[ここから本文]
世界から貧困をなくそうとする取り組みが、国際機関や、NGOなど世界の市民により進められています。これを受けて、日本でも大がかりなキャンペーンが始まりました。今なぜ貧困が問題とされていて、その解決のためにどのような取り組みが行われ、何が課題とされているのでしょうか。
■先進国の開発プロジェクトが途上国の財政を圧迫
2月11日(金)、世界の貧困を根絶するための課題を明らかにし、解決策を考える公開セミナー「ミレニアム開発目標(MDGs)は貧困解決のゴールなのか?」(主催=国際青年環境NGO A SEED JAPAN )が、東京の国立オリンピック記念青少年総合センターで開催されました。
普川容子さんこのセミナーは、ミレニアム開発目標(MDGs)とはそもそもどういった目標で、貧困が解決されるために先進国は何をなすべきかについて、アジア太平洋資料センター(PARC)の普川容子さん、オックスファム ジャパンの山田太雲さんを講師に迎えて行われたものです。
山田太雲さん普川さんは、債務の視点から見た貧困問題に対する先進国の責任について話し、先進国が途上国への援助の名目で行う大規模開発プロジェクトが、逆に途上国の財政を圧迫している問題などを中心に講演しました。
また、山田さんは、MDGsの概要や意義、そして今後の課題について話しました。
■自身の力だけでは貧困からは脱出できない
セミナーのタイトルにもなっている「貧困」とは、そもそもどのような状態なのでしょうか。世界で1日1ドル以下の生活をしている人々は、約12億人もいて、この人たちは所得からみて明らかに貧しい生活を送っています。また、妊娠や出産時に死亡する母親は約50万人、小学校に通えない子どもは1億人以上に達していますし、医療や教育を満足に受けることができない人々も、また貧しい状態にあると言えるでしょう。
公開セミナーの様子
つまり、自分の人生を自分自身の力で設計したり、夢を描いたりすることができず、外的な要因(それも自分の力では解決できないもの)に圧迫されている人々の状態を貧困と捉えることができます。
こうした、貧困などの状況を生み出している原因は複雑で、自身の力だけで脱出できるものではありません。そのため、2000年9月、189ヵ国が国連サミットに集い、世界の貧困の実態について考えました。そして、極度の貧困を根絶することなどをめざして、明確な達成期限を持つ8つの具体的な目標を採択しました。それがMDGsです。
MDGsが掲げる8つの目標は、貧困、飢餓、病気、非識字、環境悪化、女性差別に立ち向かうことを謳っており、なかでも2015年までに世界全体の貧困者数を半減させることを最優先目標の一つに掲げています。

MDGsセンターが発行している冊子そして、この目標の達成を手助けする役目を担うこととなった国連開発計画(UNDP)は、開発途上国への直接的な援助に加えて、2015年とそれ以降までをも見据えた地球的規模の取り組みに着手するとともに、個人、各種機関、公的組織それぞれに対して行動を起こし、役割を果たすよう呼びかけています。
■各国でG-CAP展開、日本でもキャンペーン始動
MDGsに対しては、市民社会や専門家から、「目標の内容が不完全であるのでは」、「セクターごとのこれまでに交わされた国際約束よりも後退している」など、多くの批判や指摘が寄せられています。しかし、内容に不十分な部分はあっても、「貧困削減」という方向に世界を向かわせるためのツールとしては大枠で支持されています。
体の一部に白いバンドを巻く「White Band」キャンペーンそして、MDGsをきっかけに、貧困問題の解消を目指す「グローバルな貧困根絶キャンペーン(G-CAP、The Global Call to Action Against Poverty)」が地球規模で行われています。G-CAPは、草の根やコミュニティベースの組織から、国際的な労働組合、何百もの人権・開発団体、メディアやスポーツ選手等グローバルなネットワークまでが集った連合となっています。
各国の取り組みを見ると、イギリスでは「貧困を過去のものにしよう(the Make Poverty History )」キャンペーン、アメリカでは「ONE」キャンペーン、またG-CAPの共同アクションとして、体の一部に白いバンドを巻く「White Band」キャンペーンなどが始動しています。
