会員で大妻女子大学社会情報学部の柴田邦臣さんによるレポートをお届けします。
■はじめに―準備会合はすでにスタート
私は、昼間は大学で働いていて、夜はJCAFEの会員や仙台のNPOの運営に携わっています。昨年まで仙台の大学院にいて、主に障害者がパソコンを使うための補助技術(electrical Assistive Technology)のボランタリーな支援に関わってきました。
仕事で東京に出て、マイクロソフトの支援プログラムで浜田代表とご一緒させてもらい、JCAFEにも参加するようになりました。今回は本務もかねつつ、JCAFEのサポートとしてWSISに参加しています。JCAFEからは、浜田さん、東京大学大学院の原田先生、そして私が参加しています。
さて、WSISは11月16日から18日まで開かれます。現在(執筆時)は15日で、チュニスに来たのは2日前のこと。なぜこんなに早く来たのかというと、国連の準備会合(Resumed PrepCom-3)がすでに始まっているからです。本番前からいきなりすごいことになっているようです。
ここでWSISについて簡単に説明しますと、WSISは、国連が開催している世界会議の一つで、主な目的は、情報社会についての共通ビジョンの確立及び理解の促進を図るとともに、そのビジョンの実現に向けて協調的に発展していくための宣言と、戦略的な行動計画を策定することです。会議期間中は、各国政府首脳レベルや国連を中心とする国際機関、産業界、NGO、市民社会など広範な分野から参加者が同地に集まります。
2003年12月にジュネーブで開かれた第1フェーズでは、情報社会に関する共通ビジョンの確立及びこのビジョンの実現に向けて協調的に発展を遂げるための基本宣言と、行動計画が採択されました。今回の第2フェーズでは、ジュネーブ基本宣言と行動計画の具体的な実施方策とその体制に加えて、前回先送りとなったインターネットガバナンスなどの課題が検討され、「チュニスサミット文書」が採択される予定です。
WSISに関するより詳しい説明はJCAFEに、また、少し難しい話や交渉は浜田代表のサイトに譲ることにしましょう。また、原田先生はいずれ企画されるであろうJCAFEの報告会で、ご担当のCultural diversity caucusに関するタフ・ネゴシエーションの顛末をご解説してくださると思います。私はこの場を通して、実際に会場で渦巻く感覚、皮膚感覚のようなものをお届けすることで、JCAFEの責務の1つである情報社会に関する情報共有の一助にしたいと思っています。
■チュニスはWSIS一色!パラレルイベントなども開催
さて、本会議場では、9月のジュネーブで終わらなかった準備会合が続いています。が、座席が決まっているので、会議場に入れない私達は蚊帳の外です(そのわりには自由に出入りしている人もいて、結構あいまいみたいですが)。"Kram Palexpo"は東京ビッグサイトのような会場で、そこを仕切りと天井で覆って本会議場と、様々なパラレルイベントを併催する部屋、ブースなどを設営しています。
私も"Media Justice Now"主催のパラレルイベント(左写真)のひとつに参加してきました。最後に「Media Justice!」とチャントを掛け合う、とてもフレンドリーで積極的なミーティングでした。詳細な報告は後日行いたいと思います。
現地では、まだすべての会場が完成していません。会場では、関係者が難しそうな話をしている隣で、チュニジアの大工さんらしき人がトンカンとマイペースに作業を続けていて、本当に間に合うのかとこっちが心配になります。入場のための厳しいセキュリティチェックゲートがあるのですが、そこから会場に向かう通路も途中で切れいて、外で遊んでいる現地の子供がひょいっと柵を越えてきそうです。今回のサミットのホスト、チュニジアの人たちは、しっかり仕事をする一方で、結構おおらかなところがあるようで、国連のサミットにしてこの状況。ある種のギャップに驚かされます。
それでも、チュニスはサミット一色です。一番驚いたのが、10個ぐらいある空港の入国審査カウンターの半分以上が、WSIS関係者専用になっているところでした。冒頭の写真のように、町中に「Tunis hote de SMSI」(Tunis host city of WSIS)のポスターが張られているだけでなく、現地のテレビのトップニュースはすべてWSIS関係、かつCMもWSISスポンサーのTunisie Telecomのもの(しかもWSISバージョン)ばかりで、町中がWSISを歓迎している雰囲気とを出そうとしています。また、同時に、WSISのポスターやICT促進のビラも、あちこちに張られています。ここチュニスでも、「輝ける未来のために、ICTをやるのだ!」という国の意思を、明確に感じることができます。
一方で、泊っている安宿に行くために一本路地を入ると、まったく違う感覚を得ることができます。宿の主人は少し英語が話せるのですが、サミットが開催されていることは知っていても、その内容は良く知らないそうです。それでも、「チュニス中の宿が満室だ」ととてもうれしそうでした。食堂のおばさんはフランス語しか話せないのですが、サミットを知らないようでした。それでもいつもより忙しいらしく、笑顔で5ディナール(日本円で450円ぐらい)の大盛りクスクス(現地マグレブ地域の名料理)をサーブしていました。道を間違えて警備の警察に怒られているシャトルバスの運転手も、辻々に立たされているサブマシンガンつきの兵隊も、なんとなくみんな、うれしそうな雰囲気です。
WSISは情報社会の今後をまさに規定しつつある、重要かつ深刻な場です。それでも一歩外を出ると、「いつもよりお客の多い日常」でしかありません。会議で話されている内容と、セキュリティゾーンの外の日常のとギャップには、大げさではなくめまいを覚えそうな気がします。宿の主人も食堂のおばさんにも、道々に立たされている兵隊さんにとってさえ、WSISはまったく彼らの情報化と関係のない形ではじまり、そして終わるのでしょうか。
■現実社会とのギャップに見るデジタルディバイドの実像
ご承知のとおり、 チュニジアはいわゆる「発展途上国」であり、そういった国にありがちの官製独裁国家だといえるでしょう。パソコンに夢を託すようなWSISのポスターの横には多くの場合、現大統領の写真(右写真)も掲載されており、お決まりの「経済活性化と政権高揚」の同居もあります。
それにしても、会議をホストする側も、される側も、大統領も、そして市井の市民も皆が、違和感を感じないままにWSISが開催に向かっているように見えるのは不思議な感覚です。大統領の、誠実さを装った不自然なポーズ同様、あまりにそのギャップが露骨すぎて、逆に違和感がないように感じるのかもしれません。
現実にチュニジアの市民の大半が生活しているのは、ICTはおろか、見ているテレビに走査線がいっぱい入るような世界ですが、それでも、貧困から抜け出し、経済発展に必死の政府と、日々の食い扶持のためにその祭りに付き合う市民とは、動機や論理は異なっているとはいえ、WSISと情報社会を歓迎しています。
WSISはあいかわらず「会議は踊る」のようです。でも、たとえ今回すでに危惧されているように、WSISが画期的な成果をもたらすことができなくても、もうすでにひとつ、重要な意味をチュニジアの人々に、そして参加者である私達にもたらすことに成功しています。それは、「お客としてお金を落とす」だけではありません。単に「途上国で開催する」という事実だけで、WSISは、デジタルディバイド、そして南北問題を確実に証明しているのですから。 そして、これらのギャップこそが、デジタルディバイドの実像であり、WSISがもっとも試されているところなのではないでしょうか。
このように、さまざまな問題を内外に抱えつつ、WSISは最後のプロセスに入りました。そのようなWSISは、私たちに何をもたらすのでしょうか。そして、そこで私たち市民は何ができるのでしょうか。この短期連載が、そうした問題をみなさんとともに考える一助やきっかけになれば幸いです(つづく)。
(柴田邦臣/大妻女子大学社会情報学部、ViVa!コンテンツサポーター、写真も)。
<短期連載>WSIS Tunis現地レポート <第1回> <第2回> <第3回> <第4回> <第5回>
<関連HP>
■国内のサイト
・市民コンピュータコミュニケーション研究会
・障害保健福祉研究情報システム
・国連のサイト
・総務省
■海外のサイト
・世界情報社会サミット公式ページ(英語)
・進歩的コミュニケーション協会(APC)「市民社会と情報社会サミット」
・World Summit on Information Society
・World Wide Volunteer
<2005年10月10日、OurPlanet-TV(東京・文京区他で)>
世界には様々な問題があるのに、視聴率重視の既存のテレビ局では、世界や地域で起きている現実を十分に伝えているとはいえない・・。マスメディアが見落としがちな事柄にも光をあて、インターネット配信している独立系映像メディアのOurPlanet-TVでは、10月10日に行われた「東京夢舞いマラソン」で、市民主体のマラソン中継(インターネットによるライブ配信)を行った。このインターネット中継に、実際にボランティアとして参加した。
■東京夢舞いマラソン・・都内42.195kmを走る市民ランナー達
「世界の先進国主要都市には例外なく万人単位のランナーが参加できるマラソン大会がある。トップランナーもファンラン・ランナーも、障害の有無を問わずに誰もが走れるマラソン大会を都心に創設したい。」という想いから始まった「東京夢舞いマラソン」。