日本では、アフリカ日本協議会(AJF)、オックスファム・ジャパン、オルタモンド、CSOネットワーク、日本国際ボランティアセンター(JVC)が中心となり「ポベ。ほっとけない世界のまずしさ」キャンペーンを、2005年から本格的に開始。具体的な行動として、2月3日に東京の渋谷駅前と財務省前で、対G7蔵相会議に向けた「アドカーアクション」を行いました。
「ポベ。ほっとけない世界のまずしさ」キャンペーンのホームページ同キャンペーンではこれから、さまざまなイベントやメディアの活用を通じて、「貧困」、「格差」に対する問題意識を一人でも多くの人に持ってもらうための普及啓発とともに、市民運動により積極的に参加してもらうきっかけとなるような活動を行っていくとしています。
多くの日本人にとって、貧困は身近には感じられない問題かもしれません。しかし、こうしたキャンペーンを通じて世界の貧困の現状を「見たり」、「聞いたり」した時に、不公平感や不条理などを感じたとしたら、その人は貧困問題を解決するための第一歩を踏み出していると言えるのではないでしょうか。
そして、そうした思いが集まってキャンペーンの原動力となり、市民発の「貧困ゼロ」への挑戦が始まることを期待します(続く)。
(文=渡辺圭子、ViVa!コンテンツサポーター、写真=各キャンペーンのホームページ、渡辺圭子)
※ViVa!では、同キャンペーンを始めとする内外の貧困解決のための活動を取り上げていく予定です。ご期待ください
【関連ページ等】
・国際青年環境NGO A SEED JAPAN
・ポベ。ほっとけない世界のまずしさ キャンペーン
・G-CAP:GlobalCitizen.jp フォーラム・サイト
・(特活)オックスファム・ジャパン
・(特活)アジア太平洋資料センター(PARC)
・オルタモンド
【ViVa!関連ニュース】
・貧困根絶する解決策考えるセミナー、11日に東京で(終了)
・貧困問題の解消めざすキャンペーン始動へ/関連リンク集
「貧困ゼロ」への挑戦
<MDGsから貧困問題を考える><Live 8 Japanコンサート>
第38回 ふれんどしっぷASIA(2004年11月20日掲載)
2004年10月16日、横浜の産業貿易センターで行われた、「横浜国際協力まつり2004」に行ってきました。今年で8回目を迎え、参加団体90を超える大型イベントの会場は大変な盛況で、途中でお祭りを思わせる踊りが披露されるなど、熱気で溢れかえっていました。私は今回、参加者として楽しむとともにいくつかのNGOの話を聞いてきました。その中から、若手スタッフを中心に、少人数ではあるけれどひたむきに活動している「ふれんどしっぷASIA」という団体の活動をご紹介します。
■ふれんどしっぷASIAってどんな団体?

子どもたちの笑顔が元気をくれる(フィリピン・マドリクト村で) ふれんどしっぷASIAは、タイ・フィリピンの人々を対象に、フェアトレードなどによる生活支援とその体制づくりや、教育を充実するための奨学金支援、ボランティアのサポート、ネットワーキングなど、さまざまな活動を行っている国際協力NGOです。
彼らが支援活動を始めたきっかけは、大学時代にゼミの活動の一環としてフィリピンにスタディーツアーに行った時に、現地の人たちの心の優しさに触れたことが始まりです。
団体の成り立ちとしては、1991年に「ほづみ会青山」というタイ支援プロジェクトを開始し、そこからタイ・フィリピン支援活動の協同体制として「ふれんどしっぷASIA」をスタートさせました。その後、大学の先輩が関わっている団体の人脈などを通じて、現地の支援NGOとも連携し、活動内容を広げてきました。
現在中心となって活動しているスタッフは約10名で、そのほとんどが社会人です。活動を進める上で気をつけていることについて、副代表の津田めぐみさんにお話を伺いました。
「現地の人たちとの文化や生活習慣、時間やお金に対する感覚などの違いに戸惑うことも少なくありませんが、基本は相手に合わせるようにして、日本の私たちの価値観を相手に押し付けないように配慮しながら活動しています」。
■フェアトレードの大変さ

現地の人がこころをこめて作ったぬいぐるみ 主な収入源となっているフェアトレードでは、現地の人々による手工芸品を作り、それを日本で販売することで、タイ・フィリピンの奨学金提供を行っています。津田さんによると、現在19人の奨学金支援をしていて、このフェアトレードの収益金で現地のNGOの給料をまかなっています。
問題点としては、現状では、ふれんどしっぷASIAが行うフェアトレードの売り上げが全ての収入源になっていて、現地の人たちが完全に自立できていないため、それを改善していきたいそうです。
また、活動基盤については、「自分達で専用のオフィスを持つことができないため、このように(イベントで出展しても)品物を保管する倉庫がなく、自宅に持ち帰るという状況です。また、フリーマーケットに出展することも多いのですが、フリマだと値下げ交渉をされてしまい、なかなか資金を集めることができないのが現状です」と話していました。
同団体に限らず、多くの日本のNGOやNPOでは、資金上、個人兼自宅としてしか活動場所を確保できず、活動の障害となっている場合が多いようです。フェアトレードをする以前の問題として、NGO活動をする上でのインフラ整備が、活動の発展を阻んでいる部分が多いように思います。
■新しいことへのチャレンジ~奨学金支援から車椅子楽団の招待まで

車椅子楽団の来日公演をサポート ふれんどしっぷASIAは、フィリピンではマドリクト村やネグロス島などでの奨学金支援、ヘルスケア支援、ストリートチルドレン支援を柱として活動していて、定期的にスタッフが現地に行き、視察をしています。
また、タイではこうした活動に加えて、北部高地民の子どもが平地の学校に通うための生活寮の支援や、日本へ出稼ぎに出かけ、タイに帰国した女性達の精神面や生活面のサポートを行っています。
一方、日本では、現地での活動を支援するためにフェアトレード部を設置し、現地の人々がつくった手工芸品を日本で販売したり、交流の場として、現地の人々にメッセージを書く「手紙を書こうプロジェクト」や、現地の子供たちに絵本を英訳して贈る、「絵本翻訳プロジェクト」などを行ったりしています。
さらに、こうした定番のプロジェクトだけでなく、新しい活動へのチャレンジも行っています。中でも注目されるのが、2003年5月に行った、フィリピンの車椅子楽団ロンダリア・オン・ホイールズ(ROW)の来日公演です。
ROWはもともと、身体に障害を持っている人たちが「障害に負けない」ため、25年前に始めた音楽活動で、現在は「人のために演奏する」音楽活動へと変わっています。今回来日した際には、明治学院大学や高校など、全国数カ所で公演を行いました。
■初志貫徹~さいしょの気持ちを大事に~
ふれんどしっぷASIAの活動でもう一つ注目すべき点は、スタッフたちが大学卒業後、社会人になってからも継続性とミッションをしっかり持って活動を続けていることです。
同団体のウェブサイトの冒頭には、このような一文があります。
「フィリピン・タイの人たちと出会い、私たちは『わかちあう』ことを学びました。彼らの心の温かさ、優しさに触れ、私たちもそのような人間になりたいと感じました。フィリピン・タイの人たちから元気や笑顔をもらいました。 彼らからいろいろ教えてもらった私たちは私たちにできることをやっていきたいと思っています...(中略)...わたしたちのテーマは『わかちあい、ともに生きる』です。」
こうして、発足当初の気持ちを持ち続けていることが、継続した活動の秘訣なのでしょう。それでも、現在はボランティアの学生が一人しかおらず、来年からは社会人のメンバーだけになるため、時間的な制約が増えて継続性に不安を抱えているそうです。
私自身学生時代に、学生向けに市民活動を伝えるNPOをやっていたので分かるのですが、イベント一つ行うにも、資金繰りや継続性、さらには自分の時間との兼ね合いも考えてやっていくことは相当の根気が必要で、結構苦労するものです。
また、学生時代はお金こそないものの時間は豊富にありますが、いざ社会に出て働きだすとそこまでの時間は取れませんし、メンバー全員が常にフルに動ける訳ではありません。
私は、社会人3年目になってようやく、ViVa!コンテンツサポーターをはじめ、いくつかのNPO活動に参加し始めることができました。卒業後も市民活動を続けていきたいという思いがあったのと、社会に出てからもNPO活動を続けている人たちとの出会いが大きかったと思います。
でも、NGO/NPOやボランティアに取り組みたくてもそのチャンスがないという人や、仕事に追われていてなかなか参加するきっかけが見つからないという人はたくさんいると思います。
同団体のような活動がより多くの人々に知られることで、学生や、また若手の社会人が参加したり活動したりするチャンスが広がり、勇気を与えることにつながると思います。