2001年に77人のランナーが走った初回から大会は規模を大きくし続け、6回目となる今年は2500名の参加者を募集するまでになった。現在はまだ実現には至っていないが、車道を走る本格的な国際市民マラソンの開催という夢に向けて活動している。今回のコースは、日比谷公園をスタートし、ほぼ都営大江戸線に沿って歩道を走る42.195km。レースではなく、制限時間もないため、観光名所を走りながら見物できる。
■インターネット中継前日
今回のこの中継、実は東京夢舞いマラソン開催の2週間ほど前に急遽実現が決まった企画だという。マラソンコースのスタート・ゴールである日比谷公園と、コース途中の4ヶ所に中継ステーションを設置、ボランティアがカメラとPCをインターネットにつなぎ、ライブ放送を実現する計画が立てられた。
マラソン大会前日の10月9日、OurPlanet-TV事務所において、ボランティア説明会が開催され、約30人ほどが集まった。当日の役割分担が配布されて確認すると、私は浅草中継ポイントのカメラ担当。ほとんど操作したこともないのに、大丈夫なのだろうかという不安がよぎるが、他のボランティアも初めての役割が割り振られているケースばかりなので、妙な安心感も覚えた。続いて、役割ごとに当日の中継の流れ、中継地点毎のポイントなどについて説明があり、随時質問を交えて確認が行われた。
説明の後は、実際に各中継ポイントに出向き、下見と配信確認を行う。浅草チームは、映像編集の仕事をしているという女性がディレクター、リポーターにはインターネットでイベントのことを知って応募したという女子大生、エンコーダーにはOurPlanet-TVでインターン中の男性、そしてカメラマンの私の4人。
皆で手分けして機材を持って移動する。現地に到着後、PCを設定し、持参したケーブル(100m)でインターネットにアクセスできるように作業。その後、カメラをつなぎ、ケーブルを伸ばして、カメラ位置などを決める作業に入る。当初はケーブル100mの長さを生かし、カメラが動く撮影が想定されていたのだが、実際には、ケーブルをさばきつつ動くのはかなり大変であることが判明。歩道上での撮影なので、道にケーブルを這わせると歩行者・ランナーが引っかかる危険性が大きいのだ。
その反面、浅草らしさを出すのに雷門を入れたい、とか、給水所のボランティアの様子も撮りたい・・ということもあって、なかなかポイント設定が難しい。しかし、しばらくの試行錯誤の後、カメラ位置も含めて中継の大雑把な流れも決まり、一安心。
あとは配信確認のテストを待つばかりになったのだが、何か機器トラブルがあったとの連絡に一同不安になったものの、待つことしばらく、ようやくテスト開始可能の連絡が入ってホッとする。カメラを回して周りで見守っていると、PC画面にカメラの映像が映った!しかも、かなりクリアな映像だ。カメラ付属マイクしかないので危惧していた音声も、きちんと伝わってきているし、技術の進歩はすごい!と関心。ただ、カメラとインターネット配信には約20秒のタイムラグがあるので、それが少し不思議な感じがした。その後、テストOKの連絡があり、大会前日の準備は終了となった。
■雨にも負けず・・走る気満々のランナー達
翌朝、窓を開けると外は雨。しかもかなり降っている。どうなるのだろう・・と不安になる中、日比谷公園に向かった。地下鉄の日比谷駅の改札を出ると、あちこちに夢舞マラソンのゼッケン、Tシャツをつけた参加者が見受けられる。カッパを着たり、ビニールを上から被ったり、レインコートを着たりと皆さんの雨対策は万全で、そこに走る意気込みが感じられ、本当に走るのが好きなのだという印象を受けた。
マラソンのスタートは9時。スターターは、オリンピック金メダリストの荻原健司さん。そして、ついにスタート!その頃には雨は少し小降りになっていた。信号のある歩道を走る42.195kmの始まりだ。今回はランナーの他に、走路・給水所スタッフ、本部スタッフで400名を超えるボランティアも活躍している。
■浅草中継ポイントにて
さて、9時にスタートしたランナー達だが、信号のある歩道を走るため、30km地点手前の浅草中継ポイントに到達するのは11時過ぎと予想される。浅草中継ポイントでは電源等をお借りしているお店「まるごと北海道」の開店時間に合わせて集合、カメラのセットアップ、ネットの接続確認を行った。少し離れたところにある給水ポイントでは、ボランティアの方々がテントを設営し、準備に余念が無い。
雨は小降りにはなったものの降り続いており、カメラ、PCへの影響が心配される。そのため、昨日打合せた撮影ポイントを変更、お店の軒先にPCを設置できるようにセッティングすることに。雷門とランナーを捉えられるように三脚を設置して、カメラを回し始める。