寄付という形で応援するのもよし、英語を生かしてサポートするのもよし、現地の人たちが心をこめて作ったぬいぐるみを買うのもよし。一人ひとりの気持ちやスタイルに合った仕方で参加、活動してみてはいかがでしょうか。
(高井彩/ViVa!コンテンツサポーター)
※法人で寄付をしてくれる人も募集中 (学用品やスポーツ用品など)
○フィリピン・サポート
振込先(郵便振替口座)
口座番号:00240-3-58898
加入者名:フィリピン友情基金
○タイ・サポート
振込先(郵便振替口座)
口座番号:00150-5-601875
加入者名:ほづみ会青山
小林哲也さんに聞く パゴダの国の国際協力
――AMDAミャンマーの保健医療援助・2
<2000年9月~2002年12月までミャンマーに滞在>

設置したソーラーパネル 国際協力NGOのAMDA(特定非営利活動法人アムダ、本部=岡山県)ミャンマー駐在代表として、2000年9月~2002年12月まで同国に赴任していた小林哲也さんによるミャンマーの医療・保健衛生報告の第2回は、環境NGOでの活動が思わぬ実を結んだプロジェクトや、国際援助が抱える課題などについての話を聞く。
■太陽光エネルギーで医療機器を運転!
滞在中に始めたプロジェクトに、パコック総合病院の小児病棟支援があります。同市はメッティーラと同じく中部乾燥地帯に位置する人口30万弱の町で、やはり社会インフラの整備が不十分です。県の総合病院には小児病棟もありましたが、ベッドが並んでいるだけで治療用の医療機器はほとんどなく、病気の子ども達に十分な医療サービスを提供できていませんでした。そこでAMDAの支援で医療機器を設置することになったのですが、パコック市は電力事情が悪いため、機器だけを置いてもそのままでは使えません。発電機を導入する方法もありますが、燃料代が高いので、持続的に動かせる保証がないのです。
さてどうしようかという時、環境NGOで活動していた頃目にした太陽光発電のことを思い出しました。医療機器とともにソーラーパネルを設置して、電源を自前で確保するのです。乾燥地帯で降水量の少ないパコック市は、逆に言えば太陽の光が常に降り注いでいます。実際、過去の気象データを調べたところ、パコック市の晴天率は全国でもトップクラスでした。これは太陽光発電には絶好の条件であり、使わない手はありません。早速「自然エネルギー&母子保健」プロジェクトとして形にしたところ、日本大使館を通じて外務省草の根無償資金を頂けることになり、2002年8月に稼動開始。順調に電力が供給されています。
ミャンマーでは現在電力が大幅に不足していますが、自然破壊や環境汚染の問題から、先進国が途上国における大規模ダムや火力発電プラントの建設を支援する事は年々、難しくなっています。そうした中、持続可能なエネルギーを地域レベルで供給できる自然エネルギーは、コミュニティの自立支援の観点からも有効です。今回、自分の過去の経験を活かして自然エネルギーと保健医療の分野を組み合わせたプロジェクトを実施できたことはとても嬉しかったですね。
■政府や企業の対応に課題も
一方で、乾燥しているミャンマーは火事が多く、いったん燃え出すと一つの村が全焼してしまうことも珍しくありません。しかし消防車もほとんどないため、機能していなかった村の消防団員達に対して防災訓練を行い、また村に消火ポンプやホースなどを設置して危機管理体制を高めるプロジェクトも行いました。こうした活動は、いざ火事にならないと効果を示しにくいため、プロジェクトの実効性を証明する点で不安でした。しかし1年後に抜き打ちで村を訪問してテストしたところ、ものの2分できちんと消火活動を出来るようになっていて、訓練の成果がすぐ分かりました。夜の見まわりも徹底していたし、AMDAが青年団に防災指導をすると、その人たちが他の人にノウハウを指導をするなどの広がりもあって大変感心しました。
こうしたプロジェクトを行うための資金は、日本大使館(外務省)やJICAなどからの援助の他、民間の財団やAMDA会員の方々からの寄付によって賄われています。ミャンマー政府からの出資金はありません。政府、民間を問わず一般的に日本の場合、ソーラーパネルや病院、井戸など、目に見えるものは評価されやすいのですが、マイクロ・クレジットや防災訓練など、すぐに成果が出ない長期的な活動はなかなか評価されにいため、資金を調達しにくいという課題を抱えています。ただ日本政府は近年、ハード面に偏りがちな援助資金をソフト面に徐々にシフトしつつあり、この点は評価出来ると思います。またAMDA自身も、寄付などの自己資金を増やす努力が必要でしょう。
日本政府との間での情報の共有不足も課題だと思います。JICAとNGOの共同事業のスキームなどについてはそうでもないのですが、全体的に見て日本政府による支援活動の情報がなかなか入ってこないため、「事前に連絡をしてくれれば多少なりとも連携、協力できたのに・・・」といった場面が何回かありました。予算的にも能力的にも、NGOにできることは限られているので、リソースを少しでも有効に使うために、政府とNGOが可能な限り協働出来るシステム作りを目指すべきではないでしょうか。これは商社など企業も同様で、NGOやその活動についてほとんど知らない人がまだまだ少なくありません。それでも日本人会の協力を得て活動の報告会などを続けてきたことで、ずいぶん理解が進んできました。
■機会を提供する活動が大切
駐在を通して実感したのは、国際協力の現場では専門的な知識やスキルももちろん大切ですが、一つ一つの活動のコーディネートが非常に重要だということです。現場では個々の問題がからみ合い、資金や人材にも限りがあるため、そこにあるもので一つ一つの問題を何とか解決していかなければなりません。そういう意味では企業経験はもちろん、環境NGOや議員の政策秘書の仕事を通して得た、「何か問題が起こっても、どうにかして何とか解決する」という数々の経験はとても役立ちました。
また、NGOの数がもともと少ないミャンマーでは、村人たちはいわゆる「援助慣れ」しておらず、AMDAが行うプロジェクトに対し、村人たちが自ら積極的に関わってくれる姿勢があります。マイクロ・クレジットや防災訓練のような、自立のために機会を提供する活動の大切さを痛感しました。
これから援助の場で働く人へのアドバイスを付け加えれば、私の仕事はプロジェクト運営のマネジメントが中心でした。こうしたコーディネート・ロジスティシャンに特化した仕事の場合、今後はますます高い専門性が要求されるようになると思います。それ以外のケースでは、コーディネーターはもっと現場に入って実際の活動に携わるようになると思います。その場合は公衆衛生学、参加型開発、女性学などなど、何らかの専門分野を持っていると、現場での仕事に大いに役立つと思います。
(このお話は、「NETS=環境NPOネットワーク」 2003年2月22日勉強会「ミャンマーでの2年を振り返る」から、本人の了解を得て書き起こしたものです。また、小林さんのミャンマーでの活動の様子は、「地球が舞台-国際NGO最前線からの活動報告-」(津守滋編著、勁草書房刊)の「ミャンマー保健医療支援活動:子どもたちに笑顔と健康を」に掲載されています。
小林哲也さんのプロフィール

小林哲也さん 大学卒業後、民間企業を経て、環境NGOの気候フォーラム(現気候ネットワーク)の事務局スタッフに。COP3終了後、環境政策立案や立法活動に実際に携わるポジションで仕事がしたいと考え、参議院議員福山哲郎氏(民主党)の政策秘書に。温暖化防止や野生生物保護、ダイオキシン対策、PRTR、フロン、使用済核燃料、景観保全、ODAと環境、自然エネルギー、廃棄物・循環型社会形成など多分野に携わる。その後、より広い視点で世界を見たいとの思いからAMDA(特定非営利活動法人)に参加。2000年9月からミャンマー駐在代表として赴任し、保健医療、保健衛生支援のコーディネート・、マネジメントに従事。2002年12月に帰国し、福山事務所政策秘書に復帰。現在に至る。
関連サイト
特定非営利活動法人アムダ(AMDA)
小林哲也さんに聞く パゴダの国の国際協力
――AMDAミャンマーの保健医療援助・1
<2000年9月~2002年12月までミャンマーに滞在>

小林哲也さん ミャンマーは、日本と同じアジアの国の中でもなかなか情報が伝わってこないこともあって「近くて遠い」国の感が強い。アジアやアフリカ、中南米などで保健医療援助を中心に活動している国際協力NGOのAMDA(特定非営利活動法人アムダ、本部=岡山県)ミャンマー駐在代表として、2000年9月~2002年12月まで同国に赴任していた小林哲也さんに、同国での医療・保健衛生の現状や支援の成果、苦労談を聞いた。(2回シリーズ)
■ミャンマーってどんな国?