インターネット中継のメイン画面の映像はメイン会場で操作するのだが、地図中の各中継ポイントをクリックするとサブ画面でその地点のカメラ映像が流れる仕組みになっているので、サブ画面がつながった時点で中継は実質開始となる。最初にメイン画面に流れた中継は、青山のキラー通りから。ランナーが次々に走り抜けていく様子が送られてきた。
浅草の前の中継地点は隅田川なので、そちらの映像を確認しつつ準備を進め、ランナーを待つ。隅田川の中継では、夢舞マラソンのテーマ曲を歌う「ひなたぼっこ」のライブの準備の模様なども見えて面白い。そうこうするうちに、とうとう最初のランナー集団が浅草に到着!カメラでランナー達を捕らえ、リポーターがゼッケン番号を読み上げて声援を送る。
それからは、(たぶん信号の関係で)ある程度の間隔を置いてランナー集団が通り過ぎるたびに、ゼッケン番号を読み上げて声援を送り続けることとなった。それにしても、30kmを走ってきたというのにランナーの方々には疲れも見えない。信号待ちをしていらっしゃる所で感想を聞くと、一様に「楽しい!」という返答。本当に楽しんで走っていらっしゃる様子が印象に残った。
■ハプニング発生
さて、浅草にメイン画面の中継が回ってくる13時が近づいてきた。メイン会場とディレクターが携帯で連絡を取り、インターネットでメイン会場をチェックしつつ、タイミングを待つ。そして、「Go!」。リポーターがカメラの横で話し始める。浅草給水ポイントのボランティアで、日本に住む外国人のグループ「南蛮連合」メンバーのカレンさんのインタビューが終了。
続いて、お世話になっているお店「まるごと北海道」の店員さんのインタビューに移ろうとしたときに、ハプニングは起こった。カメラを移動する際、焦って引っ張り過ぎたため、カメラとPCをつなぐケーブルが外れてしまったのだ。慌てて復旧作業をするが、メイン画面の中継は日比谷会場に戻される。せっかく上手く行っていたのに・・。しかし、起こってしまったことは仕方が無い。再度インターネットに接続、気を取り直して浅草を走り抜けるランナーの姿を送り続ける。
タイミングを見て、再度メイン画面の中継で「まるごと北海道」インタビューを送ることになったのだが、その頃にはランナーがゴールし始めており、中継はどうしてもそちらに集中し、なかなかタイミングが無い。しばらくして日比谷から指示があり、インターネット中継最後に中継が回ってくる旨が伝えられた。
だんだんと走り抜けるランナーの数は少なくなってきて、とうとう最後を守って走るしんがり隊の皆さんが到着。そして、インタビューを受けるようにとの指示を受けたのですが・・と伝えてきた。これは浅草チームには初耳だったために少々戸惑ったが、ディレクターがメイン会場と連絡を取り、段取りを確認。無事に「まるごと北海道」としんがり隊のインタビューを中継し、終了!となった。
■ボランティアの手によるインターネット中継
この中継が可能となったのには、配信にかかわった約50名のボランティアスタッフの力が大きい。また、ケーブルの制作費やパソコンのレンタルなどで経費が20万円ほどかかったが、ストリーミングのホスティング会社「デジタルスタジオ」が無償でサーバーを提供してくれたほか、インターネット中継ポイントの確保には個人宅やお店が協力してくれるなど、さまざまな人や会社の協力を得た。
さらに、詳細は省くが、携帯電話FOMAを使用したネット中継も試みられ、予想を超えた成果を出したという。そして、マラソン中継最中には、設置されたインターネット掲示板への書き込みも行われ、同時性・双方向性を確認できるイベントになった。また、当日の中継内容は編集し、ホームページで見られるようにする予定とのこと。2週間という短い準備期間にも関わらず、これだけの物事をコーディネートして無事に中継を行ったということに、改めて驚きを感じる。
一流選手から障害者まで誰もが都心を走れる国際市民マラソンを目指す夢舞いマラソンを、市民のメディアをめざすOurPlanet-TVが中継した今回のイベント。今後、こういった市民の活動を市民が伝えていく試みがますます進んでいくことが期待される(野口朋子/インフォメーション・プランナー、ViVa!コンテンツサポーター)。
<関連HP>
・OurPlanet-TV
・東京夢舞いマラソン
・デジタルスタジオ
2005年7月27日にPARC自由学校で開かれた第七回JCAFEサロンでは、中村広幸さん(芝浦工業大学教授)から、社会的な意味でのアクセシビリティを考える必要があるというお話を中村さんからの問題提起というかたちでしていただきました。
情報分野においてアクセシビリティは、情報そのものが生み出す壁や情報機器の使い勝手が生み出す壁を取り除くことによって、誰に対しても情報へのアクセスを保証しようとすることだと考えられがちです。そのような議論はアクセシビリティを、インターネットにおける技術面のテクニックの問題として語られることが少なくありません。
それが間違っているわけではないのですが、中村さんが考えるアクセシビリティは技術的な議論に回収されるものではありません。中村さんの考えるアクセシビリティは、「個人が自分の意志によって何かに到達する権利」です。よって,それは誰もが対等な立場から情報にアクセスすることを担保することであり、「情報社会における人権」として考えられるべきものです。
→第7回JCAFEサロン「誰でもできる情報アクセスを」(JCAFEのホームページ)
世界には様々な問題があるのに、視聴率重視の既存のテレビ局では、世界や地域で起きている現実を十分に伝えているとはいえない・・。マスメディアが見落としがちな事柄にも光をあて、インターネット配信している独立系映像メディアであるOurPlanet-TV。同団体は、東京・文京区への事務所移転に伴い、情報発信ができるコミュニティースペース「メディア・カフェ」をオープン。2005年5月21日に一般公開され、交流会が行われた。
■「メディア・カフェ」を情報発信の拠点に
カフェの看板が置かれた建物の入口を入り、薄暗い階段を登って2Fへ。OurPlanet-TVの事務所は奥から2番目だ。中に入ると、本棚で仕切られて半分が事務所スペース、半分には机が置かれ、カフェ・スペースになっていて、思いのほか明るい。
このメディア・カフェは、誰もが気軽に映像制作や編集を学んだり、情報発信を行ったりできるコミュニティースペースで、映像編集に必要な機器や、映像を上映する設備を備えており、ライブ放送も可能だとのこと。カフェ・スペースには、通常のビデオ編集用にパソコンが3台設置されており、編集体験ができるようになっていた。また、部屋の反対側にはプロ使用にも適するパソコンが2台設置されている。

コーヒーや紅茶がセッティングされたスペース 部屋の一画にはコーヒーや紅茶がセッティングされたスペースがあり、本日のコーヒーは、ペルー産と東ティモール産をブレンドしたオーガニックのもの。今後は1杯100円のセルフサービス式になるとのことだが、今日はボランティアの有井嘉奈子さんがサービスしてくれた。
彼女は、OurPlanet-TV代表の白石さんが講師を勤めるフェリス女学院学生で、現在就職活動中の大学3年生。白石さんの授業を受講中で、今日のイベントには「いろいろな団体、会社を見てみようと思って」参加したという。授業を受けてNGO/NPOについて知ったという彼女にボランティアの感想を聞いたところ、「参加者は、何かモノを作っている人が多く、いろいろな人がいて面白い」「いい活動をしているのだから、一般の人にもっと知ってもらえたらいいのに・・」と答えてくれた。
■メディア関連書籍が充実の「メディア・ライブラリー」
メディア・ライブラリー 事務スペースとカフェ・スペースを半分に仕切る本棚は、ジャーナリストで元メディア総合研究所長の故・青木貞伸さんが遺した約1000冊のメディア関係書籍が詰まった「メディア・ライブラリー」(故・青木さんは、テレビ草創期から放送をめぐる問題を中心に批評、提言を続け、「NHKの革命」「メディアの生態学」「次世代メディアを考える」などの著書がある)。
OurPlanet-TVがメディア・カフェを開設するに当たり、メディア関係の書籍を集めたいと周囲に相談したところ、故・青木さんの蔵書が眠っていることを知る人に話しが伝わり、ライブラリー開設の話が実現することになったとのこと。汚れが目立つ書籍を綺麗にして、カフェオープン数日前にどうにか運び込んだという。メディア関連の貴重な蔵書も多いそうだが、まだ整理されておらず、これからデータベース化して活用したいとのことだ(現在は閲覧のみ)。
■交流会は大盛況
交流会が始まる16時に近づくにつれて参加者が次々と集まり、会場は40名以上の人で一杯になって熱気がすごい。あちこちで会話に花が咲いていた。その中の一人、最近ボランティア登録をしたというグラフィック・デザイナーの森田文明さんは、環境や社会貢献の取り組みをしていきたいと思い、最近会社を辞めたという。OurPlanet-TVのことは、環境gooに掲載された代表の小林りかさんのインタビューで知り、興味を持ったとのこと。まだ参加して日が浅いが、今後いろいろと活動していきたいと話してくれた。
事務局長の池田佳代さんによると、常時活動しているボランティアは約40人ほどで、学生が多い。ボランティアは、撮影や編集、イベントの手伝いなどで活躍しているとのこと。また、メディア研究をしている学生をインターンという形で受入れることもあるという。