AMDAの援助活動についてお話しする前に、ミャンマーがどんな国か簡単に紹介しましょう。
ミャンマー、昔のビルマと聞くと、日本人がまず思い浮かべるのはまず「ビルマの竪琴」、次にスーチーさんですが、それ以外はなかなか出てきません。正式名称を「ミャンマー連邦」といい、日本に比べて人口は約4600万人で約三分の一、面積は約1.5倍ですから、人口密度は日本の2割程度と非常にゆったりした国です。首都のヤンゴンでも、近隣諸国の都市と比べてはるかにのんびりしていて、緑がとても豊かな美しい都市です。
民族はビルマ人が大半で公用語はミャンマー(ビルマ)語ですが、シャンやカレン、チンなどの少数民族も数多く生活し、それぞれの民族の言葉が各州で使われています。国民の約9割が仏教徒で、主食は日本と同じお米です。通貨は「チャット」。日本の10円が100チャット程度で、目安としてはバスの初乗料金が40チャット、チャーハン一杯が400チャット位、平均的な村人の給料は3000~5000チャットほどです。
■AMDAミャンマーの活動

井戸水と池の水の比較 AMDAは1995年から、マンダレー地方にあるメッティーラ市を拠点に活動しています。この地域は内陸で雨が少なく、夏には40℃を超す乾燥・砂漠地帯のため、水は大変な貴重品です。井戸が無い村では溜め池の水を使っていますが、清浄ではないためお腹をこわしやすく、子ども、特に乳幼児が下痢や栄養失調になりやすく死亡率は1000人あたり112人と大変に高い割合です。また、衛生面全般をみると、マラリアは減る傾向も見られますが、エイズが広がりつつあるなど決して改善したとはいえず、呼吸器系の病気の人もたくさんいます。
こうした厳しい現状にもかかわらず、医療へのアクセスは良くありません。村から町の病院までは車でも1~2時間かかりますが、車を持っている人がいないので、牛車などで数時間かけて未舗装の道を越え、舗装道路に出てから乗合バスで1時間以上かけて行かなくてはなりません。加えて人材、つまり医師も不足しています。国立の医科大学を卒業すると、地方の農村の公立病院等で働かなければいけないのですが、医療設備が整っていない(=医者として仕事が出来ない)ので地方を嫌がる人が多いのです。事実、地域の診療所や保健センターは設備が不十分であり、病院としては殆ど機能していません。
AMDAミャンマーでは活動をいくつかのプロジェクトに分けて実施していて、98年から行っている「農村の基礎保健向上プロジェクト」は最も力を入れているプロジェクトの一つです。これはメッティーラ郊外の村を、ミャンマー人医師や看護師がチームを作って巡回診療しています。患者は年間延べ3万人に達しますので、医師1人で1日100人以上診なくてはならず、仕事は多忙をきわめます。

給食センターの風景 私は医師ではなく、現地でのコーディネートやマネジメントなどプロジェクト全般を見るために赴任しましたが、当初は活動記録や薬の在庫管理も不十分な状態でしたので、まずそうした部分から手をつけなくてはなりませんでした。また、栄養失調の子供の母親向けに「お母さんへの栄養指導」を行ったり、子供たちへの給食サービスも実施しています。当初は作って食べさせるだけでしたが、現在は日本人の栄養士にカロリー計算をしてもらい、栄養価に配慮したメニューに改善しました。
■女性の自立促すマイクロ・クレジットを導入、普及に成功

作業をする現地女性 AMDAは、援助をただ与えるだけのものと考えていません。災害時の緊急救援活動など、短期間のプロジェクトの場合は別ですが、私が関わったような長期の社会開発プロジェクトの場合、貧困などで社会から取り残されている人に必要な医療や教育、生活環境向上などの支援を行うのは当然ですが、最終的な目標は、現地の人たちが自立できるようにすることです。そうした観点から、住民が経済的に自立する手法としてのマイクロ・クレジットにも、「ABC( =AMDA BANK COMPLEX)プロジェクト」として取り組んでいます。