交流会では、以前募集されたOurPlanet-TVロゴの授賞式も行われた。選ばれたのは、OurPlanet-TVの頭文字であるOとPを組み合わせ、双葉をイメージしたというデザインで、色は緑(図)。2005年にはNPO法人の認証を取得して、新しい事務所に移ったOurPlanet-TVが、このロゴの双葉のように、インターネットにおける市民のメディア発信の中心として、すくすくと育っていくことが期待される。(野口朋子/インフォメーション・プランナー、ViVa!コンテンツサポーター)
<関連HP>
・OurPlanet-TV
・環境goo(エコローグ:OurPlanet-TV 代表理事 小林りかさん)
・メディア総合研究所
・フェリス女学院大学
市民コンピュータコミュニケーション研究会(JCAFE)主催による第5回JCAFEサロンが、JCAFEの浜田忠久代表がスピーカーとなり、世界情報社会サミット(WSIS)をテーマに取り上げ、約20人の市民や研究者が参加しました。
世界会議や情報社会について世界共通ビジョンというと自分には縁遠い話だと思われるかもしれませんが、WSISで話し合われていることはインターネットを介した情報とのつきあいを避けられない私たちにとってはとても身近なものです。
しかし、現実は、WSISに関する報道は決して多いとは言えず、認知されにくい状況にあることは間違いありません。
そのような状況を大所高所から改善していくのは無理がありますが、身近なところから関心を広めて行こうと考え、種を蒔いていくための場としてWSISをテーマとしたサロンを開きました。
→第5回JCAFEサロン「世界情報社会サミット(WSIS)を知る」(JCAFEのホームページ)
第4回JCAFEサロン「メディア・ビオトープの造成にむけて」レポート
メディアやコミュニケーションの環境に関する「メディア・ビオトープ」という隠喩の体系を提唱されている水越伸さん(東京大学助教授)をスピーカーにお招きして、第4回JCAFEサロン「メディア・ビオトープの造成にむけて」を開催し、市民メディア活動やリテラシーに関心のある約20名の方々に参加していただきました。
「メディア・ビオトープ」を簡単に説明すると、テレビや新聞といったマスメディア(水越さんの隠喩を借りると「杉の木」)の陰に隠れて日の当たりにくくなっている小さいながらも多様なメディア活動を、面的につなげていくことでつくられるメディア環境のことです。だからといってマスメディアを打倒しようとするのではなく、マスメディアも市民のメディア活動も含めたメディアの多様性をもった環境のことです。
→第4回JCAFEサロン「メディア・ビオトープの造成にむけて」(JCAFEのホームページ)

番組放送中 私は2003年9月からワーキングホリデーでカナダに来ており、現在(2004年3月)は、西海岸の代表的都市バンクーバーに滞在している。先日、ボランティアベースで運営されているコミュニティラジオ局「Co-op Radio」が毎月1回行うボランティア説明会に参加してきたのでその活動内容などを紹介したい。
■週に90以上の番組をボランティアが製作
今回説明をしてくれたのは、有給スタッフの一人であるリラさん。参加者は私の他に、音楽を演奏したいという男性1人と、メディア関係の勉強を始めるのでラジオ放送を経験したいという男性1人の計3人だったのだが、毎回大抵10名前後の参加者があるということで、彼女は今回の少なさに驚いていた。
まずは簡単な自己紹介をしてから、リラさんがCo-op Radioの成り立ちや運営の仕組み、プログラム内容などについて説明をしてくれた。

スタジオをセットアップするスタッフ Co-op Radioは、共同出資で運営されているコマーシャル無しのFMラジオ局で、1974年にラジオ放送の許可を得て、1975年に初めての放送を行ってから今日まで30年の歴史を持つ。先住民や移民の人々など社会で軽んじられがちで声を上げにくい人々の声、コミュニティの声を代表することを目的としており、現在は週に90以上の多様な番組が放送されているのだが、それらの番組は全てボランティアによって製作されているというのが最大の特徴である。
番組は、「社会問題」、「音楽」、「芸術」、「英語以外の言語放送」という4つのカテゴリーに分類され、できるだけ多様性を持たせるようにという観点でプログラムは構成されている。ただし、人種、性別、宗教批判などに関連した番組は認められていない。新規番組の提案も随時受け付けており、その採用率は約50%程度とのことであった。ただ、放送枠には限界があるため、もし空き時間がなければ順番待ちのリストに登録して待つことになるという。