マイクロ・クレジットとは、少額の資金を貧しい人に無担保で貸し付ける手法のことで、バングラデッシュのグラミンバンクなどが有名です。AMDAではそうした先例を参考にして、特に女性の自立を促すためのプロジェクトにしています。基本的には女性5人で1グループをつくってもらい、各グループ内で順番を決め、1人ずつ融資をしていきます。そして1人が返済できなければ他の4人が責任をもつ約束になっていて、貸し倒れを防いでいます。また、保健医療を採り入れ、月2回の返済時に保健教育を行っていることが特徴です。
徳を積むことを重視するミャンマーの仏教では、「借り(=負)を作ることは良くない」という考えが強くあり、初めはマイクロ・クレジットに対して慎重な人も多くいました。それが例えば、借りた1万チャットで1頭5000チャットの子豚を2頭買って育て、1頭4万チャットで売って大きな収入を得るなどの成果を目にするうち、各村で取り組む人が次第に増え、2002年1月から現在までで、利用者は1300人程度にまで広がっています。但しよく言われることですが、マイクロ・クレジットはきちんと返済してもらわなければ他の人に融資出来ません。従って病気がちな未亡人など、社会で一番貧しい層には届かないという課題もあります。
また、私は赴任期間が終わるまでに出来ませんでしたが、成長が早い飼料を豚に与えるといった畜産の専門家による村人へのトレーニングを行う場を設けるなど、プロジェクトのフォローアップも今後の課題だと思います。
(つづく)
関連サイト
特定非営利活動法人アムダ(AMDA)
「WTOは誰のため?東京行動」/連続行動報告
<2003年2月14日~16日、東京都心界隈>
2003年2月に東京で行われたWTO非公式閣僚会議に合わせて、グローバリゼーションに反対する市民やNGOなどが、大規模な連続アクション「WTOは誰のため?東京行動」を行った。その模様を、活動の中心となって活躍した「ATTAC Japan」事務局長の田中徹二さんにレポートしてもらう。(一部編集部で改稿)
■WTOの非民主主義体質に異議を
2002年11月26日、日本政府・外務省は「来年2月に東京でWTO非公式閣僚会議(以下、非公式会議)を開催する」とのプレス・リリースを行った。
NGOや消費者団体、労組など有志は、早速これへのアクションを行おうと翌月相談会を持ち、12団体・22人が集まった。会では、「日米欧中心に恣意的に選ばれた国々によって、文字通り非公式に行われるという、従来から指摘されてきたWTOの非民主主義体質、いわゆる"グリーンルーム"化に異議申立てを行う」とのスタンス(認識)を共有した。 名称は、「WTOは誰のため?東京行動」として実行委員会を立ち上げること、そして非公式閣僚会議が開催されるであろう2月15日~16日に対抗して、14~15日の連続アクションを行う――などの大枠を決定。年明けの1月13日、約50人が参加して第1回学習&実行委員会を持った。この会では、「2月16日も非公式閣僚会議はあるのだから行動をすべきでは」との提案もあり、結局、3日連続でアクションを行うことが決まった。
また、この非公式会議についてまったく情報公開がなされていないことについて日本政府・外務省に申し入れを行うため、川口順子外務大臣あてに「質問及び要請書」を提出。 2月4日には第2回学習&実行委員会が、約30数名の参加で開かれ、2月15日にJA全中などが中心となって準備している「WTO国際市民集会」に参加することになった。
■内外から多数のゲスト招きシンポ開催
こうした経過の後に、2月14日からの連続行動となった。
アクションの会場は「労働スクエア東京」のホールで、ちょうどホールの器に合わせたかのように500人ほどが集合。この模様は、翌日のNHK総合テレビのニュースやNHKラジオ第1放送、日本農業新聞などで報道された。