番組の中には20年以上の歴史を持つものもあるとのことで、例えば、ラテンアメリカの政治、文化、音楽などの情報をスペイン語と英語のバイリンガルで放送している「Ameica Ltatina al Dia」は27年、様々な話題について街頭インタビューを行う「Redeye」は20年の放送歴があるとのこと。長く続いているので安心して聞けるといういい点もあれば、その反面、それだけ続いていると変えるのが難しいという事情もあるようだった。
■Co-op Radioの運営の仕組み

番組放送中の様子 Co-op Radioの活動はそのほとんどがボランティアによって運営されており、現在活動しているのは約400名。ボランティアになると月に最低2時間の事務所での活動(電話かけ、掃除など)をすることが求められる。
また、ラジオ番組制作のボランティアをするためにはCo-op Radioのメンバーになって会費を払う必要がある。さらに、それぞれの番組には1時間の放送枠ごとに毎年700CND(1CNDは約80円)の資金を集めることが義務付けられているとのことだが、90%以上のボランティアが何かしらの番組制作に関わっているという。
ボランティア以外に有給スタッフとしてパートタイムが4人いて、それぞれが「会員管理・渉外」、「ボランティア」、「会計」、「技術」を担当している。他に職を持っているスタッフもいるが、リラさんはここでの仕事に専念しているとのこと。給料は月1,400CND程度なので決して高くはないし、パートタイムといっても仕事は忙しい。また、時間は不規則なので大変なところもあるというが、協同組織なので保険なども完備されており、カナダの経済状況が低迷している中では悪くない労働条件といえるのではないだろうか。それに、スタッフは何より、働き甲斐のある職場だから楽しいと話してくれた。
■Web radioサービスの開始を準備中

各番組のメッセージBox 一通り説明を聞いた後、リラさんについて事務所の設備を見せてもらった。2001年に設立当時のスタジオから程近い現在の場所に移ったとのことで、中はまだ新しい(建物自体はかなり歴史があるとのことだが)。1階と中2階があり、中2階には小さなオフィスが2つとミーティングスペース、1階には2つの放送用スタジオとレコーディング用のスタジオが1つあり、更に3つ目のスタジオを使えるように現在準備中とのこと。
私が訪問した時には一つのスタジオで男性が番組を放送し、3つ目のスタジオでは技術スタッフのダンがケーブルに囲まれて作業中だった。その他、それぞれの番組へのメッセージボックスや、いろいろなイベント情報の掲示板、音楽番組で使えるようにCDが満載されたラックなどがあり、事務所自体とてもよく整理されている印象を受けた。
実はこのスタジオ、麻薬中毒の患者が多いことで有名なダウンタウン東側の地域にある。技術スタッフのダンさんに怖くないのかと尋ねたところ、建物の周辺には監視カメラが設置されているし、特に問題はないとの答えが返ってきた。
また、Co-op Radioがこの地域にあり、多様な立場から発信し続けていくことには大きな意味があると思うとのことだった。さらに、将来的にはラジオなどの放送技術の訓練プログラムなども提供していきたいという計画があるとも話してくれた。

音楽番組用のCDはラックに一杯 最後にリラさんに、一番の課題は何かと質問したところ、すぐに「資金」との答えが返ってきた。予算は年に18万CNDで、現在約2,000名いる会員からの会費や寄付、バンクーバー市などからの資金提供を財源にギリギリで運営している。
少しでも出費を抑えるために、必要な物品については寄付を募ったり、ボランティアという人的資源を最大限に活用してCo-op Radioの活動を継続させようとしているそうだ。
Co-op Radioは残念ながらまだWeb radioのサービスはないが、現在開始に向けて準備中とのこと。Webサービスが開始されたら、多様な人々がつくりあげているCo-op Radioをぜひ一度聞いてみてほしい。
(野口朋子/インフォメーション・プランナー)
関連サイト
Co-op Radio
バンクーバー市

「NPO」「ネットワーク」「インターネット」..。これらのキーワードは、わが国における21世紀の市民社会を占う上で重要な要素となっている。なかでもインターネットの急速な普及は、社会全体を大きく変え、市民活動のあり方や可能性に大きな影響を与えている。インターネットは市民社会を、そして市民活動をどう変えるのか。こうした問題について話し合う「ネットワーキング2003 シンポジウム/市民社会とインターネット ネットワーキングの20年と未来への躍進」が、10月、東京、仙台、広島、神戸の各都市で連続して開催される。主催はNPO法人の市民コンピュータコミュニケーション研究会(JCAFE)だ。
■つながりのあり方を見つめ直す機会に
「ネットワーキング」について、日本では1980年代にさかんに議論された。その後、市民活動の分野にNPOという新しい概念が移植され、神戸大震災などでのボランティアの活躍や、NPO法の成立なども相俟って、それはまたたく間に広まった。
一方で、一般の市民の間ではインターネットが広まり、情報交流の手法に劇的な変化がみられる。このシンポジウムは、こうした大きな動きの中で、「人と人、人と組織、組織と組織の間にある信頼関係が社会をつくっていく」というネットワーキングの理念を見つめ直し、NPOやボランティアなど、こころざしや理念、目的を同じくする人たちのつながりのあり方を考えるのが目的だ。
「この20年あまりを振り返った上で、未来に向けて市民が主体となって参加していく社会づくりの将来展望について、インターネットの効果的な活用をふまえて検討することが必要であると考えて、このシンポジウムを企画しました」。浜田忠久・JCAFE代表はこう語る。
■ネット社会と市民活動全体を見る東京会場

会場となる立教大学8号館 全国4ヶ所のシンポジウムは、全体テーマに加えて、各地独自のテーマや目的を設定。開催地ごとに特色あるプログラムを展開する。
まず東京会場(池袋・立教大学、10月11日(土)~13日(月・祝))では、市民社会のネットワーキングについてローカル及びグローバルな視点の双方から検討。
13日の国際シンポジウム「市民社会とインターネット/ネットワーキングの20年と未来への躍進」では、1983年からオンライン・コミュニティを共同設立して主宰するリサ・キンボール氏とインターネット活用支援組織を設立して運営するリッチ・コワン氏が講演する。

シンポジウムホームページ また、フィリピンでメディアと情報通信技術(ICT)の民主化に取り組む「Foundation for Media Alternatives」が、同国の市民社会におけるメディアとインターネット活用とエンパワーメントの実際について報告するほか、韓国の情報通信支援NGO「進歩ネット」による韓国の市民社会のインターネット活用、マレーシアに拠点を置く母乳育児支援の国際的な連携体「世界母乳育児行動連盟」による組織を超えたコミュニケーション手法、フィリピン・ウガンダ・チリに事務所を持ち、女性の情報と通信の分野で活動し、市民ネットワーク形成に重要な役割を果たしている「ISIS International」によるグローバルな市民ネットワーク--などの事例が報告され、ネットワーキングの課題や可能性を検証し、日本における将来展望を探る予定だ。
さらに、国連世界情報社会サミット(WSIS)のアジアNGO会議(11日)や、情報社会専門家会議(12日)も同時開催し、多面的にインターネット時代の市民社会のつながりについて考え、「次のつながり」へと継続できる関係を構築する。
■開催地ごとに特色あるプログラム
このほかの地域では、10月16日の仙台市(せんだいメディアテーク)は、せんだい・みやぎNPOセンターらとの共催。ワークショップやセミナー、講演を通して、インターネットなどの電子メディアを活用しきれていないNPOや市民活動団体に情報発信活動を具体的にサポートすると同時に、市民活動とインターネットの関係を探り、ネットワーキングにおけるインターネットの役割や可能性について参加者と一緒に考える、多元的なプログラムを展開する。
また、18日の広島市(広島市まちづくり交流プラザ)は、ひろしまNPOセンターとともに、市民活動が自ら情報発信していく能力を高めるため、マスコミの情報操作を見抜く「メディアリテラシー」や、市民が自主制作番組を既存メディアで放送する「パブリック・アクセス」、そして、様々な情報をきめ細かに発信できる「インターネット」について学び、情報化社会のつながりの中で、市民自ら何ができるかについて考える。
さらに、19日の神戸市(クリスタルホール)は、KOBE“市民社会とネットワーキング“シンポジウム実行委員会らとの共催で、1995年の大震災以後、神戸で活動をつづける多く人が持つ「人と人とのネットワークから地域の活動が生まれ、育っていく」という共感を基盤に、ネットワーキングの歴史と現状を踏まえながら、インターネット時代のネットワーキングを考える。

全国4都市の開催日程・場所とプログラム
各地のプログラムでは、シンポジウム全体のテーマやメッセージに地元からのメッセージが折り込まれることで、より、身近で生活に密接な内容になる仕掛けだ。
参加申し込み・問い合わせはJCAFE事務局まで。
(TEL&FAX:03-3291-0512、問合せ用E-mail: sympo03-info@jcafe.net 、申込用Web http://www.jcafe.net/sympo03/apply/ )
関連サイト
シンポジウム専用ホームページ