海外からゲストとして、反WTO運動の世界的理論家で活動家のウォルデン・ベローさん(フォーカス・オン・ザ・グローバルサウス)、昨年10万人の大集会を行った韓国・全国農民総連盟の政策委員長であるカン・ビョンギさん(ほかに韓国の農民6人参加)、オックファム・インターナショナルのリアン・フォッカーさんらが、それぞれ連帯のあいさつを行った。
一方、国内からは、山浦康明さん(日本消費者連盟;遺伝子組み換え)、北準一さん(北海道農民連盟;農業)、須藤和広さん(郵政全労協;公共サービス)、川田悦子さん(衆議院議員;医薬品)らがそれぞれ活動報告。川口外務大臣やWTO事務局長、非公式会議に参加する各国大臣宛てに、「今後非公式ミニ閣僚会議やグリーン・ルーム会議などの『非民主的会合』を開かないこと」を基調とする要請書を採択した。
■市民集会当日、外務大臣への要請
翌15日朝には、日比谷野外音楽堂で開催されたWTO国際市民集会に参加した。12時近くになってパレードになったが、参加者はなんと1万人以上!東京行動実行委員会は賛同団体でもある平和フォーラムの後に、中小労組政策ネットワークの仲間、ACAの若者たち、ATTAC Japan ほか70人ほどがいてにぎやかに行動した。
この時、額(ひたい)にWTOと書かれたサターン(の衣装を着た仲間)が街頭デビュー。また9メートルもの横断幕も掲げられ、ブリキの1斗缶による4拍子の小太鼓風リズムに合わせて、「ストップ、ストップ、ダヴル・ティー・オー!」のマーチが鳴り響いた。 パレードが終わりに近づく午後1時30分アフリカ日本協議会やオックスファム・インターナショナル日本事務所、日本消費者連盟、ATTAC Japanの代表者にベローさんを加えた5人が、川口外務大臣に会うべく非公式会議が行われている帝国ホテルに向った。
厳重なボディーチェックなどを受けた後、「超立派」(笑)な会議室に通されたが、結局大臣は時間が取れないということで会えなかった。それでも、外務省の外務審議官に先の要請書を手渡し、必ず各国大臣に渡してほしいと訴えた。そして夕方、確かに各国大臣に渡したとの連絡が外務省よりあり、翌日の毎日新聞などで報道された。
夜は、ウォルデンさん、カンさんを囲んでの交流会がてら、9月にカンクンで行われる第5回閣僚会議に向けての取り組みの要点や、今回の東京行動を通じてできたネットワークをどうつなげていくか、などを話し合った。
■2月16日パフォーマンス&デモンストレーションなど
2月16日午前9時。雨が降りしきる中、私たちは帝国ホテルの目と鼻の先にある日比谷公園に集合し、パフォーマンスを行った。すでに公園内は警備にあたる警官でいっぱい。そうした中を集まった30人ほどが「命とくらしは売り物じゃないぞ~」と横断幕やプラカードを持って帝国ホテルへ。
続いて、有楽町マリオン前での街頭宣伝、午後に入りデモを行った。雨がいっそう激しくなったたが約80人ほどが集ま、そのまま30分ほどの集会を持って銀座の街に出た。
大雨の中声だけは元気に、「密室で世界のルールを決めるな」「命とくらしは売り物ではな~い」「貧困のない世界を作ろう」「WTOのない世界を作ろう」「平和と人権のグローバリゼーションを」「米国のイラク戦争を止めよう」――などと叫び続け、1時間ほどで解散地点の日比谷公園に到着。韓国のカンさんから「参加者は少なかったけれど、それに負けないみなさんの真剣な行動に感銘しました」との言葉をいただいた。
以上、激動の?3日間の報告と、それに至るまでの経過をご報告させていただいた。今回の東京行動に賛同したNGO、消費者団体、農業団体、労働組合など30団体を軸に、WTOに異議申立てする運動のネットワークが確実に広がっていくことを予感させる連続行動となった。(田中徹二/ATTAC Japan事務局長)
関連サイト
ATTAC Japan
E-mail:attac-jp@jca.apc.org FAX:03-5684-5870(アタック宛)